を見たあの時のウォースラの視線が頭から離れない。
あの視線は明らかに敵意の色だ。
なぜあのような瞳をするんだ?
―――あれでは、まるで・・・
「レイスウォール王墓って、どのへんなんですか?」
思いにふけっていたバッシュは突然振られたパンネロの質問にハッと意識を現実に戻した。
「西の果てだな。このオグル・エンサを横断し、さらに西のナム・エンサも越えて、やっとたどりつく。ダルマスカの国土よりも広大な砂漠だ。無理をして先を急ぐと、かえって危ない。疲れたら遠慮なく言いなさい」
「平気ですよ。私、意外とたくましいんです」
「・・・・・・ああ、そうだな。きみたちは本当に強い」
西ダルマスカ砂漠から、このオグル・エンサに出るまでの道のりだけでもパンネロとヴァンの体力には驚かされる。
猛暑で体力が削り取られるだろうと予測していたが、二人ともピクニックに行くような足取りの軽さだ。
パンネロとの会話で改めてそれを感じる。
ただのお荷物の存在でいるような子達ではない。
だが、パンネロに笑みを向けながらもバッシュの脳裏にはの事で埋まっていた。
何かがおかしい。
何かが変だ。
ハッキリとした動機がバッシュには分からなかったが、なぜかのことに焦りを感じる。
以前バルフレアが言った言葉が引っかかるからか?
「ヴェインがのことを気にしている」と・・・
いや、それだけじゃないはずだ。
その言葉にも気になったが、問題はウォースラの視線だ。
一体何を考えている?!
アーシェを攫うようにしてオンドール侯爵邸から出た一行は西ダルマスカ砂漠から大砂漠オグル・エンサに入り、レイスウォール王墓を目指した。
飛空石が効かないヤクトの領域であるため徒歩で進むしかない。
ジリジリと焼け付く太陽の陽射し。
時々流れてくる風には砂海の粒子も共に飛んできて身体を激しく打ち、けっこう痛い。
暑い日差しに体力は奪われ、肌はジトジトしてくる。
初めて体験する砂漠の厳しさには座り込んでしまいたくなる。
パンネロもヴァンもアーシェも乾燥地帯出身のため、この暑さに少しも疲れを見せていない。
残るバッシュ、バルフレア、フランは常からの身体能力の高さから、前線に立ち戦闘をこなしながらサクサクと進んでいく。
その道中ではバッシュから剣を教えられていた。
移動中、朝・夕食前の休憩時間を半分使ってバッシュはに約束通り一から教えてくれる。
始めにどんなライセンスを持っているのかバッシュは確認したかったようだが、はライセンスボードすら持っていなかった。
これにはさすがのバッシュも驚きを隠せない。
「本当に何も習得していないのか」
目を見開き驚くバッシュの姿には気まずさを感じながら返答は苦笑するのみに止めた。
ライセンスボードを持っていないとなると、完全にゼロからのスタートとなる。
が一人で自分の身を守ることができるようになるまでの道のりはかなり長いとバッシュは覚悟した。
「まずは受身の姿勢を取れるよう柔軟な身体が必要なんだが・・・」
顎に手を添えながらバッシュは唸る。
学校の体育の時間以外ほとんど動かしてこなかったの身体は、とても硬い。
身体を半分に折り曲げながら自身もヤバイと思っていた。
両手が地面に届かない。
19にしてこの硬さ・・・
以外の全員楽々と地面に手が届くし、関節はとても柔らかい。
アクロバティックな動きが出来る者も何名かいるくらいだ。
がっしりとした体格を持つバッシュもバルフレアも筋肉の筋はとても柔らかかった。
「君には剣を覚えるのと平行して基礎体力を上げてもらう必要もあるな」
そうでなければ剣を充分に扱うことは不可能。
まるで学校の体育のようだ。
もっと詳しく表現するなら部活の剣道のようにも思える。
