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烏賊の經濟と經營に關する索引
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沖合漁業化の条件
解説 企業經營の中核は漁船漁業で有る。單に企業と謂う點から觀れば沿岸漁場での大型定置或いは増殖業の或る部分も
此れに含まれる。併し、此等は沿岸一定漁場の中と謂う制約が有るのに反して、漁船漁業は任意に操業箇處を選択出來る許りで無
く、漁船屯數を増加すれば漁場範囲を擴大する事が出來(資源の一般的増加)、從って亦、漁獲量の増加を期待出來るからで有る。
定置漁業でも網容量を大きくすれば漁獲量は増加する筈で有るが、定置と謂う静態操業では漁具自体の良否よりも寧ろ魚の來游如
何と謂う生物學的条件が決定的で有るのに反して、漁船漁業の動態操業では、生物學的条件を無視する譯では無いが、魚の所在發
見と採捕と謂う生産用具を重點とする操業の仕方に變わって來る。此の静態的な物から動態的な物への移行、生産用具の發展と生
産増加との關聯のより緊密化を地理的範囲に換算した物が沿岸定置漁業から沖合漁船漁業への転換で有り、此れを可能成ら使めた
一般的条件が漁船の動力化で有る。此れが漁業の近代化を特徴附ける最大の指標で有る。
併し乍、此の動力漁船漁業がノルウェー捕鯨及びトロールの兩輸入種目を契機と仕て發展した處に日本の近代漁業の後進性が有る
に仕ても、在來の沿岸漁業經營種目の中の特定の物が漁船動力化と漁撈作業の機械化に依り漸次沖合漁業と仕ての地位を確立して
行った事、此れに反して、此の条件を具備し無い、或いは此れに立ち遅れた種目と經營が猶廣く存在して居る事は注目す可き點で
有る。企業と生業の差を雇傭勞働の有無に求めるとすれば、漁船の動力化と屯數増加は、程度の差こそ有れ、乘組員數の増加を不
可避たら使め、自家勞働力を上廻る場合には企業經營に転化せ非るを得ない者とする。此の場合にも雇傭勞働が親戚、隣人の手傳
と謂う形、自家勞働と雇傭勞働の合体と謂う形から出發するのが一般的傾向で有る。
『中小企業の最下層は漁家階層に聨續する者で有り、明確に區分する事は出來ないが、漁業を主業と仕て營なむ漁家とは質的な差
を持つ者と仕て取り扱わなければ成ら無い。即ち、規模が増大するに聯れて雇傭勞働に大きく依存し、5屯以上に成ると家族労働
の割合が減少し、雇傭勞働が50%以上を占める様に成る。雇傭勞働が大きく成るに聯れて經營は資本と勞働が分離し、資本概念
が確立して來ると共に、利潤獲得の爲に總ての努力を拂い、他の資本家漁業經營と漁場や市場で竸争する様に成る。特に最近の中
小漁業の著しい特徴は大資本への系列化で有る。』と『日本漁業に於ける資本主義の發達』に記述されて居る。
此の生業から企業への転化は、漁船構造にも依るが、概ね10屯前後と概算される。現在、沖合漁業の代表とされる底曳、旋網、
鰹・鮪及び北洋鮭・鱒の流網と延縄に附いても、其の發端は無動力船2乃至3屯程度乘組員3乃至4人程度の小規模、漁家經營の
手繰網漁業で有って、此れが『沖曳網動力漁船』と仕て初めて農商務省統計に現れたのは1915年(宮城縣5、島根縣2、其他
4)、1920年には早くも北海道と島根縣で『機船底曳』取締規則、翌1921年には全國統一的な省令『機船底曳網漁業取締
規則』を生む迄に發展したので、此の省令が一の縣の知事許可の効力を他縣の管轄水面にも及ぶと仕た爲に、漁船數を事実上一定
數以下に留める事が出來ず、漁法の能率的で有る事と相俟って、全國的種目と成ったが、發生の經過が示す様に其の根源は沿岸漁
家經營で有る。
