『僕に伝書のようなことをしろと?』
何度も目を通した短い文面。
『いいえ。そうではないわ。ただ貴方と同じように正しい道へと導きたいだけ・・・』
『・・・よく分かりませんが・・・言われた通りのことをしてみます』
『・・・・・・ありがとう』
一向がルース魔石鉱の出口へと向かうと、外ではルース魔石鉱から入れ替わりに出て行ったはずのジャッジマスター・ギースとオンドール侯爵の姿がまだあった。
それらが視界に入ると皆が足素早くして支柱の影に隠れる。
フランとバッシュは右の支柱に。
バルフレアとヴァンは左の支柱に。
は先のことを予測してバルフレアとヴァンがいる左の支柱へ走った。
みんな隠れた支柱から目を凝らし、わずかに見える出口の外では・・・
ジャッジマスター・ギースとオンドール侯爵の元へ歩みを進めるラーサーの姿があった。
「また供の者もつけずに 出歩かれたようですな。ラーサー様」
忠告するように言うギースとオンドール侯爵の影からパンネロが姿を現す。
「パンネロっ」
影から見るヴァンにもそれが見え、外に帝国兵やジャッジマスターが居ることも忘れフラフラと支柱から出口へと出て行こうとする。
「おい、よせっ」
動き出したヴァンにバルフレアは素早くヴァンへ手を伸ばす。
バレるかバレないか、ギリギリのところ。
ここで万が一バレるといけない。
も慌てて引きとめようとヴァンへ手を伸ばした。
バルフレアとはそろってヴァンの首根っこを掴んで再び支柱の影へと引き戻す。
「なにすんだよっ」
「しーっ!」
抗議の声を上げたヴァンの大きさには唇の前で人差し指をたてた。
だけど今まさに目と鼻の先に助けようとしていたパンネロがいる。
しかも帝国兵に捕まってしまった。
ジッとしていられず「だって!」と言いかけたヴァンの口をバルフレアの大きな手が素早く塞いだ。
「嬢ちゃんを助けようと焦る気持ちは分かるが、今は待て」
今出て行ったら全員が帝国兵に捕まる。
そうなればパンネロ救出もアーシェ救出も無くなってしまう。
バルフレアの強い言葉にヴァンは不満げに眉を歪ませながら押し黙った。
ようやく大人しくなったヴァンにバルフレアはため息をつき、再び視線は出口の外へ。
「ひとりで魔石鉱からでてまいりまして―――。よからぬ連中の仲間ではないかと」
「私は さらわれて―――」
「控えろ」
攫われてきたという訴えをギースが怒鳴るような言葉で切る。
その言葉でラーサーはこれがパンネロだと分かった。
『パンネロに会ったら、守ってあげて・・・』
フッと脳裏での言葉を思い出す。
どんな容姿で何歳の女性がパンネロなのか、どう守ってほしいのか、は何も言わなかった。
でもルース魔石鉱から出てきたという事だけで彼女がパンネロなのだと分かる。
「ひとりで出てくるのが疑わしいのなら―――私も同罪でしょうか?」
ギースを見るが返答はない。
ラーサーは視線をギースからオンドール侯爵に切り替えた。
「ハルム卿。屋敷の客がひとり増えてもかまわないでしょうか」
オンドール侯爵とジャッジマスター・ギースが一瞬目を合わせる。
侯爵は肯定の意思をラーサーに伝えた。
「ジャッジ・ギース。あなたの忠告に従い―――これからは供を連れてゆくことにしましょう」
ラーサーは連れてゆくその“供”がパンネロであることを言外に示し、彼女に危害が加えられないように指し示す。
そしてラーサーはパンネロの手を取り、歩き出した。
「困ったものですな」
幼い王子の戯言、追及するつもりはないようでギースはそう言葉を漏らすことで黙認した。
「よろしく パンネロ」
「あ、はい」
『魔石鉱へ出るとき、先に出口へ向かってください。パンネロに会ったら、守ってあげて・・・』
『パンネロ、さん・・・ですか?』
『そしてオンドール侯爵に会ったら、こう伝えて欲しいのです・・・』
ラーサーとパンネロが手を取り去っていくのを合図にルース魔石鉱からジャッジと侯爵も去っていった。
出口は人気の無いものへと変わる。
