学習のポイントと参加者の感想



<2017年3月19日(日)>


(参考リンク)

<スピリチュアリズム普及会> スピリチュアリズムとは> スピリチュアリズムの思想[W]> 2部―1.スピリチュアリズムと地上の宗教 へ

<スピリチュアリズム普及会> スピリチュアリズムとは> 超宗教・高次元宗教としてのスピリチュアリズム へ

<関西シルバーバーチ読書会> 2016年2月の学習のポイント へ

<関西シルバーバーチ読書会> 2016年3月の学習のポイント へ

<関西シルバーバーチ読書会> 2016年4月の学習のポイント へ

<関西シルバーバーチ読書会> 2016年5月の学習のポイント へ

<関西シルバーバーチ読書会> 2016年6月の学習のポイント へ

宗教の観点から見たスピリチュアリズムの全体像B

 3月の読書会では、2月に引き続き「救済の観点から見たスピリチュアリズムの全体像」の復習をしてから、「宗教の観点から見たスピリチュアリズムの全体像」について学習しました。

 地上にあって高級霊と想いを同じくして霊的兄弟姉妹のために自分の人生を捧げることができるということ程、幸福な地上人生はありません。全体像を把握してスピリチュアリズムの真の意図を知ることで、地上人生を霊的価値のあるものにしたい、霊的同胞の真の救いのために役に立ちたいという利他的な思いがより一層大きくなります。そして、より多く高級霊に道具として使っていただくために、日常を摂理に沿ったものにしていこうという実践の意欲と利他的な奉仕の気持ちを湧き立たせることにつながっていきます。こうした目的をもってスピリチュアリズムの全体像の理解のために何度も繰り返し学習しています。


霊界の宗教とは

@全員共通の“唯一の宗教(信仰)”

 ⇒ 多くの宗教も宗派もない。一つの宗教があるのみ

 ⇒ しかもその宗教とは地上のような宗教組織ではない。日常生活がそのまま宗教となっている

A信仰対象は「大霊」という唯一神と、神がこしらえた「摂理」のみ


「私たちが忠誠を尽くすのは、一つの教義ではなく、一冊の書物でもなく、一つの建造物でもなく、生命の大霊とその永遠なる摂理です」

『シルバーバーチの教え(上)』(スピリチュアリズム普及会) P.41/L6〜L7

※イエスを信仰対象にしないこと


「イエスを崇拝の対象とするのは間違いです。崇拝の念は大霊に捧げるべきであって、大霊の使者に捧げるべきではありません」

『シルバーバーチの教え(上)』(スピリチュアリズム普及会) P.138/L2〜L4

B「摂理の支配」への認識は霊界人にとって当然

 ⇒ 摂理に一致した生き方が真の幸福と霊的成長をもたらすことが霊界の常識

 ⇒ 霊的成長に関わる重大な摂理とは、「利他性の摂理」と「カルマの摂理」

C利他的な生き方(実践)がそのまま宗教であり、信仰実践となっている

⇒ 地上のような宗教形式は不要


「宗教心とは、あなた方の言う神、私の言う大霊へ近づくための心がけのことです。大霊に近づくための行為、絆の強化、霊力の流入の実感、その結果として生まれる調和、内的な輝き、静寂、平穏、泰然自若、それが宗教です。そうしたものを生み出さないようでは本当の宗教とは言えません。大霊とのつながりの自覚です。(中略)

宗教とはサービスです。これはもう何度くり返したか分からないほど、何度も申し上げています。サービスに優る宗教はありません。サービスは霊の通貨です。分け隔てなく、すべての人に、愛と慈しみの心で臨むことができれば、あなたは最高の意味において“宗教的な”人間であると言えます。最高の神性を顕現しているからです」

『シルバーバーチ 最後の啓示』(ハート出版) P.129/L3〜P.130/L1

D地上のような宗教・信仰はないが、それでいて皆が深い信仰を持っている。地上の宗教を超越している

E地上の宗教とすべての点で正反対

真の宗教とは(宗教の正しい定義)

@霊界の宗教のこと(スピリチュアリズムはその地上版)

A大霊と大霊の摂理を信仰対象とする宗教

B宗教組織は不要。宗教形式(教祖・教義・儀式・布教活動・宗教的施設・宗教組織など)一切不要


「私たちはあなた方、いかなる教義も儀式も作法も要求しません。ただひたすら、大霊の愛がその子ども達を通して顕現するように努力しているだけなのです。そのためには、いかなる書物にも、いかなるドグマ(教義)にも縛られてはいけません。いかなるリーダーにもいかなる権威にも、いかなる学識にも、また崇拝の対象とされるいかなる聖遺物にも縛られてはいけません。あなた方はひたすら、大霊の摂理に従うようにしてください。大霊の摂理こそが宇宙でもっとも偉大なものであり、唯一最高の権威ある物なのです」

『シルバーバーチの教え(上)』(スピリチュアリズム普及会) P.124/LB2〜P.125/L5

C摂理に沿った日常生活での実践の事(利他的行為・霊主肉従の努力・苦しみの甘受)

