「ジャッジ・ギースの命令で殿下は下層中央ブロックへ連れて行かれた。おそらくそこに居るはずだ」
「その下層中央ブロックの場所を探せばいいんだな?」
「ああ」
ウォースラとバッシュは救助の策を練りつつ、2人を先頭に一行は通路を歩き出す。
「何だ、これ?」
通路を歩き出してすぐ、ヴァンが通路の空間を断ち切るように張り巡らされた無数の赤いレーザーに興味を示し、触れようと手を伸ばした。
「だっ、駄目ッ」
ヴァンの呟きに振り返ったは、驚き慌ててヴァンの手を掴みギリギリの所で阻止する。
しばらく一行に沈黙が流れ、何も起きなかったことにウォースラが大きくため息をついた。
「出発の前に言っておくことがある。通路に張られた赤いアミは侵入者の探知装置だ。あれにふれると艦内に警報が発令され、帝国兵たちが集まってくる。時間がたてば警報は解除されるが、騒ぎなど起こらんに越したことはない。いいか、気をつけるんだぞ。」
咎めるようにヴァンを睨みながらキツク言うとウォースラは探知装置が張られていない通路を選んで歩き出した。
「なんだよ、えらそうに・・・」
「だったらむやみに触らないことだな」
ふてくされて呟くヴァンにバルフレアは当分大人しくしていろと釘を刺した。
ウォースラの後についていって一行は大型コンテナ倉庫へと足を進めた。
「何だ貴様らはっ!!」
コンテナ倉庫の区画に足を踏み入れた途端、巡回している帝国兵に見つかった。
途端警報がけたたましく鳴り、区画内に居た帝国兵がいっせいに詰め掛けてくる。
「団体様のお出ましか」
バルフレアは面倒くさそうにチッと舌打ちした。
ウォースラとバッシュはすでに戦闘体勢へ入り、最初に自分達を見つけた帝国兵から倒していく。
「ハァッ!」
敵・味方、双方から様々な掛け声と共に幾度もガキンッと剣がぶつかり、火花が散る。
「てやぁっ!」
ウォースラと帝国兵が剣をぶつけている隙にバッシュが帝国兵へと斬りつけ、その勢いのまま別の帝国兵へと剣を降る。
バッシュの隙を埋めるようにウォースラが剣を振り、ウォースラの隙を埋めるようにバッシュが剣を振る。
2年という時間が無かったかのように、息のあった攻防を見てバルフレアが口笛を吹いた。
その隙を狙ってバルフレアへ剣を振り上げた帝国兵をフランが蹴り倒す。
こちらも息のあった結束力。
ヴァンは前線で戦うウォースラ・バッシュ組と、後方で戦うフラン・バルフレア組のちょうど真ん中の位置で剣を抜き、双方の隙を狙おうとする帝国兵へ必死に戦いを挑んでいた。
残ったは帝国兵に狙われないように、且つ戦いの邪魔にならないように壁際へと身を寄せて小さくしゃがんでいた。
そしてジッと戦いを見守る。
ビーッ! ビーッ! と警報音がけたたましく鳴り続け、次々と帝国兵たちが集まってくる。
戦いに秀でたウォースラやバッシュ、バルフレアやフランが次々と帝国兵を倒しても、新たな帝国兵たちが詰めかけその数は増し、徐々に取り囲まれ押さえ込まれていく。
「ひゃっ」
バッシュに斬りつけられた帝国兵がの側へ倒れこむ。
斬られた帝国兵の首がパックリと口を開き血がドクドクと出て、それが徐々にの方へと流れてくる。
立場上敵とはいえ、人が次々と殺されていくことにガラムサイズ水路での情景を思い出して、は怖さと血が迫ってくる恐怖に立ち上がった。
帝国兵の数は更に増え仲間は苦戦を強いられていく。
汗を流し、歪んだ顔で帝国兵を片っ端から倒していく仲間の姿には焦った。
このままじゃ押されてしまう。
何とかしなきゃいけない!