「なんでパンネロが―――。何考えてんだよ ラモン」
帝国兵の姿が消えたことでバルフレアの手で塞がれていた口が自由になり、ヴァンはすぐに溢した。
「ラモンじゃない。ラーサー・ファルナス・ソリドール。皇帝の四男坊―――ヴェインの弟だ」
言いながらバルフレアはフランとバッシュのいる方へと歩いていく。
バルフレアの言葉にヴァンは驚き「なっ!」と呻きながらラーサーが去っていった方向を見た。
「―――あいつ!」
「大丈夫。彼、女の子は大切にする」
憤るヴァンをなだめるようにフランが言うと、バルフレアが振り返り様にフランを指した。
「フランは男を見る目はあるぜ」
自分を含めてそうなのだ、と遠まわしに言うバルフレアの自信にヴァンは怒りを治めた。
フランの言葉の信憑性と、ほんの少しだがラーサーという人間と触れたことで信じてみることにした。
は安堵のため息を漏らした。
オンドール侯爵への伝言、ラーサーにはいつ伝えてほしいか時期的なタイミングは一切告げていない。
なのに出口でオンドール侯爵に会ったその場ですぐ言わなかったことに感謝する。
がラーサーに託した言葉はジャッジマスター・ギースに聞かれては意味のなくなるもの。
オンドール侯爵のみに伝えて初めて意味を成すものとなる。
託した言葉の意味。ラーサーは理解できていない。
それなのにあの場で言わなかったのは彼が意図して避けたということ。
今言うべき時じゃないとラーサーが判断してくれた。
本当に機転が回り、頭のいい子なんだと感心し同時に感謝した。
「は最初から彼がラーサーであることに気付いていたようだな」
突然耳に入ってきたバッシュの言葉ではハッと顔を上げた。
言い出したバッシュの方へ顔を向けると、ボトムに手をかけ「ほぅ そうなのか?」と見据えるバルフレアの姿があった。
「そいつはすごいな、どうしてあいつがラーサーだと分かったのか聞かせてほしいな」
ほら、きた。
事あるごとに真意を聞いてくるバルフレア。
ついラーサー本人に名を知っていると漏らしてしまった瞬間からはこうなるだろうと予測していた。
曖昧な返答をすればバルフレアはかえって突っ込んだ質問をしてくる。
それはこれまでのバルフレアの数々の質問で経験済み。
「ビュエルバに着いた時から街中帝国兵が走りまわってました。単に艦隊が集結しているから慌ただしいのかなって思ってたけど、あちこちの道を封鎖するし、
時々召集をかけては居るだの居ないだの報告してる姿を見てたから、誰かを探してるんだろうなって・・・」
「それで?」
「帝国兵が動いてるくらいだからアルケイディアの大事な人を探してるんだろうって思って・・・。で、集合場所にしていた空中広場で逃げるように男の子が走りこんできたんです。
服装は上等な物だし胸にはソリドール家の紋章を模った装飾がついていたから」
「ソリドール家の人間じゃないかと?」
バルフレアの言葉には頷いた。
「年齢的に考えればラーサーじゃないかと思ったんです。最初に名前聞かれた時、名乗りかけてたし・・・。」
最後まで言い切らなかったが、確かにあの時ラーサーは自分の名前を名乗りかけてハッとし、ラモンだと言い直していた。
「そんな些細な情報であいつがラーサーだとよく分かったもんだ。これからは分かった時点で教えてもらいたいもんだねぇ」
皮肉たっぷりにバルフレアはそう言うと踵を返し出口へと歩き出した。
追求はされなかったもののバルフレアの鋭い視線には肩を落とす。
予測して考えた答えは、バルフレアには効かなかった。
言い訳か嘘か・・・どのみち今の答えが本当だとは思ってもらえていないのが痛いほど分かる。
本当のこと、話せればいいのに・・・。
歴史の先は言えなかったとしても、せめて自分が何者なのか言ってみたかった。
そうすればバルフレアもフランも警戒や疑心の目を向けてきたり、こんなにも質問攻撃に遭うこともない。
でもだからといってなんでラーサーのこと知ってるのか、という疑問の解決にはならない。
