かなみの元旦

 

 

 

1月1日。今日は元旦である。

この新年を迎えるという習慣は大陸の何処でも同じらしく、ここリーザスももちろんそ

のお祝い気分に包まれている。正月三が日は、ほぼすべての国政が停止し、リーザス城で

も正月祝いのパーティと称したどんちゃん騒ぎが繰り広げられる。そう、ほぼすべての人

―国王ランスをはじめとして、将軍達やランスのハーレムにいる娘たち、マリスやクリー

ムといったお堅い女性でさえそれに加わる事もあるし、すずめやウェンディのようなメイ

ドでも、一通りの仕事のあとは束の間の自由な時間が与えられているのだ。しかし、

(なんで私は休めないのよ〜〜!!)

そのお祝い気分にひとりだけ浸れない者がいた。リーザス王室付きの忍者、見当かなみで

ある。

 かなみは声には出さず自分の境遇を嘆いた。冬の冷たい空気が漂う暗い天井裏に、今か

なみはいる。わずかに開いた天井の隙間から、その下の様子が窺える。下ではランスがハ

ーレムの美少女達を周りに侍らせて正月料理を飲み食いしている。かなみが今ここにいる

のは、忍者としての任務、「リーザス王の警護」つまり現在の王ランスの安全を図るためだ。

しかしかなみはそれに納得しているとはいえなかった。

(もともと私はリア様付きの忍者として育てられてきた。なのになんでリア様と結婚して

王様ってだけで、ランスを守らなくちゃいけないのよ。)

今までに何度も繰り返してきた言葉を心の中で吐く。数年前、冒険者であったランスと初

めて出会った時から、かなみにとってランスはいつも自分にやっかいごとをもたらす存在

だった。その傾向は、ランスが女王であったリアと結婚しリーザス王となってから―つま

りかなみの主となってから、と言う事と同義だが―さらに顕著になっている気がする。ふ

と頭をかすめた、何度か助けられた事があるという事実は、悔しいので心の隅に追いやる。

(今日だって、そんな警護が必要なことなんかないでしょうに…)

それは、ほぼ事実だ。リーザスは現在戦争をしていない。人間界統一を成し遂げ、魔人界

との戦端はまだ開かれていない。魔人勢力の間者が遠くこのリーザス城にまで侵入する事

は皆無と言ってもいい。それにランスの周りには常にいくらかの人がいて、しかもそれは

将軍達や名の知れた強者であることがほとんどである。現に今のパーティでも、ランスの

傍にいるのは将軍クラスが数名。それに程遠くないところに親衛隊長レイラやリーザス1

の剣士であるリックなどがいる。この状況でランスに何らかの危険が及ぶ心配はほとんど

無い。しかしまた、皆無であるとも言い切れないことをかなみは理解している。だからそ

れが余計に恨めしい。

(にしても、なんだって私が…)

警護が必要な事、その事実は受け入れて、愚痴は次へ移る。

(忍者だって他にもいるし、親衛隊の子でもいいじゃないの…)

ぶつぶつとひとり愚痴を垂れる。普段はもっと酷い理不尽さにもそれほどの不満は見せな

いのだが、今日のかなみは違っていた。それは今日という日、そしてかなみの生い立ちに

理由がある。

かなみはその名が示す通り、JAPANに生まれ忍者の里で育った。JAPANは四季豊

かな土地であり、その風習も情緒あるものだ。幼少よりリア王女付きの忍者としてリーザ

スに仕え、今はリーザスこそ我が国だと胸を張って言えるとしても、やはり心の奥にはJ

APANの風物が懐かしく思い出されることもある。そしてその最たるものが、正月だっ

た。リーザスでの豪勢な宴は煌びやかだが、しかしただ近くの寺社へ初詣に行き、炬燵で

おせち料理をつつくのは、素朴ではあっても、何処か心を満たすような不思議な温かさが

あるような気がする。それが故郷という物だろうか?

