ハンバーガーから世界が見える

 岩本賢治


1.日本はどうなるのか? 子どもたちは問いかける

 「世の中はどうなっていくのだろう」と、かつてない不安感の中に子どもたちは生活している。私が行ったアンケート調査(2クラス71人)では49%が「不安がある」と答えている。実際「単身家庭」の増加、「就学援助」数の増加と経済不安が生徒たちの足下にせまっている。

 昨年、一昨年と生徒からの質問で印象に残るのは、経済問題に関する質問だ。

           地域振興券は景気回復につながるか?

           2000円札で景気は回復するか?

           ぼくらが社会に出るときは、経済はよくなっているのか?

           そもそも経済って、どういうことですか

           日本の経済が悪くなると、世界がどうこうなってしまうんですか。

 さらに、

・どういう社会をめざしたらよいのか。(男)

と生徒たちは問いかけ、

・未来を作っていくのが私たちなら、今のことぐらい今の大人にやってほしい。(女)

 と、おとなたちにその切っ先を向けている。

 「私たちはどう生きたらいいか?おとなたちは今どう生きているのか?」「社会ってなんだ?」「この世の中はどうなっていくんだ?」と子どもたちは問いかけている。

 考えてみれば、私たちは毎日生きていることが、即、経済行動であって、経済行動を行わず生きられる人間は、この世に1人として存在しない。まして経済の動きが、明日の自分たちの生活に関わりがあると感じ始めている彼らにとって、今こそ、経済学習は生きて働く力とならなければならない時なのだ。

 しかし、「公民って、なんかキライ!」と、授業が始まる前からつぶやく生徒たちがいるのもまた事実である。そこで、身近な事実から、彼らが日々行っている経済行動の意味を生徒たちとともに解き明かしていく授業づくりが必要だと考えている。

 この報告は、コンビニとハンバーガーが日本登場してから約30年。子どもたちの生活に深く根ざし、血となり肉となっているこの最も身近な食べ物であるハンバーガーとある意味そのライバルであるコンビニを通して、「よのなか」にある見えない経済法則を少しずつ見えるようにしていこうと「驚異の低価格 ハンバーガー65円のなぞ」「コンビニのおにぎりとお茶売場はなぜ離れているの?」などのなぞを解く実践を行った。ここではハンバーガーの実践を報告する。

2 授業「ハンバーガー65円のなぞ」

 この授業のねらいを次のところにおいた。 

 @商品の価格にはどのような費用が含まれているのか。どのように価格の設定がなされているのだろう。

 Aマクドナルドの販売戦略を読み解く。社会には目には見えないが、私たちを突き動かそうとする力が働いていることを感じさせたい。

【導 入】

           友だちどうしで遊びに行った時、昼食をとるとすると、君が選ぶのはどのお店?その理由は?

@マクドナルド Aほっかほか亭

Aすかいらーく Cケンタッキー

Dミスタードーナツ Eモスバーガー

Fロイヤル  G本家かまどや

これは98年度の飲食店売上高上位8社である。

◆君たちが一番よく利用する外食店は、マクドナルドだったんだけど、日本全体ではどうなんだろう?予想して順位をつけてみよう。

 →98年度では、377億909百万円 売上高は前年度比13.4%増で、全国に2852店舗を擁する日本一の外食産業が日本マクドナルドだ。売上高ランキングで日本マクドナルドは17年連続トップ。

 ちなみに日本マクドナルド社長の藤田田氏は、いわゆる長者番付(98年度分)で納税額13億5392万円(推定年収27億1900万円、日刊スポーツのホームページによる)で日本第4位となっている。

【展 開 1】

◆マクドナルドのお店は現在日本に何店あるでしょう?

 →@1000店 A3000店 B5000店

 →正解はA。マクドナルドはこのごろ毎年約500店ずつ、平均17時間に1店の割合で増やしている。

 明石には6店、ロッテリアは4店、モスバーガーは1店(電話帳による調査。市内にある店を生徒に発表させてもよい。)

◆マクドナルドは年に何個のハンバーガーを売っているか?

 →@1億個 A3〜4億 B10億個 C20億個

 →正解はB。98年のハンバーガー販売個数は、9億7400万個(国民1人当り7.7個)、お客さんは年間9億8600万人。

 →1日売上(1店舗)最高記録  1592万円(91年11月3日幕張テクノガーデン店で記録した。

 →1日売上(全店舗)最高記録18億8800万円(98年12月13日)

【展 開 2】

◆「週間限定ハンバーガー半額」のCMのVTRを見せてこのCMを見たことがある人? マクドナルドへ行こうと気持ちになった人? 

