本文へスキップ

真宗大谷派 念佛寺は西宮市にある東本願寺の末寺で

TEL. 0798-63-4488

〒663-8113 兵庫県西宮市甲子園口2丁目7−20

香樹院語録

「香樹院語録」                                                             柏原祐義・ 禿 義峯  編    
一。聞法の用意  
 年久しく聴聞いただけども。心の同辺たるは、過去の業報つよくして、又も三悪道にかえるしるしなりと釈尊の説き給える金言に、少しも違わぬさまにて、まことに悲しく覚え候。このうえは、行住坐臥、念仏をこととして、御化導を、火の中をすぐる心地して、我が心をへりくだりて、恭敬尊重の思いより、ひとすじに聴聞申すべし。御慈悲にて候間まことの信はえらるる也。

二。表裏の不相応  
 法話を聞く僧に盗人あり、また俗にも盗人あり、其の故は、高座の傍に居ながら、信心の方をおしのけて、面白き言葉あれば、我が身法談の得分にしようとかかる。是れ盗人なり。俗人は初に諸人をだまし、次に僧をだまし、次に仏をだます。その故は、仏法者らしき顔して参詣し、諸人にほめられようと思うは、是れ諸人をだます也。僧の前に出で、口に綺麗に云いならべるは、僧をだます也。しかしてその心中は、みな仏をだまして居る也。これ仏法の盗人なり。

三。心得たと思うは心得ぬなり  
 ある人、私はいかほど聴聞致しましても、どうも、つかまえ所が御座りませぬ、と申し上げたれば、仰せに。  そうであろう。おれは、つかまえられぬように、云うて居るのじゃ。      

四。心安楽法    
一。寸もながし尺もみじかし。世の中は、思いくらべば心安楽。  
一。人生五十年、人のよいところは五十迄なり。その上は、子孫につかわれ世間につかわれて、もはや楽みとてはなし。いつまで居ても同じ浮世なり。さのみ残り多きことなしと思えば心安楽。         
一。寿命は聞法のためなり。五歳で死するもあり、十五二十で死するもあり。それにたくらぶれば、後生は一大事と心づく迄の命を得て、仏法聴聞致すことになったは、大なる喜びなり。もはや寿命の役目は相済んだと思えば心安楽。     
一。福は眷属にあり。人間の福徳にも限りなし。また貧しきにも限りなきもの也。一日働きて一日暮らし、病をうけても誰れ養うてくれる者なきもあり。かわるがはる看病してくるるは大なる福分なり。足ることを知れとは、仏の遺教なりと思えば心安楽。 
一。道は恕恩にあり。恕恩と云えば想いやること也。人の心の食い違いは常のことなり。男と女と、年寄と若者と、賢いものと愚なものと、達者なものと病人と終に食い違うべし。向うの方え尤もをつけて想いやりてみれば、腹は立たぬ也。この想いやると云う一つを以って、あらゆる道をつらぬくと云うは、孔子様の教なり。我が心かなはずとも、向うの身になれば、尤もじゃと思えば心安楽。
一。宝は念仏にあり。現世に無量の徳を得て、後に浄土に生るる因となる、功徳このうえなき宝は、南無阿弥陀仏なり。この念仏を称えられぬ身の上もある。然るに、朝から晩まで称えても差しつかえなく、笑いそしる者もなし。よくよくの御慈悲なり。深き宿縁なり。生死をはなるる時節到来と思えば心安楽。

五。信ぜずとも  
 尾張神尾のおこう、私は聞いても聞いても聞こえませぬから、まづ暫く帰って参ります、と申し上げたれば、  行くなら行け、仏法が旱魃するぞ。 と仰せあり。女、空恐ろしくなりて自然と帰る心も止まりぬ。其の後、同女に対せられて、  後生大事となり、骨折って聞くなら、信ぜずに死ん でも、如来さまは、一度は生死を離れさせて下さるる程に。 との仰せなりき。      

六。越前湯の尾峠にて御泊りの夜、仰せに  
 聞いたものは知って堕ちる。聞かぬものは知らずに堕ちる。知っても知らいでも、皆堕ちる。浄土参りは信心一つじゃと仰せられ候。  

七。歌六首  
上宮太子御殿の左右に櫻と萩とをうえくれける心を
 春秋はさくらと萩をそのままに  雨にそそぎて花たてまつる。      

萩未綻  
秋きぬとまちつるほども久しきに  ほころびかぬる萩のはつ花。     

無 題  
念仏の声だに口にたえせずば  御名よりひらく信心のはな。     

同  
助くるぞための母のよび声の  今ぞきこえし南無阿弥陀仏。     

同  
思うことかなわねばこそ嬉しけれ  かなわぬだにも厭われぬ世ぞ。     

同  
往生を願う心にかわりなき  たのしみうくる今日のうれしさ。      

八。法を聞く時と聞かぬ時と  
 信を得たればとて、聞いて居る時と聞かぬときとは違うほどに。その聞いた時の有難さを思い出して、喜ぶのに少しもかわりのないのが信を得たのじゃ。   (香山院龍恩講師註して曰く、御馳走たべて居るときと、家へ帰って居るときとは、同じかろう筈はない。思い出しても甘かったと思うばかり也、と。)  人毎に聞く時は難有う思うが、その座を去れば、なくなると云うことなれども、いよいよなくなりて仕舞ならば、信を得たではないほどに。   (香山院師これに添えて曰く。さっぱりなくなりはせぬ筈なり。)  

九。二種の疑い  
 疑いと云うものに、枝末と根本との二つあり。枝末の疑いと云うものは、親子夫婦兄弟などの中に、毎日毎日起りて、本に思わぬ事じゃ。根本の疑いというは、さっぱりとあかるうなりて、胸の中に、どうも虚言じゃと思われぬ様になられぬことじゃ。たとえば、其方の子は狐じゃほどに、油断をするなと人が云うたとき、どう思うても我が産み落して育てた子なれば、狐じゃとは思われぬ。これ人の言葉に転ぜられぬ也。

一〇。求めよとは與えんとのこと也  
 頼めとあるも、すがれとあるも、称えよ称えよとあるも、皆助くる助くるの仰せなり。天が地となり、地が天となる例があるとも、間違わさぬ、疑うなよ疑うなよと、阿弥陀様の直の仰せと聞こえるまで、骨折って聞くべし。

一一。易往而無人  
「易往」五義ーー
1.五劫思惟之摂取故          
2.永劫代衆生行菩薩行故          
3.既成正覚満足浄土故          
4.常作不請友親近衆生故          
5.光明摂取常加守護故
「而」 「無人」 五義ーー
1.不恐後生一大事故          
2.迷失広大恩不修大悲行故          
3.深不生信心歓喜一念故          
4.不親近奉行善知識故          
5.不以仁義五常守是身故

一二。邪見な心がやみませぬ  
 或る人、私は邪見な心が止みませぬ、と申し上げたれば、仰に。  邪見な心が止められぬと思いつめて、かかる邪見な奴を、御目当てに起してくだされた御本願と喜んでおれ。

一三。御同行えの御書状  
 今度の一大事の後生、おのが善悪のはからいをすてて、ただ阿弥陀仏に助けられて、往生するぞと信じ奉り、念仏申すより外なき也。御化導にあい奉り候えばただ己が助かると思うこころになりてと、なれぬ身をしらずに、なれることのように存じ候が、無始以来の自力にて、此度その心に執心のやまぬが不便さに、此心は万劫の仇なりと詮はされたり。是れによりて助かると思う心をまつにもあらず、調べるにもあらず。本願に助けらるると、御聞かせにあづかり候えば、助かるとなられたが助かるにあらず。助からぬものの助かると思いとりて、念仏申し候が、肝要の御事と存じ候也。                徳龍   御同行中      

一四。離れられぬを離して下さる  
 大事な後生と知りながら大事にならぬは、この世の愛欲貪欲の手強さゆえと、聞けども聞けども地獄も恐しからず、極楽もとうとまれぬは、邪見の強き故なり。よくよく聞けば、疑いの晴れねばならぬ浄土往生に、疑いのはれかぬるは、自力執心の迷いの心が手強き故のことなり。是れが離れねば往生すべき身とはなられぬ。然れども、己が心にて、是れを離るることがならぬ故に、御成就の他力回向の大信心なり。      

一五。あなたの御目に涙が泛ぶ  
 金持ちになろうと思うて働いてすら、金持ちになられぬ。まして心がけねば、なほなられぬ。難有うなりたいと願うてすら、中々なられぬ。まして心がけねば、なられる道理はない。故に先づ拝みようにもわけがある。つくづくと如来様の御姿を拝み上げて、頂上の肉髻より千輻輪相、御耳、御目、御唇、御胸と、つくづくと拝むと、あなたの御目に涙が泛ぶ。あなたの御胸が八つざきになるように、思召すであらうと拝み上ぐれば、ありがとうなる。      

一六。仕合せもの  
 なまじいに、智慧も分別もなければ、ただ善知識の教えにまかせて、ひたすらに往生を大切に思う人は、仕合せものなり。      

一七。綾五郎の臨終  
 綾五郎、命終に臨んで尋ねて曰く。私、生涯御法を聞き、此頃は日夜に六万遍の念仏を申して日課にいたし、本願を心にかけ居り候えども、信心なくば、空しく三悪道へ帰ると仰せらるるを思えば、誠に歎かわしく候、と。  予、是れに答えて云う。念仏を多く申して仏に回向するさえ、仏しろしめして辺地の往生を遂げしめ給う。まして念仏申し本願に心をかけ、そのうえ信の得られぬ事を悲んで、加被をまつ。是れ辺地の往生疑いなしと。  また問うて云うよう。何ぞ本願を疑うもの、辺地に往生するや。信を得ぬは、疑いと承わり居り候。   
 答。是れ如来の御誓なり。『浄土和讃』の初めに、「弥陀の名号となえつつ、信心まことに得る人は、憶念の心常にして、仏恩報ずる思いあり」とのたまう。是れ報土往生の人なり。次に「誓願不思議をうたがいて、御名を称する往生は、宮殿のうちに五百歳、むなしくすぐとぞ説き給う」とあり。是れ化土往生の人なり。なにも悲まずに、喜びて念仏すべし。予も老年ゆえ、追付浄土にて御目にかかる也。化土は五百歳永きようなれども、実に纔の間なりと申しければ、さてはかかる機なれども、辺地の往生を遂げしめて、終には弥陀の真実報土に生れさせ給う御慈悲なれば、たとい千年万年でも如来の御計いなりと、たちどころに弘願に入り、めでたく往生いたされき。  右、日々六万遍の称名は、臨終の両三日前より初めて申せしなり。かような人は、外には一人も見ず。是れを思うに、信は宿善開発にあらざれば、得ること能はずと見えたり。本願を心にかけ念仏せん人、辺地の往生を遂げしめ給う御慈悲なれば、身心を投げ込んで聞けば、信は得ずとも念仏申す御徳にて、悪道に堕ちぬことなれば、命限り疑いのはるるまで求めて、聞きとげずばおくまいと、勇み励むで聞き求むべし。このたび本願に値い、生涯法に身を入れても、少しも損のなきは聞法の利益なり。

一八。其のものを助けようの御本願  
 悪道の恐しさを聞いても、其のような悪道へ沈む身とは思われねども、いかなる気強き者でも。罪は造って仕舞うて隠すに隠されず、逃ぐるには逃げられず、さあ縄かけると云われたら、うろたえて泣くより外はあるまい。   (香山院師曰く。それよりも百千倍あはれな無量劫の牢獄へ、今しばられて行く身の上。)   其ものを助けようの御本願。

一九。畏聖人之言  
 『論語』に曰く、「君子有三畏、畏天命、畏大人、畏聖人之言」と。とかく、教の言葉をあなどりて、たかが、こう云う理屈ぞと、手前ですます料簡があるゆえ、ものを狎れ狎れしう思うて、大切なことを何とも思わず仕損ずる。それで当流にも、何のようも苦労もなく、助け給わんがためにとて、種々のご苦労をなさるるに、その御言葉を何とも思わず、大切にする心がない故に、いつも其のこととばかり思うて、身に引き受けて、心に味うことが少ない。よく聴聞して、信心を決定あらう。  

二〇。柳  
 根は丈夫小枝のうごく柳かな。

二一。「意得の條々」  
一。五尊様の御給仕は、何事も自身にすべきことと心得、たとい余人に申しつくるとも、もと我がすべきことと心得れば、諸事に心をつけて、疎末にならぬようになる也。常にこの身を、仏祖へ奉公の身と心得べし。  
一。寺役法用は、みな自身の報謝と心得て、大切にすべし。信施のかわりに勤むと思うべからず。門徒の信施は、報謝をつとむる縁と心得べし。  
一。親えの孝行に、身を養うと心を養うとあり。身を養うとは、親の衣食住を安穏にするなり。心を養うとは、すべて親のこころを常に推しはかりて、親の案じ煩いなきよう心をつくる事なり。心を養う方を第一と心得べし。  
一。学問を心がくるは、一字を覚え一句を知る。みな学問なり。書物は我れみて、すめるものより解し習うべし。仏祖の御用なりと心得れば、冥加にかない学問も出来るなり。  
一。家内を始め、人の交りは、人に疑われまじ誹られまじと心掛け、まづ第一に、婦人に狎れ親むべからず、財宝に貪着すべからず。よろづ情ふかく、畜類虫けらまで悩すまじと心がけて、また人を誹り誑すことなかれ。然れば、殺盜婬妄も自から嗜まれ、仁義礼智信の道理にも叶うなり。ゆめゆめ悪友に近づくなかれ。  
   香樹院思い出にまかせて記之。  
 右、心がけ、三年たしなめば、習い性をなして、心を労せずして、学業もすすむなり。仏法心もあつくなる事なり。  

二二。胸のしらべ無用也。  
 得た得たと思うは得ぬのなり。得ぬ得ぬと思うはなお得ぬのなり。そんなことではない、と仰せられたり。    

二三。「摂取とは逃ぐるものを執えておき給う」こと也  
 或る人、御前に参りたれば、酒杯を賜りて仰せに。  さあ、一杯飲め。この酒飲んだら、いやでも極楽まいりせにやならぬぞよ。

二四。悪性やみ難し  
 或る人、諸国渡りの同行を泊めて、夜酒を勧めたるに、伴の同行いと見苦しく乱酔す。主人之を見て、私の心の様を見せて下されたと喜ぶ。翌朝その同行前夜のことを侘びたれば、主人また、私への意見也と喜びぬ。然るにその夜もまた酒に乱れたれば、主人大に腹立して夜の明けるを待ちて放逐せり。後に至り主人つらつら我が先になせしことの淺ましかりしを悔いて、師に逐一申し上げたれば、  稽古したことや、真似したことは、なかなか続かぬ ものじゃ との仰せなりき。  まことに悪性は凡夫の自性なれば、止めようとて止められぬもの也。仏このものを助け給う也。

二五。わけ知った子には教えにくい  
 たのむ謂れも知って居る。悪人じゃと云うをも知っている。後生大事も呑み込んでいる。頑是なきわけ知らぬ子には教えよい。なにもかも合点して、悪事やめぬには仕方がない。浄土真宗の門徒、多くは皆この通り。御化導も呑み込み切って居ながら、我が身の地獄を何とも思わぬは残念也。

二六。聴聞の仕方  
 法を聞くは、内情ばなしを聞くように聞け。内情ばなしは、きっと耳が立つものなり。

二七。心中は拵らえるに及ばず  
 或る時一蓮院師を招きて、酒杯を傾けながら、仰せに。  凡そ誰れでも我が心中をこしらえる事にかかりて居る故、其の心中は我がこしらえもの也。教える人も唯理屈ばかり教えて、心中を造ることに骨を折る也。信心と云うことは、聞其名号信心歓喜の八字を我が腹とするばかりじゃが、そう思う人の少ないのは、甚だ残念なり。 一蓮院師曰く。ただ仏の力お一つで、助けて下さると信ずる外には、聞其名号のいわれはない、と聞いて居ります。  師曰く。それでよし、それでよし。

二八。「十あるものを一に」して  
 越後貞信曰く。一蓮院様の仰せに、香樹院様の一言半句が、ただごとではない。大きな大きな仏法を小そうして、御聞かせじゃで、それはそれは重い事じゃと、折々仰せられしと云云。

二九。「仏法は聴聞にきわまる」  
 ある人の尋ねに。どうも薄紙隔てたようで御座ります。  仰せに。そうじゃ。おれが身でもお前でも、薄紙どころじゃない、渋紙ほど厚い。それを破ってくだされるのが御化導じゃ程に。

三〇。「仏法は心のつまるものと思えば信心に御慰み候」  
 左太沖の詩に、「何必糸兼竹、山水有清音」(何ぞ必ずしも糸竹を兼ねん。山水に清音あり)と作りしは、世間の人は、糸竹音曲ばかりを楽のように思うが、山の奥に世を遁れた身は、世間の楽の音はなけれども松吹く風の音、谷の流れの音など、よくよく思えば世の塵に離れたる所は、糸竹に優った妙な楽であると、人の知らぬ楽みを詠んだ詩なり。今、念仏行者は世の人から見れば、窮屈のことと見ゆれども、この御信心を得た楽みは、後生知らずのものや、疑いの晴れぬものの知らぬ楽みで、思えば思えば露の命、明日も知れぬ、遠い極楽と思うたは我が誤り、今宵死ねば今宵が極楽と思えば、人の知られぬ楽しみのあるのが、念仏行者じゃ。

三一。何事は覚えずとも  
 何事は覚えずとも、かかるものを御助けの御慈悲、命終らば仏になることの嬉しやと云う味わい丈は、是非に覚えねばならぬ。

三二。堕ちる思いにならねばならぬか  
 地獄え今堕ちると云う心にならねば、聞こえませぬか、と或る人お尋ね申せしとき、仰せに。  いや。そこは、仏智他力の御はからい、こちらは唯御念力をきくばかりじゃ。

三三。捨  石  
 みな人は、信をとらんと思い、また、たのみ心にならんと思えり。それはあんまり、欲が深すぎると云うもの也。取ることばかりに骨折って、自力を捨てることに骨を折ることを知らぬの也。碁をうつにも捨石が大事なり。信を得るにも、雑行をすてることが大事也。  

三四。平生の心得  
 如実に法義相続せよとは、善知識の御化導なり。されば念仏申し、種々の掟を守るのは、第一国家安全、子孫長久、後生菩提を吊うこと。御代治り、国豊かなる御国恩と大切に存じ、まづ朝起きは天道えの冥加と存ずべし。  
一。親孝行は我が身の福徳。  
一。手習いは眼の療治。  
一。学問は五常を守る道案内。  
一。書物を読むは心の有明。  
一。堪忍は一生の守袋。  
一。足りることを知るは福の神。  
一。家内の者は極楽参りの道づれ。  
一。御内仏えのお参りは旅立ちの祝い。  
一。聴聞は娑婆逗留の手提灯。  
一。我身の懺悔は畳の上の御舊蹟巡り。  
一。さてまた不法義なる人は、御国恩を粗略にする看板よ。  
一。親不孝は貧乏の種まき。  
一。短気は其の身の腹切り刀。  
一。喧嘩は後悔の先き走り。  
一。博打は人相の悪くなる元手。  
一。我慢は神仏を見捨てる暇乞い。  
一。物知り顔は智慧の行き過ぎ。  
一。大酒色狂は(面に)泥を塗る下地。  
一。女房の出すぎは其の家の恥辱。  
一。我が子に甘いは他人に悪まるる芽ざし。  
一。借金は売家の苗代。  
一。奢は其の身の責道具。  
一。かなわぬ望みは無理の礎よ。  
篤と考え給え。損を知らねば身が立たぬ。この善悪の道を知るなら、この道理を朝夕珠数を繰るごとに忘れず懺悔せよ。  我が身は、現に地獄ぞと見限りながら、なぜに我を張る。

三五。ようようここまで育てて頂きながら  
 五人七人の子を持ったる親が、その子がみな首の落ちるような悪事をしたを、並べて眺めている親の心はどう云うものであろう。ただ涙こぼして、見るより外はあるまい。在家も出家も、男子も女人も、彼尊の御膝元にならべて、天眼の御まなこより、御眺めあらせらるるのに、首一つ斬らるる位のことではない。無量劫の永の間、又再び人間に生れ出させて、爰までに育てるは、並大抵の御骨折ではない。それをば是れも無間の罪人じゃ、あれも無間の罪人じゃと、御眺めあらせらるる御慈悲の思召は、どのようであろう。それを思えば、我身は勿論のこと、我妻も子も、同じ御前に並ぶ彼尊の子じゃと思わば、たとい親は子にあやまり、夫は妻にあやまりてなりとも、この御法を聞かせ、御法義相続せねばならぬ。  (香山院師、これに添えて曰く。古え墮涙尊者と云 いし羅漢様は、小乗の證りでさえ、衆生の苦を思え ば、常に涙が乾かぬとて、両眼より絶間なく涙を墮 とさせられたとある。まして、悪人女人を正機と思 召す大悲の如来様は、如何あろうか。)

三六。御恩が知れませぬと申しあげたれば  
 伊勢進士妙念の話に、或る同行、私は御恩が知れませぬと申し上げたれば、  五劫永劫五劫永劫と、独りごとに云うておれ。 と、仰せられたりと云云。      

三七。うその念仏  
 江州草津の木屋にて、女按摩、香樹院師を按摩しながら、念仏したるに、汝よく念仏せりとの仰せなりしかば、按摩はじ入りて、うその念仏ばかり申して居りますと答う。師の仰せに、  おれも、うその念仏ばかりして居る。こちらはうそ でも、弥陀のまことで御助けじゃぞや。 と。女倒れて悲喜の涙に咽びぬ。      

三八。自力、半自力、鈍他力
聖道門。機法共自力ーー如自聚諸宝(自ら諸宝を聚るが如し) 浄土諸派。法他力機自力ーー如事主人賜厚禄(主人につかえて厚禄を賜るが如し) 真宗法門。機法共他力ーー如順父母命嗣長者禄(父母の命に順じて長者の禄を嗣ぐが如し)

三九。法門に狎るる人  
 妙念の話に、寺に住むものと、顔の古き同行とは、皆な鬼の喰い物なりと、時々仰せられたりと。      

四〇。挟まれている身  
 「無始流転の苦をすてて、無上涅槃を期すること」。この『和讃』初の句は御助けありたることの有難さ、第二句は御助けあろうずることの難有さ。第一句は過去に向うての喜び、第二句は未来当果に向うての喜びなり。よくよく思えば、過去に向うての喜びと、未来に向うての喜びとは、はさまれて居る身と聴聞すれば、いよいよ難有き事也。たとえば、娘が遊郭え売られたら毎日毎日客の機嫌を取って勤めをせねばならぬ。然るに親達が、あわれ不便に思うて金子を調え年季状と金子とを取りかえて、娘をつれ帰る。帰る娘は遊郭を遁れた過去に向うて喜び、ひさびさにて、両親に対面する未来に向うて喜ぶ也。その間の旅の難儀は気にかからず、其の中より、いよいよ喜び喜び、旅する如くなり。今この二句の意、第一句にかたよれば邪見に流るる恐れあり。第二句にかたよれば機なげきに陥る過あり。よくよく考うべき也。

四一。「仏法にはまいらせ心わろし」  
 見臺たたいて講釈する大学者でも、名高い道心堅固の念仏者でも、大概鎮西の風下に居ると仰せられき。

四二。「贈有人」  
 出望城南多所思。君心自有碧山知。人間万事松風裡。 茶熟閑亭夢覚時。      

四三。心機一転  
 このたび我等が一大事の後生、助かるも己が心、助からぬも己が心。我が家を出で足を東へふりむけたと西へふりむけたとは、一足のふりむけようでも、大きに方角がちがう。地獄へふり向くも我が心なり、極楽へふり向くも我が心なり。その今迄地獄へふりむけておく心をば、此度はふり向けなおして、極楽へふり向け給う善知識の御化導。   (香山院師曰く。地獄へは自らふりむく。浄土へはふり向きかねる。それゆえ、宿善や、光明や、善知識やが、手を揃えてふり向けて下さるる也。) 又の仰せに。闇の夜に目をあいて見ても、何も見えぬ。此方の目から明は出ぬと云云。  

