旅日記



ファイルNo.12
旅のタイトルまだいたの? 帰れない”るると”

旅の期間2002年7月13日〜7月28日(+1日)

旅の目的スイスアルプスハイキングとドイツ・ロマンチック街道巡り

主な訪問地スイス
リヒテンシュタイン
ドイツ
フランス

: ツェルマット,リーダーアルプ,サルガンス,チューリッヒ
: ファドゥーツ
: コンスタンツ,ホーエンシュバンガウ,ロマンチック街道,ベルリン
: パリ

旅日記プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 8日目 9日目
10日目 11日目 12日目 13日目 14日目 15日目 16日目 17日目 エピローグ


プロローグ
 ”るると”3回目のドイツ渡航です。今回は呼び寄せチケットを使用しました。航空会社はいつものように KLM です。実際の航空券の手配はドイツ・デュッセルドルフにある旅行代理店 U-pak に依頼しました。予約手続きは2月頃”雄悠”が行いました。そして5月に発券してもらい,GWを利用してドイツにやってきていた”るると”自身が日本に持って帰りました。価格は1,250ユーロ(+Tax)で,そのときのレートからすると日本円に換算して約150,000円となり,日本で購入するよりも15,000円から20,000円ほど安価でした。さらに,大きなメリットが受託手荷物量の増加です。通常,エコノミークラスは20kgまでなのですが,呼び寄せの場合は30kgまでOK。ほとんど重さを気にすることなく荷造りが出来ました。それにしても重かった・・・。

 さらに今回は エールフランス のマイレージポイントを利用してケルンからパリを往復しました(20,000マイル×2人分)。無料航空券の発券はエールフランスのフリークエンスプラス事務局に直接電話してやってもらいました。手続きは希望の搭乗日と便を伝えるだけで,約10日後に無料航空券が郵送されてきました。空港税については実際に搭乗した後,クレジットカードに課金されていました。

 今回宿泊したのはツェルマット,リーダーアルプ,サルガンス,コンスタンツ,ホーエンシュバンガウ,ディンケルスビュール,ベルリンで,合計10泊でした。あとになって気づいたのですがツェルマット,コンスタンツ,ベルリンがそれぞれ2泊ずつで最初と中間と最後が連泊という理想的な形でした。予約はツェルマット,リーダーアルプ,サルガンス,コンスタンツはそれぞれ各ホテルに直接電子メールを書きました。一方,ホーエンシュバンガウ,ディンケルスビュール,ベルリンは HRS を利用しました。

 残りは現地移動の手配です。今回は鉄道とレンタカーを利用しました。鉄道はICE,EC/ICおよび氷河急行についてはあらかじめ座席の予約を行いました。予約は全てドイツ鉄道の駅で予約しました。もちろん,氷河急行についても3ヶ月前からドイツ鉄道の駅で予約可能です。乗車券についてはドイツ国内の分だけ,座席予約と同時に購入しました。いずれの区間も Bahncard を利用しました。一方,スイス国内の乗車券については スイスハーフフェアカード を利用する予定でしたので,こちらについては前もっての購入はしませんでした。ちなみにスイスハーフフェアカードをドイツで購入できるかどうか訊いてみたのですが,無理とのことでした。
 今回は鉄道の他に,レンタカーも利用しました。いろいろ比較した結果, Europcar を利用しました。予約は現地のインターネットサイトで行いました。ハーツレンタカー を日本で予約するときよりも安価でした。

 さらにもう一つ。 ノイシュバンシュタイン城 の入場券の予約もあらかじめインターネットで行いました。ノイシュバンシュタイン城のチケット売場は非常に混むと言われていたので,あらかじめインターネットで予約したのですが,確かに正解でした。ただし,手数料が必要で,指定した時刻の1時間前までにチケットセンターに取りに行かねばなりません。

1日目
 いつものように7時にタクシーに来てもらい,JR尼崎駅前の関空バス乗り場へ。さらに関空バスに乗って1時間。もう完全に関空までの道は慣れたものです。 今回はすでに航空券を持っているので,いつものように団体カウンターで受け取る必要もなく,一目散にチェックインカウンターに向かいましたが,普通の土曜日にしては混雑しておりすでに列が出来ていました。チェックインではすでに座席も指定していますし,荷物の重量も問題ないので,ごくあっさりと終わりました。それから,セキュリティーチェックとパスポートコントロールを抜けて搭乗口に向かいました。

 これまたいつものように搭乗し,いつものようにフライトが始まりました。機内食も相変わらずですし,映画も2本見てしまえばもう後は暇で仕方がありません。寝たふりをしたりしながら,なんとか退屈な12時間を過ごしました。アムステルダムでの乗り継ぎももう慣れたものです。迷わず次の搭乗口に向かいました。例によってアムステルダム−ケルンのフライトは小型プロペラ機によるものですが,今回は天候も安定しており大きな揺れはありませんでした。

 一方,”雄悠”は大阪からアムステルダムへの便が無事アムステルダムに到着したことをインターネットで確認してから ケルン・ボン空港 に向かいました。中央駅まで行って空港バスに乗れば速いのですが,時間が十分あったのと少しでも運賃を節約するため市内電車と路線バスを乗り継いで1時間近くかけて空港に到着しました。アムステルダムからの便は少しだけ遅れましたが,無事に到着。2ヶ月ぶりの再会となりました。

 空港から ケルン 市内へは今度は空港バスを利用しました。さすがに疲れている”るると”に乗り継ぎをさせるのはかわいそうです。中央駅までは20分,さらに路線バスに乗り換えて20分で”雄悠”のアパートに到着しました。それから,荷物を置くとすぐに”雄悠”の留学している大学に向かいました。その日は博士号を取得した学生の祝賀パーティーの日で,”るると”はわざわざ日本から駆けつけたのです!考えてみれば”るると”がドイツ風のパーティーに出るのは初めて。果物やデザートの充実度に感心していました。パーティーは結局2時間ほどで切り上げました。さすがに日本から半日以上かけて来た身には長居は負担です。

