「あかん、寝過ごしてもた!」
久しぶりにした晩酌のせいか、女は目覚ましをかけ忘れてしまったようだ。
なぜ、昨日の夜に限ってはそんな気になったのであろうか、あれ以来お酒を飲むこともなかったのに。
「…って、考えとる暇はあらへん、遅れてまうわ!」
女は飛び起きると、ぱぱぱっと着替えをすまし、化粧もそこそこに玄関へと駆け下りた。
…そして、思い出したように、再び2階へと上がった。
ガチャ…
「…おはよう、そんで、いってきますや、…観鈴、居候…」
扉を開けると、いつもしているようにそうあいさつをした。そのあいさつを受けるのは、ベッドの上に鎮座している恐竜のぬいぐるみだった。
「…あれ? 居候がおらへん…どこいってもうたかな?」
いつもと違っていることに気が付いて、女はそうつぶやくが、遅刻しそうなことを思い出す。
「…あの居候、また納屋にでも行ってもうたかな、帰ったら探したるさかい、かんべんな、…観鈴…」
母が娘にするように、女はぬいぐるみに優しくそう語りかけた。
「…って、せやから、遅れるんやった!」
ばたばたと慌ただしく、女が駆け下りていく。部屋に残されるのは、恐竜のぬいぐるみだけ。
…いつもそのそばにあった、薄汚れた人形はどこかに行ってしまって…
それでも、そのぬいぐるみはただ待っていた。
…いつか戻ってくるのを、待っているように…
「さて、戸締まりオッケーや」
女は家の鍵を閉めると、ふと空を見上げる。
…空はどこまでも青く、高く…
「…昨日、”そら”みたいなカラスを見送ったからやからか。…やから、飲もう思たんやったな。
…あいつは、会えたかいな…」
つぶやきは、夢を…願いを込めて、そらに消える。
…夏はまだ、終わっていなかった…
…ひとつになる…
…俺が…ぼくが…消えてなくなる…
…この空にとけて、なくなってしまう…
…夢が、願いが、おもいが…すべて、この大気のなかに…
……これでいい…
…ずっといっしょにいたい…それが、ぼくのねがいだったから…
………これでいい……
…いつもそばにいたい…それが、ぼくのしあわせのはずだったから…
…………これでいい………
……………これで……ぼくは…らくに…なれる…から…………
人形があった。
ただ、目の前に、人形があった。
それを取ろうと、手をのばそうとしても、できなかった。
ぼくには、君をだきしめるための腕は、もうなかったから。
ぼくには、空をつかまえるための翼は、もうなかったから。
それでも、ぼくはあがく。
いっしょに歩んでいく体は、もうないけれど…
いっしょに飛んでいく体は、もうないけれど…
それでも、ぼくはあがく。
いっしょに笑った記憶は、もうないけれど…
いっしょに泣いた記憶は、もうないけれど…
それでも、ぼくはあがく。
ただ、ねがいがあったから…
ただ、おもいがあったから…
人形が光を放つ。
すべてのねがいを、解き放つように…
すべてのおもいを、解き放つように…
すべてのたいきを、包み込むように…
光のむこうで、彼女が笑ったような気がした。
…どこまでも…どこまでもなつかしい、彼女の笑顔が…
…まぶしい光のむこう…どこまでもまぶしく……そして…
……魚臭かった。
ざわざわと声が聞こえてくる。
「……この二人、ひょっとして心中かいな」
「…どうなんやろうな?」
「…それにしては、えらい幸せそうな顔してるやないか」
「そういえば、こっちの兄さん、前の行き倒れの兄さんやないか?」
「誘拐犯やったか」
…ずいぶんと人聞きの悪い言われようである。
「こっちのパジャマの女の子、神尾さんちの観鈴ちゃんやないの」
「晴子ちゃんに連絡してあげなな」
まどろみはそろそろ終わりを告げようとしていた。
ちっともロマンティックでない目覚めだが、俺たちにはきっとお似合いだろう。
空にいる少女は、今も変わらず空にいる。
みんなの夢が集まる、この空の中に…
…でも、今はもう、ただ悲しみに暮れているだけでない。
悲しい夢も、つらい夢も、あるけれど…
…楽しい夢も、幸せな夢もあることを、思い出したのだから…
…………翼は、夢をのせて…………どこまでも、どこまでも……
後書き…というか、AIRについてあれこれ
オールコンプリートした時に、「えっ、これで終わりなの?」って思いました。
正直、あまりに語り損ねているのではないかと思ってます。
だらだら書くのは、ビジュアルノベルとして蛇足なのかもしれないのだが、それにしても竜頭蛇尾な感じがしてしまいました。
…なにより、正直な話…
「観鈴ちんが救われない!!」
…というのが、私のもっとも正直な気持ちです。
物語中で確かに、ゴールをしたのかもしれないけれど、ゴールしたら幸せなのか?
幸せはゴールしてからこそ、味わえるものだと思うのに、あまりにかわいそうで…
「観鈴ちん」と「そら…往人」が、私には「ネロ」と「パトラッシュ」に見えたのです。
基本的にハッピーエンド好きな私としては、納得いきませんでした。
…そこで今回のSSは、多少ラストをねじ曲げてでも、ハッピーを目指したSSです。
おそらく作中では、観鈴ちんのお葬式なども行っていると推測されますが、(具体的な描写がないのをいいことに)強引に消えてしまったことにしてます。
また、晴子がそらに語りかける場面で、「夏はもう終わったけれど」などといっていますが、これも晴子の中で終わったのであって、実際には終わっていないことにしてます。
…しかし、このSSも重要なところを描いていないような感じもしますが(苦笑)
神奈のこととか、柳也のこととか、裏葉のこととか、書きたかったんですが、だらだらしてしまいそうだったので…
…神奈(過去)編についてですが…
柳也は往人の前世なのだろうか?
いろいろ結びつけたがるのはどうかと思いますが、やはりここはそうだったと思います。
でなくては、あまりに突然な過去編の挿入だと思いますし…あまりに主人公放っておかれすぎ(笑)
あとは、人形使いの一族(からくりサーカスのようだ)の家系が、女系っぽいところもそんな感じがしました。往人が一番最初の…そして最後の、人形使いだと思いました。
ではでは、key初のSSでした。
これからもよろしく!