フランが見立ててくれたイヴァリースの衣服は、汚れが目立たないよう黒色を選んでくれた。
裾に唐草のような綺麗な金色刺繍が施された袖なし上着を腰帯で纏め、裾は膝上までのスカートなっており、同じ金色刺繍が施されて両脇にスリットが入っている。
スリットから覗く足は膝上までの小豆色のスパッツを穿いているから暴れてもパンツが見える心配はない。
うん、大丈夫。
さらけ出している腕は肩口から手首まで凝縮性のある黒色の生地で覆われ、肩口と手首の部分に上着と同じ模様の幅広の金色刺繍が施されていた。
もちろんスパッツの裾にも同じ刺繍が・・・。
ブーツの上からは銀のちょっと重たい甲冑のような物を履いて、膝から足の甲までを大事に守ってくれる。
小さい魔物に足を攻撃されたとしても、これなら全然慌てない。
最初に集合場所で皆と顔を合わせた時、一番最初に感想を述べたのは予想通りバルフレアだった。
「おい相棒。俺は魅惑たっぷりにしてくれ、って言わなかったか?」
を纏う衣服を眺めながら後方にいるフランに言うと「馬鹿」という短い返事が返って来た。
は? 魅惑たっぷり??
それってフェロモンむんむんにしてくれ、ということ???
「動きやすいヤツにしたんだな。いいぜ。特にその色、あんたに似合ってるんじゃないか?」
金色の刺繍が施された黒い衣服にバルフレアは、良く似合っている、と目を細めた。
衣服もおおよそ黒色系にすることで、の姿全体が黒いイメージが出来上がる。
こうすることで髪の色も全体的に同調し、目立たなくなる。
衣服の色がもし白色系であるなら、髪の黒さはより強調され酷く目立つだろう。
うまく化けるもんだな・・・
フランに施された化粧も相まって、今目の前にいるはこれまで奇妙な服を着ていた異端のイメージから外れ、イヴァリースのヒュムになっていた。
どっちにしろ髪の色が問題だがな。
衣服を変えてもやっぱりの髪色は真っ黒黒。
ふいに目を止めたの横にいる少年の髪も黒っぽいが、やはり黒く見えるというだけで正確にはブラウン。完全な黒ではない。
バルフレアはと、の横にいる少年の髪を交互に見ながらそんなことを考えていた。
「ん?」
そこでようやく気付く。
の横にいる少年の存在を。
そして話はルース魔石鉱の同行の話へと移ったのだ。
「ルース魔石鉱に入る前にこれを装着してろ」
ラーサーが同行することが決まり、ルース魔石鉱へ向かおうという時にバルフレアはいきなりに向かって何かを放ってきた。
わっ、と声を上げながら腕を動かし放られたものを受け止める。
「なんですか、これ?」
「あんたの装備だ」
「っ! わ、私のっ?!」
自分用に用意された戦闘用の装備に感動する。
軽装備1の革素材の物だけど。
嬉しい。ずっと着てみたかったの!
でも一方で落ち着けとなだめるもう一人の自分もいる。
確か、私着れないんじゃなかったっけ?
ほら、どっかで誰かに言われたような・・・・・・
少し顔を上げ、空を見て思い起こす。
貴方はI・A12の世界の人間ではありません。したがってI・A12の世界の人間のようなスキルを習得することはできません。
思い出した!
スキルの習得ができないんだ!
