10.すみません間違えました!





ザンザスの形の良い指先が、本のページをめくっている。
ぱらり、かさり、耳をくすぐる乾いた音は、いつの間にかオレにとって馴染み深いものになってしまっていて。そして。
「おい」
当然と言わんばかりに突き出されるグラスに、おかわりを作るのにも。すっかり馴れてしまった。顔を合わせる機会が増えたから、前ほどには恐怖心も感じない。
それもこれも父さんと九代目が、未来のドンと暗殺部隊のボスを少しでも仲良くさせようって目論んでるせいなんだけど。……ていうか。オレにこの人の世話を押し付けようとしてるんだよね、あの人達。うん、なんかそんな気配を感じる、すごく。
あー……睨んでる。すんごい睨まれてる。素早くおかわり作らなかったから、御曹司がご機嫌斜めだ。
「はい、どうぞ」
空のグラスに彼の好きなウィスキーを注いでやる。マドラーでくるりと混ぜて、氷で冷えたお酒をその手に手渡す。グラスに浮いた水滴は綺麗に拭き取って。注いだ酒の量は、多くても少なくてもダメ。
まったく。
なんだってこんなに細かく面倒見てあげなきゃいけないんだよ。ランボ並みに手がかかる。
……問題は、オレがそれを嫌じゃないって事。
たまに顔を合わせて、一緒の時間を過ごしたりしていて。いやもちろんボンゴレの用事で、だけど。
その度にこうやって、どうでもいい事でこき使われて。
でも、不思議と嫌じゃないんだよね。……オレの性格のせいかもしれないけどさ。
ぼんやりとそんな事を考えながらザンザスの顔を眺めてたら、片眉上げてから嫌そうに横を向かれてしまった。……そんなに露骨に嫌な顔しなくても。そのくせしっかり、オレが作ってあげたお酒を飲んでいる。まったくもう、困った人だよホントに。
自分のグラスを取り上げて、こくりと一口飲む。
あ、もちろんこっちは水だけど。ただの水。
横を向いたザンザスの顔を眺める。こっち見てないから、あのきつい瞳で睨まれる心配もないし。……額から鼻筋にかけてのラインが、すごく綺麗なんだよね。オレの周りは美形ばっかりだけど、その中では少し毛色の変わった美形、て感じかな?醸し出す雰囲気が、他の誰とも似てない。強烈な個性。
なんて、美形の批評ができるようになっちゃうなんてね、このオレが!しかも相手はイタリア人!
それはいいとして、ザンザスがそっぽを向いたまま、またグラスを突き出して来た。はいはい。
素直に受け取って、グラスに氷を落とす。ザンザス好みの銘柄もすっかり覚えちゃってさ。段々、彼に関する知識が増えていく。変な感じ。
なんだかそれが嬉しい、なんて。
まったく変な感じだよ。
ひとつ首を振って、その考えを追い払って。落ち着く為に、手にしたグラスに口を付ける。
……。
「うっわ!」
これ、ザンザスの!きっつ!酒きっつい!
ていうか。
そろりと目線を上げると、呆れたような蔑むような微妙な眼差しで、ザンザスがこっちを見ているのと目が合う。
「……何やってんだ、てめえは」
「……すみません、間違えました……」
恐る恐るそう言うと。小馬鹿にしたように鼻先で笑い、ザンザスは身を乗り出してオレの手からグラスを奪い取った。柔らかそうな厚めの唇が、皮肉に歪んだままグラスの縁に触れる。そのまま、中身を一口含んで嚥下して。
「ガキはアランチャータでも飲んでろ」
一言そう放り出して、ソファーに深く身を沈めた。なんか馬鹿にした事言われた気がするけど、今はそんな事どうでも良くて。
オレの唇が触れたグラスに、同じように触れたその唇から目が離せない。柔らかそうなその場所が、気になって仕方ないなんて!
心臓がドキドキ言ってる。顔が、何だか知らないけどものすごく熱い。これ、さっきちょっと飲んじゃった酒のせいだよね?!そうだよね?!
ああ、ダメだダメだ。
意地悪くねじ曲げられたザンザスの唇に、触れてみたいだなんて。
ホントにすみません、間違いだって、誰か言って下さい!
自分の頭を占めるその思考が理解できずに、オレは真っ赤になっているだろう顔を片手で覆って、ばったりとソファーに倒れこんだ。まったく。何かの間違いに決まってる!