2日目
 さていよいよスイスに向けて出発です。 ケルン中央駅 を出るのは7時54分なので6時過ぎには起きて,バスで駅に向かいました。そこで朝食にクロワッサンなどを購入してから列車に乗り込みました。列車はマインツ,バーゼル経由のECで”るると”と”雄悠”はバーゼルまで乗車します。最初は畑の中を進むのですが,ボン を過ぎるとライン沿いに出てきました。圧巻は コブレンツ から マインツ の間で,多くの古城やローレライの岩など見所の多いところです。でもカーブも多くて揺れも結構あります。

 マインツを過ぎてもライン沿いに走るのは間違いないのですが,このあたりまで来ると景色も単調になりそれほどおもしろくはありません。乗車時間も長くなってきたので疲れも出てきます。 フライブルクバーデンバーデン など降りてみたいと思う街も多いのですが,とりあえずはバーゼルを目指さなければなりません。ドイツ側の最後の駅,バーゼルBadを過ぎるとスイスの警察官が乗ってきました。例によって明らかにヨーロッパ人でない”雄悠”たちは,
「パスポートを見せて下さい」
と言われます。まぁ,これは仕方のないことですが,日本のパスポートと分かると急に笑顔になり,しかも日本語で,
「どちらまで行きますか」
と訊いてきました。
「ツェルマットです」
と答えると,
「いいところですね。いい旅を」
と言って去っていきました。

 とかなんとかでやっと バーゼル に着きました。バーゼルではスイスハーフフェアカードとスイス国内の列車の切符を買わなければなりません。窓口に行って,
「スイスハーフフェアカードが欲しい」
というと,係の人は慣れた手つきですぐに発行してくれました。それから,各区間の列車の切符を買うために乗車区間を書いたメモを示して,
「これらの切符をハーフフェアカード利用でお願いします」
といったところ,係の人はなにやら難しい顔をして考え込みました。しばらくの沈黙後,
「この経路なら周回切符にした方が安い。ツェルマットには区間外と言うことで別途往復切符を足して行けばいい」
と言いました。どうやらこのことを考えていたようです。駅員がそういうのだから,その方が安いだろうと思い,駅員の薦めに従いバーゼル−ブリーク−ライヘナウ−サメダン−クロスター−サルガンス−チューリッヒ−バーゼルという周回切符とブリークからツェルマットへの往復切符を購入しました。が,あとで詳細に計算してみると実はバラで買った方が少しだけ安かったのです。まぁ,当の係の人もだますつもりはなかったのでしょうし,親切に説明などもしてくれましたし,高いといってもコーラ1本ぐらいの差ですから文句はないのですが,駅員でも間違えることはあるようです。

 バーゼルでは少し時間がありましたし,昼食時でもありましたので駅構内に出店していた店でケバフサンドイッチを買ってみました。”るると”はそれほどおなかがすいていないらしく,
「一口,二口でいい」
と言っていたのですが,食べ始めたら,
「パクッ,パクッ,パク」
と一気に半分ほど食べてしまいました。
「だって,おいしかったんだもん」
確かにうまかったです。

 列車はフランス方からやってきました。”るると”と”雄悠”が乗車した車両は イタリア国鉄 のもので, ドイツ鉄道スイス国鉄 のものと比べると少し痛んでいました。ヨーロッパは国際列車が頻繁に走っていて,各国の車両が乗り入れていますから,たまにはこういうことにもなります。最初はスイスの平原を走っていたのですが,そのうち山岳地帯の方に入っていきました。ブリークの直前は谷を斜めに下っていくのですが,なかなかの迫力でした。

 ブリーク でツェルマット行きの乗り換えると,いよいよ山岳鉄道の趣になってきました。途中にはラックレールの区間もあり,かなりの割合で高度を稼いで行きます。途中冗談で,
「ツェルマットまで来て夕食がカレーだったらどうする。しかもホテルの裏にバーモントカレーの箱とかがあったりして・・・」
などとあほな話をしながら行きました。

Zermatt ツエルマットに着くと駅前にホテルの電気自動車が待っていてくれたので,それに乗ってホテルに向かいました。でも,僅かに3分ぐらい。歩いてもそれほど変わらない距離でした。ホテルの名前は Continental と言って ツェルマット のホームページから見つけだし,電子メールで予約しました。指定された部屋は南に面したバルコニー付きの部屋で,割と広く,バスタブも着いていおり,ふんだんに使用されている木材が暖かみを醸し出していました。

Continental このホテルには1泊2食付きの条件で宿泊していました。夕食は4皿のコースとなっていました。ホテルに着いたのはすでに19時ぐらいでしたので,すぐに夕食に向かいました。最初に飲み物として赤ワインを頼みました。食事のほうは前菜がマグロのマリネ,それからサラダバフェ,カレースープと出てきました。
「うん,カレー。」
そうです,カレーライスではありませんが,カレー風味のスープが出てきたので,
「予感が・・・」
と言う感じでした。それにしても,根が貧乏人の”るると”と”雄悠”はサラダバーでたっぷり野菜を取ってしまい,スープもボリュームがあったので,メインを前にしてすでにおなか一杯でした。で,だめ押しに出てきたのが,カシミール風煮込みチキンとライス,早い話が チキンカレー です。冗談のつもりが本当になってしまいました。さすがにバーモントカレーではありませんでしたが・・・。でもって,すでにおなか一杯の二人。”雄悠”は何とか半分だけ食べ,”るると”は食べたふりをするために,少しだけかき混ぜたぐらいでした。これにデザートが出てきたときにはもう完全にお手上げでした。本当にボリューム満点です。


3日目
Zermatt ツェルマットに来た理由はマッターホルンを見ながらのハイキングでした。しかし,あいにくこの日は天気が悪く,素人がハイキングをするにはちょっと無理だと思われました。ただ,時間が経つにつれ少しずつ状況がよくなってきたので,とりあえずクライネマッターホルンまでロープウェイで上がってみることにしました。ツェルマットの街を川上の方に登っていくとロープウェイ乗り場があります。そこでマッターホルンパスという全線に有効なパスを購入しました。ちなみにここでも,スイスハーフフェアカードは有効でした。ロープウェイを乗り継ぐこと二回で一気に標高3,500メートル超のクライネマッターホルンに到着しました。やはりここまで来ると雪があります。また,ロープウェイを降りてトンネルに入ると本当に寒かったです。ところが,弱いながらも日差しがある山の斜面に出ると意外と温かく,不思議な体験でした。その後,クライネマッターホルンの頂上まで登り,さらに氷河の内部が見学できる博物館に入って,山を下りてきました。