(ただの憧れだっていうことは、わかってるけど、でも…)

実際はその願いが叶えられた事は無いのだ。リーザスにはヘルマンやゼスと比べれば比較

的JAPAN文化が入ってきているとはいえおせち料理など売ってはいないし、自分で作

ろうにも、かなみは忍者らしいサバイバルに必要な技術はあっても、おいしく見た目にも

綺麗な料理、しかもおせち料理となるとさすがに自信がない。

「ふう…」

ため息をつく。心が沈んでいる時には何もかも嫌になってしまいそうになる。自分がここ

にこうしていること、忍者であること、普通の女の子らしいという、ただそれだけの事が

出来ないということ…。

 しんとした冷たさが心にまで染み込んでくるような気がして、かなみは少し身震いした。 

そんなかなみの心とは対照的に、下の盛り上がりは変わらぬ熱狂を見せている。そんな中、

不意に下から聞き慣れた声がかなみを呼んだ。ランスだ。

「おい、かーなーみ!ちょっと降りて来い!」

(なんなのよ…もう)

どうせろくなことを押し付けられないことは経験的にわかっている。しかしランスは国王

なのだ。かなみは音もなく天井裏から宴の場へと降り立った。暗闇に慣れ研ぎ澄まされた

五感が、刺激の多さに一瞬圧倒された。活気がつくり出す熱気、楽しげな笑い声や音楽の

調べ、ご馳走の匂い、そしてドレスの煌びやかな色が五感に飛び込んできた。そうすると

いっそう自分が惨めに感じられた。紅の忍び装束に身を包んだ自分の姿は、周りの着飾っ

た人々の中では浮いている。かなみは感情を表に出さず尋ねた。

「何でしょうか」

「ああ、今ちょっとメナドを捜してたんだが、お前何処にいるか知らんか?」

ピクッとかなみの身体が揺れる。メナド・シセイ、その名は今かなみの憂鬱のひとつでも

ある。

「お前達仲良かっただろ。お前なら知ってるかと思ってな。」

確かにメナドはかなみの親友だ。赤の軍副将という地位にあるメナドは忍者であるかなみ

と接触を持つ事もあったし、それに城内では数少ない同い年の女の子同士ということで、

自然と仲良くなった。しかしこの頃、メナドに避けられている気がするのだ。かなみがメ

ナドの部屋を訪れると、いつもと変わりの無い愛想の良い笑顔でかなみを迎えはしても、

どこか心ここにあらずといった様子でなるべく早く用件を切り上げようとする。それにメ

ナドからかなみを訪ねる事もなくなった。かといって、皆にそう言う態度という訳でもな

いようだ。五十六などとは、以前より親しげに何やら話しているのを何度か見かけている。

しかしかなみが話に入ろうとすると、そそくさと逃げてしまうのだ。

「メナドの居場所なんて…私は知りません。」

かなみはそう答えた。実際ランスに張り付いていたのだから、メナドの居場所など知りよ

うも無いが、しかしそこには思わず言外の意味が含まれてしまった。その言葉にランスは

少し眉を上げた。

「そう…か。せっかくのめでたい席に、可愛い子が一人でも欠けているのはもったいない

んだが。お前が知らんなら仕方ないな…」

奇妙な沈黙がふたりの間に降りようとしたその時、盛大な音をさせて扉が開いたかと思う

と、当のメナドが姿を現した。さっとそちらに視線を走らせたかなみは、メナドがこの場

にそぐわない、飾り気の無い至って普通の格好をしているのを見て、無言のまま少しばか

り首を傾げた。

「お、メナド。今ちょうどお前を…」

ランスが言葉をかけるのを気にもとめず、メナドはずんずんとランスに向かうと、開口い

ちばんこう言った。

「王様!かなみちゃんをお借りしていいですか?」

「なに?」

「お願いします!今日だけ。」

頭を下げるメナドに、ランスもかなみも当惑して顔を見合わせる。

「かなみは俺様の警護という非常に大切な任務があるんだが…」

「駄目…ですか…?」

見るとメナドは瞳を潤ませている。まるで今にも泣き出しそうな様子である。

「わ、わかったわかった。勝手にしろ!こんな暗い奴がいてもめでたい席が暗くなっちま

うだけだからな。」

「はい!ありがとうございます、王様!!」

パッと泣き顔が太陽のような満面の笑みに変わる。ランスはそれを見てあんぐりと口をあ

けた。

「それじゃ、行こ、かなみちゃん」

「ちょ、ちょっと…」

そんなランスを尻目に、メナドはかなみの手を引っ張って行く。ふたりの姿が扉の外へ消

えてからランスはやっと言葉を出した。

「…嘘泣き、だったのか…」

 

 

 