信じてもらえるか定かじゃないが、仮に別の世界の人間だと言ったとすると・・・それが逆にラーサーを知っている事に余計疑心の目を向けられる原因となる。
別の世界の人間なら、なおのことラーサーのことなど知らないと思うはず。
別の世界の人間だけど、この世界のことは知っている。
じゃあ何で知っているのか問われたら、それはやっぱり歴史の先を知っているということになるわけで・・・
小さくう〜んと唸りながらは自らの手で両目を覆った。
「オンドールの屋敷だな。問題は、どう接触するかだ」
すぐ傍を通り過ぎるバッシュの声には覆っていた手を退け視界を開けさせた。
バルフレアを追うようにバッシュも出口へと歩き始め、フランとヴァンも出口へと足を向けている。
も葛藤を止め、とりあえず足を出口へと進めた。
「侯爵は反帝国組織に金を流してる。―――そっちの線だな」
「オンドール侯は2年前、私が処刑されたと発表した人物だ。私の生存が明るみに出れば、侯爵の立場は危うくなる。」
「侯爵を金ズルにしてる反帝国組織にとっても、面白くない事態だろうな。「バッシュが生きてる」ってウワサを流せば、組織の奴が食いつくんじゃないか。」
階段を上がりながら話すバルフレアとバッシュのやり取りを聞いてヴァンは「だったら」と言いながら階段を駆け上がり二人の前へ出た。
「オレが街じゅうで言いふらしてくるよ。こんな風にさ」
そう言ってヴァンはルース魔石鉱入り口にいた鉱山の男達に向かって声を上げた。
「オレがダルマスカのバッシュ・フォン・ローゼンバーグ将軍だ!」
その言葉に周りの人間は何事か?とヴァンを見る。
そのほとんどが疑心の視線だが、声が届く人々は一応ヴァンの方を見るようだ。
「どうだ?」
いい案だろ? そう言うように自信たっぷりでこちらへ振り返るヴァン。
叫んだヴァンの言葉にバルフレアとバッシュが一瞬固まった。
確かにそういう主張の声を上げるとバッシュが生きているという情報が反帝国組織に伝わるだろうが・・・もう少し別な方法はないのか?
本人は自覚ないが、もの凄くウソ臭くて恥ずかしい主張の仕方だ。
バルフレアとバッシュの表情がそう言っているのが分かったとフランは一瞬顔を見合わせる。
「・・・・・・・・・まあ、目立つのはたしかだな。」
少し流れた沈黙のあとバルフレアはようやく言葉を発した。
「よしヴァン、お嬢ちゃんを助けるためにもやれるだけやってこい。できるだけ人の多い場所でな。オンドール侯爵と接触できるかどうかはお前次第だ。オレたちはここにいる。何かあったら戻ってこい」
自分の案を認められ喜んだヴァンがウキウキと街に向かって走って行った。
「“オレたちはここにいる”・・・て、ヴァン一人でやらせるんですか?」
元気よく去っていった後はバルフレアもやらないのか?と言外に聞いてみた。
「だったらあんたもやりゃあいい。別に止めたりしないが・・・?」
クリスタルに触れふわりと白い光に己の身体を包み体力を回復させながらバルフレアはそう言いつつ、視線だけチラリとの方を見た。
その目にはまだ先程の疑心の色が残っている。
今はバルフレアに話しかけないほうがいいと察し、は少し離れた場所に腰掛けた。
しばらくすると所在無いバッシュがに向かって歩いてきた。
気配を感じて顔を上げるとバッシュは何か言いたそうにの顔を見ながら近づき、隣へと腰掛けてきた。
「君に聞きたいことがある」
「・・・・・・・・・なんでしょうか」
内緒話をするかのようにピッタリ横に座られてジッとこちらを直視されると、無意識にたじろいでしまうと同時になんとも嫌な予感がする。
なんでしょうか、と言いつつも避けようとしているの様子にバッシュは苦笑した。
「先程ルース魔石鉱で君とラーサーが何やら会話をしていたが・・・何を話していたのか気になってな」
「あー・・・・・・」
予想外の質問にの目がふら〜っと泳ぐ。
一応聞かれるかな?とは思っていた。最初の会話をバッシュも聞いていたのだから。
それが急に声を潜めて会話をしたとなると、バッシュには聞こえないようにしていたことなどバレている。
