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烏賊と電脳の綜合百科事典
烏賊の王様

烏賊の形態と生態

資源に關する索引

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  1. 資源
    1. 動物保護と規制(濡れ衣を着せられて葬られた公海流網)
      1. グリーンピースが攻撃の口火
      2. 南太平洋諸國を巻き込んだ反流網ライン
      3. 創り上げられた流網の弊害
      4. 國聯が条件附き禁止決議
      5. 逆宣傳に使われた日本の調査
      6. 科學者會議の裁定は「シロ」
      7. 疑わしきは罰す可し
      8. 利用された國聯總會


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濡れ衣を着せられて葬られた公海流網

グリーンピースが攻撃の口火 流網漁業は世界で廣く行われて居る古い漁法で有る。此れは、鮭、 鱒、鮪、烏賊等表層を游ぐ魚類を對象に仕て居る。現在、世界中で廿五萬隻以上の漁船が流網を使って居る。一網の長さは三粁か ら五粁。海中での深さは十米。沿岸では一枚の網を使うが、公海では魚群が少ないので五枚から十枚を繋げて使う。浮きを附けて 魚の回遊路に流し、七乃至八時間後に機械で巻き揚げる。餌を使わず、人力も餘り必要と仕無いので効率的な漁法で有る。

併し、現在此の流網を公海で使う事は出來ない。沿岸二百浬以内では自由だが、二百浬以遠の公海では使用出來ない。

北太平洋と南太平洋の公海で流網漁業を營なんで居たのは、日本、韓國、台灣の三國だった。併し、南太平洋では1991年7月 から、北太平洋では1993年1月から操業出來なく成った。アメリカ、ニュージーランド、オーストラリアが中心に成って、國 聯で公海流網漁業禁止の決議を採択させたからだ。

公海の漁場で流網の使用を禁止す可き理由は何一無い。捕獲對象魚以外の魚や海洋哺乳動物を混獲すると謂うのが禁止の理由だっ たが、混獲と謂う點では沿岸の方が率は高い。國聯食糧農業機構(FAO)の統計では、流網の平均混獲率は沿岸が63%、公海 は28%で有る。海の生物は陸に近い程棲息密度が高いので當然の事で有る。

公海流網漁業が禁止に追い込まれたのは、ゼロ成長主義者達の力に依る物で有った。日本は北太平洋の公海でアカイカを流網で獲 って居た。此れは需要の強い價値有る魚種だ。アカイカは大きな物は三瓩の重さが有る。美味で身が厚いので、壽司種や天麩羅、 烏賊珍味の素材に使われて居た。南太平洋での流網漁業の對象はビンナガマグロで有る。胸鰭が長いのでビンナガと呼ばれるが、 此の鮪はクロマグロやメバチと違って刺身には向か無い。身が薄い桃色で脂が乘って居ないので、殆ど缶詰に加工される。煮ると 鷄肉に近い色と味が出るので、シーチキンと謂う商品名で賣られ、ツナサンドやシーフードサラダに良く利用された。台灣は南太 平洋でビンナガマグロを、韓國は北太平洋でカジキを流網で獲って居た。

公海での流網漁業に最初に攻撃を加えたのは、グリーンピースで有る。1979年夏、北太平洋の烏賊流網漁業が海豚等の多くの 海洋哺乳動物を混獲して居ると避難の聲明を公表した。アメリカには『海洋哺乳動物保護法』と謂う國内法が有り、海豚、鯨等總 ての海洋哺乳動物の捕殺と其の製品の貿易を禁じて居る。グリーンピースの指摘でアメリカ政府が此の問題に關心を抱いた。

南太平洋諸國を巻き込んだ反流網ライン 公海流網漁業の排除に行動を起こしたのはオーストラ リアとニュージーランドで有る。此の兩國でのグリーンピースの影響力は非常に大きい。反捕鯨活動の成功で支持者と資金力が増 大して組織が強化され、環境問題に關する強力な世論形成集團に成長した。グリーンピースは捕鯨の次のターゲットと仕て、公海 流網を俎上に乘せ、其の弊害を大袈裟に指摘し始めた。