「あはははは!」

妙にハイなメナドに手を引かれて、かなみは戸惑いながらメナドの後ろに従っている。

「メナド、あんたさっきの嘘泣きなんて、何処で覚えたの?」

「王様はね、女の子に泣かれるのに弱いんだって。だからね…」

「はあ…」

そんなやり取りをしながら、やがて着いたのはリーザス城内にある一室だ。

「さ、入って入って」

「入ってって、私の部屋じゃないの…」

怪訝な顔で扉をくぐった時だった。かなみは鮮やかな色を目の端に捉えて言葉を失った。

「!?」

「えへへへ、どう?驚いた?」

メナドはいたずらが成功した子供のように得意顔でかなみに尋ねる。

「ふふ、驚きで声も出ないようですよ、かなみ殿は…」

答えたのは第三の声だった。黒髪のJAPAN美人、山本五十六が部屋の隅に座って、扉

を開けたまま硬直しているかなみとメナドを穏やかに見つめていた。その声にようやくか

なみは目を動かす事が出来た。それに続いて口も。しかし出てきたものは言葉にならなか

った。

「な、なー、なー…」

「なーなー星人?」

「違うわよっ!な、何で?いったい何なのこれはっ!?」

ぶんぶんと腕を振りながら、かなみは疑問の声を張り上げる。その指しているものは、J

APAN風のかなみの部屋を鮮やかに彩るキモノだ。

「晴れ着だよ。見ればわかるでしょう?」

「だ、誰の、誰が…?」

口が上手く回らない。かなみはただメナドと五十六の顔を交互に見ることしか出来なかっ

た。そんなかなみの様子に、ふたりは顔を見合わせてくすっと笑った。

「かなみちゃんのに決まってるじゃない!」

「さあ、早くお召しかえを、かなみ殿」

まだ呆然としているかなみを、五十六は手馴れた様子で着替えさせていく。今でこそラン

スの部下の一武将として戦場に立つ彼女だが、もともとはJAPANでも由緒ある山本家

の姫君である。キモノの着付けなど彼女にとっては日常茶飯事なのだ。しかしさすがにメ

ナドは根っからの大陸生まれ。手伝う事は出来ないので、五十六の脇で興味津々の様子で

それを見守っていた。そして、

「うわぁ…!」

メナドが感嘆の声をあげた時、かなみは姿見の中に艶やかな振袖を纏っている自分を見出

したのだった。

「これ…?」

初めて見るかのように自分の身体を見回す。キモノというのは本来フリーサイズに近いが、

その晴れ着はまるであつらえたように、自然にかなみのからだを覆っていた。

「すっごく綺麗!」

「ええ、よくお似合いですね。」

メナドと五十六が感想を口にする。

「それじゃ、パーティに行こうか。」

「え、ええぇっ!?」

「なに驚いてるの。着せ替えごっこのためにこんなことしてるんじゃないんだから。」

メナドの言葉に、かなみは助けを求めるように五十六を見た。五十六は微笑んでいる。

「でも、私は…」

「忍者だから…ってのはナシ。今日は忍者のかなみちゃんはお休み。ただの、ひとりの女

の子の、見当かなみとして、パーティに出よ?」

メナドが何故そう言うのか、かなみにはわからなかった。もしかしたら、メナド自身がコ

ンプレックスから解き放たれたからかもしれない。しかしとにかく、その言葉はかなみが

望み、そしてその度に諦めて自分から押し隠してきた思いだった。忍者としてではなく、

普通の女の子として可愛い服を着てみたい。

「でも…」

そのチャンスが目の前にあるのに、かなみは躊躇した。以前の浮遊都市での出来事の思い

出が、踏み出す事を躊躇わせる。

「もう、じれったいなぁ!」

メナドはかなみの手を取った。

「あっ」

「五十六さん、かなみちゃんをお願いします!」

ぐいっとかなみを部屋から押し出して、五十六に顔を向ける。

「メナド殿は、如何するのです?」

「えへへ、ぼくはこんな格好だし……」

「それでは…」

「あ、それから」

メナドが五十六の耳に顔を寄せる。かなみは怪訝そうにそれを見ていたが、その内容は聞

き取れない。

「…解りました。では参りましょう、かなみ殿。」

「ちょ、ちょっと、メナド…?」

「あとで、あとでね、かなみちゃん」

困惑するかなみを、メナドは笑顔で送る。そのままかなみは五十六に付いて行くしかなか

った。

 

 

 

