鬼畜王ランス列伝

山本五十六記

作:たのじ


第十三章 ゼス王国

 ゼスは魔法使いの王国である。魔力強い者が上に立って国を治め、魔力の全く無い者は奴隷として搾取される。

 この、魔法によって選別される階級制をその基本とし、人類圏でも最高の魔法文明を発達させてきた国、それがゼスなのである。

 この国の軍隊は、魔法王国の名に恥じず、リーザスやヘルマンのような騎士、重装歩兵の振るう剣ではなく魔法使い達の魔法を主力とする。奴隷兵達と、魔法によって創造された魔法生物を魔法使い達の前に立たせて敵を防ぐ壁として、その壁の後ろから魔法使い達が攻撃をかける、これが基本の戦法である。

 我々から見れば、奴隷兵達の損害を無視した卑怯きわまりない戦法だが、この戦法は確かに有効であり、対応に苦労することは想像に難くない。侵攻してくる敵軍をくいとめ、追い返すだけならばこれほど適した方法はないだろう。

 まともな戦力である魔法兵こそ、今やヘルマンを併せた事によって、傭兵部隊を除いても最大動員数が五万に届こうという我々の半分以下のはずだが、奴隷兵は数が多いためその総数は把握できていない。そして、奴隷兵をいくら倒したところで魔法兵を倒さなければゼスに損害を与えたことにはならず、戦いは長引くだろう。

 こうした課題をはらんで開始されたゼス侵攻作戦だったが、リーザスの最初の一手であったサバサバ占領は、我々が思っていなかったほどあっさりと成功した。

 作戦の前段階として、まずはサバサバ侵攻の数日前にアダムの砦へラファリア副将が攻撃をかけた。そして敵の目を砦に引きつけたところで、本命の攻撃が開始される。

 リーザス軍は赤の軍とロレックス将軍の重装歩兵部隊、そして私の弓兵隊とマリア殿の砲兵隊で街の北側、すなわち砂漠側から急襲し、警戒の薄れていたサバサバを半日の戦闘で占領した。更に、サバサバの占領が完了すると同時に、アールコート殿の部隊が本隊から分かれてアダムの砦へ向かい、砦をゼス側から攻撃する。

 ゼスの国境を守るゼス四将軍の一人、”炎”の魔法兵団団長たるサイアス・クラウンは一兵卒から叩き上げで団長まで上り詰めた優秀な将軍だそうだが、前後から大兵力に封鎖され、砦に押し込められてはその手腕を発揮する暇もないだろう。

 こうして、まず最初の一撃は、ゼス魔法兵団の主力の四分の一、三千をほぼ無力化し、成功の内に終了した。対してこちらが封鎖のために割いた兵力は、侵攻軍の約七分の一である緑の軍と火星大王の部隊の合計五千と、傭兵隊の六千のみ。

 第一戦はリーザスの完全な勝利であった。
 
 
 

 サバサバ郊外にはちょっとした丘陵地が存在する。ここをゼス侵攻の拠点とするべく、サバサバ占領のその日から、陣地の構築が進められていた。

 ゼス侵攻軍約三万五千(傭兵を除く)を収容する陣地の構築は容易ではないが、この手の仕事を得意とするハウレーン副将と砲兵隊長、同時に工兵隊長でもあるマリア殿が中心となって当たり、予定通り順調に構築されつつあった。既に司令部周辺の設備は設置が完了し、ゼス中央の平野部への進出を前にした作戦会議が始められていた。

 私はその会議に、支援部隊の代表として出席している。ヘルマン戦役までは、ガンジー殿がこの役を務めていた。支援部隊には一流の魔法使いはいても一流の武将はおらず、能力的にも人望の面でもガンジー殿以上にこの役に相応しい将はいなかった。しかし、当のガンジー殿がこの侵攻に参加していないために、私にその役が回ってきたのである。

 会議の開始されるや、全軍の最後に補給部隊と共にやってきたエクス将軍が、ランス様に状況の説明を始めた。

「ゼス魔法兵団は四つの軍団から成り、それぞれ”炎”、”氷”、”雷”、”光”の名で呼ばれます。どれも相当な攻撃力を持つ軍団ですが、その一つのサイアス・クラウン率いる”炎”は、アダムの砦に閉じこめましたので無力化したと言っていいでしょう。無理攻めはせず、厳重に包囲せよとアールコート、ラファリア両名には命じてありますので、包囲を突破するには相当な被害を覚悟せねばならず、またその場合砦はまず確実に我等の手に落ちますので、”炎”は既に脅威ではありません」