Matterhorn 次に行ったのがシュバルツゼーです。ここはマッターホルンを最も近くで見ることができるポイントです。やっぱり,近くなった分だけ迫力があります。しかし,天気がいまひとつなので,見ただけでまたロープウェイでツェルマットまで下りてしまいました。本当はここからツェルマットまでハイキングするつもりだったのですが,さすがに無理でした。

 ツェルマットまで下りたあと,パン屋で簡単な昼食を買い,それからゴルナグラートに上がってみることにしました。 ゴルナグラート登山鉄道 の駅に行ってみるとすでに雨が降り始めたので,どうしようかと思ったのですが,といって他にやることもないので,とりあえず電車に乗ってみることにしました。さすがは登山鉄道と言うだけはあります。ほとんどの区間がラックレール式でどんどん登っていきます。本当なら途中の駅付近からアルプスの山々などが見えるはずなのですが,天気が悪いこの日はどうにもなりませんでした。それにしても,この雨の中歩いている集団がいました。おそらく,少々の雨なんか気にしない外国人かハイキングのためにツェルマットに来たため,あきらめきれない日本人だと思うのですが,団体であることを考えるとどうも後者のような気がします。登山電車の終点ゴルナグラートは雪でした。標高は3,500メートルはあるので,夏に雪が降っても不思議ではないのですが,まさか真夏の7月に雪に遭遇するとは思っていませんでした。ここもこのような天気なので,身動きはとれないのですが,駅から出たすぐのところがゴルナー氷河の見物ポイントになっていて,そこだけはしっかりと見ておきました。

 結局帰りも同じルートで下ってきて,それから少しお土産などを見てみました。最初は絵はがきなんかを見ていたのですが,普段は引っ込み思案な”るると”が珍しく,
「時計が欲しい」
と積極的な意思表示をしたので,それからは時計探しの店巡りとなりました。結局,”るると”はスイスアーミーの腕時計をゲットしました。

 ホテルに帰ってくるとほぼ夕食の時間となっていました。”るると”と”雄悠”はそれほどアホでもありません。昨日の反省から,今日は昼食も押さえておきました。さすがに腹ぺこです。今日は飲み物に地元産の白ワインを頼みました。メニューは昨日と同じように前菜,スープ,サラダバーがあって,今日は2種類のメインから選べるようになっていました。魚と豚肉と言うことだったので,両方を1つずつ頼み,二人で交換して食べることにしました。今日はサラダも控え目にしてメインを待ちました。おかげでメインもちゃんと楽しめましたし,デザートもきちんと残さず食べました。

 それにしても天気は一向に回復する気配がありません。天気予報を見ても翌日も良くないと行っていたので,
「明日も雨だったら,できるだけツェルマットのホテルでゆっくりして,それから次の場所に出かけよう」
と決めて寝ました。


4日目
Matterhorn 前日までの天気と予報が悪かったのでこの日もあまり期待はしていませんでした。それでも7時に起きて窓の外を見てみると,晴れているではありませんか!こうなるとのんびりとはしておれません。さっそく着替えて,マッターホルンを見に行きました。ツェルマットの街を少し川上の方に登り,教会の前まで来るとマッターホルンが青空をバックにきれいに見えました。これが見たかった景色です。本当にきれいでした。そして,今日こそはハイキングをしなければなりません。すぐにホテルに戻り,朝食を食べました。ただ,ハイキングをするといっても,ツェルマットの近郊でするわけではありません。アレッチュ地区という場所に移動です。

Aletsch ツェルマットの駅で1泊分以外の荷物はライゼゲペークで先に送ってしまい,列車に乗り込みました。一昨日来た道をブリークまで戻り,それからアレッチュホルンに行くロープウェイの乗り場があるフィーシュに行き,さらにロープウェイで一気にアレッチュホルンまで登りました。アレッチュホルンからはヨーロッパ最大の氷河,アレッチュ氷河が本当にきれいに見えます。そして,いよいよハイキングです。最初は氷河を見ながらずっと歩こうと思っていたのですが,途中あまりにも急傾斜のところがあって,それは断念。初心者でも行けるコースに切り替えてハイキングを行いました。さすがにアレッチュホルンから下る最初の方は傾斜もきつかったのですが,その後はアルプスの山々や野に咲く小さな花,放牧されている牛などを見ながらの快適なハイキングでした。本当に気持ちよかったです。

Edelweiss ホテルはリーダーアルプに取りました。名前は Edelweiss です。このホテルもツェルマット同様, リーダーアルプ のホームページから見つけだし,電子メールを書いて予約しました。案内された部屋は南に面したバルコニー付きのかなり広い部屋で,バスタブも付いていました。部屋にはたくさんのポプリも置かれていて,”るると”は大喜びでした。ここも,夕食付きのプランで宿泊しました。夕食は3皿のコースと言うことでした。最初に出てきた前菜はチーズのマリネ,次にサラダ,そしてメインがチューリヒ風羊肉の煮込みでした。どれも本当に美味しかったです。さらに,すごいのがワインの種類の多さでした。きっとワイン通の方も満足できると思います。
 結局このホテルは1泊だけしかしなかったのですが,時間があればもっとゆっくりしたいところでした。”雄悠”はこれまで行った場所の中で最も気に入ったところです。

5日目
Glasier Express 今日は 氷河急行 に乗る日です。乗車区間はブリークからサンモリッツの手前,サメダンまでです。というわけでまたまたブリークに向かいました。ブリークで待っているとツェルマット発の氷河急行が入ってきました。”るると”と”雄悠”が乗車した列車はディセンティスまではオール1等車の編成で,すべてパノラマカーの使用でした。どうせ日本人で一杯なのだろうと思っていたのですが,日本人の団体は1つの車両に固められていて,窮屈そうに座っていました。乗車した車両はそれほど混んでもおらず,ほとんどの場合は4人ボックス席に2人程度でした。”るると”と”雄悠”も結局全区間,2人で4人ボックスを占領することができました。
 さて,列車はブリークを出発すると徐々にローヌ川沿いを登っていきます。途中,何カ所かラックレールの区間もありました。残念ながら天気は曇りだったのですが,逆に暑くなくてよかったです。途中,車内では食堂車の予約やお土産品などの販売がありました。乗り物酔いに弱い”るると”のことを考え食堂車には行かず,結局お土産もめぼしいものがなかったので何も買いませんでした。一等車に乗っているくせにせこい”るると”と”雄悠”です。でも,おなかはやっぱりすくので,わざわざ日本から”るると”と一緒に旅してきたおにぎりせんべいをばりばり食べていました。