「私たちの説く宗教は実践の宗教です。一日一日の宗教――1日24時間、1時間60分、1分間60秒、そのすべてを実践の時とする宗教です」

『シルバーバーチの霊訓(4)』(潮文社)P.83/LB1〜P.84/LB1

D自らの努力によって、自分自身を救う(自力救済的生き方)

 ⇒ 摂理に一致するための努力を通して、霊的成長という真の救いと幸福(霊的宝)を手に入れる


「地上の人間は一人の例外もなく、自分の努力で人格を形成し、自分の努力で霊的進化を達成するために地上界へ来ているのです」

『シルバーバーチの教え(上)』(スピリチュアリズム普及会) ) P.154/LB3〜LB1


「あなたの魂を進化させる力を持った人間はいません。魂の進化は、地上での生活を通して、あなた方自身が達成していくものなのです。自分の行為が生み出す結果を、他人が取り除くことはできません。自分で償い、自分で報いを受けることによって成就していくものなのです」

『シルバーバーチの教え(上)』(スピリチュアリズム普及会) ) P.146/L7〜L10

E個々人の霊的成長と、霊的同胞世界の確立を目的とした生き方

              ↓

宗教の正しい定義に照らすと、地球上のすべての宗教組織は失格

真の宗教と言えるものは一つもない

*引用に際してはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


参加された方の感想

●地上の宗教と霊界の宗教の違いについて学習しました。地上の宗教は霊界の宗教とすべての点で正反対ということで、落胆します。地上の人々の多くが霊主肉従ではなく肉主霊従なので、人間は死んだらそれでお終いと考え、お金を溜めて楽な隠居生活をしようとしているのだと思いました。地上の宗教も結局はお金なのだと思います。地上に住んでいる限りお金が必要ですが、難しい問題だと思います。自分が霊であることの認識を得るということは、霊として準備が整った人から霊の正しい知識を受け入れるというプロセスがあることからも、シルバーバーチの教えが根幹になっていると感じました。

●地上の宗教が一人ひとりの魂にどのような影響を与えているのかがよく理解できました。全ては未熟さによる霊的無知と、利己的な想いから始まり、現在に至ってしまっているのがとても残念に思います。一人ひとりの意識が利他的な想いに変わっていけば、自然と宗教の考え方も変わる時が来るのかなと思います。地上的な目で見れば果てしなく途方もない未来と感じますが、霊的な目で見れば、この読書会のようにともに学んでいる人たちがいることが、幸せに近づいている一歩なのだと感じます。益々、自分に今何ができるのかを考え、利他愛の実践と霊的成長に力を入れて生きていかなければならないと思いました。

●日頃、人のために何かをしたいという想いがありますが、ここ何日か、肉主霊従の状態に陥っている自分がいて、真理を読んでもその時だけで何かしなければと焦っていました。この読書会に参加するとすごく霊的に心が高められて少し楽になります。利他愛の実践ができるよう、摂理に沿った生き方ができるよう、自分に厳しくいかなければならないと思いました。

●スピリチュアリズムは自力救済であるということ、これはとても厳しいことです。楽をして霊的成長は望めません。霊的成長について、本日の読書会において、更に心に刻まねばならないと思いました。それは、実践によって自分で自分を救うことです。利己的な思いや、生き方、唯物的な考えを努力して無くすべく実践することであると思います。霊的に成長するのは、なかなか自分では度合いが分かりませんが、続けていけば少しずつ魂は磨かれていくものと信じて、毎日の日々を生きてゆきたいと思います。「サービスに優る宗教はありません。全ての人に愛と慈しみの心で臨むことができれば、宗教的な人間である」とシルバーバーチの言葉がありましたが、これが一層大切だと感じました。

●一般的に言う「スピリチュアル」というのをよく聞いてみると、本来の「スピリチュアル」とは程遠い自己啓発やほんの少しの真理を謳って費用の掛かるような、また、他の人とつきあっていけなくなるような集まりのことで、「スピリチュアル」の言葉の認識がそういったイメージなのかと悲しくなります。そうしたイメージが先行して、本来のスピリチュアリズムについて偏見を持つ人もいます。以前は、そうした人にも必死に話そうとしていましたが、今は、私自身もまだまだ理解も実践もできていない身で、どのように言葉にしても伝わらないだろうと分かります。ただ、知るチャンスが来た人には、そっと伝えられたらいいなと祈ることにしました。無宗教の人にも無宗教という信仰があり、到底他人の信仰を変えることなどできないですが、共通するところか分かり合えれば、お互いの矛盾している所に目を向けるきっかけになるのではないかなと希望します。

●目に見えなくても、私たちの背後に展開している霊界に想いを馳せ、語りかけ、導きを求める生活がごく当たり前の日課になってきたように思います。真理を学習し、神を少しでも正しく理解しようと思うごとに、霊の世界で感じとることのできる、神の偉大さや神の愛、摂理の見事さを待ち遠しく感じます。読書会の学びの場所にも数多くの霊が同じく学びに集まったり、高級霊の守護や守護霊の愛で満たされて、地上から参加している私たち人間より遥かに多く、霊界から参加されているのでしょうね。本当にここは心地良く、霊界と重なり合っているのだなぁと改めて感じられる時間を過ごせます。