「がつがつがつ……、ふむふむ、それで?」

 食事の手を休めずランス様が言う。この食事は、リーザスにも名料理人の噂が届いているサバサバの料理店”サクラ&パスタ”の料理人、マルチナ・カレーの手による料理を出前させた物であり、余程気に入ったのかここに来て以来ランス様はずっと出前を取っている。

「ここから先の侵攻ルートは二つ、一気に北回りの最短距離でゼスの王宮を狙う道、遠回りですが南回りでゼス中央平野部を制圧しつつ進む道です」

「むしゃむしゃむしゃ……、シィル、ピンクウニューンよこせ」

「はい、ランス様」

「遠回りは気にいらんな。北から行くのはまずいのか?」

 右手で眼鏡を直しつつエクス将軍が続ける。

「その場合、進軍中に側面をゼスの魔法兵団に突かれる恐れがあります。ウスピラ・真冬率いる”氷”とアレックス・ヴァルス率いる”光”はゼス中央部に配置されていますから。また、ゼス王宮周辺にはゼス魔法兵団の柱石たる、老将カバッハーン・ザ・ライトニングが”雷”を率いて警備に当たっているとのことです。更に、その効力は不明ながらも王宮周辺には大規模防御結界があるとの情報があります」

「今回は速戦即決に賭けるか、慎重にやるかを選べる訳か。ヘルマンは広すぎて速戦は最初から出来なかったからなぁ。……俺様としては全軍で一気に最短距離から行くのが良いと思うんだが。エクス、リック、五十六、志津香、お前らの意見はどうだ?」

 ちなみに今現在、この場にいる指揮官はランス様とエクス将軍、リック将軍と志津香殿と私のみ。

「そうですね。大兵力を一気にぶつけるのは悪くないと思います。ですが、何しろゼスは魔法王国、大規模防御結界の存在が不気味です。結界の調査に送ったかなみさんの報告待ちになりますが、僕としてはやはり慎重に、中央平野部を制圧しつつ進む方をとります」

 ここでエクス将軍の言ったかなみ殿とは、リーザスの抱える忍者の一人である。まだ若いくのいちながら、その腕は確かだ。

「自分は最短距離を進むルートを推しますが、魔法に関してはお手上げです。キングの決定に従います」

 リック将軍は彼らしい返答をする。切り込み隊長という自分の役割を認識している彼の態度は、いつも迷いがない。

「そうねー。ゼスの結界は魔法使いの間では結構有名なのよ。現在確認されてる中では、魔人領との間にある結界を超える、人類圏最大最強の魔法結界、ってね。大規模な儀式と装置で張られた結界だから、力押しで破れるかどうかは怪しいわよ。魔法研究所からカーチス所長達をみんな引っ張ってきて、じっくり研究させれば解けるかも知れないけど、結界に突き当たったその場で解こうってのは難しいでしょうね」

 やっぱり南回りの方がいいでしょ、と志津香殿は締めくくった。

「私も南回りを推します。負けるとは思えませんが、もし結界とやらで立ち往生した場合、集まってくるゼスの軍団に包囲されることになりかねません。更に、南回りならばこちらに有利な戦闘が出来ます」

 余談だが、出征できずにリーザス城で大人しくしている際、暇つぶしのためにリーザス、ヘルマン、ゼスの各国の軍組織について調べていたのだが、そのとき私は一つのことに気づいた。

 リーザス、ヘルマン、ゼス三国の軍の配備状況には、それぞれに癖がある。

 リーザス軍は、王宮にその兵力のほとんどが集中している。ゼスとの国境のパラパラ砦、ヘルマンとの国境の山岳地帯などにはそれなりの守備隊が張り付いているが、主力はリーザス城にあり、事があればそこから隊列を組んで進発するのである。

 対してヘルマンとゼスの軍は、軍団ごとに特定の地域をその担当場所に設定され、地域の中心に駐屯する。そして、担当地域に侵入する敵対勢力があった場合、それを迎撃するのである。

 リーザス式とヘルマン・ゼス式には、それぞれ一長一短があり、どちらが優れているとは言えない。ヘルマン・ゼス式の配備は、王宮に知らせが行くまで軍が動けないリーザス式に比べて、侵入に対する即応性という点では勝っている。

 しかし、この配備は兵力を分散させていると見ることもできる物であり、こちらの動きが早ければその分散した兵力が集中する前に各個撃破できると言うことである。ヘルマン戦役では、その軍団ごとの独立性につけ込み、兵力を集中させずに一つ一つ潰していくことで、総兵力ではリーザスより上のヘルマンを打ち破った。