 列車がディセンティスに到着すると前部にかなりたくさんの車両が連結されました。食堂車もさらに2両連結されたようであり,隣の車両に乗っていた日本人の団体が一気にそちらの方に移っていきました。このあたりまで来ると,ライン川沿いになります。ライン渓谷と呼ばれるところを走り,車内放送で「グランドキャニオンを彷彿させます」と案内されていましたが,正直言ってグランドキャニオンほどのスケールはありません。

 その後氷河急行はクール,ライヘナウを経由してサンモリッツに向かいます。途中にはランドベッサー橋という「氷河急行といえばここ」というようなポイントがあります。ここでは本当にたくさんの人が窓から身を乗り出して写真を撮っていました。”雄悠”もその一人でしたが。列車はさらに3連ループを抜けてサメダンに着きました。本来なら街を歩いてみようと思っていたのですが,突然の雨でそれもできず,結局,駅で乗換の時間をつぶしました。次の乗ったのはクロスター経由のランドクヴァルト行きでした。そのあたりは観光でも仕事でも来ないような場所だと思うのですが,スイスの普通の光景を見ながらの列車の旅もなかなかよかったです。ランドクヴァルトでは列車が遅れたため,乗換は本当にぎりぎりでした。

 サルガンスに着くと,ライゼゲペークで送った荷物を受け取りホテルに向かいました。ホテルは Hotel zum Ritterhof といい, サルガンス のホームページで見つけて電子メールで予約しました。駅から一番近くて,それはよかったのですが線路のすぐ隣なので,朝方少しうるさかったです。部屋は質素でシャワー,トイレ,テレビはありましたが,電話はありませんした。朝食は近くの別のホテルで食べるシステムになっていました。

6日目
Vaduz ”るると”と”雄悠”がなぜサルガンスにやってきたかというと, リヒテンシュタイン に行ってみたかったからです。サルガンスからリヒテンシュタインまではバスで20分ほど。ちゃんと リヒテンシュタインのバス会社 の運行でしたが,スイスハーフフェアカードはここでも有効でした。

 リヒテンシュタインの首都 ファドゥーツ に着くと,とりあえず観光案内所に行きました。もちろん観光情報の収集も目的ですが,なんといってもパスポートに入国スタンプを押してもらわなければなりません。スイスの一都市のようなリヒテンシュタインのことですから,入国スタンプなんてなくても全然問題はないのですが,ある以上は有料でも押してもらわなければなりません。事実3フラン(1.5ユーロ)でした。
 晴れてリヒテンシュタインへの入国許可が出たので,まずは候家のお城に向かいました。お城はファドューツの高台にあるため,ハイキングさながら森の中を歩き目指しました。登り切って高台に出るとお城が目の前でした。といってもここは実際に候家が住んでいるため内部の見学などはできません。外から眺めて,写真を撮って終わりとなりました。それから来た道を下り,ファドゥーツの街に戻ってみると,どこから来たのか結構多くの日本人ツアー客がいました。取り立てて見所があるわけではないのですが,やっぱり日本人観光客はどこにでもいます。その後,市内を歩いたり,博物館を見たりした後,再度バスでサルガンスに戻りました。バスには途中から検札員が乗車してきたのですが,一通りチェックが終わると,後は地元の人とひたすら話し込んでいました。

 サルガンスからは電車でチューリッヒに向かいました。途中,チューリッヒ湖などのすばらしい景色が右側の車窓に見られるのですが,みんな考えることは同じようで,そちらは完全に席が埋まっていました。仕方がないので左側の席に座ったですが,それでもきれいな車窓を堪能できました。まるで 「世界の車窓から」 の世界です。ちなみに”るると”は「世界の車掌から」といっていました。

 チューリッヒ では荷物を預けた後,チューリッヒ湖まで歩いてみました。湖畔でぼーっとしていただけなのですが,こういう時間がいいですよね。それからフラウ・ミュンスター寺院に行ってみました。ここにはシャガールのステンドグラスがあります。こうなるとシャガール好きの”るると”はうっとりです。”雄悠”はいい加減飽きたのですが,”るると”はひたすら見とれていました。なんとかソーセージを餌に”るると”を教会から引き出し,街中に向かいました。特に何かを買うあてはなかったのですが,スイスの高級時計などを見てはため息をついていました。

 駅に戻って一息ついていたのですが,”雄悠”はやっぱり時計が欲しくなって再度街に繰り出しました。結局,”るると”と同じメーカーの時計を買ってしまいました。それからコンスタンツ行きの急行列車に乗ってチューリッヒを後にしました。実は”雄悠”はこの区間に乗車するのは2000年の出張時に続き2回目です。ちょうど夕方の退勤ラッシュの時間帯で車内は混んでいましたが,平原が広がる車窓はすばらしかったです。

 コンスタンツ はドイツ領になります。入国審査などは特になく,列車を降りるとそこはドイツでした。今日泊まるホテルは Petershof Hotel といい,駅から近いと思っていたのですが,結構歩きました。しかも,書き留めておいた住所が間違っていて,なかなかホテルを見つけることができず,本当に疲れてしまいました。ホテルは1泊2食で頼んでいたので,さっそく夕食となりました。メニューはチーズフォンデュでした。チーズなのでそんなに多くは食べれないと思っていたのですが,胃への負担はほとんどなく,おかわりまでして食べてしまいました。美味しかったです。

7日目
Konztanz コンスタンツのホテルには「ボーデンゼーウィークエンドグルメ」というパッケージプランで宿泊しました。このプランは2泊3日のパッケージで,夕食つき。さらに中の日にはマイナウ島への船のチケットと入場券がついていました。というわけでさっそく,船に乗ってマイナウ島に出かけてみました。マイナウ島 は「花の島」として有名で,特に6月に咲き乱れるバラがいいということでした。ただ,”るると”と”雄悠”が行ったのは7月。すでにバラの花は終わっていて,ちょっと寂しかったです。