四四。『論註』に曰く
「重きもの先ず牽く」と  死ぬまいと思うて居るうちに死ぬる。  真宗の者は、地獄へ墮ちはせまいと思うて堕ちる。  他宗のものは業がつよくて堕ちる。  仏法を知らぬものは、地獄はありませぬと思うて堕ちる。      

四五。少しばかりで了解は出来ぬ  
 秀存師ある時、「真心徹致するひとは、金剛心なりければ、三品の懺悔するひとと、ひとしと宗師はのたまえり」とある『和讃』の御意を尋ね給いければ、師はやや暫らく黙し給いて後、  智慧第一の舍利仏でさえ、四十年の間聞いても分ら ぬ仏法を、少しばかり聞いて解了しようとは、無理 なことじゃ。 とのたまいければ、秀存師はただ、ヘイと云いて退出ありしを、傍見しまいらせしと、栗尾太助の話。  

四六。芽出たく往生  
 越後大地震の時、かねて師の御教化を受けし老婆、鍋を持ちて門口を出でんとする時、家倒れて其の下になり、いよいよ今かいなと云いて死す。師是れを聞き給い、芽出度往生せり、と仰せありき。

四七。「仏法は若き時嗜め」  
 伊勢のさる同行曰く。私十五六の頃、母に誘われて師の御前へ参りたれば、師御酒をあがり給う。私の背中をたたき、  これ娘、仏法は若い時に、骨折って聞かねばならぬ ぞ。願わねばならぬぞ。精出して念仏申されや。さあ、極楽参りの約束に、杯一つあやかりておこう。とて、杯をほって下されしと云云。  

四八。摂取して捨て給はず  
 鎌掛村おせきの話に、とに角、往生は決定と思え。きっとつれていって下さるる程に、と仰せられしと。    

四九。掛 橋  
 「掛橋や、いのちをからむ蔦かづら」。芭蕉が夜のあけぬうちに宿を起ち、眠り眠り木曾の掛橋をとほりかかった時、ほのぼのと暁近うなったから、谷をのぞいて見たれば、やれやれ恐ろしや、千丈もある山の腰の掛橋であった。ようも躓かなんだとの意。今も其の如く後生大事の明るみが出て方角が知れ、後生知らずに今日まで暮したことを思うて見れば、まことに千丈の谷の上で、目が醒めたような心地じゃ。

五〇。堕ちるばかりの心え  
 或る人の尋ねに。私は地獄へ堕ちるばかりの心で御座ります。  仰せに。地獄へ堕ちるばかりの心え、聞くたびに、ただ嬉しいばかりの御法なり。  

五一。自力の菩提心    
総 上求菩提下化衆生    
一、衆生無辺誓願度   縁因仏性      
二、煩悩無辺誓願断  
三、法門無盡誓願智   正因仏性   因別     了因仏性        
四、無上菩提誓願證   果      

五二。はからいの事  
 はからいと云うは、これでも助かると、落ちついて居るのが、計うて居るのじゃ。皆が計いというは、煩悩を苦にしたり案じたり、くよくよと煩うて居ることとばかりと思えども、そうではない。我々はすっぱりとして居ると思うて居れども、よくよく御慈悲も聞こえず喜ばれもせず、御教化と不都合な胸とで、是れでも御助けと了簡つけて居るのが、やはり計らいじゃ。  

五三。「常照我身」  
 此の弥陀が守って居る程に、疑うなよ疑うなよ、十方諸仏の御請け合、天が地になっても、念仏行者が浄土に参らぬと云うことなしとの仰せなり。

五四。六ヶ敷いことを云うな  
 嘉永三年九月某日、或る同行、師を剣先の寮に伺い申しつけるが、仰せに。  必らず、六ヶ敷いことを云うな。地獄へ堕ちるものを、このまんま、助けて下さるる事を、喜ぶのじゃほどに。帰ったら他の同行へも申してくれ。  又翌朝、御暇乞いの御礼に参りければ、仰せに。  念仏するばかりで、極楽へ生まれさせて下さるるのじゃほどに。それを念仏する計りと云えば、また称えるに力をいれる。そこで法然様の仰せに、差別が出来たのじゃ。ただ称うるばかりで、助かることを聞くのじゃほどに。他の同行えもよう云うてくれ。

五五。後生願わぬ四因  
 後生に心のふり向かぬは、四の因縁ありと仏説きたまえり。  
一には、放逸の故に。  
二には、大地獄あることを信ぜざるが故に。  
三には、業異熟を知らざるが故に。  
四には、まさに死すべき事を知らざるが故に。      

五六。聞法の四時  
 法を聞く時を求むるに四あり。  
一に、小壮して勢力のある間にきけ。  
二に、三宝のまします間にきけ。  
三に、財宝物のある間にきけ。  
四に。万物の離散せざる間にきけ。  

五七。仏祖の供養物  
 仏祖の供養物と云うは、如来聖人を御供養申す御食物のことなり。然らば、何を以って御養い申すと云うに、「恭敬の心に執持して、弥陀の名号称すべし」とも『和讃』に説き給えることなれば、如来聖人の御食物は、面々の称える念仏なり。然るに、信心も決定せず、念仏も称えずして、邪見やら我慢やらに身をはたして、如来聖人えは食物をも捧げず、心底より浄土参りと思うて居ても、夫は仏祖の御意に叶はぬ。昔も永観律師の御安置の御木像が、日々におやつれなされたに就き、永観律師も不思議に思い毎夜祈念なされたれば、七日満ずる暁に、貴僧一人枕の許に来りて告げ給はく、汝、常に念仏懈怠なる故、御木像も御嘆きなさるる程に、早く信心決定し念仏を称えて、御木像を御養い申せと云いつつ、とび去り給う御相、大菩薩たる勢至と変じて、光明と共にうせ給いしと。是より永観律師も心底を改めて、常に念仏遊ばされたりと。道理なるかな、天親菩薩『浄土論』に「愛楽仏法味禅三昧為食」とあれば、如来様の御食物は、念仏三昧なりと仰あり。  

五八。無宿善  
 『御文』に「無宿善の機は力及ばず」とあるは、一向きかずに地獄へ堕つるを無宿善とはのたまはず。聞いても聞いても驚かず、地獄へ堕つるを無宿善と云う。  

五九。喜びのかづかづ  
 此世の喜びは人々同じからず。浄土を願う身には誰もかれも同じ数多き喜びあり。  
一。三悪道をはなれて、人間に生れたる喜び。  
一。仏法に値いまいらせたる喜び。  
一。この弘願他力に値いまいらせたる喜び。  
一。六根具足の喜び。  
一。悪縁に障えられず、聴聞することの出来る喜び。  
一。信を得て念仏する喜び。  
この喜びを知るならば、浮世の不足は云うては居られぬほどに、よくよく心得られよ。      

六〇。坊 主  
 某僧、御前にまいりたる時、女人には成仏の別願あれども、三種の大罪かかえた坊主には成仏の別願はないぞ、と仰せられたれば、身の毛のよだちて恐ろしかりきと申されぬ。      

六一。あら恐ろしや、あら嬉しや  
 ああ、地獄え堕ちそうでどうもなりませぬが、それはいかがと申し上げたるとき、我れも心が悪い、と仰せあり。  又のとき、ああ早う迦陵頻迦の声がききたい、と仰せありき。      

六二。平生聴聞  
 後生大事の心は、わが家にありての事。寺参りしてから、俄かに大事にはなられぬ也。  助かるいわれは、参りて聴聞して疑いをはらす事。これは、我が分別では晴れぬ也。

六三。「鬼の念仏の図に題す」  
 われさえも御名を称うる身となるに  鬼の念仏あやしからまじ

六四。一定もあしからず、不定もあしからず  
 江州草津驛、合羽屋某に対せられての仰せに。  或ときは往生一定と思い、或ときは往生不定と思う。この二つをすてて、ただ弥陀をたのむことじゃ。      

六五。肉 食  
 その口で毛虫を喰うか時鳥。念仏申し後生を願う行者が、肉食をするとは。一切みな親子兄弟なり。よりて不思議の願力を喜ぶばかりなり。      

六六。人並みを、人並みならぬと  
 人なみの事を人なみに思わぬは、火事、地震、困窮。 人並みでない事を人並みに思うは、後生なり。何故なれば、もとが後生の大事が、しみじみと身に引き受けられぬ故のこと也。      

六七。「坊式條々」  
一。仏祖善知識を、現当二世の御主人と存じ、御給仕を大切にいたし、総じて自由の振舞これあるまじき事。
一。御門徒を聖人善知識の御客人と心得、如何ようなる者にても粗略にすべからざる事。
一。衣食住、みな仏祖の御用物なれば、御門徒よりの信施に至るまで、如来聖人の御與えと存じ、現当二世の御恩を喜び、儉約を本とし、奢りにならざるよう、いささかの物たりとも、あだにすべからざる事。
一。我が身に過ちある時は、聖人の御罰を蒙り候と心得て、改めつつしむべき事。
一。朝夕、うちより法義の談合をいたし、たとい不信の者たりとも、仏法世法ともに、信決定の人の真似をすべき事。
    右の條々は、蓮如上人仰せ出され候御趣意なり。一寺の法義相続は、自身の往生極楽は勿論、総じて御門徒家内の手本と心得て、油断なく仏法を心にいれ申すべき者也。     
          香樹院徳龍 敬書      

六八。若き時、老いたる時  
 仏法は若き時求むべし。若き木は曲れるも、正直に仕やすし。年老いぬれば、耳目身体、意に任せがたく、名聞仁義の心はなおり難し。深く思案すべし。      

六九。信ずることは論ずることにあらず  
 江戸淺草御坊にて、安心のことに就き、僧侶より何れが正しきや正しからざるやを、御尋ね申し上げたれば、仰せに、褄の上り下りは、着物着た上のことじゃ。裸体の乞食に其の議論はないぞ。 との御一言にて、みなみな感じまいらせぬ。     

七〇。このまま  
 新井の妙意、御病中に参り申し上げて云うよう。いよいよこれなりで、助けられるので御座りますか。  師の曰く。そうじゃそうじゃ、勧めるものも其処をよく教え、聴聞するものも其処をよく聞かねばならぬことじゃ。      

七一。薬  
 薬をながめたばかり。法のおいわれを、知り覚えたばかりのもの。  薬をもろうて来て呑まぬ者。聞く時は嬉しや忘れまいと思えど、つい忘るるもの。  薬を呑みて、教の如く病のなおるもの。      

七二。仏とうしろ合せの生活  
 江戸のさる同行、一人の巡拝者を止宿せしめたるに仏檀の方へ足を投げ出して寝て居るを見て、ああ、私が昔のさまを見せて下さることとて喜ばれしを、師聞き給いて、  おれはかえさまなり。おれは現在仏に足をなげ出し、  仏とうしろ合せの日暮しをして居る。 と仰せありき。  先の人之を聞きて驚き入り、私が今まで仏と差向い気どり、うぬぼれの心の誤りを御知らせ下さるるは、香樹院さまならではと、慚ぢ入りて深く喜ばれける。      

七三。断見、常見  
 断見ーーー因果業報を知らず。 地獄極楽をなしと執ず。  
 常見ーーー無常迅速を知らず。 他力の方便を知らず。  

七四。山が見える
 船に乗って、向いの岸が近づけば、さあ、向いの山が見えたと云うことは、十が七八仕おおせたことじゃ。各も生死の大海はてのないのに、我が疑いさえ見えたら、もう仕おおせたものじゃ。もう一山ここで越さにやならぬ。      

七五。禅僧弘海との問答(その一)  
 禅僧弘海曰く。予かって師に問う、私、浄土真宗の教に帰し、御講師に随い聴聞致せども、未だ心に聞こえ申さず、如何致すべく候やと。師の仰せに、汝まづ聖教を熟覧せよと。即ち命の如く拝見候いしが、分義はわかれども、我が出離にかけて思えば、往生一定ならず。再び如何せんと問いまいらす。師曰く。よく聞くべしと。予問て云わく、よく聞くとは如何聞くべきや。師曰く。骨折って聞くべし。予云わく、骨折るとは、遠路を厭はず聞き歩くことに候や、衣食も思わず聞くことに候や。師曰く、然り。予また問うて云わく、然らば、夫程に苦行せねば聞こえぬならば、今迄の禅家の求法と何の別ありや。  師呵して曰く、汝法を求むる志なし、いかに易行の法なりとも、よく思え、今度仏果をうる一大事なり。然るに切に求法の志なき者は、是れを聞き得ることを得んや、ああうつけもの哉と。予云わく、然らば身命を顧みぬ志にて、聞くことなりや。師曰く、最も然り切に求むる志なくして、何ぞ大事を聞き得んや。又曰く、常に間断なく聞くべしと。予問いまいらするよう、夫はその志にて聴聞仕れども、法縁の常になきを如何致すべきやと。  師その時に、何ぞ愚鈍なる事を云うぞ。法話なき時は、聞きたる事を常に思うべし。聞く間ばかり聞くとは云わぬぞ。又曰く。汝眼あり、常に聖教を拝見すべし、これまた法を聞くなり。若しまた世事にかかり合い、聞見常に縁なき時は、口に常に名号を称すべし、是れまた法を聞くなり。汝信を得ざるは業障の故なりさればいよいよ志を励まし、斯の如く常に心を砕き、よく聞けよ。信を得る御縁は聞思に局るなり、と。      

七六。禅僧弘海との問答(その二)  
 予(禅僧弘海)問うて云はく、法話を聞くことと、自ら聖教を読んで我が耳に聞くと云うこととは、有難く承わりぬ。但、念仏するを聞くと申すは、我れ称えて我が声を聞く事に候や。  師大喝して曰く、汝何事をか云う。我が称える念仏と云うもの何処にありや。称えさせる人なくして、罪悪の我が身何ぞ称うることを得ん。称えさせる人ありて称えさせ給う念仏なれば、抑もこの念仏は、何のために成就して、何のためにか称えさせ給うやと、心を砕きて思えば、即ちこれ常に称えるのが、常に聞くのなり、と。  予、この一語心肝に徹し、はっと受けたり。心に思うよう。「我至成仏道、名声超十方、究竟靡所聞、誓不成正覚」。また第十七の願に、我名を諸仏にほめられんとの誓いは、名号を信ぜさせんとの御意也。且つまた、常に聞くと申すことは、ただ法話のみを聞くことと思いしは誤りなりき。あわれ、志の薄かりしことよと恥じ入り、今まで禅門に於いて、知識より、汝今をも知れぬ命なれば、晝夜十二時思惟して、この公案を拈底せよ、暫らくも忘るることを勿れ、と云われしことを思い浮べ、「聞思して遅慮するなかれ」との祖訓を、『見聞集』に盡し給いしことを感悟し、それより常に法話なき時は聖教を拝聴し、朝夕は『三経』、『正信偈』、『和讃』、『御文』を拝読し、また常恒に念仏を拝聴し奉るに、我れ今称うる念仏には、御主人ありて称えさせ給う也。然れば唯称えさせるを詮としたまはず。称えさせ給うは、助け給はん為めに、一声をも称えさせて下さるることよと思えば、それより称えることに就いて、尊く称えさせて下さるる身となりしなり。このこと今に耳にありて、忘るる能わずと申されけり。      

七七。遠く仰ぐ人、近く受けくる人  
 法を聞きて法に入り、法に入りて法を得る。法に入る人は多けれども、法を聞き得る人甚だまれなり。      

七八。一蓮院秀存師  
 ある時の仰せに、出離のことを相談する相手は、一蓮院の外なし、と。      

七九。心持の悪い時は  
 秀存講師、尋ね申して曰く。信には疑いなけれども、それでも心持の悪い時がありますが、そんな時は、いかが致せばよろしきにや。  師の仰せに。そんな事は他に云わいでもよい。ただ御念仏をしていらっしやれのう。      

八〇。大悲胸に薫ず  
 「掬水月在手。弄花香満衣。」(水をくんで月手にあり、花をもてあそんで香り衣に満つ)  水を両手に、そっくりと汲み上げて見れば、忽ち天上の月が手の中へ影をうつし、まてしばしなしに、宿り給う。今も我々が此胸の中へ、御慈悲の影を宿して下さるるは、ただ御慈悲に、すなおに向うばかり。後生を一大事にせよせよと仰せらるるは、我が胸を掻き回して、追い立てかえす事ではない。いよいよ一大事になれば、仕様模様のない未来、ただ御教化御慈悲に、真直に向うより外はない。  また花をもてあそべば、自から香りが衣裳にとどまる。是れを大慈胸に薫ずると云う。      

八一。それ知らるるまで容易でない  
 或る人、後生と云うことを存じませぬ、と申し上げたるとき、仰せに。  それ知らるるまで容易でない。      

八二。仏に任すと我心に任すと  
 公儀ある民に我が田地なし。先祖ある子孫に我が家なし。親ある子に我が身なし。主人ある家来に我が命なし。師ある弟子に我が智慧なし。夫ある女に我が財なし。されば公儀に任せたる民に刑罰なし。先祖に任せたる子孫に過なし。親に任せたる子に不孝なし。主人に任せたる家来に不忠なし。師に任せたる弟子に迷いなし。夫に任せたる女に不貞なし。風に任せたる柳に雪折れなし。仏に任せたる衆生に迷いなし。  然るに、任すまじき事ただ一つあり。「其のまま我が心にまかせては、必ず必ず誤りあるべし」と、先徳はのたまえり。今日の我れ人は、生々世々、我が心に任せし故、迷いの凡夫とはなりしぞかし。      

八三。甘露法  
 病があれば、何を食うても味がない。病がなくなれば、食うものに皆な味がある。無明業障の病をやわらげてもろうたれば、甘露の味のある御法なり。      

八四。聞に二あり  
 聞くと云うに二あり。  
一には、無名無実に聞く。唯おおように聞く。名聞人並に聞く。  
二には、解脱の耳をすまして聞く。  また聞に就いて二あり。  
一には、弥陀の大悲は、聞かせばおくまいの招喚。『大経』に曰く、「我至成仏道、名声超十方、究竟靡所聞、誓不成正覚」。  
二には、釈迦の大悲は、聞けよ聞けよの発遺。『大経』に曰く、「聞其名号」。「聞法能不忘」。「聞名欲往生」。「若聞精進求」。      

八五。今日もありがたや、今日も淺間しや  
 秀存師、ある夜、香樹院師の寮にまいり、御酒をいただき、師の命をうけて同席して臥し給う。その時秀存師は、  ああ、今日も一日ありがたう御座ります。これから 極楽の夢みましょう。 と申さる。香樹院師は。  ああ、今日も一日淺間しや。これから地獄の夢みま しょうか。 と申されけると。      

八六。仰せを持ちかえるな  
 江州醒ヶ井みそすり屋にて。  師曰く。婆々、そのままの御助けじゃぞや。  婆々曰く。難有う御ざります。いよいよ是のままの御助けで御座りますか。  師曰く。いやそうではない。そのままの御助けじゃ。仰せを持ちかえるなよ。 

八七。一信二喜  
 一念の信に二の喜びあり。六道の苦を免るる喜び、浄土の往生を期するの喜び。この二つの喜びを思えば此世で我がなしたる悪事で必ず刑罰に逢うべき難を救わるると、思いもよらず長者の家のあとめになるとの、二つの喜びのそろうたものはない。然るに今は、二つの喜びを、一念の信にそなえて與え給う。機法二種の信心の相なり。  

八八。南無阿弥陀仏  
 南無阿弥陀仏(一枚衣物)      
至心ーー大悲の心は、永く未とほるなり。      
信楽ーー出来あがったゆえに、くれんと思ふ。      
欲生ーー与へんとよびあるく。 

八九。「疑心自力の行者も、称名念仏はげむべし」  
 真実浄土へ参りたけれども、疑網にかかり迷惑に思う。之を晴すことが、若しや金銀でかえるならば、家藏は申すに及ばず、百千万両出しても、求めたきほどに思うて念仏するならば、よしや信心を得ずして命終るとも、辺地懈慢に生れさせ給うほどの大慈悲心なり。

九〇。言慮を絶す  
 江州守山称名寺、一往領解を申し上げたれば。  百両の品物に、せめて五十両六十両位の價値をつけ ればまだしも、五両や十両位では、話しにならぬ。と仰せられたり。  其の時、脇の下より汗たり、身のおき所なく覚えたりと。 

九一。御声のままに  
 或時の仰せに。きき分け知り分けた位で、極楽参りが出来るのなら、坊主は皆な御浄土に参られる。きき分け知り分けた位で、浄土へ参ろうと思うは、ひがごとじゃ、如来様の仰せばかりが、真実じゃぞよ。  

九二。不動の動、不行の行  
 「汲水則疑山動、揚帆則覚岸移」。谷川の流には万峰の影落ちて、其の潭水を汲もうとすれば、山の影が皆動いて見ゆる故、山が動くのかと思えば、其の実山の動くではなくて、水の動くのじゃ。又帆を揚げて航ぎ行く船に乗れば、岸が移るようなれども、岸の移るではない、舟の動くのじゃ。いま我々が、妄念悪業の水の動くときは、是れでは如何あるらんと、疑いの心を起すものもあらうが、たとい妄念悪業が起ればとて、摂取不捨の御約束の山は動きはせぬ。また南無阿弥陀仏の帆を揚げて、御慈悲を喜ぶのは、我が心の岸の移るようなれども、我が心で働くのではない。大悲仏智の御本願の舟の働きじゃ。じゃから、生涯念ずれども、自の行を行ずるのではない。  

九三。大邪見  
 吾々が身体と生命とは、時々剋々に未来未来と行くなれども、心一つは死なぬ死なぬと思う。大邪見なり。 

九四。美濃のおせき  
 美濃田代町のおせき、水手桶さげて、御庭前へ参りたるとき、師俄かに、  おせき、極楽参りはどうじゃ。 と仰せらる。おせきは、はい、これなりで御座りますと、直ちに申し上げたれば、仰せに。  おせきはよく聴聞したなあ。

九五。世執難棄  
 仰られ候。極楽は近うなったか。今日か明日かと云うようになったか。何はまちがうても、御浄土参りばかりは、間違うてはならぬ。おれは、こうして居るが後生三昧。後生三昧で居るけれども、此世の事を未来の事と比べて見ると、此世が重くなり未来がかるくなって、どうもならぬ。いわんや、在家のものは骨折りて聴聞せよ、よいかげんの処へいかぬ、と仰せあり。  

九六。二種の機類    
一。唯何ともなく、御浄土へ参らうと計り思うて、一大事と思わず。これは機の深信のないものなり。たとえば、只今三途え沈むべき罪人が、摂取の光明え逃げ込んで、やれやれ嬉しやと思うて居るところなり。唯なにへんともなき浄土参りと聞いて居るのが、誠の安心であらうようがない。  
二。信心は一念の処に決定いたれば、それほどに報謝がつとまらぬとて、如来様は御捨てはなさるまい、だいじないと思うて居る機。これは信報謝の相を知らぬものなり。信とは報謝の初めなり。報謝は信の相続なり。蝋燭の火の如く、一念の場で信心の火をつけたれば、ありがたやありがたやと相続する也。  

九七。名利心  
 某同行、御尋ね申して曰く。あなた様ばかりは、名利はいささかも御座らぬ様に、見受けられます。  師の仰せに。其の名利のないように見ゆるのが、やはりおれの名利じゃわい。

