学習のポイントと参加者の感想



<2017年7月16日(日)>


(参考リンク)

<スピリチュアリズム普及会> スピリチュアリズムとは> スピリチュアリズムの思想[T]> 2.死とは へ

<スピリチュアリズム普及会> 『シルバーバーチの霊訓』とは> 『シルバーバーチの霊訓』の画期的な通信内容> 3.『シルバーバーチの霊訓』の画期的な「死生観」と「霊魂観」 へ

<関西シルバーバーチ読書会> 2016年11月の学習のポイント へ

<関西シルバーバーチ読書会> 2016年12月の学習のポイント へ

スピリチュアリズムの思想T「死生観」

7月は、スピリチュアリズムの思想Tより「死生観」について学習しました。


死とは

・人間にとって最大のテーマ

・避けられない宿命、生命体の宿命、死は恐怖

・死は最大の悲劇・不幸・悲しみ

・宗教は死の恐怖に対する救済手段、太古から宗教が存在

 人は、自分の死に直面したり、愛する人との死別によって悲しみのどん底に落とされ、そこから「神とは何か?」「人間とは何か?」「心とは何か?」「死とはどういうものか?」ということについて考え始めます。このように、 人類が誕生してからずっと死は人間にとって最大のテーマでした。

 物質的生命体は全て必ず死ぬという宿命を持って創造された存在です。死は誰もが必ず迎える「避けられない宿命」でありながら、人々にとって死は恐怖であり、最大の悲劇・不幸・悲しみとなっています。

なぜなら、死によって愛する人と別れた後、その人がどうなっているか、また自分が死んだ後、自分がどうなるのかがまったくわからないからです。

 愛する人は死後もずっと死に際の苦しい状態のままで苦しんでいるのではないかと考えたり、もしくは、肉体の死とともに存在は消え果て、もう二度と会うことができないと考える人もいます。

 このように自分や愛する人が死んだ後どうなるのかについて、何もわからないという霊的無知ゆえに、人々は死に対して常に恐怖を感じ、死別を悲しみ、死を最大の不幸・悲劇としてとらえているのです。

このような死の恐怖から、人類が救いを求めたのが宗教です。人類は太古の昔から宗教に救いを求め、宗教は何とかして人々を死の恐怖から救い出そうとしてきました。しかし、人類が霊的無知ゆえに死の恐怖から逃れることができないのと同様に、宗教もまた霊的無知ゆえに人々に真の救いを与えることができませんでした。


スピリチュアリズムの死生観

<人類にもたらされた画期的な死生観>

<心霊研究を通して明らかにされた「霊的事実」に基づく心霊思想>

・死の定義(死とは)――肉体と霊体を結んでいたシルバーコードが切れる時

 ⇒ 人間の肉体と霊体を結んでいたシルバーコードが切れ、肉体と霊体が永久に分離すること

 ⇒ 肉体は不要となって朽ち果て分解され、大地に戻る

・死によって、人間は霊体という身体を通して自我を表現することになる

・死後、他界者は霊界という死後の世界で、新しく永遠の人生を始めることになる

・死によって存在が消えることがない以上、死を恐れる必要はない

 ⇒ 霊界で新しい生活が始まるということ

 ⇒ 地上で愛し合った人間とも死後再会できる

 ⇒ 死別を悲しむ必要はない

・スピリチュアリズムによって初めて、地球人類は死の恐怖から救われることになった

 スピリチュアリズムによって「死の定義」がはっきりと示されました。スピリチュアリズムの死の定義は「死とは肉体と霊体を結ぶシルバーコードが切れたとき」とします。死の瞬間、人間の肉体と霊体を結んでいたシルバーコードが切れ、肉体と霊体が永遠に分離します。この時を「死」と定義しています。

 また、死後の人間の状態についてもはっきりと示されました。死によって人間は霊界という永遠の住処で、霊体という身体を通して自我を表現するようになります。

 このように、死後も人間は霊界で生活しているという「死後存続」を示したのが初期スピリチュアリズムでした。霊界で新しい生活が始まり、地上で愛し合った人間とも死後再会でき、死別を悲しむ必要はないということ、そして、死によって存在が消えることがない以上、死を恐れる必要が無いということを人類は知ることができるようになりました。スピリチュアリズムによってはじめて、地上人類は死の恐怖から救われることになったのです。

 従来宗教の死生観では、死は恐怖であり、死別は悲しみでした。しかし、スピリチュアリズムの死生観によって、死は恐れる必要のないものという安心や死の恐怖からの救いがもたらされ、死後、人間は霊界で霊として過ごし、愛する人は消えてなくなったのではないという慰めを得ることができました。