ストレッチをして、柔軟体操をして、それから剣の稽古が始まる。
「、持ち手が逆だ。そう。あまり強く握りすぎてはいけない。肩の力を抜いて・・・」
バッシュはに剣の持ち方から順に教えてくれる。
買ってくれた剣は細身なのに、それでも非常に重たい。
「両足は必ず地面を踏みしめる。腰は身体の中心の軸であるように。左右どちらかに傾いていると剣を振る時、手元が狂う。 少々の衝撃が外から来てもフラつかなければ安定している証拠だ」
説明しつつバッシュが剣を握り構えるの肩をトンと手で突いた。
「わっ」
いきなり襲った衝撃には声を上げたが、体勢は崩れなかった。
「いいカンジだ。 ならば、その体勢のまま一度剣を振ってごらん」
「こう、ですか?」
質問しつつが構えた剣をゆらりと上げた。
「迷いながら動かしてはいけない!」
「えっ」
突然バッシュに怒られ、驚いている間に振り上げた剣の重みが斜めに傾き、いきおいよく下へと落ちる。
「ッ!」
金属で造られた剣は勢いを増し、柔らかい砂地をザクリと挿す。
勢いは止まらずの身体の重心は剣へと揺れた。
すかさずバッシュがの腕を掴み、自分の方へと力強く引く。
の身体はバッシュの胸へと寄りかかり、そのまま二人共地面へ倒れた。
「大丈夫か、お二人さん?」
少し離れた所で歯を磨いていたバルフレアが様子を見て声を掛けてきた。
すぐさまバッシュが大丈夫だ、と手を挙げて返事する。
「危ない所だったな。あのまま振り下ろした勢いに負けて倒れていたら、剣で身体を傷つけていたところだぞ」
「・・・すみません」
をかばい自ら下になってくれたバッシュが上半身を起こし、の頭を撫でた。
「怪我が無かったのならそれでいい。だが―――」
「・・・・・・」
「剣をどう振るうかハッキリ頭で描いていない状態で動かすのは大変危険だ。扱いに長けていないなら尚更な。自分を傷つけるばかりか、仲間をも傷つけることに繋がる」
「・・・ハイ」
「戦場ではどこから攻撃が来るか予測がつかない。だからいつどの方向から攻撃されても瞬時に動ける瞬発力と、攻防の剣の動き、そして迷いを断ち切る強い決意が勝敗の鍵となる」
剣を扱う心構えを教えながらバッシュは立ち上がり、に手を差し出し立ちあがるのを助けた。
「しかし、剣を振り上げる勢いは良かった。毎日欠かさず修練を積めば、習得するのは思うよりも早くなるかもしれないな」
非常に重量感のある剣を真っ直ぐに上げる勢いを見れば、結構呑み込みが早いかもしれない、とバッシュは感じた。
すべては体力が伴って、という前程の元での話だが・・・。
次々と進んでいく世界の情勢。
時間はとても限られている。
移動中も有効に使いたいと提案するとバッシュはいい心がけだ、と了承してくれた。
「ならば移動中は剣を構えているといいだろう。構える時間はわずかで構わない。日々少しずつ時間を増やしていけば、重みなど感じずに自分の身体の一部として動かせるようになるはずだ」
訓練を積む土台として自分の剣の重みに慣れないといけない。
これまでノコノコと皆の後をついていくのとは違い、今回から突然自分の技量を試されているような感じがする。
「平地とは違いここは陽射しがキツイ。体力は奪われやすいだろう。自分の限界を知り、制限する境界を見極めるのも一つの訓練だ」
移動もあるので、無理はするなというバッシュ。
まずはこのうだる様な灼熱に膝を折るわけにはいかない。
水も限りがあり、殊更己の体調を整える必要がある。
それに対して大丈夫とでも答えるようにはバッシュに向かってニコリと笑うと、バッシュもに向かって笑みを返した。
「君ならやり遂げられるだろう」
その言葉と笑みにはハッと思い出した。