ってことはライセンス獲得して技を覚えたり、魔法を覚えることができないってことよね。
だからライセンスポイントを使って装備可能な種類を増やすこともできない・・・。
思い出したところですごく戸惑った。
「あの、私、着れません」
「・・・・・・あ? 何を言ってる?」
突然言い出したの言葉にバルフレアの眉がまた上がる。
ああ、違うの。バルフレアさんを怒らせたいんじゃないんです。
「だからっ、私着れませんっ」
「着方が分からないのか? 貸してみろ」
尚も言うの腕から奪うようにバルフレアは装備を手に取ると、革の帽子を行き成り頭部に被せてきた。
「うわっ」
乱雑に被せられ、一瞬視界が暗くなる。
は慌てて帽子のツバを両手で掴み上へ上げて視界を開けさせる。
「違うんです! 私、ライセンスがないんです」
「だったらライセンスポイントを使えばいいだろ」
「いえ、そうではなくて・・・」
どう言えばいいか迷っているを他所にバルフレアはバサリと音を立てて革の服を広げると、上から羽織らせるように腕を回しての背から肩へ掛ける。
「ここを留めて、ここを括ればいい。あとは自分でできるだろ」
の訴えを聞き流しバルフレアは革の服の着留める方法を指さしながら指示する。
・・・着れないって言ってるのにっ
胸中で文句を言いながら言われた通りに服を留めていく。
だがの予測とは反し、装備はあっさりとの身体にまとまった。
そのことに「あれ?」と思う。
「行くぞ」
着終わったの姿を見てバルフレアが声をあげ皆空中庭園の出口へぞろぞろと向かう。
「・・・おかしいな・・・。てっきり着れないもんだと・・・?」
着ようとしても装備が拒否して袖すら通せないとか。
着てもすぐに何かしらの方法で装備が壊れたり外れたりするとか。
そんな形で“着れない”のだとは思っていた。
「・・・さん?」
歩き始める仲間を目の前に、腰に手を当てて己の身に纏った革の服を睨むの姿にラーサーが歩き始めていた足を止める。
「あ、ううん。なんでもないの。行こうか」
ラーサーの視線に気付きは顔を上げて笑顔を見せると、前を行く仲間を追って少し走った。
空中都市ビュエルバの最東に位置するルース魔石鉱の入り口。
街からルース魔石鉱の入り口前の広場に入ると、様々な種族の鉱山の男達幾人かが、たむろしていた。
「ここの警備は帝国軍が?」
「いえ、ビュエルバ政府は特例を除いて帝国軍の立ち入りを認めていません。」
「―――あいつの姿はやっぱないか」
バッシュとラーサーのやり取りを耳にしながら広場をぐるっと見渡してバルフレアが呟く。
土壇場になるまでバッガモナンは姿を現さない。
いつも不意打ちする汚いやり方で登場する。
入り口前の広場か、入り口入ったすぐのところで登場してくれると魔石鉱の奥まで行く手間が省けて有難いが、どうやらそうそう姿を現すわけではないようだ。
バッガモナンはいつも突然現れるということをバッシュやヴァンに教えてやると、彼らは慎重な面持ちで保険のために傍にあったクリスタルに触れた。
途端、触れた人物の足元が発光し、白球がふわりと包むように巡り上がる。
実際本当にある!!
目の前にあるクリスタルには目をパチパチ瞬きながらそれをジッと見た。
ゲームの中だけの存在じゃないんだ。
点在している場所からして、プレイしていた時と全く一緒であることが分かる。
・・・ということは、この世界に来てからここに来るまでもクリスタルは同じ場所にあったということになる。
色々精一杯で全然気付いてなかった。
実際に触れただけで体力も魔力も満タンになるのかしら?
皆が触れていく中、おそるおそる近づいて最後に触ってみる。
ふわり。
触れたことで光が現れたけど、それによって自分の何が変わったのか、感覚的には全然分からなかった。
「???」
クリスタルに触れた手の平を見つめて少し小首をかしげる。
ちゃんと効果出てるのかな???
