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烏賊と電脳の綜合百科事典
烏賊の王様

烏賊の形態と生態

構造と機能に關する索引

(赤文字の部分をクリックすると詳細説明が表示されます。)

  1. 起源と進化
    1. 進化論1 : 烏賊の形態と機能の多様性
    2. 進化論2 : コウイカの甲とオウムガイの殻
    3. 進化論3 : 水圏の三次元的利用
  2. 構造と機能(機能別)
    1. 呼吸噐官 : 呼吸に關する噐官の構造と機能
    2. 循環噐官 : 循環系に關する噐官の構造と機能
    3. 排泄器官 : 排泄に關する噐官の構造と機能
    4. 視覺噐官 : 視覺に關する噐官の構造と機能
    5. 臭覺器官 : 臭覺に關する噐官の構造と機能
    6. 味覺器官 : 味覺に關する噐官の構造と機能
    7. 平衡器官 : 平衡感覺に關する噐官の構造と機能
    8. 變色噐官 : 躰色變化に關する噐官の構造と機能
    9. 發光噐官 : 發光に關する噐官の構造と機能
    10. 消化器官 : 消化に關する噐官の構造と機能
    11. 生殖器官 : 生殖に關する噐官の構造と機能
    12. 神經噐官 : 神經系に關する噐官の構造と機能
    13. 浮力噐官 : 浮力調節に關する噐官の構造と機能
    14. 捕食噐官 : 捕食に關する噐官の構造と機能
    15. 感光噐官 : 光受容に關する噐官の構造と機能
    16. 聴覺噐官 : 音受容に關する噐官の構造と機能
  3. 構造と機能(部位別)
    1. 構圖   : 烏賊の構圖に關する概略説明
    2.     : 烏賊の甲に關する構造と機能
    3. 外套膜  : 外套膜に關する構造と機能
    4. 表皮   : 表皮に關する構造と機能
    5.     : 鰭に關する構造と機能
    6.     : 眼に關する構造と機能
    7.     : 口に關する構造と機能
    8. 脚(腕) : 脚(腕)に關する構造と機能
    9.     : 舌に關する構造と機能
    10. 漏斗   : 漏斗に關する構造と機能
    11. 心臓   : 心臓に關する構造と機能
    12. 墨汁   : 墨汁に關する構造と機能


進化論1(烏賊の形態と機能の多様性)

解説 現在、地球上の海に棲む頭足類(とうそくるい)は凡そ650種、最大限に觀ても約千種と謂う處で有ろう。此れは2萬種程知ら れて居るアンモナイトの時代に比較すると極めて少ないが、海洋の所有(あら)ゆる環境に適應した形態と機能は極めて多様性に富んで居る。

頭足類は、生きて居る化石の一種として有名なオウムガイ類4種(學説に依り最大7種)を除くと、其れは總て鞘形類(しょうけいるい)に属する 者で、一對の鰓(えら)と鰓心臓、外套膜(がいとうまく)に包まれた稍(やや)退化傾向に在る貝殻、及び、吸盤を持ち4乃至5對の腕に分かれ た足(腕)を持つ烏賊(いか)・蛸(たこ)類で有る。

約4億年前の古生代の終期迄の海に繁栄したアンモナイトは、種數は多いものの、生活領域は沿岸淺海域に限られて居たと考えられる。亦、 アンモナイトの直系では無いが、類似する螺旋状の貝殻を有するオウムガイ類も、約5億年前の古生代の初期から現在に至る迄續いて居るが、 化石時代が彼等の時代で有ったと謂える。オウムガイ類は重い殻の中に気室を設ける事に依り、本來海水より比重の大きい貝殻を浮きにする 事に成功し、海底に密着する生活から開放された。併し、大部分は約2億年前の中生代の三畳紀末迄に滅亡し、現在では極めて少數の種が 西太平洋の陸棚斜面より少し深い處に棲息して居るに過ぎ無い。

處が、コウイカ類では、殻は最早螺旋状に巻く事は無く、貝殻に殘る多數の小室は石灰質で埋められて居るものの、充分な気体を蓄えて居り、 浮力を保持して居る。コウイカ類の小室の存在は貝殻を縦断して觀ると解るが、其の末端は貝殻の後域腹面に在る横条面(おうじょうめん)に 現れて居る。オウムガイ類やコウイカ類は、死に瀕したり活力を喪失すると、最早沈下する事が出來ず、海表面を浮漂し、孰れも自然分布域を 遙かに越えた遠距離分散する。例えば、コウイカ類が全く分布し無い亜米利加(アメリカ)大陸にも、欧羅巴(ヨーロッパ)側から長い年月に亘り 漂流した貝殻が漂着する。ツツイカ目に成ると、ヤリイカ、ケンサキイカ、スルメイカ等では、貝殻は脊柱(せきちゅう)的な役割を果たす丈と成る が、躰の筋肉は優れ、鰭(ひれ)も廣く、常時遊泳する事に依り海の表層や中層に生活する事が出來る。處が、筋肉が強力な丈に比重が大き く成り、活力を喪失すれば浮遊する事が出來なく成り海底に沈む。

一方、大深海の中層に浮遊するユウレイイカ類やムチイカ類等では、寧ろ筋肉組織は粗(そ)で、寒天質が其の間を埋める様に仕て比重を出 來る限り海水に近附けて居る。併し、海の中層に棲息する烏賊の比重を測定した研究に依り、躰の部位に依り比重が異なる事が判明して居 る。當然の事乍ら、海中では比重の最も小さい處が最も浮き易い爲、比重の小さい部位が上に成る。其れ故、ユウレイイカ類では、静止して 居る時は、比重が最も小さい第4腕を上に仕て躰は宙吊りの様な姿勢で海中に浮漂して居ると考えられる。其等の頭足類の多くは、筋肉質の 間にアンモニアイオンを蓄えて、更に比重を輕減して居る。アンモニアは恐らく代謝の結果と仕て生成される物が塩化アンモニウムに近い形と 成り皮膚組織内に蓄積されると考えられる。胴長數米に成るダイオウイカ類や寒海に棲息する巨大なニュウドウイカ類等、數拾乃至數百瓩に 及ぶ巨体を浮かせるのはアンモニアに依ると思われる。事実、此等の烏賊類には、生鮮時にも独特の臭気が有り、亦、試食して觀ると苦味乃 至塩味が異常に強く、食用に耐えない事が解る。
頭足類分類系統・地質時代分布圖

進化論2(コウイカの甲とオウムガイの殻)

解説 軟体動物の頭足類(とうそくるい)は、イカ類、タコ類、ツツイカ類、既に絶滅したベレムナイト類等から成る鞘形類(しょうけいる い)、約4億年前の古生代の中頃のデボン紀から6500年前の中生代の終期迄續いたアンモナイト類、約5億年前の古生代の初期のカンブリ ア紀末期から現在迄續いて居るオウムガイ類の3亞綱から成る。

既に絶滅したベレムナイト類やアンモナイト類が頭足類に含まれるのは、其等の殻(から)が化石と仕て殘存して居り、現在棲息して居るオウ ムガイ類、及び、コウイカ類の殻と比較する事に依り、同類と看做す事が出來る事が判明したからで有る。特にアンモナイト類の殻の化石は、 現在のオウムガイ類の殻と極めて類似して居る。孰れも色々な形を仕た殻に適應放散したが、基本は螺旋形に成長する殻、其の中を多くの部 屋に仕切る隔壁、殻の中の總ての部屋を貫通して聯絡して居る聨室細管(れんしつさいかん)を基本要素と仕て居る。ベレムナイト類の殻の化 石は、隔壁や聯室細管は同様に有るが、オウムガイ類の様に終端の部屋(住房)に軟体部が在るのでは無く、軟体部中に殻が埋没して居り、 而も終端の部屋は円筒状では無く篦(へら)状に變形して居る。亦、鞘形類の中でも、深海に棲息するトグロコウイカは、オウムガイ類と同様の 螺旋状に巻いた殻を軟体部に持って居る。