『公海流網漁業は對象魚で有るビンナガ以外の海の生物を無差別に殺戮する死の壁』とのグリーンピースの訴えで、オーストラリ アとニュージーランドの流網反對世論は短期間の内に固まった。

ビンナガは兩國に取っても重要な魚種だ。ニュージーランドは、公海上で曳網漁業(トローリング)で、オーストラリアは沿岸で ビンナガを獲って居る。日本と台灣の流網を排除すれば、自國のビンナガ漁業にもプラスに成る。

此の様な脊景から政府が行動を起こした。オーストラリア、ニュージーランド兩國政府の主導に依って1988年1月、フィジー で第一回南太平洋ビンナガ會議が開かれた。會議には此等三箇國以外にキリバス、ミクロネシア聯邦、パプアニューギニア、トン ガ等十五箇國が參加して居る。

此の會議で報告された流網の主な弊害は次の點だ。

  1. 海洋哺乳動物や海鳥を大量に混獲する。
  2. 一旦流網に懸かった魚は、揚網前に40%から90%も脱落する。
  3. 他船舶の航行を阻害する。
  4. 流失した流網に海洋生物が懸かって死亡する。
此等の點を踏まえて、南太平洋諸國は、ビンナガ漁業で國家經濟の發展を圖る必要上、流網操業が困難に成る様な手を打つ可きだ と仕て、次の統一行動を採る事を申し合わせた。

  1. 流網で漁獲されたビンナガを輸入し無い。
  2. 流網漁船の補給の爲の入港を認め無い。
  3. 南太平洋に於ける流網問題を世界に訴える。
南太平洋ビンナガ會議の開催で、南太平洋諸國の流網排除の足並みが揃い、世論は一層高まった。然して1989年7月にキリバ スの首都タラワで開かれた南太平洋フォーラム(南太平洋諸國の首脳機構)で流網の禁止を求める『タラワ宣言』が採択された。 此の宣言には次の様に非常に嚴しい表現が使われて居る。

  1. 公海流網漁業に依って現在生じて居る南太平洋地域の經濟及び環境への被害に對して強い懸念を抱く。
  2. 此の無差別的、無責任で破壊的な漁業は、ビンナガマグロ資源の存續、引いてはフォーラム諸國の經濟的繁榮をも脅かす者で有る。
  3. 此の重大な問題に對して、日本と台灣が何等反應を示さ無い事に失望して居る。
  4. 南太平洋諸國は、此の地域から流網漁業を禁止する爲に、ビンナガマグロの管理体制設立を求める事を決定した。
創り上げられた流網の弊害 流網反對派の言い分を聽くと、公海で使われる流網は、丸で巨大な 『海の霞網』の様な印象を與える。併し、事実に反したり、大袈裟な點が多い。我が國の流網業者や水産庁は次の様に反論して居 る。

先ず混獲の問題。此れは事実で有る。捕獲對象魚種の回遊路に網を流すが、他の魚類や海豚、海鳥等が網に懸かる。混獲は總ての 漁業に取って避けられ無い問題だ。日本政府や流網業者が此の問題を真剣に受け止め無かったのは、他の漁業に比べて混獲率が低 い事だった。アメリカの自然資源コンサルタント社の資料に依ると、海老曳網の混獲率は、世界中で128%から830%と謂う 數字が有る。他の刺網や延縄漁業も100%を超える海域が有る。公海流網では、イカが9%で有る。詰まり、網に百匹の烏賊が 懸かれば、他の魚類が三十九尾混獲されて居る事に成る。流網でも沿岸の場合は使う網は小規模だが、魚群が濃いので混獲率は前 述した様に63%に成る。公海流網が混獲率の問題で追い込まれる事は無いと關係者は確信して居た。

次に脱落率。流網は投網後八時間後に揚網を開始するが、其れ迄に網に一旦懸かった魚が40%から90%も脱落すると反對派は 指摘して居る。此れは明らかに大袈裟な數字で、假に此の様な高い脱落が有れば、流網は欠陥漁具で有る。日本漁船での觀察の結 果では、脱落率は10%未滿で有る。