「念のため用心して行くか・・・」
ため息まじりのバルフレアの言葉を合図に全員ルース魔石鉱の入り口へ向けて階段を下りはじめた。
入り口を目の前にして入ろうと足を踏み出したところで、中から人が出てくる気配があり、とりあえず死角となる場所へ隠れる。
はラーサーと共にバルフレアの傍に寄った。
魔石鉱の奥から響く足音はとても沢山。
しかも近づくにつれて音は別のものも含んでくる。
歩く振動でガシャガシャとぶつかり鳴る甲冑独特の音が・・・。
「ん?」
音が足音だけにとどまらないことにバルフレアの眉がピクリと動く。
「念のためうかがうが、純度の高い魔石は 本国でなく──―」
「すべて秘密裏にヴェイン様の元へ・・・」
「フッ 貴殿とは馬が合うようですな」
帝国兵を引き連れたジャッジマスター・ギースと、レベ族を引き連れたオンドール侯の静かなやり取りが、彼らが出口に向かうにつれて徐々にクリアに聞こえてくる。
「それはけっこうですが、手綱をつけられるつもりはございませんな」
「ならば鞭をお望みか? つまらぬ意地は貴殿のみならずビュエルバをも滅ぼすことになる」
影からそのやり取りを聞いたバルフレアは眉をひそめ、ラーサーは目を瞬いた。
目の前を過ぎ去るジャッジマスター・ギースとオンドール侯爵の姿を見つめながら、ラーサーは立ち上がった。
「ビュエルバの侯爵、ハルム・オンドール4世。 ダルマスカが降伏した時、中立の立場から戦後の調停をまとめた方です。 帝国寄りってみられてますね」
「反乱軍に協力してるってウワサもあるがな」
「あくまでウワサです」
「よく勉強してらっしゃる ―――どこのお坊ちゃんかな?」
バルフレアの核心を探る質問にラーサーは答えようとはしなかった。
なにやら慎重な面持ちで遠く見えるジャッジと侯爵の姿を目で追っている。
その表情にバルフレアは観察するように目を細めた。
「どうだっていいだろ。パンネロが待ってるんだぞ」
幼馴染が心配だ。
少しでも足を止める余裕があるなら、さくさくと進みたい。
そう急かすヴァンの顔をラーサーは見た。
「パンネロさんって?」
ヴァンの口から聞かされた名をラーサーは呟く。
「友達。 さらわれてここに捕まってる」
入り口を睨むように真っ直ぐ見つめながら足を進めヴァンがラーサーに答える。
ガラの悪いバッガモナンに引っ張りまわされて恐怖で泣くパンネロを容易く想像できる。
想像したらはやる気持ちを抑えきれなくなったのかヴァンは走り始め、促されるように全員が魔石鉱へと駆けた。
何歩か前ではバルフレアとフランとヴァンが前線に立って戦闘を繰り広げている。
しんがりを務めてくれてるバッシュを挟んで、ちょうど真ん中の位置では守られるようにラーサーとがいた。
ラーサーはその身に合った長さの剣を手に、周りを警戒しながらも・・・傍にいるに困惑していた。
隣にいるはずの。
・・・は、足元にしゃがみ込み用に買ってもらった大きめのハンカチで悲鳴を塞いで涙目になっていた。
が、が、ガイコツ嫌ッッ!!!!