 このように、スピリチュアリズムによって、人類史上はじめて、明確に死を定義し、霊界通信によって詳細な死後の世界と死後の生活の様子が霊から伝えられ、地上人類は死が悲劇でもなんでもないという事実を手にすることができたのです。


シルバーバーチの死生観

<スピリチュアリズムの死生観の集大成>

  ⇒ スピリチュアリズムの死生観をさらにレベルアップさせたのがシルバーバーチ

<人類史上最高次元の死生観>

 ・死別は喜び・希望・地上人生に対するご褒美

   ⇒ 死は自由をもたらしてくれる有難いもの・ご褒美

 ・死別は新しい人生の出発・霊界人生の始まりを祝福すべき時

   ⇒ SPの死生観「死別は悲しむべきものではない」

   ⇒ ここから更に進んで、「死別は祝福すべきもの」という霊的視野に立った死生観がもたらされた

   ⇒ 残された人が、死んだ人に対して自責の念を持つ必要はないことを伝えられるのは、霊的事実を知った人間だけができること

   ⇒ 霊界では皆幸せに暮らしている

 ・死別(他界)は愛する人たちとの喜びの再会の時


 シルバーバーチの画期的な死生観のひとつめは、死は喜びであり、希望であり、苦しい地上人生に対するご褒美であるということです。地上へ誕生した人間は、本来の霊的喜びや、本来の意識を自覚することができず、霊的本性のほんの一部しか認識することができません。地上は霊の学校のようなもので、肉体という重い鎧をまとって、本来の自我の発現が制限された状態のまま地上で生活することで、より効率的に、飛躍的に霊的成長ができる世界です。

 そして、そうした修行の場である地球を卒業して霊界へ帰るという事実は、死が本来の自我や霊的資質をすべて発揮できる喜びの時であり、苦しい地上人生を乗り越えるための希望であり、乗り越えたご褒美の時であるということです。

 もうひとつは、死別は地上人生を終えて霊界での新しい生活の出発の時、霊としての本来の住処で霊的生活が始まるという祝福すべき時、というものです。

 また、人間の死後、先に死別した愛する人が迎えに来てくれて、自分の死を自覚するようになります。地上人生を乗り越えたことを祝福して大歓迎してくれるのです。死は愛する人たちとの喜びの再会の時でもあるのです。

 このように、苦しみからの解放のとき、愛する人との再会のとき、霊界での本格的な霊としての生活のはじまり、地上よりはるかに美しく自由な世界、行きたいところへはどこへでも思うだけで瞬時に行けて、欲しいものは思念で何でも手に入り、霊的本性のすべてを発揮できる本当に素晴らしい世界で過ごしているという事実を知ると、死者本人にとって死は悲しみどころか祝福すべき出来事であるというのが、シルバーバーチの死生観なのです。

死に類似した現象――幽体離脱・臨死体験・睡眠

・幽体離脱

  ⇒ 手術中や不慮の事故に遭遇した時などに起こる現象

  ⇒ 霊体が肉体から離れ、シルバーコードで繋がれたまま霊界へ行き、戻ってくるという心霊体験

  ⇒ 幽体離脱中の体験を覚醒後に思い出すと、あの世に行って帰ってきた不思議な体験(臨死体験)として騒がれることになる

・睡眠中の幽体離脱体験

  ⇒ シルバーバーチによって明らかにされた驚異的な霊的事実

  ⇒ すべての地上人が、睡眠中に幽体離脱して霊界に赴いている

  ⇒ 誰もが毎晩、睡眠中に霊界で様々な体験をし、再び帰ってきている

  ⇒ 大半の人間は睡眠中の幽体離脱体験を思い出せないために、幽体離脱体験に気づいていない

  ⇒ 幽体離脱は特別なことでもなんでもない

・睡眠中の幽体離脱体験は、死後の霊界での生活のリハーサル

  ⇒ これによって死後の生活への準備が進められている

  ⇒ 死後は誰もが地上時代の睡眠中の体験を思い出す

終わりに

 7月の学習では、シルバーバーチの説く死生観について学習しましたが、実際にシルバーバーチが霊界について語っている箇所を参考にして、死後待ち受けている喜びの世界について確認しました。

 年に二回、クリスマスとイースターの時期にスピリチュアリズムの進捗具合を確認し、次の計画を練り直すために、霊界でスピリチュアリズムに携わる高級霊たちの大審議会が開かれるそうです。そのためにしばらく地上圏を去り、本来の住処である高級霊界へと戻るシルバーバーチからのしばしの別れのメッセージです。

