「きゃあああ!!」
目の前に迫り来る生物たちにが怖がって悲鳴を上げる。
いや生物というより魔物と表した方が適切かもしれない。
キレイとは言い難い水に足を突っ込んでザバザバと歩く中、水面のわずか上を浮かぶように巨大な魚が次々と襲ってくるのだ。
熱帯魚のように黄色い蛍光色のウロコをギラギラ光らせ、崩れかけの目でこちらを見定め尖った鋭い歯で襲いかかる。その一種だけならまだしも大きなネズミやコウモリのような魔物までいるのだ。
画面を通して見ている時はもちろん自分は確実に安全なので平気な顔でばっさばっさとなぎ倒し進んでいたが、実際に身を置かれ直視すると、あまりの気持ち悪さと気味悪さに失神してしまいそうになる。
お化け屋敷よりはるかに怖い!!
ヴァンの腕にしがみついてが叫び続ける中フランの弓とバルフレアの銃で魔物が近づく前に伐ち殺す。
止むことなく上げるの悲鳴の音量を僅かでも小さくさせるためだ。
攻防具を持ち、始めて本格的に戦闘を行うヴァンでさえ突然襲われることに驚きつつも魔物の姿にはさして恐怖を抱かないのに、一体なんだろうこの違いの差は?
「孤児じゃなく箱入り娘なんじゃないか?魔物自体見たことがないヒュムなんて初めてお目にかかるね」
ヴァンがとっさに口走った"孤児"なんて偽りだと気付いているのに魔物に弾を放ちながら皮肉ってみせる。
「そんなことないわよ!」
強がって否定したが、直後足元にネズミの魔物が走り、悲鳴を上げて慌ててヴァンにしがみついた。
「やれやれ」
「もう少し声量落とせないかしら。声に反応して魔物が更に集まってくるわ」
進むのと平行して魔物が現れるのだが、の最初の悲鳴でいくばくも歩かないうちにすぐ魔物が押し寄せてくる。
数も半端ではなく、頻度も高すぎる。
明らかにの悲鳴が原因だ。
バルフレアは再び「やれやれ」と深いため息をついた。
「フラン しばらく援護頼むぞ」
そう言うとバルフレアは装備していた銃を仕舞い、腰にある小さなポケットから布を取り出すと、それを手でぐるぐるとねじりながら恐怖でヴァンにしがみついているに近づいた。
「悪いがしばらく我慢しろよ」
に向かってそれだけ言うとバルフレアはの背後に回り、ねじった布をに噛ませ声を塞いだ。
「ふむぅ!うぐ、んむぅ!!」
「なにするのよ!」と叫んだつもりだったが、まったく言葉にならなかった。
噛まされた布はの後頭部でギッチリ括り付けられ、微塵も緩まない。
「あんたの悲鳴のおかげで奴らが次々と現れるんだ。分かったら、少しは大人しくしてろ。喚かなくなったら外してやる。」
喚かなくなったら?
こんなに怖い思いをしているのだから少しは優しくしてほしいのに、バルフレアは逆にウルサイと言ってきた。
これでは声量を落とすどころか何も喋れない。
口を塞いだ布地は粗く、こすれて痛いと主張しようとするが声に出せずジェスチャーで伝わるわけもない。
手荒いやり方に怒り、布を解こうとするとバルフレアの大きな手に掴まれ止められた。
そのままの腰にバルフレアの腕が回り、その状態で歩き始める。
「ヴァン。お前はフランと一緒に前へ出ろ。」
ようやくから解放されてほっと安心していたヴァンに、いい修行になるぞ。と付け加えバルフレアはヴァンを前へ出させた。
そしてバルフレアは布を解こうと暴れるを阻みながらフランとヴァンの後ろの位置で歩みを進めた。
「叫んだからといって魔物が消えてくれるわけじゃないぞ。ここから少しでも早く出たいならあんたも努力してみろ。」
グサリと追い討ちをかけるようにバルフレアはに喚くな、と釘をさし大人しくするように促した。
うう。そんなこと分かってるわよ。
でも女性は恐怖を感じると悲鳴を上げるものなの。
まるでホラー映画の中に放り出されたような気分になるほど怖いと感じているのに黙れですと?