九八。『涅槃経』に曰く「心を師とせざれ」と  
 後生も知らず、地獄極楽も疑うて居る者が、我が心にだまされて居るのではない。後生を願えば願うにつけて、何処までも我が心にだまされて、法を聴聞すれば、早や我れよきものになり、少し善事をすれば、己れなればこそと思い、少し報謝を勤むれば、先づこれでよいと腰をすえる。これは皆な夢みるのじゃ。少しの隙にも慢心が出て、我れと我が身をだますのじゃ。

九九。払うてくださる  
 或る人の尋ねに。娑婆のいろいろの事が心につまって居ますので、とんと御化導が通りませぬ。  仰せに。其の胸は自分で払うことはならぬ。如来様が払うて御聞かせ下さるる程に。      

一〇〇。選択摂取  
選ーーさがし求めて、選ぶほどのこころ也。たとえば、我が子に嫁をもらうと思うと、親が色々と手をまわし、探し求めて、器量から年格好、身分のつりあいなどと、広い所から選びとり出すこころなり。  
択ーー多くの中よりよきものを取り出して、我がものにすること也。たとえば、母親が我が娘に着物を買うてやろうと思うて、呉服屋へ行って、いくらかの中より、我が娘に相応したものを選びて買うが如し。一枚の着物を買うにも、母はなかなかの心づかいじゃ。  
摂ーー取りとめて持って居ること。  
取ーー向いのものを我ものに取りいれること也。      

一〇一。虚無僧の顔  
 ある時、江州野洲郡木ノ浜の茂平に対せられて、そなたは虚無僧の顔を見たことがあるか。茂平答えて、はい、見た事は御座りませぬ。師、そうであらう、虚天僧の顔は、よっぱどさがって仰がねば、見えぬぞよ、と仰せありき。      

一〇二。讃  仰    
 百千倶胝の劫をえて、百千倶胝の舌をいだし、   舌ごと無量の声をして、弥陀をほめんに猶つきじ。   この『和讃』の御こころを仰せらるるときは、いつもいつも、身を揺り動かし、立ちあがるようにして、仰せられけると。      

一〇三。「松陰のくらきは月の光かな」  
 能登の頓成、機の深信と云うことにつき、異義を申したつるに就いて、二條御役所の御糺となり、二條御役所より、二種深信御糺につき、講者よりその義書き認めあげよとありければ、香樹院師書上げらるるよう。    「二種深心ともに他力なり。就中、機信心他力  と云うを最も肝要なり。頓成は機の深心は、法を信 ずるまでの前方便といえど、然らず。総じて、古来 の異解不正義をつのる者数々あれども、皆なこの誤 より起れり。我機のたすかられず、自力の善根も分 別もまに合はぬと云うことは、法藏因位のとき、認 知し給いて、それ故に其の行者のなすべき願行を仏 の方になし給いたるを、六字に成就し給う故、六字 を聞く所にて、この機の方の所修の善不善、すべて 無益なりと知るは、法藏因位の識知より起る也。斯 るものを、願力にてたすけ給うと云うは、もとより 也。故に二種ともに他力より起さしむるもの也。是 れ浄土真宗開山の極秘なり。」 と。二條の奉行曰く。衆生がたのむ故に、仏がたすけ給うを他力とは、固より聞けり。我が身のたすかられぬと云う機までも、全く他力とは、今度初めて聞きたり。いかにも開山の正意ならむ。親鸞聖人他力の宗意、奇妙なり奇妙なりと。之より江戸公議までの御捌となり、御老中及び御奉行も、この二種深信他力の宗義には、みな感心せられたり。  講師一蓮院師曰く。機の深信他力と、知りたるようにて知らざりしものは私なりき。これ故に、立かえり立かえり我胸の穿鑿せし事勿体なや。ああ、これを知るは仏祖の御恩也、近くは頓成の逆縁なり、と。      

一〇四。我が力かなわず  
 或る人申し上ぐるよう。心にしっかりと落ち付きとう御座ります、と。  仰せに。それは自力のこころ。それすてて能く骨折って聞け。  左様なれば、心をすてて、仰せに順いまするで御座りますか。仰せに。そうじゃ、そうじゃがそれは、我が力では順われぬ。      

一〇五。僧  誡  
 法を知りて法にくらきは僧なり。法の道理を知りて、法の味を知らぬは僧なり。相は仏法になりて、心は仏法にならぬが僧なり。口には仏法を語れども、腹は外道なるは僧なり。僧分の身は、よく我が身をたしなむものにても、その罪を数うれば、在家の極悪人よりも深し。たとえば僧分は、盲人が燈を持ちて道を行くが如し。他の為めになれども、我れと我が心を照すことならぬ。まことに淺間しきことぞと、?慢の心を翻して深く慚愧し、我身の後生に心をよせて、よくよく聴聞すべし。      

一〇六。心が何と思うとも  
 ある人、今にも死のうと思えば、もう一度御目にかかりてと云うような、心で御座りますと述ぶれば、仰せに。  それが肝要の所で、それが疑いの根じゃ。それで、よく聞けよく聞けと云う事じゃ。能く能く聞くと、今迄は何を疑うて居りましたやらと、如来様に御縋り申す心が信心決定じゃ。是一つさえ訳が分ったら、日本国がひっくり返っても、浄土参りに間違いはない。世上で信心安心の訳聞いて、此処でこう聞いた彼処でああ聞いたが、どちらが真実やらと云う様な詮索沙汰をやめにして、誰がどう云うとも、心が何と思うとも、阿弥陀様の助くる助くるの御呼声を、頂いた身じゃものをと思えば、こんなたしかな事はないではないか。      

一〇七。苦     
 「富貴苦」    
 有財苦ーー有田憂田、有宅憂宅。(田あれば田を憂ふ。宅あれば宅を憂ふ)      
 失財苦ーー横為非常水火盗賊怨家債主焚漂劫奪。(横さまに非常の水火、盗賊、怨家、債主のために、焚漂劫奪せらる)        
 寒熱苦ーー結衆寒熱與痛共居。(もろもろの寒熱を結んで痛みとともに居す)     
「貧賤苦」       
 無財苦ーー無田亦憂欲有田、無宅亦憂欲有宅。        
 求財苦ーー適有一復少一、有是少是。        
 寒熱苦ーー亦結衆寒熱與痛共居。    

一〇八。布教の広からんを求めず深からんを願え  
 或る時に仰せに。生涯の間に一人信者が出来たら、活仏を一体御造り申したと同じ事じゃで、教導の本分もたち、仏祖えの申しわけも充分に立つ事じゃぞ。      

一〇九。破家亡身  
 古の節用には、家を破ると書きて、ばがものとよませてあり。      

一一〇。つのり    
「募」の字を広求と注するなり。募りて情を張ることにあらず。善きこと故みなみなこれをなし給えと、奉加張などに書く文字なり。仏智をつのりとするは、仏智を力にし求める事也。      

一一一。珍らしきことに非ず  
 或る人、御面倒さまながら、御一言御聞かせ下されと申し上げたる時、仰せられ候。  仏になるほどの事、一口や二口で聞かせられようか、自力の修行なさるる御方は、無量永劫御修行なされても、證られぬ證られぬと御嘆きなされるに、今五日や七日聴聞して、仏になろうと云うは、横着な心ゆえ信が得られぬのじゃ。なんでも、命がけで聞けば聞こえる。別なことを聞くのでない。同じことを聞き聞きすると、聞こえて下さるるのじゃ。ちやうど、染物にするに、藍壺のなかへ幾度も幾度もよく染めた所で上紺になる。よく染め揚げたが信心じゃ。      

一一二。教導難  
 師、江州磨針峠に御休憩の折、隨行の僧申し上げて曰く、かしこに見えまするが、私の在所にて候と。仰せに。  檀家は如何ほどありや。  はい、八十ほど御座ります。 仰せに。  おれが寺は十四軒の門徒じゃけれど、教導しかねる。 其方はあまたの御門徒を御預り申して、さぞさぞ心配なことであろう。 と。それより件の僧、何となく空恐ろしくなり、弟に住持職を譲りて、終生師に随いて法を聴かれしと。     

一一三。坊主が一番駆けじゃ  
 或る時右の僧に封せられ、一番がけに地獄に堕つるものは誰ぞ、汝知れりやとの仰せなりかしば、存じ申さずと答う。  坊主が一番がけに堕ち、その次は聞き分けた同行じゃぞ、と仰せありき。      

一一四。学  
 学と云うは、我が身にその業の出来ることを、学と云う也。然るに、道を学び道を行うを学と思わずして、道の道理を究め、徒らに是非を争うを学と思う。ここが孔子の教ゆる、実の学と云う所にあらず。よりて学と云うは、之を師に聞くの初めより、其の教を受けとりてこれを身に行うて学ぶを、学とすと知るべし。      

一一五。我が心    
 忘れじと思うこころもわすられて  つれなきものは我がこころなり。      

一一六。仏の心で仏になる  
 或人の尋ねに、どうも此度は仕おおせらるるように思われませぬ、と申し上げたれば。  仕おおせられまいとおもうは凡夫の心。仕おおせさせるとあるが如来さまの御こころ。その御心をもらうのじゃ。仏の心で仏になるに、何の間違いがあろうぞ。それでよく聞けよく聞けと云うのじゃ、と仰せられたり。      

一一七。ともかくも称えよ  
 おれが、念仏申せ念仏申せと云うのは、念仏申すと、腹の中の障り外の障り一切払うて、信心得させて下さるるからじゃ。      

一一八。一念とは仏の心なり  
 伊勢四日市江戸屋にて御泊りの節、藤山藤七と云う同行参上して、私におきましては、一念の信一念の信と仰せらるれば、我等凡夫の一念のように、心得誤りておりました処、段々御聞かせをいただければ、如来様の一念であったと云うことが、ようよう此頃お知らせを蒙りまして御座ります、と申し上げるる。  師の曰く。そこえ気がついたか。      

一一九。信仰の生活  
 日暮しは、いかが致すことで御座ります。  仰せに。五劫が間御思案なされて、忘れとうても忘られずに御案じ下された事を、忘れるな。      

一二〇。信と行   
信ずることは易く行ずることは難し。ーーー聖道門     
行ずる事は易く信ずることは難し。 ーーー弘願他力門。     
聖道の機を以って弘願の法を行ずる。ーーー自余浄土門      

一二一。ただ仰ぐばかりなり  
 摂取して捨てぬとある大悲の実が聞こえて見れば、助かりたいがいらず、堕ちまいがいらず、なろうがいらず、仕あげることがいらず、ただ実言のはたらきを仰ぐばかり也。      

一二二。真知は真受なり  
 仏のこころを知る者は、仏の心を賜わるなり。故に大悲の御心を聞かねばならぬ。      

一二三。我等は苦痛に恩を負う    
「梅痩占春少、庭寛見月多」(梅やせて春を占むるは少なけれど、庭ひろくして月を見ること多し)。  人間は苦と楽とある故、成仏がなるなり。然れば苦は嘆くべからず、我等が出離のもとでなり。      

一二四。謹  厳  
 蓮如上人は、物を一つ落失し給いても、我は不信心もの故聖人の御罰なりと、仰せられしと。      

一二五。仏智不思議  
 越後福順寺圓輪、十劫久遠のことを師に尋ねたれば。 久遠に直ちに御助けなされても、すみそうな事なれども、実に十劫の正覚がなければ、今日の凡夫が助からぬ訳があればこそ、御方便に法藏菩薩となりて、五劫永劫の願行を御勤めなされた。ここらは仏智の不思議と信ずるより外はない、と仰せられたり。      

一二六。地獄あることなし  
 幕府の儒官林大学、守山駅に逗留の際、永願寺に師の講演ありと聞き、参詣して親り問うて曰く、地獄は実にありや。師曰く。必ずあることなし。林曰く。それは自語相違ならずや。師曰く。罪なきものにはこの世の獄屋もなし、罪の軽重によりては、無量無辺の地獄あり、と。  林大学、則ち大に感ずる所あり。其の後、日毎に参詣聴聞す。後に至りて師、よき弟子を設けたりと仰せあり。      

一二七。私一人のため                
 親ひとり子ひとり、よりて一子地とのたまう。親の実がやがて子の実なり。名号の大宝が我が物なりと知らせて頂かば、嬉しや嬉しやと、憶念称名おさゆべからず。      

一二八。酒と御法義との比較二十七條  
 世の中に好き嫌いもあるものなれども、人々が常にためして知って居るは、酒程のことはなし。酒は悪しきものなれども、酒ほど好むと好まざるとに、大きな違いのあるものはなし。故に之に喩えて、後生好きと後生嫌いの有様を申すべし。      
一。  酒は随分飲めば飲まるるけれども、自身には百日飲まずにいても何ともないと云うものあり。後生も聞いてみれば、随分もっともなり、大事なり、有難しと思えども、百日聞かずに居ても、勿体ないとも聞きたいとも思わぬものあり。      
二。  酒ほど世に悪しきものはなし、見ることも香を嗅ぐ事もいやと云う石下戸あり。後生の仏法のと云えば、かりそめにもいやがりて寄りつかぬものあり。無宿善の石下戸なり。      
三。  酒は拠所なければ、杯に半分も飲めども、呑むと胸が熱くなり、頭痛がして、其の座に居られぬと云うものあり。法義の座え是非行きかかり、仕方なしに聞いて居れども、退屈が来て頭が痛み、長い法話は欠の百も出る者あり。      
四。  酒は好きにならねば、どうも人付合も悪いと思い、また身の憂さ晴しもなき故に、どうぞ呑み習わんと思うて稽古するあり。これに手の忽ちに上ると、如何しても上らぬとの別あり。後生も、どうも願わねば済まぬと思うて、願いたる気になりて精出すあり。是れに聴聞の功の上ると、如何ほど願うても聞こえぬとの別あり。      
五。  親が酒嫌いて、息子が好きなあり。夫が嫌いて、女房が好きなあり。見付けらるると呵らるる、呵らるる程呑みたがる。隠して呑むときは、一杯呑んでも其味格別なものなり。子が後生願おうとすれば、親が、若者がまだ早い、後生願えば世渡りが出来ぬと呵り、女房が隠れて願えば、夫は、不埒な身持ちをするよりもまだ呵る。呵らるれば呵らるる程、この後生願わずに居られようかと思うて、喜びの味が格別なり。      
六。  酒は随分よきものなれども、相手と肴がなければ呑まぬと云う、栄耀酒呑みあり。後生も随分と喜べども、よき同行や、よき御法談でも聴聞せねば、骨にしみて喜ばれぬと云う、栄耀な同行あり。      
七。  酒は何時でも、肴はのうても一人呑んでも面白い。相手があれば、夜が明けても杯引くが惜いと云う、真の酒好きあり。御法ならば、何時聞いても、御経の声を聞いても、身にしみて、一人居ても思い出して躍る程に喜ばれる。同行寄合えば、二日でも三日でも、一夜位いは寝ずともと云うは、能々の仕合せ者なり。ほんの後生好きなり。      
八。  好きなことには、手間ひまいらぬ。酒を呑みかかると要事のあることを打ち忘れ、慚く酔がさめて気がついて働くは、また働いて呑むべしの下心なり。御座え出づれば己が悪事を打ち忘れて、家え戻りて精出して働くは、また参りたき心からなり。      
九。  酒は地酒はのまぬ、旅酒のよいのでなければ、虫が合点せぬと云うは、貧乏では出来ぬ上戸なり。真に好きなれば、濁酒でも少々味が変ってもと云うは、真の好也。御座を聴聞するにも、この学者あの御座と、飛びまわりて難有がるは尤もなれども、それでなければ聞かれぬと云うは、よくよく栄耀の同行なり。実の好きにあらず。如何なることを聞いても難有や難有やと受けらるるような、愚痴の同行こそ実の念仏者也。      
一〇。  酒を呑めば、別の心になると云うもあり。また酒によえば、本性を顕すと云うもあり。いづれ心のままにてはなき面白き味が、酒から出ると見ゆるなり。如何にも不法に暮しても、法の徳で難有い心が生じ、今まで思いつかぬ、我が心でもなき極楽のことがおもわるるようになるのも、他力也。また我等が本の欲心が、我が身が大事じゃけれども、常に本性を出さずに居たが、聴聞して真に地獄へ堕ちとうないと気がついたは法の他力で、過去に思い堅めし本性が引き出されたる也。      
一一。  酒呑みには、色々の癖のあるものなり。後生願うにも、色々の癖あるもの也。凡夫なれば其の筈なれども、悪い所は呑む友達が異見するがよき也。      
一二。  酒ずきと後生ずきとを比べて見れば、其の姿は大概よく似たもの也。酒を呑んで喜ぶも他力なり。法を聞きて喜ぶも他力也。さりながら、酒は悪縁をひきて悪魔がつき随うゆえ、酒を呑んで家を亡ぼし身を病にするものは数々あり。それ故聖人も多く呑むことを誡め、仏はなお嫌い給う。後生は善根にて諸天が守り給う。後生願うて病にかかり、家を亡くしたるような者はまれなり。併し、これ酒ほど後生好きがなき故か。      
一三。  かく物語りするうちに一人のものすすみ出で、成程面白きことに候が、一つ合点のいかぬは、法の道理もよく云いならべ、信心の訳を細かに教え給う御出家や御同行に、御自身には一向喜びの相の見えぬのは、如何の訳ぞ、不審に候うと申す。よりて一人、それは考えまするに、杜氏は酒を造るものなれば、酒の善悪濃淡これは火をいれねばもたぬ、これは秋迄もつなどと、大上戸のようにおもえども、其の杜氏に、一向下戸で酒呑む事のならぬものあり。酒を呑まねば如何程造っても、酔うて面白い味は知れぬ也。法は説いても聞かせても喜びのなきは、酒呑まぬ杜氏の類なるべし。あらあら笑止や。      
一四。  真の酒好きは、手前が呑んで味わい、人にも呑ませて喜ばせ、当り近所の酒好きを呼びおうて、真に見ず知らずの者でも、ただの一坐で、真の兄弟みたようになる。酒ほど、睦まじう心の打ち解けるものはなし。後生願うて自身に難有い味が知れると、我が親にも夫にも、妻にも子にもと思う心が起り、互いに打ちよりて喜ぶ心あり。また人にも、どうぞ聞かせたやの思いあり。されば自から家内睦まじく、他人でも同行となれば兄弟の如く、自から王法も仁義も守らるる。まことに觸光柔軟の御慈悲の酔いがまわったの也。      
一五。  呑めば呑むほど呑みたがる、梯上戸とやら云うあり。聞けば聞くほど聞きたがる同行あり。      
一六。  酒きらいな下戸が人に酒を強ゆると、真の好きな者は何もかまはずがぶがぶと呑めども、大概な者は拍子がのうて呑めぬなり。喜ばぬ人が喜べ喜べと云うは、下戸のかた強いで、人は心よく受けられぬ也。      
一七。  酒と云うもの何程好きでも、大概で其の座を仕舞うが見よきもの也。後生も何ぼう飽きたらずとも、余りに人に後生願いじゃ、仏法者じゃと、見ゆるようにするなと仰せらるるからは、好い加減にはかろうべきこと也。      
一八。  亭主が酒ずきならば、女房は随分肴こしらえをして酒を呑ませ、機嫌は取って居れども、自分が下戸ならばあいをする事も厭がる也。亭主が御法義ずきならば、女房も随分姿には内仏の御礼をとげ、寺参りもすれども、心の内が無宿善にて、しかじかと随分に喜ぶ心はなきものなり。      
一九。  客人には、酒肴を結構に拵えて勤むれども、亭主の酒嫌いなは今一段客も心地あしく、思うように打ちとけぬもの也。坊主も法談法話は、難有がるように飾りだてすれども、自分の喜ばぬ坊主には、在家のものが心をおいて打ちとけて聴聞せぬもの也。      
二〇。  呑めぬ者にも盃とらせ、呑めぬ所を呑まするは、肴の飾りたて、亭主の口上ぶりにもよる也。後生嫌いな者にも聞かばやと思わせ、喜ばぬ者にも喜ばするは、坊主の器量と勤めぶりによる事なり。      
二一。  如何ほどそろえたてても、上戸の好まぬ肴は詮方なし。一色でも、好きな肴を調うるが馳走なり。文義の御道理ならべ立つるが如し。一文でも真に難有がるようにと、拵らえて聴聞させると、喜ぶもの也。下戸には味醂酒がよきなり。後生嫌うものに、始めから焼酎を飲ますように勧めては、聞く気にならぬなり。      
二二。  嫌うものには好き肴ばかりを喰せて、酒を無理に呑まさぬがよき也。無理に呑ますれば、酒の座え寄りつかぬようになる也。後生嫌いなものに無理に願えと勧むれば、懲りて来ぬなり。随分対手の気なりに、御座え近づくるがよきなり。是れが仏の御慈悲なり。      
二三。  呑ませらるるものは、下戸でも随分それで済むけれども、つねに酒をもてなす役で酒を呑むことのならぬは、困り入りたるもの也。聞き手の方は無宿善でも済むけれども、人を勧めねばならぬ坊主の無宿善は、困り入りたるもの也。      
二四。  客に酒をもてなしに座敷え出て居ても、自分が下戸ならば、余り呑むがいまいましく、早くおつもりと云えばよいと思えども、何時までも呑んで居ると、後には此方から呑まさぬ分別する者あり。今勤むる役目でも自分に喜びが出来ぬ故、喜ぶ者をいまいましく思い、後には在家のものが何に小癪らしいなどと、実に喜ぶ者でも、我慢で喜ぶように思いて、念仏も此方から称えようと思うて称えるは、自力じゃなどと云いて、喜ばさぬようにする者あり。      
二五。  石下戸の一概者は、酒も一杯や二杯は好きでも呑むべし、其の上はみな我慢なれば、いらぬことと思うものあり。後生嫌う坊主は、人の後生を願うのを、皆我慢や名聞で有難いのじゃと思いて、念仏申すも参詣恭敬も皆我慢で勤めるから自力じゃと思うものあり。それに就いて喜ぶ同行を住持がいまいましく思い、其の方のような、悪いことも嗜まねばならぬ、念仏も申さねばならぬ、喜ばれぬのが歎かしいなどと云うは、みな自力也。当流は何事も御報謝なれば、我が思うにすぎたる事は皆自力になる。報土の往生を遂げたくば、其の志を止めにせねばならぬ、と誡めければ、同行も随分言葉を尽して云えども、こちらは聖教を読みて賢き者故に、いいろいろと弁を巧にして云いたれば、つい言いまけて誤まる。此の風情が世間に多し。      
二六。  酒嫌いの亭主は、子や女房は云うに及ばず、近所のものの酒呑むまで不埒者と罵る也。後生大嫌いの者は我が家内や家臣は云うに及ばず、他人の念仏もそしる謗法罪あり。かようの人には随分近づかず、謗らぬようにするが第一の心付けなり。      
二七。  酒に醉うと面白がりて、下戸とらまえても戯れる者あり。下戸にいよいよ嫌はれる也。後生も有難いあまりに、嫌いなものの前で斟酌もなくこれを云えば、いよいよ邪見を増すなり。故に無宿善の機の前には、正雑二行の沙汰をすべからず、と先徳はのたまう也。      

一二九。饗応に遇いて器物の詮議ばかりする人  
 或人、いろいろの個条を書きつらねて、師に御糺しを乞いたれば、一々御覧ありて、最後の処え筆を染められける。  「右しめて地獄ゆき。」      

一三〇。如来の勅命は我等をつなぎ給う綱なり  
 色々のこと聞き覚えて、それで心を定めようと思うても、其の心では定まらぬ。地獄え堕ちる心一すぢで聞きさえすれば、如来様の仰せが承わりとうなる。仰せと云うは、此間中の報恩講の御化導じゃ。是れが仰せなり、綱なり、綱でつなぎ付けて、動かれぬようにして下さるのじゃ。もう一度地獄え堕ちたくば、此綱をといて見よと仰せられたり。      

