Web拍手 ガブラス夢 No.1

 

 

 

薄暗い地下で、自分を尋問していたあのジャッジマスター・ガブラスは自分の双子の弟なのだ、と重苦しい表情でバッシュさんが告白しても、なんだかピンとこなかった。
敵同士なのだ、と。
あいつは私を殺したがっている、と。
同じ内容を違う言葉に変えて何度も何度も言うけれど・・・

 私にはどうしてもそうは思わなかった。

 

 

 

 

 

久しぶりに戻ってきた王都ラバナスタ。
次の旅路に必要な物はすべて買い揃え、宿を取ると夕食までの自由時間となった。
顔なじみのミゲロやダラン爺に顔を出して久しぶりに市場へ顔を出す。

「新しい商品揃ってるかな〜♪」

あまりお金を使わず、しかしできるだけ良い品物をできるだけ沢山買いたい。

「んーっ お兄さんあともう少し!ねっ!親友値段、親友値段!」
「そんなこと言われちゃ頑固に首横振れねぇよー。いつも嬢ちゃんには負けるよ」

贔屓にしているお店で可愛く粘れば、馴染みということで頭を縦に振ってくれる。
久しぶりの値引き交渉がうまく運び楽しさがこみ上げる。

 やっぱり買い物は楽しいっ!

 そんな一時の楽しさというのは結構長続きしないもの。

「欲しいものはある程度買えたから、そろそろ帰ろうかな〜」

両手にいくつかの袋を抱えて市場の通りから出ようと歩き始めた。

ドンッ

「あ、すみませ・・・」

 人通りの多いこの市場通り。
自分を含める何人かが同じようなタイミングで市場を監視している帝国兵にぶつかった。
謝りを入れながらチラリと帝国兵を見るとギロリと睨まれた。
心の中で文句を言いながらも、障らぬ神に崇り無しということでそそくさと去ろうとする。
だが通り過ぎたところで帝国兵が行き成り声を荒げた。

「あっ! くそっ 財布がねぇ!!」

慌ててバタバタと身の内を探し回る姿にクスリと笑む。
恐らくさっき自分と同じタイミングでぶつかった孤児達だろう。
人の財布を盗むのは頂けないが、被害者が帝国兵となると「ま、仕方ないでしょ」と楽観してしまう。
そのままニヤニヤと笑みながら過ぎ去ろうとしていたがいきなり頭部に激しい痛みが襲う。

「いたぁっ!」
「このアマ!さっきぶつかった時、貴様がスったんだな?!」

先ほどの帝国兵。
すさまじい形相で人の髪をむしり掴んで思い切り引っ張っている。

「あたしじゃないわよっ!」
「嘘をつくなっ!! 帝国兵をなめやがって!!」

スラリと抜き出される剣。
ヤバイ! 殺される!!

「そのくらいにしておけ」

身を切られると固く身構えた瞬間知った声が背後から聞こえてきた。
続けて帝国兵の呻く声が聞こえ、同時に髪を引っ張られる痛みが消える。

「え?」

思わず後ろを振り返ると人の髪を引っ張っていた帝国兵の腕を男が捉えていた。

「貴様っ!帝国兵に刃向かう気かっ!!」
「俺の顔を知らんとは・・・少尉以下だな?」
「なんだと?! ぐ、ぁっ」

帝国兵が罵声を浴びせようと叫んだ途端、涼しげな顔のままギリギリと握り込み、そして

 

「がぁぁぁっ!」

バキリッ

 

周囲に嫌な音が響き、帝国兵が絶叫した。
悲鳴をあげながら己の腕を庇う。
その腕はくの字に折れ曲がれ、骨は砕かれていた。

「帝国兵ならその名に恥じぬ信念を持って行動しろ。お前が私心で動く度に帝国の名に傷が付くことを忘れるな」

人の腕の骨を握り折ったというのに更に冷たい目で見下し、言葉を突きつける。
その様子をハラハラしながら見ていたが、これ以上はもう黙っていられない、と骨を折ったその大きな手を掴んで走り出した。

「っ! おい!」

後ろで抗議を訴える声が聞こえたが、そんなものは無視無視。
とりあえず、他の帝国兵が集まってきて大騒ぎになる前に退散するに限る!
勢いを止めることなく走り続け、人通りが少ない場所まで来ると、更に見つかりにくいように路地へと入った。
そしてようやく掴んでいた手を離し、両手を膝について長いため息を吐く。

