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漁撈(海洋の環境)に關する索引
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漁撈
漁場の形成
概要
日本周邊海域のスルメイカ・アカイカの分布・回遊
スルメイカ漁場形成機構
アカイカ漁場形成機構
スルメイカ漁場形成機構の海域別知見
アカイカ漁場形成機構の海域別知見
概要
説明
スルメイカの漁場形成機構に關する研究の歴史は淺い。何故なら、1965年代前半迄のスルメイカの豐漁期は、日 本周邊の極く沿岸に限られて居たからで有る。亦、此の時の漁場形成機構は、或る漁場での經驗的法則を述べて居る事が多く、環 境要因も一の漁場と謂う點と仕ての環境データが多い。
沖合漁場と仕ての漁場形成機構は、日本海の沖合漁場の開發を待たなければ成ら無い。即ち、1968年から沖合漁場が掲載され 始めてからで有り、其の知見も極めて少ない。1967年には、日本海沖合の収斂線附近の漁場に關して次の様な記述が或る。『 好漁場が形成された流れの収斂域附近でも、カラフトマスとスルメイカの漁場は、其の中心より冷水寄りが良く、サンマの漁場は、 暖水寄りに良い事が明らかに成った。』
亦、アカイカ漁場は、スルメイカが日本海で低調と成った1975年頃から開發されて居る。從って、アカイカの漁場形成機構の 知見も極めて少ない。
一方、近年海洋觀測機噐が著しく發達して來た。其の中でも人工衛星画像は、海の実態を良く表現して居る。特に海洋に於いて、 中規模渦を捉えた事は、漁場形成機構を考える上で大きな前進で有った。NOAA衛星画像で總觀的に判斷すると、日本周邊海域 には中小規模渦が多數分布する事が判って來た。1988年には、人工衛星画像とマサバ漁場と對應させ、東北海域に於けるマサ バ漁場の形成には津輕暖流域の渦に流入する『楔状冷水』の存在が指摘されて居る。亦、サンマ、カツオ、マグロ漁場も渦の中や 周邊部に形成されて居る例が多い。
日本海に於いても韓國東岸、大和堆周邊、能登半島沖にも渦が存在し、スルメイカ漁場と關係して居る。太平洋に於いてもアカイ カ漁場と渦との關係が觀られる。
日本周邊海域のスルメイカ・アカイカの分布・回遊
スルメイカ
日本近海のスルメイカは發生時期の異なる春乃至夏生まれ群、秋生まれ群、及び冬生まれ群の三系群に分け られる。春乃至夏生まれ群は、日本海本州沿岸乃至九州沿岸・伊豆半島周邊で、4乃至8月に發生する。丁度成長する時期が寒い 冬季に當たるので、魚体・資源量共に小さく、地域性が強い系群で有る。秋生まれ群は、東支那海北部乃至日本海南西部で9乃至 11月に發生する。日本海而巳で漁獲され、最も沖合を回遊する。成長期が餌の豐富な春乃至夏で有り、成長が良い爲最も大きく 成る。資源的にも日本海の7割を占める等、近年の漁獲の主体と成って居る。冬生まれ群は、東支那海乃至九州北部で12乃至3 月に發生する。黒潮に乘り太平洋に多く回遊するので、太平洋が豐漁時代は此の系群に依り支えられて居た。亦、稚仔の時期が黒 潮や對馬暖流が増勢する春に當たるので、其れに乘り最も北方迄流され、大回遊する。
アカイカ
分布域は粗(ほぼ)全世界に亘って居る。北部太平洋では粗全域に亘り、最も分布密度が高いのは、黒潮と親 潮が接し潮境が顯著な太平洋北西から中央部と推定される。北西太平洋の此の種の回遊は次の様に想定される。
産卵場は北緯35度以南の黒潮反流域で有る。1乃至5月に發生した稚仔は成長し乍ら5乃至8月に黒潮前線を越える。成長の早 い者は6乃至7月に20無いし25糎の小型と仕て、常磐沖で漁獲對象と成る。其の後、7月の黒潮北上暖水の増勢期に急激に北 上する。此の爲、北上暖水、三陸沖暖水渦、釧路沖暖水渦の位置と漁場とは關係が深い。摂氏20度臺の水温が北緯40度線を越 えると、三陸乃至道東で初漁が觀られ、8乃至9月の盛漁期を迎える。9月下旬から成熟の進行と水温降下に依り南下が始まる。 10乃至11月に黒潮前線附近で再び産卵群を對象に若干の漁が有り、12月に終漁を迎える。
スルメイカ漁場形成機構
概要