三番目は、他船舶の航行を阻害すると謂う點。確かに公海流網は、長い仕掛けでは全長が五十粁にも成る事は有るが、船舶の航行 の障害には成ら無い。流網の上を船が走ると、網の上部は簡單に切れる。被害を受けるのは流網漁船の方だ。

四番目は流失網や投棄網の弊害。反對派は、流失網や投棄網の様な魔の網が何時迄も海中を漂い續け、海の生物が此れに懸かって 死ぬと指摘して居るが、此れは想像の上の事で、実際には有り得ない。流失網は短時間の内に丸く成って海底に沈んで行く。亦不 用に成った漁網を投棄する事は法律で禁じられて居る。然して、網の結び目が解けたり、自然に切れて流失する様な事は起こり得 ない。流網は高價なので漁業者は流失させ無い様に充分に注意を拂う。

流網の場合も、保護派(反利用派)と利用派の言い分が極端に分かれた。併し、ゼロ成長主義者達は論爭が目的では無く、ターゲ ットに仕た産業を潰す事を目標とする。オーストラリア、ニュージーランド兩國は、グリーンピースの力を借りて國際世論を盛り 上げ乍ら、アメリカを巻き込み、公海流網の禁止に向かって着々と歩を進めて行く。

國聯が条件附き禁止決議 先に觸れた1989年7月の南太平洋フォーラムに依る『タラワ宣言』 は、オーストラリアとニュージーランドに取っては大収穫で有った。此の宣言には兩國以外に南太平洋諸國十三箇國の名前が聯ね られて居る。自國のビンナガマグロ保護と謂うエゴでは無く、公海流網に對する地域共同体共通の懸念と謂う訴えが出來るからで 有る。オーストラリア、ニュージーランド兩國は公海流網の南太平洋に於ける禁止を求めた『タラワ宣言』を携えて、アメリカに 協同歩調を申し入れた。

アメリカは待って居ましたと許りに飛び附く。1989年當時、アメリカは財政、貿易の赤字を抱え、ブッシュ政権は其の打開策 に苦慮して居た。一方の日本は、バブル景気でアメリカの不動産を賈い捲くって居た。アメリカは日本叩きに必死で有る。牛肉と オレンジの自由化を強引に呑み込ませた後、スイスのローザンヌで開かれたワシントン条約締約國會議で、象牙取引の禁止にも成 功して居る。

公海流網漁業の規模は、日本が一番大きい。此れを禁止する事に依って、オーストラリア、ニュージーランド丈で無く、アメリカ も潤う。北太平洋での烏賊流網には、海産哺乳動物の他にアメリカの河川に回歸する鮭鱒も混獲されて居る。アラスカ出身の上院 議員スティーブンスは、北太平洋での日本の烏賊流網を排除する様、以前から政府に壓力を懸けて居た。

アメリカは、オーストラリア、ニュージーランドからの要請を受けて1989年1月、いきなり國聯總會の第二委員會(經濟問題 担當)に、公海流網に關する決議案を提出した。其の骨子は次の二點で有る。

  1. 南太平洋に於ける流網漁業は極めて惡質で有り、恐らく漁業に取り返しの附か無い影響を及ぼす。從って、此れを防止する漁 業管理計画を立てる迄即時停止とする。
  2. 1992年6月30日迄に、流網漁業の惡影響が防止され、海洋資源の保存が確保出來ると謂う合意が爲され無い限り、公海 上での總ての流網漁業を停止する。
アメリカは南太平洋丈で無く、『公海上での總ての流網』を条件附き乍ら禁止にする決議案を出した。アラスカ州等の鮭鱒漁業者 と環境保護團体の要求を受け容れた者だ。

日本の業界に衝撃が走った。南のビンナガより北の烏賊流網の規模が大きいからだ。南は六十隻だが、北は四百五十四隻が操業し て居る。年間水揚金額は南の八十二億圓に對して、北は其の五倍以上の四百五十五億圓も有る。日本はアメリカ案に對抗する次の 決議案を國聯總會に提出した。

