学習のポイントと参加者の感想



<2017年10月15日(日)>


(参考リンク)

<スピリチュアリズム普及会> 『シルバーバーチの霊訓』とは> 『シルバーバーチの霊訓』の画期的な通信内容> 7.『シルバーバーチの霊訓』の画期的な「人生観」と「価値観」 へ

<関西シルバーバーチ読書会> 2017年2月の学習のポイント へ

<関西シルバーバーチ読書会> 2017年3月の学習のポイント へ

スピリチュアリズムの思想T「人生観」@

 9月の京都シルバーバーチ読書会は残念ながら台風でお休みになりましたが、10月からはスピリチュアリズムの思想T「人生観」の学習に入りました。

 今月はまず、スピリチュアリズムの思想T・思想U・思想Vの分類について復習し、その後思想Tの人間観・死生観の復習をしてから人生観の学習に入りました。

 人間が神の分霊を授かった存在であり、神の属性をすべてミニチュアの形で内在していること、その霊があるからこそ私たちは存在していること、そして、その神性をより多く発揮していくのが霊的成長の歩みであることを改めて確認しました。

 私たちは目的があってこの地上にいます。それは「人間は霊的成長をするために地上に誕生してくる」というものです。目的をはっきりと意識しているのと、まったくわからずにいるのとでは、その目的達成の効率は雲泥の差となるでしょう。

 シルバーバーチの届けてくれた「地上は霊的成長をするための訓練場」「霊界こそが本当の永遠の住処で、地上は霊界生活のための準備の場に過ぎない」という画期的な人生観を理解することで、確実に地上人生を意義あるもの・価値あるものとすることができるようになるはずです。

 地上には、貧しい人・お金持ちの人、先進国に生まれた人・途上国に生まれた人、独裁国家に生まれた人・自由主義の国に生まれた人も、身体的及び精神的障害がある人・ない人、など様々な人がいますが、誰一人例外なく誰もが大霊の分霊を授かった霊的存在であり、誰もが神の子供であり、神に分け隔てなく絶対的平等・公平に愛されています。

 私たちがこの地球に生まれてきた目的は、その神の分霊をより一層発揮するためです。それはすなわち「霊的成長」をするために地球に来ているということです。どんな苦境にあっても、「霊的視野」で地上人生を俯瞰して眺めると、そこには神の愛があり、「自分の霊的成長にとって相応しい地上人生を自ら選んできたのだから頑張ろう!」と魂の奥底から力が湧いてきます。

 常に霊的視野で、霊界の霊たちと同じ視点で地上人生を眺め、自分が霊的存在であって、地上は一時的に学習に来ている学校のようなところであることを意識することで、地上のあらゆる困難を乗り越える力が沸き上がってきます。そして、自分は一人ではないこと、常に神と守護霊が私たち一人一人を愛し、導いてくれることを思い出すことで、更に力ずよくこの苦しい地上人生を乗り切っていくことができることと思います。


シルバーバーチの人生観のポイント

●シルバーバーチの人生観(スピリチュアリズムの霊的人生観の集大成)

 シルバーバーチの登場によって、それまでの初期スピリチュアリズムの霊的事実に基づく人生観は更に発展し、「霊的人生観」が完成しました。霊界の高級霊たちの綿密な準備によって、1848年にスピリチュアリズムが登場してから72年後の1920年からシルバーバーチの交霊会が開始されました。それから12年後の1932年に「Teachings of Silver birch(シルバーバーチの教え)」が出版されました。それから霊媒が他界する1982年まで半世紀にわたってシルバーバーチは毎週金曜日に地上に霊的真理を届け続けました。

 他の霊界通信を見ても、これ程の一貫した高度な内容が半世紀も届けられたものはありません。その点だけを見ても、シルバーバーチの霊訓の歴史的使命の大きさを感じることができます。

 イギリスのスピリチュアリズムや、日本でも大半の人はまだ、シルバーバーチ以前の初期スピリチュアリズムの段階にいます。なぜなら、亡くなった人との交信の段階で留まっているからです。死別の慰めを得た先に進み、価値ある地上人生を送って欲しいというのが、高級霊たちがスピリチュアリズムを興した理由です。