「もー。助けてくれるのは有難いけど、あんなやり方ないじゃないっ。」
「確かな証拠もなしに盗人と決め、しかも判決も無しに己の独断で斬ろうとしたのだ。本来ならあの程度では済まされないことなのだが?」

もうちょっと穏便にしたほうがいいと言っているのに、もっと酷い仕打ちをするべきだと当たり前のように言う言い方にカチンとくる。

「ちょっと!そういう言い方はないんじゃないの? どうしちゃったのよっ。 なんだかいつもよりピリピリしているように思えるんですけどっ!」

落ち着いた呼吸でぐっと顔を上げ直視すると、あれ?と拍子抜けする。
その感情が表に出たようで、こちらの間抜けな顔に向こうも一瞬面食らったような顔をする。

「あ、れ? 髪切ったの? ヒゲも剃っちゃって・・・。ずいぶんさっぱりしたのね。」
「・・・・・・何を言っている?」
「やだなぁ〜。自覚してないの?結構いいよ。好青年になったってカンジ♪」

ホメているのに首を傾げた反応しか返ってこない。
まぁ普段からあまり外見を気にする人間じゃなかったからホメても効力はないか・・・。

「そのサッパリした外見と一緒にさ、何に怒ってるか分からないけどいつも通りの優しいバッシュさんに戻った方がいいよ。ただでさえ帝国兵に見つかるのはヤバイんだから。」
「バッシュ・・・だと?!」
「だからいつも助けてくれて嬉しいんだけど、もうあたしのためにモメごと起こさないでジッとしててね!」

相手の反応を素通りして言いたい所まで言ってみた。
だがいつものような「分かった」とか「すまない」という口癖が返ってこない。

「ねぇ、バッシュさん!聞いてるの?!」

念を押すようにもう一度顔を見た瞬間ゾクリとした。
いつもの穏やかな表情じゃない。
いつも詫びを入れる顔じゃない。

「バッシュ?・・・それはバッシュ・フォン・ローゼンバーグのことか?」

見下ろしてくるその視線はとても冷たくて。
怖くて。
なのに瞳の奥の心がギラギラと燃え盛っていて。

「バッシュ、さん・・・じゃない・・・わよ、ね・・・」

再び名を呼んだ直後違うと感じた。
最初は顔が似ていたから迷わずバッシュだと思っていた。
思い込んでいた。
でも本当は違っていた。
目も髪も、顔の創りも同じなのに・・・
魂が違うだけで、こんなにも別人の表情を・・・

 

「・・・ガ・・・ガブ、ラス・・・」

 

震える声で名を絞り出すと目の前の男は不適な笑みを浮かべた。
その笑みを見た瞬間ヤバイ!と感じた。
気分はタカに追い詰められた小動物のよう。
身を翻し、慌てて路地から通りに出ようとする。
だけど女より男。
市民より武士。
何の力も無い女の自分に対し、武力に秀でた男のガブラスの方が何でもできる。
身を翻そうと、わずかに動かした瞬間には身体を捕らえられ、狭い路地の壁に押し付けられる。

「バッシュ将軍のお知り合いかな?」
「・・・・・・っ・・・・・・」

言葉としては紳士的だが、語調は上から下を見下す威圧的な言い様。

「こういう形でヤツと接触できるとは思いもしなかった」

更に深まる笑みはこの偶然もたらした状況が楽しくて仕方ないと言っているようだった。

「俺の名を言い当てたということは・・・ヤツから聞いたんだな? お前の名を聞かせてもらおうか」
「あなたに教える名前なんてありませんっ」
「そうか。ならヤツから直接お前の名を聞くことにしよう」
「自分の兄を“ヤツ”と呼ぶなんて信じられないっ」
「お前にとやかく言われる筋合いなど無い」

黙れ、とでも言うように大きな手で首を掴まれ、襲う息苦しさに顔を歪めた。
バッシュと一緒に行動している以上自分も殺されるのか?と思ったがそのような苦痛は来ない。
どうやら殺すつもりはないらしい。

「あたしに、こんなことして何になる、の?・・・あたしはバッシュじゃ、ないわよっ」

力を込めず、逆に緩めず。
首を掴み続ける無骨な手にギリギリと長めの爪を食い込ませ睨みあげると、ガブラスの笑みは更に深まる。

「共に行動しているのだろう?ダルマスカ王女等も・・・。ならここで会った偶然をたっぷりと利用させてもらうさ」

直視できないほど恐怖を感じ身体がすくみ上がる。
この人にとって、私自身にそんなに価値はないはず。
それなのに殺さず利用しようとするということは、すでに頭の中であらぬ策略が走り、エサとしておびき出そうということ。
そこまでして双子の兄を殺したい・・・?

