15万カウントおめでとう企画  No.8 バッシュ&バルフレア夢



「これ何本に見える?」
低く心地よい声で質問され重い瞼を何とか持ち上げ、目の前に差し出された物を見る。
「・・・・・・ぃ、っぽん・・・?」
「―――こりゃ重症だな」
3つの指を立てていたバルフレアは、笑いをわずかに含んだ複雑な表情を見せた。



雨季のギーザ草原を渡ってラバナスタへ戻った途端、私は風邪を引いた。
その日、豪華な夕食を取るはずだったのを泣く泣く諦め、栄養を考えて作ってくれたバルフレアの手料理を食べることができて、幸せ一杯に眠りについたが・・・
そんなことで引き始めた風邪は治ってくれなかった。
乾燥地帯のラバナスタの昼の温度は非常に高い。
湿度はそれほど高くないが、気温の高さに風邪を引いた頭には結構影響される。
ハンマーで殴られているような感覚の酷い頭痛と、身体中のだるさ、そして時折来る強烈な吐き気。
そんな症状に気温の高さは追い討ちをかける。
加えて元気な子供達の高い声も耳に痛く響く。
辛そうな表情をする私に配慮して、朝からヴァンとパンネロの姿を見ていない。
「もう少しポーションを飲んだ方がいいわね」
「もぅ無理・・・喉、痛いって・・・」
フランが飲みかけのポーションを手にするが、精一杯拒否した。
風邪に対して特効薬が無い現状、ポーションが一番栄養や体力には持って来いだが反面飲みすぎると喉を痛める。
完全に風邪を引いてしまったということで、もうすでに何本ものポーションを立て続けに飲まされ、風邪の効果と相乗して喉が腫れてきている。
唾を飲み込むのも精一杯だ。
「バッシュが今薬湯を作ってくれているから、それを飲む?」
優しくアーシェから問われ、ゆっくり頷いた。
「それまでの間、少しでも眠った方がいいわ」
「・・・眠れない・・・」
「寝ないと体力は戻らないわよ」
「でも眠れないの。・・・身体がツラくて・・・余計に、眠れない」
頭痛も吐き気も眩暈もどんどん酷くなっていく。
身体中が悲鳴を上げていて、その苦しみが睡眠を妨害してくる。
「じゃあ、スリプルをかけるわ」
ブランケットを肩まで掛けてくれたフランが視界を奪うように両目を手で塞いだ。
「目を閉じて・・・」
直後小さく呪文が聞こえる。
それに従い私は目を瞑った。

魔法で眠りについたとその場の誰もが思い、皆起こさないようそっと部屋を出た。
パタン。 と扉の閉まる音がして自然と私の瞼が開く。
フランに睡眠の魔法をかけてくれたが、眠りにつくことはなかった。
魔法だけじゃない。
ポーションも自分の身体に対して効果はほとんどない。
きっと他の人がポーションを飲めば早く風邪が治るかもしれないが、周りとは違うこの身体は自己治癒能力に頼る他ない。
「う゛っ」
少し寝返りをしただけで襲ってくる苦しみに思わず声が漏れる。
苦しい。 ツラい。
思わず自分の世界に帰って、家に常備してある風邪薬を飲みたくなる。
だけどここはイヴァリース。
自分の世界にあるような「風邪薬」という都合のいい物なんてない。

皆が居なくなって急にシン、と静まり返った部屋。
風邪を治すため一人部屋に移されたため、用がないと誰かが訪れることはない。
加えて身体に障らないようにと配慮してくれたせいか、周辺からは物音一つしない。
急にここにいる空間は自分たった一人で、他には誰もいないんじゃないかと孤独感が襲う。

