夏になると,高校野球が始まると,テレビの視聴とクーラーの使用が電力消費のピークをつくるという。最近は吉本電喜劇と称して,テレビで,新聞広告で盛んに宣伝している。「自然エネルギーの開発はまだまだ進んでいない。火力発電所はCO2を増やし,地球温暖化が進む。水力発電所は,立地できる場所が少なくなっている。工事に時間がかかる。」 一方教科書はどうだろうか。いま,明石市で使用している地理教科書(帝国書院)からは,水俣病も四日市喘息もイタイイタイ病も大阪国際空港騒音公害も,そして原発問題も本文からは消え,特設の2ページにまとめられた。
「原子力発電所は人家が少なく,地盤が安定していて,冷却用の海水が得やすい海岸に集中している。しかし,温度の高い排水が漁業へ影響を与えたり,廃棄物の処理をめぐって,不安を感じる住民も多い
また,原子炉からの放射能もれの事故が起きたので,その対策がはかられてきたが,なお,原子力発電の安全管理を心配する人々がいる」(教育出版)
手元に帝国書院の教科書がないので,他社を引用したが,新教科書では,この程度の言及さえ消え去ってしまっている。
吉本人気にあやかった電力不足のイメージ攻勢と教科書から消え去った原発の危険性で,子どもたちはどのような認識を得ていくのだろうか。
1 自転車廊下を駆ける
「チリンチリン」ベルを鳴らしながら、私は廊下を自転車で駆けていく。前の買い物かごには昼食のヤカンが。さぁて、今日は何事が始まるのだろう。授業の導入は、チャイムの鳴る前から始まっている。
自転車は生徒たちの生活必需品。身近な発電の例としては最適である。やかんもまた、毎日のお弁当の時に、お茶のお世話になる。
「発電所に行ったことのあるもの?」と聞いたら,クラスに3人も体験者がいたが,これは希なことだろうと思う。一人は,工場内の火力発電所。一人は九州の水力発電所。そしてもう一人は福井県美浜原子力発電所。
水力発電所は比較的イメージしやすく,火力発電というと火の燃えている様を思い浮かべられるが,「原子」の力とは何だろう?イメージさえできない。発電所自体が子どもたちにとってブラックボックスであり,原子力発電所はなおさらである。
授業前の一番多い質問を見ると、「原子とは何か。火力は火が燃える力で、水は流れたりする力だが、原子の力とはどういうものか?どういうふうに電気をとるか。」(H君)など「しくみはどうなっているんだろう」と生徒は問いかけている。
生徒の疑問や課題意識に沿いながら,具体的にわかる授業を組み立てていきたい。
ところで,私が授業を進めていく原則は,次のことがらである。
1)具体から抽象へ
2)近くから遠くへ
3)生活から科学へ
4)やさしいことから難しいことへ
教科書に書かれてあることは,こういうことだ,こういうものだ,と具体的にできれば手にとって,目に見えるかたちで生徒に示していきたい。やはり社会科の授業において,「百聞は一見にしかず」,なのである。
くらべて分かることを私は大切にしたい。比較(くらべる)は,類比(おなじところ,似たところをくらべる)と対比(ちがいをくらべる)からなる。(西郷竹彦著『ものの見方・考え方』)
普遍化・一般化,つまり特殊・具体・個別的な現象を類比・対比することによって,その中から同一性・共通性・相似性をとらえ,抽象化・一般化・普遍化をすることによって,ことがらの本質・法則・真実に生徒たちが近づいていくのである。
このことを1時間1時間の授業の中で大切にしたい。
2 自転車で君も発電を
さて、生徒たちにとって発電は、遠いようで、実は案外身近かに経験しているのである。
授業の最初は誰でも一言言える発問から入りたい。
教師(以下「教」)「今日は発電所について勉強するわけやけど、ここに電気きとるなあ。こういう電気でなくても、自分で電気を起こしたことないかな。」
生徒(以下「生」)「あーぁ、自転車。」「静電気。」「太陽!ソーラーパワー。」「電卓とか。」
ここではあるいは,理科の実験でモーターで発電をしたとか,乾電池を作ったという生徒がでてくるかもしれない。
教「ここにきとる電気と一番近いのはどれや。」
いくつかあがった事柄の中で,分類をさせる。
交流の電流が発生するのは自転車の発電器である。ここで自転車の登場。実際に生徒に車輪を回させダイナモを回し、電灯をつける。
自転車のダイナモと工業用の発電器はしくみにおいて全く同じものだ。ここで発電のしくみ、コイルと磁石と電流の発生の関係を簡単に説明してやると、案外生徒は聞き入る。
「モノはどのように作られているか」,このことは地理の学習においてかなり大切なことである。生産と労働の観点を持たせるためである。