 マイナウ島からの帰りはバスに乗りました。往きは船で1時間近くかかったのですが,バスなら僅かに20分ほどでした。これなら最初からバスに乗ればよかったと思ったものです。ホテルに一旦帰った後,この日は旅行の中日だったので洗濯に出かけることにしました。ところが,なかなかコインランドリーの場所が分からず,市内を1時間近くも歩き回ってしまいました。結局,ツーリストオフィスで場所を訊いたのですが,なんのことはない,意外にホテルの近くにありました。その洗濯屋さんは洗濯物を預けておけばあとは店の方でやってくれるということだったので,預けるだけ預けて,”るると”と”雄悠”はクアハウスに行くことにしました。しかし,失敗だったのはタオルを持っていかなかったこと。日本の健康ランドのように貸しタオルなどがあると思っていたのですが,そんなものは一切なく,結局クアハウスには入らずに戻ってきてしまいました。

 洗濯が終わるまでにはまだ時間があったので,カフェに入ってビールとソーセージをぱくつきながら時間をつぶし,それでも時間があったので,歩いてスイスに行ってみようと言うことになりました。コンスタンツはスイスとの国境の街なので,こんなこともできます。というわけで実際に歩いてスイスへの国境に向かいました。ドイツからスイスへの入国の際にはパスポートチェックがっしかり行われるのに対して,スイスからドイツへの入国の際には何もありません。お国柄ですね。

 その日の夕食はロース豚肉の石焼きステーキでした。これはあつあつに焼いた石の上で,自分で生の豚ロースを焼いて食べるというものです。その趣向もおもしろいのですが,なんといっても豚肉そのものが美味しかったです。ドイツで肉を食べるなら豚肉に限りますよ。味は4種類のソースが用意されていましたが,もっともベーシックに塩・コショウで食べるのが良かったです。

8日目
Schloss Hohenschwanbau 今日からはレンタカーでの移動になります。借りたのはメルセデスのCクラス。普通ならこんな高級車は借りることができないのですが,たまたまその時期はキャンペーンが行われており,中間クラス程度の価格で借りることができました。どうせドイツで運転するのならメルセデスやBMWを運転したいと思っていたのですが,運良く思いがかないました。なんと行ってもオートマチック車というのが良かったです。

 車はホテルからほど近いヨーロップカーの営業所で借りました。車好きのヤンキー兄ちゃんみたいな係の人が手続をしてくれました。見た目や態度はちょっと悪いのですが,人間はいいやつのようです。さて,左ハンドル車の運転は2001年のアメリカに次いで2回目でした。左ハンドルと右側通行はすぐに慣れるのですが,やっぱり右手でギアチェンジをするというのはやっぱり至難でした。オートマチック車なので基本的には不要なのですが,バックギアに入れようとして,何度も左手を伸ばしてしまったのには自分でも笑ってしまいました。

 コンスタンツではさんざん道に迷ったあげく,やっとスイスへの検問所にたどり着きました。そこで,パスポートとトランクルームをチェックされ,スイスに入国。ボーデン湖の南岸を走り,さらにオーストリアを経由してドイツに入りました。このように国を越えてドライブするといろいろと発見があります。例えば交通ルールの違いやガソリンの価格など。ちなみガソリンはオーストリアが最も安価でした。

Schloss Neuschwanbau ヨーロッパを車で走るというのは”雄悠”はもちろん,”るると”にとっても大きな楽しみでした。ただ,意外に風景は単調で次第に”るると”は飽きてきたようで,
「小国の景色とかわらない」
といい出しました。ちなみに,小国とは”雄悠”のふるさとである九州・阿蘇の田舎町です。

 ”るると”と”雄悠”が向かっているのは ホーエンシュバンガウ です。ホーエンシュバンガウは ロマンチック街道 の起点(終点)に位置するところで,あの有名な ノイシュバンシュタイン城 があります。ロマンチック街道にノイシュバンシュタイン城,いかにもミーハー的ですが,この二つに行くことは”るると”の小さいときからの夢でもあるし,やっぱりドイツを回る上でははずせません。ホーエンシュバンガウには14時ぐらいにつきました。ただ,ノイシュバンシュタイン城への入場は翌日に予約していたので,とりあえずはもう一つのお城,ホーエンシュバンガウ城に行きました。それでも時間が余ったので,少し車を走らせてみました。一応,ミュンヘンまで行ってみようと思って出かけたのですが,さすがにそれは遠く,途中で引き返しました。といっても同じ道を帰ったのではおもしろくないので,別のルートにしたのですが,その途中, エッタール という街で思いもかけず大きて,きれいな教会を見つけました。このような点がレンタカーの旅のいいところですね。

 さて,今日宿泊するホテルは Hotel Garni Schlossblick です。宿泊料は安く,部屋の設備は決して良くはないのですが,なんといってもベッドの上からノイシュバンシュタイン城が見えます。部屋にはテレビもなかったですが,もう必要ありませんね。でも,期待したノイシュバンシュタイン城の夜間のライトアップは照明の明かるさが不足しており,なにか幽霊屋敷のように浮かび上がっているだけど,ちょっと残念でした。

9日目
Schloss Neuschwanbau 今日は”るると”の夢が実現する日です。まず最初にノイシュバンシュタイン城に出かけました。麓の街からノイシュバンシュタイン城までは馬車も出ているのですが,”るると”と”雄悠”は歩いて登りました。当然,城内も見学したのですが,いわゆるオーディオガイドを持っての見学となりました。ノイシュバンシュタイン城は19世紀になってから造られた城であり,ヨーロッパのお城としては近代化されており,特に調理場などはかなり新しい技術が導入されていました。城内の見学が終わると,お城の後方に控える山中にあるマリエン橋に行ってみました。ここにはさらに山道を登らなければならなかったのですが,そこからみたノイシュバンシュタイン城の姿は大きくて,本当にきれいでした。

 お城の見学が終わると,次に近くにあるテーゲル山に登るロープウェイ テ−ゲルベルクバーン に乗ってみました。よく湖を背景にしたノイシュバンシュタイン城の写真を見ると思いますが,その景色を実際に自分の目で見てみようと思ったのです。といっても完全に一致するアングルはありませんでした。どうもあの写真は空撮かなにかのようです。