此の機船底曳は既に企業經營と仕ての發展で有るが、此れが東經130度を境に仕て以西と以東に分かれ、二隻一組操業の前者は
同水域に於けるトロールの竸争者と成り、朝鮮、大聯、青島、上海等の黄海及び東支那海周邊の底曳外地漁業を派生する方向に発
展したのに對して、一隻單位操業の後者は『船型は餘り増大し無いで、隻數而巳物凄い増加を示したが、此れは從來の漁場で操業
する漁船數が増加したに留まり、漁場の沖合化は餘り行われて居ない事を意味して居る。此の結果、當然の事と仕て漁場に於ける
沿岸漁業との紛議は年と共に激化し、底魚資源には濫獲の兆しが觀え始め、併せて無許可操業船や禁止區域の侵犯、操業區域の違
反等の増加と相俟って、底曳漁業に對する沿岸漁民の避難の聲が全國的に高まりつゝ有った。』(底曳網漁業制度沿革史)と謂わ
れる所以は、前者が既に出發の根源を斷ち切った新種目に迄完成したにも拘わらず、後者は、漁場關係も然る事乍ら、此の根源を
殘して居るからで有る。此の事情は對象魚、操業方法、漁獲物の販賣地域の廣狭、用途等の諸条件を含めて解析す可き問題で有る
が、今日、構造改善の一部を成す沖合中小漁業とは主と仕て此の以東底曳漁業を指して居る事にも顕れて居る。
鰺・鯖を對象とする旋網漁業は、戰前、巾着網と呼ばれた沿岸漁業の大宗で有った物が、戰後、魚探船、網船及び運搬船で構成さ
れた船團操業に転化し、一本釣の漁家經營から類別される沖合新種目を形成し、亦、鰹・鮪或いは鮭・鱒の流網、延縄の孰れも沿
岸漁業から出發し乍ら、漁船屯數の増加、漁場の沖合化に伴い漸次企業經營化した物で有る事は漁船屯數に大小區々の差が有り、
以西底曳の様な100屯標準と謂う定型を持たず、大きい物は以西漁船の2乃至3倍の屯數で有り乍ら、小さい物は半分以下と謂
う事にも顕れて居る。孰れに仕ても、漁業の沖合化、生産用具、殊に漁船屯數の擴大、操業の機械化、生業から企業への転化に伴
う經營基礎の勞働から資本概念への移行と謂う一聨の相互關係を持つ事が特徴で有る。
新しい漁業型の形成
解説 沖合漁業の特徴は一隻(組)一經營で有る。漁家經營でも一家族が同時に二隻の漁船で操業する事は考えられ無い
から、此れ亦一隻一經營で有る。漁家經營では季節毎に漁船漁業と増殖とを転換する事は有るが、沖合漁業では、假令種目を季節
毎に變える場合でも、常に々漁船を使用し無ければ成ら無い。漁業法の許可が『漁船毎に與えられる』(52条)とする規定も此
の一隻一經營の考え方に基づく者で、此處での經營規模擴大とは漁船屯數を増加する事で有り、亦所謂船主船頭制、即ち經營者(
船主)が自ら船頭(漁撈長)と仕て雇傭乘組員と共に操業するのが原形で有る。然るに今船主と船頭とが別人格に分離し、船主は
陸上で資金操作、漁獲物販賣、操業用資材の調達を担当し、船頭は專ら漁船での海上作業を主宰する事に成ると、一經營に於ける
分業的兩頭制と謂う漁家經營には存在し無い經營の形が出來る。船主對船頭の關係が委任で有るか、或いは雇傭で有るかは此の段
階では未だ明瞭に規定出來ないが、此の場合、經營規模擴大には二通りの方法が有る。一は当該漁船屯數を増やす方法で、船主對
船頭の關係に變化は無いが、他の方法、即ち船主と船頭の分離に基づき、船主が二隻或いは其れ以上の漁船を、夫々れ個別的には
叙上の船主對船頭と同様で有り乍ら、全体的には一人の船主と多數の船頭との關係とする場合には、經營と仕ての意志決定は結局
船主に歸属し、形態の如何は別と仕て、船頭は事実上船主の決定の下で働く雇傭者に転化する。更に此れが夫々れの船頭の個別的
な操業に委ねられて居た者が總合的に一の指揮命令に依り操業する形に變われば、箇々の船頭は最早全体の中の一部を担当する者
