ウルタン・エンサの海を越え一行はレイスウォール王墓へと辿り着く。
死者の谷にひっそりと造られたレイスウォール王墓は見る者を圧倒させるほど神々しい姿で彼らを待ち構えていた。
「代々の王のみに許された場所ですから、証を持たない者が立ち入れば―――」
「生きて帰れる保証はなし。墓守の怪物やら悪趣味な罠やら―――そんなところか」
「その先に眠っているのです。「暁の断片」も、覇王の財宝も」
「話がうますぎると思ったよ」
アーシェが語る言葉にバルフレアはそう言って一人ため息をついた。
長く壮大な階段をゆっくりと上ると、淡い黄色の光を燈す何かの装置が視界に入った。
床に刻まれている円陣がゆっくりと点滅を繰り返すその様は人の呼吸に似ていて、まるで昨日までこの装置が使われていたような感覚を与える。
それ以外にはここに何もない。
「入り口はどこにあるのかしら?」
発想として扉をイメージして探していたアーシェは、扉が見当たらないことに首をかしげた。
そのアーシェの横をすり抜けバルフレアとフランは涼しい顔をして淡い光を放つ装置へと足を進めた。
2人が床に刻まれた円陣内に足を踏み入れた途端、ブワンッと少し機械的な音が響いて円陣を映し出す光が強まった。
「わっ! なんだそれ?!」
予想もしなかった動きにヴァンが驚き身構える。
「中に入るんだろう? こっちだ」
右手の肘から先を、外側から内側へ半円描くように一度だけ動かし側へ招くバルフレアの動作に全員がぞろぞろと装置を取り囲むように円になる。
「はみ出てるヤツは置いていかれるぞ」
そう一言バルフレアが声をかけると、それを合図にフランが装置の真ん中で回転する円盤に触れた。
その瞬間床に刻まれていた円陣から光の線が下から上へと舞い上がり、その光景に皆が驚いている間に、周辺の景色が一瞬にして切り替わった。
「え?」
あっと驚いて見渡すのは先程とは全く違う場所だった。
全員が取り囲んでいる装置も円陣の形もさっきと全く同じもの。
しかし空から降り注ぐ光を一切遮断したこの空間は見るからにレイスウォール王墓の内部だと理解できる。
「なあ、今のって、どういうしかけなんだ?」
「古代の遺跡にはよくある装置さ。ふれると、どこかへ運ばれる。原理はわからんが便利だ。空賊にとっては、それで充分だろ」
触れるとどこかに運ばれる。
それが先ほどの王墓の入り口にある装置と今目の前に立つ装置が地理や方位としてどのくらい飛ばされているのか全く分からない。
「これまでも、これと同じ装置は何度も見ているんですか?」
バルフレアの言葉から浮かんだ素朴な疑問をが言葉にすると、彼は「ああ」とだけ返答した。
バルフレアとフランはすぐに歩き出し、先に進んでいたアーシェ、ウォースラ、バッシュと合流した。
アーシェ達は近くにあったもう一つの装置の側に立っていた。
入り口からこの空間を繋ぐ、さっき使用した装置の数m先にある全く同じもう一つの装置。
きっと同じように別の空間へ移動できると推測できるが、アーシェが床に刻まれた円陣の中に足を踏み入れても何の反応も示さなかった。
よく見るとさきほど使った装置が放つ淡い黄色とは違い、淡い青色の光を放っていた。
「貴方と同じように近づいてみたんだけど何も反応が無いわ。何か特別な手順でもあるの?」
「いや、遺跡ならよくあることさ。わざと遠回りをさせて罠をゴロゴロ仕掛ける。すんなり財宝には行き着かせたくない墓の主のこだわりだろ。 一方通行か、もしくは別の場所で装置の解除をしないと動かないって寸法さ」
空賊というだけあって、皆が不思議に思う物も彼等にとっては見慣れた物。
下調べもなにもなく初めて足を踏み入れる王墓だというのに、自分の庭を歩き回るように平気な顔をするバルフレアの姿をウォースラは終始、視線の端に捉えていた。
「とにかく進める道から行くしかないだろ」
そう言いつつバルフレアが向けた先は、両側に炎を灯らせた長い橋。
橋の先は行き止まりで、そこに大きな扉がある。
その扉に向かって皆が歩き始める中、だけは足を進めることを少し躊躇していた。
「どうしたの?」
「う、ううん。なんでもない」
すぐに察したフランが振り返り聞いてくれるが、どうとも返答しようがない。
この先に何が待ち受けているのか知っているだけに、歩くのが怖いのだ。
「何してる。置いてくぞ」
先頭を歩くバルフレアまで足を止めて振り返ると、自然と全員の足も止まり皆を見る。
「な、なんでもないよ。大丈夫。すぐ行く」
とりあえず先にそう返答してから歩き出した。
怖いから出来るだけ一番後ろは歩きたくなかった。
だから最後尾を歩くヴァンとパンネロを早足で追い越して、真ん中の位置で歩くフランの隣まで行く。
フランの隣が一番安全な感じがして安心する。
そうして皆が細長い橋を歩き始め、中ほどまで進んだ所で背後からゴゴゴ・・・と地鳴りのような音が強く響いた。
全員が自然と音がした後方へと振り返る。