 →挙手をさせる。

◆ハンバーガー半額で個いくらになったの?

 →「65円」

◆価格を半額にしたら、どうなるかな?可能性を予測してみよう。

 →お客さんは? ア.増える?   イ.減る?

 →売上は?   ア.増える?   イ.減る?

◆価格を半額にしても大丈夫?お店の人はどんなことが心配になる?

 →「たくさん売れたんだけど、もうけが少なくなった。」

【展 開 3】

◆ハンバーガー65円で売っても本当に大丈夫?マクドナルド個つくるのにいくらお金がかかっているのだろう?個のハンバーガーの値段=価格の中身は?

 →「原材料費」「人件費」「その他(広告費、光熱費、地代など)」

◆大事なものが抜けていないかな?もうつは?

 →「利益」「もうけ」

65円のハンバーガーでもうけは出るのだろうか?もし、赤字になったら?

 →推計による定価130円のハンバーガー1個の「原価公開」を行う。(出典 王利彰さんのホームページ FOOD104 食のポータルサイトより。他に後掲の参考文献参照)                             

 これでは赤字になるおそれが充分にある。

内訳

原価率

130円時

半額65円時

原材料費

31%

40円

40円

人件費

28%

36円

18円

その他

35%

46円

23円

利 益

6%

   8円

−16円?

◆これではもうからない。どんな工夫をしているか。

 この答を考える部分は生徒にはなかなか難しいらしく答がでにくいので、

65円バーガーを注文した人いる?マクドナルドに行ってよく注文するメニューは何?

 →「バリューセット」

◆ハンバーガー個だけ注文する人はいるかな?ハンバーガー10個!、とか言って(笑)。もし、ハンバーガーだけ注文したとしたら、スマイル円の店員さんは何というかな?

 →「ポテトはいかがですか?シェイクはいかがですか?」

◆なぜセットメニューや飲み物などを必ずすすめるのかな?

 →セットメニューでもうけを出している。

 →推計によるバリューセット(SS→ハンバーガー1個+Sポテト+Sドリンク 通常価格400円→350円セール)の「原価公開」を行う。

 ポテト推定価格12〜16円、炭酸飲料推定価格13円〜16円。両者ともおよそ15円とすると,

内訳

原価率

400円時

350円時

原材料費

 

 70円

70円

人件費

28%

112円

98円

その他

35%

140円

122円

利 益

 

 78円

 60円

 この推計が正しいとすると、350円のセール時でも 利 益 (17.1%……60円)と、はね上がる計算になる。

 もちろんこれは推計であるから、実際の利益とは食い違うかも知れないが、65円セールで集客した上で、バリューセットをすすめて利益を出す戦術は明らかだといえる。

 生徒からは「そうか!」という声が挙がる時である。

◆授業後感想を書かせる。

 生徒は授業後の感想で、「時々何でハンバーガーが半額になるのかわからなかった。(O・女)」が、「マクドナルドがこんなにすごいのは、いろいろな対策があるからだというのがよくわかった。(I・女)」「価格のことなどが、少し分かった。(O・女)」「『新発売の〜〜はいかがですか?』といわれると断りにくい。(K・男)」と感じていたが、もしかすると「わたしたちは損をしているような気がした。(T・女)」と書いている。

 総じて、この授業について「自分の身近な事なので楽しい。(U・女)」「おもしろいゾー。先生最高!!(S・女)」授業中マクドナルドのハンバーガーが頭をめぐっていたのか、中には「腹減った……。(H・女)」と書く生徒もいた。

 さて、この実践報告をしていると、参加者からは「マクドナルドはこれで利益を上げられるのだろうか?」という質問をよく受ける。

 1998年7月16日から11日間の期間限定で、ハンバーガー65円とする「半額セール」を行って、東日本地区では11日間トータルの成績を前年と比べた場合、価格を安くしたにもかかわらず売上額で約30%増、来店客者数は約1.5倍に増え、西日本地区では初日の売上で前年比42%増を記録したという。

 また現在も日本マクドナルドは、

 土曜・日曜・祝祭日を除く平日は、ハンバーガー65円、チーズバーガー80円となんと半額!