心臓に悪くてそんなことできない。
でも自分以外の人達は果敢にも魔物たちに挑み斬りかかり、戦闘状態でないバルフレアと自分を守ってくれている。
守られている。
初めて感じた感覚だった。
守られているだけ? ただ守られている状況はオカシイ。
ジッとしているのではなく自分もなにかするべきだ。
では戦えない自分は何をすべきだ?
これから戦いを身に付けるか? いや、戦闘能力以前に身体能力が悪い。重たい盾を掲げ続けることも、剣を振る力も無い。
では戦えない自分には何ができる?
襲い掛かる魔物から必死に逃げることはできると思う。戦う周りの人達のジャマにならないように隠れていることだってできる。みんなが戦いやすいように少しでも荷を持ってあげることだって・・・。
四方から襲ってくる魔物に怯えヴァンの代わりにバルフレアにしがみ付きくぐもった悲鳴を上げていたは、そこまで思考を巡らせてようやく気付いた。
皆のため、戦ってくれている人のために、少しでも魔物が集まって来ないよう原因の元である自分の悲鳴を抑えることができる!
自分のことだけ考え、怖い怖いと悲鳴を上げていたが、それは逆に戦い続ける周りの人達の体力を奪うことになる。
怖いことに変わりはないが、ここで頑張って口を閉じれば襲ってくる魔物の数は絶対減る!
ようやく周りの状況と自分の立場を理解し、は悲鳴を上げないように布をギュッと噛み締め、声を殺す分自分の中で増殖する恐怖に耐えようとバルフレアに強くしがみついた。
痛いほどに自分の腰にしがみついてきたの力にバルフレアは視線を落とす。
己のベストと白いブラウスがしわになるほど握りしめたの表情は、魔物の唸る声を聞くたびに震え上がり、悲鳴を上げまいと瞼と唇に力を込めて必死に閉じていた。
フッと表情を和らげバルフレアは少しでもの恐怖を少なくしてやろうと抱きしめ、頭と背を何度も撫で落ち着かせていった。
「一区切りついたわ」
必死に悲鳴を噛み殺していたの耳にフランの声が聞こえた。
その言葉に反応して自分の頭と背を撫でてくれていたバルフレアの手が止まり、抱きしめてくれていた腕の力が緩んだ。
はそっと目を開き周囲を見渡す。
足元に大量の魔物の死骸が転がっていることに非常に驚き再びバルフレアに飛びついたが、今自分たちを襲う魔物は一匹として居なかった。
フランとヴァンがすべて倒してくれたのだ。
「やればできるじゃないか」
バルフレアの言葉は大量の魔物を倒したフランとヴァンではなく、に向かって言った。
そしてキツく口を塞いでいた布が解かれる。
「・・・え?」
「悲鳴。喚かなくなったことで集まって来なくなったんだ。この先もその調子で頼むぜ」
喚くな、と口を塞いできた厳しい表情と打って変わって今は優しく穏やかな表情。
状況を認識し、今自分にできることを考え実行したをバルフレアなりに褒めた。
「あ・・・ハイ」
褒められた嬉しさと、地図上の位置を考え、残り半分以上の道のりを頑張らねばならないのだという複雑な気持ちが入り混じったまま返事をすると同時に、喋ることで布に擦れた唇が痛み「痛いっ」と呻いた。
その声にバルフレアは笑った。
「喚かなきゃ、これ以上痛い思いはしないだろ。頑張れよ」
ニヤリと笑んでから離れると、バルフレアは再び銃を手にしサクサクと歩き出した。
バシャバシャと激しい水音を立てながら魔物を次々と倒していくバルフレア、フラン、ヴァンの後ろをは右へ左へ走ったり隠れたりしながら己の手で口を多い声を上げまいと必死で噛み殺してガラムサイズ水路を進んでいった。
進んでは戦い、進んでは戦いをひたすら繰り返す。
時折立ち止まりフランのケアルで3人それぞれの治療をは少し離れた所で見ていた。