その視線の先には彫刻のように浮き彫りで彫られ、静かに佇んでいたものがギシギシと音を立てて動き出していた。
胸の位置で腕を交わして両手に持っていた釜状のするどい刃を振り上げ、床を突き刺す鋭い爪状のものが幾つもガシャガシャとせわしない音を立てて行き成りこちらへと襲いかかってきた。
「なんだ?なんだっ?なんだッ?!」
遺跡というものに初めて足を踏み入れるヴァンはただの飾りと思っていた彫像が突然動き出し襲ってきたことにただただ驚き慌てていた。
同じようにアーシェやウォースラ、バッシュも何事かと驚きを隠せず、武器を手にするかどうするか迷っているようだった。
逆に手馴れたバルフレアとフランは仕掛けの一つと見抜き、すぐさま武器を手に戦う体勢に入っている。
一方はあらかじめ知っていたため驚きは無かったものの、実際目の前で動き始めこちらへと襲ってくる恐怖に悲鳴を上げそうになっていた。
口の端をペロリと舐めて、早速動き出した仕掛けをどう処理しようかと銃を向けるバルフレアの腕を、は構わず掴んで引っ張った。
「お、おいっ」
「いいからっ、いいからもう行きましょうっ!戦う必要なんてないですよっ!皆も早くっ!!」
怖気づきながら逃げるようにはバルフレアの腕を掴んだまま橋の先にある扉に向かって走る。
女の腕を振り解けないワケがないが、バルフレアは特に反対することもなく引っ張られるままに足を進めた。
バルフレアのその態度に他の者も背後から襲ってくるデモンズウォールに背中を向けてを先頭に全員が扉をくぐった。
そう、迫られた時以外むやみに戦う必要なんてないと思う。
だって―――
扉をくぐって進んだ先の空間は真っ暗だった。
扉を閉め、背後から襲ってきていたデモンズウォールが扉を越えて襲ってこないことを確認して全員が小さく安堵のため息をつく。
そう、その直後、暗闇の先に赤い光が二つギラリと光ったのを全員見逃さなかった。
原理の分からない仕組みで自動的に灯りが順に灯され、開けた視界は先ほどと全く同じ部屋だった。
そして同じ橋の先に見えたのは・・・
迫られた時以外むやみに戦う必要なんてないと思う。
だって―――、逃げた扉の先に同じ敵が待ち構えているんだから―――!
「げ!こっちにもいる!」
再び驚いたヴァンが先ほどが取ったのと同じように、入ってきたばかりの扉をまた開けようとして慌ててが止めに入った。
「それはだめっ」
「なんでだよ?」
「・・・開けた先になにが待ってると思う?」
質問を質問で返しヴァン自身で考えさせて、ヴァンは苦い表情をした。
そう、入ってきたばかりの扉を開けたら最初に襲ってきた敵が待ち構えている。
左右対称の内部構造を持つレイスウォール王墓内を歩く現在、敵に両側を挟まれている状態。
最初、攻壁の間にいた敵は戦わなくてもいいが、扉をくぐり今自分達が居る守壁の間で待ち構えている敵は倒さなければ先へは進めない。
それは気付いたヴァンだけでなく、その場の全員が言葉にしなくとも理解した。
「どのみち倒さないと道は開けない、だろ?」
そんなことだろうと思ったがな。
そう付け加えて再度銃を構えるとバルフレアはフランと共にデモンズウォールへと挑みに走った。
その姿に負けじとヴァンも片手剣を手にして走り出す。
パンネロはタイミングを逃して扉の前に残り、アーシェと彼女を護衛するウォースラは未だ行動の方向性を決めかねていた。
共にアーシェを護衛するバッシュは逆にバルフレア達なら手を貸す必要は無いと見て、優に腕を組み、橋の真ん中で行われている戦いを眺めている。
バッシュの推測通り戦いは程なくしてデモンズウォールの動きが完全に停止したことで勝敗が決まり、ヴァンの大きな呼び声で扉の前で留まった残りの者達がようやく歩みを進めた。
「なんと壮大な―――」
2体目のデモンズウォールが待ち構えていた守壁の間の奥にあった扉を開くと、そこは巨大な空間が開けていた。
大通廊と呼ばれるその空間は左右に分かれた斜度のキツイ階段が幾重にも連なっていた。
一番下の階まで驚くほどの高さがあり、底がうっすらとしか見えない。
まだほんの少ししか進んでいないというのに、計り知れない建築技術と構築にウォースラは感嘆のため息をもらした。
「あのような墓荒らしの同行は、認めたくないものです」
身に沁みる王家の神聖さに感動すら覚えるのと同時に、平然とした面で土足で入る空賊バルフレアの姿をウォースラはアーシェに訴えながら横目で睨んだ。
ウォースラが視線を向けていることに気付いていないのか、知らぬフリをしているのか、バルフレアはフランと共に見下ろせるだけ眺め、次に進むルートを話し合っていた。
「けれど私たちだけでは明らかに無力、それが現実でしょう? あの人は自分の利益だけを考えているわ。利益を約束できれば裏切らないはずよ」
「しかし殿下、自分は―――」
「話は後で。今はまず「暁の断片」を手に入れないと」
ウォースラの言葉を遮りアーシェは会話を止め歩みを進めた。