カラカラと骨のぶつかる音を響かせて迫ってくる姿には失神しそうだ。
ルース魔石鉱にこのガイコツがいることは知っていたが、ガラムサイズ水路やバルハイム地下道で魔物をたくさん見たからもう大丈夫だろうと高をくくっていたのがだいぶ甘かった。
姿はガイコツ。しかも地面からいきなりヌゥッと現れてくる。
骨に引っかかるようにして、わずかに残っている腐った肉と共に窪んだ目でカクカクと笑っている。
これぞまさしくホラー実体験でありの恐怖心の臨界点を超えようとしている。
「あの・・・大丈夫ですか?」
片手で口を塞ぎ、もう片方で隣にいるラーサーの白い袖を掴み震える手にラーサーは困惑する。
魔石鉱に入る前の姿と、現れる魔物に恐怖する姿が全くの別人と思ってしまうほどの違いに驚く。
歳相応に大人びていて落ち着いた雰囲気を感じていたのに、今はお化けを怖がる小さな子供のようにうずくまって震えている。
最後尾からその姿を見るバッシュもバルハイム地下道の時のの姿と重ねて見て、やはり置いてくるべきだったろうか・・・と少し後悔していた。
一向にの恐怖心が治まらない様子に、ラーサーは手にしていた剣を鞘に戻すとの顔の高さに合わせるように膝を折った。
「さん。落ち着いてください。彼等が戦ってくださってるから僕達は安全ですよ」
ぎゅうぎゅうと痛いほどにラーサーの袖口を握るの手に重ねるように白い手袋をはめた自分の手を置き、ラーサーは“僕達”と指してだけじゃないことを伝えた。
握ってきたラーサーの手に気付いては顔を上げ、そこでようやくラーサーの袖口を掴んでいたことにハッとなった。
「あ、ごめんなさい。勝手に掴んじゃって・・・」
ラーサーの言葉に少し落ち着きを取り戻しつつ、できるだけ前方のガイコツは見ないようにしては強く掴んでいたラーサーの袖口から手を離し、少しシワになった上等のブラウスを撫でた。
「進むぞっ」
魔物をあらかた倒したバルフレアに声をかけられ皆歩き始める。
ラーサーに促されるようにも立ち上がり、ハンカチで目に溜まった涙を拭いて、足元に転がっているガイコツを見ないようアチコチ視線を外しながら前へと進む。
その間ラーサーは足元を見ないの目の代わりであるかのように彼女の手を掴みエスコートするように半歩前の位置で歩く。
「大丈夫ですか?」
和らいだものの、未だ震えるの手が直接ラーサーの手に伝わり、心配そうに見つめられる。
その視線に動かされるようには照れ笑いを浮かべた。
「うん。大丈夫。もうしばらくすれば慣れると思うから・・・」
7つも離れた年下に心配されると少し自分が情けなく思ってくる。
よくよく考えたらラーサーだってこんな魔物がうじゃうじゃ現れるような場所に足を運ぶことすらほとんど無いはずだ。
魔物を目の当たりにすることだって少ないはず。
それなのに隣にいるラーサーはと同じ場所にいるというのに全然怖がる様子が無い。
この世界の人間って魔物の姿を怖がったりしないのかしら・・・?
そんな疑問が顔を出したが、よくよく考えると魔物を恐れて旅のルートを変える人もいるのだから皆が皆平気というわけじゃないんだろう。
パンネロも怖がってるんだろうなぁ
魔物がわんさかといる魔石鉱のど真ん中でバッガモナンに放され、泣きながら走るパンネロの姿を脳裏で想像してみる。
パンネロも自分と同じ、魔物と遭遇する機会なんてこれまでなかったはず。
いきなり置いていかれて、魔物が沢山いる場所をたった一人で動く恐ろしさ。
想像しただけで身震いする。
私はまだまだマシなんだろうな。
戦える人がこんなにも沢山居て、私は守ってもらっている。
魔物の攻撃をかわし、時には傷を負いながら、自ら守りの盾と武器で攻撃して魔物を倒して・・・。
命がけで戦ってくれているその後ろで私はただ突っ立っていたり、逃げて隠れているだけ。
戦闘が行われる度に痛感する。
私はなにもしていない。
ただ魔物に怯えているだけ。
何も出来ないからこそ、戦ってくれる人達の足を引っ張るようなことだけはしない!って強く思ったのはたった数日前だったのに・・・それを忘れかけていた。
