15万カウントおめでとう企画  No.2 バッシュ夢



「なぁ〜。喉かわいたぁ〜」
「今の状況を知った上でそういうノンキなことを言うのね?」
人の肩に顎を乗せて甘えてくるヴァンに向かい、つい刺々しい言い方になってしまう。
それも当然のこと。
現在はギルヴェガンに向けて幻妖の森を進んでいたはずだった。
それなのに途中仲間とはぐれてしまい、今一緒にいるのはヴァンとバッシュのみ。
二重遭難を避けるため、一旦魔物の数が比較的少ない場所へと避難した。
人を惑わすこの森は深い霧が立ちこめているせいか、酷く湿度が高い。
すぐに喉が乾くヴァンの気持ちも充分に分かる。
水はあるが、しかしむやみやたらと飲ませるわけにはいかない。
全員と合流できるメドがたっていない以上所持しているものすべての消費は極力最低限にとどめなければならない。
それをバッシュに真面目に説されてうんうんと真面目に頷いていたヴァンも、様子見でバッシュが離れた途端顔が崩れる。
「さっき飲んだでしょ」
「そんなのもう汗になって出てったよ。なぁ〜、ちょっとだけでいいからさ〜」
「ダメ」
姉のように慕われる気持ちは悪くないが、駄々をこねた子供のようにベタベタ甘えられると嫌でもビシッと冷たい言葉を言いたくなる。
「あっ! なんだよそれー!」
ヴァンの要求に無視を決め込んでいると突然ヴァンが声を上げて人の手元を指差した。
「飲み物じゃんか。一人だけずるいっ!」
手に持っている液体を飲料水と判断したヴァンが「俺もほしい!」とせがんできた。
「ヴァン、喉が渇いてる気持ちはよく分かるけど、残念ながらこれは一応飲み物であっても普通の飲み物というワケじゃ―――」
ヴァンが欲しがるものを手にしたままゆっくりと振り返って落ち着いて説明をしているといきなり手からそれを奪われる。
「―――っと待った!! 勝手に飲むんじゃありません。人の持ち物なんだからちゃんと説明くらい聞いたらどうなの?」
一気に喉へ流し込もうとするヴァンの手にあるそれをガッシリ掴んで阻むと、何が何でも飲みたがるヴァンと目を合わせ視線で咎めた。
「俺もうそんな余裕ないんだって」
「その前に一言くらいそれが何なのか、説明くらい聞けないの?」
「飲む前に聞かなきゃいけないくらいヤバイもんなのかよ?」
「飲む前に聞かなきゃいけないくらいヤバイものなのっ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ヴァン、交代しよう」
しばし睨みあう二人の元へバッシュが帰ってきた。
すぐさま二人の視線は互いからバッシュへと移る。
仲間を探しに行って戻ってきたバッシュの表情から見るとどうやらはぐれた他の仲間と合流できなかったようだ。
最初に取り決めた通り、今度はヴァンが仲間を探しに行く番だ。
「バッシュ、お疲れ」
バッシュが戻ってきたことで一瞬気を緩ませたためヴァンの持つそれから手を離してしまった。
その機会を逃さずヴァンはそれを持ち歩き、バッシュにねぎらいの言葉を掛けながら当然のようにそれを手渡した。
「あぁっ!」
もちろん驚いたのはこっち。
こちらの様子に気付かないままバッシュは「ありがとう」と素直にヴァンに礼を言って何の疑問も抱かず、こちらが止めに入るスキもないままそれを一気に飲み干した。
「あああぁぁぁ〜〜〜」
驚きの呻きをあげる私に対しヴァンはニコニコ笑っている。
いやニコニコというよりニヤニヤが正しい。
この弟子も師匠に倣って笑い方が腹黒くなってきた。
つまりはわざわざ説明を聞いてからじゃないと飲まなければいけない厄介な飲料水はどういうものなのかをバッシュで試したらしい。
さっきまでギャンギャン言ってた喉の渇きより、飲料水の正体を知ることの方が優先順位が上がったようだ。
しかしこちらとしては顔面蒼白でショックを受け、怒り狂いそうになる。
「なんてことをするのよ馬鹿ッ!!」
抑えられない怒りはヴァンの服を掴んでガクガク揺さぶり訴えた。
「あれは敵を混乱させる為に作った物なのよっ!!」
あれ、と言いつつ指を指す先はごきゅごきゅといい音を鳴らしてあれを飲むバッシュの姿。
「――――・・・え?」
ここでようやくヴァンの表情が固まった。
「この森の敵を原料に私が作った敵を混乱させる道具なのっ!飲み物は飲み物でも仲間が飲む飲み物じゃないのっ!! それをバッシュさんに飲ませるなんてッ!!!」
しかも仲間を探す為に歩き回り、結果何回か戦闘を行った直後のバッシュに「混乱」を与えるのは非常に危険。
「いや、だって、さぁ〜・・・バッシュなら毒でも結構倒れないから、まぁ、いけるんじゃないかと・・・思ったんだけど、な・・・」
しどろもどろと言い訳を続けるヴァンにも危険性が徐々に理解できたのか冷や汗流し始める。
「今すぐ気付け薬出しなさいっ!」
子供を叱る親のように早急に求めるがヴァンは引きつった笑いをするだけ。
「笑ってないで早く!」
「うん、えーっと・・・ん〜と・・・――――――ごめん。今日、道具は全部パンネロに渡しちゃった・・・」
「なんですって?!」
普段道具をヴァンが持ち歩いているのに、今日という肝心な時に限ってココにはないのだという。
再び二人顔を見合わせる。
しかし先程までの睨み合いではなく、共に互いの心情を探り合う視線と変わっていた。
「万能薬も全部?」
「全部」
「・・・どうすんのよ」
「・・・どうしよっか」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
再度訪れる沈黙。
二人の視線の端には混乱の薬を飲んでしまい徐々に様子がおかしくなっていくバッシュの姿がありありと焼き付けられていく。
「――――――じ、じゃあ俺そろそろ皆を探しにいかないとぉ・・・」
刹那ヴァンが突然自分の武器を掴んでそそくさと離れようとする。
「ちょ、ちょっと待って!!飲ませた責任くらいとってよ!!」
「大丈夫大丈夫。絶対パンネロ見つけて気付け薬持ってくるから!」
「それまでの間これをどうすればいいのよっ?!」
これ、と言いつつ指したのはもちろん何やら怪しげな表情をしているバッシュ。
酔っているかのように完全に目が座り、なにやら怪しげにぶつぶつと呟きながらこちらへとにじり寄ってくる。
明らかに普段とは逸脱しているバッシュの姿にヴァンも返答に詰まったが・・・
「―――――――・・・がんばって」
それだけ言って脱兎のごとく走り去ってしまった。
「何を頑張れと言うのよっ!!」
すぐさま叫び返したがもうヴァンの姿は見えない。
なんだかそれが希望の光が去ったような気がした。