何か伝えようとしていたウォースラは硬く目を閉じる。
「眠っているわ、地下の奥深くで」
「おわかりになるのですか?」
「―――呼ばれている気がするの」
少し振り返りそう答えたアーシェは広く長い階段を下りていった。
階段を下りた先にある広い踊り場には入り口と同じ装置が3つ佇んでいた。
バルフレアに頼み調べてもらったが、彼はアーシェへと振り返ると軽く首を横に振った。
「3つあるうちの2つは使用不可だ。残りの1つは使えるが、恐らく最初の部屋に戻る」
「移動先が分かるの?」
「ああ、仕組みは分からないが色で対になっているのはどの遺跡でもよくあることさ」
一番手前に置かれている装置は淡い青色の光を放ち、それは最初移動した先でアーシェが動かないと訴えた装置と同じ色だった。
この装置を作動すれば一番最初に入った部屋に戻ってしまうと言うバルフレアの言葉に、地道に歩いていくしかないとアーシェは左右に分かれた階段を交互に見た。
どちらに進むべきか。
一瞬アーシェは迷いバルフレアを見たが、彼は「好きな方を選べ」とでも言うように肩をすくめ発言を避けた。
少しの沈黙が流れた後、アーシェは右の階段を選び折り始めた。
「少しここで休憩しましょう?」
斜度がキツイ、急な階段。
おおよそ一本道なのに複雑に入り乱れる王墓の長い通路。
敵を倒しつつ一つの道をグルグルと回るように歩き回った先が行き止まりであることにアーシェは深いため息と共に皆に提案した。
行き止まりだから元の大通廊へ戻ろうとした矢先、行き止まりの部屋にあった北翼の台座にが不用意に触ったことで突然現れたレイスの数に少々苦戦を強いられ疲れたのだ。
長年人の入りが無かったこの王墓は空気の循環すらなく、カビた臭いに息が詰まりそうになる。
「視界の悪いこの場所で休息するのは止めておいたほうがいい」
その場で腰を下ろそうとする者を止めてバルフレアは側にあった装置に近づいた。
ブワンッと機械的な音と共に円陣の光が強まったのは使用可能だという証拠。
「休むなら安全な場所まで戻ることを俺はお勧めするね」
その一言に再び大通廊の踊り場まで戻り、それから休息の時間が取られた。
「そこで何をしている?」
突然背後から声がかけられた。
声で正体は分かっていたが、気配も無く突然現れたことに驚いたとバルフレアが後ろを振り返ると、そこにはこちらを見下ろすウォースラの姿があった。
「見て分からないか? 本を読んでるんだ」
の代わりにバルフレアが少しそっけない態度で平然と答える。
「読書の邪魔をしてほしくないんだが?」
何か用か?と生意気に言うバルフレアを少し睨み付けた。
「殿下がお前を呼んでいる」
「へぇ。王女様が空賊の俺に何の用かな」
わざと大袈裟にそう表現するとバルフレアは立ち上がり「すぐ戻る」との肩をトンと叩いて自ら読んでいた厚い本を手渡し、長い階段を上がっていった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
その場に残ったのはとウォースラの2人だけ。
アーシェの疲労の度合いをみて、少し長めの休憩時間が用意されたためは再びバルフレアに読み書きを教わっていた。
誰にも悟られないように、と大通廊の長い階段の一番下の段に互いに腰掛け前日の続きをしていた。
紙とペンを渡され、バルフレアから借りた本に書かれた文章の中から一つ一つの単語を書き出していく作業。
そしてその傍らでバルフレアは目を通し終わっていない最新艇の仕様書を黙々と読む。
それぞれ行う作業は別でも、互いの目的を有効に利用した貴重な時間。
だが突然声をかけてきたウォースラにその時間を止められた。
バルフレアはアーシェの所へ行き、共にウォースラもこの場から去ると思われたが彼はなぜか留まり変わらず厳しい視線でを見下ろす。
が腰掛けている段より数段高い場所で立つウォースラは普段より威圧が感じられる。
前回のこともあり、どう反応していいのか分からないは、ウォースラはこの場に居ないものとし、目線を虚空から本へと移動して再び持ちなれないペンを動かした。
「―――汚い字だな」
あまりの酷さに、幼児が書く字だ、とウォースラは率直な意見を口にした。
だがウォースラに恐れを抱くにとっては鋭い刃のように胸に突き刺さる。
何よ!と言い返したい気持ちが湧いたが、そんな勇気もなく、ギュッとペンを強く握り締めることで耐え、は再びつたないペンで単語を書き出していった。
―――信じられないというのなら自分の目で見るといい。疑いの目ではなく真実の目で。
バッシュの言葉が再びウォースラの脳内で響く。
何度も繰り返すその言葉を聞きながらウォースラはを眺めた。
書き出す文字の汚さだけで分かる。
この女、字が書けないな。
しかも書き出す字の単語がめちゃくちゃなことから文字が読めないこともすぐに分かった。
そう理解した所でザッと胸に不可解な疑問がよぎった。
字を書けずしてどうやって国に報告している?