以上の事から、頭足類には、殻の中に軟体部が在る群と軟体部の中に殻が在る群とが有る事が解る。亦、アンモナイト類、オウムガイ類、トグ ロコウイカの様に螺旋状に巻いた殻を有する群とベレムナイト類の様に粗(ほぼ)眞直ぐ伸びた殻を有する群とが有る事も解る。
處で、約5億年前に、現在の烏賊(いか)、蛸(たこ)の先祖と成る初期のオウムガイ類は、直角石やエンドセラス等の幾つかの大きな群に適應 放散した。其の時のオウムガイ類の殻は單に灣曲して居る丈で、現在のオウムガイ類の様に螺旋状に巻いて居ない。亦、此等の初期のオウ ムガイ類の中には、エンドセラス等の様に隔壁で仕切られた部屋が聯室細管の反對側に無い者も居る。其等は、殻の長さが數米にも及ぶが、 此れと現生のコウイカ類の殻の構造は基本的に同じで有る。コウイカ類には、多數の隔壁が有るが、オウムガイ類の様な聯室細管は無い。此 れは、孰れも殻を浮力装置と仕て利用して居るが、浮力調節の機構が異なる爲と思われる。

潜水艦は海水を吸入、排出して浮力調節を行うが、此れは、人類の發案では無く、5億年も前に、烏賊、蛸の先祖に依り行われて居た者で有 る。併し、現在のコウイカ類は、殻が軟体部の中に在る爲、海水の入出は行わず、アンモニアイオンを利用して浮力調節を行う事が解明されて 居る。

此の様に、浮力調節の方法に差違が有るが、初期のオウムガイ類の中でエンドセラス等の殻は、現在のコウイカ類の甲と非常に近似した構造 である。即ち、コウイカ類の甲はオウムガイ類の殻を引き伸ばした物で有ると謂える。
殻構造圖

進化論2(水圏の三次元的利用)

解説 現在の地球上で最も繁栄して居る動物と謂えば昆虫で有る。其の秘密は、キチン質で覆われた躰、發達した複眼等色々有る が、最大の理由は翅(はね)の獲得で有ろう。即ち、他の無脊椎動物が地表を這行する事しか出來ないのに對して、昆虫は、翅を使用して重 力に逆らい、迅速、且つ、廣範囲の移動が可能な處に繁栄を握る鍵が有ると考えられる。

海の中の世界の場合も、矢張り多くの動物が海底を這行する事から始まった。海中には、魚類を初め多數の甲殻類や腔腸動物が生息して居 るが、其の中でも繁栄して居る動物群は、孰れも海底と謂う二次元的な平面よりも水圏、即ち海洋の水界を三次元的に利用して居る者達で有 る。

水は、水棲動物に取り、瓦斯交換(呼吸)の媒体で有ると謂う點に於いては空気と同じで有るが、其他の點に於いては全く異質の物で有る。 第一の特徴は、多くの無脊椎動物に取り、水は体形を保持する役目を有すると謂う事で有る。烏賊の様に閉鎖に近い血管系を有する者でも空 中に放置すると可成り縮小する事も有り、更にイソギンチャク等では体内の水に依り体形を保持して居り、水が骨格の役目を仕て居る。亦、水 は、空気より遙かに粘性が高い爲、一度浮揚すれば空気中の様に急速に落下する事は無い。此の浮力こそが史上最大の動物シロナガスクジ ラ等の巨大鯨類を生存させて居る物で有るが、其の代わり、躰を浮揚させる迄、或いは、其の中を移動する事には大きな抵抗を受ける事に成 る。第二の特徴は、水は食物を搬送して來ると謂う事で有る。二枚貝等は、鰓(えら)を通過する水に含まれるプランクトンを生命と活動を支える 榮養分と仕て居る。此の様な摂餌(せつじ)方法を濾過食性と謂う。此れに對して、空気を榮養分とする陸上動物は居ない。

烏賊の場合は攻撃型肉食動物で有るから、第二の點の恩恵には浴さ無いが、第一の點では、水が持つ特性を充分に活かした生活を營なんで 居る。烏賊の祖先で有るアンモナイト等は殻が重く大きい爲、恐らく多くの時間を海底で這行して居と思われるが、貝殻の退化に依り水圏に躍 進した烏賊類は、所有(あら)ゆる生活戰略に於いて魚類と肩を並べて居る。


呼吸噐官

解説 現生の烏賊類は一對の長い羽状の本鰓を外套腔内に持つ。鰓は内臓嚢から外套腔に突出し、外套開口に斜に向かう。脊側 は懸垂膜で外套内壁に吊され、腹側は遊離して居る。鰓は櫛鰓で、脊側に走る入鰓動脈との間に毛細血管で聨結した多數の薄板から成る。 薄板の數は種に依り異なり、片側の鰓で20乃至80枚を數える。一般的に、遊泳性の高い種程數が多く、浮漂的な生活を營なむ種程少ない 傾向が有る。瓦斯(がす)交換は薄板を通る海水と毛細血管の間で行われる。此の際、鰓はリズミカルに吸収し血液が流れ易くする。外套内 の海水は、遊泳の爲に外套内に吸引した海水を漏斗(ろうと)から噴出する際に交換され、鰓を洗う様に流れる。從って、遊泳と呼吸の爲の海 水交換が外套の収縮に依り同時に行われる。外套の収縮頻度は、種や生活様式、亦、活動状況に依り大きく異なる。一般的に、烏賊類が緩 (ゆ)っくり泳いで居る時は外套の収縮回數は少なく、高速遊泳時には増す。從って、速く泳げば泳ぐ程、鰓を通過する海水の量も増え、瓦斯 交換効率が上がる事に成る。
スルメイカ鰓薄板模式圖・外套腔内海水移動經路圖

循環噐官

解説 烏賊類の血管系は閉鎖系で、心臓、鰓心臓、鰓心臓附属腺、及び、血管から成る。呼吸色素は銅イオンを含むヘモシアニンで、 血液は殆ど無色で有るが、ヘモシアニンが酸素と結合して居る動脈血では淡青色を呈する。ヘモシアニンの酸素親和性は鐵イオンを含むヘモ グロビンに比べ低く、血液の酸素の受容率は体積の3乃至5%で、魚類に比べ低い。併し、酸素の分離は二酸化炭素分壓に鋭敏に反應し、血 液が通過する際、運ばれた酸素の90%以上が内呼吸に利用される。

血液は心臓、及び、鰓心臓の拍動に依り流れる。心臓は内臓嚢の腹側粗(ほぼ)中央に位置し、1心室、2心耳から成る。左右の心耳は、左 右の出鰓静脈に繋がり、心室は前大動脈と後大動脈を出す。前大動脈は、頭部、腕、脳、口噐、漏斗、外套前部、胃、及び、肝臓に動脈血を 供給する。一方、後大動脈は、外套、鰓、生殖腺、腸、及び、墨汁嚢に動脈血を送る。

体前部に送られた血液は、肝臓の腹側中央を走る大静脈に集められ、心臓の手前で二叉し左右の鰓動脈と仕て鰓心臓に入る。体後方の血 液は、左右の腹静脈に集められ、左右の外套静脈と合して鰓心臓に入る。

鰓心臓は左右の鰓の基部に位置する筋肉質の袋で、静脈血を集め其の収縮に依り血液を入鰓動脈に送り出す。薄板の鰓毛細血管を通過す る際、二酸化炭素を放出し酸素を取り込む。然うして、出鰓静脈を通り、心耳を經て心臓に入る。

從って、烏賊類は躰各部に血液を送る心臓の他、鰓に於ける血流を高める鰓心臓を持ち、効率の良い瓦斯(がす)交換を行って居る。ヘモシア ニンは、鰓と外套内壁を繋ぐ懸垂膜に附く鰓腺で合成される。亦、血液細胞と仕て白血球と變形細胞が知られ、眼の近くに位置する白体、或い は、ハンセン氏腺と呼ばれる特殊な噐官で造られる。
動脈系圖・静脈系圖

