ザンザスは広い敷地内を移動するために、車に乗り込もうとしていた。
足を片方入れたが、後ろからの声に動きを止めた。

「よぉ、ザンザス。乗ってかねぇか?」

家光の声だというのはすぐにわかった。
けれど、すぐに振り返らなかったのは、なんだか嫌な予感がしたからだ。
すでに運転席のベルが笑いをこらえている姿が横目に入っている。
大きく息を吐いてから、ぐるりと嫌そうな顔を後ろに向けた。
後悔した。

「お前、馬鹿だろう」
「何でだよいきなり」

頭を抱えるザンザスに、家光はわけがわからない、と首を傾げる。
そして、乗っていかないのか、ともう一度言って、自分の後ろの金具を叩く。
そこは物を置いたりするところで。
むしろ。

「なんで自転車なんだ!」

ザンザスの叫びと共に、ベルがハンドルに顔をつき合わせて肩を震わせた。
ザンザスが言った通り、家光は自転車に乗っていた。そして、さぁ座れと、後ろの荷物置きのところを叩いているのだ。
どうやら家光の敷地内での移動手段はコレらしい。
だって、と家光はハンドルに頬杖をついて唇を尖らせる。24歳にもなる息子がいる男のとる行動ではないが、そこはもう無視をした。

「いちいち車とか出すの面倒じゃね?」

自転車だと小回りきくし、コンパクトだからそこら辺に置いといても大丈夫だし。と家光は言う。
けれどザンザスは、そういう問題じゃないだろう、とさらに頭を抱えた。

「まぁほら、とにかく乗れよ。どっか行くとこだったんだろ?」
「車があるからいい」
「あ、ボス、俺ちょっと用事思い出したから」

じゃ、と楽しそうにベルは車を急発進させる。
反射的にザンザスは銃を車に向かって構え、5発放った。
銃弾は窓ガラスに当たったが、防弾だったため車は何事もなかったように遠ざかっていった。
ぽつんと、その場に残されたザンザスは、苛々と銃をしまいながら、ぎろりと家光を睨んだ。
家光はにこりと笑って、後ろを叩く。

「よし、行くか」

ザンザスは時計を見、眉間にしわを寄せてから家光と自転車を見る。
つかつかと歩み寄って、ドン、と荷物置きの場所に後ろ向きに座った。
家光の背中に背中をぶつけて、早く行けと言う。
家光はに、と笑い、ペダルに爪先を乗せた。