なぜこうも風邪を引く時って妙な寂しさに囚われるんだろう?
視界の中に誰でもいいからとにかく人がいて、寂しい気持ちを埋めて欲しくなる。

「起きていたのか」
感傷に浸った途端、部屋の扉が開きバッシュが顔を出した。
「フランがスリプルをかけたと聞いたから、てっきり熟睡中だと思ったよ」
私が起きていることにとても驚きながらもバッシュは両手に持った銀のトレーをテーブルへと置いた。
そしてトレーに乗せていた陶器を手に持ってバッシュはベッド横に備えられていた椅子へ腰掛けた。
直後バッシュの手にある陶器からゴリゴリと嫌な音が響く。
「それが、薬湯・・・?」
「ああ。薬草を集めてすりつぶした物だ」
バッシュの手から少し顔を出す程度の中ほどの大きさのすり鉢。
その中にある棒を動かしゴリゴリと音がする。
そこに同じく銀のトレーに乗せられていた温かな湯が加えられ、またゴリゴリと・・・。
「さあ、飲んで」
背中とベッドの間に差し込まれたバッシュの片腕でゆっくりと上体を起こされる。
椅子からベッドへと移動して腰掛けたバッシュの身体に背中を支えられ、言葉と同時にすり鉢を口へと寄せられた。
「うっ」
途端、鼻に薬草独特のツーンとした臭いがたちこめ、思わず小さく唸って顔を背けた。
だがバッシュの手が追いかけてきて、飲むようにと唇にすり鉢のふちを触れさせる。
追われるままに大人しく一口含んだが、直後顔色がザッと青く染まった。
「ちゃんと飲み込むんだ」
言われた通り必死に喉を上下させたが、ドロリとした液体が下るのを自然と身体が拒否している。
「―――に、がぃ・・・不味い・・・」
「薬草だからな」
余りのマズさに涙が浮かぶ。
説明するならば、青汁を何倍も濃厚に凝縮して、それを少量の湯で溶かしドロドロにしたような物を飲まされているカンジだ。
自分の知っている青汁というものよりも、苦くて、渋くて・・・
「さあ」
作ったもの全部飲むように促され嫌だと痛む頭を振った。
「ぃや、不味いっ・・・むり、まだポーションの方がマシ・・・」
「ポーションより確実に効果が出るはずだ」
でももう飲みたくない。
唾を飲むのも苦しい喉にこの薬草はかなりキツイ。
「あともう少しの我慢だ。飲んでくれ」
「むり、むり、むりっ」
気だるい身体をよじって、すり鉢を持つバッシュの手と腕を掴んで自分から遠ざけようとする。
「君の風邪を少しでも早く治すためなんだ。ちゃんと飲んでくれないか」
少し切なげな表情で真面目に「君のため」と言われると、はねつけられなくなる。
風邪を引いたがために旅の足が止まったということに申し訳ないという気持ちが溢れる。
「ん゛っ」
再びグイとすり鉢が寄せられ、煽られるままに喉へと下した。
「いい子だ」
子供を褒めるように頭を数回撫でられ、そしてゆっくりとした動きでベッドへと寝かしつけられる。
「それでだいぶ身体の痛みは引くはずだ。睡眠効果のある薬草も入れたから、じきに眠れるだろう」
すり鉢をトレーに戻し、それを持ってバッシュは立ち上がると「ゆっくりお休み」と、もう一度頭を撫でて眠るように言うと部屋を出て行った。