アーシェの動きを探るため帝国から送られたスパイだと決め付けていたウォースラの考えが、文字を書くの姿で一気に揺らぎ始めた。
己の持ち合わせている知識から文字を使用せずに国に報告する策を思案してみたが、が現在身を置く環境から推測する限りでは無理に近いと気付いた。
人との接触による口伝での報告だとしても、バッシュから聞いたの行動ではやはり無理がある。
ならば一体どうやって・・・どうやって・・・?
「お前に聞きたいことがある」
浮かんだ疑問は口を伝って言葉となり、ウォースラは残り数段の階段を下りるとの前面へと回って正面からを見た。
「なぜ俺に騎士団の結束を説いたりした?」
「・・・・・・」
「答えろ」
突然の質問には、手を止めてウォースラを見上げた。
だがが口にしたのはウォースラが求めていた答えではなく―――
「・・・生意気なこと言ってすみませんでした」
頭を少し下げて発したのは謝罪の言葉だった。
「そんな言葉が聞きたいわけじゃない。 聞きたいのは、その理由だ。生意気だろうが何だろうが構わん。なぜ俺に対し言う気になったのか知りたいと言ってるんだ」
「・・・なぜ、と言われても・・・」
返答に迷う。
あの時はただ、歴史から反れないようにと思いすぎたために必要のない発言をしてしまったのだ。
今思い返せば、別にあの時自分が言っても言わなくても結果は変わらなかったはずだ。
どの道ウォースラはバッシュに騎士団の剣を渡しただろうし、バッシュは籠の鳥には慣れたと言ってその場から去っただろう。
それなのに、なぜ自分はあの時・・・
突きつけられたウォースラの疑問に、も同時にどうしてだろう?と思った。
「すみません。・・・自分でも理由が分かりません」
再び向けられた謝罪にウォースラは呆れたようにため息をついた。
動機もないのに、よくも生意気な口が利けるものだ。
呆れると同時に度胸の良さに妙な関心も覚えたりする。
「なら、戦艦リヴァイアサンの構造はどこで知った?」
切り替えた質問には複雑な表情を浮かべた。
それをウォースラが見逃すはずもない。
その表情を図星なのだと感じ取ったが、バッシュの言葉が再び流れ、ウォースラは浮かんだ感情を消した。
「以前も乗ったことがあるのか?」
「いいえ」
「あの時が初めての搭乗だというのか?」
「はい」
「なら地図を見たのか?」
「いいえ」
「誰かの報告を受けたことは?」
「いいえ」
「・・・・・・」
ウォースラの顔ではなく、彼の足元を見て答えるの簡潔すぎる返答にウォースラは再びため息をついた。
「お前がリヴァイアサンの内部構造を知っているという点で俺はお前を敵だと思った。だが乗ったこともない、見たこともない、報告も受けてない。だが内部の構造は知っている。・・・そんな理屈が通ると思うのか?」
「・・・・・・」
「お前への疑問を取り除こうと思えば思うほど深みにハマっていくな・・・」
「・・・すみません」
「謝罪はいらんと言ってるだろ。謝罪する気があるのなら、言い訳の一つでも言ってみろ」
ウォースラが真実を知りたがっているのは痛いほどの胸に伝わる。
だが上手く説明する術をは持ち合わせていなかった。
「ちゃんと話せなくてすみません。・・・私もどう説明していいのか分からないんです」
「命令された部分があるということか」
の返答で推測したウォースラの言葉に、は少し躊躇したのち首を横に振った。
「命令されたわけでもないと言いたいのか? お前は帝国のスパイではないのか?」
「私は敵ではありません」
再び問い詰めた言葉に、今度はウォースラの顔を見てきっぱりとが否定した。
脅しを含めて詰問した先日とは間逆の態度。
涙を浮かべ、震える唇でなんとか「違う」と言おうと必死になっていたあの面影など一切ない。
帝国という位置づけではなく、敵そのものではないと根本からは否定した。
先ほどまでとは180度も違う確固たる態度にウォースラが内心驚く。
「敵ではないと言い張るんだな?」
「それだけは、絶対に」
「何に誓ってそう言える?」
言葉の真意をウォースラは秤にかけようとした。
何かに誓わせるのは非常に重い行為。
剣にか? 主にか? 国にか? それとも己の命にか?