一三一。厭いつつ近づく  
 地獄きらいの地獄ずき、極楽ずきの極楽ぎらいと云うことあり。極楽は好めども、参る心なくば其の実極楽ぎらい也 地獄は嫌えども、毎日地獄え堕つる業を作って居るが、即ち地獄ずきなり。是が極楽に生ぜずに、嫌いな地獄え堕つるなり。      

一三二。親の恩さえ知らぬものを  
 塚本定右衛門曰く。山科にて師の仰せに、親の恩さえ知らぬものが、阿弥陀様の御恩が知れる道理はない。其の親の恩さえ知らぬ様なものが、阿弥陀様の本願の正機、御化導の御相手じゃぞ。      

一三三。我等の信心は仏の念力による  
 当流の人は、他力と云うは信心ばかりのようにおもえども、左にあらず。此度の後生一つはと思う心は、とても凡夫では起されず。不相応の凡夫が、仏になる望のいささかにて起りしは、広大無辺の善巧方便なり。少しなりとも聞く気になりしは、皆な仏智の御念力なりと思うべき也。      

一三四。御化導を後にするな  
 聞く時は有難けれども、時過ぐれば又心が暗くなる。闇夜の燈火は明なれども、我が身の前にあるものを後に回せば、足もとが暗くなる。邪見の心で御化導の燈火を後えまわせば、往生の足もとが暗くなる程に。御教示の光を受けた時を過ごすとも、御化導を後になさぬ様に気をつけよ。後にするは、我れ心得顔のきょう慢の仕態なり。百日千日聞いても聞きつくされぬ御法を、少しばかりで聞き得た心になる故、御化導は明なれども、後え回せば足もとが分らぬようになる。      

一三五。法水は謙敬の谷に流る  
 ?慢の高き嶺には、知恵の法水とどまらず。弥陀の大悲は悪人のためなれば、我が心に流れ込む知恵の水なり。この如来の法水入り満ちて、仏法の湿潤なき我が心を潤し給う。然れどもこの水は我慢心の嶺にはとどまらず。  又曰く。謙とは自ら満たざるを云う。へりくだると和訓す。謙をまもれば、知恵も福徳も自ら我が身に集り来ること、低き所え水の集るが如し。我れもの識り顔のものには人が教えねども、謙りて尋ぬる時は、人は好んで教えてくれるから也。      

一三六。親  子  
 悪い子ほど可愛きものはなし。悪い子を持った親ほど世にも因果なものはない。難儀かけるばかりで役には立たぬ。さりとて捨てるには捨てられぬ。  頑是ない子が親を慕うは、子の心力ではない。親の念力が行き届いたからじゃ。悪い子でさえ捨てかねるは親の慈悲じゃ。まして親に従い親にすがる子を、真実の親がなんと捨られようぞ。  親は苦をする、子は楽をする。阿弥陀如来、五劫永劫の難行苦行は、我等がやすやす仏になる種じゃぞ。  親を泣かせるも子の心一つ、喜ばせるも子の心一つ。何時までも地獄の人数で居るが、大悲の涙の種じゃ程に。  真実の親に、抱き上げられたようになったが、摂取せられた味いじゃ。  手足がのび一人前になると、早や親もいらぬものの様に思うのが大間違い。      

一三七。御名は我等を救わんとの支證なり  
 伊勢桑名在のこいと、師の御前にて念仏申しながら、信心のことに就きくどくどと申せしに、師曰く。  それそれ。その活仏に助けられるのじゃ。      

一三八。「本願や名号、名号や本願」  
 口に称うる念仏が、如来さまの下さるる御誓也。      

一三九。知、好、楽  
 「知之者不如好之者、好之者不如楽之者」(これを知る者はこれを好む者にしかず、これを好む者はこれを楽しむ者にしかず)。  一向知らぬは、知、好、楽の三の外なり。訳の分かったが知なり。其の上、手覚えが出来ると好きになる。好きになっても、まだ我身が自由にならぬ故に楽まれぬ。道が得られると自から楽まるる。  いま御法義にも、知る分齊と、好む分齊と、楽しむ分齊とあり。僧侶は好む分齊となれるが極上なり、楽しむようにはなられぬ也。これは大事なことぞと骨折る所が好む也。又愚かな尼婆々などが、嬉しうてならぬと云うようになれたが、楽む所なり。この分齊は僧侶などが、学問をしただけではなられぬ。彼の明遍僧都が貧家愚僧に生れて、心よく往生したいと申されたのは、好むと云う所までは行けども、まだ楽しむ所えは至らぬとの思召よりの願心なり。浄土参りの法を聞くは、愚な者がよい。悪いことなら執着も離れられるが、なまなか学問は悪いことでもない故に、学問の執着はなかなか離れられぬ。信心獲得に就いては、学問したものは、愚人よりも百倍の骨を折るべし。家に居って道中記を見るように外え出てはわからぬ。されば其の時は、女童の三ッ子負うて居るものにも、丁寧にこちらから道を尋ねねばならぬ。「聞仏願生起本未無有疑心、是曰聞也」(仏願の生起本末を聞いて疑心あることなし、これを聞という)。口に無上の仏果を説きながら、味が知れねば所詮なし。信得る相談相手は何も知らぬような者がよい。?慢やめてよくよく聴聞せらるべし。聴聞さえすれば必ず信心は得らるる也。      

一四〇。さればこそ他力なれ  
 京都岡崎御坊にて御法話の後、江州西乗寺の住侶、重ね重ね聴聞申して帰国せんとしたるも、何となく後髪引かるる心地してければ、草鞋を穿ちたるままお庭え回り、お座敷の椽下に跪きて云うよう、恐れながらお尋ね申します、私はかように年をとりましても、実に実に哀れな心中でござりまするが、死ぬまでこんなものでござりますかと。その時師は御酒を召しながら、  それじゃで他力じゃないか。 と仰せられければ、老僧涙を流し、小躍りしながら帰途につきぬ。      

一四一。抱きづめに居て下さる  
 仰せられ候。阿弥陀様の御養育と云うは、親が子を抱きづめにして居るように、何処に居っても見て居ってやるから、危げなしに我をたのめ、と仰せらるる御念力に、つなぎ付けられたことじゃ。      

一四二。二種深信  
 我が機を信ずると云うは、御法を受くる機なり。悪人を正機として、助け給うが弥陀の大悲なれども、凡夫の自性は、如何ようにも我が身あさましと思われぬ故、この我が身あさましと思う心まで、如来の方より成就して與え給う也。されば、かかる者を、弥陀の願力にて御助けに預り、必ず往生をとぐるぞと、まことの信心は生ずる也。この如く我れあさましと信ずる心と、弥陀如来なればこそと信ずる心との二種の深信は、他力より與え給う者なれば、是れを他力の信と云う。この他力の信は、弥陀の本願を聞き開く時に頂くなり。これを釈迦如来は、「其の名号を聞きて、信心歓喜せよ」と教え給う。浄土真宗の信心と云うは、是れより外になしと心得べき也。      

一四三。宿 善  
 鷹には経緒と云うものを付けておくゆえ、何処え飛びまわっても、つづまるところは鷹匠の拳えとまるように、我等には宿善と云う経緒が十劫正覚の古から付けられてある故、遂には手繰とられて、平等施一切の御回向によって名号の宝珠をもらい、御助け候えの帰命の信心が起るなり。      

一四四。? 魔  
 長崎の同行、はるばると越後まで来りて、御前え参りたる時、その顔に、六七十日もかかり、万里の遠路を凌ぎ来て、法を求むる道心者なりとの色見えたり。則ち師の仰せに曰く。  赤尾の道宗は、唐天竺まで行きても、如何にしても法を求めんと云う志じゃったに、今やすやすと居ながら聞かるるとは、只事ではないと喜ばっしゃれ。      

一四五。君子の楽  
 孔子は『論語』に顔回をほめて、「賢哉回也。一簟食一瓢飲、在陋巷。人不堪其憂。回也不改其楽、賢哉回也」(賢なるかな回や。一簟の食一瓢の飲、陋巷にあり。人その憂に堪えず。回や、その楽を改めず。賢なるかな回や)と嘆じ給えり。これ悪衣悪食は人の恥とする所なれども、道を行うを以って、貧福を天に任せ、貪らずして其の楽を楽しむ時は、則ち別に君子の楽となる也。      

一四六。弁  護  
 人に尤もをつけてもろうて、其のまま地獄え堕ちるのなり。      

一四七。理屈だけでは承知が出来ぬ  
 飛騨郡上東等寺、申し上げて曰く、これ迄の心中、まことにお恥かしきことながら、我が身の後生も忘却いたし、善知識の御化導は口には云えど、真実魂から順わぬ故に、同行に於いても法義相続せず、仏祖善知識え向いては申し訳のなきこと、此たびは我が身の誤りを知らせて頂き、なにとぞ往生致したく、幾重にも御直しを蒙りとう存じます。  仰せに。理屈は誤れども、心はなかなかあやま(謝罪)ってくれぬものじゃ。其の心に、我が誤りを思い知らせようとするには、耳に聞く計りではいかぬ、心で心を責めて守らっしゃれ。赤尾の道宗は、此世え餓えても死ね凍えても死ね、後生の一大事は油断してくれるなよ我心、と云われたが、まことに誰も誰も心は動きかねるもの故、御糺しの時はよいように言い繕うけれども心の底が承知せぬものじゃ。      

一四八。人各々その処あり  
 或る人曰く。雲華院講師の許え行けば、頼山陽や篠崎小竹など云う風流人が、いつも集っている。香樹院師の処には、いつも尼嬶が取りまいて居る。雲華院師は天下の名士と交り、香樹院師は洟垂れ婆々の隊長じゃ、と。      

一四九。「三世諸仏念仏弥陀三昧成等正覚」             
『華厳経普賢行願品』 三世諸仏依念ーー 普賢菩薩願我臨欲命終時、盡除一切諸障碍面見彼仏阿弥陀、即得往生安楽刹                     
『仏説阿弥陀経』 弥陀三昧ーー釈迦牟尼仏我於五濁悪世、行此難事、得阿耨多羅三藐三菩提、為一切世間、設此難信之法。           
『文殊師利発願経』 成等正覚ーー文殊菩薩願我命終時、減除諸障礙、百見阿弥仏、往生安楽刹。
             嘉永第四辛亥臘月
                     八十翁 香樹院釈徳龍謹奉拝寫      

一五〇。師にすかされても後悔なしとの信仰  
 邪見と云うは、御教化あれども、其の道のほかに我が見識を立つるを云う。よく思うて見れば、其の善知識の仰せの如く思われぬものを本とするゆえに、心の底へ聞こえぬなり。思えても思われいでも、善知識の御化導は決定して真実なり。これを離れては地獄一定なり。      

一五一。心中の悪魔はただ如来を思うことによりて亡ぶ  
 家内が和合をするには、先づ我が心が我が心と和合せねばならぬ。しかるに、我が心が我が心と中あしくて、人に物をやろうとすれば否とおもう、堪忍しようとすれば否とおもう、人に負けておこうとすれば否とおもう、右え行こうとすれば左のことを思う。かかる心と心とを和ぐるは、我が知恵分別では行きかねる。それは如来様の御心にて和げ給う。いろいろさまざま道に背ける事をなさんとすれども、如来様の御慈悲を思うて今宵も知れぬ命とおもい、是れは恥かしやとおもうて心の中で打ち消してもらう故、出す手も引き込む心になる。何事に就いても、かように心と心とが和合せねば家内が和合する道理はない。      

一五二。善悪は我が心上の影なり  
 凡夫の身の間は種々の災禍もあり、自身に罪はなくとも人に難題うくることもあらん。かかることは己が過去よりの業と思わば、たとい針の筵に坐っておれと云われても、御恩に向えば否と云われぬ也。他人を鬼じゃ鬼じゃと思うは人が鬼にあらず、人を鬼にするは、我が方より鬼とするなり。      

一五三。心を責めよ  
 赤尾の道宗は常に常に我が心よく聞け聞けと、われと己が心に油断してくれなといわれき。龍樹菩薩は不負心と教えたまいて、我が心に負けぬようにせねばならぬと示し給い、蓮如上人は我が心にまかせずして心を責めよとのたまう。然れば信を得ぬものも、また信を得ても煩悩強盛なるものは、自ら我が心を責めねばならぬ。      

一五四。心が明かになりませぬ  
 一蓮院師、師の御前に参られて。香樹院さん。御聖教の御文には明信仏智とありまして、心が明かになるように伺われますが、私の腹には明かになりませぬ、と申し上げらる。  師の曰く。そうじゃでそうじゃで、お前余所を聞きあるかずに、宅で御念仏申して居なされ。  右、越後の貞信、ものごしに聞きまいらせしと申されき。      

一五五。他人の称讃は身を毒す  
 天台宗の章安大師は、甘く譚うを悪知識というと云われたり。我が好むこと云うてくれる人には、つとめて用心せよ。嫌いな食物に向うて、食い過ごそうかと云う心配はなし。『詩経』には「盜言転た甘し」とあり。凡夫と云うものは、我が身ひいきののかぬもの也。よくよく考うべし。      

一五六。弥陀をたのむとは  
 たのむものを助くるとの仰せを聞いて、左様ならば私はたのみますさかい、御助け下されませの心ではない。たのむと云うは、不思議の仏智を信ずること故に、かかるものを御たすけぞと深く信ずることじゃ。各々は、これが深くたのむのじゃの、是れが緊とすがるのじゃのと、訳きくことばかりが細かな道理と思えども、それよりも内心の味いを透した心味を云うのが、一番に細かな道理じゃ程に。      

一五七。栴檀の薪  
 栴檀は尊き香木なれども、もしあまり澤山あって薪にしておけば誰も買うものがない。仏法はただ僅に一句の偈でも、身命を捨てて聞くべきものなれども、仏の慈悲で末世に留めおかれた御経をば、棚に積みおくようになっては誰も用うるものがない。これは丁度栴檀の薪のようなものじゃ。      

一五八。人生の意義  
 命は法の宝とは、かねてお聞かせに預って居たれども、今日までさほどに思わなんだ。いま命の危さをお聞かせに預ってみれば、まことに一日一日が大事の命じゃ。   (私(香山院師)に曰く。其の大事の命を今日もまた一日くらしたが、若し法を聞くまいならば宝ではない。かえって罪を造るばかりじゃ。)      

一五九。語を聞かずして意を体せよ  
 聴聞したお謂の覚えられたか覚えられぬかを、吟味するには及ばず。  (私(同上)に曰く。御慈悲をふかく持つべきこと。)      

一六〇。返 事  
 一字の竪横しらぬものを抑えて、そこもとは学者じゃと云われて返事が出来るか。喰いかねるような貧乏人を抑えて、そこもとは大福長者じゃといわれて返事がなるか。  爾るに、真の仏弟子じゃ、正定聚の菩薩じゃと云われても、この私で御座りますと返事の出来るは、これ貰うた印也。  よくよくの御慈悲と思うべき也。      

一六一。母の臨終を慰めんとて、遠く法を求め来りし娘に対せられて  
 かって師の教誨も受け、常に法味を愛楽せし美濃の或る老媼、死に臨んで地獄に近づけりと苦しむ。其の娘悲泣やる方なく、急ぎ京に上って師に目見え、右の仔細を申し述べて一言の教示を乞う。師曰く、  自分が勝手に堕ちると云うのなら仕方がない。残念 ながら地獄えやってしまえ。  と。娘せん術なく我が身が地獄えも堕ちし心地して声をあげて泣き叫ぶ。帰らんとするを引き止めて仰せらるるよう、  凡夫の身じゃもの、地獄え堕ちることは今更のこと でない、当りまえのことじゃ。その必定して地獄に 堕ちるものをそのままたすけると仰せられるのが、阿弥陀様の勅命じゃ。それでも勝手に地獄え行くのか。と。娘之を承るや否や、立ち所に誓願の不思議を身に頂き、有難うござりますとの声もおろおろ、涙ながらに御礼して急ぎ帰り、右の趣を母に告ぐ。母、言の下に解了して踴躍歓喜しながら、  ああ、いまこそ初めて、如来様の大悲が身にしみました、と御恩の程を打ち仰ぎ打ち仰ぎめでたく往生せり。      

一六二。他力とは無我のこと也  
 他力と云うは、蓮如上人は無我になることじゃと仰せらる。よくよく我慢が強ければこそ、まことに我が身のあさましさが思われぬ也。      

一六三。捨てられぬものを捨てよとは申されぬ  
 我等は親子夫婦の恩愛によりて、三界の繋縛を受けたるものなれば、今生に於ては割愛と云いて愛を切り捨てねばならぬことなれども、ただ浄土真宗は、妻子が可愛ければいよいよ聴聞して、恩愛のままにて往生する也。      

一六四。我等は如来を忘るることあれども如来は我等を忘れたまはず  
 煩悩に眼さえられては、如来の光明も拝まれぬ。盲目の子は、親の家、親の側にいながらも、親を見ることが出来ぬ。親の顔は見ること出来ねども、親は常につき纏うている。  (私(香山院師)に曰く。法然さまは、盲人を舟に乗せたようじゃと仰せられたり。)      

一六五。祖跡巡拝の詩  
 芭蕉翁の『発句諸抄大成』に曰く、  近頃一向派の徳龍、十一歳にして越後より東武に来る。道すがら流祖の舊跡を過りて五言古詩を作る。    
高祖誕貴家。 幼稚喪雙親。 死孝追日厚。    
出家九歳春。 壮年事空師。 宗祖獨伝真。    
徳澤潤天地。 法化通帝位。 聖道年々衰。    
浄教日々新。 南北諸寺徒。 結寃訟朝頻。    
遂令法服脱。 賜姓同俗塵。 空師竄南海。    
宗祖北海浜。 北地道路險。 行程幾苦辛。    
経日抵此国。 垂訓救蠢民。 更ト幽邃地。    
閑居甘C貧。 棲神安養界。 常念仏真身。    
道俗問出要。 示以西方津。 五年送居諸。    
郡機結浄縁。 不患坐嚴譴。 喜度辺境人。    
聖代遇赦後。 興法転法輪。 悠々半十歳。    
宗風振四海。 遙尋舊跡者。 誰不沽衣巾。      

一六六。御幼時の賦       
 牆外梅  (己下十篇九歳頃の作)    
牆外梅如雪。 
門前鳴玉珂。 
少年莫維馬。    
馬驕落花多。      

山 花    
桃李雖含咲。 
山深不成蹊。 
花若開前嶺。    
能使幾人迷。      

落 花    
飛花随風乱。 
落作満山霜。 
霜C不堪踏。    
帰路向何方。      

題莊周圖    
莊生化蝴蝶。 
花唇酔春風。 
三万六千日。    
唯藏一夢中。      

鹿谷法然院    
遇尋深谷裡。 
麋鹿一声幽。 
法屈梵鐘靜。    
龕燈照幾秋。      

題拒霜花圖    
C風発紅蕚。 
濃艶世攸布。 
能奪傾城色。    
細腰飜舞衣。      

帰ク喜賦    
秋暮帰ク国。 
非思千里?。 
聊將懷橘意。    
欲慰倚門身。 
己作天涯客。 
今逢堂上親。    
迎觀無限処。 
相報笑談新。      

芽 花    
曠野秋風起。 
満花乱似波。 
蜻蜒駭飛去。    
螂子斧奈何。      

冬夜宿山寺    
深山霜気冷。 
寒月隱松枝。 
聞梵眠真境。    
夢遊七宝地。      

冬夜吟    
寒天無客至。 
窓外聴松濤。 
雪霽桂輪影。    
雲間一片高。      

無 題(十一歳作)    
幽池C且淺。 
彩荷半成衣。 
遊魚戯水処。    
葉上珠翠飛。      

吉崎懷古(己下二篇十二歳作)    
名藍兵火後。 
荒涼礎石余。 
總是登山者。    
懷舊共躊躇。      

同    
高僧開林処。 
一樹古松淺。 
唯聴山猿 。    
蕭々涙不乾。       

一六七。神童徳龍       
贈神童徳龍師   
安修氏 字文仲 號C河    
童年不好弄。 
雅思一何深。 
游泳言詞海。    
回翔翰墨林。 
今予甘露味。 
和子碧雲吟。    
時聴論経義。 
己明三際心。           

贈別徳龍神童   
紀徳氏 字世声 號平洲       
明珠難可掩。 
浮采易驚人。 
好収衣裡色。   
莫觸世途塵。      

一六八。人  智  
 人毎に我れは知恵ありと心得たるが、実の知恵のなき証拠なり。人には邪見のみにて真実の知恵あることなし。      

一六九。「光觸れんもの身心柔軟ならん」  
 江州湖北の某寺にて御法話の節、一人の老媼、一座をさし出でて高慢顔に自得のままを述ぶ。師きびしく呵して曰はく、  顔見るも厭やじゃ。 と。老媼恐れ入りながらも渋き顔して退出せんとす。師再び呼び返して仰せらるるよう、  汝よく聞け。己ればかりが嫌うでないぞ。十方の諸 仏も菩薩も、皆な忌み嫌い給うが?慢心じゃ。其の あらゆる仏菩薩に忌み捨てられたるものを殊に憐れ と思召して、我慢の和ぐように照らして下さるのが、 弥陀の光明じゃ程に。 と。老媼、感涙して改悔せりと。      

一七〇。雨夜の月  
 「弥陀たのむ人は雨夜の月なれや、雲晴れねども西えこそ行け」。  忘想?倒の雲は臨終まで晴れねども、御回向の信心に不断光の光がまします故、心不断にて往生なる也。      

一七一。安心問答        
 一。  問。南無の機は、我等が機と同じものと思うか、また別と思うか。  答。別なものと存じます。其の故は我等が機は堕ちるばかりの機で御座ります。その機を堕ちられぬとしてもらいましたは、偏に南無の機を御成就下された御陰と喜びます。  
問。それならば、信機信法と云わるる信機とは、何れを指したものか。  
答。其の機とは無始以来迷うてきた、私の機と心得ます。此機の信ぜられたは我等の器量では御座りませぬ、偏に他力回向の故と存じます。       
二。  問。他力回向と云うならば南無の機でないか。  
答。機は我等が持前の機なれども、信ぜられたは他力の御計いと存じます。  
問。他力の計いとはどうじゃ。  
答。御助けの丈夫さが聞こえぬ中は、我が機の間に合う時もあり邪魔になる時もありましたが、御慈悲の聞こえて下された今日からは、もうあかぬ機とより見えぬ事となりましたは、全く他力の御計いと存じます。      
三。  問。たのむ者は往生一定、たのまぬものは往生不定とのたまえるからは、他力の御はからいと云うばかりではあるまい。  
答。其の御言葉で、他力の御はからいと云うことが知れました。  
問。頼むものとあるからは、どうして他力の御はからいなるや。  答。たのむとは、自力のはからいの止むことと存じます。       
四。  問。たのまれた心持ちは如何なるものじゃ。  
答。ただ不思議と仰ぐより外は御座りませぬ。  
問。不思議とは如何なる心持ちなるや。近ごろ同行の中に、〈自然〉の名目などを取って、不思議ごかしに機の領解を嫌う者ありと聞いたが、御前の不思議と信じた心持ちはどうじゃ。  
答。火の物をやくが如く、水の物を潤すが如く、あなたの我れを助けましますこと、偏えに不思議と信ずる外は御座りませぬ。       
五。  問。たのんで助かるのか、助けるの仰せをたのむのか。  
答。私以前は、たのんで助かると迄は思いませなんだが、御助けの仰せを聞きながら、吾が心持ちに屈托を致しておりました。所が、仏の法より往生は治定との仰せを聞きましてからは、ただ御助けをたのむより外は御座りませぬ。       
六。  問。只今は丈夫な御助けと思えども、若しや明日にも、御助けの仰せばかりでは危いと、案じられるような心が起ったら何と致すぞ。  
答。昨日は間違うてあっても、今日の御助けの丈夫さが知れましたら、只今にも臨終がさしかかろうとも、少しの屈託は御座りませぬ。明日は危うても現在の仰せがたしかな故、今宵の往生に不定は御座りませぬ。それ故、御礼一つを喜ぶばかりで御座ります。       
七。  問。うたがはぬのか疑えぬのか。たのんだのかたのましてもらうたのか。聞こえたのか聞こえさせていただいたのか。助かるのか助けられるのか。落ちついたのか落ちつかせてもらうたのか。得たのか得られたのか。堕ちぬのか堕ちられぬのか。一々心を持ちはどうじゃ。  
答。疑はぬのでは御座りませぬ、疑えぬので御座ります。たのんだのでなく、たのまして貰うたので御座ります。落ち付いたのでなく、落ち付かせて貰いましたので御座います。得たのでなく、得られたので御座ります。参る器量は御座りませねども、参らせて貰いますのなれば、露いささか、こちらの世話は入らぬことと知らせて貰いました。       
八。  問。それが他力と云うのか。  
答。世話のないのが他力と聞かせて頂きました。  
問。世話がなければ無造作と云うのか。  
答。左様で御座ります。       
九。  問。それで往生はたしかか。  
答。大船に乗せられた如く、親に抱かれた如く、ただ大悲の御手柄をたよりばかりに、折々いさまして貰います。      