いや、違う。

対峙したいのかもしれない。
それは色んな感情が廻り廻って―――

「聞こえるか?」

頭の中を巡る思考を止めるように呼びかけられた。
何を? と聞き返そうとして自分の耳にも入ってくる。
人を呼ぶ声。

「探し続けていた“ヤツ”だ」

横目でジッと見るその視線の先にはバッシュの姿。
何度も私の名を呼びうろうろしている。

 

『どこだっ! どこにいるっ?!』

 

相変わらず心配性で切羽詰った呼びかけだ。

「なるほどお前の名か。いちいち聞く手間が省けたな」

何度も何度もバッシュの口からこぼれる名に、それが目の前の女の名だということにすんなり気付く。

「声を出せ」
「・・・え?」
「どうしたヤツを呼ばないのか?必死になってお前を探しまわっているぞ。今は俺に捕らわれている。助けを求めたらどうだ?」

人通りが少ないのにだだっ広い通りとは裏腹に、通りから枝のように伸びる路地は人一人が歩く程度の幅しかなく非常に狭い道。
こちらからは何度も名を呼ぶバッシュの姿と顔が見えるのに、薄暗い路地は向こうからは伺うことができない。
こちらから呼びかけない限り気付かない。

「―――ぐっ!」

早くしろ、と脅すように首を掴む手に力が込められ絞められる。
息苦しくて涙が溜まる。
爪を更に食い込ませ苦しいと訴えると首を掴む手が緩められる。
だが要求通りバッシュを呼ぼうとしないとまたすぐに首を絞められる。
このやり方では言う事を聞かないと判断したのか、腰に帯刀していた大剣を鞘から抜き出し、首を掴む代わりに刃を喉元に添える。

「ヤツを呼ばないというなら少しずつお前の喉元を切り刻んでいく」

さすがにこれには額から汗を流し、殺されると思った。
本来なら迷うことなくバッシュを呼んでいる。
呼べない状況だというなら男の股間を蹴り上げてでもスキを作って叫んでいただろう。
でも今回は、素直にバッシュを呼べなかった。
その原因は目の前にいるガブラスの存在。

 

“あれから私は弟に会えなかった。ようやく会えたと思えば・・・”

“私を殺したがっている・・・。・・・憎まれて当然だな・・・”

 

脳裏に断片的に流れるバッシュの言葉。
いつだったか寂しそうな顔でそう呟くように語ってくれた。
本当にバッシュを殺したいと思っているなら・・・
本当にバッシュを憎んでいるとしたなら・・・

「・・・矛盾してるわ」
「なに?」
「矛盾してると言ったの。私を殺したいならさっさと殺せばいいじゃない。それでバッシュさんをおびき寄せられるんなら願ったり叶ったりでしょ」
「・・・・・・」
「でもあなたはそれをしない。無理にでも私の口からバッシュさんを呼ばせようとしている・・・」

核心をついたのか、ガブラスの眉がぐっと動いた。

「なんでなの?用があるなら自分から出て行けばいいじゃない。殺したいなら殺せばいいじゃない。今のバッシュさんなら隙は沢山あるんでしょ」

武士としての第6感なんて分からない。
男としての考えも分からない。
でも一つだけハッキリ分かることがある。
 

この男はバッシュを殺そうとしていない!

 殺したいなら幾らでも方法はあるはず。
しかもバッシュの姿が見えるというのに、いつまででもここでジッとしているのも何か変だ。
視線の端でバッシュを追っているくせに。
直視しようとしない。
それは憎しみというより・・・むしろ・・・

「逢いたいんでしょ?」
「っ!」
「帝国とか、戦争とか全部抜きにして。双子として、逢いたいんでしょ?フツーに話をしたいんでしょっ?」

ギリッと奥歯を噛み締める音が聞こえた。
血を分けた双子だというのに
唯一の家族だというのに
長年離れてしまったが為に普通に逢う方法すら分からなくなってしまっていた。
切れないはずの絆を薄くさせたのは時間とすれ違いとそれぞれ仕える国の差と、

