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烏賊と電脳の綜合百科事典
烏賊の王様

烏賊の形態と生態

形態と分類に關する索引

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  1. 分類
    1. 概要
  2. 識別
    1. コウイカ類とヤリイカ類・スルメイカ類の識別
    2. ヤリイカ類とスルメイカ類の識別
    3. スルメイカ類の3亞科の識別


概要

世界の海洋には30科460種前後の烏賊類が確認されて居り、日本周邊には約90種が分布して居る。脊椎動物群中の魚類は、脊椎骨、 鰭条、鱗、耳石等の骨化した硬い部位を有し、其の特徴を利用して分類されるが、此れに對して軟体動物群に属する烏賊類は、所謂烏賊 型と謂う定型的な体制を仕て居り、其の形態は柔軟で硬質部を欠く躰部を主体と仕て居る爲、分類の基準と成る部位が比較的乏しく、有る としても軟弱で變形し易く不正確な場合が多く、屡々(しばしば)分類上の混亂を生じて來た。此の様な分類上の不都合を補強する爲、形態 上の特異點の他に、繁殖に係わる体内臓器や噐官の形態・特徴も利用され、最近では此の方向の知識が体系化されつつ有る。

現状での烏賊の分類項目を総括すると、眼瞼状態、躰各部の比例長、噐官形態の特異點、頭腕部と外套部の接合點を爲す漏斗軟骨の ホックの形態、漏斗溝内面の縦溝やポケットの有無、各腕の吸盤列と其の角質環に装備された歯の形状や數、耳石、歯舌、色素胞や發光 噐の状態に加えて、精莢の形態や構造が近縁の者の區別に効果を上げて居る。方法的にも進歩の過程に在り、多くの要素が分類項目と 成り、整理と大系化が進められつつ有る。

此處では、漁場・市場等で未知の烏賊に遭遇した時、從來から一般的に良く知られて居るコウイカ、ヤリイカ、スルメイカの代表的な三種の 烏賊に附いて、經驗から推して多少共実用上の利便が得られる様に、既往の知見を可能な限り整理して列挙して居る。即ち、何處に注意 して觀察すれば、其の烏賊の実体に迫り、既知の烏賊、即ち前述の代表的な三種の烏賊の何の種に類似するか分類する一助と成る事項 を記述して居る。

猶、前述の代表的な三種の烏賊を基準と爲す所以は、肉質が優れて美味で有る事、体型が中・大型で有る事、資源量が豊富で繼續安定 して利用出來る事、漁獲が容易で有る事等の共通特性を完備して居るからで有る。即ち、海洋全体では大資源種の烏賊でも深層冷水棲息 性種や分散型大洋表層非群集性種等は、漁獲の方法が無いか、漁獲しても不經濟で漁獲對象に成ら無いが、反對に表層の潮境域や沿岸 附近の灣入地形等の漁獲し易い場所に濃密な大群を成して遊泳する分布集合生態を有する烏賊は、經濟的に有利に漁獲し利用する事が 出來、此等の嗜好性や生態特性の烏賊を総括すると、其の大部分がコウイカ類(コウイカ科)、ヤリイカ類(ジンドウイカ科)、スルメイカ類(ア カイカ科)の中・大型種に属する爲で有る。

此の主要三種の内、コウイカ類とヤリイカ類は沿岸種で、海岸から水深200米迄の大陸棚縁邊の間を主生活圏と仕て居り、スルメイカ類は 大陸棚以遠の外洋域を主生活圏と仕て居るが、種類數の多い当該三種を分類する事は必ずしも容易では無い。
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コウイカとヤリイカ・スルメイカの識別

コウイカ類は、扁平馬蹄形の外套膜(がいとうまく)を持ち、周縁全体に鰭(ひれ)を具備し、外套背面の筋肉内に浮力の有る舟型の石灰質の 幅廣い甲を有して居り、形態が一見してヤリイカ類やスルメイカ類と異なる爲、見誤る事は無い。

猶、形態に依る區別點を採る場合、多くの種類の中には極めて類似した形態を有する種が出現し混亂する。例えば、コウイカ型を仕たヤリイカ 類のアオリイカは、其の形状よりコウイカ類と混同される事が多い。両者は共に扁平馬蹄型の外套膜を持ち、全周に鰭を有し、外見上區別は 出來ないが、胴を切開して筋肉内を觀察すると、アオリイカ属(4種)には石灰質の舟型を仕た甲は無く、代わりにキチン質の芭蕉の葉形に似た 軟甲が埋没して居る。此の事から、アオリイカは分類上ヤリイカ類に入れられて居て、コウイカ類から除外されて居る。
圖版(外形圖) 戻る