Amagasaki Alee ノイシュバンシュタイン城の観光も終わったので,今度はロマンチック街道を北上するドライブに移りました。最初に目指すのはアウクスブルクです。 アウクスブルク の見所はカトリックとプロテスタントが同居した教会と市庁舎と言うことでした。ただ,この日は日曜日で街は本当に静かでした。そんな中,スーパーの駐車場に車を停めたのですが,帰り道に掲示された看板を何気なく読んでいたら「尼崎通り」というものがありました。尼崎といえば”るると”と”雄悠”の現在の住所です。思わぬところでの発見でした。

 その次は ネルトリンゲン に向かいました。ネルトリンゲンは中世の都市がほぼ完全な形で残ったところであり,街を囲む城壁も完全に残っていました。その城壁に上がってみると通路がこしらえてあり,結局完全に1周してみました。それから街の中央にある教会に行き,尖塔に登ってみました。そこからの眺めは本当にすばらしく,完全に残っている街の景観や遠く点在する森などを見渡すことができました。

Noerdlingen 今日最後の目的地は ディンケルスビュール です。宿もそこに取っています。ディンケルスビュールは子供祭りで有名なところであり,”るると”と”雄悠”が訪れたときがまさにその日でした。おかげで街はにぎわっており,なかなか駐車するスペースを見つけることができませんでした。なんとかホテルの隣に車を停めさせてもらい,チェックインを行って夕食に出かけました。入ったレストランはビール醸造場が経営しているらしく,店内には大きなタンクがそなえられていました。食べたのはジャガイモスープにサラダ,それにシュニッツェルでした。とくにジャガイモスープが美味しかったです。

 ホテルは Hotel Blauer Hecht といいます。通された部屋は屋根裏部屋で少々,天井に圧迫感があったのですが,内装がかわいらしく”るると”はとても気に入っていました。

10日目
Rothenburg ob der TauberRothenburg ob der Tauber レンタカーでのドライブも3日目になりました。まずはディンケルスビュールの街を一回りした後,車に乗ってローテンブルクに向かいました。

 ローテンブルク は「ロマンチック街道の宝珠」といわれるだけあって,本当に整備されたきれいな街でした。看板なんかも中世風に統一されており,街自体が博物館のようでした。ただ,その一方で「きれいすぎる」というのも実感でした。なにかニスが塗られているようですし,さらに日本人をはじめとする観光客が多いため,普段の生活感が感じられず,ちょっと変な気分です。それでも,クリスマス博物館やからくり人形がある市庁舎横の広場,プレーンラインなど見所はたくさんあります。さらにシェニーバーレンという名物のお菓子もあります。というわけで,なんだかんだで3時間近く時間をとって見学しました。なかでも,街の城壁の外から見た二重橋の景色は良かったです。

Romantische Strasse その後もロマンチック街道のドライブは続きました。街道沿いには所々にロマンチック街道の看板も出ているのですが,それには日本語のシールも貼ってありました。ドイツ語は当然として,次に使われているのが英語でもフランス語でもなく日本語。いかに日本人観光客が多いかという証拠でしょう。

 ローテンブルクの次に立ち寄った街は クレクリンゲン。 ここは本当に小さな街で,しかも昼下がりの閑散とした時間帯。街を一回りしただけで抜けてしまいましたが,後から考えると落ち着いたいい街でした。

 さらに車を進め,ついた街が ヴァイカースハイム でした。ここには美しい城があるとのことであり,さっそく車を停めて入ってみました。ちょうど内部の見学が始まる時間と言うことだったので,入場券を買ってみたのですが,それはガイドツアーであり,自由見学はなしとのこと。こうなると大変です。そもそもドイツ語はほんの少ししか分かりませんし,ゆっくりと聞いている時間もありません。城は確かに美しいのであちこち見て回りたいのですが,かといってドイツ人の長い話を聞いている時間もありません。ということで,途中でガイドツアーを抜けて庭だけを見て城をあとにしました。

 なせこんなに急いでいるかというと,夕方までに ヴュルツブルク に向かい,レンタカーを返却した後,ベルリン行きのICEに乗らなければならないからです。さらに,できればヴュルツブルクも観光したいのです。というわけで,ヴュルツブルクに向かいました。ヴュルツブルク自体には1時間ほどでついたのですが,レンタカーの返却場所やガソリンスタンドを探していたらあっという間に16時近くになってしまい,もはや観光している時間はなくなりました。といっても1時間ぐらいはありましたので,街を一回りだけしました。

 ヴュルツブルクからベルリンまではICEを乗り継いで約4時間。ベルリンについたのは22時近くになっていました。ホテルはツォー駅の近くに予約していたので,さっそくそこに向かいました。ところが,当のホテルに行って,
「予約してある”雄悠”です」
というと,出てきた女将は,
「そんなはずはない。うちはすでに満室だ」
といいました。これにはまいりました。持っていた予約確認書を示すと,女将は自分のミスに気づいたようで,
「申し訳ない。私のミスだ。別のホテルをすぐに手配するので少し待って欲しい」
といいました。運良く,代わりのホテルはすぐに見つかったのですが,一時はどうなることかとどきどきしました。というわけで,タクシーで3分ほどのところにある別のホテルに夜な夜な移る羽目になりました。
 案内されたホテルは Hotel Pension Charlottenburg というペンジオーンタイプのホテルでした。出迎えてくれたのはやたらと親切な主人で,何回も曲がる長い長い通路を通って案内された部屋はシャワー・トイレ付きのツイン。”るると”と”雄悠”には十分の部屋でした。それにしてもドキドキのベルリンの夜でした。

11日目
Potsdam 昨夜の騒動から一晩開け,この日の朝は ポツダム に向かいました。ツォー駅からはSバーンで30分程度,さらにバスを乗り継いで,ポツダムの見所であるサンスーシー宮殿があるサンスーシー公園に向かいました。もちろんサンスーシー宮殿は見逃せないのですが,それ以外にも見所はあり,それらを奥から順番に見て回ってサンスーシー宮殿までやってきました。が,宮殿の人気は高く,内部に入場するには2時間ほど待たなければなりませんでした。残念ながらそれだけの時間はなかったので,内部への入場はあきらめ,隣にあるオランジェリー宮殿の屋上に上がってみました。そこからは公園が一望でき,なかなかいい景色でした。