さらに、バリューセットは平日、土曜、日曜を問わず、いつでもお得!ハンバーガーセット350円、チーズバーガーセット370円です。

 このウィークデースマイルキャンペーンはこれからず−っと続きます!

 と、告知をしているわけだから、利益が上がっていることは言うまでもないように思われる。

3 教材開発の可能性を求めて

東京書籍教科書学習内容 授業のテーマ
U 日本の農業と食糧問題 ハンバーガーの材料はどこから?
V 生活と公害 ハンバーガーコネクション
W 国境をこえる経済 インドでマクド!?
X 国際収支と為替相場 ビッグマックはアメリカでいくら

 経済学習を私は20時間で計画を立てたが、そのうち価格の授業を含めて5時間でハンバーガーと関連づけて教材化の可能性があると考えている。

 これらについては、まだ十分な実践ができていないので、ここではいくつかの資料を提供したい。

U 日本の農業と食糧問題 ハンバーガーの材料はどこから

◆ハンバーガーの材料は、何からできているか?

パン(バンズ) 第一パン、フジパン、山崎など、パンは焼きたてを毎日出荷している。小麦は、アメリカやカナダで1次製粉してから船で運ぶ。アメリカの西海岸からだと日本まて12〜14日かかる。

 肉(パティ) 牛肉の仕入先は、マクドナルドが主にオーストラリアで年間使用量は1万3000トン、モスバーガーがアメリカとオーストラリア、ロッテリアが100%オーストラリアだそうだ。現地の加工場で1メートルくらいの長さのブロック肉にしてから冷凍し、それを冷凍船で運ぶのだ。

オーストラリアから横浜や神戸の港まで、通常は18〜20日かかるという。

ポテト ポテトは、アイダホ州に数カ所ある専用工場から毎日輸入する。ラセットバーバンクというサッカーボールほどの巨大ポテトを使用する。このポテトはフライにすると、ほくほくした仕上がりになるよう品種改良を重ねたマクドナルド独自の品種だという。

フィレオフィッシュ 北海道・釧路港にあがったマダラのなかから、体長53p前後のものだけを選び、加工工場に運び、真水で洗い、3枚におろし、皮を剥がしてフィレのみを取り出す。

 「漁船で捕獲された鱈は直接日本の港へはやってこない。そのまま太平洋を南下してタイに運ばれ、そこで加工される。その方がコストが安いからだ。日本で働いている人の平均的な月収は28万円。タイではそのお金で、30〜50人の人が雇える。」(『人生の教科書〔よのなか〕』藤原和博、宮台真司著、筑摩書房刊より引用)とも言われている。     

 ピクルスやオニオンもアメリカ産。チーズの原料はオーストラリア。かわったところでは、パンの上に載っかっているゴマが南米のグアテマラからやってくる。

 そして、レタスだけが90%国産で、モスバーガーは近所の八百屋から購入するとも書かれていた。しかし、冬の間は日本だけだと品不足になるので、1部アメリカ産が使われるらしい。アメリカ産のレタスは、ジェット機で空輸され、成田空港まで約10時間で届く。(以上参考文献@A)

V 生活と公害 ハンバーガーコネクション

◆ハンバーガーを食べると熱帯雨林が消える?

 この問題については、東京書籍教科書にも記述があるし、千葉保氏の『日本はどこへ行く?』(太郎次郎社刊)でも実践されている有名な話だ。最近話題の『買ってはいけない』でも、「すでに中南米の熱帯雨林の半分ほどは破壊され、肉牛用の牧草地になっていると言う。ここからハンバーガー用の安い牛肉が供給されている。環境団体の試算ではマクドナルドの『ハンバーガー』を1個食べると約9平方メートルの熱帯雨林を滅ぼすことになると言う。ほぼ6畳1間。いわゆる“ハンバーガーコネクション”だ。『ビッグマック』なら熱帯雨林を6畳2間分たいらげることになる。こういう事実を、子どもたちにもキチンと教えておきたい。」と書かれているが、当然マクドナルドの反論もあり、また事実の確認が難しく、授業で取り上げることはまだひかえている。

 また、環境問題で見逃せないのが遺伝子組み替え食品の問題だが、ヨーロッパでは、マクドナルドの肉・パン・ポテトが遺伝子組み替え食品ではないかと警戒され、フランスではマクドナルドの駐車場に肥やしがおかれる事件があった。

 また、イギリスの消費者の懸念に配慮して、イギリス国内にある同社の店舗で遺伝子操作された食材の使用を中止する決定を下した。これはイギリスに数十社ある食品チェーン店のうち、遺伝子組み換え食品の使用中止を宣言したのはマクドナルド社が最後だった。

W 国境をこえる経済 インドでマクド?

