Web拍手 バルフレア夢 〜ミニシリーズ2話〜

 

 

 

日が暮れると同時に私の仕事が始まる。

 

 

 

砂海亭でピアノを弾き始めてもう2年になる。

あの大戦で住む場所を失い、明日をもしれぬ状態だった日々がまるで悪夢であったかのように、今ではこの指と声で一人前に暮らせるようになった。
大好きなピアノを弾いて、気持ちを表すように歌って・・・
毎日が楽しい。
本人が楽しいと見る人も楽しい気分になる。

 

そして広がる輪は大きくなり、ラバナスタに広がり、新しい執政官の耳にも届いた。

 

「今度来る執政官のヴェイン殿がな、式典でアンタの演奏を聴きたいと言ってきとるんだ」

いつも砂海亭へ物資を届けにくるミゲロに依頼され式典で演奏することになった。
初めて足を踏み入れる王宮に、少し緊張しながらも用意された舞台へ上がる。
執政官としてやってきたヴェインの前へ歩み恭しくお辞儀をする。

だけど拍手は一切聞こえない。
そのまま腰掛け、いつものように弾き始めた。

面白くない。

張り付いた笑顔を見せられても嬉しくない。
薄い笑みを浮かべていても目は笑まず、射抜くようにこちらを見つめる。

視線が痛い。息苦しい。
この人の眼差しは嫌い。
同じ眼差しでもバルフレアとこうも感じが違うなんて・・・。

楽しくピアノが弾けない。

ピアノに触れて今日が初めて笑顔を消して演奏した日。
気に入られるような曲を演奏し終わって立ち上がり、また傍まで歩んで恭しくお辞儀をする。
そうしたらようやく拍手が返って来た。

「素晴らしい。見事な演奏だった。これから先も好きなだけ演奏が聴けるとは、私も心が洗われるようだ」

「え・・・それは、どういう・・・」

初めて口をきいた執政官から発せられた言葉に戸惑い、視線は目の前のヴェインから部屋の端にいるミゲロへ。
だけど首を横に振られミゲロも状況が飲み込めないでいるようだった。
そんな様子を知ってかヴェインはあえて言葉を続ける。

「私付きの楽士となったからには食事も部屋も給与も最高のものを与えよう。演奏用の衣装も私からいくつか贈ろうか」

はらわたが煮えくり返る思いだった。
だけどこの場の空気が叫ぼうとする私を取り押さえる。

ピンと張り詰めた空気。
それは拒絶が許されないことを暗示していた。

「・・・・・・ありがとう、ございます」

目の前がどんどん暗くなっていく中、それだけを言うのが精一杯だった。

 

今日から私はこの憎らしい男の所有物となる。

 

 

 

本当なら心躍るダンスの時間なのに、先程叩きつけられた言葉で意識は奈落の底へ沈み、今はただぼぅっと壁の花となっている。

「お相手を」

突然目の前で声が聞こえた。
ハッとなって遠くに飛んでいた意識を戻すと、目の前には一人の男性。
綺麗に後ろへ撫で付けたブラウンの髪と、キラリと光るシルバーのカフスとピアス。

そして紳士的な笑みを浮かべるヘーゼルグリーンの瞳。

「っ!―――バ、」
「よろしければお相手を」

名を呼ぼうとして制するように遮られた。
促されるように差し出された手を素直に受け取り、手を引かれホールへ。

「カドリールくらい踊れるだろ?」

舞踏会の幕開けに行われるダンスのうちの1つ。
でも全員がいっせいに踊るワルツと違って、数組だけがホールの真ん中で踊るそれは周囲から目立つ。

踊れるか、踊れないか。その返事を言う間もなく曲が流れる。

「これでは目立つわ」

帝国から指名手配されている空賊バルフレア。
仮面もなく素顔をそのままさらけ出し、目立つカドリールなど踊ればすぐさまヴェインの目に入ってしまう。

「別に構わないだろ。こういう時ほど邪魔は入らない。・・・それに別にあんたはあの男の人形でもない」

先のヴェインの言葉を聞いていたのかバルフレアはそう言った。

今宵が終われば砂海亭の奏者から、執政官専用の楽士になる。
まだヴェインの所有物になったわけではない。

“今”はまだ・・・。

 

「バルフレア?」

「しっ」

カドリールを踊りながら、少しずつステップの方向がズレていく。
周囲に紛れ、一目には分からないように少しずつ少しずつ、外へ外へ。

「顔は俺を見て、身体は正面を向く。俺のエスコートに合わせてりゃいい」

黙ってそのまま流れに合わせていろ。

そう言ってるのが分かる。 でも。

「何をしに来たの?」
「もちろん王宮の宝を頂きに、さ」

一つはお前。

「カドリールは終わるまで30分かかる。それまでに頂けば何の問題もない」

有無を言わさず踊りながらさり気なくステップは隠れるように出口へ。

「私を盗みに来るなんて思いもしなかった」
「王宮に閉じ込められるなんて見ているだけで窮屈だ。あんたは自由にピアノを奏でてりゃいい」
「あなたの居る場所にピアノはあるの?」
「もちろん」

手と手をつなぎ。力強い腕で腰を支えられ。

慣れない足はエスコートされるがままに優雅にステップを踏み。
2人のダンスは徐々にヴェインの居る場所から離れていき・・・

バルフレアの視界からヴェインの姿が見えなくなった途端、1年前から欲しがっていた腕の中の女を抱き上げ走り出した。

 

 

 

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〜あとがき〜

 

10話までの短いシリーズものの2話です
バルフレアがヴェインの執政官就任パーティーにラバナスタ王宮に忍び込む当日の話です。
王宮の宝を貰っていくため城に紛れ込むついでに主人公を頂いていきました。
気に入った女を他の男がもらっていくのが赦せないようです(笑)
ルパンのように優雅にダンスしながら掻っ攫っていきました♪

元々大貴族の子息だったのだから舞踏会の踊りなどお手の物でしょう。
カドリールは最初のダンスで、3組以上のカップルが2列に向かい合って踊りながら進んでいく。
踊りが上手いか下手か、バレやすい。
探偵ホームズが生きていた時代より少し前となるヴィクトリア時代からある社交界では伝統的なダンスです。
舞台はイヴァリースですが・・・(笑)