ヤリイカ類とスルメイカ類の識別

第一の區別點は、眼と其の周邊の構造・機能で有る。軟体動物群中の頭足類、特に烏賊類は進化の程度が高く、最高の体制を有すると 謂われて居る。特に特徴的なのは其の一對の眼で、構造が複雑で良く發達して居り、脊椎動物の水準に達して居ると謂われて居るが、夜間 集魚灯の火光に誘集されて群集したり、色彩の異なる活餌や疑似鈎に選択的に攻撃して釣獲されたり、遮蔽物に身を隠し周囲の景觀や色彩 に合わせて躰色を變化させたりするのは、色覺を有する機能的な眼を基礎に仕て發揮される生態行動で有り、烏賊の最も特徴的な習性は 此れに起因して居る。故に、外見上最も明白な區別點は眼の構造で有り、ヤリイカ類では眼は頭表皮に聨なる透明な膜に覆われて居て、直 接海水中に開いて居ない閉眼型で有るのに對して、スルメイカ類では眼の上に此れを覆う膜が無く、眼球は直接海水に露出して居る開眼型で 有る。

第二の區別點は、漏斗(ろうと)の両側に有る漏斗軟骨噐で有る。此れは外套膜(がいとうまく)と頭腕部との接點と成り一種のホックと仕ての 役割を果たして居る軟骨で、外套膜の内側の外套軟骨噐の填り込む溝が有る。ヤリイカ類では此の溝が細く單純直線的な溝で有るのに對し て、スルメイカ類ではT字型を仕て居る。

第三の區別點は、躰色と背面の縞模様で有る。ヤリイカ類では明るい鮮紅色のケンサキイカ、ブドウイカ等から暗い蒼褐乃至蒼黒色のアオリ イカ、ヤリイカ等迄躰色の幅が廣く、一括して區別點にするのは困難で有るが、躰色の基調と成る色素胞の配合比が異なり、ヤリイカ類には 赤褐色の色素は乏しく、ケンサキイカ系では生活時から生鮮状態で保存されて居る時期迄に鮮紅色から白磁色へ、ヤリイカ系では蒼褐(蒼 黒)色から淡蒼褐(蒼黒)色へ變化する。亦、ヤリイカ類全般に附いて觀ると背面に縦縞は無い。此れに對してスルメイカ類では壓倒的に赤 褐色の色素胞が多く、亦、特徴的な事は背面正中線には黒色の縦縞が一本明瞭に走り、此の特徴は看過する事が無い。スルメイカ類でも アカイカは、背面の縦縞が擴大して背面から觀ると全体が紫黒色を仕て居り、ムラサキイカと謂う俗称を招來して居るが、腹面の色彩の基調 は赤褐色で有る。猶、ホルマリン等に浸けて研究用に保存した標本では、色彩は殆ど退色して仕舞うが、漁場や市場で遭遇する烏賊の躰色 と紋様は特定固有で有り、識別に役立てる事が出來る。
圖版(眼周邊圖) 圖版(漏斗軟骨噐圖) 戻る

スルメイカ類の3亞科の識別

スルメイカ類は内容的には3亞科に分類されて居り、有用種とされる物丈でも約25種に及ぶ。各亞科には各大洋の廣域分布種が多く含まれ、 亦、開發が進むに聯れて世界各地から日本に搬入される気運に在る爲、日本國内では複雑な分類區別が必要とされて居る。

スルメイカ類の3亞科、即ちイレックス亞科、スルメイカ亞科、アカイカ亞科を區別するには、漏斗(ろうと)溝周邊の形状で大別する。即ち、

1.イレックスの漏斗溝は平滑で縦溝もポケットも無い。(2属)
2.スルメイカの漏斗溝には縦溝が有るがポケットは無い。(4属)
3.アカイカの漏斗溝には縦溝もポケットも有る。

猶、既成的にも将来的にも最重要種と看做されるスルメイカ類に附いては、其の地理的分布と生態の特徴を認識して置く必要が有る。スルメ イカ類には、太平洋を環状に取り囲んで聨續した緯度別分布帶を形成するノトトダルス属(スルメイカ亞科)と、同様に大西洋を環状に取り囲ん で緯度別分布帶を形成するイレックス属(イレックス亞科)の二系列の地理的聨續分布が認められて居る。太平洋のノトトダルス属では、ニュー ジーランドスルメイカ〜オーストラリアスルメイカ〜フィリピンスルメイカ〜ハワイスルメイカと大陸や島を拠點として配列的に分化して居り、大西 洋のイレックス属では、ヨーロッパイレックス〜カナダイレックス〜アメリカイレックス〜アルゼンチンイレックスと分化して居る。分類的に觀ると、 主分布域で成熟した個体を採取して觀察すれば區別は附くが、隣接する近縁種間では分類項目が殆ど類似して居て判別に窮する場合が多く、 而も相互に混在する分布域の縁邊で、未成熟な幼若烏賊を取り扱うと成ると困難は倍増する。其處で、大西洋のイレックス属では種類に固有 の形態と機能特性を持つ生殖噐官の精莢(せいきょう)を分類の目安と仕て利用する方法が効果を上げて居る。精莢は烏賊類が交接の際に 雄烏賊から雌烏賊に精子を移送(移植)するのに用いる特殊な容噐で、未熟な精子を格納した精莢の内容物は内蔵した發条(ばね)に依り鞘 の外に發射され、雌烏賊に鉤着する物で有るが、イレックス属での應用の成功に鑑み、廣く烏賊類全体の近縁種の分類に利用出來ると思わ れる。
圖版(漏斗溝圖) 戻る