五十六に手を引かれて、かなみはさっき抜け出してきたパーティの会場に足を踏み入れた。

「ほう…」

「へぇ…」

驚きと感嘆の入り混じった声が、かなみを見る男達、そして女性陣からも上がる。そして

ふたりはランスの目の前に来た。

「誰だ五十六、そのかわい子ちゃんは?」

「だっ…!」

「誰だ…って、わかんないの?ランス…!?」

さすがに声が出た。

「うわっ!?その声…かなみか?」

ランスがびっくりしたようにまじまじとかなみの顔を見つめる。そしてパーティ会場すべ

ての目も、いっせいにかなみに集中した。思わずかなみは顔を伏せた。

「くす、正真正銘見当かなみ殿ですよ、ランス王。」

ひとりクイズの答えを知っている優越さにおかしさを感じながら、五十六がランスの言葉

を肯定する。すると周囲から感嘆とも驚きともつかないため息や呟きがいっせいに噴出し

た。

「まさかとは思ったけど…」

「うむ、信じられんな」

「馬子にも衣装とはこのことですか」

「いやいや、なかなかお似合いですぞ」

その反応に、かなみはますます困惑の度を深めるばかりだ。しかしあれよあれよという間

に、かなみを中心としてパーティは進んでいた。皆の注目を浴びるということはかなみに

は初めての事で、はじめは戸惑いの方が大きかったが、しかし慣れてみるとなかなか心地

よいものがあった。そして勧められるままに初めての酒を口にして、夢見心地になったか

なみは、メナドの姿がいつまでたっても現れない事に気付かなかった。

宴の中心となっているかなみから少し離れたところで、ランスはその様子を少しつまら

なそうに眺めていた。そのランスのとなりに、五十六がすっと腰をおろす。

「ランス王」

「おう、どした五十六?」

「いえ、メナド殿から伝言を…」

怪訝そうにするランスの耳元に顔を寄せると、五十六はそれを伝える。それを聞いたラン

スは複雑そうな表情をする。

「それから、私からも。メナド殿の好意を無にするような事は、慎んで欲しいと思います。」

「…………わからん」

「は?」

「お前達…メナドもお前も、それでいいのか?」

「メナド殿はお友達ですから。」

(…女の考える事はよくわからん…)

まだ納得していない顔のランスに、五十六は言葉を継いだ。

「それに…」

「ん?」

「それに私は、もう充分にランス王に愛していただいていますから…」

頬を染めて微笑む五十六に、ランスは顔を逸らした。

「そ、そうか…」

照れたようにそう言うと、ランスは宴の中心となっているかなみに目を向けた。

「ふん…」

その目に映った姿は、確かにランスの興味をそそるほどに美しく輝いているかのようだっ

た。そして宴はたけなわを過ぎ、やがて終わりを迎える。

 

 

 

「…ん…あれ…?」

「お、目が覚めたか?」

「な、ランス?わ、何、何??」

じたばたと手足を動かす。かなみは自分がランスに抱きかかえられている事に気が付いた。

「かなみ、暴れるな。」

「どーしてランスが?あれ、私なにしてるんだろ?」

「覚えてないのか。おまえ酒弱いんだな。」

(あ…つぶれちゃったのか、私。お酒なんか飲んだ事無かったから…)

まだ少しふらふらする頭で、かなみはようやく理解に達する。

「で、ここはどこ?」

「廊下だ。」

「酔いつぶれた私を連れて何処へ行こうっての?」

「俺様の部屋だ。」

「そこで何をするつもりなのよ?」

その質問に、ランスは唇の端をにやりと歪める事で答えた。

(ハア…)

心の中でため息をつくかなみ。そうする間にもランスは王の寝室の扉を開け、抱いていた

かなみをベッドの上にのせる。

「かなみがこういう格好をしてるっていうのもなかなか新鮮だな。いいぞ。」

はだけた晴れ着の足元を覗くようにしながら、ランスは言う。

「ば、ばか!見るな!」

「あ、隠すな。びりびりに剥くぞ。」

少し力をいれてランスが晴れ着の端を掴む。

「だ、駄目!この晴れ着は…!」

「そんなこと構うかぁ!がはは…は…」

(かなみちゃんを泣かせたら、怒りますからね!)

その言葉が、今にもかなみに飛び掛りかけていたランスの動きを止める。

「しゃーない。自分で脱げ。」

「え…うん…」

ランスの態度の変化に戸惑いながらも、肯く。しかしその後、かなみは少し上目遣いにラ

ンスをうかがった。

「ん、どうした?」

「あの、ランスは…?」

「もちろん見ている。」

「…………」

(うう、やっぱり…)

かなみは仕方なくしゅるしゅると帯を緩め始めた。

 

 

 

情事の後、既に盛大ないびきをかき始めているランスの横顔を見ながら、かなみはひとり

物思いに耽っていた。

(なんだか、初めて普通にランスとえっちした気がする…)

最初は任務のためからだった。それからは無理矢理なし崩しに、そしてランスが王となっ

てからは、命令だった。しかし今夜のランスは少し違っていた。

「いつも優しくしてくれたら、私…」

そう呟いて、ハッとしたように口をつぐむ。そしてその考えを振り払うように頭を振った。

(何を、何を考えたの?私にはそんな気持ちは無い…わよ。)

今も自分の身体にまわっているランスの腕をそっと振り解く。そしてベッドの脇に畳んで

あった着物を羽織ると、かなみは静かにランスの寝室を出た。

 

 

 

 昼間の騒ぎが嘘のようにひっそりと寝静まった城の中を、そっと自室へと向かう。

(あれ…?)