 話を戻す、今現在の駐屯地であるサバサバに最も近い位置にあるゼスの軍は、テープにあるウスピラ・真冬の”氷”の魔法兵団。実際の戦力となる”氷”の魔法兵の数は、開戦前の情報では三千、そして壁となる奴隷兵が八千、魔法生物”ウォール”が二千。

 このうち奴隷兵は、ろくな装備もなく、練度も低く士気もない本当にただの壁だが、魔法生物”ウォール”は、威力は低いものの魔法結界を張る能力を持つ侮れない敵である。サバサバ侵攻時にも、たかだか五百程度の”ウォール”の結界に赤の軍の進撃が一時とはいえ止められたのだ。

 この奴隷兵と魔法生物の壁に足止めされたところを、魔法兵団に攻撃されては、約三倍の数で攻めても無駄な損害が増えることになる。しかも、一つの軍団を相手取るだけでなく、同時に複数の軍団を相手にしてこれをやられては被害が更に増える。

 魔法使いを相手にするときは、とにかく魔法を使わせる前に叩くこと、戦争の基本は、敵を分断して各個に叩くこと。この二つから考えて、私は北回りよりは南回りの進軍ルートを推した。

「三対一か、それなら今回もじっくり足場を固めながらの進軍になるって訳か」

「はい、ですがおそらくこれが最善手でしょう。長躯して敵地の中心部で決戦、そして勝利による決着などは、敵が余程の無能でない限りあり得ません。派手さはありませんが、足場を固めつつ進軍するのが一番でしょう」

 エクス将軍の言葉を聞き終えたランス様は、僅かの間考えている顔つきになったが、次に瞬間にはもう元の顔に戻り、断を下した。

「よし! 全軍南回りでゼス中央平野を制圧し、その後ゼス王宮を目指す! エクス! いつ出発できる?」

「今日中には陣地の工事が完了しますので、明日には進発できます。守備隊にはハウレーンを残していきましょう」

「ならば明日、夜明けと共に進軍を再開すっぞ! 守備にはハウレーンと白の軍の半分、それとマリアの部隊を残す!」

 その号令と共に、私達は動き出す。

 セス侵攻作戦の第二段階、ゼス中央平野を巡る戦いは、この時から始まった。
 
 

 サバサバ郊外の補給地から進発して二日後、リーザス軍はテープの街へと攻めかかった。どういう訳か、そこには駐屯しているはずの”氷”の魔法兵団の姿はなく、占領はあっさりと完了した。

 しかしその次の日、テープを通り過ぎたリーザス軍が見た物は、テープの街からオールドゼスの街へ向かう途中の平原に布陣する、ゼス魔法兵団”氷”、”光”、”雷”の姿だった。

「やられましたね……。我々の情報網にかからずに三軍団を集結させるとは。流石は魔法王国、といったところですね」

 エクス将軍が珍しく苦々しい声で言った。相手の数は、魔法兵が三軍団併せて約九千、奴隷兵が約一万二千、”ウォール”が約五千、合計約二万六千。

 対してこちらは、赤、白、緑の軍のリーザス正騎士が約一万、ヘルマン重装歩兵、親衛隊が合わせて約一万、魔法使い達と弓兵の支援部隊が合わせて約六千、合計約二万六千。数の上では互角に見えるが、ここまで万全の体制で兵力を集中させて待ちかまえられてはこちらの不利は否めない。

 各個撃破のもくろみを崩された今、正面の敵を突破するのはかなり難しい問題だった。
 
 
 

 オールドゼスの手前で対陣して既に一週間、どちらも大した被害を受けないまま睨み合いが続いている。ゼスの軍は奴隷兵を前に出し、その後ろに”ウォール”による結界を張って待ちかまえていた。完全に守りに入った陣形であり、これを突破するのは容易ではない。

 幾度か小競り合いは行われたが、我々が奴隷兵の相手をしているところに、ゼスは奴隷兵を巻き込んで魔法による攻撃を行ってくるためこちらが戦力を消耗するだけであった。

 よって正面からの突破を断念したのが対峙して三日目であり、現在はこの状況を挽回するべく準備の最中である。

 その最中、四日目にアダムの砦の封鎖を行っていたラファリア副将が砦を放棄して撤退を始めた”炎”の魔法兵団を追撃して前線までやって来た。ラファリア副将は砦の占領をアールコート殿に任せ、火星大王と傭兵隊を指揮して追撃を行い、将軍サイアス・クラウンこそ逃したものの、”炎”の魔法兵のほとんどを討ち取るという手柄を立てた。