教える私たちも生産のしくみを知らない。この学習に最適な書籍が発行されている。『モノづくり解体新書』である。
ちなみに発電の仕組みについては,三の巻P.116にある。
次に発電所の分類をさせる。
教「発電の種類ってどんなもんあるかな。」
生「水力発電。」「火力発電。」「原子力発電。」「風力。」「地熱発電。」
水力は水源地と放水路の高低差を利用し、水車を回すことによってタービンを回す。風力は,風で風車を回す。
教「じゃー、火力発電の場合はどうやって回すんやろ。火をボーっと燃やしました。」
生「あれ……、蒸気!。」
ここでヤカンを取り出して、カーンと一叩きしながら、
教「そう、これ……、ちゃびん。これなんですよ。これをコンロの上か何かに載せますね。お水いれといてね、バーっと熱します。湯気が蒸気が『シューッ』と出てきますね。しっとるやろ、お湯が沸くと『ピー』っと鳴るヤツ(あーぁーあー)あれなんかすごい勢いで出ますね。『フー』っと出るその力でこれが、タービン、プラペラ状になった風車があって、これが回ります。だから、コンロがあって、そのうえにちゃびんがのっとって、ここに自転車の発電器がついとる。
水力以外の発電は、ちゃびんは一緒で、何でその熱を作るんやというところが違う。火力は石炭火力や石油火力,LNG火力など。地熱は何の力?マグマの熱やね。
じゃー、原子力はどうやって熱を出すんやろか。さて原子力のしくみ、まず燃料になるものは何やろか。」
原子力発電のしくみを説明する。
原子力とは、ウランを燃料にし、それを連鎖的に核分裂させることによって、多量の熱エネルギーを発生させ、水を高温・高圧の蒸気に変え、タービンを回し発電を行う。基本的に火力発電とおなじ技術で発電が行われている。原子力発電所では、核分裂の際の中性子を減速させるために「純水」を使うが、これを減速させず一瞬に核分裂をさせると広島型原子爆弾、原爆となる。原発と原爆はしくみにおいてもたった一文字の違いしかない。
授業記録から。
教「じゃー、原子力はどうやって熱を出すんやろか。さて原子力の仕
組み、まず燃料になるものは何やろか。小高、聞いた?」
生「ウラン。」
教「ウランって聞いたことあるかな。」
生「あるある、テレビで聞いた。」
生「学研の本にのっとった。」
教「『学研にのっとった』、ふーん。僕なんかね、ウランというと「アトムの妹」とか思ってしまって。(笑)
ね、(ペレットの模型を示しながら)ウランを加工して作り替えてね、丁度これくらいの大きさのものに固めるんです。で、これをズーッと詰めた棒があるんです。燃料棒にウランがぎっしっりつまっているんです。
プリントの右側になんでウランが熱を出すんや、っていう説明があるでしょう。ウランに原子っていうのがあるんや。わかるかなー、原子。みんなの体の細胞も原子からできとるんやな。いちばーん小さな単位やけどね。この原子がパカーンとふたつに分かれる。原子というのはこれ「アトム」なんですね、原子核、これがパーンとふたつに分かれるときに中性子、プラスの力もマイナスの力も持っていない、これがポーンと二つ飛び出すんです。中性子があたって、原子核「アトム」が割れて、ポーンと中性子が飛び出して、次の原子核にあたってまたそこから中性子が二つポーンと飛び出して、次の原子核にあったって、中性子が飛び出す。パパパパパーンと核分裂が進んでいくんですね。これを一瞬に行なうと……爆発するんです。これが原……爆なんです。これをね、ゆっくりさせるんですね。中性がピュッと出てきたのを、ちょっと待てちょっと待てと、ゆっくり飛ばせて適当に当てさせて、待て待て待てとスピードを押さえる。そしてゆっくりと熱を出させると原……発になるんですね。
ウラン1グラムあったらね、これを完璧に核分裂させちゃうと、ウラン1グラムで石油どれくらい燃やしたのと同じ熱が出るか。単位はトンです。
生「10トン。」
教「10トン、そんなものではないです。」
生「100トン。」
生「1億。」
教「1億、そら行きすぎやわ。」
生「1000。」
教「1000、ではなくて、なんとですね、ウラン1グラムを完璧に核分裂させると、2000トンの石油をボーッと燃やしたのと同じ熱量が得られるそうです。」
生「いやー!1グラムで!!」
教「だからね、これをうまく使えばこれはどんなにか熱量が得られるか、だから魅力的なんですね。」
生「だけど放射能が漏れたら困るねん。」
教「(写真パネルの建屋を指差しながら)ここでそういうことが行なわれているんですね。そしてね、関西電力の場合は、割合にするとどれくらいの電気を原子力で作っているか。
生「宣伝でやっとる。27%は原子力です。」
教「日本全体では25%ぐらいまで上がってきました。だから1/4や。