「さん? どうかしたんですか?」
自嘲するようにふっと笑いをこぼしたにラーサーが不思議そうな顔を向けた。
「うん、怖がってるだけじゃダメだなぁ〜って思って」
うずくまって震えていた時と違って、何かに気付いたようにしっかりした眼差しで笑みを浮かべるにラーサーも頷いた。
「僕もそう思います。 目を瞑って現実を避けていても何も変わりません」
「それって襲ってくる魔物の姿を見て受け入れよう、っていう意味?」
「それもありますが、それだけじゃありません。すべてのことにおいて僕はそうだと思います」
分かってはいても若干12歳の少年が発する言葉にしてはいやに重みがあるとは驚いた。
「すべてのことって、他にはどんな?」
「・・・・・・色々ですよ。」
ほんのわずか、曇った顔でラーサーは答えた。
その「色々」というのが、現状の歴史を揺るがしている戦争のことを指しているんだろう。
ラーサーがどれだけ自分の国を想って動いているのか、すでに最後まで見てきたは知っている。
最初に登場したこのビュエルバで、すでにラーサーは一人で色々考えて自分なりに動いていた。
ラーサーの必死さが垣間見られた会話。
おかげでバルフレア達が進みつつ戦う魔物の姿を気にすることもなく、恐怖を抱くことも少なくなった。
気付けばもう第一運送路に入ろうとしている。
「ありがとう」
「え?」
第一運送路に向かう橋を歩いている時、前置きなしに礼を言うとラーサーは一瞬キョトンとした表情を返した。
「お話。おかげで魔物に気をとられなかった。ラーサー様のおかげ」
「っ!!」
礼を言って言葉を発し、そこで自らハッと気が付く。
当の本人は驚いた顔をしていた。
そして最後尾にいたバッシュも驚きを隠せない表情でを見ている視線が痛く突き刺さる。
またやってしまった。
この失態を直さないと、勘の鋭いバルフレアやフランのみならず、いずれば全員に自分の正体をバラしてしまうおそれがある。
「・・・なぜ、僕の・・・名前を?」
当然ラーサーは驚き鋭い視線で疑問を投げかけてくる。
の発した言葉がとラーサーと、しんがりを務めるバッシュにしか耳に入らずによかった。
どう答えようか心中迷いつつ視線を回りに巡らしてもに視線を注ぐのは今のところラーサーと少し後方にいるバッシュだけだった。
「名前を偽っても、顔は本人のままでしょ。だから、ね」
「じゃあ最初から僕が誰なのか、知っていたんですね?」
「ええ」
「アルケイディアの人ですか?」
その疑問を投げかけつつ少しラーサーが身構えた雰囲気が伝わった。
もしかしてラーサーを連れ戻しに来た帝国軍の一人と思われているのだろうか・・・?
はすぐに首を横に振った。
「違う」
そう返答するとラーサーが肩の力を抜く。
今連れ戻されては困る。そういうことなのだろう。
ラーサーは小さくため息をつくと、会話を洩らさないように近寄った。
「僕の顔を知っていてアルケイディアの人でないなら・・・、ダルマスカの要人ですね?バッシュ将軍がいるということは・・・」
バッシュの方へ少しだけ視線を流し、ひそめた声で投げかけるラーサーの言葉に、今度はが驚いた。
よく短い時間で思考が回るものだ、ととても関心する。
アーシェやバッシュもそうであったように王族や、王族に近い将軍クラスの軍人等の顔は各国民間人にあまり知れ渡っていない。
だから名さえ名乗らなければ、それが誰なのか気付かないことが多い。
逆に言うなれば、顔で誰かを判断できるのはそれなりに地位が高く、王族にもゆかりのある人である証拠。
それにヴァンがボロを出したことで、バッシュがあのダルマスカ国王ラミナス皇帝暗殺犯として処刑されたと噂されたバッシュ・フォン・ローゼンバーグであることを当然ラーサーは気付いていた。
処刑されたと言われるバッシュが生きて共に行動しているうえ、現在の陣形はの守りを重点に形成されている。
これでは確かにがどこかの国の大事な人と思われるかもしれない。
ラーサーはバッシュが居ることからがダルマスカ国の人間と推測したようだ。
「まさか・・・・・・、アーシェ殿下・・・?」
えっ?!