 エクス将軍は、傭兵隊を合わせて総勢一万近いこの兵力をそのまま別働隊として、ラファリア副将に指揮をまかせて北回りでゼスの王宮へと向かわせた。

「……魔法結界がありますからそう簡単にはゼスの王宮には侵入できないでしょうが、敵の兵力を割くことは出来るでしょう。現に、”雷”がこっそりと敵陣を離れてゼス王宮へと移動したようです」

 エクス将軍が手元の報告書に目を落としながら報告する。敵軍の集結こそ察知できなかったが、それ以降のさぐり合いではリーザスの忍者は今のところ優勢である。

「後は如何にあの堅固な敵陣を抜くかですが、その方法は山本将軍から説明していただきます」

 エクス将軍に促されて、私は諸将の視線を受けつつ立ち上がった。騎士団と重装歩兵団を指揮する将軍達は、消極的な先鋒をとるゼスの軍にうんざりしているためか、私の説明する”方法”に期待している様子がありありとわかる。

「この作戦は志津香殿、ハンティ殿、フリーク殿のお三方から提案された物ですので、細かい手順の説明はお三方に任せて、私は大まかなところの説明を行います」

 この作戦は、まずリーザス軍の魔法使い達が総掛かりでゼスの陣に儀式魔法をかけることから始まる。この魔法によって敵陣の混乱を誘い、そこに攻撃をかけるという、手順としては単純な物だった。

「でもよぉ、儀式魔法ったって、そんな簡単に上手くいくのか? 魔法に関しちゃゼスの方が圧倒的に上なんだし、どんなでっかい攻撃魔法も防がれちまうんじゃないか?」

 パットン王子がそう口にすると、あちこちで賛同の声が上がった。だが、その程度は志津香殿達から提案されたときに私も尋ねて、回答をもらっている。

「魔法に関しては、志津香殿に説明していただきます」

 私に代わって、今度は志津香殿が立ち上がった。

「魔法といっても、今回使うのは攻撃魔法じゃあないわ。それに目標は魔法兵団本隊じゃなく、奴隷兵達よ。私達魔法使いが全員で効果範囲を拡大する儀式を行って、奴隷兵に精神支配をかけるの」

 本来、精神支配は非常に困難な魔法らしい。なぜかと言えば、強制力が非常に弱いために、意図した目的を遂げることが難しいらしいのだ。

 魔人級、魔法レベル三の伝説級の魔力を持つ者の精神支配ならともかく、普通の魔法使いの行う術では、少し精神的に強い人間にはほとんど効かず、訓練を受けた兵士にもなると全く効かないらしい。

「で、幸いこっちにはレベル三のハンティさんがいるから、成功率はかなり高いわ。それでも魔法兵団みたいに対魔法の訓練を受けてる連中には効き難いから、奴隷兵を狙うってわけ」

「じゃが、それでも対象範囲を広げるために、強制力が弱くなることには変わりがないんじゃ」

 フリーク殿が志津香殿の説明を補足する。

「奴隷兵達を思いのままに操る、なんて事は不可能じゃ。じゃから今回は、奴隷兵達の心に強烈な”恐怖”を植え付ける」

「ろくに訓練も受けず、今回は特にあからさまな壁にされて士気の低い奴隷兵達ならこの”恐怖”にはおそらく対抗できない。そして恐慌状態になったところで攻め込んでやれば奴隷兵はまず間違いなく逃げ出すだろう」

 そうしたら後は直接切り込んで決戦だ、とハンティ殿が締めくくった。魔法で恐慌に陥った相手を攻める、これは私としてはあまり気持ちのいいものではないが、奴隷兵を単なる消耗品としてしか見ていないゼスのやり口からすればはるかにましだ。皆も同じ思いなのか、一応納得した、という表情を浮かべている。

 今まで何も言わずにいたランス様の様子を伺うと、ランス様が突然立ち上がった。

「俺様は小細工は好きじゃねーが、今回は別だ! 壁の後ろからこそこそこっちを伺ってるゼスの奴らに、戦いってものを教えてやれ! ここでゼスの主力を叩きのめして、一気に王宮まで進むぞ!」

 ランス様の檄に打たれた一同は、それまでのどこか躊躇した雰囲気を捨てて気を引き締めた。ランス様が決定した以上、明日は決戦になるのだ。

「魔法部隊は儀式魔法で手一杯になります。支援は私の弓兵隊のみですが、諸将の活躍を期待します」

 私のその一言を最後に今日の会議は閉会となり、明日の準備が始まった。
 
 

第十四章 ピカ

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