“貴方はI・A12の世界の人間ではありません。したがってI・A12の世界の人間のようなスキルを習得することはできません。”
頭の奥で呼ばれた時に言われた言葉がフッと思い浮かんだ。
今の自分には戦闘の邪魔にならないよう逃げることと、悲鳴をあげないこと。この2つしかない。
魔法を覚えることなどできないのに・・・。
でも、覚えられたなら。と思ってしまう。
フランもバルフレアもヴァンも戦えるし自ら治療もできる。
怪我をしたら魔力の残量を考え均等に治療し合い、走り回る彼らの姿を見ると、ケアルだけでも覚えられたなら自分が治療役に回れると思った。
戦闘もして治療もする。
それでは3人の負担は大きすぎる。
なによりできることが少ない自分に苛立った。
ガラムサイズ水路を進んでいくうちにの胸が高まる。
この先の通路で待っている出来事に。
ずっと狭かった水路から、大きく視界が開けた空間へと出てきた。
階段を下りると広い水路が広がる。
左右対称であるかのように広い水路を隔てて反対側にも広い水路へ降りる階段がある。
「なんだあれ?」
4人がこの広い空間を見渡した時ヴァンが呟き前方を指差した。
彼が指を指したその先には何人かの人だかり。
よくよく見ると多数の帝国兵だった。
まさか自分達の追ってでは?!と身構えたが、帝国兵達が自分達に気付いていないことにわずかに安堵する。
しかし帝国兵の矛先が自分達ではなく、帝国兵に取り囲まれている一人の女性であることにヴァンは酷く驚いた。
「っ、これ頼む!」
ヴァンは手に持っていた魔石をに持たせると駆け出した。
帝国兵に囲まれた女性は果敢にも挑み、彼女の剣の一振りで帝国がなぎ払われその勢いのまま帝国兵は下の水路へと落ちていく。
その勢いに女性は残りの帝国兵へと向き直りキッと睨んだ。
「次は誰だ!」
そう叫んで自分を勇み、同時に帝国兵を挑発する。
「押し包んで討ち取れ!」
数人の帝国兵に対し、たった一人の女性。
女だと甘く見ていたが思った以上に女性の戦力があることを知った帝国兵の一人が残りの兵士に指示を出し、確実に女性を討ち取る戦略に出てきた。
帝国兵2人が女性に向かいゆっくりと両脇から回り込んで迫っていく。
帝国兵との距離を保ちながら後退り、端へと追いやられていく様子にヴァンが駆けつけた。
「飛び降りろ!」
その声に女性はハッとなって下にいるヴァンを見る。
「早く!」
一瞬躊躇したが女性は迫ってくる兵士を背に飛び降りた。
空中で一瞬目が合う二人。
そしてヴァンは女性を受け止めた。
見詰め合う二人に帝国兵が気付く。
「仲間がいたぞ!」
先ほどまで女性と戦っていた通路の脇から伸びる階段をガチャガチャと甲冑をうるさく鳴らし帝国兵が走り降りてくる。
「今日は仲間が増える日ね」
「面倒が、だろ」
ため息と共につぶやくフランに対しバルフレアは真意を突っ込みながらの腕を掴んで広い通路から元来た階段へと戻らせた。
「え? え?」
皆、帝国兵へ向かって挑むその後ろで自分はなぜ真逆の方へ連れてこられるのか分からなかった。
「あんたはここにいろ。魔物みたいに目の前の敵だけ襲う下等な奴らじゃない。隠れてる弱い奴を一番の標的にするような汚い手を使ってくる。」
そして階段と広い水路を隔てるようにフェンス状の金網でしっかりと閉めた。
「バルフレアさんっ」
ただ物陰に隠れるだけならまだしも空間を断ち切るように隔てられると、置いていかれるような気分になる。
閉められた瞬間ものすごく不安になり、すがるようにバルフレアの名を呼んだ。
「ここならまず安全だ。それを頼んだぞ」
初めての口から自分の名が紡がれ、なんとも言えない感覚を頭の隅でカンジながらバルフレアは魔石を指してそう言うと、すでに始まっている戦闘に加わるため銃を手に走っていった。