そう焦るが、自分が戦えるはずもなくただ焦りだけが募る。
ビーッ! ビーッ!
未だ鳴り続ける警報。
これが鳴るから帝国兵が集まってる。
消えれば増員しなくなる。
「ッ!!」
そこで思い出した。
ここは大型コンテナ倉庫。
階段を下りれば警報を止めるセキュリティ端末がある!
は見回して帝国兵が飛び道具を持ってないことを確認すると、戦闘の間をすり抜けて反対側の通路へと走り出した。
「ッ?!」
突然のの行動に驚いたヴァンの叫びで、敵・味方共にが走り出したことに気付く。
「おいおい、どこ行くつもりだ」
呆気に取られ呟くバルフレアは、視線の端から集まってきた帝国兵が自分達の方ではなくを追ったことに表情を変えた。
「バルフレア!ここは私達が食い止める。君はの方へ行ってくれ!」
目の前の帝国兵を倒しながらバッシュはバルフレアに向かって言った。
接近戦の自分達より、遠距離攻撃が可能なバルフレアの方がを援護できる。
「できるだけ暴れて団体様を引き付けてくれよ」
了解と頷きつつ大多数はそっちが相手してくれと示して、バルフレアはを追った。
後ろからガシャガシャと甲冑の音が聞こえる。
怖くて後ろ振り返れないけど間違いない。
帝国兵が追ってきている!
そのことに恐怖を抱きながら、それでもは必死で走った。
「待て、貴様ッ!!」
そう怒鳴りながら追いかけてくる帝国兵。
運動神経が良くないの走る速度と、常日頃戦っている帝国兵の走る速度など雲泥の差があり、もうすぐにでも追いつかれそうだ。
それでも、少しでも速度を落とせば間違いなく殺される。
必死で走るその後方から銃の発砲音が鳴り響いた。
バンッ!!
直後後ろで呻く声と倒れる音が聞こえる。
えっ?
「振り返るな!走れッ!」
何が起こったのかと振り返ろうとしたにバルフレアの声が聞こえた。
何がなんだかよく分からず、とにかく言われた通り、振り返ろうとした頭を前へ戻して全速力で走る。
通路の先に見えた階段をようやく下り始めた時、再び発砲音が聞こえた。
「ぐあっ!」
頭上から叫ぶ声が聞こえる。
直後に何かが覆いかぶさってきた。
「きゃああああっ!」
階段を下りているの上からバルフレアに撃たれた帝国兵が倒れ、ぶつかり、その勢いでは帝国兵と共に階段の下まで転げ落ちた。
下敷きになる形で落ちていき、階段の段差で体中を打ちつけた。
痛い! 体中が痛いっ!
頭も何度か打ちつけ目の前の視界がぐらぐらと歪む。
遠くで何度もバルフレアの銃の発砲音と帝国兵の倒れる音が聞こえた。
「う、あっ・・・く!」
揺れる意識を奮い立たせ、覆いかぶさるように倒れた帝国兵の肩を掴んで必死に自分から引き剥がす。
帝国兵を退かす度に、甲冑からボタボタと血が落ちての服を赤く染めた。
「ひっ!」
頭部を撃ち抜かれ、やはり死んでることに短く悲鳴を上げ震えた。
恐ろしくて一刻も早く帝国兵を遠ざけたいのに、甲冑を着る兵士の重さに退かすことができなかった。
震えるの前方から階段を駆け下りるバルフレアの姿が見えた。
「おい、大丈夫か?」
心配そうに声を掛けながらバルフレアはに乗っている息絶えた帝国兵を片手で捨てるように退かした。
「勝手に走り出して何するつもりだったんだ?」
何も言わず勝手な行動に出たことを咎めながらも膝を折って屈み、死に震えるの両肩を強く掴んだ。
「おい、しっかりしろ!そんなんじゃ簡単に殺されるのがオチだぞっ」
気付かせるようにガクガクと揺らしバルフレアはに言う。