一七二。うろうろした心に  
 私は人がいろいろと申せば、心がうろうろと致します。  師の仰せに曰く。それが却ってよいのじゃ。建てた柱は動きはせぬが、倒れることも又早い。川端に生えた木は水のながれにつれて動けども。根元が確としておるからなかなかに倒れぬ。其のうろうろした心によく聞くと、実に御誓が聞きつけられる。      

一七三。いよいよ称うべし  
 念仏は信がなければいよいよ晝夜にとなうべし。信あればいよいよいさみてとなうべし。仏恩も自ら報ぜらるる也。  また曰く。有難くとも有難からずとも、疑い晴るるとも疑い晴れずとも、口に念仏の絶えぬように心がけよ。口に念仏が間断する故罪をつくるなり。心に御慈悲を思わぬゆえ、邪見を起すなり。称えさえすれば罪も作らず、疑いも晴るる也。      

一七四。「仏法には世間のひまを闕てきくべし」  
 「一生雖盡希望不盡」(一生尽くれども希望は尽きず)。  此望みかなえたらば聴聞に精出さん、ここまでやったら後生を願わんなどと思えども、命があればあるほど、望みは多くならんとも薄くはならじ。よりて覚如上人は、   今日ばかり思う心を忘るなよ     さなきはいとどのぞみ多きに と詠み給えり。家が貧くとも餓鬼にまさるべし。思うこと叶わずとも地獄の苦に比ぶべからず。只今只今と取りつとめて不自由な中より信心に心掛くべし。      

一七五。助からぬ心を  
 或る人、師に参りて私の心は微塵も助かりそうな所は御座りませぬと申し上ぐ。  師の仰せに。その心苦にするな、微塵も助からぬ心を、助けて下さるが誓願の不思議じゃ。それが他力の御不思議じゃ。      

一七六。たのむと、たしなむと  
 「たのむ」      
如来の至心信楽をふかくたのむべし。『尊號真像銘文』。      
本願たのむ決定心。『御文』。       
南尤阿弥陀仏は凡夫の往生を成就したまえる体なれば、とかく計らわずたのむ。『山科連署記』。       
弥陀たのむ一念の義を御相承の事。『御一代記聞書』。       
たのむ外に浄土の法門はなき也。『同上』。       
たのむと云う事は代々あそばされ候『同上』       
他力をたのみ奉る。『歎異鈔』。       
心に任せずして心を責めよ。『御一代記』。

 「たしなむ」      
心に任せずして嗜む心が他力也。『同上』。       
口と身のはたらきは似するもの也。『同上』。       
人は上り上りておちばを知らぬ也。『同上』。       
世間に対する大様なり。『同上』。       
我が身に知られて悪きはよくよくあしきなり。『同上』。               

一七七。如来の思惟  
 思とは、絶えまなく心に忘れざること也。如来様が絶えまなく思うてくださるる也。旅に病める子の面影が親の心に浮かびて、眼前にありありと見ゆる如く、悪人の苦しむ影が如来の御心に浮み下さるる也。  惟とは、心を一つにして思いこむること也。一人子の病に死なんとするを見て、醫者やある薬やあると、寝食を忘れ冷汗を流して思い煩らう如く、如来は常に衆生ばかりに、心を砕き給えり。      

一七八。友  
 友に益友と損友とあり。損友は己が身の助けにならざるのみならず、却って己が心を悪道え引き入る。益友は己を助けて善導に趣かしむ。然るに損友は、彼より我を求むるゆえ疎んずと雖も甚だ離れ難く、益友は己が方より謙りて求むるゆえ甚だ得難し。益友に親しむは芝蘭を帯ぶるが如し。徳香いつしか我が心に薫る。悪友に親しむは魚店に入るが如し。悪臭我が衣に染みて他人に嫌わると雖も、我れには悪しき香を覚らず。されば『論語』季子篇に曰く、「孔子曰。益者三友。損者三友。友直友諒友多聞益矣(直を友とし、諒を友とし多聞を友とするは益なり)。友便辟友善柔友便侫損矣(便辟を友とし、善柔を友とし、便侫を友とするは損なり)」と。また学而篇に曰く、「莫友不加己者(己を加えざる者を友とするなかれ)」と。  蓬は曲れる草なれども、真直なる麻のなかに生えし蓬は真直になる。然れば、常に己が心のありだけを友に知らせて、誤れる所を改めて貰うべし。『詩経』に爭友と云うことあり。すべて友は己が心に契うものは益友にあらず。常に我と爭いて我が過を示すもの、これを爭友と云い、また実友とも云う也。      

一七九。この後生、この御恩  
 越後塔の浜の一女、心に病む所あり。京に上りて師に謁し、この後生どうしようどうしようと、涙ながらに尋ね申せしに、師はただ、  鶴の脚は長いなり、鴨の足は短いなり、その儘の御 助けじゃ。 との御一言にて、つと座を起ち退き給えり。女本意なく思いながら是非なく帰路につき、終日終夜、右の御言葉を胸に繰りかえせしが、何時となく大悲の光にほのぼのと暗を離れ、ああこの御恩どうしようどうしようと云いながら家に着きぬ、と。      

一八〇。帰去来  
 法然聖人は、死ぬのではない極楽へ生るるのじゃ、と仰せられき。      

一八一。歎きに似たるきょう慢  
 我が胸をよくしてから仏に向わん、心底を正してから仏を頼まんなど思いおらば、百年を経ても出来ざる也。人毎に我れはよき同行なりと、人に呼ばるるようになりたけれども、なることの出来ぬはあさましやなどと悲しむは、これ歎きに似て、まことは?慢の沙汰なり。誰人にもせよ、ただ仏の願力を聞きたし、御慈悲を聞きたしとばかり思うべき也。      

一八二。善知識親近相  
 釈迦如来を初め奉り、多くの善知識が我等衆生に親近し給うには、いろいろの相を示し給えり。
「善知識親近相」(親は常に顔を見合しておるほどのこと、近は相離れぬ姿なり)     釈迦如来ーーーー出現五濁世。(五濁の世に出現したまえり)    
 龍樹、天親ーーー示捨万行相。(万行を捨つるの相を示したまえり)    
 五祖ーーーーーー示愚痴相。(愚痴の相を示したまえり)    
 祖師、蓮師ーーー示同在家相。(在家に同くするの相を示したまえり)
 喩えて云わく、水に溺れた人を救うに、岸の上より淺瀬を教ゆる時、溺れたる人元気よければ、如何にもとて自から淺瀬に至るべし(釈迦如来)。
然れどもそれの出来ぬ人には、自ら水に飛び込んで淺瀬に教え導くなり(龍樹菩薩)。
それも叶わぬ時は、舟をこぎ出して溺れし人を乗せやらん(五祖)。
然るに、その舟に乗れよと呼びても、乗るほどの元気もなきときは、自ら水に入りて其の人を負うなり抱くなりして救うが如し(祖師蓮師)。      

一八三。人に先だつべきことと人に後るべきこと  
 人並に聞いたのと我が身のうえに引き受けて聞いたのとは、大に格別なり。我が身ばかりと、人の先に進んでまいるは大いに格別ゆえに、釈迦如来も、この世のことは人の後からついてゆけ、後生は人の後ろにあるなよ、と仰せられたり。   (香山院師御言葉を添えて云はく。人並みなれば 人並みに地獄に堕つること。又正客と相伴との意は 違うこと。みな人が、人に誘はれて伊勢参りするや うな心で、往生浄土を願うて居ること。)      

一八四。一人たらぬ  
 同行四五人よりあいて何事か相談してありけるを、師奧にて聞き給いしが、ややありて襖をあけ、  もう一人たらぬぞ。 と仰せあり。それは如何と、御尋ね申し上げたれば、  もう一人とは、阿弥陀様のことじゃ。皆々が、親様 忘れての相談なら所詮がない。 と仰せられたりと。      

一八五。信が行を妨げ、行が信を妨ぐ  
 一念十念にて往生すと聞きて、念仏を麁相に申せば信が行を妨ぐるなり。又念々不捨者と云えばとて、一念を軽く思うは行が信を妨ぐるなり。  信にあやまり行にあやまるなり。信が行を妨ぐるとは、罪業深重のものを、そのまま御たすけと邪見の心中にききつけて、念仏も申さるれば申そうし、貧しい中から参らずともよいと誤り、称えば称えられ参れば参られるものを、称えもせず参りもせぬは、信が行を妨ぐる也。また行が信を妨ぐるとは、大事の後生と思えども、軽いことになりて思うように喜べず、また報謝が行き届かぬ所から、この心中では浄土参りはどうであろうと、一念の信を危んでいるなり。      

一八六。来世のことは知らず  
 或る人、後生と云うことは存じませぬと申し上げたれば、師仰せられ候。  おれも後生はしらぬ。しらぬがよいのじゃ。とやかく思うは凡夫の心。如来様は疑うなよ疑うなよと仰せらるる程に。      

一八七。我等は知らざれども  
 死にかかっている大病の子は、我が身を案じもせず何とも思わねども、其の必死と知った親は、その子をながめては涙ながらに付き添うている。今日の我等は無明の病が重りて、我が身の上を何とも思わねども、今にも死なねばならぬ身が、死ねば必ず地獄じゃと、死ぬる月日堕ちる地獄まで御存知の御目からは、実に慈悲の涙にくれ給うより外はない。  この事を思えば、忘れうとても忘られぬ御慈悲じゃ程に、御念仏を怠るでない。      

一八八。学校の卒業は、子よりも親が急ぎたまえり  
 或人、信を得ることを急ぎませぬと申し上げたれば、仰せに。  こちらは急がぬが、阿弥陀様はまことにまことに御急ぎなさるる。      

一八九。「きょう慢と弊と懈怠とは、この法を信ずること難し」  
 山中霊城曰く。私、前年師に謁して、私は御聖教は常に拝見致せども、疑いが晴れませぬ故、なにとぞ御一言の御教誨を御願い致しますと、申し上げたれば、師大に呵したまい   御聖教をば拝見しながら疑いが晴れぬか。そんな 者には聞かせようがない。今日からは魔王の弟子に なったがよい。必定汝は、平生から三宝を軽んじ念 仏もろくろく申さぬでがなあろう。そんな外道に  聞かせる事はない。早う寺に帰えりて五尊さまえ御詫 びを申すがよい。 とて、睨みつけ給いしかば、私は冷汗背に流れ、身の毛いよ立ちて恐れ入り、まことに私は袈裟かけた外道なりと、あやまりかえって仏前に御詫びを申し上げ、その後再び師に見えて、以前のことを懺悔しまいらせけり、そのとき師は前日と打ち変わって、顔色を和らげ言葉もゆるやかに、  そうじゃそうじゃ。謙敬してよくよく聴聞すりや、 疑いとうても、疑われぬが仏の御慈悲じゃ。 と、くれぐれ仰せられき。実に有難かりしことなりと。      

一九〇。如来の乳  
 仰せられ候。聞いたことを常に思うのが、阿弥陀様の乳を呑んで居るもの故、赤子が親の乳で育つ如くじゃ。      

一九一。三種の慈悲    慈悲に三種あり。小悲、中悲、大悲これ也。小悲と云うは凡夫の慈悲にして、親子、兄弟、六親眷属のものにはなさけをすれども、他人が如何ほど難儀しても救いやる心なき故、これを衆生縁の慈悲と云う。中悲と云うは、声聞、縁覚、菩薩の三乗の慈悲なり。これは我れに法の因縁あるものには慈悲をなせども、一切衆生のためになし給わぬ故、これを法縁の慈悲と云う。大悲と云うは仏の慈悲なり。怨、親、中の三を離れて一切衆生に慈悲を施し給う。      

一九二。五言詩       

二河白道    
水波常濕去。 
火焔亦焚来。 
遣喚西東響。    
能令白道開。      

題福禄寿圖    
寿星兼福禄。 
時駕五雲車。 
致処多佳気。    
花開積善家。      

福寿草    
福作黄金色。 
寿凌霜雪来。 
此花無所競。    
只伴一枝梅。      

失題    
我有一壷酒。 
復有三尺琴。 
且弾且自酔。    
平生称意心。      

八月在南山懷法亮法兄、時簾外      
黄鳥頻鳴焉、有感賦贈    

思君在幽谷。 
隔箔聴黄鶯。 
不厭秋風冷。    
頻吟日夕傾。 
爾求方外友。 
吾慕意中盟。    
待牟窺春信。 
相携入洛城。      

宗祖聖人報恩講謹奉讃高徳    
高祖登台嶺。 
壯齢入浄門。 
醍醐?痼疾。    
甘露洗囂煩。 
北海浮慈筏。 
東關開法源。    
帰歎辭客里。 
遊化向ク園。 
妙辨重垂喩。    
明燈再啓昏。 
教雲霑世界。 
慧日照乾坤。    
士庶離迷路。 
王臣種信根。 
宗風随月盛。    
遺弟逐年繁。 
異代徳音隔。 
千秋靈跡存。    
我曹能碎骨。 
難報一端恩。      

一九三。「往生は一人一人のしのぎなり」  
 京都西六條の人明信寺宝洲、若年の頃師に謁し、私は後生に大事がかかりませぬ、と申し上ぐ。師はただ おれはおれの後生がある。その方は其方で心配した がよい。一人一人の後生じゃ。他人のことは、おれ の知ることでない。 と、一言の下に郤けられけり。明信寺それより、いよいよ来世のことは己が一大事なりと云うことに打ち驚き、師に随うて遂に信を獲られき。      

一九四。明慧上人の教訓  
 明慧上人は、道場に入る毎に仏の御座と思いて、正しく生身の如来の御前に参る想をなすべし。木に刻み書に写したるをも、生身と思えばやかで生身にてある也、と教えられたり。      

一九五。遇うて空しく過ぐる者なし  
仰せられ候。如来さまから一大事になる心をおあたえ下さると、我が心が一大事になる。その心でなけねば、仕おおせずばおくまいの心は起らぬ。仕おおせずばおくまいの心が起れば、仕遂げぬさきに死んでもむだ事にはならぬ。      

一九六。参る身にはなられませぬ  
 ある人、浄土へ参らさせてもろうと迄はなれますが参る身にはなれませぬ、と申し上げたれば、仰せに、  そこまでは誰れしもなるが、参る身じゃものをとは容易になられぬほどに、そうなるまで骨折れ。骨折るとは、御化導を精出して聞くことじゃ。      

一九七。謙敬聞奉行  
 文政十一年三月六日より、江州五村御坊所に於ける御差向け僧分別御教示のとき、仰せに。  僧分に謙敬聞奉行のないしるしは、我より劣るものの云うを聞いては、ただ其の云いぞこないや取りちがいを聞いては、あざけり笑い。又我と等しきものの云うを聞いては、云い方がよいの悪いのと、是非の沙汰ばかり。さて其の上に、我より勝れたるものの云うを聞いては、はや一つも覚えておく心になる。そうして見れば、まことに我が身のためにする法は一句も聞くことがならぬ。すべて法を聞くと云うことは、謙下の心を以て聞かねばならぬと『智度論』に仰せられてある。      

一九八。如来の摂受   
「摂」ーーーー手を以って、ものを我が方えだきこむ也。           
 たとえば、もとは我が子でもない藪のなかにすてておいた子なれども、慈悲な人がだいて来て我が子のように思うことじゃ。   
「取」ーーーー手の上え受けとりて、我がものにして見ている ことじゃ。とんと不具な子が生れた。どうもして みやう様がなけれども、母が手の上えあげてどうしたものであろうと、案じてながめて居るほどの 意ぢや。       

一九九。隔て心  
 あなたの方から狎れ近づいて下さるるけれども、我等が方から受けつけぬ。参りやすい極楽え参られぬようするの也。      

二〇〇。護られている身  
 畳の上では手ばなしになっていても、ねても起きても気づかいはないが、高い木の上え登って手をはなして見たがよい。落ちて死なねばならぬ。同じ手ばなしなれども居所がちがうからじゃ。  摂取不捨の畳の上にすまいして居るからだは、行往坐臥が如来の加護ゆえ、あぶなげがない。      

二〇一。強  縁  
 出離の強縁。強はつよいと云うて、いやでもおうでもむりやりに、と云うほどのこころじゃ。このたびの我等が浄土参りは、強縁によりて参るのじゃ。      

二〇二。親の目には子の善悪なし  
 母は子の醜きを忘るると云いて、母親と云うものは或は目のみえぬ子、或は根性のわるい子、他人の目からはほんに見かえるも厭なと思うような醜い子でも、抱いたり負うたり乳をふくめたり、なでつさすりつ育つるは親の慈悲。  阿弥陀如来は親人にてましませばこそ、親は子の見にくきを厭わず、悪逆五障のくさみも忘れて、助けたいすくいたいと、なでつさすりつ光明でおめぐみ下される。      

二〇三。光 明    阿弥陀如来は慈悲を以って光明としたまう。極楽浄土の七宝荘厳も光明のはたらき也。故に土を無量光明土と云う。これも如来の慈悲よりあらわれたゆえ光明の世界也。  善知識とならせらるるも光明なり。一切の山河大地童男童女等の種々の身も、みな光明のはたらき也。      

二〇四。親子の愛はひたひたする  
 とうとむ人よりとうとがる人がとうといと法敬房のいわれたを、蓮如上人は面白きことを云うと仰せられた。まことの信を得ぬ人は、これが報謝じゃと云うてなにか極楽えまいらせくださるる御礼を、如来さまに進ぜ申すように思うて居る。そこでどうやらひたひたとせぬ。まことの信を得た人は、如来さまに助けられた身体じゃもの、大悲の心に納めとられた身体じゃものと思うて居る故に、何を云うても唱えてもひたひたとするは、親子の愛のあるしるしじゃ。      

二〇五。うちとけて下さる  
 信心よろこぶその人を、釈尊はわがよき親友、観音勢至は為其勝友、鸞師は四海皆兄弟、(宗祖)聖人は御同朋御同行と仰せられた。これが上御一人の阿弥陀如来が、われわれを引上げて打ちとけて下されたれば、みんなのこらず打ちとけて下された姿じゃ。      

二〇六。「妄念妄執の心の起るをも止めよと云うにもあらず」  
 飛騨国郡上組十二ヶ寺の御聞調の時、了因寺曰く。我慢、勝他、名利ゆえに、家内門徒も聞きとり法門ばかり致させをり候いしが、今日こそは心に徹致仕り候間、安心受得の上、家内門徒には報謝の実意より申し伝え、御趣意に背かぬようと心がけたく存じ候。  仰せに。今迄の名利我慢は凡夫の妄念妄想故なり。後は仏祖の御冥覽を仰ぎ、我が心を御前にひらき出して、愛欲貪欲やめよとはのたまはぬ。この煩悩のなりで喜べよの大悲を仰ぎ、先づ我が身が仏法三昧になるべし。  又名利は如来よりよいやうに、飢えも饑えもせぬようにし給うべし。      

二〇七。常懺悔  
 同、白河組の称名寺曰く。これまでの心中、日夜に我儘にて不孝して仏祖え恐るることも省みず、仏祖の御心に一として叶いしことも候わぬに、かかる者が弥陀の大悲で一番に助け給うとききまいらする上は、今よりのち家内門徒えもよく聞かせ、法儀相続いたしたき心にて候、と。  仰せに。火に水をかけると消ゆれども、また燃える。邪見不法の火を、御化導で消してもろうたと思うてもまた如何なることになるやら知れぬ。これよりは家内門徒に懺悔して、行届かぬ所は気をつけてくれよと頼むべし。我が心任せにしておけば誤りがある。家内門徒は、道づれ手を引く如くにすべし。      

二〇八。仏は悪人ほど早く救い給う也  
 羽洲秋田城下の寺院坊守に対せられて。  在家の女人よりも寺の住持職よりも、寺の坊守の身は罪障深し。然らば仏はかかる身に何故なされたかと云うに、殊更罪を造らせたい為めにはあらず。在家のままにては仏になる御縁うすくして、如来に近づくことのならぬ身を、寺に住居させて仏の御側え引きよせておきたまう身上なり。病む兒は親が側を離さぬが如し。よくよく罪ふかきものなれば、よくよく離れとうても離れられぬようになし給える身なり。  寺に女が住む故に、在家の女も心おきなく寺に参って聴聞することが出来るなり。寺の庫裏までが法を授くる大事の仏閣道場なれば、庫裏の掃き掃除までが如来様えの御給士なり。      

二〇九。捨てられぬ名利心も如来は満たさせ給うべし  
 同じく入役所化に対せられて。  浄土真宗に於ては信心を本としたまう御宗風故、学問の知恵を以て往生の安心を得るにあらず。之に依って動もすれば学問に志なきものは、学問はせずともよしと思い、却って知恵分別は往生の妨げになる如く思えるものあり。また学問の本意を忘れて名利のためにするものあり。学問せざるにも誤りあれば、するにも誤りはある也。まづ学問は自信教人信自行化他のために大切なること也。これを唯己が名利の僅かばかりことに心得なすは、大なる誤りなり。名利の煩悩は離るることのならぬ凡夫なれば、真実にさえなれば、その上の名利は邪に求めずとも、自然と仏祖より身分不相応に與えたまい、人にも尊重せらるることなり。  又この世の名利は僅かのことなり。若し念仏の法門を護持して、一人なりとも勧めて帰入せしめんと欲する志は、則ち二尊を初めとして三世諸仏の喜び給う所也。      

二一〇。「唯仏法に心をかけよ」  
 『御一代記聞書』第二百六十一章に、蓮如上人が「ただ仏法に心をかけよ」と仰せらるるは、余のことなしに、仏法ばかりに心をかけよと仰せらるる也。若し然らば、世間の王法も仁義もすてて、仏法ばかりに心をかくべきかと云うに、当流はながく聖道の法門に異なりて、世間の王法仁義までも摂めて仏法としたまう、守る所の相につけば、王法を表とし仏法を内心にたくわえよとのたまえども、この守る心を云えば、一切世間のことまでも此の仏法の上より取扱うが真宗の掟なり。依て『同』第九十七章には、「蓮如上人仰せられ候、当流には總別世間機わろし、仏法のうえより何事もあいはたらくべきことなるよし仰せられ候」とあり。しかるを動もすれば、仏法より云えば然るべきことなれども、今日王法に缺けてはすまぬなぞと申して、仏法を離れたる世間にしなすことは、当流の掟の趣にかなわざること也。今は仏法に離れたる世間に簡んで、唯仏法に心をかけよとのたまう也。      