は閉められた金網に張り付き視界のわずか端に写る戦闘を見つめた。
だが先ほどのような置いて行かれると思う焦りは無かった。
“それを頼んだぞ”
なんてことはない言葉だった。
なのにただここに隠れているのではなく、魔石を守れと小さな使命をくれたことで焦りは消えていた。
ただここでジッとしていることに変わりはないのに。
は階段に腰掛けると、ヴァンに手渡されバルフレアに頼まれた魔石をジッと見つめた。
片手に少しあまる大きめの魔石。
鉱山の奥から掘り出してきたような形で、均一性のないゴツゴツしたものだった。
表面は炭を被ったように黒く、石の核に近いところだけわずかに光っている。
その色はおよそ橙色。
「・・・キレイ」
見つめては呟いた。
少しの時間が経ち、喧騒の音が少なくなってきたなと思った時。
ガシャンッ! と金網を強く叩く音が聞こえた。
顔を上げた時、目の前に居たのは自分の知っている誰でもなく帝国兵だった。
フランに放たれたであろう矢を背に刺し、顔や身体の至る所から血を流してを凝視していた。
すでに正気を失っているのか、血走らせた瞳でギョロリと睨んでいた。
その目と合った瞬間は恐怖で震え上がり思わず立ち上がる。
その動きで膝に乗せていた魔石がゴツゴツと音を立てて階段の下へと落ちていく。
ボチャンと音を立て一番下の段にある水の中へ。金網を隔て帝国兵の足元に。
どうしよう?! という焦りと恐怖が身体中を駆け巡った。
取りに行きたいけど、帝国兵がいる。金網があるから大丈夫なはずなのに、行っては殺されそうな気がして足がすくみ動けずに居た。
助けを求めようと顔を上げたが、まだバルフレア達は別の帝国兵達と戦っており、に襲うこの状況に気付いていない。
“それを頼んだぞ”
再び頭をよぎるバルフレアの言葉。
託されたのだから頑張らなきゃ。
今頑張らずにいつ勇気を出すのだ?
鞭打つように必死に自分を励まし、は階段を駆け下りた。
一番下の段の水の中へ手を突っ込み魔石を探す。
金網のところまで来たに帝国兵が黙っているはずかない。
鋭い剣を振り上げ金網を何度も衝き始めた。
その度にガシャン!ガシャン!と激しく金網は揺らぎ、の身体にぶつかる。
突然帝国兵が出た行動には震え上がった。
恐怖のあまり泣きそうになりながら手を必死で動かして魔石を探す。
焦るあまり手を動かしすぎて魔石は上手く見つからず、手のどこかに触れても掴むことはできなかった。
金網も造りは非常に古いため、すぐにでも壊れ外れそうだった。
古い金網に対し、切っ先のするどい剣で何度も衝かれ網目が歪んでくる。
徐々に突き刺す剣の幅が大きくなりへと迫る。
「ふぇ・・・うっ・・・」
顔を上げればすぐそこに剣が迫っていることには泣き出した。
泣きながらも必死で魔石を探し、ようやくの思いで手に掴んだ。
すぐに離れようと思ったが、金網を突き破ってくる剣はタイミングを間違えれば身体を起こした瞬間刺される。
何度も金網を突き刺し、抜く、を繰り返す帝国兵の動きを見計らっては必死に階段を上がった。
「きゃあああッ!!」
帝国兵の剣をすり抜け階段を駆け上がる時、あまりの恐怖には泣き叫んだ。
背後で激しい金属音が鳴り金網が壊される。
怖くて足が震え思うように階段を上がってくれない。
腰が抜けてしまい、後ろを振り返れば剣を振りかざしを見下ろす帝国兵が居た。
歯をギリギリ鳴らし血に飢えた殺人鬼のような目で見下ろされ、身体はすくみあがりもう動けなくなる。
ただ手にした魔石だけは守ろうと両手で強く握り締めた。
金網の時と同じように帝国兵はを突き刺そうと両手を柄に沿え、更に上へ振り上げた。
バンッ!!