  1. 流網の影響に附いて、各國が現在のデータを詳しくチェックする。
  2. 流網漁業の惡影響を緩和する爲に必要な措置を、關係國が協議する。
  3. 適切な科學的データに基づき、必要性が生じた場合には、流網漁業の停止を含む規制措置を採る。
アメリカ案が頭から流網を惡と決め附け、使用禁止を求めて居るのに對して、日本案は、先ず何の様な惡影響が有るのかを正確に 調べ、其の結果に基づいて規制措置を採る様に提案して居る。

オーストラリア、ニュージーランド、アメリカは『初めに禁止有りき』からスターとして居る。日本憎しとゼロ成長主義が根底に 在る。此れに對して日本は混獲を認めた上で、混獲對象魚種に流網が何れ程の影響を與えて居るのかを科學的に調べてから、規制 を考える可きだとの態度で有る。常識的に觀て、後者が筋が通って居るが、國聯總會ではアメリカ案に近い次の様な決議が採択さ れた。『海洋生物資源の保存を確保する爲の管理措置が取られ無い限り、公海流網漁業を1992年6月30日迄に停止する。』

逆宣傳に使われた日本の調査 流網に關する國聯決議には拘束力が無い。國際法や國際条約に基 づく決議は拘束力を伴うが、公海漁業や流網漁業に關しては、其の様な物は存在し無い。從って流網に關する國聯決議は勧告と同 じで有る。此の爲日本は操業を繼續しつゝ次々と自主規制を打ち出した。アメリカが國聯に提出した決議案の第二項に有る合意を 導く爲で有る。『流網漁業の惡影響が防止され、海洋資源の保存が確保出來ると謂う合意』が成立すれば、公海上での流網漁業の 停止は免れると謂うのが我が國の判斷だった。

自主規制の第一手は減船。1989年漁期に南太平洋で操業した六十隻のビンナガ流網漁船を、1990年には廿隻に削減した。 然して取締船と調査船を一隻宛派遣して居る。調査船はビンナガと其の混獲生物の資源調査が主な目的で有る。更に1990年6 月一杯で廿隻の流網漁船の操業を打ち切った。北太平洋の烏賊流網に附いても、次の義務を課した。

  1. 操業區域の規制(鮭鱒漁場等に入ら無い)
  2. 鮭鱒の採捕、所持の禁止
  3. 漁獲成績報告書の提出
  4. 流網の浮漂への船名記入
自主規制以外に混獲の実態調査にも1989年から乘り出した。此れには日本人丈で無く外國の監視員も乘船させて居る。198 9年にはアメリカ、カナダ、日本からの合わせて四十六人が烏賊流網漁船に乘って居る。良く990年には其の數を増やしてアメ リカ人三十五、カナダ人十、日本人廿九、合わせて七十四人の監視員が七十五隻の烏賊流網漁船に乘った。五月から十二月迄の七 箇月に亘って、北太平洋で烏賊以外の全混獲魚種に關するデータを収集した。

其の結果、漁獲された烏賊は一億六百萬尾で、四千百萬尾の非漁獲對象種が混獲されて居る。混獲率は38.7%だった。其の内 訳は、魚類が約三千九百萬尾(其の内太平洋のシマガツオが三千四百萬尾、ヨシキリザメ七十萬匹)、海鳥類廿七萬羽、鮭鱒十四 萬一千尾、海豚等の海洋哺乳動物二萬六千尾、海亀四百六匹で有る。

處が、流網反對派は此の數字を觀て『其れ觀た事か』と勢い附いた。環境保護團体は、特に海洋哺乳動物と海亀の混獲を槍玉に擧 げて居る。アメリカには、前述の様に海豚、海驢(あしか)等の海洋哺乳動物の捕殺を禁じた『海洋哺乳動物保護法』が有る。海 亀はワシントン条約の附属書に掲載されて居り、公海で捕獲した物を自國に持ち込む事は、貿易と同じく禁じられて居る。日本は 意圖的に國際的な海洋生物保護措置を破って居ると非難した。

一方日本側關係者は39%と謂う混獲率にも其の内訳にも驚か無かった。沿岸ではより高い混獲率を記録し、亦より多くの海洋哺 乳動物を混獲して居る他の漁業が有るのを知って居たからで有る。