に過ぎ無い事に成る。此處では最早自己の經驗と判斷に從って個別且つ任意に操業する船頭では無く成るが、此の様な一經營の許
での多數漁船の同時操業が操業方法と經營内部の組織を如何に變化させるかは從來の漁業經濟研究が全く觀落として居た點で有る。
其の原因は企業經營でも未だ一隻一經營が大部分で有り、數十隻もの多數漁船の同時同一種目の操業は殆ど獨占的大經營而巳にし
か觀られ無い處から、一隻一經營丈の觀て、經營規模擴大の契機と其の結果を看過した事に在る。
船主と船頭の分離は、從來船主船頭で有った者が年齢其他の事情から陸上に移り、他に船頭を依頼する場合、他産業經營者が漁業
に進出し適当な船頭を物色する場合に分かれるが、此れとは逆に、船主船頭が其の儘の形で融資、業務提携等の經營事情から他の
經營に從属し、最後は自己所有の漁船迄他に移す事に依り獨立經營者から雇傭者に転化する場合等種の經路で形成される。後者は
大經營が小經營を吸収合併する場合の一般的現象で有って、名目上旧企業名を存續するか否かには無關係で有る。沖合漁業が類型
的には中小企業經營とされ乍ら、其の中には獨占的大經營自身の操業する者(例えば、以西底曳、遠洋鮪・鰹等)或いは其の系列
下に置かれた者も有ると謂う様に複雑な構造を持つ所以も船主と船頭の分離が生み出した發展の結果で有る。
『所謂大資本漁業と謂われる四大水産會社或いは七大水産會社に所属する數十の經營体が含まれて居る・・・少し統計は古いが、
1953年漁業センサスに依ると、七大水産會社に所属した經營体數は53で有る』(水産年鑑1963年版)と述べられて居る
様に、所謂沖合漁業の下限は漁家經營に接し、上限は獨占的大經營の事業の一部と成って居り、其の限りでは此れを沖合中小經營
と規定する事は必ずしも正確では無い。經營の大小を觀る爲には一種目の操業規模(主と仕て漁船屯數)の大小で判斷する方法も
有るが、若し一經營の幾種目をも操業する場合には(同一經營名で有るか否かは問題では無く、經濟的事実に基づいて判斷す可き
で有る)、單成る種目別操業規模別經營數の算出の仕方では、其れが顕れて來ないからで有る。
漁家經營と獨占的大經營の上下限に接する經營層を所謂中小經營と仕て一括する方法が慣用で有るが、操業規模が大きく成るに從
い箇人經營から會社經營に移行して居る。從って、今日の漁業は最早昔の様な漁家經營中心で無く、重點は既に此の中小經營に移
行して居ると觀なければ成ら無い。此の重點移動こそ漁船動力化を基礎とする操業の沖合化、機械化が齎した結果で有り、資本主
義が漁業に及ぼした作用の許で經營組織其の物が變化して行く現象形態でも有る。漁業動態調査の經營組織別經營体數を觀ると、
大型定置と地曳網を除くと、會社經營は50乃至100から200乃至500屯に集中し、500屯以上では總數の60%以上を
占めて居るのに對し、箇人經營では10乃至30屯が65%を占めて居ると謂う様な操業規模と經營組織の相關關係も其の一で有
る。
併し乍、漁業沖合化の特徴は單に操業規模の擴大に伴う漁獲量の一般的増加丈で無く、同時に魚種を變え、漁獲量の商品化に新し
い条件を造り出すと謂う事で有る。沖合化に伴う漁獲物運搬の遠隔化、長時間化は其の鮮度を低下させ、數量増加の効果を減殺し
(此れは逆に漁家經營が小漁獲量乍ら鮮度の故に依り大經營に對抗出來る武噐でも有る)亦、沖合漁場で採捕される魚は必ずしも
沿岸漁場と同種の物では無いと謂う處から、異種の魚に操業の特徴を求めると謂う傾向を生み出す。所謂多獲性大衆魚を目的と仕
た漁業、更に、加工原料魚の採捕の爲の漁業が此れで有る。加工原料の条件は同種多量と謂う事で有るが、總じて漁家經營に觀ら