緊張した空間を解き放つように大きな発砲音が響いた。
その直後何かが転がり落ちる音がした。
おそるおそる階段の下を見ると、一番下の段の水に顔を突っ込んで倒れた帝国兵の姿だった。
見つめているうちに帝国兵の胸が赤く染まり、水へと次々流れていく。
驚いて回りを見渡すと少し離れたい水路の場所から銃を向けているバルフレアの姿があった。
そして銃を手にのいる階段へとツカツカとやってくる。
表情はどことなく冷めていて、怒っているようにも見えた。
階段下の帝国兵を見るとバルフレアは再び弾を込め、そして帝国兵の頭部を狙いもう一度発砲した。
バンッ!!
その強い音にの肩がびくんっと跳ねる。
帝国兵もその衝撃で一度身体を跳ねさせ、その後沈黙を保った。
銃をおさめるとバルフレアは階段を上がりの元へ来る。
「大丈夫か?」
だが反応は無く、すでに息絶えた帝国兵を見下ろしたままは固まっていた。
「大丈夫だ。もう完全に死んでいる。起き上がってあんたを襲う事はもうない」
それでもから反応は無かった。
自分を殺そうと襲い掛かる帝国兵ももちろん怖かったが、人が死ぬ姿を初めて目にして恐ろしいと思った。
なにより冷たい目で帝国兵の頭部を撃ち殺したバルフレアに恐怖を感じた。
ここではごく当たり前のことなのかもしれない。
帯刀し、銃を持ち、狩って狩られて、殺され殺し・・・。
だがの世界はそんなものに遠い。
事件は毎日山ほど出てくるが、常に武器を持ち歩く者など居ず、そして自分自身殺される恐怖も、人が殺されるのを見る恐怖も感じたことなどなかった。
皆人を殺すには充分な武器を持っている。
バルフレアは銃。フランは弓。ヴァンは片手剣。
初めて戦う姿を見て、対象が魔物であることにさして驚きはせず、そして魔物が殺されてもバルフレア達に恐怖は抱かなかった。
だが同じ人である帝国兵を魔物と同じように何のためらいもなく殺す姿を見ると恐怖に思えた。
「おい 大丈夫か?」
再度バルフレアが声をかけてきたが恐ろしくて顔を向けることができない。
もし。帝国兵を殺す時と同じ冷たい表情をしていたら・・・?
もしそうなら怖くてもうバルフレアの顔を見ることなどできなくなる。
「! しっかりしろ!」
両肩を大きな手に掴まれ正気を取り戻させようとガクガクと強く揺さぶられた。
その動きでバルフレアと目が合ってしまう。
「あ・・・」
目が合ったバルフレアの瞳は先ほどのような冷たい目じゃなかった。
瞳も表情も、いつものバルフレア。
少し安堵し、張っていた気を緩めた。
ようやく落ち着き始めたにバルフレアは軽くため息をつく。
「オレが怖いか?」
核心を突く質問には驚く。
「孤児なら尚更こういう状況は沢山見てきただろ。違うか?」
は孤児、というヴァンの主張をまた引っ張ってきてバルフレアはの緊張を解すように軽い口調で言った。
その言葉にはヴァンを見る。
階段の下にいるヴァンはすでに事切れた帝国兵をジッと見下ろし「うひゃー」とふざけたように声を上げていた。
対者が確定していることが多い空賊バルフレアとフランと違い、ヴァンのような孤児は戦時の争いに多く巻き込まれてきた。
誰が敵で誰が味方かもわからない。
とにかく目の前の奴らを片っ端から殺していく。
いつどこから自分に向かって矢が飛び剣が振られるか分からない。
必死に逃げても気づけば隣に居た人は居なくなっていたり殺されていたり・・・。
家族や友人などを連れて逃げ回る市民、特に孤児はそんな経験者の塊だった。
にはカケラもない。