排泄器官

解説 烏賊類の排泄器官は、鰓心臓附近に集中して居り、腎臓、鰓心臓附属体、及び、腎附属体から成る。腎嚢は主に尿を貯蔵す る透明の袋で、鰓の基部に開く腎門から外套腔に尿を排出する。鰓心臓附属体は鰓心臓に隣接し血管で聨なり、鰓心臓の拍動と共に、血漿 中の老廃物を濾過する。排泄器官の主要部を爲す腎附属体は、白色の微粒の集合体で、大動脈から左右の鰓動脈の周囲に附き、静脈血か ら老廃物を摂取し、尿を分泌する。亦、塩類やアミノ酸、糖等の再吸収も行う。

尿の主成分はアンモニアで尿酸は造られ無い。アンモニアは血液中でアンモニアイオンに變化し、一部は尿と仕て排出され、一部は鰓から直 接海水中に排出される。猶、殘りのアンモニアイオンは浮力調整に利用される。
排泄器官圖

視覺噐官

解説 烏賊類の感覺噐は他の無脊椎動物に比べ高度に發達して居る。特に、視覺は脊椎動物の眼と粗(ほぼ)同じ構造の大きな眼 を持ち、亦、良く發達した眼神經節から特に優れて居ると考えられる。眼は頭部両側に位置し、角膜、虹彩と虹彩に囲まれた瞳孔、水晶体、網 膜、及び、視神經から成る。開眼類では、角膜は丸く開いて居り、眼窩の前部は海水が自由に流入する。閉眼類やコウイカ類では、角膜は殆 ど閉じて居り、涙孔と呼ばれる小孔が眼窩前部と通じて居る。瞳孔は烏賊類では円形で有るが、コウイカ類ではW字形で有る。水晶体は粗球 形で、毛様体筋で支持されて居る。水晶体の焦點距離は、其の直径の2.5倍程で、水晶体の厚さを變えて焦點距離を調整する事は出來ない が、水晶体の位置を前後に動かす事に依り、若干の調整は可能で有る。併し、水中では透明度や光の減衰で觀える距離は限られ、亦、特に 近くを觀る必要も無いので、粗固定焦點でも問題が無い者と思われる。此の球形の水晶体の特色は、水晶体から等距離の網膜上に何の方向 からの光も焦點を結ぶ事が出來る點で、烏賊類は粗180度の視野を有して居る。從って、外洋性の烏賊類では、躰周囲全域が視野範囲に入 り、索餌や捕食者の接近を知覺する上で有利で有る。コウイカ類では眼球を前方に傾ける事に依り両眼視野を重複させ、立体視と高い對物距 離測定能力を持つ。

烏賊類の網膜は、脊椎動物の網膜と異なり、感棹が網膜内側に向いて居て直接光を受ける。感棹の分布密度は1平方粍で5乃至10萬を數 える。特に、網膜の赤道に當たる部分に帶状に分布密度が高く、水平方向の視力が優れて居る事を示唆して居る。感棹の感光色素は、主に ロドプシンで、種に依り異なるが、470乃至500nmの波長を最も良く吸収する。此れは青から緑の光に最も鋭敏に反應する事で、此の色帶 は海水中で最も減衰し難い。亦、吸収する波長帶が一箇處に限られる爲、烏賊類が感じる映像は單色で有ろうと推察される。

眼の形態も、生活様式に應じて變化し、特に光が届くか届か無い中深層域に棲息する烏賊類で、特殊化して居る。ゴマフイカ類では、左眼の 大きさが右眼に比べ1.5乃至2倍程も大きく、左右の眼神經節の大きさも異なる。視野、視力に優れて居る左眼は、微弱な光が來る上方向 を觀る爲に發達し、小さい右眼は下方に居る發光生物の光を觀る爲に特殊化したと考えられて居る。サマハダホウズキイカ科の或る種では 其の幼若期に、長い柄で頭部から離れた發光噐の附いた眼を有して居る。此れは下からの捕食者に對する擬態、或いは、餌との距離を正確 に測る爲と考えられて居るが、寧ろ暗闇の中で發光噐に依り眼の位置を示し、其の間隔の廣さに依り捕食者に其の烏賊の大きさを錯誤させる 事を目的に仕て居るのでは無いかと思われる。
眼構造模式圖 クラゲイカ頭部斷面圖

臭覺噐官

解説 烏賊類の化學的受容噐と仕ては、ヤリイカやスルメイカの頸部に在る數枚の肉褶状の臭覺冠とコウイカ類の眼の後方に在る臭 孔が知られて居る。其の位置から、外套内に吸引する海水中の化學物質の感知噐で有ると推測されるが、其等の実際の機能に附いては知ら れて居ない。

味覺噐官

解説 烏賊類の味受容噐は皮膚細胞起源の様々な繊毛細胞で、主に吸盤の縁の上皮と口唇上に分布する。亦、吸盤の上皮には 機械的刺激を受容する感覺神經と化學的刺激受容神經が多數分布し、触覺と味覺を同時に感知して居る。吸盤上に触覺と味覺感覺が集中 して居る事は、触腕と腕で餌を捕らえる烏賊類の摂餌様式と密接に關聯して居る。

平衡器官

解説 烏賊類の平衡感覺噐は平衡胞と呼ばれ、頭蓋の腹側後端に位置する軟骨で包まれた一對の小室で有る。小室内部は内リン パ液で満たされ、3箇處に有毛の感覺上皮(平衡斑)と附随する3箇の平衡石を持つ。平衡石の内1箇が特に大きいが、スルメイカの成体でも 長径で1.5粍前後で有る。平衡石はカルシウム塩の結晶から成り、種に依り形態が異なる爲、分類形質と仕て用いられたり、亦、内部に刻ま れた成長輪から年齢査定に利用されて居る。小室内壁には、感覺細胞の集合した平衡峰が環帶状に隆起し、多數の棒状の表皮突起が突出 する。

平衡石の動きに依る感覺は、重力の作用や運動開始、又は、運動停止時に加わる直線加速度を受容するのに適して居る。亦、平衡峰や表皮 突起から得られる内リンパ液の動きに依る感覺は、任意の方向の角加速度を受容するのに適して居る。此の2感覺に依り、姿勢保持而巳成ら ず運動中の加速や減速、方向転換等を制御して居る。特に表皮突起の數は種に依り異なり、サメハダホウズキイカ類では殆ど觀られず、ミミイ カで6箇、ホタルイカで10箇、スルメイカやテカギイカで11箇、コウイカ類で12箇、ソデイカでは13箇が數えられ、運動や遊泳能力と深く関連し て居る。何種類かの烏賊類で、特定の波長の振動に對して反應する事が知られ、平衡胞が關與して居ると考えられて居るが、烏賊類の聴覺 に附いては、殆ど解明されて居ない。

補足 頭足類には、頭蓋骨の中に平衡石が在る。其れも種に依り種々の形が有るが、一般には1乃至2粍の紡錘形の石灰質の塊で 有る。初めは此れに依り種の査定が出來ないかと研究されたが、最近は平衡石に刻まれる輪状の筋を數えて年齢を知る方向に方向転換して 居る。即ち、烏賊の場合、他の動物の様に年齢を表す骨や鱗(うろこ)の様な硬組織が無く、直接年齢を知る事が出來なかった。其處で、漁獲 物等の体長の變化から年齢を割り出そうと仕たが、成長の早い烏賊の場合は生誕月が僅差でも体長に大差が有り、年齢査定の有効な手段 には成り得無かった。處が、平衡石に木の年輪の様な模様が發見されるに至り、其れが1日に1本出來るのか、1箇月に1本出來るのかが判 明すれば、烏賊の年齢を査定する事が出來るので、食物の中にテトラサイクリンの様に螢光反射する物質を混ぜて、間隔を空けて給餌し、其 の日數と其の間に出來た平衡石の筋の本數を照合した結果、薄片に仕て顕微鏡で觀察した平衡石の筋は、1日に1本出來る事が確認され、 現在では、烏賊の年齢(日齢)を直接査定出來る様に成った。

