昭和30年代後半に天王寺の『ヨシミスポーツ』集まったスキーをこよなく愛する仲間を中心にその基が作られたスキークラブです。
クラブの名を広めた「競技部」は、当時『ヨシミスポーツ』に勤務されていた丸山氏、山崎氏、大阪市交通局スキー部 そして大阪樟蔭女子大学の故内山先生を中心に、「府民大会」や「クラブ対抗」で活躍しました。
「教育部」の活動は、大阪大学銀友会の播本先生、吉田先生そしてヨシミスポーツ社長を中心に多くのスキーヤーが集まり、 昭和50年代のスキーブームの中、大変活発な活動をしておりました。
現在のスパルタスキークラブは、「教育部」を中心に活動しているメンバーが名前を引き継いでいます。
ここ数年新しく指導員・準指導員の合格者も誕生し、指導員10名と準指導員4名の14名の指導者の構成で活動をしています。



2007年9月 懇親会にて

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