忘れかけていたバッシュへの疑問。
真実を話せない自分に対し、無条件で「君を信じる」と言い切るバッシュ。
初めて「信じる」という言葉がとバッシュの間に出たのはヴァンがビュエルバでバッシュの名を語り歩きしている時。
「君を信じてみてもいいのか?」と聞かれ
戸惑いながらも「はい」とは答えた。
それからだ。
バッシュが事あるごとにに向かい「君を信じる」という言葉を言うようになったのは・・・
素直にそう言われてもの凄く戸惑った。
以前のバルフレアのように理由や根拠を求めてくると思っていたにとってある種拍子抜けするほどのバッシュの疑わない目に逆に何を考えているのか?といぶかしんだ。
そしてアーシェの情報を手に入れようとオンドール侯爵邸に訪れた時、はバッシュに問い詰めた。
そこまでして純粋に「信じる」と何度も言われると何だかどんどん心苦しく感じる。
何を考えてその言葉を発しているのか、言われる度に知りたくなった。
そして真意をバッシュに聞いて、答えてもらう機会を逃してしまったが、今バッシュの優しい笑みを見て再び知りたい気持ちが湧き上がった。
笑みを見せたバッシュはそろそろ休憩時間が終わりそうだ、とバルフレアの方へ歩き始めていた。
今逃したら次いつ聞けるか分からない。
はバッシュを呼び止めようとして思わずバッシュの紅い服の裾を掴んでしまった。
服を引っ張られ瞬間グイと後方からの衝撃が来たことでバッシュの足が止まる。
「ッ!―――どうしたんだ?」
驚き振り返るバッシュ。
小さな子供のような呼び止め方には自分自身の行動に驚き、慌ててバッシュの服から手を離した。
「何か聞きたいことでもあるのか?」
身体の向きをへ戻し、バッシュは改めて聞いてきた。
突然質問を投げかけたオンドール侯爵邸とは状況が違う。
まっすぐこちらを向いて待ってくれてる様子から、きっと真剣に答えてくれるはず。
「以前、バッシュさんに質問して答えを聞きそびれた言葉を今聞こうと思って・・・」
そこまで喋るとバッシュは、ああ、と思い出したように言った。
「リヴァイアサンに乗り込む前に君が聞いて来た内容か。―――“なぜ信じるか?”、だったかな?」
視線は虚空を見上げ、バッシュは確認する。
真面目な顔でがしっかり頷き返すと、バッシュは苦笑し「ん〜」と唸った。
「あの時もそうだったが、なぜと聞かれても困るな。初めに信じてほしいと言ったのは君の方だ。だから私は君を信じることにした。―――簡潔に言えば、ただそれだけだ」
ただそれだけ―――?
バッシュの、あまりにも淡白すぎる返答には驚いた。
納得してなさそうなの表情にバッシュは少し笑いをもらした。
「頭で理解しようとすると難しい話だろうな。―――言い方を変えよう。 君を信じようと私の中で決断したのは36年分の勘だ。兵士を、それも上に立つ将軍を務めていれば人を見る目はおのずと養われてくる。平気で他人に嘘をつく者、自分を虚像で塗り固める者、騙すことで伸し上がろうとする者・・・。小国ダルマスカでも兵士の数は数万人もいる。だが皆が皆、国のために心血を注ぐ者ばかりではない。もちろん純粋な兵士もいるが、高い位に上がると下克上は比例して多く発生する。共に戦う仲間であるのに、裏切りは背と隣り合わせのこともある」
戦いに紛れて仲間を討ち、その者の位を手に入れた兵士の数も少なくはない。
仲間を敵に売った兵士もいたな・・・・・・
「・・・昨日までは仲間だったのに、明日になれば敵になるかもしれない。一致団結を問われる兵団も1つ裏を返すだけで脆くも崩れやすい。すべては個々に意思を持つ人の集まりだからな・・・」
自嘲した表情で話しているように見えるのは気のせいだろうか?