これからもこんな光景の戦いを見続けることになるのだ。
今ここで恐怖に負けたらこの先なにも進めなくなってしまう。
しっかりしなくては。
「大丈夫・・・大丈夫です・・・」
落ち着いてゆっくりとそう答えるとバルフレアは口の端を上げ、の頭を撫でた。
そして頬へ流れた涙を手で拭い取る。
「頑張ったな」
そして両手で強く握り締めた魔石を見つめそう言うとバルフレアは階段を下りていった。
緊張が解れたも階段を下り、死んだ帝国兵から少しでも多く距離を取りその場から離れる。
「大丈夫?」
が広い水路に居るバルフレアに追いついた時、ヴァンは女性にそう声を掛け、バルフレアとフランは互いに何か語るように目を合わせていた。
「ありがとう」
背に声をかけられ女性は振り返りヴァンに礼を言う。
その姿を見ていたバルフレアはため息を漏らし踵を返した。
「ぁ・・・オレはヴァン。バルフレアとフランは―――って、おい!」
そう言いつつヴァンが後ろを振り返るとバルフレアはすでに次の通路へ向かい歩きはじめていた。
ヴァンに呼び止められバルフレアが少し面倒くさそうに足を止める。
だがヴァンの方へ振り返ろうともしない。
「お前は?」
「―――アマリア」
名を聞くヴァンに女性は一瞬考えるような表情を見せてから答えた。
本当はアーシェだけどね。
心の中でが呟く。
「んー・・・アマリアか。よろしくな」
挨拶をするヴァンにアマリアはゆっくり背を向けた。
「他には―――」
そこで言葉を止め自分以外に人が居なかったか聞くが、その問いかけにフランが首を振ることで答えた。
その様子を背中で感じ取りアマリアは落胆の表情を浮かばせ目を伏せる。
そして重いため息。
アジトに戻る前に一度どこかで合流するはずだったのだろう。
だが誰も来なかった。
それは帝国兵により捕らえられたか・・・もしくは殺されたか・・・。
仲間のことで悲嘆の表情を浮かべる様を彼女の背で感じは胸が締め付けられる。
敵であろうが、仲間だろうが。死を感じるとやはり悲しい。
彼女も今自分と同じように考えているのだろうか。
何かしたい、でも何が出来るか分からない。出来ないことが多すぎて、その中に埋もれた出来ることが見つからない。
やりたいことはいっぱいあるのに・・・。
そう。さっきみたいに帝国兵に襲われても自分は何もできなかった。
あんな風に自分が直接襲われた時、今の自分には助けを求めることしかできない。
アーシェも私も今同じこと考えてる。
自分にもっと力があればいいのに―――。
ボーっとそんなことを考えていると急に手が暖かく感じた。
「あれ?」
ほんのり周辺が明るくなりヴァンが驚いての手を見る。
が強く握っていた両手を開くと魔石が橙色に強く光っていた。
それはラバナスタ王宮でヴァンと一緒に魔石を見つけた時の輝きと同じだった。
先ほどまでうんざりしていたバルフレアが魔石を見て目の色を変える。
「ほお。―――こいつはまた」
「オレが見つけたんだから オレのだ」
「そいつは議論の余地があるがな」
そのの手にある輝きにアマリアは目を細めヴァンとに詰め寄る。
「盗んだのね?!」
すみません。本当は貴方の物なのに・・・。
心の中では謝ったが、アマリアの言葉にヴァンは逆に得意げに「おう!」と返事をした。
その返答にアマリアは軽くため息をつく。
「いつまでここに?連絡が途絶えれば、探しに来るわ」
「だな」
「お前も一緒に来いよ。ひとりよりはいいだろ」