そのバルフレアの背後の階段からガシャガシャと甲冑を鳴らしながら帝国兵2人が雄叫びを上げながら剣を振りかざした。
そのことにバルフレアはチッと舌打ちしながら銃をクルリと手の中で回転させ、後ろを振り返り銃を向けた。
「うるせぇ、黙ってろ!」
一喝して叫び銃を発砲させ、帝国兵の頭部を撃ち抜いた。
2度鳴るその音にはビクリと身体を跳ねさせた。
「っ!警報! 警報を止める装置があるのっ!」
バルフレアの銃の音で気付き、は再びこちらへ向くバルフレアの腕を掴んでそう叫んだ。
「警報止めたら帝国兵は増員されなくなるっ!」
の言葉にようやく彼女が走り出した理由を知り、バルフレアはの腰を掴んで立ち上がらせた。
「どこにある?」
「こっち!」
指差されるままにバルフレアはの腕を掴んで大型コンテナ倉庫にあるセキュリティ装置まで走った。
「これを操作したら警報を止められる」
そう言ってはセキュリティ装置に向かって手を伸ばしたが、おぼしきボタンを押下しても警報は鳴り止まなかった。
逆に再び警報が鳴り始め、それには慌てる。
「なんで?止まるはずなのにっ!」
叫ぶの傍らからバルフレアはセキュリティ装置を覗いた。
「システム制御キーが無いと止められないぜ。 持ってるのか?」
装置を一通り見て問うバルフレアに、は青ざめた表情で首を横に振った。
てっきりボタンを押せば止まると思っていたのに・・・。
キーが無いと止められないということをは忘れていた。
「退いてろ」
パキッと指を鳴らしながらバルフレアはと入れ替わり装置の前に立った。
そして指を走らせる。
バルフレアが装置を弄る度に装置にある画面が次々と変化し、そして間もなくして警報音が途絶えた。
「・・・すごい・・・」
キー無しで警報を止めたことには驚いた。
「アルケイディス製だからだろ」
なんともなしにバルフレアは答え、そこに居ろとに指示して彼は残りの帝国兵を片付けるため、未だ戦っているバッシュ達の方へ加勢するため走り戻っていった。
一人その場に残ったは滑る頬を拭った。
「ッ!!」
ふと拭った手の平を見て身の毛がよだつ。
先ほどバルフレアに殺され倒れるように圧し掛かってきた帝国兵の血だった。
慌てて己を見返せば身体のあちこちが血で汚れていた。
その鼻に付く血生臭い臭いに、は必死で濡れた頬を拭い、服に滲み込んだ血を何とか取ろうと躍起になった。
渾身の力を込めて両手を振り、血を拭っているところで、階段からバルフレアを先頭に一行がこちらに来る姿があった。
それに気付きは手を止め、平静を装って皆を見る。
いつの間にか戦いの騒ぎが消え、辺りは静けさを保っていた。
セキュリティ端末の前に居るの元へ全員集合すると、バッシュはに向かって小さな短剣を寄こしてきた。
「帝国兵が持っていたものだ。本来は暗殺用の短剣だが丸腰よりはマシだろう。持っていなさい」
バッシュにそう言われは酷く焦った。
「でもっ!こんなもの持ったって、私、扱い方がっ・・・」
「武器も持たずいきなり走り出されるよりは安全だ。身の危険を感じた時に役立つはずだ」
戸惑うにバッシュは強い口調でそう言い、所持するように強く勧めた。
バルフレア同様、勝手に走り出したことにバッシュも無謀だと咎めていた。
いや、バッシュの場合、咎めるというよりは心配しているのかもしれない。
武器すら持ったことのないを巻き込んだ責任と、それゆえの安全対策。
だがは差し出された短剣に手を伸ばすことは出来なかった。
役に立つ?
人を殺す武器で、一体何が役に立つというの?!