はウォースラの真意が分からずしばし戸惑う表情を見せたが・・・
「私はずっと皆と一緒に居たいです。 だから、裏切ったりはしません」
何かに誓うまでもなく、決して裏切ったりなどしない。
その言葉にウォースラはグッと眉を歪めた。
「もし・・・もし、裏切られたと思われても、疑われても、再び信じてもらえるよう、ただひたすら頑張るだけです」
今のウォースラにとって耳の痛い言葉をは真っ直ぐにぶつけてきた。
「そうか。・・・分かった」
苦い表情を浮かべ、ウォースラは呟くようにそれだけ言うと階段を上がり始めた。
「あっ」
何か言いたげにが小さく声を上げたが、ウォースラはそれを無視して階段を上がって行ってしまった。
引き止めようかとも思ったが、上手く伝える言葉が見つからず、は伸ばしかけた手を引っ込めた。
ウォースラが同行しているのも、あとわずか。
敵だと罵られ、脅しをいれられた時は恐怖におののいたが・・・
「ちゃんと会話ができてよかった・・・」
ウォースラが質問するばかりで自分は充分答えることができない一方通行のような会話だったが
それでも、きっと2人だけで会話をするなんて今回が最後だと思うから
だから
最後に、少しでも普通の会話ができて良かった―――
一つの思い出が作れたように少しだけ嬉しくなり、同時に彼のことを克明に記憶に刻んでおこうと思った。
「いいえ、財宝とはこの召喚獣そのものでしょう」
「なんだと?」
ミストの霧がたちこめる火炎の回廊にて魔人ベリアスを、レイスウォール王の財宝を守る守護神だと思っていたバルフレアはアーシェの言葉に目を疑った。
「私たちが手に入れた魔人の力には、計り知れない価値があります」
「おいおい―――オレとしては、もうちょいわかりやすい財宝を期待してたんだがね」
望んだ財宝が、金に換金できるレベルの話ではないことにバルフレアは騙されたというカンジで呆れたため息をついた。
「約束どおり、これを貴方に―――」
アーシェはベリアスを封じている石の紋章をバルフレアに差し出した。
自分を攫い同行する報酬としてレイスウォール王の財宝を提示したのはアーシェ自身。
だから律儀に王の財宝である魔人ベリアスを差し出す。
だがバルフレアは口の端を上げながらも首を振って断った。
「財宝ってのは案外持ち主を選ぶらしくてな。ソレの持ち主はあんただ、王女様」
「でも―――」
「俺には荷が勝ちすぎる。 俺に見合う財宝が見つかったらその時は遠慮なく頂いていくさ」
レイスウォール王が従えた召喚獣。
その血が流れるアーシェ以外にそれを手にする価値のある者などここには居ない。
言外にそう伝えてバルフレアは会話を纏めると、先に進むよう促した。
魔人ベリアスが最初に立っていた場所の後ろにある大きな扉を開くと再び下へと続く長い階段があった。
そこを降りきると、目の前には暁天の間が見えた。
広い空間に幅の広い階段が数段設けられその先に神々しく光り輝く物があった。
暁の断片。
その姿に皆、言葉を無くして見つめていた。
だがウォースラだけ、皆と違い見つめる表情は複雑なものだった。
「どうした」
気付いたバッシュに声を掛けられウォースラは我に返り、己を戒めるように一度目を瞑った。
「殿下、急ぎましょう」
暁の断片を見つめていたアーシェは背を押すようにウォースラに声を掛けられ、頷き、ゆっくりと歩みを進めた。
アーシェが暁の断片に近づくのに比例して輝きが強まっていく。
手を伸ばせば届く距離まで歩み寄ったアーシェは目の前に現れた光景にハッと驚いた。
幻であるかのようにうっすらと・・・しかし誰なのかハッキリと分かるいでたちで・・・
「ラスラ―――」
思わず口からこぼれる亡き夫の名前。
愛しそうに呼ぶその声に誘われるかのようにヴァンは魅入ったように数歩あゆんだ。
ヴァンの目からもアーシェと同じように映る、彼女の前に佇む者の姿。
そして、そのラスラの姿はの目にも映っていた。
―――私にも見える。
ということは、アーシェやヴァンのように私も今、自分に新たな力を欲しがっているんだ。
今の自分を無力だと感じ・・・
今の自分に打ち克てる力を求めている。それに破魔石が反応してるんだ。
アーシェに向かって優しく微笑んだラスラはアーシェの横を通り階段をゆっくりと下りていく。
思わずアーシェが手を伸ばし、ラスラの腕を掴んだ。
―――はずだったが、幻の夫の足を止めることはできなかった。
「仇は必ず―――」
中指にはめた夫ラスラの指輪に触れながらアーシェは固く決意を決めて暁天の間をゆっくりと去っていく夫の後ろ姿を眺めた。
幻が去っていくその動きにあわせて、ヴァンの視線の先も動く。
ヴァンも自分と同じようにラスラを見ていると気付いたアーシェは思わず去って行ったラスラからヴァンへと視線を移した。
何か夢でも見ていたかのように、少し驚きを表すヴァンの表情にアーシェは少し親近感にとらわれた。
それと同時に左手の感覚に違和感を覚え、視線を移すといつの間にかアーシェの左手には暁の断片が握られていた。