突然内密の話を目の前でされると、さすがにバッシュも気になるだろう。
ましてや相手はラーサー・ファルナス・ソリドール。
その正体が分かったうえではコソコソと話をしだしたのだ。
気にならない方がおかしい。
気付いたのがバッシュだけでもまだ良かった。
これがもしバルフレアだったなら、を壁際に追い詰めてまで聞き出そうとするかもしれない。
可能性は充分にある。
「私には教えてもらえないのか?」
「・・・ん〜・・・・・・。今は・・・ね。後になれば分かりますよ」
「後に分かっては遅いということになったりはしないか?」
「え?」
「今言ってもらえればこそ、なにかしら動くことができる内容であるなら教えてもらいたい」
「・・・・・・大丈夫です。このまま何も聞かないでください。上手くいけば物事は良い方向に向かいますから」
「・・・・・・君を信じてみてもいいのか?」
「・・・はい」
「だったら君を信じよう」
そう言うとバッシュは腰を上げバルフレアの方へ歩いていった。
もしかしたら今の会話をバルフレアに話すのではないかと一瞬ヒヤリとしたが、バルフレアの元へ行ったバッシュはヴァンの話をしだして、バルフレアには言う様子はなかった。
安堵のため息をもらすはバルフレアと会話を始めたバッシュと一瞬目が合う。
視線がカチリと合ったバッシュは柔らかな視線を投げ、そしてまた視線をバルフレアへと戻した。
その柔らかな視線だけで物語っている。
君を信じよう。
そう言っていることに・・・。
おそらく同じ疑問を心の中に持っているのに、バルフレアとフランとバッシュ。
それぞれの動きと考えは三者三様だった。
バルフレアは正体が気になって多方面から突っ込んでくる。
フランは言動の不可解さに疑問は持つけど答えは求めてこない。
バッシュは必要な時以外何も聞いてこないし、質問されて答え難い反応をがするとバルフレアのようにそれ以上突っ込んできたりはしない。
大抵「そうか」と言って黙認もしくは放置してくれているような気がする。
知る必要がある、知らねばならない。
そう思わない限りは追求してこない・・・そういうことなんだろうか?
にとってはちょっとバッシュの考えていることが今ひとつピンとこなかった。
答えはぐらかせるのは有難いけど、後々蒔いた種を一気に刈り取らされることになるのではないかと怖れも抱く。
色々思案しながら居心地の悪さを感じ始めた時バルフレアの大きなため息が聞こえてきた。
「遅いっ」
同時にチッと舌打ち。
「確かに遅いな・・・」
バルフレアに合わせて言うバッシュは顔を上げて空に輝く太陽を見つめた。
斜めに傾き色はオレンジから赤へと変わろうとしている。
夕刻時。
ヴァンが元気よく駆け出していっておおよそ1時間経とうとしていた。
「上手くいかなかったのでは?」
「それなら帰ってくるはずだ」
「だったら逆に接触に成功したということか・・・」
「んで、今頃は締め上げられてたりしてな」
「バルフレアっ 笑い事じゃないぞっ」
くっくっ、と喉の奥でふざけたように笑うバルフレアにバッシュは声を荒げる。
語っている名が名だけにバルフレアの言う通り、下手をすれば尋問や拷問に遭う可能性がある。
焦った様子を見せるバッシュを見て、は立ち上がった。
「じゃあ助けに行きましょう」
「場所は分かるの?」
あまり緊張感のないの言い方にフランは少し驚き、バルフレアも笑いを止めてを見た。
フランの質問には首を一応横に振る。
どこにいるのか分からないヴァンを探しに皆で街へ出て、偶然を装い酒場に入れば、あとはこの手の勘がよく働くバルフレアやらバッシュやらが気付くだろうと思い、
その方向で動こうとは思っていたがどうやらバルフレアがそうさせてはくれないようだ。
「おいちょっと待て。サラリと助けるなんて言う以上、ヴァンがどこに居るのか知ってんだろ?」
「えっ?!」
またしても予想外の展開。
どこまでバルフレアは頭が回るんだろう?