に対する返答ではなくて、まるでバッシュの過去の経験を聞かされているようだ。
そんな裏切りがあったのだろうか。
将軍という位を欲しがって、仲間から命を狙われたことがあったのだろうか。
「だが、だからと言って常に仲間に疑いの目を持つべきではない。逆に信じる目を向けるべきだ。“君を信じる”と。“信じて背中を任せる”と。信頼と適度な期待は、相手に応えを湧き上がらせる。期待に応えてみせよう、とね。・・・大体はその心持ちでなんとか保てるものだ」
自嘲するように見えていた表情から明るい表情へ変え、バッシュはに向かって微笑んだ。
つられての表情も笑む。
「君の場合、嘘は言っていない。私達を騙すつもりも陥れるつもりもないだろう。・・・・・・だが、同時に真実を語っていないのも事実だな」
「ッ!」
「これまでの表情を見ていればおおよそ分かる」
的を得たバッシュの指摘におもわず絶句すると、再びバッシュは苦笑しながらそう言った。
これも“勘”だと。
「あえて隠しているというワケでもないんだろう。理由と時と状況により、君は“ただ語っていないだけ”だと思う」
さすがにの倍近く生きているだけある。
何も考えずを信じ、何も疑問を抱いていないんだろうと思っていたのは間違いだった。
バッシュもバッシュなりにのことを分析していた。
ただそれを言葉にする必要はないと黙っていただけだった。
だが、1点だけバッシュも勘違いしていた。
“ただ語っていないだけ”と、そう解釈していた。
今言わないだけで、いつかは必ず言うと解釈した言い回し。
そのバッシュの表現にの胸が少し痛む。
「君は嘘をついていない。私達を騙す気もない。・・・それが36年分の私の勘だ。 そして“仲間は信じる”。・・・これが私の信念だ。 だから私はこれから先、君がどんな言動をしても、君を信じる」
「・・・・・・」
「こんな言い方なら納得しやすくなったか?」
「え、あ、ハイ・・・まぁ」
言い切ったバッシュの言葉の強さに圧倒されたまま返答すると、バッシュはまた少し笑い近づいての肩をポンと叩いた。
「人は信じるところから始まる。何に思い詰まって私にこんな質問をしたのかは分からないが、まずは悩みの種から信じてみるといい」
教訓を与えるようにバッシュはにそう教えると、後ろから声をかけるヴァン達に向かって歩き出した。
“人は信じるところから始まる”
バッシュにしてみたら、なんてことはない一つの言葉なのかもしれない。
色々飾られて言われるよりも、とてもシンプルな考え方でそしてバッシュらしかった。
きっとバルフレアも同じ考えに至ったんだろう。
疑いの目は真実を曇らせる。
だからビュエルバに着いた頃から態度を変えて、ウォースラの疑いから守ってくれた。
を信じて・・・
“信じるところから始まる。だから君を信じる”
石を投げ込んで心に波紋を作ってくれたような感覚に襲われた。
同時に、にとってはとても重い言葉となった。
大砂漠オグル・エンサに入ってすぐ、タンクが幾つも連なった紅色の油田施設がエンサ大砂海を横断するように続いている。
その建物を上がったり下りたりしながら一行は進んでいた。
「」
「あ、なんでしょう?殿下」
斜め前を歩いていたアーシェに突然名前で呼ばれ、剣を構えることに集中していたは慌てて返すと少し変な表情をされた。
アーシェはそのままの隣へ移動する。
「ずっと気になっていたから言おうと思ったの。私のことを“殿下”って呼ぶのはやめてちょうだい」
アーシェが変な表情になったのはが「殿下」と言ったことが原因だった。
そう言えばオンドール侯爵邸から抜け出してからようやく自己紹介した時もアーシェのことを「殿下」と呼んだ覚えがある。
今朝の挨拶の時も確か・・・。
「え・・・でも・・・」
一国の王女様なんだし、一応恭しくしなきゃいけないかな?と思っていたんだけど・・・
どうやらアーシェは気に入らなかったようだ。
「今の私は王女なんかじゃないわっ!―――ただのアーシェよ」
心に溜まった思いをぶつけるかのように、アーシェはへと吐き捨てた。
アーシェの声が大きく広がり、皆の視線が一旦アーシェとに向けられる。
だがバッシュを残し他の皆は目の前の敵との戦いで視線を元に戻す。
「今私を“殿下”と呼ぶのはウォースラだけ。貴方は私の家臣でもないわ。ただのアーシェで結構よ。敬称もいらないし、敬語も必要ないわ」
「あ、分かりまし・・・、わ分かった」
ピリピリとしたアーシェの視線と言葉の刃に少し物怖じしながら答えるとアーシェはすぐにから離れ、苛立ちを抑えるためか、仲間が戦っている敵に細身の剣を思い切り振り下ろした。