・・・そして戦争・・・

「・・・本当は“殺す”とか言いながらバッシュさんのことを忘れないようにしていたんだったりし、て・・・」

ほんの茶目っ気で言ったつもりだが、冗談が通じずギロリと睨み下ろされる。
こ、怖い・・・
同じ顔で睨まれると迫力がある。

「どこだ? いないのかっ?」
「!!」

バッシュの声が近くで聞こえる。
通りを粗方探し終え、今度は路地を探し始めたようだ。
このままジッとしていたら見つかるのは時間の問題。
くっ、と焦るように呻いた様子からして今回は逢うつもりはない様子。

「ねぇ、逢った方がいいんじゃない? 呼ぼうか?」

今更ながらにガブラスの不器用さを不憫に思い同情心が湧く。
こんな心中、言葉にすれば憤慨されるだろうが、事実バッシュにとってもガブラスにとっても逢った方がいいと思った。
迷っているかのように視線を揺らぐガブラスの返事を待つことなく呼ぼうと息を吸った。

「っ!」

呼ぼうとして口を開いた途端、大きな手に塞がれる。
呼び損ねた勢いそのままにガブラスを見ると冷たい目で睨まれた。
散々人にバッシュを呼べと脅しておきながら、いざ呼ぼうとすると阻まれ睨まれる。

「黙れ」

「ハッキリしてよ」と塞がれた口をモゴモゴ動かし言いかけるとキツイ感じで凄まれた。
声を出せとか黙れとか呼べとか呼ぶなとか・・・
結局何がしたいのかガブラスの真意が掴めず疲れた顔で長いため息をついた。

で。あたしは何をすればいいわけ?

そう問いかけるようにガブラスを見上げると、表情は迷いから再びジャッジマスターらしい冷たく不適な笑みへと戻っていた。
再び身を襲うゾクリとした恐怖に隙を突かれ、首筋に顔を埋められる。

「いっ!」

声を上げ、洩れた途端、更に隙間なく口を覆われ喰らいつかれた首筋の痛みは増す。
舌先で撫でられ、少しの愛撫と共に痛みが続く。
痛みに身体を捩ると反対側の首筋にするどい痛みが走る。
未だ首に当てられたガブラスの大剣。
その刃が首筋の皮膚細胞を綺麗に切り、ツーと生暖かいものが流れ出てくる。

いったぁ! 痛いッ!!

声に出せない分、心でそう叫ぶと答えたかのように埋めていた顔が離れる。
顔を起こしたガブラスの表情はやはり不適な笑みを浮かべていた。
なにか策略を謀ったかのような表情。
フッと笑みを漏らしたあとガブラスはわずかに血のついた己の大剣を鞘に納め、更に路地の奥へと進んで足早に去っていった。

 

一瞬のことでボー然とする。
今のはどういう意味?
結局何がしたかったんだろう???

「うーん。やっぱり同じ顔でも考えてることは分からないわ・・・」
「なにがだ?」

去っていった路地の奥を見つめながら腕を組み、しみじみと呟くと真後ろから同じ声が聞こえた。

「ば、バッシュさん?!」

振り返ればいつも旅路を共にするバッシュの姿。
今度は間違えない。
正真正銘のバッシュ。
しかしその表情は複雑な表れをしている。

「なに? どうしたの?」
「先程からずっと君を呼んでいたんだが、なぜ返事をしない」
「ああ、ごめんなさーい」

軽い口調の謝罪にバッシュは重いため息をついて今度は怒った様な顔をする。

「君は今どういう場所に立っているのか分かっているのか?」
「え? どういうって・・・」

無自覚な返答に再びバッシュがため息をつく。
どうやらこの路地は女が一人で居るには危険な場所らしい。
昼は違法な取引が密かに行われ、夜には娼婦が徘徊する。
そんな闇の市場という意味合いの場所とのこと・・・。

「・・・へぇ〜」
「へぇ、じゃないだろう。市場で帝国兵との騒ぎがあったと聞いたから必死に探し回っていたのに、なぜこんな所にいるんだ」

素行をさらけ出すように求められても乾いた笑いをするぐらいしか思い浮かばない。
まさかガブラスと会ってました。など口が裂けても言えない。
あのガブラスの言動からして、まだ言わないほうがいい。
そう考えているといつの間にやら顎を掴まれクイと上へ上げられていた。