 霊的真理によって自らの人生を摂理に沿わせようとする「ハイレベル・スピリチュアリズム」へと人々を導くことがスピリチュアリズムの本当の目的です。霊的成長をする人生を送って、地球人類が真に救われて欲しいというのが高級霊たちの願いなのです。


@地上人生の正しい位置づけ

 霊界人生 > 地上人生 (霊界生活がメイン)


唯物論者の人生観

唯物論者は、地上人生がすべてで、死によってすべてが無に帰すと考えています。

「円(地上人生)の外に出ること」=「死」であり、

「円の外には何もない」=「死後は無になる」

と考えてるため、円の外に出ること(死ぬこと)を最大の悲劇・不幸であるとして、できるだけ避けようとします。


初期スピリチュアリズムの人生観

初期スピリチュアリズムによって、地上人生の後にも人生があることが伝えられました。

「地上人生が終わった後、霊界での人生がある」

という、それまでの唯物的人生観を180度変える画期的な内容です。

しかし、初期のスピリチュアリズムではまだ、「霊界がある」「死後も霊界で過ごす」という内容に留まっていました。


シルバーバーチの人生観

シルバーバーチは、地上人生が霊界での永遠の生活の準備の場であって、一時的に過ごす「学校」のようなものであると説きました。

「地上人生が終わった後、霊界での人生がある」というスピリチュアリズムの画期的な内容を更に進め、「霊界人生がメインであり、地上人生は仮の世界である」としました。



「あなたも、他のすべての人間と同じく、一個の霊的存在です。物的なものはそのうち色あせて朽ち果てますが、霊的なものは永遠であり、いつまでも残り続けます。物質の上に築かれたものは永続きしません。物質は殻であり、入れ物にすぎず、実体ではないからです。地上の人間の大半が幻影(まぼろし)を崇拝しております」

『霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会) P.255/L4〜L7

※引用に際しては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


A上人生の目的  ⇒ 霊界での生活のための準備をする(基本的な霊的成長

  ⇒ 地上は霊界での本格的な霊的成長のための学校のようなもの

  ⇒ 霊界で本格的になされる霊的成長の、基礎的な学習と準備の場所

(霊界での霊的成長のための生活の準備・基礎力を磨く)


「地上生活そのものの目的が、地上を去った後に待ち受ける次の段階の生活にそなえて、それに必要な霊的成長と才能とを身に着けていることだからです

われわれ生あるものは、すべて、まず第一に霊的存在であるということです。霊であるからこそ生きているのです。霊こそ存在の根元なのです。生きとし生けるものが呼吸し、動き、意識を働かせるのは、霊であるからこそなのです。その霊があなた方のいう神であり、わたしたちのいう大霊なのです。その霊の一部、つまり大霊の一部が物質に宿って、次の段階の生活にふさわしい力を身につけるために地上体験を積みます。それはちょうど、子供が学校へ通って、卒業後の人生にそなえるのと同じです」

『霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会) P.253/LB2〜LB1

※引用に際しては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


B霊界に持っていけるものは霊的・精神的なもの(魂の霊的成長が最重要)


「死が訪れると、霊はそれまでに身につけたものすべて――あなたを他と異なる存在であらしめている個性的所有物のすべて――をたずさえて、霊界へまいります。意識・能力・特質・習性・性癖、さらには愛する力、愛情と友情と同胞精神を発揮する力、こうしたものはすべて霊的属性であり、霊的であるからこそ存続するのです。

真にあなたのものは失われないのです。真にあなたの属性となっているものは失われないのです」

『霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会) P.256/L6〜L11

※引用に際しては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


C地上人生における最も価値あるもの ⇒ 霊的成長 (霊的価値観の確立)

 ⇒ 霊的成長ができたかどうかが人生の価値を決める

 ⇒ 霊的成長した人生こそが最高の地上人生

 ⇒ 他人の霊的成長のために真理を伝えていくことは最高の利他愛の実践であり、最高の地上人生を送っているということ

D霊的成長は 「霊主肉従」「利他愛の実践」「苦しみの体験」を通してなされる

  ⇒ 霊的成長のプロセスは、実践をすることでなされる

  ⇒ 実践なしで成長することはない!