二一一。愼漸克終  
 人は漸を慎んで終に克たざるべからず。唐の太宗が嘗て?遂良に問うて云わるるには、古、舜王漆器を造り給いし時これを諫めたるもの十人ありき、これはさほど諫むるに及ばぬことにあらずや、と。?遂良之に答えて、奢は国を危くし天下を失う源なり、若し器を塗りて綺麗にすれば、終には玉や金銀を以って器を作るに至るべきが故なり、と申し上げぬ。又、殷の紂王始めて象牙の箸を造らせたる時、箕子歎じて云うよう、己に象牙の箸を拵らえたれば、必ず土?に更うるに玉盃を以ってするであろう、と。果して紂王は姐己のために奢侈に流れて国を亡したり。儉約をする時は自然に財宝が自在となる故、我れしらず奢侈を生ずべし。よくよく謹むべきこと也。      

二一二。心を以て説け  
 師、常に人に語りて曰く。法を説くに秘伝あり。他にあらず。口をもって説けば人耳をもって聞き、心をもって説けば人心をもって聞く。故に須らく心をもって説け、口をもって説くべからず、と。      

二一三。泣いて法を説く  
 師、平生静かに高座に登りて、「善知識さま今般深重の思召をもって、この表御門末一同え御教示なし下さるる」と声も次第にかきくもり、御涙と共に口をつぐみ給いて暫しは時を移さるることあり。かかる時は聴聞の道俗ともに打ちしぐれて、一座水をうちたる如く静まる。また御法話の間にときどき涙に咽び、御声の止まり給うをもあり。これけだし本願大悲の尊さを思い、人々の不審なるを悲しみたまいてのことなるか。その頃、学徒のこざかしきもの一首の落首をぞよみける。   易は上手含は短し蛇ながし      野洲ははなやか徳なみだかな と、但、易とは易行院法悔師をさし、含とは雲華院大含師をさし、蛇とは江州蛇溝の如説院恵劍師、野洲は同野洲の実言院慧景師、徳は正に香樹院徳龍師の略語なり。  (一伝に 「徳なみだ」を「無為なみだ」とせらるものあり。これ師が越後無為信寺の住職にましませば也。)      

二一四。浄瑠璃本  
 師は御駕の中にても常に読書したまえり。或るとき御駕の中にて浄瑠璃本を見て居ませしかば、そのようなもの迄御覧に候や、と尋ね申したるに。  僧分は、なるべく知らぬ事があってはならぬから。との仰せなりき。      

二一五。まことの親  
 世にはよき親を持ったものはあれども、念仏行者ほど、よき親もった者はない。      

二一六。待たれる身    未だ疑いはれねども、聴聞して疑いはれたいと思うものは、弥陀に待たれたる身なり。余所から帰る子をまつは親なり。子は待たるるなり。他人はまたぬが親は早う帰ればよいと待つ。帰る時は村端え出てまつ。弥陀は極楽の東門から出て来て、今や今やと待ち給う也。      

二一七。香山院師の述懐  
 香山院龍温師いはく。予、香樹院師の社中に入り、しばしば自督の安心を述べて師に御糺を乞いたれども師一同に印可したまはず。再三再四に及びたるに師の曰く、  貴公の言葉もっともなり、されども貴公の心には、まだ まだ印可が出来ぬ。 と。予もそれより和上の法語は云うも更なり、一巻の御聖教を拝見するにも、自身往生の大事と云うことを忘れざりしかば、遂に明かに仏智を信じ光明の中に住ませて頂くの思いをなすに至れり、と。      

二一八。心のふみ出し  
 江州の嘉右衛門、いたく未来のことを苦しみ、暑中に越後まで参り汗を拭い拭い師に謁したるに、師の曰く、  体の踏み出しは出来たが、まだまだ心のふみ出しが  出来ぬ。マア勝手の方え行って、腹の支度でもした  がよい。 と。嘉右衛門身のおき処なく、未だ後生を思うことの薄きに驚き愧じ入ること甚しかりしと、自ら語られき。      

二一九。聞き分けることと聞き得ることと  
 仏法を聞きわける人はあれども聞きうる人甚だ稀なりとありて、聞き分けるが所詮でない。聞いて信心を得るが肝要なり。然るに、人は聞き分けるまで骨折れども、わかれば途中にて止めるもの多し。かようにては信心は得られず。ただ分かりたさを目的にして、その上に聞き得ることを止める人は邪見なり。故に、弥陀の名を聞きうるまで聞かねばならぬと合点すべし。  又曰く。只今が臨終と思えば、直に聞き得られて、如来の仰せがただ有難やと仰がるる也。      

二二〇。正と雖も邪に同じ  
 『摩訶止観』の破法篇に、「觀法雖正着心同邪」(観法は正といえども心に着すれば邪に同じ)とのたまいて、正しき観念の法を以って思惟しても、その観念に於て執着の念が生ずると邪に同ずるゆえに、破してしまわねばならぬとあり。今も、ただ聖教によりて伺えども、一文に偏執し一理に固執する時は、その学問より其の執着に種々の道理をつけて、まことの聖教の真面目を失い、雖正同邪の風勢になり行くとすれば、相互の我が非を人より改めてもらい、共に共に相談すべきこと也。      

二二一。邪  命  
 『倶舍論』に、在家の免れがたきは邪見也、出家の免れがたきは邪命なりとあり。邪命とは、邪なる業をなして我が活命にすること也。衣食住に心を用い実の仏法に遠ざかれば皆な盡く邪命となる。我が宗は、末法の根機の及ばぬ所を鑑み、食肉取妻を許したまうことなれば、いよいよ倫常の道を守り、我が身の上を約にし奢侈をなさぬように心得べし。門徒より信施を受くるも、法をすすめた上のことならば仏祖の御與えと喜び、無理の財を貪るならば、たとい一紙半銭なりとも地獄の猛火の因と心得べき也。      

二二二。罪の沙汰無益なり  
 往生の一段について、罪のありなしの沙汰は無益なり。御恩を喜ぶときは、罪深き身と思いしらば、いよいよ喜ばるべき仏恩なり。      

二二三。他力なればこそ  
 或る時の仰せに。たのむ故おたすけじゃとは思うなよ。助けたまえと、弥陀をたのむのじゃ。      

二二四。後生に骨折りませぬ  
 ある人、私は後生に骨折りませぬが、阿弥陀様は骨折りづめにして下さるので御座りますか、と申し上げたれば、仰せに。  そうじゃ、私の後生に私が骨折らぬけれ共、阿弥陀様ばかりが骨折って下さることの勿体なやと、あやまるようになるのじゃ。      

二二五。信心を得るに二つの関所あり  
 江州草津合羽屋に対せられての仰せに。  往生を願うについて、二の関所がある。一には世を捨てて願い、二には疑網をすてて願わねばならぬ。この二を捨てねば極楽まいりは出来ぬ。初めの世をすてて願うと云うは、望みさえあれば随分世をすてて願うと云う人がある。しかし後の疑網の関所には、番人がいる故我が料簡ではゆかれぬで、我が力すてて唯仏智のおはからいで往生させていただくのじゃ。      

二二六。弘誓の船  
弘誓の船は弥陀の成就したまう所なり。    
弘誓の船を知らずにいるもの。    
弘誓の船を見て乗る気のいまだ起らざるもの。    
乗りたいと思いて種々に分別して乗り得ざる者。    
乗らずして乗ったと思うもの。
喩の方でわかりてあれども、法の方ではまぎれている。    
乗りて歓喜するもの。      

二二七。師の本山財務整理  
 師未だ寮司たりし頃、本願寺の財政には三十万圓程の負債を生じて当局の者いたく苦しめり。師この事を察して当局者に告げて云うよう、御法主様の御消息を一通賜らば、愚僧及ばずながら負債の償却方お引きうけ申し上げん、と。依って本願寺は師に御消息一通を附與し、諸国門末えの出張を命ぜらる。師謹んで山命を奉じ、まづ江州長浜御坊に至り、三十日の間御法義引立の法座をひらく、末寺世話方の輩は、豫て負債償却のために御差向の内意なるよしを伝聞せるが故に、日々その教示を待つと雖も、師このことに就ては一言をも述べず。日満ちていよいよ出達の際に当り、師曰く、此程の法話によりいよいよ信心決定の上は、報謝のためと思いて応分の志を運ぶべし。唯いま本山財務の御窮状しかじかなり、と。言い終りて直に去り給う。かくの如きこと何処に於ても同じ。しかるに師が諸国巡錫の後は、本願寺の負債悉く償却し去りて尚余りありしと云う。      

二二八。我等は親なり、如来は子也  
 「如純孝子之愛敬父母」(純孝の子の父母を愛敬するがごとし)。  これは我々を親にたとえ、如来大悲を孝行の子にたとえ給う也。子は親に勘当せらると雖も、子が親を勘当すると云うことはなき也。弥陀の方より離れることはないと也。      

二二九。心の障り  
 究竟靡所聞の御力にて、聞こえねばならぬ筈のものが聞こえぬは如何。走るべき戸の走らぬは、敷居か鴨居に障りがあるからじゃ。今も何か心に障りがあるに相違ない。我が心が苦になって居るか。難有うないのが苦になって居るか。あさましい心の直らぬが苦になっているか。それらが御慈悲を受ける障りになる。僅のようなれども、〈雙豆耳をふさげば雷霆を聞かず〉の道理、その障り取ってもろうて、柱の極までたて付けて、やれ嬉しやと、枢落す気にならねば、其の障りの苦はやまぬ。ここに於て工夫をせねばならぬ。      

二三〇。仏心、凡心  
 仰せに。凡夫のこころは浄土参りの種にはならぬ。信決定の時凡夫の心を消して、如来さまの御心一つにして下される。  (ある人曰く。この消して下さるる心と云うは、煩悩 妄念の心にはあらず、今まで仰せを信じかねて、助かりにかかってばかり居て、おたのみ申さなんだ心を一筋にたのむこころにして下さるること也。)      

二三一。七言詩         
讀般若     
般若門妙玄又玄。   
時投一軸震三千。     
有文字処無文字。   
二夜中間仏亦眠。       

謝 客     
茶茗娯閑解脱牀。   
辭宝衣鉢掛垂楊。     
焚香默坐春風裏。   
雲外鐘声送月光。      
 
鎌倉懐古     
玉樓金閣守東西。   
天下風光此地榮。     
歴代盛衰都是夢。   
昏鐘吼月舊時声。       

送丹山師    
弄花吟月幾乾杯。   
興盡家山帯雪回。     
行矣重遊休二諾。   
洛陽春色俟君来。       
水藩城南途中逢雷     
十里郊原忽聴雷。   
雷光風雨動山来。     
修羅闘戰如轟耳。   
帝掛天弓日色開。       

夢帰ク     
千里ク園夢裡還。   
炎涼無恙拝慈顔。     
相邀未けい非常喜。  
枕外鐘声破故山。       

失 題     
秋江此日靜乾坤。   
数片輕舟遶海門。     
能国横海三百里。   
前山如逐北溟鯤。       

朧月立春     
獨坐送寒眠草堂。   
舊年未改入新陽。     
池冰半解催波色。   
霞彩斜懸暎曙光。       

題芳野山     
金峰黛色接蒼穹。   
花満千丘万壑中。     
前似白雲傍似雪。   
望来誰不醉春風。        

謹奉賀 大法王寿     
白日青松封寿筵。   
賀来緇素数三千。     
西天興世今須比。   
五十余年施化全。       

失 題     
柳帶和風條自動。   
梅含殘雪萼初香。     
従茲花樹爭春発。   
詩興正随遲景長。       

殘 蝉     
洛陽城外聴秋蝉。   
白露稍催八月天。     
影冷祇將藏葉底。   
翼沽偏怯向風前。     
哀声自惹閨中根。   
殘韵却妨林下禪。     
日暮更交砧杵響。   
直使孤客思凄然。       

題千歳樓     
養老山中酒作流。   
杷杯坐弄十州秋。     
当今猶視雙親寿。   
此與佳名千歳樓。       
和某氏紙鳶之作     
雨霽春城飛紙鳶。   
雲端誇得御風仙。     
休言未免人間縛。   
却托繊糸舞半天。       

梅     
千樹梅花万朶光。   
満渓風色雪將霜。     
東君為試春情好。   
先吐人間第一香。       

無 題     
白雲蒼霧昔日關。   
天子東征戰己還。     
恩澤猶深孤井水。   
千秋万古潤民間。      

二三二。心のふりむき         
一。  古語に寸も長き所あり、尺も短き所ありと云いしは、一寸のものでも、二分か三分にくらぶれば長しと云われ、一尺のものでも、一丈三丈のものにくらぶれば短しと云わる。比べやうによりて、長くもなり短くもなる。各々後生を願い御報謝をつとむるにも、平生いろいろに御法を聞かぬものに比ぶれば、余程志もあつく仏恩の報ぜらるるようなれども、如来大悲の御恩の大きさに比ぶれば、中々仏恩を報ずるとも云わるることではなし。それをば地獄え堕ちるものに比べて、よほど長いつもりで、広大なる御恩の方をば背にする故に?慢も起るなり。それは心のふり向けようが相違せり。たとい身命を抛げすてて御報謝をつとむとも、千須弥山の骨をくだいて下された程の御恩に比ぶれば、ものの数でもなし。とかく傍をば随分見ぬように、御慈悲の方え心をむけて、日月を送るべき也。        
二。  十人一所に船に乗りて、その舟が覆りたるとき、人があがらば我もあがらんとて、右や左を見合しているものはあるまい。残る九人は皆沈まんとも、我身一人は藤の根にとりついてなりとも、助かりたいが腹一ぱいなり。今もその如く、ほんに後生が大事ならば、日本中のものは皆地獄え落つるとも、我が身一つは助かりたいと思う筈也。日々夜々、地獄え堕つるものは大雨の如くなりとある。堕ちまい堕ちまいと思うている人が大概はみな堕ちると見ゆる也。其の地獄え堕ちる人を見くらべて居よう筈はなし。一人一人の後生なれば、一人一人が御慈悲に向わねばならぬなり。御慈悲に向うて行くならば、たとい手足は立たずとも、かかる雨山の御恩をは、如何して報じ奉るべきぞやの心、またなにほど御報謝がつとまりても、たらぬたらぬの思いより外はあるまじ。このふり向きが違うていると、勤まらぬものは邪見をつのりて、凡夫じゃもの当りまえ、つとめて参る浄土でもなしなど云い、また勤まるものは?慢を起して、金でも出せば御恩を報じてしもうたような顔をせり。五十歩百歩、どちらも誤り也。        
三。  それについて、此の心のふり向けようが、甚だ大切なるものにて、日々に三たび我身を省みよと云うたも、 このふり向けようを教うる計りなり。道を行うと云うは甚だ大切なる事にて、言葉で云えば日々の百千言、行いで云えば行往座臥、親に向い子に向い世間の人に向い、よきにつけ悪しきにつけ、こまかに心を用いて己が心の向き所を見るべき也。先づ一を挙げて云わば、親に孝なるものは、一足一足を挙ぐるにも其の親を忘るるなとあれば、一寸門え出るときも、我は何の為めに出で行くか、親の心に叶うべき事か、そむくべき事か、親が腹立てそうな事か、喜びそうな事かと、我が心の振りむけようを見て行くときは、滅多の処へは行かぬ故に、自ら孝行にもなるなり。とに角一寸さきは闇の凡夫故に、事終りてより、さては失敗たりと知れてくる。聖人は過を見てここに仁を知ると云いて、しくじりあとが恥かしい。己が欲のためにゆきすぎたか、或は律儀一筋でゆきすぎたか、たとい過りても、道の心のふりむきにて、口と体との失敗は恥かしうはない程に。人が見ぬとも知らぬとも、することなすこと己が心の振りむきを見て行かねばならぬ。その一つ一つは筆にかかれず、あらかじめ教えてもおかれざる也。        
四。  道には経権と云うがありて、時によりては虚言に擬するようなことも云わねばならず、また隠さねばならぬこともある。人に善事を行わせ、人の命を助くるような時は、據所なく、なきことをも云う事あり。たとい実のことを云うても、他人の悪きことを人に知らせて、我が身よきものにならんと思わば、実の事を云うていながら心は道にふりむいては居らぬ也。        
五。  心と云うものは、安きようで難いもの、難いかと云えば易いものなり。元来形のなきもの故に、丁度圓きものを回すようなものにて、毫厘の間に大違いが出来るから、三十里迷うていても改めるのはただ一念にある。向きかねる其の時はちから励ましてふりむけよ。        
六。  掟を守るは、つらきようなれども、聖道の難行にくらぶれば、ものの数でもなし。朝寝しているに比べると、晨朝つとめるもつらいけれど、善導の六時礼讃に比ぶれば、二時の勤行はものの数でもなし。少しばかりの学問も振りむけが大切で、にわかに銭にでもなる仕事する人に比べると、果なきことじゃと思えども、戒師を千里の外に求めたり、樹下石上にありて名利を避くる人に比ぶれば、少しは人の見ぬ処でも精は出さる。同じ仕事をするならば、よき方に向いてしたきこと也。在家の渡世も同じことにて、とても渡世は捨てられぬ、また捨よとも仰せなし。同じ働きをするとても、臨終までの手ずさみや、往生のための道ゆき也。家を大切に相続するも、御開山の御門徒を繁盛させたいと振り向いて働けば、みな御報謝のつとめとなる。随分精出して身代も仕出すべし。        
七。  同じ仕事をなしながらも、心の振り向けやう一つにて往くと還るとの相違あり。振りむけやうが間違えば比べ所も間違い、比べ所が違う故に、その仕事がつろうなる。後生の一大事に心がふり向くと、浮世の心に叶わぬことも、直に地獄の苦に思いくらべ、御報謝つとむる時も直に如来の御恩に向い、辛抱してたしなむとも、直に聖道の修行にくらべて、天は高けれども跼まり、地は厚けれとも荒々しく踏まず、ひと足ひと足に獄卒を後にし、招喚の勅命を前になして、悪しき心を退け、近づく浄土をたのしむ時は、一世勤苦の苦のままが楽となりて、豈快きにあらずや。一足横えふりむけば忽ち方角を失う程に、一歩千里の相違となりて何国まで迷うて行こうも知れず。狐や狸の気違仲間が藪の中から呼びかける程に、善知識の御言葉を闇の夜の灯として、傍ばかり見ぬように、出離の道にふりむき給えかし。      

二三三。心の番は出来ぬ  
 越前の或る僧火難にあい、五尊の御像までやきまいらせて悲歎やる方なく、夜も寝られぬほどなりしが、日を経るに従いて何時しか其の心も失せ寝覚めの床につらつら本堂再建のことを思えば、何処よりともなく名利の心も出で来て、我ながら淺ましさに堪えず、京都本願寺え詣して御影前に懺悔するに、最初は涙も流れて心底より悲しかりしが度重なるに従いては又々常の心となる。僧いよいよ身の程の恐ろしさを感じ、遂に師に参じて右の次第を具陳せり。師の曰く。  老僧、どうしても心の番が出来ぬからのう、それで  五劫が間の御思案じゃぞや。 と。僧感泣して退く。      

二三四。『浄土論』と『唯識三十頌』  
 師、越後三條にありて、午前には『浄土論』を講じ午後に『唯識三十頌』を講ぜらる。時に聴衆たりし香山院師通学所化の願により、両講を午前の中に併せ続けられんことを請われたれば、師沸然として曰く。  汝が如き志の薄きものは、宣しく仏学を廃せよ。『浄土論』と『三十頌』とは、同じく天親論主の御述作なれども、『浄土論』を講ぜんとするには、先づ自身を一文不知の愚者となし、一心帰命の心にすわりて講ぜざるべからず。然るに『三十頌』は、十向満位の菩薩の心にすわり、唯識唯心の観法に住して説かざるべからず。何ぞ軽々しく一時に之を講ずるを得んや、と。  龍温師、席に伏して一言もなかりき。      

二三五。易往の大道  
 火を粗末にすれば家をやき、身を大切にせねば病難あり。後生ねがわねば、未来無量劫の悪道の難あり。 その悪道の難を免るるものは、ただこの仏法なり。その仏法の中で、片手仕事に難を免がるるものは、ただ弥陀の本願也。  よくよくやすき御法と喜ぶべき也。      

二三六。私一人の本願なれば助からぬ道理はない  
 世の中に百発百中と云うことは、名人にならねば出来ぬ。如来と我等と隔てて、これでも助かると、百間も向うに御慈悲をおいた故に当らぬ。弥陀の本願は我等が願、弥陀の行は衆生の行、極楽建立が我等の浄土を御建立なり。本願信ずるものが生れずば、正覚をとるまいの御請合なり。我等が願うならば危げなことなれど、如来の願と思えば危げはなきなり。それも釈迦一仏の御請合なら疑うかと思召して、十方諸仏が舌を出して、念仏往生が間違わばこの舌も燗れんとの御請合なり。六尺の棒で大地を打ちはづすことがあっても、往生一つに間違いはない。      

二三七。仏よきになし給う  
 赤児育てる親の方には分別あれども、赤児の方には分別はいらぬ。乳房に取りついてさえ居れば、よいようにして下される。      

二三八。小善小悪  
 『易』八に「善不積、以不足為名、悪不積、不足滅身」(善も積まざれば、もって名を為すに足らず、悪も積まざれば、身を滅すに足らず)とあり。小人は小善を以て益なしとして為さず、小悪を以て傷なしとして去らず。故に悪積りて掩うべからず。罪大にして解くべからず。聊かの善を好みてなさざる人は、大なる善をなすこと能わず。少しの悪をも嗜まざるものは、終に大罪を犯すに至るもの也。      

二三九。一念往生  
 仰せに、臨終ほど大切なることはなし。人間世界の人、みな極月晦日のみに苦しむ。仏法また然り。然るに、我祖一人、その臨終のことは、心にかけるなとのたまう。みなみな味うべし。  或人問うて云はく、平生業成の心にて候か。  秀存師曰く、一念往生の心にて候か。  師曰く、然り。      

二四〇。如来聖人の直説  
 師、羽前より御帰京のとき、道俗あまた上の山の郊外まで御見送り申し上ぐ。御留別の御一言たまわるべしとの事なれば、道俗一同地に伏しけるに、駕の御戸をさと開き給いて、われ帰京の末、たとい幼なき雛僧の述ぶる法話なりとも、みな如来聖人の直説と尊みて聴聞せよ、然らざれば御罰を蒙るべしと。やがて御戸を引きしめ給う。道俗みな感涙に咽びけるとなり。      

二四一。世の宝、法の宝    
一。この世の宝は死ぬる時すてて行く。功徳の実は無量劫身につく。  
一。この世の宝は命一つも助けられぬ。若し死罪にきまったら、金を山に積んでも御免はない。功徳の実は無量の身命を助ける。一劫の間に受くる身さえも数しれぬ。  
一。この世の宝は五十年の迷の体を養い、功徳の実は未来永劫、證の体を得る実じゃ。  一。此世の宝は金持と云わるるばかり、功徳の実は凡夫が仏とならるる。  
一。この世の宝は如何なる貧人でも、心さえ嗜めば、大か小かは手にとりて見らるる。功徳の宝は六波羅蜜の行から出来る。凡夫の手では出来ぬ宝なり。      

二四二。道は信念の上にあり  
 五善五常を守りたとて、善人となれるにはあらず、一生造悪のものなり。死ぬるまで、貪瞋煩悩は絶えぬなり。この悪人を助けようの本願なり。少し身の嗜みが出来れば、はや善人になりた様な?慢の起るは、まだ己が胸の明かならぬ也。      