おかげで予測していない質問を上手く返す言葉なんてすぐには見当たらない。
「知ってるんだろ?」
「し、知りませんよっ」
「知ってんだろ?」
「・・・・・・」
強い口調で3度も言われるともう知らないとは言えなくなってくる。
眉を歪め返答に迷ったの姿にバルフレアは知っていると受け取った。
「行くなら早くした方がいいわ」
フランの意見にバルフレアも頷く。
「そうだな。、案内してもらうぜ」
有無を言わさぬバルフレアの命令には仕方なく歩き始めた。
調子が狂う。上手くいかない。
毎度毎度バルフレアに負けている感じがしてならない。
自分なりに色々考えて歴史の道から外れないようにしているのに、自分が頑張る分バルフレアに見咎められているように思える。
その度に正体を暴かれていっている感覚に襲われ、バルフレアが怖いと感じる。
全然優しくもないし、甘くもない。
基本女性には紳士でも、敵とか怪しいとか感じると紳士な態度は取り外され容赦なく攻撃してくるんだろう。
・・・私・・・敵に思われてるのかな・・・
そんな考えがよぎって、はぁ、と重いため息をつく。
バルフレアのことが苦手になってきた。
嫌いになりたくないから、早いうちにちゃんと話したい・・・。
の後ろを歩くバッシュ。さらにその後ろをバルフレアとフランが歩いていた。
「なんで止めたんだ?」
「を追求する余裕があるなら坊やを助ける時間に割いたほうがいいわ」
「そりゃそうだが・・・」
「それにに関わるつもりはない、って言ったのはどこの誰だったかしら?」
それはもちろんバルフレア。
バルハイム地下道での正体など興味ないと言ったフランに同感だ、とバルフレアは言ったのだ。
「“暇つぶし”というわりには酷く突っかかるわね。が可哀想よ?」
可哀想と指すフランにバルフレアは訝しげな表情でフランを見た。
「気にならないって方がどうかしてる。あいつの言うことやること全部引っかかる。まるで最初からこうなることが分かってたみたいな口ぶりだ。
いくら女でも得体の知れない奴と一緒に行動するのは落ち着かなくてね」
「・・・私が見る限りでは、後ろには誰もいないわよ」
「なに?」
糸を引いている者の気配はないと言うフランにバルフレアは足を止めた。
「彼女にはミストが感じられない・・・」
「なぜそれを早く言わない」
「聞かなかったから」
同じく足を止め真剣な顔でバルフレアに言うフランの言葉にバルフレアはわざとらしくため息をついた。
「追求しない、って一度は約束したんでしょ。 苛めるのも大概にしたら?」
「分かった。へ突っかかんのはしばらく止めて女性として扱ってやる。これでいいだろっ クソッ」
なにをそんなに苛立っているのか吐き出すようにそう言いバルフレアは再び歩き始めた。
フランも足を動かし共に並んで歩き始める。
「らしくもないな、相棒。一人のヒュムをそんなに庇うなんて初めてじゃないか?」
しばらく歩き、先程の苛立ちが治まった所でバルフレアが隣にいるフランにポツリと言った。
「らしくもないのはアナタも同じよ、バルフレア。必要以上に言葉を攻撃するなんて“空賊バルフレア”らしくないわ。過度な干渉はアナタの一番嫌うトコロよ?」
それについてバルフレアはそれ以上何も言わなかった。
そのやりとりを断片的にバッシュは聞いていた。
先頭を歩くには、もちろん後方でこのようなやり取りがされたことに気付いてはいない。
「ここか?」
ビュエルバの酒場「浮き雲亭」の入り口では足を止めた。
そしてバルフレアとバッシュを見て頷く。
「この酒場の奥に・・・」
「ヴァンがいるんだな?」
バッシュに問われは再び頷いた。
そして扉を開き酒場の中へ入る。
酒場の中は陽が傾き始めたばかりだというのに異常なまでに人の数が多かった。
それも割合的に街のガイドの数が多い。
溜まり場とはいえあまりの多さにバルフレアの片眉がクイと上へ上がった。
一旦周囲を見回し、奥へ通じる扉を一つ見つける。
バルフレアとバッシュが顔を見合わせ、その扉に向かった。
「待て。悪いが関係者以外立ち入り禁止だ」
扉に近づくと周囲にいた客幾人かが扉の前に立ちふさがりバルフレアとバッシュを睨みあげる。
「人を探している。ヴァンという少年だ」
「ガキを一人連れてきただろ?」
バッシュとバルフレアが扉に立ちふさがる男たちに声をかけたが、そんなものは知らないという反応しか返さず、その場を退こうとしない。
バッシュとバルフレア二人なら、この男たちを力ずくで退かすこともできる。
しかし場所が酒場なだけに、下手に騒ぐと修羅場となり収拾がつかなくなる。
面倒くせぇ、とバルフレアはため息をつき、後ろにいるを見た。
視線を受けたは唇を引き締め前へ出る。
どんなセリフを吐けば争いなく扉を通してくれるかだって分からない。