うわっ 怖〜
そう思いかけて口に出してしまわないよう注意する。
出会ったばかりだからまだアーシェはここにいる人達に気を許していない。
ヴァンやパンネロやだけでなく、バッシュも数に含まれていた。
『私を“殿下”と呼ぶのはウォースラだけ』
バッシュもアーシェに向かって何度も「殿下」と呼んでいる。
なのにアーシェはそれを認めていないんだ。
バッシュが「殿下」と呼ぶその声すら無視している。
「先程はすまなかった」
道中みじかい休憩を取った時、バッシュが突然へ謝りに来た。
いきなり頭を少し下げて詫びを入れられてもには何の話だかよく分からない。
「殿下が君に言ったことだ。私が代わって詫びる」
話が見えず、キョトンとしたにバッシュはそう説明したが、にとっては余計に話が見えなくなる。
「なんでバッシュさんが謝るんですか?」
「聞いていて殿下が少々冷たい言い方をされていると思ったのだ。注意が出来なくてすまなかった。だが殿下は今いろいろと焦っておられる。ご自身のことに手一杯で周りに目を向ける余裕すら無いと思うのだ。だから少々気が立っていても許してはもらえないか」
王家に仕える人の役割というのがどういうものなのかは知らない。
今のバッシュの謝罪は職務の一つかもしれないし
ただのバッシュの面倒見の良さと謝り癖かもしれない。
だけど・・・
「大丈夫です。驚きましたけど、アーシェの言い方が冷たいとは思いません。―――それに、アーシェの気持ち、少しは分かるから・・・」
ゲームとしてプレイしていた時はずっとアーシェの葛藤がヒシヒシと伝わってきた。
自分が望む場所と、今立っている場所のあまりの違い。
理想と現実が歴然としていて、欲しい力も上手く手に入らず、
もがいて
もがいて
もがいて・・・
それでも元の場所に近づけず、アーシェは苦しんでる。
戦前のように柔らかく微笑むことも無くなって、険しい表情で剣を振るう。
立ち止まりたくなくて必死に前へ前へ進む姿をずっと見てきたから・・・
だから今アーシェがどんな気持ちでレイスウォール王墓を目指しているか知っている。
すでに理解しているというの表情をバッシュはジッと見つめた。
「少しは分かる・・・?―――そうか」
の言葉を反復し、バッシュは真面目な表情で黙り込んだ。
「?」
急に固まったバッシュには首を傾げる。
ジッと見る視線が気になったが、真面目に考え込んでいるその表情にも黙ってバッシュの様子を見ていたが、バッシュが何かを話してくれたワケでもなく、彼はそのままから離れていった。
「何を考えていたんだろ?」
遠くの景色を指差しながら会話をしているヴァンとパンネロの方へ歩いていくバッシュの背中を見ながらはそう呟いた。
「地底の油を汲む施設らしい。放棄されて久しいようだが」
ヴァンとパンネロが指を指す建物を見つめ、歩み寄ったバッシュが二人にそう教えた。
「ダルマスカが建てたのか?」
「いや、ロザリア帝国だ。アルケイディア帝国と覇権を争う、西の大国さ。ふたつの帝国のはざまで、多くの国が滅んだ。ダルマスカ、ナブラディア―――ランディス」
「小さな国はな、大国の顔色をうかがうしかないんだ」
「ウォースラ! なぜここが!?」
ヴァンに問われ同じく遠くにそびえ立つ油田施設を見つめながら語るバッシュに割り込むようにウォースラが語ってきた。
突然ウォースラが現れたことにバッシュが酷く驚いたがウォースラは笑うだけで返答はしなかった。
「驚いたぞ。ビュエルバに戻ってみれば、アーシェ様もお前も消えていたんだからな。―――まさかお前が空賊の手を借りるとは」
離れた場所でフランと共に立っているバルフレアの後ろ姿を矢で射るように見るウォースラの視線は疑心で満ちていた。
「バルフレアは信ずるに足る男だ。何よりもアーシェ様の意志だった。ならば俺は支えるだけだ。―――あの方がすべてを失った時、俺はなんの役にも立てなかった。今度こそ、どこまでも支えると誓った」
そう語るバッシュの表情は、後ろにいるからは見えない。
だが、声色だけで心から響く言葉としての耳にも届いていた。
“人は信じるところから始まる”
先程教えてくれたバッシュの言葉は、バッシュ自身の道標でもあるようだった。
バルフレアを信じる。
アーシェ様を信じる。
ヒシヒシと伝わるその意思。
だけどそれを真っ直ぐに聞いたはずのウォースラは―――
「それも騎士の道のひとつか」
あたかも自分とバッシュは違うとでも言っているようだった。
単なる私の気のせい?