◆マクドナルドがある国同士は戦争をしない?

 マクドナルドは、全世界119カ国広がる多国籍企業である。最近では、牛肉に宗教上のタブーのあるインドでも開店した。

 毎日新聞のコラム「余録」(2000年2月23日朝刊)でも紹介されたが、「ニューヨーク・タイムズ紙のトーマス・フリードマン記者は、北京の天安門広場かカイロのタハリール広場かエルサレムのシオン広場か、はっきりしないが、とにかくマクドナルドでハンバーガーを食べているうち、言葉には出さなかったが「エウレカ(みつけた)」と叫んだ。

 それは「1999年の半ばの時点で、マクドナルドを有する任意の2国はそれぞれにマクドナルドができて以来、互いに戦争をしたことがない」という発見。サウジアラビアには、イスラム教の祈りのために日に5回閉まるマクドナルドがある。レバノンやヨルダンにも。

 そのどの国もマクドナルドの黄金のM型アーチ登場以来、戦争をしていない。さらに範囲を広げて検証したが、例外はない。そこでフリードマン記者は結論を下す。「ある国の経済が、マクドナルドのチェーン展開を支えられるくらい大勢の中流階級が現れるレベルまで発展すると、その国の国民はもはや戦争をしたがらない。」と。

 それがフリードマン記者の発見した『紛争防止の黄金のM型アーチ理論』だ、として、『レクサスとオリーブの木』(草思社刊)を紹介している。

X国際収支と為替相場 ビッグマックはアメリカでいくら?

◆ビッグマック基準購買力平価

 次の表は、エコノミスト誌で紹介されている。ビッグマックを基準とした購買力平価を表したものである。「現地通貨建て」の欄は、基準日にその国でいくらだったかを調べたもので、アメリカで2.43ドルのも

 

ビックマック価格

BM

平価

実際の

対ドル

レート

過大(+)

過小(−)

現地通貨建て

ドル

換算

USA

$ 2.43

$  2.43

  

  

日本

294

 2.44

121

120

  0

のが日本では294円で売られている事を示す。すなわちアメリカドルの日本円に対する「ビッグマック基準購買力平価」は「294円÷243円=約121円」となり、1ドルは121円という水準が妥当だと導ける。さて、2000年10月5日午後5時ニューヨーク市場の「実際のレート」は1ドル=約109円だから、ビッグマック平価との評価の差は「121÷109=1.130」で、「過大・過小」をパーセンテージで表せば、+13の過大評価である。95年6月には、1ドル=79.75円という史上最高の円高となり、ビックマックによる購買力平価(ビックマックを仮に2.43ドルとした)との乖離は約1.52、OECDが示した購買力平価では、1.80に近くにまでなっていた。

 日本の賃金は、世界1だといわれたが、それは円高の為替レートで換算した結果であって、賃金でどれだけのものが買えるかをみる購買力平価換算だと、日本の賃金はアメリカの70%、ドイツの60%にすぎないといわれている。

 財界は、90年代、為替レートと購買力平価の大きな乖離による高コスト構造を、為替レートに見合う賃金に切り下げることで是正しようとするのだが、結果的に国民全体の所得の減少と消費の減退をまねき、今日の深刻な不況もたらすことになってしまった。

 このことを中学生で直接扱うには無理があるかも知れないが、「ぼくらが社会に出るときは、経済はよくなっているのか?」と問いかける生徒にたいして何とか理解させるよい教材にはなりはしないだろうか?

 教材化の夢は、千々に広がる。

【引用・参考文献】

@『人生の教科書〔よのなか〕』藤原和博、宮台真司著、筑摩書房刊

A『マクドナルドの魔術商法』宮崎文雄著、エール出版社刊

B『定価の構造』内村敬著、ダイヤモンド社刊

 なお、嘉門達夫の歌に「ハンバーガーショップ」(作詞 嘉門達夫・杉本つよし、作曲 嘉門達夫)がある。『「嘉門達夫」で社会学』(富田英典著、東洋館出版社)に興味深い分析がある。(嘉門達夫『バルセロナ』ビクター、1989、なおアルバムバージョンで『伝家の宝刀』ビクター、1996もある。)