さすがにこの投げかけには目を大きくする。
「違う違う。私そんなにエライ人じゃないんで・・・。」
苦笑しつつ否定してもラーサーはなぜか納得しない表情をしていた。
そのまま否定を繰り返そうと思って口を開き・・・しかし言葉を発するのを止める。
考えをめぐらせるようにしばし明後日の方向へ視線を投げたまま表情が固まる。
脳裏ではこの先の動きを猛スピードで思い起こしていた。
なぜかしら自分の知るとおりの歴史に動いていない現在。
この先のラーサーとオンドール侯の言動を歴史通りにするには伏線を張る必要があると思った。
必ず歴史通りに動くとは限らない。
は様子を伺うラーサーと視線を合わせると半歩ラーサーへ寄った。
「ラーサー様。これから私が言うことをよく聞いてほしいのです―――」
真剣な顔でひそめた声を発するの表情にラーサーは取り込まれたように魅入った。
そしてラーサーに語る。
これから先に起こることを・・・。
「その時になれば分かります。とりあえずオンドール侯爵にはそう伝えてください」
できるだけ。できるだけ遠まわしに、直接的には分からないように・・・
それだったら たぶん大丈夫。
定められた条件に違反することはないハズ・・・
一つ。一つ目の条件を破ってしまう可能性がある状況に陥った場合、いかなる手段を用いてでもこれまで貴方がプレイしてきた歴史通りに戻すこと。
うん。大丈夫。
「・・・よく分かりませんが・・・言われた通りのことをしてみます」
腑に落ちないながらも、やるとラーサーは言ってくれた。
この世界に居る以上、いつ歴史が崩れるのか私には分からない。
何がキッカケとなり崩れるか予測が付かない。
ならば常にこうやって伏線を張っておいた方がいいのかもしれない。
もしもの時を考えて。
後ろから背中を押すように、常に常に。
先を見越して色んな人に言葉や行動を・・・。
魔石鉱内に造られた短い階段を上がると壁面は突然色を変えた。
これまで黒く、茶色く、くすんだ色の壁しかなかったのに階段を上がりきった場所から床や天井に至るまで囲むように蒼く光るものが壁無数に点在している。
目の色を変えたラーサーが飛び出すように足を速めた。
そして一番奥に辿り着くと、ラーサーは感懐の声をあげた。
「これを見たかったんですよ」
そして懐から何かを取り出す。
それは核が青白く光った機械的なものだった。
「なんだ?」
「破魔石です―――人造ですけどね」
問いかけるヴァンに手にしたそれを見つめながら答えるラーサーの言葉にヴァンが「はませき?」と呟いて少し首を傾げた。
「普通の魔石とは逆に魔力を吸収するんです。人工的に合成する計画が進んでいて、これはその試作品。―――ドラクロア研究所の技術によるものです」
ラーサーの口から出た「ドラクロア研究所」の名に後ろに居たバルフレアの瞳は細くなり、ラーサーを見下ろす視線が鋭く変化した。
ラーサーは立ち上がり奥の壁へと歩み寄る。
「やはり、原料はここの魔石か―――」
青白く光る魔石鉱に近づき、手に持つ人造のそれと見比べラーサーはぶつぶつと独り言を始める。
バルフレアは間を置くことなく足を動かしラーサーへ向かって歩み始めた。
「用事は済んだらしいな」
「ありがとうごいざいます。のちほどお礼を―――」
「いや、今にしてくれ。お前の国までついてくつもりはないんでね」
その言葉にラーサーが後ろを振り返る。