 次に向かったのがツェツィーリエンホーフ宮殿。ここは日本人には感慨深いポツダム会議が行われた宮殿です。そこは内部の見学もできました。アメリカ,イギリス,ソ連の各国代表が使用した部屋や実際に会議を行った部屋がそのまま保存されており,順番を追って見学することができます。もちろん,”るると”も”雄悠”もポツダム宣言の時代はまだ生まれておらず,それがどの程度のインパクトを与えたのかと言うことについては知る由もありませんが,妙に感慨深いものでした。

 ポツダムでの観光も終わり,再度 ベルリン に戻りました。そこからはベルリン市内の主な観光場所を巡る100番のバスに乗ってみました。このバスは公営の一般路線バスなのですが,ダブルデッカーで運行されており,しかも一通り見所を回ってくれます。観光遊覧バスといってもいいぐらいのものです。100番のバスはツォー駅からアレキサンダー広場付近までの運行ですが,この間にカイザー・ヴィルヘルム教会やジーゲスゾイレ,連邦議会,ブランデンブルク門などを車窓に見ることができます。アレキサンダー広場から200番のバスにのればさらに東部ベルリンに行くことも可能で,実際に200番のバスにも乗り,旧東側の終点まで行ってみました。200番のバスは100番とは少しだけ異なったルートを走り,ポツダム広場などを経由してツォー駅に戻ってきました。

 ふと時間を見るとすでに夕方になっていました。この日,”雄悠”はすこし風邪気味でしたので早めに夕食を食べてホテルに帰ることにしました。何を食べるかで悩んだのですが,ベルリンに来た以上はベルリン料理をということで,クーダムにあるレストランで「ベルリン風」と名のついたものを頼んでみました。が,出てきたものは別にどこででも食べれそうなもの。どこがどう,ベルリン風なのかは結局分かりませんでした。

12日目
Berlin この日はベルリン観光に終始しました。最初に向かったのはベルリンの壁が残っているワルシャウアー通り駅の近く。現在はイーストサイドギャラリーとして芸術家によって絵が描かれたベルリンの壁を見に行きました。壁の高さは3.5mほどで,越えて越えれない高さではないのですが,そうしようとして命を落とした人は多いのだろうと思うと,やっぱり戦争は悲劇でしかないと思わずにはおれませんでした。

Berlin 壁沿いに少し歩いてから,Sバーンでブランデンブルク門に戻ってみました。ブランデンブルク門はベルリンで最も楽しみにしていたものの一つだったのですが,なんと工事中。門全体には大きなシートが掛けられており,見ることはできませんでした。それでも一部通路が開けられており,そこをくぐって連邦議会に向かいました。連邦議会といえばあの螺旋状のモニュメントが楽しみです。そう思うのは”るると”と”雄悠”だけではないようで,すでに長い行列ができていました。ところが,その列に並んで待っていると係の女性がやってきて,
「螺旋部分は工事中だから入れない」
と説明がありました。またまた工事です。なんかツイていません。しかしここまで来た以上はやっぱり見ないで帰るわけには行きませので,エレベータで連邦議会の屋上に上がってみました。確かに例の螺旋部分には入れませんでしたが,近くで見るだけでも十分でした。

Berlin そのあとはティーアガルテンを散歩がてら歩いてから,文化フォーラムに向かう予定にしていたのですが,途中で激しい雨に打たれてしまいました。仕方なく木の下で雨宿りする羽目になりました。30分ほど待っているとやっと小降りになってきたので,当初歩く予定にしていたのを変更して,バスで文化フォーラムに向かいました。戦前のベルリンはパリをもしのぐ文化の中心地であった時期があり,集積した文化財の数もかなりのものです。具体的に何があったかというと簡単には思い出せないのですが,とにかく有名な画家の絵が一通り揃っていました。さらにその後,博物館島の美術館を2つほど巡ってからツォー駅に向かいました。それにしてもベルリンは大きな街でした。行くべきところがたくさんあって楽しいのですが,やっぱり1日で全てを巡ろうというのは無茶な話でした。もし機会があればまたじっくりと回りたい都市です。

 ツォー駅で夕食を買い込み,ケルン行きのICEに乗りました。ケルンまでは4時間。沈み行く太陽を見つつ,ICEのボードビストロでベルリンの白ビールを飲みながらの帰路でした。ケルンについたのは22時過ぎ。いつものようにバスでアパートに戻りました。

13日目
 この日は昔貯めたエールフランスのマイレージを無料航空券に交換してパリに行きました。でも,ケルンからパリへのフライトはないため, デュッセルドルフ まで行かねばなりませんでした。 デュッセルドルフ空港 はケルンから45分ほどのところで,それほど遠くはないのですが,飛行機に乗るとなると1時間ほど前には空港に着かなければならないため,ケルンを出るのは結構朝早いものになりました。

 さてパリを目指した目的はエールフランスのマイルを有効期限前に使い切るというのと,絵画好きの”るると”を オルセー に案内するためでした。オルセーといえば印象派です。しかも数も充実しています。”雄悠”は4月に両親と一度来ているので2度目です。今回は見所も分かっていたので,すぐに3階の印象派の展示室に行きました。そこを中心に約3時間,ゆっくりとオルセーを堪能しました。やっぱり絵を見るのならここの方がルーブルよりも上かもしれません。

 オルセーを出てからはセーヌの対岸にある ルーブル に行ってみました。といっても中には入らず,ピラミッドのところに行っただけです。実は”るると”と”雄悠”のハネムーンはウィーンとパリでした。当然,そのときルーブルのこの場所にも来ました。そしてそのときを同じように,東駅までバスで移動しました。東駅に来たのも3年前の新婚旅行以来。懐かしい場所ですが,こんなにも早く2人でまた来ることになるとは思いませんでした。

 東駅から北駅までは徒歩で移動。それからRERで シャルル・ド・ゴール空港 に向かい,デュッセルドルフについたのは22時ぐらいでした。それからケルンまで電車で移動したのですが,乗り継ぎの時間などを含めると片道4時間程度。これはケルンから タリス でパリに行ったときとほぼ同じ。無料航空券がなかったら飛行機という選択肢はなかったと思います。結構疲れました。

14日目
 今回の旅はちょっと欲張りすぎました。移動も多かったのでさすがに疲れました。というわけで,13日目のこの日はお休みです。近所のスーパーにお土産を買いに行ったぐらいで終わりました。でも,このとき買ったきのこをバターとコショウで炒めて食べたら本当に美味しかったです。何という名前だったか思い出せないのが残念です。