武器というものに対してそんな恐怖が襲う。
今のにとってバッシュの言動は、この短剣で襲ってくる帝国兵を殺しなさい。と言われているように聞こえた。
なかなか受け取ろうとしないにバッシュは少しため息をつくと別の手での手を掴み、自分が持っていた短剣を無理矢理握らせた。
「怖いのは分かる。だが戦えと言っているわけではないんだ。護身用に持っていてくれればそれでいい」
最後に自分を守れるのは自分でしかない。
この世界はそういう理。
だが、「戦い」というものとは全くかけ離れた人生を送ってきたにとって、死と隣り合わせのこの状況を受け入れるのは容易ではない。
敵であろうと人が目の前で殺されることに慣れることなんてない。
断末魔を上げるその声を聞き逃すことなんてできない。
流れる血の焼け付くような臭いに顔をしかめずにはいられない。
は握らされた短剣を鞘から少し抜いた。
ずしり、と重く手に乗るそれ。
ギラリと光るその刃は血を吸い、拭われた状態でもわずかに赤く染まっていた。
すでに人の血を吸った短剣。それを今自分は手に持っている。
そのことで呼吸が震えた。
「君は私が守る。君がその剣を抜く機会が訪れないように・・・」
自分の言いたい真意を誤解しないでほしい。
そうバッシュは言い、落ち着かせるようにの両肩を力強く掴み視線を合わせて「大丈夫だ」と囁いた。
バッシュという人物を考えれば、無関係な人を戦場に置きたがらないはずだ。
それが女性や未成年であれば尚更に。
は気を持ち直してバッシュに向かい頷き返した。
その様子をセキュリティ端末へ足を運ぶウォースラが一瞥する。
ウォースラの視線に気付き、バッシュはの肩から手を放すとウォースラの横に並び共にセキュリティ端末に張られた内部地図のパネルを見上げる。
「どれが下層中央ブロックになる?」
「分からん」
バッシュの呟きにウォースラは首を横に振った。
区画表示が無いため、下層中央ブロックがどこにあるのか地図ですら把握できない。
「仕方ない。サブコントロールルームに行けば、場所が特定できるだろう。行くぞ!」
遠回りになるが、一旦コントロールルームに行くしか方法がない。
そう言ってウォースラは歩き出した。
「あ、あのっ・・・」
だが急ぐその足はの遠慮がちな声で引きとめられる。
うんざりしたようにため息をつき、ウォースラはへと振り返り様に鋭い視線を投げた。
同様に皆から言葉の先を促す視線を投げられ、たじろぎながらもは口を開く。
「急いでるんですよね?」
「そうだ。だからこんな所であんたと会話をしている余裕など無い」
この場所にいるだけでどれだけ無駄な時間を食っているか。
これ以上足を引っ張るな、とでも言いたそうなウォースラの視線には小さく「すみません」と謝った。
「でも、アーシェ王女のいる場所への近道があるんです・・・」
謝りつつそう言うと途端にウォースラの目の色が変わった。
「場所を知っているのか?!」
「そのかわり帝国兵の数も多いので、戦いながら進まないといけないと思います」
警報も鳴り続け、下手をすれば今以上に苦戦する可能性がある。
だが上手く進めば、より早くアーシェの元へ辿り着ける。
ならば、と一瞬心焦るが、の言葉にウォースラは疑心の目を持った。
「その言葉、どこまでが本当だ?」
「え?」
「あながち嘘ではないようだが、すべてを語っているとも思えんな」
戦いというものに全く無縁と見えるが戦艦リヴァイアサンの内部を知っているとは到底思えない。
ウォースラの言葉にバルフレアも内心で「確かに」と思った。
「殿下のいる場所をなぜ知っている?」
これまでのバルフレアがそうであったように、ウォースラもに真意を問いてくる。
だがウォースラのその疑問は間に立ちはだかったバルフレアによって止められた。
「話してる時間は無駄なんだろ? だったら将軍としての直感で決めてくれ。 順序よく遠回りするか、こいつの勘に頼るか・・・」
の主張を「勘」と示してバルフレアはウォースラの疑心の目を潰した。