今迄も、スルメイカは、一年魚で有ると謂われて來たが、其れは標識放流の結果、1年を越えて再度捕獲された箇体が絶無で有ったからで有 るが、実際に平衡石の輪紋を數えて觀て、確かに365本を越える者が無い事が実証された。併し、此の研究は緒に就いた處で、總ての烏賊 の寿命が判明した譯では無い。冷水域に棲息する烏賊は、1年處か、3年も4年も生存して居ると思われ、巨大なダイオウイカ類の寿命が何の 位で有るか、現在の處、判明して居ない。
平衡石輪紋圖 平衡胞斷面圖

變色噐官

解説 烏賊類の特筆す可き能力のひとつに、瞬時に躰色を變え得る事が擧げられる。特に、複雑な環境の沿岸底域に棲息するコウ イカ類で此の能力が優れて居る。コウイカ類は、砂や泥、岩礁等の底質に合わせて、様々に躰色を變える事に依り、高い擬態・迷彩能力を持 つ。亦、光の到達する外洋、近海表層域に棲息するアカイカ科やヤリイカ科の烏賊類では、躰色は脊側で濃く、腹側で淡く、上下方向からの 捕食者に對する迷彩と成って居る。

烏賊類の躰色は、上皮直下に層別に分布する色素胞の収縮・擴張と其の下層に分布する分光反射板の虹細胞に依り變化する。色素胞は色 素粒を満たした柔軟な袋で、其の周囲に放射状筋繊維が附随して居る。筋繊維が収縮すると色素胞は引張られ薄い板状に擴がり、弛緩する と色素胞は収縮して目立た無い様に成る。色素胞には黒、赤、橙、黄、青色が有り、幾つかの層に分かれて分布し、其等の分布密度、分布 様式に依り躰色や模様が決まる。

虹細胞は黄、青、緑等の光を選択的に反射する小板とグアニンを含んだ白色に輝く白色素胞が有る。各色素胞層を通過した光は、下層の虹 細胞で亂反射される。從って、色素胞が總て収縮した状態では、躰色は下層の虹細胞の亂反射と筋肉の色で有る白、若しくは、半透明で、何 色かの色素胞を擴げる事に依り、特有な躰色を表す事に成る。

色素胞の収縮・擴張は視覺の刺激を基に、神經系が制御する爲、瞬時の躰色變化が可能と成る。亦、躰色の變化は迷彩而巳成らず、摂餌や 攻撃と謂った興奮時、更に、求愛行動の際にも顯著に成る。
色素胞圖 色素胞・虹細胞分布様式圖

發光噐官

解説 光が届くか届か無い中深層に棲息する烏賊類では、躰色を變える事に依る迷彩は殆ど意味を成さない。中深層性のゴマフイカ 科やホタルイカモドキ科の烏賊類では、躰全体が暗紫色、暗赤褐色を呈する。亦、サメハダホウズキイカ科やユウレイイカ科の様に、半透明な 躰を持つ者が多い。此れは、薄明域で周囲の暗闇に溶け込む爲の躰色と謂える。此等、中深層性の烏賊類の中には、生物発光をする者が多 い。發光噐官は、墨汁嚢内に共生發光バクテリアを保有するダンゴイカ科の烏賊類を除くと、發光組織と發光噐に分けられる。
發光組織は体細胞の一部が發光細胞に變化した物で、眼胞腹面上や外套、頭腕部パッチ状、帶状、網目状に分布する。發光噐は、基本的に 發光細胞層と反射板、クチクラ性のレンズと色素層から成り、色や光の強さを調節出來る。更に發達した發光噐は、色素胞の膜に依るシャッタ ー機構を備える物も有る。

發光組織、發光噐の大きさや形、數、分布する躰部位や配列は種に依り様々に異なる。此等發光噐官の生態的機能と仕て、ホタルイカモドキ 科やゴマフイカ科の烏賊類に觀られる躰腹面に多數分布する微少な發光噐は、躰の上方より來る光と同じ強さの光を下方に發光する事で、自 分の影を消し、下方からの捕食者の眼を逃れる働きをすると考えられて居る。此等の烏賊類は、日中は中層域に分布し、夜間に表層近く迄日 周鉛直移動を行う者が多い。亦、表層性や中層性の烏賊類に多く觀られる眼胞腹面を覆うパッチ状の發光組織や大型の眼發光噐、墨汁嚢附 近に在る大型の内臓發光噐も、眼胞や墨汁嚢の様な影を作り易い部位を觀え難くする働きが在る者と思われる。ホタルイカやヤツデイカ類の 腕先端に位置するシャッターを備えた特に大型の發光噐は、強い光を瞬時に發する事に依り、敵を混亂させたり、仲間の間で或る種の信号の 働きをすると考えられて居る。

發光の生態に附いては未だ不明の部分が多いが、發光噐の分布する躰部位や配列は種に依り異なり、分類形質と仕て重要で有る許りで無く、 恐らく烏賊類の間でも發光噐の形式や明滅の様式に依り仲間を認識して居る者と思われる。
發光組織・發光噐分布様式圖

消化器官

解説 口球内の上顎と下顎で噛み切られ、歯舌に依り擂り潰された食物は、頭蓋軟骨中央を貫通し肝臓(消化腺)の脊側を走る細長 い食道を經由して、肝臓の後ろに位置する胃に送られる。肝臓の前端に食道に接して一對の後唾腺が在り、唾液管を通じて口球の口腔内に 蛋白分解酵素を含んだ消化液を分泌する。コウイカ類では、唾腺の分泌液の中に甲殻類を麻痺させる毒素を含んで居る。胃は筋肉質の袋で、 大きな盲嚢を備えて居る。胃と盲嚢の間に肝臓から延びた導管(輸胆管)が開き、胃と盲嚢に消化液を分泌する。導管の基部はスポンジ状の 腺質が附随して居て、通常膵臓と称呼されて居る。胃で消化液と混合された食物は周期的に盲嚢に送られ、更に分解酵素が加えられ消化が 終了し、脂質、アミノ酸類、炭水化物の吸収が開始される。吸収は盲嚢壁と肝臓で行われるが、ヤリイカ類は特に大きな盲嚢を持ち、吸収の 殆どが盲嚢壁で行われる。コウイカ類では、肝臓が主な吸収噐官で、肝臓は消化液の分泌と消化物の吸収を交互に行う。其の爲、肝臓が分 泌と吸収行程を同時に行える烏賊類に比べ、消化・吸収に懸かる時間が可成り長い。

消化速度、吸収率は生活様式、水温、雌雄、發育段階等の要因に依り變わるが、通常水温が高い程消化速度は速く成る。水温が摂氏18度 附近に棲息して居るヤリイカ類では消化は4乃至6時間で終了する事が報告されて居る。亦、熱帶や温帶域に棲息するアカイカ類では、夕刻 摂取した餌が朝には完全に消化される事が知られて居る。一方、水温摂氏15乃至20度に棲息するヨーロッパコウイカは消化に15乃至20時 間懸かると謂われる。從って、一日に飽食すると仕て、摂餌回數は遊泳性で活性が高いヤリイカ類やアカイカ類で通常一日二回、底性で動き の不活溌なコウイカ類は一日一回か其れ以下と推測される。

烏賊類の餌を細かく噛み切り、擂り潰して胃に送り、消化液と混ぜる方法は、餌を丸呑みする魚類に比べ消化速度・効率は可成り高い者と思 われる。其れが、烏賊類の消化管を比較的短く單純な構造にする事を可能に仕て居ると思われる。亦、他の軟体動物に觀られ無い消化液の 分泌と消化物の吸収を同時に行う烏賊類の肝臓は、肉食性で活溌な遊泳生活に關聯して速い消化速度を達成する爲に發達した者と謂える。
消化噐系圖 歯舌圖