ヴァンはアマリアに気軽に声をかけたが、魔石を盗みそれを悪びれるどころか得意げに主張し、しかも人を「お前」呼ばわりする。
「―――わかった」
ヴァンの礼儀の無さにアマリアは冷たく返事をするとサクサクと歩き始めた。
なぜ冷たい態度をするのか分かっていないヴァンはアマリアの背を見ながら「機嫌悪いな」と呟いた。
鈍感と無作法にバルフレアはため息をつく。
「盗みの前に、覚えとくことがあるんじゃないか?」
「なんだよ それ」
礼儀を知る男ならヴァンのような無作法、女性に向かってできる者などいないはず。
女性に対する礼儀を身に付けろと言外に言ったつもりだが、鈍感なヴァンは気付くはずも無かった。
「そちらが盗賊だとしても・・・・・・この状況ではひとりでも多くの力が必要でしょうね。はぐれた同士たちと合流するまで同行します。」
「つまり、こっちの指図は受けたくないし、自分の身は自分で守るってわけだ。勇ましいねえ・・・反乱軍ってのは。」
「解放軍です。・・・さ、行きましょう。」
反乱軍と指したバルフレアにアマリアは解放軍だと強く主張し、先頭きって歩き出した。
「おいおい。道分かるのか?」
バルフレアが声を掛けるがアマリアからの返事は無かった。
「やれやれ」といったようにバルフレアはため息をつき、アマリアについてくるように皆歩き出した。
「やっぱりな。さっき歩いた所だ」
壁をトントンと叩いてバルフレアは残りのメンバーを見渡した。
アマリアと会うまではおおよそ一つの道だったのだが、彼女と一緒に歩き始めてからの道は網目状に広がり、迷いかけていた。
分岐点がある度に右へ行くだの左へ行くだと主張しあい、どこから来たのか、どこへ行くのか分からなくなってきていたのだ。
「うーん・・・」
眉をひそめうんうん唸るヴァン。
彼は特にアマリアと行く道の選択で口論していた。
どちらもガラムサイズ水路には詳しいのだと言い切ってゆずらず、そしてどちらの選択にしたがっても結局は同じ道にもどってきてしまっていたのだ。
もプレイ時、なんども地図と見比べて進んだ覚えがある。
だがそれもプレイ最初の頃で何度も走り回れば地図を見なくともおおよそは分かる。
画面で見るのと、肉眼でこの場に立っているのとで視界が違い、ちょっと分からなくなったが、大人しく皆と一緒にあちこち歩き回っているうちに地図上の現在地点が分かってきたのだ。
ここから出口までもうすぐだ。
「あの・・・」
じゃあ次はどう道を進むか皆が悩んでいる時、は遠慮がちに手を上げた。
「どうした?」
「一度私が前を歩いてもいいですか?」
「が?」
の言葉にフランが聞いた。
は頷くと、何の迷いも無く一つの道を選んで歩き始めた。
バルフレアとフランは互いに顔を見合わせてからの後を追った。
ヴァンもアマリアもそれに続く。
「あ!ここオレ知ってる!」
途中幽霊のような魔物が現れ、今度はさすがに我慢できないが悲鳴を上げてバルフレアにしがみつき一時は騒然となったが、の誘導でヴァンがいつも戦いの練習に使っていた広い空間が見えてきた。
見覚えのある光景が見えヴァンは駆け出す。
「なるほどな。孤児だからこの水路は庭同然か・・・」
また孤児を引っ張り出してきてバルフレアはに問うように声を掛けた。
「だがあんなに怖いと騒ぐ魔物がわんさかいるあの水路を歩き回ってたとも思えねぇな。」
どこかしら探りを入れるように言うバルフレアの言葉と視線には困ったように顔を反らした。
その直後ヴァンが切羽詰ったように皆を呼ぶ声が聞こえる。
遠目で見れば魔物が現れていた。
しかも大物!