15日目
 さて長かった今回の旅もとうとう”るると”の帰国の日になりました。今回はケルンからアムステルダム乗り継ぎで日本に帰るので,”雄悠”が見送れるのもケルン空港までです。いつものようにアパートからバスと路面電車を乗り継いで中央駅に向かい,そこから空港バスで空港に向かいました。空港でチェックインを済ませるとあとは別れの時までしばしの感傷タイムです。コーヒーを飲んだりしながら,別れを惜しみました。そんな時間もあっという間に経ってしまい,”るると”は搭乗口に向かう時間となりました。あとは無事に”るると”が無事に日本に帰り着くのをじっと祈るだけのはずでした。

 ”雄悠”は自分のアパートに帰り洗濯などをしてくつろいでいたのですが,16時ぐらいに電話がかかってきました。”るると”はすでに「機上のひと」のはずですから,「だれだろう」思いつつ電話に出てみるとなんと,なんと”るると”でした。
「ストで飛べない」
とのこと。その後,もう少し話を聞いてみると,
「ストで今日のフライトはキャンセルになった。これからホテルに案内されるらしい」
とのことでした。まぁ,ストならじたばたしても仕方ないし,ホテルに案内されるのなら”雄悠”の出番もないだろうと思っていたのですが,さらに2時間後の電話で,
「この時間になっても荷物が出てこないので空港の外に出れない。ホテルにも案内されない」
とのこと。なんだか雲行きが怪しくなってきました。こうなると”雄悠”も「アムステルダムに行かなければならないかなぁ」と思いつつ準備を始めたのですが,20時前になって,またまた”るると”から電話が入りました。もう泣きそうな声で,
「まだ荷物が出てこない」
と言って,とても不安な様子でした。これで”雄悠”もアムステルダム行きを決めました。21時発の最終のICEに飛び乗り,アムステルルダムへ。 スキポール空港 に着いたのはもう日付も変わった0時半ぐらいでした。”るると”曰く,
「地下のホームから颯爽と上がってきたこのときの”雄悠”ほど格好良かったものはない」
とのこと。照れますね。

16日目
 さて深夜ではありますが,これからの対策を立てなければなりません。まずは”るると”の勤務先に明日も会社を休む旨を連絡しなければならないのですが,間抜けにも”雄悠”は国際電話が安く掛けられるカードを忘れてきてしまいました。コインやテレホンカードでもかけれないことはないのですが,それではあまりにも通話時間が短かすぎます。クレジットカード払いならゆっくり話せるのですが,そのアクセス番号が分かりません。ガイドブックなんかにはその番号が書いてあるので,近くにいる日本人のカップルに尋ねてみました。そのカップルからは電話のかけ方以外にも,振替便の情報なども聞くことができました。この情報は大きかったです。結局,そのカップルの情報に従って,整理券を取った上でカウンターの前で一晩過ごしました。

 発券カウンターは6時ぐらいにオープンしました。割と早く並んでいたので,すぐに振替便の席を確保することができました。出てきた席はビジネスクラス。実は昨日の便でもアップグレードされていたのですが,とにかくその日,日本に帰れればラッキーという状況の中で,大阪までの直行便のビジネスクラスの席を確保できたのは本当にラッキーでした。一晩,空港で明かした甲斐がありました。

 席も確保できたらさすがに緊張も緩み,眠くなってきました。とりあえずイスに座ってうとうとした後,朝日を浴びに外に出たり,時間をつぶすために展望デッキなどに出てみたりしたのですがそれでも時間を持て余してしまいました。といって,市内観光などをする気力もないので,ひたすら空港内をぶらついたりして過ごしました。9時ぐらいに発券カウンターの前に行ってみると長蛇の列になっており,この列はその後さらに伸びていきました。14時ぐらいになっても列は解消していなかったので,その日,チケットを手にできなかった人もたくさんいたと思います。前日,ホテルに入れた人はゆっくりと空港に来たでしょうから,”るると”がホテルにありつけなかったのは帰って幸せだったのかもしれません。

 さて,昨日に引き続きまたまた空港での感傷タイムとなりました。といっても,いい加減疲れても来ていたので,早めに”るると”をセキュリティーチェック内に見送りました。大阪行きの便は14時ぐらいの出発予定でしたが,カウンターの混雑状況からして遅れることが予想されました。案の定,14時になって1時間の遅発が発表されたので,”雄悠”は空港を後にしてケルンに戻りました。

 ”るると”の方はビジネスクラスラウンジに行ってみたりもしたのですが,とにかく初めての経験で逆に落ち着くことができず,さっさと出てしまいました。さらにはチェックインの際に指定された席はビジネスクラスでしたが,なんとリクライニングが壊れていたとか。妙に遠慮した”るると”は「壊れている」ということがいえず,苦しい姿勢で11時間ものあいだ座っていたそうです。
 
17日目
 いろいろあった2週間でしたが,何とか”るると”は日本に着くことができました。昨日のアムステルダムでの混乱は大阪でも引きずっており,なかなか荷物が出てきませんでした。おそらくは今日,日本に着いていない人の分まで運ばれてきているのでしょう。それでも何とか荷物は着いていました。それを引き取り,バスと電車を乗り継いで家まで帰ってきました。久しぶりに食べた日本食が美味しかったです。

エピローグ 
 今回の旅は本当に欲張りました。行った国の数はドイツ,スイス,リヒテンシュタイン,オーストリア,フランス,オランダの6カ国。宿泊したホテルは7カ所で計10泊+アムステルダム空港。”るると”と”雄悠”の行きたいところを足していった結果がこういう形になったのですが,”るると”と”雄悠”の旅の方針からするとかなりはずれたような気もしており,ちょっと反省です。次はもう少しゆっくりとした滞在型の旅にしたいと思います。
 それにしてもレンタカーを利用した旅は楽しかったです。次はレンタカーを利用し,宿の予約もせずに,気ままにドイツの田舎を回る旅をしてみたいと思いました。

 それからストに関してですが,その後KLMより補償がなされました。金銭面とお詫びマイルという形でした。形式的ではありましたが,きちっとフォローをしてくれたのはありがたかったです。