生殖器官

解説 總ての烏賊類は雌雄異体で有性生殖を行う。雌雄に依る外形の差は少なく、成熟前には雌雄の判別は困難で有るが、ヤリイ カ類では雄が雌より大型に成る者が多く、アカイカ類を初めとする開眼類では逆に雌が大型に成る傾向が有る。コウイカ類では、雄の腕の先 端が鞭状や篦(へら)状に延びる第二次性徴が認められる。亦、ヤリイカ科やホタルイカモドキ科、アカイカ科の雄では、成熟に伴い左右の孰れ か一方の第4腕の先端部の吸盤が消失し、肉褶状、或いは、匙状に變形する。此れは交接腕と呼ばれ、雄が雌に精莢(せいきょう)を渡す際 に、精莢を取り扱う爲に變形した者で、雄の第二次性徴と謂える。

雌の生殖器官は、卵巣、輸卵管、輸卵管腺、纏卵腺、副纏卵腺とから成る。卵巣は小粒の集合した房状で、成熟が進むと外套腔の後半分以 上を占める様に成る。輸卵管は開眼類では左右に一對有るが、コウイカ類と閉眼類では左側に一箇しか無い。卵巣で發達した卵は、輸卵管に 集められ、産卵迄其處に蓄えられる。輸卵管腺の數は輸卵管の數に依り決まり、輸卵管の末端附近に接續する。輸卵管腺は、産卵の際、弱 い粘着物質を分泌し、卵の表面を包む。纏卵腺は、ホタルイカモドキ科を除く烏賊類、及び、コウイカ類に觀られ、卵巣前部腹側に一對を爲す。 纏卵腺は烏賊類ではソーセージ状、コウイカ類では楕円盤状を呈する。纏卵腺は、産卵の際、卵嚢、或いは、卵塊を形作るゼラチン質の物質 を分泌する。烏賊類の卵巣の發達様式は非同時型で有る事が特徴で、總ての卵細胞が完熟に達する迄に可成りの時間を要する。其處で、卵 巣から徐々に送り出される熟卵を輸卵管内に蓄える事に依り、産卵時に多數の熟卵を同時に産出する事が可能と成る。從って、産卵の間際に は卵巣は萎縮し、代わりに熟卵の詰まった輸卵管が外套腔の大部分を占める様に成る。亦、産卵が近附くと纏卵腺も大きく發達するので、卵 巣、輸卵管、纏卵腺の重量變化が雌の成熟状態を表す重要な指標と成る。

雄の生殖器官は對を爲さず内臓嚢の後部中央から左側に位置し、精巣、輸精管、貯精嚢、貯精嚢附属腺、精莢嚢、陰莖から成る。精巣で造 られた精子は、輸精管を通り貯精嚢に送られる。貯精嚢と附属腺は複雑な噐官で、精莢(精包)と呼ばれる一種のカプセルを造り、精子を其の 中に詰める。精莢はバットの様な形状で、外側はムコ多糖類と蛋白質が結合した弾力の有る外鞘で囲まれる。太い部分に精子塊が詰められ て居り、中間に粘着体、細い部分に發条(ばね)の様な射精管が有り、握りの稍(やや)太く成った處で發条が螺旋状に巻いて居る。精莢は種 に依り大きさ、形状が異なるので、分類の重要な形質と成る。完成した精莢は、精莢嚢に送られ、其處に蓄えられて、交接の際、陰莖を經て 取り出される。陰莖の長さは、コウイカ類や精莢を取り扱う爲に變形した交接腕を持つ烏賊類で短く、一方、交接腕を持た無いツメイカ科、テカ ギイカ科、ユウレイイカ科、ムチイカ科の烏賊類では極めて長く、陰莖の先端が外套の外に突出する者も觀られる。雄の成熟状態を表す指標と 仕ては、精巣と精莢嚢の重量變化と精莢嚢内の完成した精莢の蓄積状態が重要で有る。
交接腕變形部圖 雌性生殖器官圖 雄性生殖器官圖 精莢模式圖

神經噐官

解説 烏賊類の神經系は、他の無脊椎動物に類を觀ない程高度に發達して居る。特に、神經節の頭部への集中が進み、脳神經節 を形作る。脳神經節は、軟骨で保護された頭部の両眼を結ぶ中央、食道の脊側に位置し、左右に眼神經節、腹側に脚神經節と内臓神經節に 囲まれ、各々の間は短い神經に依り聨結して居る。此等を綜合して、中央神經系と呼び脳を形成する。脳の中では、眼神經節の占める割合が 最も高く、次いで脳神經節、脚神經節、内臓神經節と續く。脳神經節からは、口球直下に在る喉上神經節に神經が走り、更に喉下神經節を經 て食道神經が延びる。眼神經節からは多數の神經が眼球に送られる。脚神經節は前方に太い神経を出し、腕神經節と成り、其處から左右五 本の神經が各腕に延びる。亦、脚神經節からは漏斗(ろうと)に漏斗神經を送る。内臓神經節からは、内臓神經と外套神經が派生する。内臓 神經は二叉し内臓脊面を走り、肝臓、墨汁嚢に神經を送り、鰓(えら)に向かう鰓神經を分かち、心嚢に達して心臓神經節を形成する。更に、後 方に延びた内臓神經は生殖噐に達する。外套神經は外套内前方脊面に在る星状神經節に繋がり、其處から放射状に神經が外套膜に送られ る。後方に延びる神經は太く、帶状を爲し巨大神經と呼ばれ、神經生理の実驗に屡々(しばしば)用いられる。外套に分布する神經は、太さが 一様では無く、神經の末端と星状神經節との距離が離れる程太く成る。此れは、外套各部の筋肉繊維に接續する神經に同時に興奮を傳える 爲の仕組みで、興奮の傳達速度は神經の太さに比例する事から、神經末端の距離に應じて神經の太さを變える事に依り、外套全筋肉の同調 した収縮運動を可能に仕て居る。

烏賊類の脳の大きさは、魚類の其れに粗(ほぼ)匹敵する。脳の大きさは、生活様式に關聯し、特に視覺を司る眼神經節と運動を統制する脚 神經節、外套神經の發達に比例して居る。從って、外洋表層域を高速遊泳し、索餌や逃避の爲に視覺の發達したアカイカ科やソデイカ科の脳 が最も大きく、次いで遊泳性の若干劣るツメイカ科やテカギイカ科、ヤリイカ科の烏賊類、然して沿岸の海底附近を生息域とし、動きの不活溌な コウイカ類と續く。サメハダホウズキイカ類の様な中深層で浮漂生活を送る烏賊類は最も脳が小さい。
神經系全体圖・脳神經附近圖

浮力噐官

解説 海底を生息域とするダンゴイカ類を別にすると、多くの烏賊類にとって躰を海中に浮かせ或る一定の水深に保つ事は、水平方 向への運動能力と同じ様に重要で有る。烏賊類の浮力調節機能と深度保持機能も生活様式や遊泳力と關聯して居る。此れを大別すると下記 の三通りに分けられる。

最初に、外洋や近海域の表層から中層域を活溌に遊泳するアカイカ科やヤリイカ科の烏賊類では、特別な浮力調節噐官を持たず、漏斗(ろう と)からの水の噴出と鰭(ひれ)の動きに依り浮力を得る。從って、泳ぎ續ける事に依り躰の位置を保つ事に成るが、自由に遊泳深度を變える 事が出來る。此等の烏賊類は、躰が筋肉質で強力な噴水と水の抵抗の少ない紡錘型の体型を持ち、遊泳能力は極めて高い。
次いで、中深層で浮漂生活を送るトグロコウイカや沿岸の近海底を棲息場とするコウイカ類では、隔壁で區切られた多數の小室から成る石灰 質の殻を外套内に持ち、其の中の瓦斯(がす)量を變化させて浮力調節をする。トグロコウイカでは、25乃至35室に分かれた螺旋状の殻を外 套後端に持ち、コウイカ類は隔壁で隔てられた狭い小室が重なり合った舟型の殻を外套脊側に持つ。各小室には大気壓より低い瓦斯と小室 内液が入って居り、各小室は体管に依り聨結して居て、体管血液と小室内液間のイオン交換に依る浸透壓の均衡で、小室内の瓦斯量が調 節される。小室は殻で保護されて居る爲、水壓に依る体積の變化を受け無いので、水深に拘わらず一定の浮力を得る事が出來る。從って、泳 ぐ事無く一定の水深で躰の位置を保つ事が出來、比較的自由に水深を變える事が出來るが、殻の強度に依り濳行可能水深が決定される。実 驗に依ると、コウイカの殻は水深200米前後、トグロコウイカの殻は水深1500米附近で水壓に依り破壊される。此の方法では、殻が浮体と成 る爲、躰組織は筋肉質を保つ事が出來、鰭の形状と相俟ってコウイカ類では微妙な運動が可能と成る。併し、躰内部に大型の殻を持つ爲、高 速で持續する遊泳には適さ無い。