混獲率では前述した海老底曳の場合、最高830%と謂う數字が有るが、其れ以外にも、アメリカのオヒョウ刺網は400%、北 東大西洋のソコダラ底曳は150乃至283%と高い。アメリカ大西洋沿岸のスポーツフィッシングは一本釣だが、其れでも50 %が混獲魚だ(以上孰れも自然資源コンサルタント社の資料)。

海洋哺乳動物の混獲はアメリカの方が多い。沿岸では七百四十隻の流網漁船が海豚を年間數千頭、カリフォルニア沿岸の鮭鱒刺網 が海驢を二千頭、鮪旋網が海豚を十萬頭と謂う數字がアメリカ政府の統計に有る。

併し、日本の考えは甘かった。日本が実施した調査の數字を、グリーンピースが一人歩きさせて世界中を廻らせたので有る。『烏 賊一億六百萬尾を獲るのに、四千百萬尾の海の生物を犠牲に。鮫七十萬尾、鮭鱒十四萬尾、海鳥廿七萬羽、海洋哺乳動物二萬六千 尾、海亀四百匹・・・。日本が公海で使う流網は海の生物を無差別に殺戮する死の壁。即時禁止を・・・』此の様な報道用資料が 世界のマスコミに流された。

グリーンピースは生々しい冩眞と映像も世界の主要な新聞社とテレビ局に送った。流網に海豚や海亀が懸かって死んで居るシーン だ。ナレーションは斯う謂う。『此れは沿岸で仕掛けた流網だが、公海は此れより十倍も大きい網を使う。從って混獲されて死ぬ 生物は、此の網に懸かって居る數の十倍にも成る・・・』此の映像は日本のテレビでも放映された。

ドイツの有力週刊誌『シュピーゲル』1991年9月16日号は、『集金機械グリーンピース:疑惑の環境コンツェルン』と題す る特集記事を掲載して居る。其の中で、『グリーンピースはタスマニア海で演出して此の映像を作成した。懸かった費用は廿五萬 弗』と報じて居る。

日本の調査は、却って我が國に取って大きなマイナスと成った。日本側に取っては心配し無くても良い數字が、反對派には許せ無 い惡に觀えた。混獲生物の數丈を觀ると確かに大きいが、夫々れの生物の總資源量は、実際には數千から數億存在する。日本の混 獲は全体の資源に對して惡影響を與え無いと謂うのが專門家の見解だ。併し、此の事を一般の人に理解させるのは困難だった。此 の調査の後、日本は守勢一方に廻る様に成る。

科學者會議の裁定はシロ 日本の調査結果を検討する爲の國際科學者會議が、1991年6月、 カナダのブリティッシュコロンビア州のシドニー市で開催された。會議には公海で流網を使用して居る日本、韓國、台灣の三箇國 とオーストラリア、アメリカ、カナダの科學者が加わって居る。會議では混獲生物の資源に何れ程の影響を與えるかと謂う點に附 いて、科學的な考察が加えられた。

其の結果、『重大な影響を與える』或いは『影響を與える』と斷定的な見解を述べた人は皆無だった。鮭鱒十四萬尾の混獲に附い ては、カナダ、アメリカの科學者も『生物學的には何等の影響を與え無い』との見解に同意して居る。唯一、否定的な見解はアメ リカの科學者の『セミイルカとマイルカの資源に影響を與える可能性有り』との意見丈で有る。結局、六箇國科學者會議での日本 の公海烏賊流網の混獲に對する裁定はシロだった。

アメリカは此の會議の結果に大きなショックを受けた様だ。烏賊流網に對象外の魚や生物が多く混獲されたので、科學者は『他生 物の資源に重大な影響有り』との見解を纏めると讀んで居た。處が逆の判定が出て仕舞った。更にアメリカが警戒したのは、日本 が明らかに仕た混獲削減への工夫と努力だ。流網を海面から2乃至3米下げる事に依って、海豚等表層を游ぐ生物が網に懸から無 く成る。亦、網にアルミ箔の小片を多數結び附け、其等が打つかって音を出す事に依り哺乳動物が網を避ける様に成る。日本は此 の様な工夫を仕て混獲を減らす方針を公表した。亦、日本は1990年6月一杯で南太平洋タスマニア海でのビンナガ流網から撤 退し、北太平洋での烏賊流網の存續に全力を傾ける姿勢を整えた。元々公海流網漁業反對の運動を起こしたのは、オーストラリア とニュージーランドで有る。日本の南太平洋からの撤退は、此の兩國の態度を和らげる戰術でも有った。