二四三。「無有出離之縁」  
 無有出離之縁の相。龍温云。三世の諸仏には捨てられ、仏道修行の望はなし。体は恩愛にしばらるる、心は煩悩に攻めらるる。  今日の我等、愚かな上に邪見は強く、罪造っては、せめて恥じ悲しむ思いでもあらばまだしもなれど、何とも思わず、腹立てても後悔はせず、次第に増上して何処までも堪忍してならぬ杯と云う。胸のきたなさを開けて云えば、六親の交りも出来ぬ恥かしき心なり。またそれ覆いかくすまでが煩悩なり。たとい今より一念の愛欲を起さずとも、今迄の罪を何とする。実に出離の縁あることなし。かかる私を御助の本願ぞと思えば、勇躍大歓喜なり。      

二四四。文字や言葉の穿鑿ばかりでは御慈悲は味えざる也  
 天保五年十月十日の夜なりき。或る人、師の御前に出でて、うつくしく領解を述べたれば、仰せに。  述べた口上には間違いはないが、その言葉を便にするな。言葉さえ云いならぶれば、信心を得たものとするのではないか。それでは他力回向とも、仏智より獲得せしむるとも仰せらるる所と相違する。御教化の御言葉に隙のない様になったが実の信心じゃと思うても、それでは言葉は他力でも、心が自力の執心じゃ程に。      

二四五。他力信心他力信心  
 ある時の仰せに。他力信心他力信心と聞かせて頂けば誤りはない。此方は誤りばかりなれども、如来より御與えと思われるならば、我れしらず疑いは晴れる。  またの仰せに。皆々は助けたまう御慈悲が、他力とまでは聞くけれども、信ずる信が他力とは思わぬ。それ故、ただ願いぶり、信じぶり、勤めぶりばかりに、心を引かれて難儀をするのじゃ。  又曰く。信心を得ることばかり他力のように思う故、己が心をもり立てて、とかくの計いがやまぬ。      

二四六。聞かせに来たのか  
 越後にてのことなり。ある時師の御法話終りし後、両三名の同行のうちつれて師の御前に出で、品々進上して有難い有難いと、各々領解を述ぶ。師は之を黙して聞き給いしが、みなみな退散の後傍の人を顧み給いて、  今の人等は己れに聞かせに来たのか、なにしに参っ たのじゃ。 と仰せありきと。       

二四七。厳烈なる慈誨  
 後藤祐秀、かって祖跡を巡拝して越後に至り、無為信寺に参じて師の教を受く。ある日早朝に辞して帰らんとし、船場に行きしが風ありて便船出でず。則ち再び引きかえして事の由を師に告げ、今日は一日逗留して、近きあたりの名所見物をなさんと申し上げたれば、師の曰く。名所をみること何の益あらむ、宣しく書を見るべしと。秀曰く、仰せさることながら、己に行李を理めて手に読むべき書も候わずと。師色をかえて曰く。一日読む程の書はここにもありと。則ち己が机上の書を與えられぬ。  他日祐秀、後進を誡むるに常にこの事を以ってして曰く、あの時名所を見物したとて、何の用もなさざりしが、僅々一日なれども、その読書の知識は生涯に如何ほどの利益を與えしか知れず。且つまた、彼の慈誨に感銘して多忙の時も寸隙を捨てず、読書すべきことを習いたり、と。      

二四八。思うべきを思わず、思うまじきを思う  
 この世のことには我が身を思わぬはなけれども、未来のことになると身を知らぬ也。この世のことには身を思う故、妻子も親もすてて、我身を安んぜんとするなり。未来のことには無量劫の我が身を思わぬ故、五十年の身に種々の罪を造る也。今生後生と云えば、ついしたことのように思えども、この今生が未来無量光にかけあう今生なり。      

二四九。大膽者  
 三度の食事を思いのままに食うて、未来は仏になろうと云う大膽者なり。      

二五〇。たのむ一念は如来の御成就  
 たのむ一念は如来の御成就。一念己後の相続も己が力と思うなよ。一日の称名も他力催促と思うて喜べ。そうして見れば、難有いやら、うれしいやら。其のたのむ一念が、未来ばかりのことかと思えば、現世の中から御恩の程も思い知られ、心の中は喜び多き利益を御與えなされたからは、一々の称名がみな他力催促なり。そうして見れば、親の恩も、公儀の恩も、善知識の大恩も、右をむいても左をむいても、御恩ばかりと実に喜ぶ心となる。      

二五一。親の仕事は皆子の為也  
 人のこと知れるけれども、我が身の知れぬがこの凡夫。後生の一大事も、唯人並だけは知るけれど、ほんに吾身に引き受けられた後生の大事の味も、地獄え堕ちるこの身をば、唯助けて下さるる如来の御慈悲の味も、御恩々々と口には云うて居りながら、心の中には、実の難有いうれしいになりかねるものじゃ。ここが皆凡夫の生れ付いた自性の根性、虚仮不実とはこのことじゃ。かかる心は、死ぬる迄も改まらぬ凡夫の胸故に、そこで如来の五劫の御思案の、御成就あらせられた他力回向の信心。その御回向の信心と云うは、我等が虚仮不実で仏になられる道理はない。それ故に阿弥陀如来、法藏比丘とおなりなされ、即ち永劫に心も言葉も及ばぬ永い久しいその間、乃至一念一刹那も清浄ならずと云うことなく、真実ならずと云うことなしと仰せられて、兎の毛のさきでつく程の短い間も、悪人不便、女人可愛の大悲の思い、止めさせられたこともなく、一一の誓願は衆生の為なり。一願も一行もこれも女人の為、これも悪人の為と、さながら親が子の為に働く仕事みな我が為ではない、この子にやろう、着せようの思いと同じ道理で、銘々一人々々の願行を彼方の御身に引き受けてつとめて下されたが、即ち大悲の御修行。その願行御成就なされた御相が、南無とたのむばかりで、阿弥陀仏が必ず助くるぞと、御満足の六字の名号じゃ。      

二五二。如来の御苦労を思え  
 一枚の着物も、親の拵えるには種々のひまはいれども、さあさむかろう、これ着よと出して着せる其時は、其子は手を通して貰うばかりなれど、手を通して着せるまでの親の難儀はいくばくぞ。夫から思うて見よ。各々がたのむばかりで御助けの六字の御謂れは、不可思議永劫のその間、地獄の中に無量の苦みを受けたまいて、衆生済度の為故に、その苦をこらえ忍ぶのじゃと仰せられた。  然れば我等は、すがりて信ずるばかりじゃが、助ける仏の御苦労は、血潮をしぼり、骨を砕いて御苦労じゃほどに。  その御苦労を銘々人のことに聞いて居る故、疑いが晴れられぬ。御恩が知られぬ。その御苦労が、此の私を助けるばかりの御苦労とおもい知られたならば、たのむ一念の胸の底から、疑い晴れぬ道理はない。      

二五三。助けたい、救いたいの大悲  
 見ず知らずの人や、たとい近づきでも我が身をはなれた他人なら、何ぼ我が身の為になることを云われても、もしやもしやと疑う心があろうかなれども、真実我が親の云うことは虚言じゃと思う者は一人もあるまい。この世でわづか育つる親でさえ、子をだますものはない。久遠劫より己来、助けたい救いたいの御慈悲が胸にこたえたら、銘々がうかうかと地獄え落ちはせまいかと、今日此の御座まで案じつづけになされる如来の御慈悲。左様な如来の御慈悲とは知らずして、たのむはこうじゃの、信じ心はこうじゃのと、これで助かるの助からぬのと、己が心で、はからいまわって居る故に、口に安心述べたからとて、心に往生の安心ができぬ。あら嬉しやの実の思いになられずに暮すのじゃ。      

二五四。だこう、だれかよ  
 さあだこう、だかれよと云う時に、だかれる子の方に手間はいらぬ。助けよう救うの摂取不捨の御手を延ばして、頼め頼めの勅命が、あらうれしやと疑いはれたが、頼む一念帰命の信心也。この信心さえ頂けば、五劫の御思案も、永劫の御修行も、私一人の為と思うより外はない。      

二五五。晴れた疑いは我力ではない  
 助けたい救いたいが、如来様の御慈悲じゃ。何の我等が身のふりや心のふりを眺めてまします道理はない。各々が今はすがるかすがるかと、待ちかねてまします大悲の御心が、今は我等が身に届かせられて、あら嬉しや、かかる徒者も願力の不思議とは云いながら、たったたのむ一念で、助け給うとは、あら難有やとはれた疑いは我が力ではない。如来大悲の御実が我が胸に届かせられて晴れた疑い也。それ故に皆ここをよく思われよ。信心と云うは、信とは疑う心なきなりとも仰せられ、何に疑いが晴れられるならば、わが往生ははや如来の方に定め給うと疑い晴れる也。  誠に如来の仰せが、身に知られて見れば、何の苦労もなく造作もなく、如来の大悲、久遠劫来思いづめの御心は、唯助けたいが如来の御心じゃ。されども吾々が逃げまわる間は、仏の済度の手がつきてあったが、今善知識のご化導が我身上に至り届いて、あやまりはてて聴聞すれば、今までは、吾々の方から願うのじゃと思うたが、誠の信心を得て思えば、偶々信を得ば遠く宿縁を喜べ、此世ばかりに非ず、世々生々の如来の御慈悲じゃ。それが人間に出でてより、如来のかたに聞せたいの御慈悲の思い、今までは、いやいやながら我が足を運ぶと思うたが、これがやはり我慢であった。一寸御前に出たまでが、如来のしろしめすと思われたら、何の造作はない。如来様は助け下さるるので御喜び、我等は助ったことの嬉しやと喜ぶ身になり、極楽に往生する程は、吾に回向の信心一つなり。      

二五六。疑うは大事がかかれば也  
 疑うがもっともなり。皆疑わぬ疑わぬと云うて居るは、後生を願わぬから、それですむと思う故也。即ち心の底から大事がかかれば疑うはづ也。  丘つづきを行く道中は、どれほど難義でも、さほどに案じる心はない。大海に乗船の時は、天気はよかろうと云われても、又かわることもあるまいか、後に風が出て来はせまいかと、いろいろ案じ気がおこる。何故なれば、丘行く者はあぶなげないゆえに何も思わぬ。乗船する時は一枚の板の下は大海ゆえ、大事で大事で案じられる。  いわんや、今度の後生の一大事は生死の大海なり。生死の大海一つ間違えば、地獄の底え沈む故、銘々大事がかかれば疑う筈也。それをいかに案じても、凡夫の力では晴れられぬ故に、よくきけよくきけと宣う也。よくきけとは、六字の謂れをよくきけと宣う也。      

二五七。まいる浄土、助かる六字  
 たのむものを助くるというが、六字の謂れ也。南無は帰命也。勅命に順い、凡夫のはからいを捨てるの也。すがるものを助くるとあるが、阿弥陀仏の謂れ也。  これ位のことは知らぬ者はなし。かかる謂れは聞いて居る心持、助けて貰うつもりなれども、又元の地獄え行くかと案じ思う心は、こちらは助かりたいなれども、如来様はいかがであらうと云う心也。  銘々の方から願うて如来様が願たて給うたか、こちらが願うたが故に願たて給うたか。左様な如来様ならば骨折って頼まねばならぬ。骨折ってたのまねば、助け給う筈はない。そうなれば、障り重く罪ふかき身の上じゃもの、大底ではゆかぬ。ゆかぬところが弥陀は、銘々どこに苦しみ沈んで居たやら、どこに迷うて居たやら知れぬ者を、どこまでも助けたいと、終に思惟成就して、それから永劫の間、身代りに修行して下され、まいる浄土もでき、助かる六字の名号もでき、何もかも成就して、悪人女人我が浄土を願いさえすりや、まいれるほどに、弥陀成仏のこのかたは今に十劫をへたまえり、十劫の昔に正覚成就なされた。      

二五八。逆公事  
 御流汲みたる者は、弥陀の本願に御縁ありて、聞く身にして下され、願う機にして下されたこと、必らず我力と思うべからず、弥陀の御力也。かくまで如来の御育てにあづかり居れば、願うたが如来は御たすけであらうかあるまいかと思うは、逆公事と云うものなり。こちらが云うべきを、向うから云いかくるは逆公事也。弥陀はいかが眺め給う。弥陀はこれほど念力盡し、なぜ信ぜぬなぜ信ぜぬと、やるせはなきなり。然れば我等は、とやかく迷うには及ばぬ。弥陀の方から、頼むものを助くるとよび給う也。助かりたいの心をおこす故、助かるに非ず。助けたいが行き届いて助かるの也。こちらから願うて出来たにあらず。如来のたのめたのめの勅命に疑い晴れるの也。嬉しや嬉しやと、よくよく思い知られ、如来の御念力が我が胸に届き、さても勿体なや勿体なや、かくして見れば、浄土まいりは明かになる也。      

二五九。しみじみ御慈悲を味え  
 己が病は、人の呑んだ薬ではなおらぬ。薬を目に前に並べておいて、見たばかりでも病はなおらぬ。その薬の効能はかようかうように勝れてあると、薬の効能を知りわけても、呑まぬ薬で病は治らぬ。  ややもすると、僧分にも同行にも、仏法と云えばただ法義の道理理屈ばかり知りわけて、己が胸に我が後生の大事が思われて、真実南無阿弥陀仏の薬をば、我が胸え呑みこまぬたぐいが多き故、口に云わすれば皆悉く法の道理、安心の道理は明かなれど、呑まぬ印には我が胸の病がなおらぬ。  其の病とは、第一の病が胸の内の疑いの病、其の疑いというが直ちに無明の病、この無明の業障によりて我々が流転する故、『御文』には、無明業障の恐ろしき病じゃと仰せらるる。その無明業障の恐ろしき病が根本となりて、我々が身口意何もかも、実に仏法の道理とは相違することになりゆくは、源みな無明業障のなしわざ也。  喩えば、腹の中に恐ろしき病あるゆえ、それゆえ、目がかすみ、耳はきこえず、手足も用きかねる。末で云えば、耳目手足の病なようなれども、しかと医者が脈見て、考えた所では、みな腹中の病の所為也。自ら気もうつうついたし、どうにも勇ましうなきが病の印也。かかる病をば、その病に応ずる薬を與えられて、よくよく薬を呑んで、正しく病のよくなった所では、手前の心持が病気の時と快気の時と、同じ心持ではない。目のかすみも晴れ、手足も達者になり、気もすこやかに、晴々しくなったは、病のなおりた印なり。何も身も心も昔にかわらねば、病のなおりたに非ず。  思うて見るべし。銘々が、無明業障の病によりて、浄土まいりがしかしかとおもわれぬ。たのむいわれも信ずるいわれも、随分きいて、わけはわかり、如来の御慈悲の趣きも何から何まできけば尊いというまでは、残らず呑みこんで居れども、畢竟いえば、薬の能書覚えた心持也。往生一定御助け治定と口では云えども、心中は今死んでもよいとは思われぬ。いかさま今少しありがとうならねばならぬことなれども、死ぬるまでの間には、ありがとうなられよう。もはや如来の慈悲あるからは、よもや捨てたまいはせまいと、手前から唯おしつけるばかりで、いろいろと思うて居る分斉。善知識の信心決定せよと教えて下されたとは、大違いな我が胸になって居るのは、皆これ銘々おいわれを聞けども、ただ人並みにきいて居る故に、人の呑んだ薬で自分の病の治らぬ如く、薬を見たばかりでは病の治らぬ如く、ほんに一大事の後生と聞いて、南無とたのむ衆生が御助けにあづかりて、やれ嬉しや往生一定と思う心になられぬのは、みな無明業障の病の根がきれぬ故也。      

二六〇。如来のまことに丸められたる信心  
 それならば、その南無阿弥陀仏をば、いかがして信ずれば心の底の暗がはれ、疑いの病が治るぞというに自余の聖道門の教なれば、我と我が心を磨き顕わしてこの虚言偽りばかりの腹の中を、いかようにしても、かわらぬ所の実物にしあげねば、我れと信心をおこして仏の證を求むるとは云われぬ。それ故に、一世や二世で仏になる信心が、中々こりかたまるものに非ず。十信一万劫の間かかり給う也。生れかわり死にかわり、生々世々、難行苦行を勤めねば、我が信心は堅まらぬ左様にして信心がおこらせられた処で、初めて仏になる大菩提心がおこらせられた。それより修行し給う所が、三阿僧祇という永々の御苦労也。それ故、銘々なんぼ百年千年晝夜に身をこらしたとて、中々この胸に実の心は起らぬ也。  それはそのはづ也。世間の間で云う時は、親の子を思う実と、夫婦の恩愛の実と、これほど手づよきはなけれども、その親の実さえ、我が身の難儀になり、我が身のたたぬことになると、我が子も捨ててしまうと云うように、やぶれてしまう凡夫。いわんや夫婦の実も心に叶う間は実あれども、我心に叶わぬ事になると、怨み妬みの心を起す。世間眼前の知れた事さえ爾り。いわんや仏になりたいなどの念願、我々実の心のできよう道程なし。然る処、この法藏比丘が、我等虚仮不実の心を見抜き、千劫万劫、無量劫盡未来際かかりても、悪人女人の実の心を起して、仏になるなどはできぬことぞと、ながめたまいて、そこで、この我々の実心がなければ、仏の證は開かれぬ、浄土の往生遂ぐるという事はならぬ。我々には実の心は起されぬ。そこで助けようとすれば助からず、捨てようとなさるれば、己に諸仏にも見捨てられて、永く成仏の期のない銘々なれば、三界六道の迷、地獄は決定まぬがるる事はならぬ。又たまたま、人間天上の善を修して生るる事あれども、爪の上の土の如く、三悪道え堕つる者は大地の土の如く也。  かような我等が、三途の苦を眺め給いて、この三悪道の苦を抜いてやりたいと思召て、法蔵比丘の御苦労はなるべき事の思案に非ず。ならぬ事をどうしようどうしようと思案し給うが、五劫が間の御工夫。所詮悪人女人が、我が心の中からして実の心は起されまいによりて、身替りに弥陀が願行をつとめ、即ち実の心を成就してその成就した南無阿弥陀仏を與えて仏にしようと願い給いた、ここが法藏比丘の願心なり。  それ故、銘々決定し奉る信心というは、凡夫がたのむの、すがるのと、かりそめな心が信心とは思うべからず。かねて助けると、御成就の久遠劫来の如来の御実が聞其名号信心歓喜と、六字の謂れが聞き開かれた一念に與え給う実の心が、信心也と宣う。そこで『御文』の中に、「信心と云える二字をばまことの心とよめる也。まことの心というは、行者のわろき自力の心にては助からず。如来の他力のよき御心にて助かるが故に、まことの心也」と仰せらるるが、常々の他力の信心というがこのこと也。  口には、他力の信心と皆が云うては居れども、我が落ちつく胸はきまらずに居て、そして助けて貰う事ばかり如来の他力と思うて居る故、そこで助かることばかりが他力で、我が胸が回向の他力の信に非ざる故、そこで口に云う所と心の中と似合わぬ。これでよいやら、わるいやらと案じ労らう也。      

二六一。助からぬと驚く者は助かる也  
 盗人が藏の壁を切り破りて、金を懐の中におさめ、やれ嬉しやと思うけれども、見付けらるると首切らるるにちがいなき故、破ったところでにこにこと寝て居る盗人はない。また追剥などが人を殺し金を取りて、その殺した所にいつまでも休んでは居られまい。罪を罪と知れば逃げねばならぬ。それを何とも思わず、ぐづぐづして居れば縄かけらるる。よって、うろついては居られぬ也。  銘々罪造りて何とも思わぬは、何故なれば因果の道理を知らぬが故也。それ故極楽参りは、如来の慈悲で唯参らるるように思い、参りたい心なき故、徒に暮して月日を送るはこれ常の人の習じゃぞと、蓮如上人はしかり給う。これが即ち邪見の姿。銘々罪持ちながら何とも思わぬは、邪見なる故、うかうかと暮す也。もしや邪見が破れて、このままで地獄の火の坑え沈まねばならぬと聞いたならば、願わずには居られぬ。聞かせる事ならぬとあればとて、聞かずに居られようか。それ故邪見我慢がやぶれて、仏になりたい心になりたならばたとい火の中分けてなりとも、聞けと宣う如来の教誡也。  ?慢と云うは、少しばかりわかると、これでこちらはよいと、呑み込みあきらめるが?慢也。これにも、いろいろあれども、我心得顔は?慢也。この?慢は愚な者よりも、僧分や頭同行に多くある也。実の法が信ぜられぬ故、そこで邪見?慢の者は信ずること難しとありて、十悪五逆の罪人でも、助ける弥陀の本願なれば、罪はいかほど深くとも、煩悩悪業はあらうとも、苦にせぬけれども、?慢邪見では、この名号の謂れが聞かれぬとある。善知識の御教化に打ちたたかれて聴聞して見れば、初めて如来の御慈悲の御苦労は、人の為に非ず、この私を助けん為に、五劫の御思惟、兆載永劫の御修行じゃと聞かれて見れば、南無とたのむものを助けると仰せらるるも、よその衆生を助けるとあるにあらず、此の私を助けたいの南無阿弥陀仏と、いよいよ六字の謂れが聞かるるは、己が力に非ず。聞其名号信心歓喜と仰せらるる、如来の御慈悲が聞かれて見れば、ああ嬉しや、地獄より行き方のなき者が、たのむ一念にお助けとは、ありがたいと信心の得られたは、邪見が破ぶれ、?慢がつぶれた故也。  よくきけば如来の御苦労御成就の南無阿弥陀仏のおいわれが、行き届いた信心ゆえ、信心の体が直ちに南無阿弥陀仏、信心とて六字の外なし。やれうれしや、今までどうしたならば、実の信になるであらうと、手前からきめておったゆえ疑いは晴れなんだ。まるまる南無阿弥陀仏の回向で助かる也。      

二六二。親の恩を知りて仏の恩も味わるる也  
 主人父兄の恩、国恩あればこそ、この世に安穏に暮して居れる。その恩も知らぬ者が、未来の因果は分らぬはず也。未来仏になる因果が明かになれば、おのづから親には孝、主人には忠に、よく敬う心がおこる也。      

二六三。宝を納めた箱を大切にせよ  
 大切な宝を納めるには、箱やふくさを大切にいたし、その宝を盗まれまい、焼かれまいとて藏に納める。そうして、その藏を、また大切にするのがあたりまい也。  今もそのように、この身体は、信心の宝を納める箱ぢゃほどに、この身を大切にして、念仏の行者に不似合な事をせぬようにと戒められて、『御文』には王法仁義をよく守れと仰せられてある。      

二六四。甘い親、慎み深い子  
 悪い子を持った親は、折檻しても折檻してもきかぬ。そこでわきから、あのような悪事をするものは、いかに親なればとて、内におくはわるい、勘当してしまえばよいに、物は食わせず折檻すればよいにと、がやがや云うて、親の心を推量してくれず、親までも悪く云いなす。  今もその通り、我等凡夫が、あまり御慈悲にあまえて、放逸に暮すと、悪人凡夫を助けるとある本願があますぎるから、あのような悪い事をすると、我等の悪いのが、親様や祖師善知識の悪いようになるから、あくまでも、身の行いを慎んで行かねばならぬ。これが掟を守ると云うことじゃ。      