れる様な一口と仕ては少量、而も多數經營の故に口數は多く魚種も區々と謂う条件では此れを加工原料とするに最も不適當で有っ
て、漁家經營が生鮮商品と仕ての販賣に重點を置き、賣殘部分に附いて不得止加工すると謂う方法を採ら非る得ない理由でも有る
が、此れとは逆に、漁家經營の生鮮商品に比べれば価格は廉く、而も一口と仕て多量と謂う事は加工原料と仕て恰好の条件で有る。
當初から加工原料たる事を主体とし、生鮮商品と仕ての販賣は例外と謂う形(以西底曳)、漁獲物の内の相當部分を加工に廻す事
を含みに持つ操業(鰺、鯖、秋刀魚)は漁家經營には存在し無かった新しい操業方針で有るが、此れは同時に漁業經營とは全く分
離獨立した水産加工經營を生み出す契機でも有る。農林省統計調査部水産物流通統計年報の水産加工經營体數(陸上加工)を觀る
と、非沿岸縣でさえ加工經營が有り、而も其の95%が加工專業(主と仕て煉製品加工)と謂う事は叙上の原料供給条件が無けれ
ば成立し無い事を前提とする。水産加工經營或いは其の組合を觀ても、水協法に拠って創られた物と、一般中小企業法に拠って創
られた物との二種が有る事は其の証明で有る。
併し乍、沖合化、即ち出漁操業日數の延長に依り如何に漁獲量を増加したと仕ても、其の漁獲物を市場迄運搬する爲の所要時間の
延長は其れ丈漁獲物の鮮度を低下させ、商品と仕ての價格を低下させる事は事実で有る。一方では漁船屯數、速力を増加させ乍ら、
此れ迄の操業修了後歸港すると謂う方法から仲積運搬船の使用に依り漁撈と運搬とを分離させると共に、他方では漁獲物の船内冷
凍設備に依る鮮度保持を圖ると謂う一聯の措置は其の對應策で有る。今日、冷蔵は鮮魚に準ずる物、冷凍は半加工的處理とされ、
亦、寒暖兩系の魚種の差に依り冷蔵冷凍の効果は異なる處から、具体的處理方法には多少の差は有るに仕ても、此の面での技術の
發達は沖合化を更に海外漁業と謂う全く新しい範疇の漁業を創造せ使めるに至った最も基本的な推進力で有るが、同時に、其れは
亦從來の様な單純生鮮商品で無く冷凍水産商品と仕ての新しい分野を開拓する。此れに反して、此の様な冷蔵冷凍設備を持つ事が
總じて不可能な木船の鋼船化、鋼船のより大型化の必要を招來し、資本力の面からも此れを実行出來る經營と出來ない經營との格
差を益々擴大する。沖合漁業自体の中での分岐發展は、個別的には種目に依り、以西底曳の様に專ら煉製品加工原料供給に重點を
置く者、鮪漁船の様に冷凍商品と缶詰原料とを併行させる者、或いは、北洋助宗鱈漁業の様に今尚漁撈及び加工の兩面で竸争關係
に在る者等、發展の方向と程度は區々で有るが、共通の點は、鮮度保持に依り漁家經營から武噐を奪い、資本力の差に依り沖合漁
業の中での上下兩經營層の分岐(其の一般的指標は鋼船と木船の差で有る)を促進しつゝ有ると謂う事で有る。漁家經營からの對
抗策と仕ては構造改善の一部と仕て漁協を中心と仕た陸上に於ける冷蔵庫の設置に依る生鮮商品と仕ての價格維持措置で有るが、
冷蔵庫運營の爲には一定經費を要するに拘わらず、此れを利用する漁家經營の側では少量漁獲物の故に、倉敷料負担と或る程度の
値下がりとの損失程度の比較が問題と成る。生鮮商品の様な翌日も亦今日と同じ價格が確保されるか何うか極めて不安の場合には
冷蔵庫利用は(冷蔵庫は通常容積單位で費用を計算する爲に少量に成る程此の費用は逓増する)必ずしも有利とは斷定出來ないか
らで有る。此處では冷蔵庫の効果を漁獲量冷蔵庫利用量と一定經費との關係と仕て測定す可きで有るにも拘わらず、單成る鮮度保
持措置と仕て餘りにも一般化し、單純化する處に問題が有る。冷蔵庫新設の漁協が却って採算的に苦しむと謂う屡々觀られる事例
の原因の多くは此處の在る。