ううん、バッシュの気持ちを受け入れた言葉じゃない。
バッシュの言葉を聞く目の色からして違っていた。
どことなく冷めた目。
ビュエルバで私を見た時より色は薄い。
でもラバナスタで初めて会った時とは全く表情が違う。
「アーシェ様は?」
問いかけるウォースラにバッシュは離れた場所で景色を眺めるアーシェの姿を指した。
ウォースラはバッシュの横を通り過ぎ、の横も通り過ぎる。
だがの横を通り過ぎる時ウォースラはに一言告げた。
「監視ご苦労」
歩く速度はそのままで、しかし他の者には聞こえないように。
言われた言葉に一瞬自分の耳を疑った。
だけど、しっかりと頭に残るウォースラの声に、聞き間違いではないと確信しては慌てて後ろを振り返りウォースラを呼び止めた。
「待ってください。さっきの言葉はどういう意味なんですか?」
急いでウォースラの元へと歩み寄ると、ウォースラの視線が鋭くなった。
「言葉通りの意味だ。図星を指されて怖気づいたのか?」
そう言い放ちながらウォースラは再び歩き出す。
「ちゃんと説明してください。何を言っているのか分かりません!」
ウォースラの後をついていき、アーシェからも、他の仲間からも死角になった場所に来たところではウォースラに向かって強く言った。
直後は服を掴まれ油田タンクに強く押し付けられる。
突然の行動に驚き顔を上げれば、そこにはビュエルバの時以上に敵意を向けるウォースラの鋭い表情があった。
あまりの表情にの身体が一瞬にして震えだす。
「シラを切るのもいい加減にしろ。お前がずっと監視していたことぐらいすでに知っている。ソリドール家へ手を回してリヴァイアサンに潜入させたり、わざわざ敵が集まる場所へ誘導したりご苦労だったな」
近くに仲間がいるから怒鳴られはしなかった。
だが腹の底から唸るような声色に、ウォースラがどれだけに怒りをぶつけているか恐ろしいほどに伝わる。
「リヴァイアサンの内部構造に詳しかったのも頷けるものだな。仲間を装い俺達に帝国の力量を見せ付けるとは、姑息な手を使う」
ウォースラの凄みに震えていたが、ここまで言われてようやく状況が分かってきた。
ウォースラはを敵だと思っている。
それもアルケイディア帝国からのスパイだと。
「ち違い、ます・・・私、帝国の人間じゃ・・・」
必死に声を絞り出して、でもこれだけしか言葉にできなかった。
人に敵意を向けられる恐怖は、本当に身体も言葉も意志も動けなくする。
生死を分ける戦いを続けてきたウォースラの視線なら尚更。
脚はガクガク震えて、言った言葉も詰まってばかりだし、頭の中はただ「違う」という言葉しか浮かんでこなかった。
後はただひたすら怖い、怖い、怖いの繰り返し。
恐怖に怯え、まともにウォースラの表情も見れなくなったの様子に、ウォースラはフンッと鼻で冷たくあしらった。
ひと睨みしただけでこの怯え様。
新兵でもこんな腰抜けじゃないはずだ。
新兵にもならない使い捨ての駒ということか・・・
「いつまで仲間気取りしているつもりだ。俺との交渉が終わるまでの保険のつもりか?」
「・・・ぇ?」
「国のためだ、交渉は必ず成立させる。それまで一切アーシェ様に近づくなっ」
最後は顔を近づけ凄みを増してウォースラはに対しそう命令すると、乱暴に掴んでいた服を離し、アーシェの方へと歩いていった。
「・・・・・・」
ウォースラが離れて、しばらくしてからようやく身体が壁をずり落ち床へ座り込む。
それでも身体の震えは全く和らがなかった。
怯えた表情そのままに唇からは震えた呼吸が吐き出される。
怖かった。
殺されるんじゃないかと思うくらい怖かった。
あまりにも恐ろしくて、弁解もまともに出来なかった。
違うのに。私、帝国の人間じゃない。
スパイでもないし、仲間を装ってたわけでもない。
ラーサーに頼んでオンドール侯爵に伝言したのも、リヴァイアサンで誘導したのも、自分なりに必死で考えて、考えて・・・
誰かを陥れたいわけでもない。
「・・・っ、ぅ・・・」
恐怖を感じたことと、思いがけない敵意を向けられたことに涙が出てくる。
泣いちゃだめだ。泣いちゃだめだ。
ここで泣いたら、これから先の状況でも泣いてしまう。
泣いたら足が止まってしまう。
だから泣かない。絶対に泣かない!