あの時―――おそらく、引き止めようと手を伸ばして触れた時、夫ラスラが渡してくれたんだろう。
そんな感情が生まれアーシェは暁の断片を握る左手の中指にはめた指輪を再び愛しそうに眺めた。
未だ過去に縛られているアーシェの姿を、バルフレアはジッと眺めていた。
「戻りましょう、殿下」
沈黙を破るように発したウォースラの言葉に、全員が暁天の間にある装置で一気に出口へと移動した。
「ヤクト区域をなぜ飛行できる?!」
レイスウォール王墓から出てきたバルフレアは空を見上げ憎々しげにそう吐き捨てた。
バルフレアが見上げる先には帝国の艦隊が空を埋め尽くしていた。
まるで自分達がレイスウォール王墓から出てくるのを手ぐすね引いて待っていたかのように―――
戦艦リヴァイアサンではジャッジマスター・ギースが待ち構えていた。
「再びお目通りがかなって光栄ですな、殿下。先日は実にあわただしく、ご退艦なさったので―――我々に無礼があったのではないかと心を痛めておりました」
「痛む心があるというの―――本題に入りなさい」
侮蔑を込めたギースの言葉にアーシェはグッと睨んだ。
「破魔石を引き渡していただきたい」
優越に笑んで発したギースの要求に初めて聞く「破魔石」という言葉にアーシェは戸惑いを見せた。
「破魔石って―――」
ビュエルバのルース魔石鉱でラーサーが口にした言葉。
それを思い出しパンネロは思わずラーサーからもらった人造破魔石を後ろへと隠した。
「破魔石」と聞いて結びつくのはラーサーがパンネロにあげた「人造破魔石」。
この場にいる者は同じ事を考えていた。
「そのような模造品ではない。我々が求めているのは―――覇王レイスウォールの遺産である「神授の破魔石」だ。まだ話していなかったのかね―――アズラス将軍」
ギースが呼びかけたウォースラの名にアーシェは驚いた。
「殿下「暁の断片」を。あれが破魔石です」
アーシェの後ろに控えていたウォースラは静かにアーシェにそう伝えた。
ギースが求めている「破魔石」とは「暁の断片」なのだと・・・
ギースの問いかけとウォースラの言葉に、自分の知らない所で取引がされていたのだとアーシェは驚愕した。
「なぜだウォースラ!」
「帝国は戦って勝てる相手ではないっ!ダルマスカを救いたければ現実を見ろ!」
アーシェと同じく驚きを隠せないバッシュがウォースラを問い詰めたが、返ってきたウォースラの苦い表情にバッシュは悔しそうに眉を歪めた。
経緯は分からないが、裏切りとも取れるウォースラの言動が国を思うがゆえであることをバッシュは理解した。
だからこそ、その結果がこの状態であることを悔やんだ。
「アズラス将軍は、賢明な取り引きを選んだのですよ。わが国は「暁の断片」と引き換えに―――アーシェ殿下の即位と、ダルマスカ王国の復活を認めます。いかがです? たかが石ころひとつで、滅びた国がよみがえるのです」
誘惑とも取れるギースの甘い提案。
だが裏を返せば、飾られただけの女王の誕生となる。
女王とは名ばかりのヴェインの操り人形。
すぐにその姿を予測できたのか、アーシェは一様に硬い表情で頷くのを拒んだ。
「で、あんたの飼い主が面倒を見てくださるわけだ」
バルフレアも同じ未来の姿を見て皮肉を叩きつけた。
その言葉にギースはバルフレアを睨む。
「彼をダルマスカの民をお考えなさい。殿下が迷えば迷うほど、民が犠牲になる」
言葉と共に腰に下げていた剣を握り、風を切ってバルフレアの首筋へと突きつけた。
決断を下すのをためらうその間、仲間を、国の民を順に殺していく。
ギースの脅しに剣を突きつけられたバルフレアがギッと睨み返した。
「彼は最初のひとりだ」
「まわりくどい野郎だな、ええ?」
「アーシェ!」
ギースの容赦ない言葉にアーシェはゆっくりとギースとバルフレアの間へと歩み寄った。
そしてギースを睨みつけながらも暁の断片を持つ手を前へと差し出す。
アーシェの姿にギースはニヤリと笑むと剣をおさめ、アーシェの手から暁の断片を奪い取った。
自分の手から暁の断片が離れたことにアーシェは悔し紛れに息を吐いた。
一方、暁の断片を手にしたギースは欲望をたぎらせた目で暁の断片を眺める。
「王家の証が、神授の破魔石であったとは―――。ドクター・シドが血眼になるわけですな」
「今なんつった!」
ギースが言葉にした名にバルフレアは顔色を変えた。
だがギースはバルフレアの言葉に反応は示さず、変わらず暁の断片を眺める。
「アズラス将軍、ご一行をシヴァへ。数日でラバナスタへの帰還許可が下りる」
破魔石である暁の断片を眺めたまま指示を出すギースの姿をバルフレアは一瞥してから背中を向けた。
軽巡洋艦シヴァへ移された一行はウォースラを除く全員が手枷をはめられた。
最後尾をゆっくりと歩くアーシェの歩幅に合わせウォースラは隣を歩いた。
「ラバナスタに戻ったら、市民に殿下の健在を公表しましょう。あとは自分が帝国との交渉を進めます。ラーサーの線を利用できると思います。彼は話がわかるようです、信じてみましょう」