 このメッセージは、霊界が本来の住処であり、その美しい世界へしばし戻ることのできる喜びが伝わってくる内容となっています。シルバーバーチの霊的視野を参考にして、常に霊的視野で地上の出来事を見ることができるようになれば、私たちも地上にありながら霊的な喜びを味わうことができるようになるでしょう。

「惜別の涙の中にも霊界でわたしを待ちうける喜びを秘めて、わたしは皆さんのもとを去ります。今夜はことのほか重々しい空気に包まれております。こうしてお別れを言いに出てくるのはあまり気が進まないのですが、しかしもう帰らねばならないのです。皆さんとお別れするのは辛いのですが、同時にわたしには喜びにあふれた本来の住処(すみか)に帰れるという愉しみもあります」

『霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)P.250/LB1〜P.253/L2

⇒ 霊の世界は喜びに溢れ、その喜びにあふれた霊界が本来の住処である

シルバーバーチだけでなく全ての人間が皆、霊的存在であり、霊界が本来の住処であり、地上は一時的に通う学校のような場所です。


「できることなら皆さんも一所にお連れしたいのです。そうすれば人間の目には隠されている美しいものを見、霊の実在を目のあたりにし、この仕事にたずさわっている高級霊にもお会いになれるのですが、残念ながらそれができません」

『霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)P.250/LB1〜P.253/L2

⇒肉体に宿ると霊本来の意識・能力を限られた肉体で表現したり意識することはできない

故に、霊界の本来の美しさや喜びに満ちた生活を地上生活中には理解することができないようになっています。そうした苦しい状況の中で霊的なものを常に優先させる努力を重ねる中で、霊的成長をするようになっているのが地上生活です。


「実は皆さんの睡眠中に途中まではお連れしているのです。ですが、その間の記憶を肉体を通しての意識に留めることがお出来にならないのです」

『霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)P.250/LB1〜P.253/L2

⇒睡眠中に霊界を案内していることが述べられています。しかし、肉体は霊よりも容量が小さいので、その記憶を意識に留めることができないことを述べています。


「肉体に閉じ込められ、五つの粗末な感覚でしか表現できない皆さん方には、霊の自由とはいかなるものかは到底実感できません。その自由を満喫し、より大きい世界の美しさ、そこに満ちあふれる生命力、目も眩まんばかりの景観と荘厳なる響き、その詩情、その音楽、その愛を味わえることの喜びは、到底皆さんには実感できません」

『霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)P.250/LB1〜P.253/L2

⇒肉体に宿っている間は、人間は霊の本来の喜びや自由、霊界の美しさを味わうことができないので、霊的な実感持つことはできませんが、本当は霊界というのはすばらしく、人間は皆霊的存在であって、誰もが霊界のそうした喜びに満ちた世界が本来の住処なのですよ、あなたも毎晩その喜びを満喫していますよ、ということを伝えてくれています。そして、一部の地縛霊を除いて、一般的な大半の死んで霊界入りした人間はそうした死後の霊的調整期間を経た後、霊的喜びを満喫しているので、死別を悲しむ必要も、死を恐れる必要もないことがわかります。


「お別れは辛いのですが、そこがわたしの本来の住処なのです。そこへ戻って、しばしの間、本来の喜びに浸ります。地上からのおみやげとして、皆さんからいただいた愛――われわれを結びつけ一体化している、掛け替えのない愛をたずさえてまいります。その愛が今なおひしひしとわたしに届いてくるのが感じられ、わたしからも、持てる愛のすべてをお返しいたします」

『霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)P.250/LB1〜P.253/L2

⇒本来の住処は霊界で、霊界では、本来の霊としての喜びに浸ることができる

誰もが霊的存在である以上、霊界へ戻ればその霊性レベルに応じた場所で、当人の霊性に相応しい喜びを得ることができるようになっているそうです。

以下は、シルバーバーチからの激励の言葉です。


「ではしばしの間お別れいたしましょう。有り難くも授かることができた霊的真理を大霊に感謝して、改めて勇気を奮い起しましょう。

 その恩典に感謝するとともに、さらに次元の高い界層へ近づくべく精進いたしましょう。そして強大なる霊の力に浸ってください。

 常に大霊へ向けて歩みましょう。心を大霊の愛で満たし、精神を大霊の知識と叡智とで満たしてください。

 常に大霊の意志に波長を合わせるように心がけてください。大霊とその摂理と一体となるのです。そして物質界に顕現している大霊の律動(リズム)と調和(ハーモニー)の中で生きるのです」

『霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)P.250/LB1〜P.253/L2

 死後の世界へ帰って、より一層の喜びを満喫するには、私たちはそれ相応の努力を通して霊的成長をしなければなりません。特に真理を知った私たちには、その恩恵に対する責任が担わされています。

 霊的真理の実践によって、地上で少しでも霊的成長をして、霊界の高級霊たちのより純粋な霊力の通路としてよりなって、人々の真の救いの為に働くことが求められています。

『霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)P.250/LB1〜P.253/L2

参加された方の感想

●霊的無知ゆえに、肉体が治療によって治せずに死ぬということを痛ましいと感じるのでしょう。しかし、永遠の生命をこの世的なことだけで判断はできないと云われると納得できます。肉体の死は自由になれる霊本来の喜びを得るためのものであると、世界中の人間が信じることができたら、戦争などは無くなるのではないでしょうか。死に対する霊的視野の大切さを教えられました。心して実践すべく努力してまいりたいと願っております。

●死が亡くなった本人にとって祝福すべきことというのは理解できます。私は死を人生ゲームのように感じていて、亡くなった方は先にゴールされたのだという認識を持っています。自分もゴールに向かって生きなければという思いと、一方で寂しい気持ちや、もっと地上で楽しいことを慕いし、ずっとゲームにいたいという欲望もあります。しかし、今日の学習で、死んだら今覚えていないこともすべて思い出すことができるのだと知り、かなり気が楽になりました。夢についても理解してみると、以前夢からメッセージを受け取ろうと夢の記録をしていたことを思い、笑ってしまいます。日本人は霊性が高いと言いますが、まだまだ死後の世界への理解をできる人は少ないなと感じています。

●従来の宗教の死生観、スピリチュアリズムの死生観、シルバーバーチの死生観を対比しながら学びました。シルバーバーチが完全に徹底した霊的視野に立って、死生観などについて語ってくださっていることに改めて感謝の気持ちが湧いてきました。もっともっと深く真理を学習し、日常生活のすべてにおいて摂理に沿った考え・発現・行動ができるように努力していくことが、霊界の良き道具になれる道であると再確認できました。実践に励みます。

●私自身も霊的真理に出会うまでは、死に対して恐怖を抱いていて、死んだ後はどうなるのだろうと思っていました。スピリチュアリズムに出会い、「死は悲劇ではない」という、シルバーバーチの言葉を見たときは、とても心に響き、衝撃を受けたことを思い出しました。職場では死を目前に控えた方と接することが多いですが、そういう方々に対して、そっと祈りだけでもしてあげようと改めて思いました。

●何度も何度も全体像の学習をすることで、理解が深まってきました。シルバーバーチの霊訓のすごさを改めて感じました。そして、スピリチュアリズム普及会の皆さんのおかげでスピリチュアリズムの全体像を学ぶことができ、本当に恵まれていたのだと感謝の気持ちが湧いてきました。それを読書会で学習することで、更に理解が深まるという、本当に恵まれたスピリチュアリズム人生を送ることができていると改めて感じました。私にとっては、小学生が小学校で学ぶのと同じように、霊的真理を学ぶことは当然のことのように感じているので、今後多くの人が私のように霊的真理を学ぶことが当たり前の世界になることを祈ります。

●死生観を学ぶにつれ、地上人生の在り方の重要性を感じていきます。多くの地上人(人間)がその霊的真理を知らないまま、地上人生を終えて霊界へと帰ってしまい、なんと勿体ないことでしょうか。少しでも早くその事実を知らせたいとの思いにかられます。私たちは毎日意識的に霊的視野で物事を正しく見聞きし、判断できるように努力を重ねていかなくてはいけませんが、神は無意識の間でも霊的存在である自覚を持てるように、里帰りをさせてくださっています。その一部を考えるだけでも親なる神の愛を感じます。私たちは神の愛に包まれているのですね。

●今日はスピリチュアリズムの死生観を勉強しました。やはり、一番画期的な死生観は「死は喜び・ご褒美」というシルバーバーチの死生観だと思いました。私は霊的真理を言知る前から死後の世界があることを確信していましたが、やはり死後の世界に対して良いイメージがあったわけではありません。死後どういう世界に赴くのかという不安がありました。しかし、シルバーバーチに出会ってから死後の世界(霊界)は素晴らしいところだと知り、今では死後の生活を楽しみにしているくらいです。そういう意味ではシルバーバーチに出会ってから死後の世界に対する理解が大きく変わり、自分の考え方が死後の世界も含めて、前向きに明るくとらえられるようになったと思います。