くっ、と眉を歪ませ迷いを見せるウォースラに背を向け、バルフレアはに向かいニヤリと笑んで軽くウインクした。
これまでとは180度違うバルフレアの態度には呆気に取られる。
「、案内してくれ」
急くように言うバッシュに背を押されは頷き、大型コンテナ倉庫の奥の扉へ向かった。
それに合わせ皆も歩き出し、その様子にウォースラは苛立ちを抑えるようにため息をついて、後に続いた。
「殿下、ご無事で」
「ウォースラ」
帝国兵の数に苦戦を強いられながらも、の誘導で一行は監禁されていたアーシェの元へ辿り着いた。
扉が開き、現れたウォースラの姿にアーシェは安堵した。
安心した為か、よろめくアーシェをウォースラはすかさず支える。
「殿下」
「ありがとう、大丈夫です。私―――」
何かを言おうとアーシェは言葉を続けた。
だが開きかけた言葉は歩み寄ってきたバッシュの姿でパタリと止まる。
バッシュの姿にアーシェの表情は険しくなった。
その視線から来るアーシェの様々な感情にバッシュの視線が一瞬哀しい色を放つ。
「ぐずぐずするなよ、時間がないんだぞ。パンネロが待ってるんだ」
交わされる無言のやりとりをジッと待ってることなどできず、ヴァンは急かすように2人の間に割り込んだ。
「さっさとしてくれ。敵が来る」
出入り口を見張っているバルフレアからも言葉が投げられる。
この下層中央ブロックで戦闘が行われたことはすぐジャッジ・ギースに知れる。
増兵される前に脱出しなくてはいけない。
「話はのちほど」
ウォースラの言葉にアーシェは頷き監禁されていた部屋を出た。
脱出しようと動き出した直後、周囲に警報が鳴り響いた。
大勢の帝国兵が詰め掛けるのも時間の問題。
「殿下、我らが血路を開きます」
「私は裏切り者の助けなど―――!」
「なんとしても必要です。自分が、そう判断しました」
バッシュの提案にアーシェは拒絶するが、さえぎるように強く言われたウォースラの言葉に黙りこむ。
「引き返すぞ! 艦載艇を奪って脱出する!」
ウォースラの指示にバッシュは頷き、ヴァンやバルフレア達は走り出した。
黙り込んだアーシェも、しばらく俯いたのち顔を上げて皆を追った。
「殿下は、無力な自分を許せんお方だ。だが、現実を受け入れてもらうしかない」
バッシュの助力なしに脱出はできない。
ウォースラの呟きにバッシュは走るアーシェの後姿を見つめながら頷いた。
一行は再び元来た道を引き返した。
艦内全域に警報が発令され、襲ってくる帝国兵の数は半端ではなかった。
王女自ら倒された帝国兵の剣を掴んで戦いを挑み、前進する。
下層中央ブロックを出て戦闘艇用ドック通路を駆け抜け、大型コンテナ倉庫を通り過ぎて中層西ブロックを走る。
走る一行の前に2つの影が横を通り過ぎた。
「ラーサー様」
一瞬敵かと思いウォースラとバッシュが身構えたが、の声に剣を下ろした。
「ヴァン―――!」
「ごめん。もう大丈夫」
ラーサーと共にいたパンネロがヴァンの姿を見つけ顔を綻ばせる。
パンネロとヴァンは再会を喜び抱き合った。
「侵入者がいると聞いて駆けつけたんです。やっぱり貴方だったんですね、さん」
「気付いてくれてよかったわ」
頼んだ伝言から察してくれたラーサーの機転の良さには礼を言った。
「ギースが気付きました。早く脱出を」
ラーサーの言葉にはしっかりと頷いた。
「アズラス将軍ですね。僕と来てください。先回りして飛空挺を押さえましょう」
「正体を知った上で逃がすのか」
突然名指されたことにウォースラは驚いた。
「アーシェ殿下。あなたは存在してはならないはずの人です。あなたやローゼンバーグ将軍が死んだことにされていたのは―――何かが歪んでいる証拠です」
実際ラーサーですら知らず驚いたのだ。
ビュエルバでと出会った時、共に行動する者の中にバッシュが居たことに。
そして戦艦リヴァイアサンに乗艦すればアーシェ王女も乗っていると聞かされ再び驚いた。
「今後あなたがたが行動すれば―――もっと大きな歪みが見えてくるように思います。だから行ってください。隠れた歪みを明らかにしてください。私はその歪みを糾して、帝国を守ります」