「いまさら誰を信じろというの」
足を止め、突きつけるアーシェの言葉にウォースラは一瞬眉を歪めた。
もうすでにウォースラに信頼を寄せていないアーシェの言葉に胸が苦しめられる。
ウォースラの中では、すでに覚悟していたことだ。
驚く表情、信じられないという眼差し、そして裏切られたのだと表情が強張っていく主の心の変化をウォースラは帝国と交渉を付けた時点で覚悟していた。
覚悟していたが―――実際目の前で主の哀しげな表情を見ると心が痛む。
「ダルマスカのためです」
それでも国のためだと、ウォースラは言葉を搾り出した。
どうか分かってください。
貴方の身の安全と、国の再興を考えた末の―――苦肉の策だったのです。
そう心で呟いたところで、もう目の前にいるアーシェに届くはずもない。
手枷をはめられ、ゆっくりと歩みを進めるアーシェの背中は、ウォースラの目には泣いているように映った。
その姿に胸が苦しめられると同時に、だからこそ、この交渉を必ず国の再興への道に繋げるべきだとウォースラは固く決心した。
「フラン!?」
「あ、熱い―――。ミストが―――熱い―――!」
ウォースラが固く決心をした直後、フランが何かを感じ取ったのか床にしゃがみ込み苦しみ始めた。
「おい、貴様ッ」
心配して側によるパンネロとヴァンを押しどけ帝国兵がフランを押さえつけようとするがフランへと手を伸ばした直後、彼女から強い一撃を受けて帝国兵は投げ飛ばされた。
「なっ―――取り押さえろ!」
ウォースラの指示で帝国兵が一斉に動いたが、奇声を上げたフランが暴走し始め、尋常ではない身のこなしで次々と帝国兵を倒していく。
普段と全く違うフランの様子にパンネロは不安そうに見つめた。
「どうしちゃったの!?」
「束縛されるのが嫌いなタイプでね」
自力で手枷を外しながら平然と言ってのけるバルフレアだが直後パンネロの側まで投げ倒された帝国兵と、それをやってのけるフランの姿にバルフレアもいささか驚く。
「ここまでとは知らなかったが。あんたはどうだい?」
手枷を外し、ブラウスの袖口を整えるバルフレアは隣にいたアーシェに呼びかけた。
「彼女と同じ。脱出しましょう!」
笑みを浮かべて答えたアーシェにバルフレアも笑むと、彼女の手枷を外し始めた。
手枷を外し自由になったヴァンは脱出するための艇を抑えようと一人駆け出した。
だが、その行く手を剣を構えたウォースラが立ちはだかる。
「やらせるかっ! 空賊ごときにダルマスカの未来を盗まれてたまるか!」
やっと掴んだ糸口。
やっと見えてきた国の未来。
ようやく掴んだものを、空賊にフラリと断ち切られてはなるものか。
そんな心の叫びが聞こえてくるようなウォースラの前に歩みを進めたのは戦友のバッシュだった。
脱出するのを阻止しようとするウォースラを、まるで咎めるかのようなバッシュの行動にウォースラは理解できないと唸った。
「なぜだ、バッシュ。お前なら現実が見えるだろうが」
帝国と解放軍との力量の差は歴然としている。
どうあがこうとも勝てる相手ではない。
ならばどうする?
悩みぬいて選んだ選択を共に理解してくれると信じて疑わなかったが、バッシュは共に立つのではなく、そんな選択を選んだウォースラに立ち向かった。
「だからこそ―――あがくのだ!」
最後の最後まで膝を折ったりはしない。
そう言ってるかのようなバッシュの言葉にウォースラは苦い表情を浮かべた。
そして剣を構え直し、バッシュへと挑んだ。
バッシュも答えるように剣を構え―――そして一騎討ちが始まった。
戦友として長年、互いの背中を守り戦い続けた二人は、共に互いの弱点も知り尽くしている。
そこに狙いを定めながら、同時に己の弱点を見せまいと防御するのはどちらも同じで、勝敗が難しい戦いが続く。
ガキンッ! と剣と剣がぶつかり合う音が何度も響く。
「ヴァン、今のうちに艇を押さえてきてっ」
「わかった!」
皆が固唾を飲んで見守る中、はヴァンに脱出する艇を用意するよう願った。
その間はバルフレアに肩を担がれ支えられているフランへと歩み寄る。
「フラン、大丈夫?」
心配になり顔を覗くと、フランは疲れきった表情を浮かべていた。
額に汗を浮かべ苦しんでいる姿から破魔石からの影響が増してきているのだと理解した。
時間がない。
早く脱出しないと!
そんな焦りがの中を駆け巡る。
「ヴァン!急いで!」
悠長に艇を選んでいるヴァンを急かすとはバルフレアに、すぐさまフランを移動させることを提案した。
「どうした、何をそんなに焦ってる?」
脱出を急ぐ必要はあるが、が焦っている様子にバルフレアは不思議そうに問うた。
バルフレアの質問には一瞬答えるべきか躊躇する。
だが時間がどれだけ残されているのか分からなかった。
自分が動かずとも自然とタイミングが合うのかもしれない。
だけど・・・もし、もしも流れに任せてタイミングがずれていたら?
少しでも脱出するのが遅ければ確実に全員が死ぬ。
それは絶対に回避しないといけない。
ならば確実に脱出を成功させるには?