「バッシュさん!落ち着いてっ!落ち着いてくださいっ!!」
逃げたヴァンは一安心だろうが、残されたこちらは追い詰められた獲物の気分。
普段仲間には優しい笑みを向けるバッシュだが、敵と対峙する時は身も凍るほどの鋭い視線をぶつける。
それが今、敵ではなく自分に向けられているんだとしたら・・・?
一睨みされれば一瞬にしてすくみ上がってしまうほどの凄み。
その視線でジリジリと、わざとゆっくりと近づいて来られれば仲間であるはずのバッシュに恐怖を抱く。
「バッシュさん、あの、バッシュさんは私が作ってた混乱の薬を飲んじゃったんですよっ。・・・・・・言ってること分かります?」
「・・・・・・」
「ヴ、ヴァンがっ!すぐに解毒の薬持ってくるからっ だからそれまで。あの、そこでジッとしていてくださいねっ」
両手で制止するよう願いながら、こちらはできるだけ距離を置こうと後退った。
だが足を後ろに引いたとき、ジャリッ と靴から鳴る砂の音にバッシュの眉がグッと歪んだ。
「・・・なぜ逃げるんだ」
「え、別に逃げてるというワケじゃ」
「逃げているではないか。 なぜ君は分かってくれないんだ。こんなにも君を想い、大切にしようと、できるだけ私は自分の気持ちを必死で隠して・・・違う、これまで何度も君を守ってきたのに。嗚呼、あれほど君を愛した私を君は拒むというんだな?」
「あ、愛???」
混乱しているせいか、めちゃくちゃな言葉を並べ立て己の言葉に酔うバッシュの姿につい目を白黒させてしまう。
バッシュと恋仲になったこともなければ愛された記憶もない。
きっと誰かと間違えているんだろう。
「そうやって君はまた私から逃げようとするんだな」
バッシュの言葉を聞いていると過去ドロドロとした愛のやりとりがあったのではないかと考えてしまう。
落ち着け自分。 今のバッシュは普通じゃないことを忘れてはいけない。
「ちゃんとここに居るから大丈夫です。逃げたりしませんよ」
「いいや、前に一度君には逃げられているからな。今度はしっかり捕まえておかないと」
言葉を信じようとしないバッシュがなおも近づき、言葉通りガシッと腕を掴んだ。
「今度こそ絶対に離したりしない」
「違いますっ 私を誰かと見間違えているんですってば!」
「そんなことはないっ!」
ビッ!!
腕を掴むバッシュの手の握力が強まり、腕と一緒に掴まれた服は強く引っ張られ、肩口が音を立てて破れた。
その音にバッシュの中で何か触発されたのか、目が血走ったのが確認できた。
「違うというのなら、もう一度君の中に覚え込ませるだけだ」
低く唸るように囁いた後もう片方のバッシュの手が胸倉を掴んだ。
乱暴な動きに身を怯ませていると、掴んだまま強く引っ張られ ビリビリッと豪快な音を立てて衣服が引き裂かれる。
予測もできないバッシュの突然の行動に思わず悲鳴をあげたが、その悲鳴が更にバッシュの中に火を付けたのか足を崩され地面へとねじ伏せられた。