でもバッシュやバルフレアが動くのを待つだけでなく自分も何か動いてみようと思った。
そして扉に立ちはだかる男たちの前へ歩み寄る。
「・・・ダルマスカの解放軍です。ハバーロに面会を。」
その言葉に扉の前に立つ男たちは一様に顔を見合わせ驚いた表情をした。
バッシュ、バルフレア、フランも目を見開いている。
しばらくの間男たちはヒソヒソと話をしたあと、疑心の目を向けながらも扉を開いた。
開かれた扉に早速バルフレアとバッシュが入り込む。
遅れてとフランも扉の中へ入ると、奥から聞いたことの無い男の声が響いた。
「ただのイタズラならいいが、そこらのガキがローゼンバーグ将軍を名乗るとは思えん。締め上げて背後関係を吐かせろ。最近帝国の犬がかぎまわってるからな」
ガキというセリフとバッシュの名があがったことに、ヴァンがここにいるとバルフレアたちは認識した。
「あんたらの組織と侯爵の関係をかい? 街のガイドを隠れミノに諜報活動か。酒場の奥がアジトとは、また古典的だねえ」
「なんだ てめえら!?」
「待て!! あんたは―――」
突然現れたバルフレアの姿に部屋にいた解放軍の目が光ったがバルフレアの後ろにいる人物の姿に解放軍を取り締まるハバーロが制する。
バッシュはゆっくりと前へ歩み寄った。
「本当に生きていたのか―――!」
「いかにも裏がありそうだったが・・・まさか本物のご登場とはな。 このことを侯爵が知ったら―――」
「さて なんと言うかな。 直接会って聞いてみたい」
バッシュの要求にハバーロは一瞬迷うように顔をしかめた。
「――どうすんですかい 旦那」
そして部屋の奥の隅に立つレベ族の男に声をかける。
オンドール侯爵の側近。
ルース魔石鉱からジャッジ・ギースとオンドール侯爵が出てくる時も侯爵の傍に共に居た。
その人物が解放軍のアジトであるこの部屋にいる時点で、オンドール侯爵が解放軍に資金援助をしているのは事実。
レベ族の側近は一つため息をついた。
「致し方あるまいな。 侯爵閣下がお会いになる。のちほど屋敷に参られよ」
そう言い残してレベ族の側近はすぐ様その部屋から出て行った。
バッシュは一度ハバーロと視線を交わしてから、ヴァンを呼び、を連れて部屋を出た。
「助かった〜。あともうちょっとで俺締め上げられるとこだったよ。よくあの場所にいるって分かったなっ」
バッシュを見て、すごいと言うヴァンにバッシュは苦笑しながら首を横に振った。
「私ではない。が案内してくれたんだ」
そう言ってこちらへ振られ、もまた苦笑した。
「とりあえずこれで侯爵への直談判が可能になったってわけだ」
また何かしらバルフレアに突っ込まれるかな、と横目でチラリとバルフレアの方を見たが彼はこのことについて何も言ってこなかった。
「パンネロも助けに行かないと」
忘れちゃいけない、パンネロのこと。
今はオンドール侯爵の屋敷にいるはず。
ラーサーに守られているとはいえ、いつどう転ぶか分からない。
一刻も早く助けたい。
そう訴えるヴァンにバッシュは頷いた。
そして一行はすぐにオンドール侯爵の屋敷へと足を向けた。
「ヴァン。これ」
道中はヴァンに女神の魔石を渡した。
「え?なんで?」
しばらくに預かっていてくれとお願いしたのに、なぜ今が自分に返そうとしているのか分からずヴァンは不思議な顔をに向けた。
「ヴァンが持っていた方がいいわ。屋敷に行ってパンネロに会ったら一番にコレ見せるんでしょ?」
の言葉で魔石をパンネロに見せてから売ろうとしていたことをヴァンは思い出す。
「あ、ああ。さんきゅ」
一応礼を言って受け取り、ヴァンは再び手にした橙色に放つ魔石を大事そうに懐へ隠した。
その様子を見てはふわりと笑む。
上手くいくといいな。
そう思って、視線を再び前へと向けた。
「ご苦労」
レベ族の側近に報告を受けオンドール侯爵は静かにそう言った。
側近は頭を下げ、その場を去る。
杖を持ちゆっくりと立ち上がったオンドール侯爵は後ろにある窓辺へ向かい、同時に懐から紙を取り出した。
すでに封が切られ一度目を通したことを示すその紙にはソリドール家の紋章を模った焼印が押されていた。
オンドール侯爵は再度その紙を開く。
開いた紙にはラーサーの丁寧な字で短い文章が書かれていた。
『という女性からハルム卿にご伝言です。
狼と共にギースの元へ送ってください。“
「まさかとは思うが・・・」
オンドール侯爵は再び目を通し小さくため息をつく。
「御呼びでしょうか?」
しばらくすると扉が開き、再びレベ族の側近が頭を下げながら入室してきた。
「アズラス将軍を呼んでくれ」
「はっ」
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