二六五。ありのままの愚者になりて聞け  
 酢を入れた器の中え、洗いもせずに酒を入れる時は器の酢の味で酒の味までかわる。実の酒をつぐには、酢を入れた器なればよく洗うて使わねば、実の味の酒は受けられぬ。  善知識の、実の御化導を知らぬではなけれども、己が我慢や、?慢や、放逸や、懈怠やらの、己が自性の酢の中え、善知識の御化導を我が胸の計いで聞く故に、実の法の味は知れぬ。これは仏法ばかりではない。世間の教でも、我心を空うして教を受けよと仰せられた。手前の心に随うて聞く教は、みな教の道理が違うてくる。  実に聞くはどう聞くと云えば、そこを教え給いて、この度浄土へまいるのは、信心一つ也。この信心は名号を聞くより起る信心。その名号を説いて聞かするは、誰人なれば、十方諸仏皆共讃嘆と、釈迦如来を始めとして、仏様方の御慈悲のお勧めじゃ。これを聞く者は誰じゃと云えば、智者も善人も撰びはなけれども、智者や善人は未だ余の教でも助かる道理もあるが、余の教で助かるてだてのつきたこの悪人女人、地獄行のこの徒者が御相手也。然れば我身が善人になりて聞くにあらず、智者になりて聞くにもあらず。今日この座え出たありのまま、愚者のままで、説いて聞かせて下さるる。銘々のありのままの愚者になり、実に罪の深い者と気がつけば、実の教が受けらるるけれども、教えられても教えられても、地獄が恐ろしいとも、極楽へまいりたいとも思わぬ。しかのみならず、罪ありながら地獄に堕つるとも思わず。信も得ずして浄土へまいると云うような、因果をやぶる邪見の胸。それのみならず、我れ知り顔の?慢を起して、御法を聞けば、どれほど聞かせて貰うとも、いつも知れた事を聞くような、軽蔑の思いで法を聞く。かような根性で聞くゆえ、受けられぬのじゃ。御慈悲の尊さが思わるる筈はない。      

二六六。渇仰して聞け  
 御法の聞きようを、渇仰の首をたれて聞けと仰せらる。渇仰するというは、渇して水を思う如くと云う事で、同じ水なれども、咽喉の渇かぬのに呑む水は、一口ではやいやになる。渇いてどうしようどうしようという処え呑む水は、その味のうまさ、飲んでも飲んでもあかぬ。水にかわりはなけれども、渇して飲むと渇せずに飲むとは大違い也。  我身も地獄に落つるとは思わず、さのみ極楽にまいりたいとも思わずに、聴聞するのは、渇せずに水を飲むが如く、よくよく聴聞して見れば、命は危し罪は重し、危いことを喩えては、薄氷をふむ如く、薄い氷を渡るほど危いことはない。我々がこうして居るが三悪道の火の坑の上、薄氷をふむ如く、いま息切るれば捨つる身の上と思えば、片時も急げと仰せらるる御言葉じゃ。      

二六七。助けたまえ  
 南無の二字は助け給えと思う心也。助け給えと云うことは、世間でも分別思案の出来ることには、助けて下されとは云わぬ。我が思案工夫の出来ぬことは、助けてくれと云うより外なし。然れば銘々弥陀をたのめたのめの勅命は、我が分別、我が力で行くことを助けるにあらず。汝等が知恵も力も及ばぬ一大事の後生、諸仏の捨てたまう悪人女人を助けるばかりに、この弥陀が五劫の間艱難したは、汝等を助くるばかりの思案也。兆載永劫の修行をしたも、その方が助からぬ未来の大事を、助けるためばかりの永劫の修行じゃほどに。  弥陀という正覚を取ったのは、悪人女人を助ける為ばかりである。助かるてだてがあるなれば、五劫永劫の思惟修行はせぬ。ただ汝等を助くるばかりの難行苦行。それじゃによりて、南無とたのむというも、汝等が思案工夫を廻らして、たのむこととは思うな。雑行雑修も力盡き果てて悪道え沈む徒者が、この名号の謂れを聞けば、造作なく弥陀の念力が届いた時、己を忘れて、やれありがたや弥陀の大願力の御不思議ぞと、おもいとる一念に、はや弥陀は摂取すると教え給うが六字の謂れ也。  こう聴聞して見られよ。浄土真宗の教は、道理々屈で云い、或いはなづみあらそう訳はない。助けるとある仰せに、凡夫の計らいはいらぬ、助け給えとすがるばかり。それなれば、我が覚えありて云わねばならぬのかと思えば、云うの云はぬの、おもうの思わぬのと、思案分別も入らぬ。地獄に堕つる、悪道に堕ちねばならぬものを、ありがたい御助と引受けられたならば、そのまま助けたまえとすがるばかり。それならば銘々聞くのに難儀なことはない。これでは助かろうか助けられまいかの、これほどありがたい故御助けにまちがいあるまいと思うたり、又かようなあさましい心では助かるまいと思うたり、弥陀の手元は慈悲深くとも、自分はこれに離れるようにも思うは、まちがい也。  泥の中え落ちた子を、抱きあげるのに、助けたならば、忝いと思うであらうと思うて、抱きあげる親はない。子は逃げんとしても、親は之を追うて助ける也。御慈悲の親様が、我々を助けたまうが此の通り也。      

二六八。未来を知らざれば現在の徳は修まらず  
 火を消すものは水なれば、水かけて火の消えぬ道理はなけれども、火の勢力がつよいと、中々一桶や二桶の水では消えぬ。尚また消されたと思うても、底に火の勢力盛んなれば、いつの間にやら元の火になる。それゆえ、とくと消してしまわねば、何の所詮もなき事になる。  今また然り。御化導の水を注ぎかけらるれば、我慢や邪見の火が消えぬではなけれども、元の自性がつよい故に、とっくり根底まで改まらぬと、いつの間にやら元の我慢を募るようになり、ただ浮世の事におしまくるやになり、未来の大事を忘れてしまう。未来を忘れるからは、自から此世の罪を何とも思わぬ。親に不孝をしようとも、或は人に義理を失うとも、何とも思わぬは、皆未来を忘るる故のこと也。  未来の大事が知らるるならば、この世の行いは自然とおさまる也。      

二六九。浄土まいりの願いは如来の願い也  
 片輪の子を、親がよくしてやりたいと思い、神仏に祈りその子の為に難儀して、どうしようこうしようと思案するのは、生れ子のたのんだに非ず。親の可愛さ故、子の知らぬ願いを立つる。今も然り。我等は五逆十悪の片輪者。煩悩具足の徒者、助かりたいの願いも分らぬ我々が、身の上を助けたいの御思案は、親が片輪子をだきあげ、どうしようこうしようと同じこと。五劫が間かんたんくだき、やすやすまいらせようの四十八願故に、其の願行の成就した所が今の南無阿弥陀仏。銘々我々の浄土へまいる道理のできた所が、南無とたのめば、やすやす参らせるの六字成就也。その訳をよく聞き合ければ、今までは他力他力と云いながら、たのむはこの方から骨折り願わねば、仏の心に叶うまいと、仏は助け給うばかりと思うた所が、助かる四字ばかりにあらず、たのむ帰命の南無までが願力成就なり。  我々がたのまれぬ願われぬことを、あなたの方で、南無とたのめ、阿弥陀仏と助くるぞと、たのむ心まで成就し給う。そこで、我々のたのむ一念に信楽を獲得することは、如来選択の願心より発起せしむるもの也と仰せられたれば、この信心は誰が心から起るぞと云えば、遠くは法藏菩薩の願心より起る。この悪人を一度は御助け願わせずはおくまい、地獄の底に居る時から、極楽の楽しみを得させずばおかぬと思召して、如来選択の願心より起ると祖師は宣う也。      

二七〇。信は聞思に局る  
 江州長浜御坊にて或る人に対せられて、  後生大事になると、念仏申す所までは行けるが、それから先きえは、中々容易に行かれぬ。 と仰せられける。然らば如何致すべきや、と尋ね上げたれば、  心にかけて聞き聞きすると、御慈悲から、きっと聞 きつけて下さるる程に。 との仰せなりき。      

二七一。御恩を忘れぬよう  
 伏見の僧勝因、常に念仏しけるが、ある時師に見えて、私は常に称名が怠りがちて御座ります、如何いたしましょう、と申し上げたれば、汝の申す念仏は、自力にてはなきかや。いや今すこし考えておこう。 との仰せなり。数日を経て伺候しけるに、  何日ぞや、考えておこうと申したが、念仏を怠るま いと用心するより、御恩を忘れぬように心がけたがよい。 との教示なりき。      

二七二。仏と向いおうた時  
 我が身の一大事を脇えのけて、隣の子の死んだような思いで聞く故、聞けば聞くほど、?慢やら物知りやら邪見やら、脇道えばかり逸れたがる。まことにとりつめて大事になれば、間髪を入れぬ間に、真直に引きうけられて、さて其の上は御慈悲にふりむいて、ただほれぼれと相続が出来る也。      

二七三。知らぬが当然なり  
 迷いの凡夫が證りの道知らぬのが、何で恥であろう。この年になって、今この疑いが出たの、誤りがあるのと云えば、恥ずかしいなどと云う我慢はいらぬ。商人が商法を知らず、女が裁縫を知らぬのなら、我が職分を知らぬのじゃが、迷いの凡夫が證りの道知らぬは当りまえじゃもの。どんなこと聞いても恥ではない。何でもかまわず聞くがよい。      

二七四。帰命とは疑いはるること也    
懸鼓庵問うて曰く。一念帰命のところ如何に候や。 師曰く。一念帰命とは疑い晴るるばかりなり。  問う。なにに疑いはるるにて候や。師曰く。本願の不思議に疑いはるる也。  また問う。其の不思議とは如何。仰せに。助かるまじきものを不思議の本願で助けたまうことを、不思議とは申すなり。  懸鼓庵問うて曰く。それを目的にして信ずるか。師の曰く。そうじゃ。      

二七五。いよいよ喜べ  
 同じ金なれども、福人に與えると貧人に與えると、喜ぶ心が格別なり。凡夫じゃによりて喜ばれぬではない、凡夫ゆえ喜ばねばならぬ也。      

二七六。他人と思えば遠慮もいろう  
 『大経』にのたまはく、「仏の言わく、我れ汝等諸天人民を哀愍すること、父母の子を念うよりも甚だし」と。みなみなが後生をまことに願わず、また疑いの晴れぬのは、意の底を尋ねれば、皆如来を真実の親と思わぬため也。      

二七七。先づ我が身を慎むこと  
 『論語』の中に、人は其の令ずる所に従わずして、その行う所に従うともいましめ、また昔はその言を聞いてその行を信じ、今はその言を聞いてその行を見るともありて、古の人の心の直き頃は、その言葉さえ正しければ、それを聞いて身の行いまで信じたけれども、段々世が末となりては、己が心のひがめるままに、人の正しき言葉を聞いても、直に之を信ずるものはない。それで道を説く人の身の行いを、陰からすかして見て、穴はなきか落度はなきかと伺うている時節ゆえ、少しでも其の行いが欠けてあっては、中々その言葉を信ずべきようはない。然れば不法義の家内に法義をすすめたいならば、仏法につけ王法につけ、何処までも身の行いを慎まねばならぬ。これを『論語』には、「君子は己に厚くして薄く人を責む」と教え、『出曜経』には「必ず先づ己を正くして、而して後人を正せ」と説かれてある。      

二七八。頼ませて頼まれ給う仏  
 頼め助けようとのたまうは、たのまぬ先に助かるように御成就の南無阿弥陀仏。爾れば頼んだら助かられようか、また助かるまいかの分別のある筈はない。たのめば早や助かるの勅命なり。  (香山院師之にそえて曰く。たのむ一念の時、御助けに間違いのない心までもらうから、一念の信が直に南無阿弥陀仏。必ず助けるぞよの御心の聞こえたのなれば、助けたまえでのうて何としょう。たのむ心を與えさせられて、たのめたのめとのたまうを頼むなり。往生一定のこころ也。疑いはれた一念也。)  またの仰せに曰く。我等の心はかわる心故、如来様がすがる南無の二字まで御成就也。如来の心で如来えすがる故、機法一体也。      

二七九。いやでも引きよせられる  
 助かりたいと思う我等の心は疎なれども、助けたいの大悲の念力に引きよせられて、必ず必ず疑いは晴るるほどに。危げなく此世を暮し、御称名を励まっしやれ。      

二八〇。おさめ、たすけ、すくう  
 仰せに。どこにか腰ぬけがあるとみえて、阿弥陀の三字を、おさめ、たすけ、すくうと読むとある。機の造作をはなれて、ただ大悲のまことを仰ぐばかりじゃ。      

二八一。越中のせん女  
 越中のおせんと云える女、名高き取持同行なれども、度々御法王の褒美に預りたるに心たかぶり、如何なる学者僧侶をも伴友達の如くせり。香樹院師が豊崎別院え御下向の時、伴の女御居間に出でて、私は越中のせんで御座りますと申し上ぐ。師その時御聖教御披覽の最中なりしが、則ち御聖教を閉じ御眼鏡を外して席を直し、  なに、センでもセンでも。 と高音にて仰せながら、はたと白眼み給いぬ。せん女一言の下に恐れ入り、それより身の謹みも深く、床しき同行となりしと。      

二八二。読書法    
 師曰く。信心を得るには、あれこれと、種々の書をよまずともよい、懇ろに読むなら、『御文』一通でも必ず信は得られる程に。  其時、秀存曰く。然らば、我は疫癘の『御文』にて信を得て、往生を遂げしめ給わんことを決択せん、と。      

二八三。聞  
 浄土真宗の法門は、聞の一字をもって他力をあらわし給うなり。  弥勒に先立ちて成仏するは、聞の一字にあり。  『大経』に「聞其名号」とあるは、凡夫の知恵や分別にて聞きわける聞にあらず。我れ知りわけ聞きわけたるを聞いたるように思う故、増上慢を起すなり。  因縁さえあれば五つ六つの子供でも、聞きわけらるるが浄土真宗の御法なり。  信心を得たるものは却って聞きたく思えども、うかうかして居るものは早や心得顔になりて居る也。  信心は体の如く、聴聞は食物の如く、称名念仏は息の如し。  右、時々仰せられき。      

二八四。冷暖自知  
 江州の嘉右衛門、田植えの最中にし切りに後生を苦にし、田の仕事も打ちすてて伊勢国御巡回先え馳せ参じ、一言の御教示を蒙りたしと願いしに、  急げばまわれと云うことがあるぞよ。 との仰せなりき。其の後ある時、恐れながら信心の得られし味を尋ね申したれば、師暫くして仰せに。  得て見やれ、その味は知れる程に。      

二八五。欲、慢  
 在家は貪欲にて後生を誤り、出家はきょう慢にて後生を損ず。      

二八六。幾度も聞くべし  
 濃州竹鼻専福寺にての御法話に。  仏法ばかりにあらず、医者の薬でも大病ならば一服や二服では治らぬ。たてかけたてかけ呑まねば病はなおらぬ。呑んでさえつい治らぬに、薬もらうたなりで呑まずに棚に置いては、治る道理はない。座を重ねて聴聞するが肝要也。  知らぬ道を、こう行けそう行けと云われても分らぬが、手を引き案内する人について行けば行かれる也。      

二八七。悪人は悪人と知るが正直也  
 兎角ものは正直でなければならぬ。正直と云うは、悪いものを悪いと知り、善いものを善いと思うていることじゃ。乞食がよい顔して人の軒に立っていたとて、誰れも物をやるものはない。哀れなは哀れなようにあやまって貰はねばならぬ。又貧乏なら貧乏なように暮し方をつめ、儉約して人の二人前もはたらけば、それは正直と云うものじゃ。それに借金して貧乏なことかくして愈々奢るもの故に、ついに人様を倒さねばならぬ。今も善知識が、その方どもは三世諸仏にすてられた悪人じゃ程にと仰せられても、心の底から真実に悪人じゃと思わぬ。ほんに悪人じゃと思えば、腹立ててもやれやれとあやまる気になれども、悪人と思わぬ故に、腹立てたのに理屈をつけていろいろと悪業をます。ここが参りやすい極楽へ往生する人のない證拠じゃ。  聖人蓮師の御時代の衆は今よりは余程人が正直であったもの故、悪人じゃと仰せらるると、ほんに悪人と思いこんで、助けて頂く嬉しさに身のたしなみが出来た。今のものは善知識がどのようなことを云われても、 勝手のよいことばかり彼尊の仰せにまかせて、少しでも身の勝手にならぬことはたしなむまいとする。      

二八八。出羽の僧侶に対せられて  
 或る年、本山差し向いによりて出羽え御下向ありし時、その地の僧侶、本山調達金の御下を願えども返済なきを憤り、御教示の席え参集するものなし。師は強いて之を招き給い、御自身の金子二百両を出されての仰せに。御本山におかせられても御逼迫の折柄なればこそ、調達金の御依頼もありしなれ。然るにその御返済が滞ればとて、末寺の身を以って御本廟に恨みを懐き、剰え御教示をも聴聞致さぬとは以っての外の誤りなり。なおまた緇銖の利を争うは在俗のこと也、解脱幢相の袈裟を纏う僧侶の口にすべきことに非らず。予いま御本山に代りてここに金子を返却す。これにて不平を晴さるべし。さりながらこの金子は、予が虚受信施の大罪を犯して得たるものなれば、いまク等にこの金子と共に虚受信施の罪をも併せ譲らむ。まことに虚受信施は五逆に等しき罪なれば、この金子を受けたるままにして信心を決定せられずば、恐らくは未来無間の地獄へ堕ち給うべし。畏るべし畏るべし。よくよく聴聞して信心決定せられよ、と墾に論されけり。ここに人々道念頓に生じて深く慚愧せりと。      

二八九。仏を思う心は、我を思う仏の心の届かせられたる也  
 如何なる大悲の恵みで、私のようなものが聞く気になり願う心になったやらと思えば、よく思えば願いそうな聞きそうな心でもなきものが、かく聞く気になり願う心になったのは、全く如来の大悲の御力なり。  日輪に如何なる御徳があるかは知らねども、安穏にして暮すはみな日の力なり。一切草木の葉一枚まで、みな日の力によらぬものなし。光明名号の御慈悲で御助けと信ぜられたは、我が胸より出でしにあらず、全く光明名号の力なり。      

二九〇。まかせた身に行く先の穿鑿はいらぬ  
 江州神崎郡のおとみ、師の御病中に伺いければ、仰せに。  おとみ、聞こえたか。 と。おとみ申し上ぐるよう。私は領解も何も御座りませぬ、行くさき真暗で御座ります。師の仰せに曰く。  暗いなりで、つれて行って下さるる御慈悲があるぞや。おれは先へ行って待っている程に。      

二九一。ただ聞くばかりと喜べ    
 願力無窮にましませば、罪業深重もおもからず。   仏智無辺にましませば、散乱放逸もすてられず。  一生罪を造れども障りになるとも仰せられぬ。思い切って罪の沙汰無益なり。十方浄土中、唯有一乗法、無二亦無三。聖道の人々は一衣一鉢の身となりて、生々世々難行苦行してさえ悟られぬ悟られぬと歎き給うに、この私は愛妻愛子の我がままながら、心つくして聞くばかりで往生すると思わば、今日より仏法三昧になるべし。三昧とは、それに心を止めて余のことを思わぬこと。余人のよしあしを心にかけず、我が後生ばかり安堵せば、この世ばかりにあらず無量劫の本懐満足なり。      

二九二。もしやもしやと思いながらに  
 江州の了信、師の御枕許に来りて申し上ぐるよう。私は御前え上りましても同行衆の中でも、口では立派に調子合わして喜んではおりますが、もしやもしや心底が違うては一大事じゃと云う心配が御座ります。これは如何致しましたらよろしう御座りませう。  仰せに。それが信相続の相じゃ。  難有う御座ります、左様なればこれながらで往生させて貰います。  師曰く。往生に間近くなれば、それもないようになる程に。      

二九三。夢     
 夢やゆめうちかさなれる夢のみぞ  さめしうつつも夢の世のなか。      

二九四。信心も安心もなし、ただ御助け一つ也  
 安政四年八月十日、了信、師の御病気御伺いのため参上して御枕許に手をつきければ、  師曰く。どうじゃ、どうした。  信曰く。私はこれまで持ちならべて居りました信心も安心も、今は何処えかいって仕舞いまして、ただもう御喚び声一つが、杖とも力とも憑みきって居るばかりで御座ります。  仰せに。それが仕おおせたのじゃ。  信曰く。難有う御座ります。年久しく御化導を蒙りまして、何とも御礼の申し上げようも御座りませぬに、今日までは唯口先ばかりで申し上げて、御胸をいためましたは、仏智回向の御なしわざと云うことが、知られませぬからで御座りました。  師の仰せに。もう仏智回向がすめたか。それがすめぬ故久遠劫より迷うているのじゃ。それでもうよいと云うて、捨てておくのではない。聞いては喜び聞いては喜びして居るのじゃ程に。      

二九五。常に驚き常に仰ぐ  
 同年十二月三日、了信、御枕許にて申し上ぐるよう。先年長浜にての御聞かせ、あら恐ろしや恐ろしやあら嬉しや嬉しやの思いの起らぬは、無宿善じゃとの御意で御座りましたが、今私もようよう其処えとどかせて頂きました。これは私が罪造りながら知らずにいることを、御知らせ下さるることで御座りますか。  仰せに。そうじゃ。凡夫と云うものは生れ落ちるから死ぬるまで、三塗の業より外に仕事はせず、毛のさき程も身を知らずに居るが凡夫じゃ。  申し上げて曰く。有難う御座ります。善知識様の御化導によりまして、火の坑の上の綱渡りは、私が日々の所作と思い知らせて頂き、あら恐ろしや、かかるありさま見込んでの御呼びかけとは、あら嬉しや、国に一人郡に一人の仕合せものと喜びまする。      

二九六。不思議  
 同月二十七日、秀存師、師の病床をたづねられたれば。  仰せに。誰れにも人に尋ねずに、唯だまって念仏を申しなされ。  存曰く。左様ならば、ただ御不思議におまかせ申して、念仏を称える計りで御座りますか。  師曰く。不思議と云えば、今まで命ながらえたのがはや不思議じゃ程に。      

二九七。同行の御暇乞い  
 ある人御暇乞いにまいり、此世ではこれが御暇乞いで御座ります、今度は御浄土で御目にかからして頂きましょうと申し上げたれば、師は態と聞かぬさまをなし、フーンとの御一言にて、顔をそむけられける。  また或る人伺いたれば、  からだの暇乞いに来たか、心の暇乞いに来たか。体の暇乞いは致すが、心の暇乞いは蓮臺に手をかけるまでは致さぬ。 と仰せられぬ。      

二九八。楽々と仏になる  
 五年正月十日参上したれば、もはや終焉ほど近くなり給いしと承り、御枕許にて御顔を見守りまいらせて居たれば、御側におりし長五郎が、  此人は江州の了信で御座ります。 と申し上げぬ。その時師は御口の中にてかすかに、  昔は命にかけて御求めなされた仏法を、今は楽々と足手を運ぶばかりで、我が身が仏になることをきくのなれば、よくよく聞いて帰られよ。 との仰せなりき。      

二九九。臨末の御教誨  
 聞いて楽しむ身の上が、云うを手柄にするぞおかしき。云わぬを手柄と思うなよ。聞き得たままを繕ろわず云うて、なおしてもらえかし。聞いて覚えて、云うことに骨折る人ぞあわれなれ。聞きうることぞ大事也。聞き得た上の楽しみは、拙き言葉ありながら胸のありだけ語りあい、御慈悲喜ぶたのしさは、覚えた人は味しらず。忘れとうても忘られぬは如来をたのむ心也。      

三〇〇。御遺言  
 安政五年正月二十三日、師京都に於て寂したまう。寿八十有七。御遺言に曰く。   人間に生れぬる大事は、ただ後生の一つ也。誰れかこれを知らざらむ。然れども、よく知る人甚だまれなり。仏祖これがために大悲の胸を傷めさせたも う。ただ願くは念仏の行者、一味の志をもって、自信教人信のつとめをなして給わらば、予がなきあとの喜び、何事かこれに如かん。得やすくして得難きは他力の大信、守り難くして守りやすきは信の上のつとめ也。    
              徳  龍     念仏行者御中    


  柏原祐義・禿義峰編   「香樹院語録」 終         

  *原本をできるだけ現代の仮名遣いに直しました。また一部の漢文について、書き下し文を添えました。   入力者 真宗大谷派・念佛寺
 

真宗大谷派 念佛寺

〒663-8113
兵庫県西宮市甲子園口2丁目7−20

TEL 0798−63−4488
FAX 0798−63−4488