必死に自分に言い聞かせては目に溜まった涙をすぐに拭った。
良かれと思って自ら行動したことが悪意にとられるとは思いもしなかった。
まさかウォースラが帝国と交渉する引き金が自分の言動になるなんて思わなかった。
だってそんなハズないもの。
私が居ても居なくてもウォースラは同じ道を取るはず・・・・・・本来の歴史ならば・・・。
今回たまたまタイミングが悪かっただけだ、きっと。
ぐるぐると色んな葛藤と疑問が浮かび上がろうとするが、考えようとすること自体は押しとどめた。
今考えても仕方ない。きっと余計に混乱する。
私はただ歴史通りに進んでいくのを見守っていけばいい。
ただそれだけでいいはず。
今回のことは歴史通りの通過点。
それだけ・・・
それだけ・・・
から離れた場所でフランの長い耳がピクッと動いた。
双方の目は地平線まで続くエンサ大砂海の彼方を見つめている。
「ここから離れた方がいいわ」
「砂嵐でも近づいてるのか?」
砂海を見続けて呟くフランの言葉にバルフレアも砂海の方を見渡した。
だが風向や風速、空の感じからして砂嵐が来る様子は見えない。
「もっと悪いものよ」
そう言ってフランは長い爪で砂海の1点を指した。
「そうですか―――やはり『暁の断片』は、レイスウォール王墓に。オンドール侯も、今は殿下のお気持ちを理解なさっているはずです。帝国の手前もあり、誘拐の件は伏せられていますが―――」
「それよりもウォースラ。あなたの成果は?」
ウォースラはアーシェからビュエルバでの出来事を聞いていた。
だがアーシェに逆に問い返されたウォースラは返答しようとせず、黙り込む。
その表情をアーシェが真っ直ぐに見つめた直後バルフレアが足早に寄って来た。
「すぐに出るぞ。ここらはウルタン・エンサの縄張りらしい。話のわかる相手じゃない。」
バルフレアがそう言い、指した方向の先にはエンサに乗りこちらへ真っ直ぐ向かってくる海賊ウルタン・エンサ族の姿があった。
好戦的な彼らは武器を振り回し、こちらを威嚇するような様子で近づいてくる。
「面倒な連中に見つかったな。追い込まれる前に脱け出す。いいな」
バルフレアの一言に全員がエンサ大砂海を横断しようと駆け出した。
「、あなたも走って」
呼びに来たフランに急かされも荷物を背負い走った。
その後ろ姿をウォースラは捕らえるようにジッと見つめる。
「ウォースラ。ダルマスカ再興の手段は見つかったの?」
再びアーシェに問われたが、ウォースラはすぐに返答しようとはしなかった。
「まずは『暁の断片』を手に入れます。すべてはそれからです。」
それだけ答え、ウォースラも走り出す。
ゆっくり話をしている時間は無いと理解し、アーシェもそれ以上問わず自身の剣を構えて走り出した。
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