薬草だったらポーションや魔法と違って、より自分に効果が現れるかもしれない。
これで良くなることを願いながら再び瞼を閉じた。
そして今度こそ深い眠りについた。





朝からずっとベッドにふして眠っていた身体は夜になると睡魔から解き放たれてしまう。
「ぁ・・・」
身体も脳も眠りから覚めると部屋は明かり一つない真っ暗闇だった。
そのことに誰もいないと思ったが、直後ギッと床が軋む音が近くで聞こえ、この部屋には自分とは別に誰かが居るととっさに気付いた。
「起きたか」
「・・・バッシュさん?」
「どこを判断したら将軍と間違えるんだよ」
掛けられた言葉に一瞬昼間のことが蘇り、声色に気付かず名を挙げると少し不機嫌そうな色となって帰ってきた。
声のした方に顔を向けると、側の椅子に腰掛けたバルフレアの身体の半分が、窓から差し込む月明かりで白く照らし出されていた。
「体調の方はどうだ?」
「うん、だいぶいい。 でもまだ少し頭痛がするし身体がだるい。 ・・・それに喉が一番痛い」
小さなクリスタルに明かりを灯しながら容態を聞くバルフレアに喉の痛みを一番強く訴えると、彼は面白そうにクククと笑った。
「バッシュの薬草だろ?」
「あれは酷い。本当に苦くて辛くてポーションよりイヤ」
「その嫌な薬草をバッシュから預かってるんだがな」
「えっ?!」
聞かされたバルフレアの言葉に直後耳を疑った。
「“目を覚ましたらもう一度飲ませてやってくれ”―――だとさ」
クスクスと笑うバルフレアの手にはいつ持ったのか、昼間バッシュが持ってきたのと同じすり鉢が。
「イヤっ、絶対に嫌ッ もう飲まないからねっ」
昼間飲み下した時の喉のドロドロとした感触を思い出し、身の毛をよだらせながら苦い顔をしたがバルフレアの笑みは怖いくらいに深まっていく。
「風邪は引き始めも肝心だが、治りかけも肝心だ。またこじらせたらどうする?」
「でも嫌っ それならポーションのほうがいい!」
「ポーションは単なる体力回復だろ。こっちのほうが確実に身体に効く。そうだろ?」
確かにそうだ。
ポーションを何本も飲まされた時よりバッシュが作った薬草の効果の方が確かだった。
だけど。
不味いものは不味い。苦い物はどうやったって苦い。
昼間を教訓に身体がもう飲みたくないと拒否反応を示している。
現に表情が強張った状態で固まっているのがバルフレアの視界にしっかり映っている。
叶うことならば、もう二度とお目にかかりたくないシロモノだ。
「ちゃんと飲んだほうがいいぜ。“必ず飲ませるように”との将軍の仰せだからな」
絶対心の中で笑ってるだろうバルフレアがもっともらしい事を言って昼間のバッシュと同じ方法で上体を起こしてくる。
そして昼間と全く同じすり鉢を差し出され条件反射で受け取ったソレを私は悲しい表情で見つめた。
白い陶器のすり鉢の中に揺らめく緑の液体は昼間より量が増えている気がする。
「飲み辛そうにしてたから湯の量を増やしたんだと」
その言葉に私の表情は余計に苦いものになる。
ドロリとしてないだけ良しとしても苦味や渋味の量は増えたということで・・・。
だけど嫌だ、と突っぱねていたらいつまで経っても薬湯は無くならないし風邪も治りきらない。
頭の中で昼間バッシュが言った「君のため」を呪文のように何度か唱えてから勢いよく飲み干した。
「よーし、よくやった」
褒めてカラになったすり鉢を受け取るバルフレアとは対称的にこっちの顔は口いっぱいに広がる苦味に表情は歪んでいる。
「・・・もう二度と飲みたくないかも・・・」
「フランが作る薬湯よりマシだろ」
「―――もっと苦いの?!」
「いや、そういう意味じゃなくて。 何が入っているか分からないから怖い」
驚く私の前でバルフレアは涼しい顔をしている。
きっとすでに経験があって、もう慣れているということなんだろう。
明らかに薬草とは違う味がして何を入れたか聞いたことがあるが答えが返ってきたことが一度も無いのだとバルフレアは言う。
「味で言えばフランの作る薬湯の方がマシだがな」
そんなことを言いながらバルフレアは「口直しに」と銀のトレーを私の膝に置いてきた。
「これはなに?」
問う私の目の前でバルフレアがさらに灯りを燈して部屋を明るくした。
窓から差し込む月明かりを遮り部屋を煌々と照らす証明クリスタルにより視界に映ったものは。
