彼は、10年前に比べると笑顔が増えた。常ににこにこしている。
ポーカーフェイスのつもりなのだろうが、見ている方はひどくイラつく。
一度、へらへらと笑うなと言ったが、彼は、うんごめん、と言っただけだった。


彼は、10年前に比べると仕事をたくさんするようになった。人に任せればいい仕事さえ、気付けばやっている。
こちらの仕事も奪われて、ヴァリアーや守護者達まで暇になる時もあった。
下っ端がしなきゃいけない仕事をお前がするなと言ったが、眉を下げて笑っただけだった。





「俺はダメツナだからさ、人一倍頑張らないとだめなんだよね」

大量に書類を前に、ツナは笑う。
ザンザスはそれを見て、眉を寄せた。

「だからって俺らの仕事まで奪ってんじゃねぇよ」
「あはは、ごめん」

今日もツナに仕事をとられて、一日のスケジュールを狂わされまくったザンザスはツナの部屋に来ていた。
とられた仕事がどうでもいい仕事なら良かったのだが、今回のはヴァリアーにまわされてくるような仕事だ。
それをとられてしまうと、自分たちのいる意味がない。
さすがにイラついて、ツナに文句を言いに来たものの、相変わらず笑っておしまいだ。

「いい加減にしやがれ。お前の都合で仕事取られてたまるか」
「今度から気をつけるから。許して?ね?」

気をつける、だなんて。
ツナの言葉に苛々が頂点まで達し、ブチンと何かが切れる音がした。

「お前なんか仕事のしすぎで過労死でもしてろ!」

バターンと大きな音を立てて扉を閉め、ザンザスは部屋から出て行った。
残されたツナは、大きく息を吐いて、椅子の背もたれに体を埋める。
腹の辺りを押さえて、眉を寄せた。
上着をめくると、シャツがじわりと赤く染まっているのが見える。

「怒らせちゃったー…」

でも、しょうがないよね。
そう呟いたと同時に、先ほどと同じくらいに大きな音を立てて扉が開いた。
びっくりしつつも、素早く上着を元に戻す。
視線を前に向けると、怒った顔のザンザスがこちらにすごい勢いで歩いてきている。

「え、なに、ちょ、顔怖いけど何?!」

思わず体を後ろに引くツナの胸倉を掴むと、ザンザスは思い切りスーツとシャツのボタンを引きちぎった。
ぎゃぁ!と叫んでツナはシャツをたぐり寄せるが、ザンザスは腕を掴んでそれを止めさせる。

「これは、なんだ」

ザンザスの低い声に、ツナは視線を横にそらせる。
ツナの体には、いたるところに包帯が巻かれていた。
腹の辺りはそれが赤く染まっている。

「なんだと訊いてる」
「えーと、その、ちょっと…不意打ちくらたっていうか…その…ごめっ、」

ガツン。
くらりと眩暈がした。
ザンザスの拳がツナの頭にひっついている。
くらくらとする頭を押さえながら、ツナはなんとかザンザスを見上げる。
殺意をこめた視線がこちらを向いた。

「お前、俺たちの仕事まで取ってたのは、俺たちに怪我させたくないかららしいな」

こんなに早々と誰がばらしたんだか、という顔をしながら、ツナはまた視線をそらす。

「だって、怪我とかされるとさ、嫌じゃん」

ぽつりと呟くツナは、遠い昔を思い出していた。
まだ、イタリアに来てまもない頃、大きな仕事があった。
その仕事で、ヴァリアーに出てもらったのだが、何十人もの人間が犠牲になった。
帰ってきたぼろぼろのヴァリアー達を見ながら、目の前が真っ暗になったのを覚えている。
自分の一言で、誰かが怪我をして。誰かが死んだのだ。

「皆が怪我するくらいなら、俺が怪我した方がマシだよ」
「それで、次は自分が死んだ方がマシ、か?誰も怪我に気付かないように、ダメツナ気取ってへらへらと笑ってる方がマシってことか」

ザンザスの言葉に、ツナはうん、と頷く。

「皆が無事なら、俺はそれでいいもの」

馬鹿だと思った。
勝手に傷だらけになって。
誰にもそれを気付かれないように無理に笑って。

それに、10年間も気付かなかった自分を。
馬鹿だと、思った。

「馬鹿野郎」
「ごめんってばー」

へら、と笑うツナをぎろりと睨んで、ザンザスはぱっと手を離した。
そして、くるりとツナに背を向ける。

「ボンゴレ全体に全部バラしてやる」
「え、ちょ、いきなり何言ってんの!」
「安心しろ守護者の連中には言わねぇ」
「いやそれどうせ気付いてるから言う必要ないってことだよね…!」

椅子から立ち上がって、ばたばたとザンザスに駆け寄ってくる。
けれど急にふらりと揺れてザンザスにしがみついた。

「邪魔だ」
「いや、その、貧血っていうか、なんていうか」

焦点が合ってない目のツナの上着をがしりと掴むと、ひょいと持ち上げる。

「ばらされたくなかったら仕事取るのもへらへら笑うのもやめろ」
「それは…ちょっと…」
「やめろ」
「う…」

うーうーと唸りながら、ツナはしばらく悩む。
それに苛っとしたのか、ザンザスはツナをつれたまま部屋を出ようとする。
あわててツナはわかった、わかったよ!と叫んでザンザスを止めた。




 ばかやろうのいいわけ