だから正体を知っていても助力して逃すのだ、と。
すべての事実を知り、そしてラーサーは帝国を守り良い国にしていく。
アーシェの身を案じてではなく、帝国の為だと言うラーサーの言葉にアーシェは複雑な表情を浮かべる。
そんな理由で助けられたくない。
自分達がここで逃れ、真実を追究することが、同時にラーサーが帝国を守ることに繋がるのは不本意。
だがここで逃げずして、何も進むことは叶わない。
アーシェも自分の国を守りたいのだ。ヴェインから。
だから今はここから逃げないと。
アーシェは不服ながらも「わかりました」と答えた。
「どうもな、“ラモン”」
名乗った偽名でヴァンに声を掛けられラーサーは苦笑した。
「あの時はすみません。 パンネロさん、これ。お守りがわりに」
そう言ってパンネロに歩み寄りラーサーはビュエルバのルース魔石鉱で持っていった人造破魔石を手渡した。
それを面白くなさそうに見るヴァンの視線には気付かず、ラーサーは笑みを浮かべるパンネロからへと視線を移した。
何かを伝えるかのようにしばらくを見つめた後、ラーサーはウォースラへと歩み寄った。
「行きましょう」
ラーサーに促されウォースラとバッシュは視線を合わせ頷き合った。
そして双方背を向けて駆け出した。
ラーサーとウォースラは脱出用の艇を確保する為に。
バッシュ達は戦艦リヴァイアサンから脱出する手筈を整える為に。
捉えられ護送された場所・左翼発着ポートへ行くと、そこにはジャッジ・ギースが待ち伏せていた。
ここから逃げるだろうと踏んで悠々と立つ姿が見える。
「残念ですな。ダルマスカの安定のために、協力していただけるものと信じておりましたが。 まあ、王家の証はこちらにある。よく似た偽者でも仕立てればよいでしょう」
発着ポートにある船橋からゆっくりと足を進めながらジャッジ・ギースは右手を上へ掲げた。
その手から紅い炎がすさまじい勢いで増幅し、ギースの手を離れ上空へと昇り、威力を増す。
「貴方には―――王家の資格も価値もないッ!」
叫びつつ手を振り下ろし、炎はアーシェめがけて放たれるが、直後パンネロの持つ人造破魔石に吸収されその威力を失う。
その場に居た全員が突然のことに驚き、パンネロが手に持った人造破魔石を見つめる。
「なんなの―――!?」
ラーサーからもらった人造破魔石はギースの放った魔法を吸収して青白い光を輝かせていた。
「破魔石か」
見つめ呟くバルフレアの後ろからアーシェが飛び出し、ギースに向かって駆けた。
「ご立派ですな、殿下! 名誉ある降伏を拒むとは、まったくダルマスカらしい!」
力もないのにムダな抵抗ばかりする、と嘲りながらギースは武器を構えた。
確かに今のアーシェには何の力もない。
王家の人間であるのに、ダルマスカを少しも守ることができていない。
守りたい。でも守れていない。
なぜ?
それは今自分に力が無いから・・・。
そんな現実と、“王家の人間なのに”という苦しみがギースの言葉で増す。
「貴様に何がわかるッ!!」
そんな悔しさから一瞬言葉を詰まらせたのち、アーシェは悲痛に叫んだ。
そして剣を抜いてギースに向かう。
その姿を戦闘開始の合図として全員が武器を構え、ギースを、そして背後から襲ってくる帝国兵を相手に戦い始めた。
バッシュはすかさずアーシェの援護に回り、ギースへ剣を振り下ろす。
バルフレア・フラン・ヴァンは数を減らそうと、先に帝国兵と戦い始めた。
と武器を持ってないパンネロはひとまず巻き込まれないように端の方へ身を潜めた。
だが、幾人もいる帝国兵全員が全員とも2人の存在に全く気付かないはずもない。
戦いに隙ができた帝国兵は周囲を見渡し、離れた場所にとパンネロがいることに気付くと、剣を振り上げて襲ってきた。
自分たちの方へ帝国兵の1人が襲ってきたことには目を見開く。
『身の危険を感じた時に役立つはずだ』
脳裏に一瞬バッシュの言葉が思い浮かぶ。
左の腰に下げている小さな短剣。
戦わなきゃいけないのっ?