「え・・・。これって、またバルフレアさんが?!」
銀のトレーに乗っているのは明らかに手作りだと分かるリゾットだった。
昨日「滅多にない出張シェフ」だとか言って食べることができたバルフレアの手料理。
まさか今日も作ってもらえるとは全く思いもせず、昨日より驚いた。
「本当なら魚介類を入れたかったんだが、ラバナスタじゃ新鮮なのは手に入らないからな・・・」
そう、器に盛られているのは何も彩りがないリゾット。
でも鼻を近づければ香ばしい匂いがする。
「もしかして、ナンナのチーズ?」
顔をほころばせて問うと、肯定するように笑みが返ってきた。
この世界に来て初めて自分の世界と共通する食べ物として出合った物がナンナのチーズ。
実際自分の世界でも「チーズのリゾット」というのは存在する。
似たような食材があれば、同じように似た料理が出てくるものだと毎度感動する。
感動と同時に料理の匂いに反応してすぐさま腹の虫が鳴きだす。
そこでようやく今日一日まだ何も食べていないことを思い出した。
「バルフレアさん、ありがとう。また手料理が食べられるなんて思わなかった」
「固形は控えた方がいいと思ったんでね。 この貸しは高くつくぞ」
昨日と同じく意地悪な笑みを浮かべるバルフレアの表情に嫌な予感がする。
「まさか、また何か要求してくるんですか?」
眠るまで何か話をしてほしい、と昨日お願いしたところお金か身体を要求された。
それはもちろん、ふざけて言われた言葉だが今日も同じくふざけて嘘の要求をされるかもしれない。
本気と捉えないように、騙されないようにしなくちゃ、とつい心の中で身構えていると意思が伝わったのかバルフレアがクスクスと笑い出した。
その笑いに余計身構えてしまう。
「風邪を手っ取り早く治す方法は知ってるか?」
「早く治す方法???」
聞き返しながら首を横に振ると「なら教えてやるさ」とバルフレアの手が肩を掴んだ。
そして目と鼻の先まで顔を近づける。
「風邪を治す方法は簡単だ。 他のヤツに風邪をうつせばいい」
その言葉の直後にバルフレアの唇が寄せられる。
「ま、ま、待って!駄目、それはダメっ!」
突然のことにビックリして慌ててバルフレアの胸を押した。
「なんだよ?」
「なんだよ、じゃないです!早く治す方法が他人にうつす?バルフレアさんに?!ダメダメダメっ!そんなの出来ないっ!」
「なんでだ?」
「なんでって・・・! 私が治る代わりにバルフレアさんが風邪をひくなんて!」
「料理はできるんだろ?」
「で、できますけど・・・。なんで料理の話なんか・・・???」
話が混ざり合って困惑している私に対しバルフレアは余裕の笑みで再び顔を近づけた。
「だったら風邪をひいた俺を今度は看病してくれ」
昨日と今日バルフレアがしてくれたのと同じように、手作りの料理を作り、眠るまで側に居て・・・。
「・・・で、ついでにキスも。ですか?」
「ご名答」
女ったらしらしい要求だと少し膨れ顔でいると、構わずバルフレアが再び唇を寄せてきた。
今度は避ける間もなく重なる。
「本当に、風邪がうつっても知りませんよ」
キスの合間に諦めたように呟くとバルフレアがまたクスクスと笑みを溢した。
「料理も何が出てくるか分かりませんからっ」
笑われることにからかいが含まれていると思ってしまい、ついつい突き放した言い方をしてしまう。
「心がこもっていれば何でも平らげてやるさ。 だが試作品は寄越してくれるなよ」
笑みながらバルフレアがそう言うと再び唇が重なった。







☆ちょこっとあとがき☆
リクエスト第8号です!
匿名の方からのリクエストで、内容は「主人公風邪ネタ」でした。
第1号の風邪ネタとかぶっているようなカンジがしたので、第1号の続きということで、今度は主人公に本格的に風邪を引いた話を書きました。
誰夢か指定はなかったので、とりあえずバッシュとバルフレア両方出してみました。
青汁が風邪に効くか否かは知りませんが、絶対バッシュなら軍部の訓練内で青汁に似たような「薬草をすりつぶして〜」というような物をゴリゴリと作っていたと思います(笑)
ちなみにバルフレアが言ってる「風邪をうつす」という方法はただのキスです。
決して○○○のことじゃありませんからねー!(笑)