焦る気持ちから結論はこう生まれた。
脱出は早いにこしたことはないんだ、と。
「破魔石が爆発します。早く脱出しないと巻き込まれるわ!」
覚悟を決めてが告げた真実にバルフレアは顔色を変えた。
の発言は戦うウォースラとバッシュにも聞こえ、その瞬間勝敗を決した。
言葉を聞いて驚愕したウォースラが気を緩ませ、その隙を見逃さなかったバッシュがとどめの一撃を振り下ろした。
「くっ!」
呻きを漏らしたウォースラが膝を折る。
ウォースラが敗れたことで脱出しようとヴァンとパンネロが駆け出し、バルフレアはフランの肩を担ぎヴァンが押さえた艦載艇へと歩みを進めながら立ち止まっているアーシェへと振り返った。
「アーシェ、行くぞ!」
これまでずっと変わらぬ信頼を寄せていたウォースラが破れ、最近まで裏切り者だと信じて疑わなかったバッシュが勝ったことをアーシェは複雑な表情で見つめていた。
「俺は、俺は祖国のためを―――」
声を絞り出すウォースラの様をアーシェと同様にも足を止め見つめた。
「わかっている。お前は国を思っただけだ」
「ふん。巧を焦ったのも事実さ。焦りすぎたのか―――お前が戻るのが遅すぎたのか―――」
自嘲するように呟くウォースラの中で答えはすでに分かっていた。
自分の焦りが原因だ。
このままでは国に未来がないと思ったのが運のツキだ。
国の為に―――その願いが強すぎたため、本来果たすべき役目を見失い主君であるアーシェへ剣を向けた。
盾となるべき自分が、剣になるとは・・・
裏切り者はバッシュではなく、自分だ。と、ウォースラは自嘲した。
それと同時にが自分に向かって言った言葉をなぜか思い出した。
「行こう、アーシェ」
これがウォースラの最後だと、目に焼き付けたは早く脱出するようアーシェの腕を掴んだ。
もう、この先は見ないほうがいい。
に促され、アーシェは「ええ」とだけ答えウォースラに背中を向けた。
あとはバッシュとウォースラだけの時間。
暁の断片が爆発してしまう、残りわずかの時間を二人で好きなように埋めてほしい。
は二人の会話を最後まで聞かず、途中で切り上げてバルフレアが脱出の準備をしている艦載艇へとアーシェと共に乗り込んだ。
「バッシュは?」
「すぐに来るわ」
とアーシェの表情を見て伺うように聞くヴァンに少しだけ笑みを浮かべてはそう答えた。
「あの人も、来るのかな?」
ヴァンに次いで疑問を浮かべたパンネロの言葉にアーシェは再び複雑な表情を浮かべた。
「それはないと―――思うわ」
しばしの沈黙の後、アーシェは静かにそう答えた。
国が滅んでから2年間、ずっとアーシェを支え、彼女からの信頼をずっと受けてきたウォースラ。
アーシェのためを思うがゆえに、道を外してしまった。
きっと彼自身、そんな自分を許しはしないだろう・・・
バッシュと同じように、ウォースラも堅実な騎士なのだから―――
課せられた条件どれ一つとして外すことのできない重要なことなんだと思った。
一つ。これまでプレイすることで見てきた歴史を覆す言動はとらないこと。
一つ。貴方のEDを迎えるその時まで貴方は自分の正体を明かさないこと。
一つ。貴方はI・A12の世界の人間ではありません。したがってI・A12の世界の人間のようなスキルを習得することはできません。
一つ。一つ目の条件を破ってしまう可能性がある状況に陥った場合、いかなる手段を用いてでもこれまで貴方がプレイしてきた歴史通りに戻すこと。
三つ目はまだしも、残りの条件はどれもがに重く圧し掛かる規定。
誰が決めたのか分からない“条件”とやら。
それがこの世界を守るためのものであることは分かる。
でも・・・
歴史通り、ウォースラはここで死んでしまうのに・・・それをただ見守ることしかできない事が―――苦しい。
「待たせた!」
艇の搭乗口からバッシュの声が響いた。
その声を合図に操縦席にいたバルフレアがすぐさま扉を閉めて艇を発進させる。
なんて声を掛けたらいいんだろう?
どう顔を合わせば一番バッシュを傷つけないで済むだろう?
搭乗口から歩んでくる足音が近づいてくるのを感じながらはそう悩んでいた。
「お帰り」って明るく声をかけようか。
それともしばらく何も触れずそっとしておいてあげた方がいいのかもしれない。
色々悩んでいるの耳に、息をのむアーシェの声が聞こえた。
驚きを隠せないアーシェの様子にも顔を上げてバッシュを見た。
「―――ど、・・・どうし、て」
アーシェ以上に驚きを隠すことができなかった。
手は瞬時にわななき、呼吸はせわしなく動いた。
そんなはずない。
そんなはずない。
そんなはずはないっ!
驚愕するの視界に映ったのは
バッシュではなく―――ウォースラだった。
あの時本当は残るはずだった。
もう自分はアーシェに仕えることなどできない、と。
その言葉にバッシュが頷いて、戦友を置いて去るはずだった。
本来ならば!
ならどこで歴史が違った?
なにがウォースラを思いとどまらせた?
一体なにが原因で!?
バッシュと共に艇に乗り込んだウォースラの姿が信じられずは必死に自問を繰り返した。
だがパニックに陥ったはなにも答えに結びつけることができず―――
許容範囲の混乱を超えてしまい
その場に倒れた・・・
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