漁場形成機構に關する知見は意外に少ない。其れは、從來漁場形成の要因が漁業者の經驗と勘に頼る處が大きい事 に依ると思われる。亦、漁場形成機構を考える爲の環境データは、微細で高密度で有る上に同時性と迅速性を備えて居る事が必要 で有る。此の様なデータは船舶觀測では限界が有り、衛星画像の出現を待たなければ成ら無い。併し過去に於いて船舶觀測に依る 漁場形成の知見が得られて居るので、此處では此等を紹介する。
船舶觀測に依る漁場形成の知見
1960年には、スルメイカの漁場形成条件と仕て下記の様な知見が有る。
海底地形条件
砂質、介殻や礫混り、又は平たい岩礁性で水深30乃至100米が良い漁場と成る。
陸棚縁や海岸急傾斜縁近くが好漁場に成る。
漁場海況条件
烏賊の泳ぐ比較的暖かい水の層に、冷たい水が湧昇して居る海域は好漁場で有る。
鉛直水温傾度が摂氏10度以上と大き過ぎると漁は良く無いが、5度前後で好漁寄り、傾度の小さい時不漁。
日中は海底に沈み、夜間は超音波僞底像(DSL)と共に表層近くに上昇する。
渦流部の湧昇性(沿岸湧昇、堆礁附近湧昇、島礁湧昇)の處は一般に漁が良い。
秋季に極前線(親潮前線)の位置は、回遊經路を定める重要な因子で有る。
漁場気象条件
低気壓の來る直前は、通常漁況が良く成る。
潮汐転換時分に好漁、即ち『潮の変わり目』に漁が良い。
滿月時分は一般に貧漁で有り、新月か半月は漁が良い。
1967、1968、1972年には、日本海と日本海北部、道東海域のスルメイカ漁場形成機構に附いて下記の様な知見が有る。
日本海の7乃至8月は、暖水が冷水の上層を北へと伸び、スルメイカは其の上部暖水層を北上する。
水深30乃至50米附近に大きな水温躍層が有り、上部が摂氏10乃至20度の暖水層、下部が摂氏10度以下の冷水層で、烏賊は上部の皮相的な暖かい狭い層に集まる。
スルメイカ群の漁場形成は、北上暖水と南下冷水の潮境様式で決まる。
亦、北部日本海の漁場形成機構に附いては下記の様な知見が有る。
夏の前半期に分布密度の高い處は、極前線帶と其の前線附近、亦、大和堆附近から北へ張り出す表層暖水域で有る。
夏の後半と9月には北緯46度以北の樺太西海域で最も高い。此れは此の海域が袋状の地形の爲、北上群が逐次堆積されて行く爲と考えられる。
一方、道東海域に附いては下記の様な知見が有る。
道東の夏烏賊漁が活溌化するのは、東經144乃至146度を北上する黒潮北上暖水の發達と關聯が有る。
此の暖水の北方への伸びが大きい程、スルメイカの北上回遊が早いと推定される。
來遊量は、暖水の張り出し(摂氏10乃至17度)の大きさと比例する。
釧路沖暖水塊の發達が著しい程、道東スルメイカの分布は大きい。
暖水渦への接近度合が、好漁の一因と考えられる。
1972年には、山陰沖の200米層と50米層の水温分布とスルメイカ漁場を對應する事に依り、下記の様な知見が有る。
6乃至7月の北上期は200米層の水温圖と密接な關聯が有り、200米層暖水域の位置と漁場は良く一致して居る。
南下期は冷水域を良く顕わす50米層の水温圖で對應すると良く、南下期は冷水域内を動いて居る。
冷水域の先端と暖水域との潮境漁場は比較的安定して居る。
上記の結果から、北上期は暖水域が、南下期は冷水域が大まかな目安と成る。
猶、此の潮境の周邊には、直徑1.5乃至3浬の円弧状で連鎖的な小渦動域が漁場と成って居る。
同じく1972年に、50米層の水温分布圖とスルメイカの分布密度を對應させる事に依り、下記の様な知見が有る。
高密度分布は50米層摂氏5乃至10度で示される沖合前線帶附近で、6乃至7月の北上期(夏季)には前線帶南縁の暖水寄りに、秋季には北縁の冷水寄りに夫々れ分布して居る。
秋生まれ群は沖合冷水域の周縁部に索餌に依る高密度域を形成する。極前線の蛇行が小さく單調な水域では、群の移動が活溌と成る。
1989、1990年には、太平洋域の烏賊漁場と資源に附いて、夏季の様な知見が有る。
道東沿岸の漁況は釧路沖の暖水域(渦)の離接岸と密接に関係して居る。即ち、好漁場は暖水域と境界附近に形成される。
三陸沿岸の漁況は、黒潮系水、親潮冷水及び津輕暖水の消長と關係して居る。
夏の岩手縣沿岸では100米層水温が摂氏8乃至13度臺の場合に好漁、14度以上では不漁と成る。
7乃至12月の宮城縣沿岸の漁況は、水深299米以淺の海域に於いて、表面水温が摂氏20度を越えず、下層に摂氏5度以下の冷水の入り込みが有る時、好漁と成る。