情勢は日本に有利に傾きつゝ有る。形勢不利と觀たアメリカは、此處で眞逆の行動に出る。シドニー會議が閉幕してから二箇月後 の八月廿六日、公海での流網漁業の全面禁止を求める決議案を國聯に提出した。同決議案は、先ず日本の烏賊流網に依る混獲の実 態に觸れ、『此のデータに依って、シドニーの科學者會議は流網漁業が海洋環境を破壊する事を指摘した』と述べて居る。然して、 科學者が流網漁業の環境破壊を回避する方法を見い出し得なかったとの理由で、前述の1989年の國聯決議を發動する可きだと 主張して居る。同決議案は『海洋生物資源の保存を確保する爲の管理措置が取られ無い限り、公海流網漁業を1992年6月30 日迄に停止する』と謂う無いようだ。

日本はアメリカ決議案に對抗して、流網の海洋生物への影響を科學的に調査する活動を繼續する決議案を提出した。シドニーでの 科學者會議では、混獲對象と成る生物の資源分布に關するデータ不足と、今後の調査の必要性に附いて意見が一致して居る。19 89、90年の二年間では不充分なので、其の後も調査を繼續し、其の結果を觀て禁止の可否を決めるのが妥當と謂うのが日本案 で有る。

1989年に日米兩國に依って國聯に提出された決議案と似て居る。アメリカ案は流網を惡と決め附け、政治的に禁止に持ち込む 狙いが込められて居る。日本案は、飽迄も科學的根拠から解決を圖る可きで有るとの主張だ。

疑わしきは罰す可し 流網戰爭が本格化した1991年11月初め、日本、アメリカ、カナダ三 箇國に依る北太平洋國際漁業委員會の總會が東京で開かれた。此の年の總會は、專ら日本の公海流網漁業の是非に論議が集中した。

アメリカは、日本の烏賊流網漁船に國際監視員が乘船して実施した調査の結果は氷山の一角で有り、流網漁業は海洋資源の保存に 惡影響を及ぼすと主張した。此れに對して日本は、1991年6月のシドニー會議に於ける科學者の見解を引用して反論した。混 獲が他資源に惡影響を與えて居るとの科學的根拠は擧げられ無かったので、禁止の必要性は消えたと強調して居る。

此の會議でアメリカが武噐と仕て振り廻したのがプリコーショナルプリンシプルと謂う言葉だ。直訳すると『予防的原則』と成る。 噛み砕いて謂うと、資源への惡影響が豫想される漁業は、漁業者が惡影響が無い事を科學的に立証出來る迄停止す可きだとの考え 方で有る。海洋法条約初め他の國際漁業条約の中にも觀られ無い新しい原則だ。アメリカ側は『シドニー會議での科學者の結論は 信頼出來ない。日本の調査結果には不確実性が有る。流網を揚げる前に網から脱落する生物が有り、其れは既に死んで居るのに混 獲率の中に計算され無い』と指摘した。然して『不確実なデータに基づく限り、資源への惡影響が無いと謂う科學的な立証は不可 能』と決め附けた。無理難題、暴理暴論と謂えよう。假に予防的原則を厳格に適用すると、多くの漁業が停止に追い込まれる事に 成る。混獲を伴わ無い漁業は無いからだ。公海流網を1989年の國聯決議通り、1992年6月30日迄に禁止に持ち込もうと する意圖が、露骨に顯れて居る。日本代表の今永文男(當時日本水産株式會社相談役)は席上で斯う發言して居る。『流網を惡い 漁業と一方的に決め附け、科學的論議を避けて禁止丈を主張する態度は、何う仕ても納得出來ない。』亦水産庁遠洋水産研究所企 画聯絡室長(當時)の畑中寛は『混獲で他の生物が資源全体と仕て何んな影響を受けて居るかに附いては、アメリカの科學者から 納得の行く説明は無い。感情論で流網を潰そうと仕て居る。斯んな遣り方は日本の所有ゆる公海漁業に擴大され兼ね無い』との感 想を新聞で述べて居る。亦、東北大學名誉教授水産資源學の川崎健も『アメリカの主張は初めに結論有りきで、固持附けの様に聞 こえた』とのコメントを出して居る。