「これはどうした?」
「え?」

指摘された場所が見えない場所にあるため手で触れるとツキリとした痛みが襲う。
片目を歪ませて触れた手先を見ると血で濡れていた。
ガブラスの大剣で傷を付けた場所だ。

「帝国兵にやられたのか?」
「えっ?・・・あ、うん。まぁ・・・」

取り繕うように肯定するとまたバッシュのため息。
よほど心配だったんだろう。
思えばガブラスに押さえつけられている時、ずっと聞こえていたバッシュの呼びかける声は途切れることがなかった。
どこか?どこか?とあちこち探しまくっていたのだろう。

「・・・ご、めん・・・なさい」

歯切れが悪いながらも一応謝罪すると「分かればいい」と返ってきた。
そして血に濡れた手を掴まれ口に含まれる。
口内で指先を舐めるバッシュの舌の動きにギョッとした。

「バッシュさん!いい!いいよ、別に!」
「血塗れのまま帰ると皆に余計に心配をかけるぞ」
「そ、それはそうだけど・・・っ!いたっ!」

対話しながらもガブラスの時と同じように壁に押さえつけられ、大剣で傷ついた首筋に顔を埋められる。
そしてチリチリと襲う痛み。
別に舐めなくても水に濡らした布で拭き取ればすぐなのに・・・。
そう思うが、こういう仲なのだし心配かけたのだから侘びも込めて何も言わず大人しくしていることにする。

 血が止まったらさっさと帰ろう・・・

 そう思ったが

「なんだ、これは?」

いきなり声色が変わったバッシュの声。
何事か?と見下ろせば反対の首筋を凝視するバッシュの顔。
そこは確かガブラスが・・・
思い返そうとした所でいきなり名を呼ばれ現実に戻される。

「これは一体なんなんだ?」
「え?なにって・・・なにが?」

咎めるような視線で見上げられ恐怖が襲う。
なんでかな。
バッシュが珍しく真剣な顔で怒っている。
真剣ということはその分、普段の怒りより何倍も増加していて怖いということ。

「まだ新しいな・・・。私が来るまでここで誰と何をしていたんだ?」
「え・・・・・・・・・」

ふら〜っと視線が泳ぐ。
なんでそんなこと聞いてくるのっ?
というより、なんで誰かと一緒だったなんて・・・

「・・・な、なんで・・・?」

思わず問い返すと堪った怒りを少しでも捨てようとバッシュが短くため息を吐く。
そして先程ガブラスに喰らいつかれたその場所をグイと指の腹で突かれた。

「・・・これはどう見てもキスマークに見えるんだが・・・?」
「・・・えっ・・・・・・」
「少し歯型が付いているな・・・。よほど熱烈な相手とみた。それは一体誰かな?」

怒りを抑えながら嫌に笑むバッシュの表情が怖い。

なんですって、キスマーク?
キスマーク、キスマーク、キスマーク・・・・・・

「あ―――――ッ!!!」

頭の中で時間を戻し、思い返してようやく気付き叫んだ。
やっと自覚したところでバッシュは抑えていた怒りを解放し、わななく手はパキパキと指を鳴らす。

「えぅっ、や、いや!ちょ、ちょっと待ってバッシュさん!あれは事故なのよ!予想もしていなかった事故!」
「そうか。事故か」
「そうそう!突然のことで避けきれなかったし、あたしも何されたのか全然分かってなかったしさっ」

必死に取り繕った笑みで壁沿いに後退るが、その分目だけ笑っていないバッシュの笑顔がジリジリと追い詰めていく。

「何をされるのか分からない男と一緒に居た、ということだな?」
「えっ?・・・えーっと・・・えー、っと・・・」
「で。その男は一体どこの誰で、君はその男とここで何をしていたんだ?」

壁に沿って逃げて、追い詰めるようにジリジリ寄られ・・・
最終的には路地奥の角で挟み込まれた。
まるで恐怖を煽るように視線を捕らえながら、ゆっくりとした動きで両脇の壁に手をつかれる。
完全に追い詰められ額からダラダラと汗が流れ続ける。

「・・・う、浮気なんてしてないよっ!これはホントッ」
「ああ知っている。君はそんな無節操なことをする人じゃない」

同意の言葉を貰えて少しホッとする。
だがまだ状況は回避できたわけじゃない。
まだバッシュは怒っている。
それも、もの凄く!