和歌山縣沿岸の漁況は、地形性渦流、中層での湧昇及び水温躍層の中下層移行と關係して居る。
上記の内、特に、東北海域の北上期漁場形成機構に關して、下記の様な知見が有る。
スルメイカは6月には三陸沖合の北上暖水分派の縁邊域に廣く分布する。
7月以降は、群の一部が三陸乃至北海道沿岸漁場へ加入する。
此の時の加入の時期及び場所は暖水分派の接岸状況と密接に關聯して居ると考えられる。
群の一部は道東近海の親潮前線周邊域及び親潮水域内の暖水塊周邊に移動し、10月迄漁獲對象と成る。
1972年に、下記の様な知見も有る。
スルメイカの好漁を示す暖水深度は40乃至80米の極前線帶海域で有る。
暖水深度から觀た海況變動と漁場變動とは極めて良く一致して居る。
初漁期の漁場特性及び漁期前のスルメイカ分布圖から、北上期のスルメイカ運搬機構と仕て、暖流軸は重要な役割を果たすと考えられる。
1988年には、道東海域にスルメイカ群が接岸して來る場合の漁場形成機構と仕て、下記の様な知見が有る。
7月上中旬の北上期は、黒潮北上暖水又は沖合暖水塊(水深100米、摂氏8乃至11度)の北縁乃至北西縁の凸部で、冷水との潮境域との暖水側に形成される。
沿岸部に接岸する8月は、水深200米以淺の陸棚又は陸棚斜面上で有る事。亦、釧路沖暖水塊から反時計廻り沿岸域に差し込む暖水舌(帶状暖水)の先端部に形成される。
以上の事から、スルメイカの北上期は、日本海、太平洋に限らず暖水の北上と共に移動する。然して、其の先端部と冷水が接した 潮境の暖水側に形成される傾向が有る。亦、其の暖水域の先端部が帶状に突出する帶状暖水(厚さ100米)に成って居り、水深 200米の大陸棚斜面上(堆、礁)では其の効果が大きく成る。
一方、南下期は成層状態から對流状態に移る時期で有る。從って、分布して居る海域が突然冷水と成ったり、産卵条件を加味し乍 ら、冷水の南下に沿って南下する傾向に有る。漁場形成条件は潮境部分で有るが、冷水側に形成されたり、暖水側に形成される事 も有ると考えられる。
アカイカ漁場形成機構
概要
アカイカは資源が急減した日本近海スルメイカに代わる物と仕て、1975年の4.1萬屯から始まって居る。從 って、漁場形成機構の研究も歴史が淺く、其れ程多くの知見は無い。
海況との關聯を簡單に述べると、アカイカは、スルメイカやツメイカに比べ暖水性に属する。摂氏11乃至19度の範囲で、密度 が最も高く成るのは摂氏15乃至19度臺で有る。海域別の漁獲水温は、東經150度以西で摂氏17乃至20度、東經150乃 至160度で摂氏16乃至19度、東經160度以東では摂氏15乃至18度と沖合程低く成る傾向が有る。
アカイカは、中でも比較的遊泳力が弱く、索餌北上には黒潮北上暖水、三陸沖暖水渦、釧路沖暖水渦を利用する。此の爲、回遊經 路が他の魚種とは異なり、時計廻りで有る。亦、魚群の分布密度は水温の鉛直構造と關係が深い。即ち、零米と百米の水温差が大 きい程CPUE(單位當り漁獲量)が大きく成る傾向に有る。盛夏季の東北海域に形成される前線帶に沿って、アカイカが密集す る傾向に有るのは此の爲で有る。
船舶觀測に依る漁場形成の知見
1989年には、東北海域のアカイカの漁場形成機構に關して、下記の様な知見が有る。
6月には、表面水温摂氏16乃至21度、水深100米水温摂氏10度前後以上の暖水域に分布して居る。
7乃至9月の主要な釣り漁場は、主と仕て水深100米水温摂氏5乃至10度の水域(7乃至8月)、及び同摂氏5度前後の等温線の密集した水域の周邊部(8乃至9月)に形成される。
其等の漁場は、表面水温約摂氏20度以上の暖水域が北方へ張り出し、摂氏15度前後以下の南下冷水域との間に顯著な潮境を形成して居る水域に相當して居る。
10乃至12月の主漁場で有る襟裳岬南東沖合水域は、暖水域と冷水域の衝合域に當たって居る。更に、海底地形とも密接に關聯して居る者と推察される。
猶、此等の海域を高度840粁の人工衛星に依る熱赤外線画像で觀ると、大小暖水渦が冷水を巻き込んで居る海域に當たって居る 事が多い。特に、暖水と冷水に依り形成される潮境の暖水側に形成されて居る事が屡々(しばしば)見受けられる。亦、廣く分布 して居る親潮系冷水の中に暖水渦が孤立して分布して居る場合も、暖水渦の中に良い漁場を形成する事が有る。