迷いが生まれた。
「てやぁぁっ!」
声を上げて帝国兵が斬り付けようと剣を振り下ろす。
ダメだ! 戦わないといけないっ!
そう覚悟した瞬間・・・
「えいっ!」
可愛らしい掛け声と同時に
「ぐあっ」
倒れる帝国兵の姿。
バッシュから渡された短剣の柄を掴んだまま驚いてパンネロの方を見ると、彼女は高々と上げていた足を下ろしてニコリと笑み返してきた。
どうやら果敢にもパンネロが帝国兵を蹴り倒したようだ。
「武器が無くても戦えるの?」
容姿と武力の差にさらに驚き問うと、「まさか」と笑顔で答え倒した帝国兵の剣を拾い上げた。
「アナタはここにいてください。私はヴァンのところへ行きます」
騎士だった兄たちに武芸を学んだから戦えるのだ、と。
パンネロはそう言って帝国兵と戦い続けるヴァンの元へ駆け出していった。
その姿に惹き付けられる。
『怖いのは分かる。だが戦えと言っているわけではないんだ。護身用に持っていてくれればそれでいい』
再びバッシュの言葉が脳裏をよぎる。
戦いは怖い。
目の前で繰り広げられるのは流血。殺人。残虐。
帝国兵にだって、それぞれ人生があり、家族がある。
でも皆望んで戦っているワケじゃない。
それぞれ守る為に戦ってるんだ。
手に持ってる武器は人を殺すためのものじゃない。
家族を、仲間を、国を。
戦うことで守ってるんだ。
守る為に武器を手にするんだ。
“戦う”ということの意味を、少しは理解できた。
「やぁっ!!」
アーシェの果敢な声と共に振り下ろされた剣はギースの隙をつき、彼の兜を落とすことに成功した。
「くっ」
大きなダメージを受け、片手で顔を覆いよろめく。
ヴァンやバルフレア達も帝国兵を倒し、残りはギースのみとなった。
一瞬静まり返る空気。
その空気を断ち切るようにポートの扉が開き、ウォースラが駆け込んできた。
「飛空艇を抑えた! 来い!」
その言葉に、ジャッジ・ギースにとどめを刺すより逃げる方を優先するべき、とみなして皆駆け出した。
「アトモス? トロい飛空艇だな。主人公向きじゃない」
ぼやきながらバルフレアも走り出し、その姿にも慌てて立ち上がり走り出した。
「俺が飛ばしてもいい?」
「また落ちたいの?」
一刻の猶予もないという状況においてノンビリ主張するヴァンに、いつかのエアバイクのようになるわよとフランに止められしぶしぶ走り出す。
打撃を受けたギースを放り駆け出した一行はラーサーとウォースラが抑えた飛空艇に乗り込んだ。
「気をつけてください」
「またね」
乗り込む際安否を気遣うラーサーに、は手を伸ばして握手をした。
そしてが乗り込んですぐ、飛空艇の扉が閉じられゆっくりと離艦する。
「早く早く、全開!」
「だめ」
急かすパンネロを落ち着かせフランは周囲の飛空艇に紛れるように発進させる。
そして怪しまれずに脱出でき、そのままアトモスは気付かれないよう戦艦リヴァイアサンから離れビュエルバへと航路をとった。
「―――ええ。また、どこかで・・・」
無事脱出していく様子を艦内から見守ったラーサーは、小さくなっていく飛空艇アトモスに向かってそう呟いた。
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