E地上人生には必ず苦しみや困難の体験が発生し、”苦しみの体験“を通して霊的成長が促される

 ⇒ 苦しみや困難のない地上人生を歩む人はいない(苦難の摂理・苦難の人生観)

 ⇒ 地上人生には必ず苦しみ、困難が訪れるようになっている

 ⇒ それによって成長するのが地上人生


「困難は魂が向上するための階段です。困難・障害・ハンディキャップ――こうしたものは魂の試練なのです。それを克服したとき、魂はより強くなり、より純粋になり、より深くなり、いっそう進化するようになるのです。

無限の可能性を秘めた魂の潜在能力が、困難も苦痛もなく、陰も悲しみも悩みも悲惨さもなしに発現すると思われますか。発現するはずはありません。 悲哀の極みをなめ尽くしてはじめて、魂の奥底からの喜びが味わえるのです。生命の階段を低く降りるほど、それだけ高く上がれるのです。地上人生の陰と思える体験を重ねるほど、日向の喜びがひとしお身に染みるようになるのです。

すべてのことが霊性進化の肥やしになります。そのうち皆さんも、肉体の束縛から解放されて曇りのない目で人生を振り返る時がまいります。その時、紆余曲折した出来事の中で、それらの一つ一つがちゃんとした意味を持ち、すべての体験が皆さんの魂を目覚めさせ、その可能性を引き出すことになっていたことを理解するようになるはずです。 魂にとって、正しく理解し正々堂々と立ち向かってなんの益ももたらさないような体験はひとつもありません。いったい、困難も試練も問題もない物質世界というものが想像できるでしょうか。そうした世界では何の進化も得られません。克服すべきものが何もないからです。あるのは堕落のみです」

『SBの教え(上)』(スピリチュアリズム普及会) P.109/LB6〜P.110/LB1

※引用に際しては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


F生まれる前から、自分の人生を自分自身で選んでいる

 ⇒ 苦労も困難も、すべて自分で選んできている


「地上に生を享けるとき、地上で何をすべきかは魂自身はちゃんと自覚しております。何も知らずに誕生してくるのではありません。自分にとって必要な進化向上を促進するには、こういう環境でこういう身体に宿るのが最も効果的であると判断して、魂自らが選ぶのです。ただ、実際に肉体に宿ってしまうと、その肉体の重鈍さのために誕生前の自覚が魂の奥に潜んだまま、通常意識に上がって来ないだけの話です」

『SBの霊訓(1)』(潮文社) P.38/L1〜L5

「地上へ誕生してくるとき、魂そのものは地上でどのような人生を辿るかをあらかじめ承知しております。潜在的大我の発達にとって必要な資質を身につける上でそのコースが一番効果的であることを得心して、その大我の自由意思によって選択するのです。その意味であなた方は、自分がどんな人生を生きるかを承知の上で生まれてきているのです」

『SBの霊訓(1)』(潮文社) P.109/L7〜L10

Gすべての人間に一人の守護霊がいて、守護霊の指導のもとで霊的成長の道を歩む

 ⇒ 類魂の中から守護霊として必ず一人ついてきてくれる

 ⇒ 地上人生では肉体を持っているので霊的視野が限られているため、霊的視野ですべてを見通すことのできる守護霊が、霊界から常に指導してくれている


「霊が地上へ誕生してくるに際しては、一人の守護霊がつけられます。(中略)

両者の関係がどこまで親密となるかは、地上の人間の霊的成長しだいで決まることです。守護霊の働きかけをまったく甘受できない場合は、霊力を使用して外部環境から操作せざるをえません。意識的協力が不可能な場合は、無意識のうちにでも協力関係を持たねばなりません。霊界からの働きかけは霊的にしかできませんから、いつどこであろうと、条件が揃った時にその影響力が届けられるように配慮するわけです」

『霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会) P.33/L5〜LB1

※引用に際しては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


H死後自分自身の人生を振り返り、自分自身で地上人生を評価する

⇒ 死後自分で振り返ったとき、自分の地上人生意味があったと思えば成功

⇒ 自分で自分の人生を評価する

⇒ キリスト教はイエス、イスラム教はアッラーが審判をくだして天国行きか地獄行きを決めるとしているが、 大間違い。

⇒ 霊的成長のチャンスを逃したり、無視したりしてチャンスを活かせなかったことなども、はっきりと思い出す

⇒ なぜ自分はそれをしなかったのだろうと自分で自分の人生を評価する

⇒ 誰かが裁くのではない


参加された方の感想

●唯物論者の人生観や熱心な宗教者の人生観を見ると、シルバーバーチの人生観が飛び抜けて素晴らしいものであるということが、実感を持って伝わってきました。日々の生活の中で苦難が訪れると、視野が狭くなり、まわりが見えなくなってしまいがちですが、本日示していただいた人生観の図を見ると、私自身も霊的視野が広がり、ほんの一瞬の地上人生ということを改めて実感できました。利他愛の実践を通して、時期の来た人に霊的真理を伝えていきたいです。

●「人生観」は、私たちが現在進行中の霊的成長と成長の最中なので、とても頭に入ってきました。こうして学習をして、そして実践を積むことで霊界へ帰った時に「頑張って良かった」と思えたらいいなと思います。苦しみの甘受でいうと、地上人生の間でも、その時は悩んで苦しんでいるのでそうは思えませんが、苦しかった経験が後で振り返ると「大したことなかったな」と思えることがあります。私は霊界へ行った時もきっと地上人生を振り返ってそう思うのではないかと思うことがあります。短い一瞬の人生なので、目の前の苦難を何とか一つ一つ乗り越えていきたいと思います。霊界へ行って後悔はしたくないと感じました。

●人生観を正しく持つために不可欠なのは「霊的視野」であるとつくづく感じる学習でした。日常生活も含め、物質中心の地上人生で奉仕活動を行っていると、物質的なもので全てが解決できるように見えてしまいます。貧困問題、飢餓、地球環境汚染問題などなど。しかし、本当の問題解決や目的は、それでは意味を成すことができませんね。地上の同胞の不当な苦しみを取り除き、貧しさや困難の中でも個人個人のカルマをしっかりと清算していく助けをしていける奉仕が真の姿だと思っています。フードバンクを通してそのことが行使できる立場にいる人たちに、「地上人生の目的・意味、自分が一体何者なのか?」ということを考えるきっかけを作っていきたいと思います。すべての人に分霊が与えられているのですから、自分の内奥に働きかけ問いかける時を持ってもらえるように祈っていきたいと思います。

●今月は人生観について学びました。大半の人々(一般人)の人生、唯物論者、熱心な宗教者、シルバーバーチ以前のスピリチュアリズム、シルバーバーチの人生観を比較しながら学習することで理解が深まりました。10年ほど前まで「大半の人々(一般人)」だった私は、人生の意味・目的・価値・幸福がわからず、30歳から40歳ごろまでの約10年間、とても苦しみました。もちろん今でも苦難はありますが、とらえ方が180度変化しました。今日の学習を通して、改めて霊的知識の大切さ、普及の大切さを認識することができました。

●霊的真理とは判断基準であり、この判断基準が国や人によって違うから、今の世の中は混乱している。人が皆、人のためにとの思いで生活したのなら、争いは起きない。僕は今も肉は大好きで食べますが、できることから少しずつ実践していきたいと思います。

●何のために生まれてきたのか、意味のある生き方とは何か、とすべての人間は考えるのでしょうか。本日の「人生観」を学びながら思いました。今日の学習の中で、生きる理由がわからないと嘆くある高校生のお話がありましたが、苦しみ、悩むことの意義がわからない人は多いでしょう。そこで立ち止まってしまう人が大半で、それ以上に踏み込んでいかず、後ろ向きになってヤケになる人の方が多い気がします。折れても折れても立ち上がるけどいつか立ち上がれなくなるのではとこの高校生は悩んでいますが、やはりそこに単なる我慢とプラス思考だけでなく、真理の理解による前向きな努力がなくてはならないと思います。学校、家庭内でスピリチュアルな教育が必要であると思いました。また、世間一般の社会人、家庭の主婦たちも、悩みとは進化していくための一過程であり、真理を得る重要性を知ってほしいものだと思いました。