振り返ったラーサーの視線の先にはすでに近くまでバルフレアが迫っていた。
そしてバルフレアはラーサーに詰め寄りながら壁へと追い込んでいく。
「破魔石なんてカビくさい伝説、誰から聞いた? なぜドラクロアの試作品を持ってる? あの秘密機関と、どうやって接触した?」
バルフレアの詰め寄りにどんどん後退るラーサーは壁まで追い詰められ左側から逃げようとするが、バルフレアの右手が阻むように手を突き、ラーサーの逃げ道を殺す。
「―――お前 何者だ?」
「おい バルフレア―――」
ジッとその状況を見ていられなくなったヴァンが二人に歩み寄ったその直後・・・
「待ってたぜ バルフレア!」
待ちわびたかのように広い空間の魔石鉱に喉の潰れたようなひしゃげた声がうわんうわんと煩く響いた。
その声で振り返ったバルフレアはなんともうんざりした顔をする。
予測するまでもない。
バッガモナンとそのお仲間たちだ。
「ナルビナではうまく逃げられたからな。会いたかったぜ?」
円形のブレードをガチンッと金属音鳴らしながら装備し、さっそく始動させ、けたたましい音を響かせながらじりじりと寄ってくる。
「さっきのジャッジといいそのガキといい―――。 金になりそうな話じゃねえか。オレも一枚噛ませてくれよ」
「頭使って金儲けってツラか。お前は腐った肉でも噛んでろよ」
バルフレアの投げた言葉に侮辱されたと人並みに感じたらしく、バッガモナンの頭の血管がいくつかプチプチと切れる。
「バールフレアァッ! てめえの賞金の半分はそのガキで穴埋めしてやらぁ!」
「この野郎 パンネロはどこだ!」
「アァ? 餌はもう必要ないからな。途中で放してやったら泣きながら飛ンで逃げてったぜ!」
からかうように笑いを混じるバッガモナンに怒りを覚えるヴァンの後ろから、ラーサーが人造破魔石をバッガモナンへと投げつけた。
それがちょうどバッガモナンの顔面に命中し、バッガモナンがひるむ。
その隙をついてラーサーは走りだし、バッガモナンに投げつけた人造破魔石を拾いながらバッガモナンの横をすり抜けるようにして走り出した。
「おい!」
ヴァンが声をかけ追いかけるのを合図にバルフレアも走り出し、ひるんでいるバッガモナンを押し退けて走り出す。
「走るぞっ!」
「わっ!」
も例に漏れずバルフレアが走り出したと同時に、近くにいたバッシュに手首を掴まれいきなり引っ張られる。
「逃がすか!」
ようやく立ち上がったバッガモナンは長い口から唾を飛ばして叫ぶ。
その言葉を聞いてバッガモナンの仲間が一斉に追いかけだした。
「おい待てって!」
ヴァンはバッガモナンの言葉など全く聞こえておらず、相変わらず先頭を突っ切るラーサーに声をかけながら走る。
「いちいち相手してられるか。 適当にあしらってずらかるぞ」
走りつつバルフレアは全員に促す。
また運悪くそれが追いかけるバッガモナンに聞こえたようで「なンだとぉっ?!」とか何とかけたたましく喚く声が聞こえてくる。
逆撫でされて怒りで頭を沸騰させている。あ。顔が赤い。
「後ろを見るなっ。前を見なさい」
振り返ってバッガモナンの顔を見ているをバッシュが忠告する。
2年間の独房で拷問と尋問の繰り返しを体験して体力が衰えているはずのバッシュに引っ張られ、その勢いと走るスピードの速さにの足はもつれそうになる。
バッシュさん、体万全じゃないのにこの速さなのっ?!
