「ボス」

ギィ、と扉をほんの少し開けて、隙間からクロームが顔を出す。
どうしたの、と訊いたが、クロームは俯いて話そうとしない。
ツナの横に立っていた獄寺が苛、と口元の煙草を揺らす。
獄寺がクロームを怒る前に、慌ててツナは獄寺を軽く手で制した。

「クロームと話をするから、獄寺くんちょっとだけ外に出ててくれるかな…?」

むっ、と獄寺は不満そうに眉間に皺を寄せたが、こくりと頷いてツナの隣から離れる。
扉でクロームとすれ違い、ドアを閉める前にちらりとまた不満そうな顔を向けたが、獄寺は何も言わずに扉を閉めた。
閉められた扉の前では、ちょこんとクロームが俯いたまま立っている。

「こっちで話そうか」

優しく笑うと、俯いていた顔が上がり、迷うような表情をしてから、クロームは小走りでツナの隣に近寄った。
ツナは椅子に座ったまま下からクロームの顔を覗き込む。
そして、今度は困ったような顔で笑った。

「何か用なのかな、骸」

別の人間の名前で呼ぶ。
すると、クロームの目がすっと細くなり、顔を上げてにぃと笑った。

「バレてましたか」
「うん」

ツナは頷いて、椅子に深く身を沈める。
クロームの姿の骸にも椅子をすすめた。
骸はそこにちょこんと座って、ぶらぶらと足を揺らす。

「少しだけ、話したかったんです」

自分の足元を眺めながらいう骸に、ツナは首を傾げる。

「どれくらい話せるの?」
「あと3分くらい」
「あんまりないんだね」

これだけでも結構疲れるんですよ、と骸はひどく泣きそうな顔で笑う。
何か話さなければと思ったけれど、結局何も言葉は思い浮かんでこなかった。
ぼんやりと骸を眺めていたが、急に体を起こして骸の腕を引っ張る。
ちゅ、と軽い、触れ合うだけのキスをした。
顔を離して、髪に触れる。

「…クロームじゃなくて、骸が、よかったな」

ぽつりと呟くと、女の顔が、一度きょとんとした顔になり、すぐに困ったように笑った。

「私は今、あなたのところにすぐとんでゆきたいと思いましたよ」
「うん」
「でも無理なので、ごめんなさい」
「うん」
「…それじゃぁ、そろそろ、帰りますね」

かたんと椅子から立ち上がって、骸はひらりと手を振る。

「綱吉くん、さようなら」

ふら、とクロームの体が揺れる。
地面につく前に体を支え、そっと椅子に座らせた。
ぼんやりとクロームを見下ろしてから目を閉じる。
さようなら、の言葉が耳から離れなかった。
目を閉じて思いだせるのは、深い深い水の中に沈む彼の姿。
それ以外を思い出せない。

(あぁ、きっと…)

きっともう、彼は会いにこないだろうと、そう思った。
彼はさようならと言った。
ならばきっと、それは本当に別れの言葉なのだろう。

「リボーン」

声と同時に扉が開く。

「骸を助けに行く」
「駄目だ」
「駄目でも行くよ」

俯いていた顔を上げてにこりと笑う。
彼に会いに行こう。
今度は自分が、彼に会いに行かなければ。

「だって、さようならなんて、まだいらないもの」

青空の下で笑う彼を思い浮かべてから、静かに目を閉じた。