最後に、中深層性の烏賊類の多くは、海水より比重の輕い液を外套腔内に仕切られた体腔、或いは、体壁内に微少な液胞と仕て蓄え、浮力 調節を行う。サメハダホウズキイカ類では、体積の60乃至70%を占める体腔内に蓄えられた体腔液に依り浮力を得る。体腔液は海水と等張 で有るが、海水の陽イオンを、代謝産物で有るアンモニアイオンに置き換える事に依り、海水の比重(約1.022)に對し約1.010と輕く、海水 より重い躰組織(比重約1.046)と均衡を取って居る。ゴマフイカ科、ヤツデイカ科、ムチイカ科、ユウレイイカ科等の烏賊類は、体壁内に散在 する多數の微少な液胞内に体腔液と同様な液を蓄え、躰全体で浮力調節を行う。種に依り液胞の多く分布する躰部分が異なり、ユウレイイカ 類では第4腕に特に多く、中深層で第4腕を上に仕て吊り下がる様な状態で浮漂して居る者と考えられて居る。体壁内に液胞が散在する爲、 此等の烏賊類の躰組織は柔らかく、ゼラチン状に成る者も有る。從って、運動能力は筋肉質の烏賊類に比較して極めて低い。此の浮力調節方 法は、泳ぐ事無く一定の水深を保ち、亦、水壓の影響を受ける事が無いので、中深層で浮漂生活を送る烏賊類に適した者と謂える。

海と空で直接の比較は出來無いが、烏賊類の運動方法と浮力調節機能を解り易く航空機に喩えると、遊泳性の高い烏賊類はジェット機型、コ ウイカ類は飛行船型、サメハダホウズキイカ類は熱気球型と理解される。
浮力調整機構圖

捕食噐官

餌を捕らえる爲に重要な触腕は、第3腕と第4腕の間から延び、長い触腕柄と其の先の稍(やや)扁平した触腕掌部から成る。掌部は吸盤、或 いは、吸盤が變化した鉤(かぎ)を備える。亦、タコイカ類やヤツデイカ類の様に成長の過程で触腕を失う者も有る。八本の腕は、口を囲んで環 状に並び、背側の腕から第1腕、第2腕、第3腕、第4腕と称呼する。腕の口側内面に通常二列の吸盤か吸盤の變化した鉤が互い違いに並ぶ。 吸盤は、吸盤柄と呼ばれる肉柱の上に、筋肉質の吸盤球と其の中にキチン質の角質環を備える。吸盤球を収縮させる事に依り陰壓を生じ、他 物に吸着する。角質環の縁は平滑か、鋭い小歯を持ち、吸着するのと同時に滑止めの働きをする。触腕掌部吸盤の角質環は其の全周に亘り 小歯を持つが、腕吸盤の角質環は其の腕の先端部に歯を持ち基部側は平滑で有る事が多い。此れは餌を捕らえる爲の触腕と捕らえた餌を保 持し口へ運ぶ腕の機能の違いを反映した者と謂える。鉤は吸盤角質環が變形した物で、吸着は出來ないが、より高い滑止めの効果が有ると 思われる。

触腕の形状は種に依り様々に異なり、摂餌様式と深く關聯すると考えられるが、食性と形状を比較した研究は少ない。アカイカ科、ヤリイカ科の 触腕は筋肉質で長く、触腕掌部は通常四列の吸盤が並び、内側二列中央部の吸盤が特に大きく、角質環の小歯も良く發達して居る。此の形 式は、小型の動物プランクトンから魚類迄幅廣く餌を捕らえるのに適した万能型と謂える。ツメイカ科の烏賊類では、触腕掌部内側二列の吸盤 が強力な鉤に變化し、外側二列の吸盤は消失する者が多い。此れは、より大型の動きの速い餌を捕らえる爲に特殊化した者と思われるが、ツ メイカ科の中には中層域で比較的不活溌な生活を送る種類も多く、單純に結び附ける事は出來ない。コウイカ類では、通常触腕は第3腕と第4 腕の間に在る小袋に収められて居り、摂餌の際に繰り出される。触腕掌部は吸盤が四列で内側列の數箇が特に大きい者と、等大の小型吸盤 が密に並ぶ者が混在する。恐らく、沿岸域の多彩な餌生物に對應した形状變化で有ろう。深層に棲息するムチイカ類、ヤワライカ類、ナツメイカ 類では、触腕は先端迄細長く、明確な掌部を欠き、微少な吸盤に依り密に覆われる。此の様に触腕は餌を捕らえると謂うよりは、寧ろ粘着テー プの様に懸濁有機物を吸着する者と思われる。

摂餌様式は、成長に伴う捕食噐官の發達や餌生物との相對的な躰サイズの關係、棲息域の移行等の要因に依り大きく變わる者と考えられる が、其の詳細は殆ど解明されて居ない。
歯舌圖 腕・吸盤模式圖 触腕掌部形態圖

感光噐官

解説 ホタルイカの眼の周邊には光を感じる四對の噐官が有る。頭部の脊面で眼の後方の外套膜との境目附近に窓と呼ばれる色 素胞が無い円形の部分が有るが、此の窓の下に第一對目の光受容噐が在る。第二對目は頭部の側面で漏斗の在る處の中に在り、第三對 目と第四對目は頭部の前方と後方に在る。

ホタルイカは、海中では躰を水平に仕て居る爲、上方からの太陽光を窓を通して第一對目の光受容噐で感知し、其れに對應して腹面の發光 噐から光を放つ。亦、体外に向かい光を放つ發光噐の中で漏斗の内側(脊側)に在る數箇の發光噐丈は体内に向かって光を放ち、此の光を 第二對目の光受容噐で感知し、第一對目の光受容噐で感知した光との光量の均衡を調節する。此れに依り、上方からの太陽光と自らが發 する光を同調させ、下方からの捕食者に對して身を隠す譯で有る。
ホタルイカ光受容噐模式圖

聴覺噐官

解説 烏賊は、發達した眼に依る優れた視覺を有するが、聴覺も亦有して居ると思われる。即ち、烏賊を飼育して居る水槽を輕く叩く と、烏賊は、瞬時に躰色を變化させ逃避する。亦、スルメイカは、周波數600ヘルツの音に惹き附けられ、漁獲率が上がると謂う報告も有る。 孵化した許りの烏賊の稚仔を電子顕微鏡で觀察すると、繊毛が列を成して体表に生えて居るが、此れは振動、即ち音を探知する噐官で有ろう と考えられて居る。

烏賊の構圖

解説 烏賊は、蛸と同様に脊骨の無い無脊椎動物で有る事は周知の事で有るが、其の内の軟体動物に属して居る。併し、軟体動物 の主体は、貝類で有る。貝類の中でも、鮑(あわび)、栄螺(さざえ)、田螺(たにし)等の巻貝(腹足類)では、内臓部分は螺旋状の貝殻の中に 収納されて居る。然して貝殻全体を脊負う様に扁平な筋肉質の足が有り、躰の前方に眼や触角の有る頭部が有る。蝸牛(かたつむり)も陸上 に棲息する巻貝の一種で有り、粗(ほぼ)同形を仕て居る。貝類の中にはも様々な種類が有り、總てが此の様な形状を仕て居る譯では無いが、 動物の脚は腹側に在るのが基本で、口の在る頭部は躰の最前端に在り、從って、口の在る方が動物の前と謂う事に成る。
處が、烏賊の場合、眼と口の在る頭部の前方を10本の脚(腕)が取り巻き、頭部の直ぐ後方に内臓が在る。即ち、脚部、頭部、内臓が一直線 上に並んで居る。此の様に頭部の前方に脚部、頭部の後方に内臓が一直線に並ぶと謂う構圖は、他の動物に例が無く、此れが烏賊類を分類 學上、頭足類と称呼する所以で有る。