アメリカは北太平洋國際漁業委員會の總會で、『予防的原則』と『不確実性』の二箇の武噐を使って日本側の主張を封じた。日本 は実際に行われた調査の結果に基づいて議論を進めたが、『調査データには不確実性有り』と指摘されると反論出來ない。不確実 性は更に調査を重ねる事に依って而巳確実な物に近附く。併し、アメリカは禁止の爲に此の言葉を使って居るので、調査の繼續等 には取り合わ無い。捕鯨の場合とそっくりだ。

流網に關する兩國の決議案は既に國聯に提出されて居る。アメリカが『1992年6月一杯で禁止』、日本は『混獲回避の改良網 を使用して繼續』と謂う内容だ。日本は東京に於ける日米加三箇國漁業會議で『公海流網の他生物資源への影響は少ない』とのシ ドニー科學者會議の結論を引き合いに出して、アメリカの非科學論を論破する方針だった。然して次の國聯での審議に有利な情況 を形成する事を狙って居た。併しアメリカは日本が準備した土俵には上がらず、自國の土俵の上で而巳議論を仕て居る。亦、アメ リカ側の發言者は發言の最後に『國聯で決着を着けよう』との脅し言葉で結んで居る。國聯での對決にアメリカは100%の自信 を持って居た。

利用された國聯總會 東京で開かれた北太平洋國際漁業委員會の總會で、日本の反撃を躱したア メリカは、國聯での日米對決に備えて多數派工作を始める。公海上で流網漁業を行って居るのは、日本、韓國、台灣の三箇國丈。 沿岸より十倍も規模の大きい公海流網が、他の生物を大量に混獲して居ると謂う點を指摘する丈で味方を集める事が出來る。

此れに對する日本の反論は、仲々理解され無い。1990年に実施した調査での混獲數を認めた上で、他漁業に比べて混獲率が低 い事と、他生物への惡影響が無い點を訴える。併し、公海で操業して居ない國は、日本の主張が正しい事は解って居ても、賛成は 仕度く無い。頼みの韓國でさえ、日本支持を斷って居る。アメリカは韓國と台灣に對して、公海での流網操業を續けると經濟制裁 を課すとの壓力を懸けて居た。

國聯での多數派工作は、アメリカの壓勝に終わった。1991年11月中旬迄にアメリカ決議案には十七の共同提案國が集まった のに對し、日本決議案への同調國は零。政府は此處で國聯での勝負を諦め、アメリカと妥協の爲の話し合いに入る。十一月廿五日、 兩國は『1992年12月31日迄に公海での大規模流網漁業を全世界で停止する』との案を出して妥結が成立した。日本は、流 網の停止時期を1992年6月30日迄に停止すると謂うアメリカ案より六箇月遅らせる事が精一杯だった。

十二月上旬には、1992年限りで公海流網を停止する日米決議案が國聯で採択された。1989年7月、南太平洋フォーラムが 公海流網の禁止を求める『タラワ宣言』を採択して始まった流網紛爭は、二年餘りで終結した。此れは、環境帝國主義者の政治的 勝利で有った。

1993年8月、アメリカの專門家三人が此の問題に關する論文を公表して居る。『公海及び沿岸漁業管理の惡しき前例:流網漁 業に關する國聯決議』と謂う表題で、共同執筆者のワシントン大學教授のウィリアム・バーク(國際法)、エドワード・マイルズ (海洋政策論)と水産コンサルタントのマーク・フリーバーグで有る。此の論文は、問題の發端から國聯での決着迄の過程を國際 法上の視點から細かく検討した長文で有る(日本語訳文で四百字原稿用紙二百枚)。