前のめりになっている自分の足はまさに己の力で・・・というよりはバッシュの力で走っていると言っても全然不思議じゃない。
車やバイクに掴まって自分の足でそのスピードを追うようなもの。
速すぎる。
自分で走るスピードよりかなり速い。
あまりにも速すぎて足を地面に瞬間的に着くだけで精一杯。
少しでもつまづくものならバッガモナンと戦うハメに・・・。
いやいや、ダメダメ。それは避けたい。
皆足は速いようで、みるみるバッガモナンとの距離を作っていく。
そうしてルース魔石鉱の奥から出口付近まで一度もスピード緩めることなく走らされた。
「・・・追ってくる気配はないわ。振り切ったようね。」
オルタム橋を越えてからチラリと後ろを見たフランの言葉でようやく皆の速度が緩くなる。
坑道の入り口付近まで来てようやく足が止まった。
「バンガの足に追いつかれるようじゃ、空賊廃業さ。」
伸びをしながら余裕の表情で言うバルフレアの傍の足元ではがぜぃぜぃと息を切らして地面へと座り込んでいた。
「、大丈夫か?」
ヴァンが気遣いの言葉をかけてくれるが「大丈夫」と返事することもできない。
「君には速すぎたようだな、すまない」
顔色を伺うように屈んだバッシュが謝ってくる。
申し訳なさそうに言ってきてるけど、たぶんいつもの謝りクセ。
でも今回は大いに反省してもらおう。
だって魔石鉱の奥から入り口までずっと走らされたのよっ!
それも全速力で!
歩いて30分以上はかかっていたその距離を全速力でっ・・・!!
脇腹がもの凄く痛い。
酸素を欲しがって肺と心臓が驚くほどの速さで脈を打ってる。
ちょっと・・・酸欠・・・
「・・・本当にあんたは体力無いなぁ」
少し歩き続けただけで疲れて、しばらく走ったら息が切れて・・・
はぁ、とため息交じりに言うバルフレアに抗議できない代わりに視線を投げるが一瞥されただけでかわされる。
共に行動するなら体力付けろとでも言ってるんだろう。
でもこれまで体育の授業以外これといった運動をしてこなかった私に、いきなり走ったり、長距離歩いたりしたら当然身体は悲鳴をあげますよっ
これから嫌でも体力はついてくるんだから、あんまり歩き回らない前半の今はちょっと優しくして・・・
「本当にすまない」
言い訳をいっぱい頭の中に浮かべながら、フランから渡された水を飲んでいると再度バッシュから申し訳なさそうな顔で謝られた。
未だ息が整わないにようやく罪悪感を覚え始めたらしい。
いつものように「もう謝らなくていいですよ」と返答しながら、思い浮かべた言い訳の数々を自分も消した。
言い訳思いつくヒマがあるなら体力付ける方法考えろ、ってね。
実際体力ないと本当に何もできない。
一緒に旅をすることも、いざとなって逃げることも、機転が働き動きたいと思った時も・・・。
時間ができたらバッシュさんに何か教えてもらおう。
そう、ライセンス持てなくても己の身体で身に付ければ大丈夫なハズ!
よしっ!
そう意気込んで息を整えは立ち上がった。
とりあえず体力はいい結論に達したからそれでいい。
今から集中しなきゃいけないのは別のこと。
これから出口へ行って見守らなきゃいけない。
ラーサーの動き、言葉、そして私が言ったことどう理解してくれるか・・・。
『ラーサー様。これから私が言うことをよく聞いてほしいのです―――』
『その時になれば分かります。とりあえずオンドール侯爵にはそう伝えてください』
伝えてください。オンドール侯爵に。
いつ言うべきか。
どう言うべきか。
頭のいいアナタなら分かるはず・・・
「あれ? ラモンはどうしたの?」
「一人で先に出口へ行ったよ。俺達も行こうぜ。パンネロは出口にいるよ、きっと」
「うん、いると思う」
『魔石鉱へ出るとき、先に出口へ向かってください』
ラーサーは先に出口へ行った。
大丈夫、大丈夫。
『そしてオンドール侯爵に会ったら、こう伝えて欲しいのです・・・』
「行こう」
整った息では発し一行はラーサーを追ってルース魔石鉱の出口へ歩き出した。
いざ、戦いの駆け引きへ!
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