「すまなかった!本当に申し訳ないことをしたっ!!」
地面に直接座り込み、両手を付き、額を地面にこすりつけるほど頭を下げてバッシュは必死の声色で土下座していた。
謝られているこちらはフランが引っ張り出してきた野営の時に使う毛布で身体をぐるぐる巻いて肌を隠していた。
その下に本来着ているはずの衣服は見るも無残に裂かれ原型を一切とどめていなかった。
その他この場に居るのはフランとバルフレアのみ。
ヴァンとパンネロと主君であるアーシェには見せられないほど事は進んでしまっていた。
「いくら薬で混乱していたとはいえ、君に、あ、あのような酷いことをっ」
強姦と罵られても言い訳はできない、とバッシュは平に謝る。
最悪の事態まで行かなかったのが不幸中の幸いだが、ヴァンから話を聞いて事の先を予測したバルフレアとフランが真っ先に来て止めに入らなければどこまで堕とされていたか分からない。
バルフレアに気付け薬を飲まされようやく正気に戻ったバッシュの方が、目の前に横たわっていた自分の姿を見て絶叫を上げたくらいだ。
それくらいバッシュ自身、己の失態にショックを受けたようだ。
原因がヴァンが騙し飲ませた物だろうが関係なくただただこちらに謝るのみ。
「君の怒りが少しでも和らぐならばどんなことでも償おう。私を煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」
煮ても焼いても美味しくはないだろうし、過ぎてしまったことはどうしようもない。
原因の一つは自分にもあるということもあって、怖かったのは確かだが、バッシュを怒る気にもなれなかった。
それこそバッシュ本人が望む通り、かつて主君が見舞った平手など振るう気持ちも起きない。
「じゃあ一つだけ私の質問に答えてくれますか?」
「ああ、何でも答えよう!」
「正直にですよ」
「ああ、正直に答える」
「気持ちに嘘や隠しは一切しないでくださいね」
「ああ、嘘もつかないし、一切隠さないと誓う!」
バッシュにそこまで言わせるとバルフレアとフランに席を外してくれるよう頼んだ。
「混乱していた時の記憶はありますか?」
「あ、ああ・・・」
「じゃあ混乱していた時何を考えていたのか教えてください」
再び二人きりとなり、ちょっと気になった疑問をバッシュにぶつけてみた。
バッシュはぐっと険しい表情になる。
思い返して再び自責の念に駆られたようだ。
「私を誰かと間違えているようだったので、誰と間違えたのか気になったんです」
質問する理由を正直にバッシュに告げると彼は「違うんだ」と首を横に振った。
「違う。そうじゃないんだ。すまない、君にあんなことをするつもりはなかった。本当になかったんだが・・・心根は違ったようだ・・・」
「え?」
平謝りを繰り返しながらバッシュは真実をゆっくりと告げる。



隠していた本望が「誰か」ではなく最初から「自分」であったと知るのはその5分後だった。







☆ちょこっとあとがき☆
リクエスト第2号です!
匿名の方からのリクエストで、内容は「混乱状態に陥って主人公に襲い掛かるバッシュ、回復した時には主人公服ボロボロでバッシュが焦る」でした。
SSはだいたいWordで3ページ分くらいなのですが、3ページ目でようやくバッシュが混乱を始めたところで、「ここで切ったらリクエスト消化にならないよな」と思い書き続けたら倍の量になりました。
1ページ分に載るかしら?と思いましたが、完全文字数オーバーでした(^^;
作りかけの混乱の薬だったので効き目は半分です。だからめちゃくちゃな文法で口走ったバッシュのセリフ半分は素の気持ちです。
「〜自分の気持ちを隠して」のあたりまでが本当の気持ちです。以降は混乱(笑)
本当は主人公のこと好きだったんです。ただひたすら隠していた分、混乱の薬で暴走した、と。
リクエストページは私のサイトページではないのでえっちぃ描写は避けましたが、ようするに突っ込む直前にバルフレア達が来てストップがかかったということです(笑)
バッシュにはこの「暴走ネタ」ステキだと思います。
普段は聖人君子か?と疑うくらい誠実すぎるので、絶対どこかで黒いものを溜めてるはずです。
それを少しはきだせたからバッシュもいいストレス発散になったんじゃないでしょうか?(笑)

面白いリクエストありがとうございました!!