烏賊の甲

解説 烏賊類の中でもコウイカ類は、『烏賊の甲』と称呼される舟形の貝殻を有して居る。併し、貝殻とは謂え、蛤(はまぐり)や栄螺 (さざえ)の貝殻とは異なり、非常に脆(もろ)い物で有る。此れは、アンモナイト(菊石)やベレムナイト(矢石)等の様に化石と仕て出土する烏 賊の祖先の殻が、總て中が小室に分かれて居り、其の名殘りがコウイカ類の甲に線条と成り殘存して居るからで有る。即ち、烏賊の甲は、多 室の貝殻で有るが、夫々れの小室が極めて狭く、而も石灰質で半ば埋められて居る物と理解出來る。從って、烏賊の甲は、多孔質で輕く、烏 賊の浮力体と仕て機能して居る。此の爲、甲を有する烏賊類は、死に瀕すると、浮沈の制御力を失い、海面に浮漂する事と成る。一方、ヤリイ カやケンサキイカ、スルメイカでは、貝殻は軟甲と称呼される薄い膠(にかわ)質の物に變化し、最早浮力体と仕て機能せず、躰を支持する爲 に而巳役立つ。此の様な烏賊類は、海水より比重の大きい筋肉を持つ爲、死亡すると海底に沈下して仕舞う。

烏賊の甲も軟甲も、外套膜(がいとうまく)と称呼される胴部の肉質部に埋没して居る。此の外套膜は、貝類で謂えば、貝殻の内面に緩(ゆる) く附着して居る部分で有る。烏賊の場合、貝殻が矮小化したのは、魚類の様に自由に遊泳する爲の進化の結果で有ると思われる。沿岸域に 棲息し回遊規模の小さいアオリイカ等の閉眼型の烏賊の軟甲は、スルメイカ等の様に沖合を大回遊する開眼型の烏賊の軟甲に比較して幅廣 で有るが、コウイカ類の甲の様な石灰化は全く觀られ無い。即ち、遊泳能力の高い烏賊程、貝殻(甲、軟甲)が矮小化して居る。

烏賊の外套膜

解説 貝類の外套膜は、薄く脆弱で有る爲、硬く丈夫な貝殻で外側を保護されて居るが、烏賊類の外套膜は、厚く丈夫で有る。全体 と仕ては袋状を呈する外套膜は、入口附近に外套腔と称呼される開口が有り、其處に鰓(えら)や肛門や輸卵管が開いて居る。更に其の後方 に内臓が位置して居る。烏賊が生命を維持して行く爲には、其の外套腔に新鮮な海水を吸入し、亦、汚水や排泄物を体外に排出しなければ 成ら無いが、其の爲に烏賊は、外套膜の収縮、弛緩を繰り返して喞筒(ぽんぷ)の役割を果たして居る。此の爲、烏賊の筋肉は運動能力の高 い物程良く發達して居る。

食品と仕て烏賊を利用する立場から、烏賊の外套膜の筋肉は詳しく研究されて居る。其れに依ると、皮の下には色素胞と謂う色素粒子を含む 層が有り、更に其の下に筋肉が有る。鯣(するめ)が横に裂け易い事から解る様に、此の筋肉は外套膜の周囲を横に走る筋繊維が主体で有 るが、更に其れを直角、即ち外套膜の内外の方向に走る繊維が存在する。亦、外套膜の内側にも更に一枚皮が有る。此の様に、烏賊の外套 膜は何層もの筋肉に依り構成されて居り、強力な喞筒力を作り出して居る。猶、烏賊を燒くと丸く成るのは、筋肉に最も近い皮の層にコラーゲ ンと謂う蛋白質の繊維が縦に走って居り、此の繊維が熱を加えると収縮するからで有る。

烏賊の表皮

解説 烏賊の外套膜の表面は、通常平滑で有るが、ウロコイカやヤワライカでは表皮が多角形状の鱗(うろこ)の様に硬化しザラザラ した感触を仕て居る。亦、ニュウドウイカ類では鱗と迄は行か無いが、縦皺が有り平滑では無い。更に、サメハダホウズキイカは、表皮一面に 金平糖の様な棘状の軟骨質を附着させて居り、擴大鏡で觀察すると、半透明の硝子(がらす)片で全身を覆われた様に觀える。

烏賊類の中で最少の烏賊と仕て知られる外套長2糎にも満た無いヒメイカは、外套膜脊側の後方の鰭(ひれ)の間に、小判型の粘着細胞群が 有る。此れを使用して、ヒメイカは、屡々(しばしば)躰を俯せに仕て海藻等に附着して居る事が有る。

烏賊の鰭

解説 スルメイカやヤリイカ等の外套膜の後端に在る菱形を呈する肉質の鰭(ひれ)は、『耳』と俗称されて居るが、コウイカ類の場合 には、此れが外套膜の側縁全長に亘り、『えんぺら』と俗称されて居る。『耳』と俗称されては居るが、勿論聴覺噐官では無い。此の鰭を切斷 して觀察すると、中を横斷する様に筋肉が走って居る。此れが細管状に觀える處から、此の鰭に、魚類の測線の様な速度や泳動等を感知す る機能が有るのでは無いかと謂う説も有る。鰭は、基本的には、遊泳する時の姿勢の均衡を保持する役割を果たすが、コウイカの遊泳状態を 觀察すると、鰭を波打たせて居る爲、コウイカの場合、單に均衡を保持する爲丈で無く、推進の補助力と成って居ると思われる。

猶、特殊な形状の鰭を有する者には、ヒレギレイカやトックリイカが居る。ヒレギレイカの場合、通常の烏賊の鰭が一枚で有るのに對して、魚類 の鰭の様に拾数条に分かれて居る。勿論、魚類の鰭の様に骨状の筋が有る譯では無い。亦、トックリイカの場合、前後に二枚の鰭を有して居 る。尤も、後方の鰭は突出した軟甲を覆う皮膚が左右に擴大した物で有ると謂われて居る。

烏賊の眼

解説 烏賊の頭部は大抵円筒形か、又は、其れを壓迫した様な形状を仕て居り、兩側に丸くて大きい眼が在る。眼の形式と仕ては、 透明な膜で眼球が被われて居る閉眼型と膜の無い開眼型が有る。烏賊の眼は、無脊椎動物の中では最も良く發達して居り、烏賊に無類の 敏捷性と攻撃力を齎(もたら)して居ると考えられる。烏賊の眼は、脳から出て居て脳より容積の大きい視葉と謂う神經節に直結して居り、球 形の水晶体(レンズ)を持つ。水晶体は、上下が毛様の筋肉で吊られて居り、水晶体の後方には網膜が在る。網膜には、光を感じる細長い桿 状(かんじょう)細胞が1平方粍に16萬箇も並んで居り、光受容噐は直接光が來る方向に向いて居る。其の構造は脊椎動物の其れに近く、下 等な無脊椎動物に觀られる光を感じる眼點や分散した光感覺噐に比較すると驚く程高度に發達して居る。

最近の研究に依り、夜行性の烏賊が、強い光に對して何の様に其の眩しさを調節するかと謂う機構が解明された。其れに依ると、スルメイカの 眼の網膜に在る細長い桿状細胞の中には黒色色素が在り、強い光に會うと、其の黒色色素が上方に上昇して光量を調節すると謂う事で有る。