内容を一言で纏めると『專門知識を要する漁業管理の問題を、國聯總會に持ち込んだのは誤りだった』と謂う點で有る。此の論文 は、1991年の國聯決議には次の欠陥が有ると指摘して居る。

  1. 1991年の決議は、二年前の1989年決議の内容を無視して居る。1989年決議は『科學的データの考慮』を明記して 居るが、1991年決議では此の作業を省いて強引に成立させた。
  2. 1989年決議は『科學的データの収集』を流網業者に求めた。漁業者は此れに協力し、公海での混獲率と量は沿岸の多くの 漁業より低い事を示すデータを提出したが、二年後には停止すると謂う仕打ちを受けた。
  3. 1989年決議は、公海丈で無く、沿岸二百浬内での流網に關する科學情報の収集と提出を奨励して居るが、アメリカは自國 二百浬内で操業する多くの流網に關して此の作業を怠って居る。
國聯の公海流網停止決議の欠陥を以上の様に擧げた上で、此の問題を次の様に総括して居る

  1. 國聯には、漁業問題に幅廣い專門知識を持つ國聯食糧農業機構(FAO)と謂う機關が有るにも拘わらず、國聯總會に國聯總 會に此の問題を提議したのは誤りで有る。
  2. 國聯總會の參加國には、漁業問題に關する經驗も知識も無い國が多い。此の様な場に、公海流網に關する部分的なデータや情 報が選択的に報告された。誤った決定が導き出されたのは當然で有る。
  3. 總會決議は、公聽會等專門的な議論の場を經て居らず、流網禁止の基準も明示して居ない。此の決議は他の總會決議と同様に 法的拘束力を持た無い。併し、長期間公海流網漁業の禁止が續くと、慣行と仕て定着する機運も出て來る。此の決議が他の漁業を 規制する惡例と成る事は避ける可きだ。
日本水産株式會社顧問の米沢邦男は『公海流網問題は、漁業國の日本と仕て決して忘れては成ら無い出來事』と、次の様に振り返 る。『ニュージーランドやアメリカの行動は狡猾だった。アメリカの禁止決議には、正當な科學的根拠が無い事が判って居たので、 國聯總會と謂う大衆決議の場を利用した。自國の二百浬の流網の混獲率は公海より高いのだが、其の數字は一切出して居ない。公 海流網の規模と混獲量の大きさの弊害を誇張して吹聽し、政治的な力で葬って仕舞った。惡い先例と仕無い爲に、我が國は小規模 で混獲率の低い改良流網を使用して公海漁場での操業を再開す可きだと思う。日本の利益の爲では無く、資源の持續的利用と謂う、 世界で確立された原則を認識させる事が目的だ。』

國聯決議で、我が國は公海での流網漁業から全面的に撤退した。六百隻の減船で、一萬人が船を降りた。烏賊とビンナガ漁の合わ せて年間五十五億圓の漁業が消滅した。東北、北海道を中心に、加工、流通業者も含めると、約四萬人が影響を受けて居る。
公海流網から撤退した漁業者の中で、再び以前の漁場に挑戰する意慾を持つ人は殆ど居ない。1991年の國聯決議は、何う考え ても筋の通ら無い、政治的な抑壓だったからだ。同じ流網でも、アメリカに多い沿岸流網漁業は、公海より二倍以上の混獲率が有 り乍ら、現在でも堂々と行われて居る。

謝辞

私(當サイト主宰者)自身が、嘗て烏賊流網漁船の漁撈長を努めた事も有り、公海流網停止の經緯を、梅崎義人氏著の『動物保護 運動の虚像−其の源流と眞の狙い』より引用させて頂いた。此處では、烏賊に關する項目と仕て、公海流網而巳を載録したが、同 書には、他に捕鯨、母船式鮭鱒漁業、鮪漁業等に關する記述が有り、是非一讀される事を御勧めする。其處では、此のサイトのテ ーマでは無いので詳述は控えるが、大國の政治的陰謀や動物保護團体の野心的欺瞞の実態が暴かれて居る。