閉じた扉の隙間から、光が漏れ出ていた。灯りを消し忘れただろうか、と思いながらゆっ

くりと扉を開ける。

「あら、かなみ殿?」

煌々とした灯りの下でかなみを迎えたのは、五十六だった。

「五十六さん、あ…」

静かに、と口に手を当てた五十六と、その後ろで炬燵に入ったまま突っ伏して眠っている

メナドの姿が目に入って、かなみは口を押さえた。声を落として尋ねる。

「どうしてメナドが…、それに、五十六さんがここに?」

「子守りをしていると、どうしても夜中に何度も起きることになりますから。」

穏やかに微笑んでそう言う。その笑顔は、母親のものだった。実際彼女はランスとの間に

一子を設けているのだ。五十六は直接にかなみの質問には答えていなかったが、その笑顔

は追求の気をなくさせた。

「このまま眠っては風邪を引いてしまうでしょう。手伝ってもらえますか?」

「あ、はい…」

ふたりでメナドを炬燵から引きずり出して、既に五十六が敷いておいた布団に入れる。そ

の作業が終わってから、かなみは再びさっきの疑問を口にした。

「あの、五十六さんは…」

そう言いかけて口篭もる。考えてみれば、軍の任務ではない、ただの女同士として五十六

と話すのは初めてかもしれない。

「かなみ殿は、どうしてメナド殿がここで眠っているか、お尋ねになりたいのでしょう?」

五十六がかなみの機先を制して言う。かなみは黙って肯いた。

「ところで、かなみ殿。その振袖は如何でした?きっといつもとは違った体験を得られた

事と思いますけれど…」

それがランスとの事を言っているのだと気付いて、かなみは頬を染めてうつむいた。しか

し五十六はその様子を微笑んだまま見つめていた。

「あの、この着物はやっぱり五十六さんが…?」

黙って首を振る。

「数ヶ月前、秋口の頃でしたか。メナド殿が私の部屋を訪ねていらっしゃいました…」

「…………」

「私に、JAPANの着物の縫い方を教えて欲しいと。」

ハッと自分の身に纏っている着物を見回す。

「そうです。それはメナド殿が御自分で縫われたもの。」

(じゃあ、五十六さんとメナドが親しそうにしてたのは…)

かなみの表情の変化をそれとなく察しながら、五十六は続ける。

「メナド殿とて、ランス王の軍を率いる将軍のひとりとして、さまざまな任務があったで

しょう…」

(私を避けてたと思ったのは、このことを秘密にしておくために…?)

「それでも、彼女は弱音ひとつ吐かずに、いつもの笑顔でそれを縫い上げたのです。」

『あは、このくらい大丈夫ですよ!このことはかなみちゃんにはナイショですからね。』

親友のその時の様が、まるで見ていたように手にとるように思い描ける。そう、メナドは

そんな娘だ。なのになんで私は…。

「だから、今日はこのまま寝かせておいてあげて下さい。」

「はい…」

そこで五十六は口を閉じると、腰を上げる。

「それから、私からも…。明日の朝は、JAPAN風のおせちを召し上がって下さいね」

思い出したようにそれだけ言うと、五十六は扉の向こうに消えた。かなみはその言葉の意

味を一瞬計りかねたが、冷蔵庫の中を開けてみるとすぐに理解した。明らかに今朝までは

無かった重箱が、そこにはあったのである。

「ん…かなみちゃん…」

そっと布団のメナドの横に潜り込むと、メナドが呟いた。かなみが目をやると、しかしメ

ナドは穏やかに寝息を立てているだけだ。

「寝言か…」

(メナド…)

自分のささやかな、しかしそれが叶う事など思いもよらなかった夢。それをこの娘は叶え

てくれた。

「ありがと」

そう言ってから、ふとあることに気が付く。

「それから、まだ言ってなかったよね…あけましておめでとう、メナド。今年はいい年に

なりそう…あんたのおかげで。」