烏賊は、漏斗(ろうと)から海水を噴出し、其の反動で後方、即ち鰭(ひれ)の有る方に進む爲、鰭方向の前方が觀え無い。此の爲、疑似針等 に對して、一旦横目で觀過ごしてから躰の向きを變えて攻撃する行動を取る。亦、進行方向が觀え無い爲、狭い水槽等で飼育すると、躰の後 部を壁に打ち附け死亡する事も有る。猶、烏賊は、遊泳する時、眼で距離を計測して居ると思われ、烏賊を飼育する水槽の壁に縦縞等の模様 を描くと、無地の壁では得られ無い距離感が掴め、壁に衝突し無く成る。

烏賊の口

解説 烏賊の頭部の前方中央に柔らかい肉で囲まれた口が在る。此の烏賊の口を囲む筋肉の塊を口球(こうきゅう)と謂い、此の中 には、鳥の嘴(くちばし)に似た二枚のキチン質から成る顎板(がくばん)が在る。顎板は、巻貝にも有るが、巻貝の顎板は極めて薄く、而も左 右に在るのに對して、烏賊の場合は、二枚が上下(脊腹)に並び、鋭い先端を有して居る。此の顎板の内、上顎板(じょうがくばん)は細身で緩 く灣曲して居る處から『鴉(からす)』、下顎板(かがくばん)は強く灣曲して猛禽類の嘴の様な形状を仕て居る處から『鳶(とんび)』と俗称されて 居る。此の顎板で餌を喰い千切る爲、其れを囓み合わせる筋肉は極めて強い。猶、烏賊の顎板は、總て下顎の方が上顎より前に出て居る所 謂『受け口』で有る。

烏賊の脚(腕)

解説 烏賊の脚(腕)は、烏賊の口を囲んで冠状に配列して居る。他の軟体動物、例えば巻貝や二枚貝の脚に仕ても基本的には一 枚から成るのに對して、烏賊類は10本(但し、タコイカは8本)に、蛸類は8本に分かれて居り、此れで物を掴んだり出來る爲、習慣的に『腕』 と称呼して居る。烏賊の10本の腕を良く觀察すると、夫々れに個性が有り同一では無い。併し、左右の對應する腕は粗(ほぼ)同形で有る爲、 10本の腕は五對で構成されて居ると謂える。烏賊の腕は、脊側、即ち通常は色が濃くて甲や軟甲の在る側から、腹側、即ち色が淡くて漏斗 の在る側に向かい、第1腕から第4腕と數え、第3腕と第4腕の間に在る特別に長い腕を触腕(しょくわん)と呼び別扱いする。猶、蛸の場合も、 左右の第1腕から第4腕の合計8本の腕を持ち、触腕を欠いて居る者と考えられる。

触腕は、通常の腕とは異なり、基部の方には吸盤が無く、先端の掌部に而巳(のみ)吸盤が有る。コウイカ類では、第3腕と第4腕の間に深い 窪みが在り、触腕は、用の無い時には、此の窪みの中に畳み込まれて格納されて居る。他の烏賊類も、用の無い時には、触腕を縮めて居る が、窪みの中に全部が収容される事は無い様で有る。触腕は、蛸には無く、烏賊に丈有る特殊噐官で、其の用途は餌の捕獲用で有る。併し、 触腕は、必ずしも捕食に必要不可欠の噐官と謂う譯では無く、例えば、タコイカは、幼児期には触腕を有するにも拘わらず、成長すると触腕を 失い8本と成る。亦、スルメイカやアカイカでも、烏賊釣船に釣り落とされて触腕を失い乍らも、再度釣り上げられる個体も屡々(しばしば)觀察 される事からも、触腕を喪失した烏賊でも、殘りの腕を使用して餌を捕食する事が出來ると思われる。

触腕を除く通常の8本の腕には、基部から先端迄、二列、又は、種類に依り四列の吸盤が並んで居る。吸盤の數や配列は、烏賊の種類や腕 の種類、雄雌の別に依り定まって居り、種の分類上重要な要素で有る。亦、烏賊と蛸は、殆ど境界が無い動物群同士で有るが、外觀上の決 定的な相違は其の吸盤の構造に有る。烏賊の吸盤は、腕から出た肉質の柄に支えられて居り、吸盤の内側には角質環が在る。一方、蛸の 吸盤は、低い円筒形で柄は無く、吸盤内に角質環も無い。猶、蛸の吸盤は、硝子(がらす)等に吸着させる吸着盤と同じ原理の文字通りの吸 盤で有り、直接對象物に吸着する爲、接着面の消耗が激しく、常に此の接着面を新鮮に保つ必要が有るので、頻繁に此の部分の脱皮を仕て 居る。一方、烏賊の吸盤は、棘状の角質環が滑り止めの役割を果たして居り、種類に依っては、本來は円形の角質環が變形し、ホタルイカの 様に鉤状を呈して居る種や群も有る。

烏賊の舌

解説 烏賊の口の中には破砕用乃至咀嚼用の歯は無いが、軟体動物特有の歯舌(しぜつ)と謂う噐官が有る。歯舌は、硬い帶状の 軟骨の上に顕微鏡的な小歯が極めて規則的に並んだ噐官で有り、烏賊の場合は、横一列で通常七本の小歯が有り、其れが帶上に數拾列有 る。烏賊は、此の歯舌で食物を擂り下ろして、一種の流動食の形で食道に送る。此れは、烏賊の食道が途中に在る神經の環を濳り抜ける爲、 大きな塊を呑み込む事が出來ないからで有る。猶、餌を擂り下ろす歯舌は、最も鋭い部分が使用され、磨り減った小歯は廃棄され、歯舌嚢で 次々と新生される小歯と交換される。

烏賊の漏斗

解説 烏賊の漏斗は、海水の他、墨汁、排泄物、更には生殖物質(卵や精包)も出す總排出孔で有る。亦、死亡した烏賊を觀ると、 漏斗は前方、即ち足先の方向しか向いて居ないが、生きて居る時は自由自在に其の向きを變化させる事が出來る。烏賊が鰭(ひれ)を動か せて遊泳する様を觀ると、魚類の様に鰭を用いて向きを變更して居る様に思えるが、実際には烏賊の方向転換や推進を行う唯一の噐官は此 の漏斗で有る。漏斗が前方を向いて居る時は、此處から噴出される海水の反動で後方、即ち鰭の在る方向に進み、前進する時には、漏斗を 180度回転させて後方に海水を噴出する。亦、躰の向きを變更する時には、其の反對方向に海水を噴出する事に依り、体軸は360度孰れの 方向へも回転させる事が出來る。此の射出噴流に用いる海水は、外套膜(がいとうまく)の側方に在る隙間から吸入し、漏斗から逆流する事の 無い様に、中には逆流防止瓣が附いて居る。

烏賊の心臓

解説 同じ軟体動物に属して居るが、烏賊は、水中を高速に遊泳する爲、海底を緩っくり這行する貝類とは比較に成ら無い程、筋肉 は短時間に多量の酸素を必要とする。此の酸素を迅速に補給する爲、烏賊には、鰓(えら)の基部に鰓心臓と呼ばれる血液を鰓に急送する爲 の一對の喞筒(ぽんぷ)が有る。勿論、烏賊には本來の心臓も有るので、三箇の心臓を有する事に成る。

烏賊の先祖型とも謂う可きオウムガイ類は、現生の物で觀る限り、鰓は二對の計四枚有るが、此れには鰓心臓は附いて居ない。オウムガイ 類は、浮沈機能を備えた殻(から)に依り、海中を200乃至300米程垂直に移動するが、運動は烏賊程活溌迅速では無い。此の事からも、烏 賊が鰓心臓を獲得したのは、遊泳型の二鰓(にさい)式に成ってからで有ろうと思われる。

烏賊の墨汁

解説 烏賊の墨汁は、通常直腸と肝臓との間に在る墨汁嚢(ぼくじゅうのう)で生産され、セピオメラニンと呼ばれるメラニンの一種で、 マグネシウムやカリウム塩と仕て存在する。烏賊の墨汁嚢は、墨が必要な時には漏斗(ろうと)から噴出されるが、墨汁嚢の出口に在る括約 筋に依り噴出量を加減する事が出來る。併し、死亡すると、此の括約筋が弛緩する爲、墨が流れ出す事に成る。