でも関西電力はレベルが違いますね、(30%ぐらいかな……)約半分です。50%、だから関西電力はすごいんです。もう、50%近いんです。
日本全体でいくとね、水力はね、大体10%。火力は65、原子力は25%ぐらいなんですけど、関西電力の場合は、これは美浜発電所やけど、こういうところで作った電気は約半分くらいになっている」
3 一番近い原子力発電所は
生徒の質問のうちしくみの次に質問の多いのは、「明石に一ばん近い原子力発電所はどこか?」(桜井さん)「原子力発電所は、どこの
県に多いか?」(茨木さん)である。
教「さてね、そしたら、原子力発電所、どこにあるんやろ?明石に一番近い原子力発電所、どこやろ。」
生「西明石。」(笑)「恐いわ。」「爆発したらどうすんねん。」
「福井県。」「美浜。」「高浜。」
分布図から兵庫県、大阪府にはないこと、福島県に集中していることを確認させて、さらに多い県はどこか調べさせる。そして水力、火力、原子力発電所の分布を調べさせる。
教「福井県も含めてどんな所に原子力発電所が多いか。日本の原子力発電所のある場所の特徴を考えてみて。他の水力や火力と比べながら考えてみよう。水力発電所のある場所というのはどんな所に多いか。」
生「山。」「内陸。」「中央高地。」
教「火力や原子力はどういうところに多い?」
生「海の近く。」
教「原子力も火力も海に近いところ、ほんなら、原子力と火力のある
場所は同じですか。」
生「違う。」「太平洋ベルト地帯に火力発電所は多い。」
教「太平洋ベルト地帯、火力は工業地帯に多い。では、原子力はどう
ですか。その逆やな。(うん)火力発電所はどういう所にあります
か、東京、大阪、神戸……。(大都市!)原子力は?(いなか!)いなか!?……工業があまり発達していなくて、人のあまりいないところ大都市の過密、それに対して日本海側のこういうとこらは(過疎)。そういえばこの間調べたプリントで,福井県の人口は、少なかったなあ。こういう違いがあるんですね。」
4 発電所は臨海にあり
教「原子力や火力発電所はなぜ海に近いところにあるんか。しかもリアス式の海岸の。海の近くで何がほしいんですか?」
生「水。」
教「何のための水だと思います?」
生「火事の時。」(笑)
「その(中性子を)止めるための水。」
教「でも海水やで。」
生「真水に変える。」「(図を見て)冷却水!」
高圧・高温になった蒸気を水に戻すために冷却水は必要となるが、温排水による生態系の変化とピンホールによる放射能漏れという問題点がある。生徒たちも、「(温排水は)きれいなん?」「恐い「恐いわ。」ともらしていた。
原発と火力発電所の立地条件は冷却水を求める点,そして温排水の問題点では一致しているが,実際立地している場所は食い違っている 「火力発電所と同じように原子力発電所を大都市・工業地帯のど真ん中になぜ作らないのか?」との問いに生徒は、
「爆発したら危険や。」という。
「ここ(福井)やったら爆発してもいいんか。」と私が聞くと、
「被害が少ない。」と答える。
自己中心的な子どもたちの一傾向を示している。
しかし、時間がなくてここからはあまり深められなかった。
課題として原子力発電所に関する新聞記事をスクラップさせる。
一時間の授業で発電のしくみから発電所の分布、原発の問題点までを教えるのは、大変難しい。だが、原発のしくみを知らないままに、原発に賛成だ、反対だというような生徒を私は育てたくはない。
おわりに
この授業では,放射能のもたらす被害,恐ろしさといった内容は扱っていないが,これは広島の授業で原子爆弾の被害ですでに学習している。
次時では,総理府の調査ではじめて原発推進と反対が逆転した新聞報道を示し,チェルノブイリ原発の事故が大きく影響していることを指摘。NHKーTV「チェルノブイリの教訓」から事故時のシュミレーション映像,放射能の広がりを視聴した。
また,資料の表から今後日本はどれほど原子力発電所を増設する予定だろうか,考えさせた。表を見ると,日本とフランス,そして事故を起こした(旧)ソ連が多いことがわかる。
一方,イタリアでは国民投票で原子力開発抑止の方向に転換したしスウェーデンでも原子力発電所廃止の時期を早める動きがでて来ていることを紹介した。
世界と比べることで日本の推進政策の特徴が浮かび上がるだろう。
残念ながら,生徒の感想文をとっていなかったので,紹介することができないが,陸上部のO君が「家にあった」と言って,チェルノブイリ原発事故の写真集をわざわざ持ってきてくれた。
『理科教室』1985年10月号新生出版刊
『Q&A原発』中島篤之助著 新日本出版社刊
『茶の間で語り合う 原発と放射能』安斎郁郎著 かもがわ出版刊
(1994・8・11)