「安全な場所へ隠れてろ」
一言バルフレアに言われ頷くとを残し全員ヴァンの方へと駆け出した。
炎に包まれた馬姿の魔物と戦い始めた彼らを見守っていると、階段上の通路に箱が置いてあったことを思い出した。
広範囲に歩き回り戦うような無駄な体力彼らは使わない。
だから終始気付かないだろう。
は邪魔にならないように慎重に進みながら階段を駆け上がった。
そして通路に目的の箱を見つけると中身を取り出し、それぞれ名を呼んで投げ渡した。
これで少しは戦いやすくなったかもしれない。
戦う彼らの姿を見て少し安心したは次の状況を思い出して慌てて手に持っていた魔石を分からないよう服の中へ隠した。
そしてその場から移動しようとした時、チクリと何か尖ったものが背に当たり後ろを振り返った。
「動くな!」
目に飛び込んできたのはいつの間に集まったのか?!と驚くくらい沢山の帝国兵、そしてヴェインの姿だった。
ようやく戦闘を終えた彼らにも帝国兵が取り囲まれる。
「・・・」
心配そうに呟くヴァンの視線の先には、帝国兵に取り囲まれ不安な表情をするだった。
そのの後ろからヴェインが姿を現す。
「やめておきな」
ヴェインが現れアマリアは怒りをあらわにするが、アマリアの剣を持つ手を掴みバルフレアが制止する。
そして左側へと視線を振る。
アマリアも気付き左へ顔を向けるとガラムサイズの出口から大勢の兵士が駆け込み、これまた4人を取り囲む。
「くっ」と呻きアマリアは再度ヴェインを睨みあげた。
ヴェインもまたアマリアの視線に気付きアマリアを見つめる。
そして視線を隣にいるに変えると、手を伸ばしなぜか彼女の髪に触れた。
真っ直ぐで胸元まで伸びるその髪を・・・。
いきなり髪を触られは驚く。
避けようと身を引こうとしたが取り囲む帝国兵に阻まれた。
弄るようにしばらくの髪に触れたあと、今度は身につけている衣服を舐めるように見る。
上から下へ。そして下からまた上へ。
そうして一通りを見たあと彼女の顔を一度見て、そしてその場を離れていった。
一体なに? なんなの?!
予想外のヴェインの行動には戸惑った。
本来ならこんな動きはしない。アマリアと目を合わせたらすぐに去ったはずだ。
なぜあんな行動を?!
違和感を感じるも、原因はわからない。
胸にふつふつと湧き上がる焦燥を抱えながらは皆と一緒にダウンタウンまで引っ張っていかれた。
「その呼び方 やめて」
再びお前と呼んだヴァンにとげのある言い方をしてアマリアだけ帝国兵へ連れて行かれた。
そしてアマリアが連行される時、一緒に行くはずのヴェインがまた予想外の行動に出たのだ。
アマリアが帝国兵に連行される時、ヴェインは一度ヴァンを見ていた。
ヴァンもヴェインを睨み返し・・・本来そこでヴェインはその場を去るはずだった。
なのに再び視線をに向けるとまた近づいてきて・・・。
彼の予想外ばかりの行動には怖くなり後退ってバルフレアの背に隠れた。
バルフレアもがヴェインに近づかれるのを嫌がっているのを感じ、隠れてきたのをそのままにしてやり、また近づいてきたヴェインに対し、少し阻むようにバルフレアは二人の間に立った。
だがヴェインはバルフレアを押しどけるように払い、隠れる場所が無くなったの顎を掴み自分の方を向かせるとその瞳を覗き込んだ。
なにがなんだか分からず、ただ恐怖を感じる。
の瞳を見つめたヴェインは無表情から何か確信めいた余裕の表情へとわずかに変えた。
そして―――
「君はここの人間ではないな」
そうに向かって言うとヴェインはその場を離れ去っていった。
ここ・・・てどういう意味?
「ラバナスタの人間ではないな」?
「イヴァリースの人間ではないな」?
「この世界の人間ではないな」?
彼の言葉はどれを指しているのか分からずは恐怖を感じその場にしゃがみこんだ。
“貴方のEDを迎えるその時まで貴方は自分の正体を明かさないこと”
“万が一、一つでも条件を守れなければ貴方は罰を負い償わなければなりません”
頭の中に浮かんだ条件がずっとループし続ける。
この時初めて、すごくすごく嫌な予感がした。
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