「バッシュさんだけよっ・・・好きなのはバッシュさんだけっ」

普段こっ恥ずかしいため強制されるまで中々言えない「好き」を全面に出してバッシュの出方を見てみる。
見上げた先のバッシュは穏やかな笑顔になっていた。
目が合うと唇を塞がれる。

「私もだ。君を愛している」

いつもなら耳を塞ぎたくなる、もしくは口から砂を吐いてしまいそうなバッシュの告白も今は救いの言葉に聞こえる。
バッシュの笑みにつられてつい自分も笑みを浮かべる。

「なら、私だけ好きだというのなら・・・」

言葉の合間に両肩を掴まれ壁に手を付くように強制される。

「大人しくお仕置きを受け入れられるな?」

「え、は・・・い?」

とんでもない言葉が聞こえ驚いている隙をついて両脇から衣服の裾を捲り上げ両手が服の中へ侵入してくる。

「え、うそっ!ちょ、ちょっと待ってっ・・・まさか、こんなところでっ」

人気は無いが真昼間の路地。
薄暗いとはいえ、上を見上げれば建物上部に住居の窓が見える。

「き、聞こえるっ!バレるっ!絶対やだッ!」

嫌がって身を捩るが男の力で壁へと押し付けられて抵抗を塞がれる。
そして遠慮ナシにガブラスが噛み付いたその場所にバッシュも噛み付く。

「あれほど散々と一人で出歩くな、他の男と二人きりになるなと言い続けていたのに君が約束を破ったんだ。」

約束なんかしてないっ!
一方的な押し付けだっ!
色々と言い分を喚いてみるが、バッシュの手は淫猥を増すばかりで減りはしない。

「ここは丁度どの位置からも死角になっている。声を抑えればバレない」

耳元で囁かれついで耳たぶを噛まれる。
絶対無理だ。
声を抑えろと言いながらもバッシュのこと、声を出させるような攻撃してくるに違いない。

「大丈夫だ。正直にすべてを話したら解放してやろう」
「そ・・・それってつまり。全部言うまで・・・」
「もちろん止めない」

おだやかな笑顔でなにを言うのよ、この人わっ

「馬鹿バカ!ヘンタイっ!セクハラ親父ッ!!」
「正直に話さない君が悪い。嫌なら早く言ったほうがいいぞ」

会ってたのがガブラスだなんて絶対言えないっ!
もし正直に全部話したらそれこそ何日も足腰立たなくなるまで責められるに違いないっ!
結局バッシュさんの怒りが収まるまで大人しくしているしかないんじゃない!

「まさかいつものように私の怒りが収まるまで大人しくしていれば・・・なんて思ってはいないだろうな。」

ぎくり。

「今日は本当に怒っているんだ。すべて話すまで言葉通り離さないから肝に銘じておくといい」

腹の底から煮えくり返るような声色で囁かれれば、もう汗は滝のように流れる。

 

ガブラスのバカッ!

ガブラスのバカッ!!

同じ顔でもあんたなんか大嫌いだっ!!!

余計な種蒔くなんてサイテーッ!

 

 

 

 

 

「・・・なぜ、あんなことをしたんだ?」

帰路に着く道中、ガブラスは自分のしたことで疑問と後悔が渦巻いていた。
なぜあんなことを?
何か策略があったわけでもなし、腹いせという割には低レベルすぎる。
意味も無い言動をすること自体が珍しい。

「俺はヤツを殺す!それが目的だっ」

自己暗示にでもかけるように何度も言葉にする。

「いや、ただ殺すだけでは長年の想いは晴れない。別の方法も考えるべきだ。ヤツの大切な物を失わせ悲しみの渦に巻き込ませてやるっ」

そこまで考えてポンと手を打つ。
あの女はヤツの女だ。間違いない。

であれば、あの女を奪えばヤツに打撃を与えられる。

そして自分の不可解な言動に繋がる。

あれも一つの策略。おそらく無意識のうちにやった。

「・・・そういうことにしておこう」

 

己の不可解な言動を無意識の策略のおかげと無理矢理終止符を打ち、納得したガブラスは再び帝国アルケイディアへと帰っていった。

 

 

 


〜あとがき〜

FF12キャラの誰の夢を読みたいか?というアンケートを取ったところ、ダントツ1位でガブラス/ノアの夢小説が読みたいという結果がでました。
なので書いてみた初ガブラス夢。
でも私のイメージでガブラスというのはどうしても兄への異常な執着がある、という懸念が消えず・・・そこでバッシュも登場させてみました。
するとどうでしょう。
頂いた感想で「双子夢」と言われてハタと気付きました。

「確かに・・・双子夢だよな・・・」と・・・。

でもあくまでメインはガブラスなんです♪
ぶきっちょだけど、無意識に主人公のこと意識してる、ハズですっ