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辛味大根(からみ大こん) 江戸時代の辛味大根 と 現在・各地の辛味大根 |
![]() 江戸時代のこの産物帳で、 「からみ大根」のことを現在 よく見かける「辛味大根」の 文字は見当たらないのだが? |
辛味大根という総称で分けられる辛味の強い大根の特徴は、肉質が硬くて水分が少なく、大根の辛味成分を多く含んでいて、形は小振りの物が多く、カブ(蕪)に似た型のものなどもあって、なかには淡い赤色や紫色系の品種まである。 それらは、在来種の古い地大根に由来するものや、細々と自家栽培で伝えられてきたもの、さらには野生種を選抜育種したものなど、地域それぞれの特性や独自の個性を受け継いできたものなどがある。 なかでも、その姿が下ぶくれで、寸詰まりの大根で、ついている根が細くて長いので鼠の尻尾に似ているところから「ねずみ大根」といわれる品種がよく知られている。現在では、信濃では埴科郡坂城町のねずみ大根で、江戸時代に長崎から薬草として導入されたともいわれるが、強い辛味のあとに芳醇な大根の香りと甘味が広がるので土地では「甘もっくら」と表現する。同じく、近江国(滋賀県)では伊吹山の麓、坂田郡伊吹町大久保地区の鼠大根は古くから存在が知られ、「峠の大根」といわれ独特の甘味と辛味が特徴の名産品であった。また、土中に浅いので蹴って掘り起こすので「けっから大根」とも。石灰質の土質のこの地以外では辛味を生成しないという。 江戸時代にさかのぼって調べると、漢字で「辛味大根」と書いている例は見当たらないのと、総称としての「辛味大根」にも出くわさない。それぞれが、その地域にたくさんある大根の中のひとつの品種として「からみ大こん」とか「鼠だいこん」「祢つミ大こん」などとあり、例えば、美濃国・不破郡の産物帳では「祢つミ大こん からみ大こん共」(ねずみ大根ともからみ大根とも云う)。とある。 |
![]() 写真は紀州産物帳に書かれている「鼠大こん」と 尾張国産物(知多郡)に見られる「祢づミ大こん」 |
享保元文諸国産物帳にみる江戸時代の辛味大根 からみ大こん 鼠だいこん(祢つミ大こん) |
![]() 美濃国之内産物(不破郡)では「祢づミ大こん・からみ大こん共(ともいう)」とあり、この地域では鼠大根のことをからみ大根とも呼んでいたようだ。 |
江戸時代について享保元文諸国産物帳は、享保20年(1735)から全国で一斉に始められた全国の産物調査を網羅していて、例えば、各藩ともに大根については多くの品種があるなかで、一部の地域で「からみ大こん」や「鼠大根(祢つミ大こん)」が産出すると報告されている。
〇陸前国田村郡 からみ 〇越前国福井領 祢づミ大こん 〇信濃領筑摩郡 からみ大こん 〇水戸領御領内 カラミ大こん *鼠シリ 〇美濃国 からみ大こん(各務郡) から見(可児郡) 祢づミ大こん・からみ大こん共(不破郡) 〇尾張国 からみ 鼠大こん(愛知郡) からみ大こん(葉栗郡・中嶋郡) 祢つミ大こん(知多郡)〇伊豆国 鼠大根 〇紀州 鼠大こん *上記以外に、東北の藩からは「鼠の尾」という品種の報告もあり、「ほそ祢・鼠の尾共」ともあるところから、「ねずみ大根の特徴」である細くて長い尻尾が鼠に似ているところから、他地域でのねずみ大根と同類または同品種と類推されると考えられる。(陸奥国、羽州荘内領、盛岡御領分、米沢) |
![]() 盛岡領産物帳の 「ほそ祢・鼠の尾共(ともいう)」をみると、細い根の尻尾が省略されて「鼠」、そこから鼠大根という呼び名が生まれたのだろうか? |
大根 全般 |
ダイコンの原産地は中央アジア、地中海沿岸などとされ、日本には中国を経由して渡来したといわれている。 古く古事記や日本書紀にも登場し「於朋泥」「於保爾」「意富泥」などいずれも「オホネ」と訓み、その後、大根(オオネ)から大根(ダイコン)と呼ばれるようになったといわれている。 もっとも、中世の文献には漢文体が多いので中国名(漢名)の蘿蔔(ラフク・ラフ)が使われているが、日本名としては春の七草でお馴染みのスズシロ(清白)である。 室町時代になると他の野菜とともに栽培法が発達して、江戸時代をつうじ諸国に伝播する。気象や風土の異なる地域にもよく適応して土着し多くの品種が誕生することから200種もの品種があったともいわれるが、実際には約110品種を数え、まぎれもなく日本を代表する野菜となっている。 適応性の高い例としていつも挙げられるのは、「火山灰質の土壌と温暖な気候」がひとつの要因とされる桜島大根と、「沖積層の深い砂壌土地帯」の守口大根の例である。 鹿児島県の代表的な野菜となっている桜島大根の大きなものは重量30kg、直径40〜50cmもあり、一方の摂津国守口(大阪・守口)に由来する守口大根は根の直径2cmで、長い場合は150cm以上にも成長する。 みずみずしく甘いイメージの大根が多い中で、麺類の薬味や搾り汁として古くから重用されてきたのが辛味大根である。その多くは、肉質が硬く水分が少なく、大根の辛味成分であるアリルイソチオシアネートという化学物質(からし油)を多く含む品種である。それらは、在来種の古い地大根に由来するものや、細々と自家栽培で伝えられてきたもの、さらには栽培品種が野生化したもの、逆に野生種を選抜育種したものなど、地域それぞれの特性や独自の個性を受け継いできたものが多い。 ![]() 例えば、島根県では、島根半島の浜辺や宍道湖畔に自生していたハマダイコン(野生種)を選抜育種した出雲おろち大根のように純粋な野生種からの新品種も生まれている。 ![]() ![]() ![]() 「F1」ともいうが人為的に複数の親から異なる形質を受け継ぎ、第一代目の子だけが優性の形質を現すという。 左の写真はいずれも交配種で、蕪のような丸大根は激辛で、下ぶくれは中程度の辛味大根である。 以下に取り上げている辛味大根の表は、昔からその土地に根付いた地大根を中心にまとめたものである。ほとんどは来歴まではわからなくなってしまったが、現在まで細々と栽培され続けてきた辛味大根が多い。(交配種は取り上げていない。) |
各地の辛味大根の品種 |
地域 | 辛味大根の 名 前 地 域 |
来 歴 | 特 徴 |
岩手 | 安家地大根 (あっかじだいこん) 岩泉町安家地地区 |
来歴は明らかでないが古くはどの農家でも栽培されていた *収穫9月下旬〜10月下旬 |
鮮やかな紅色の表皮・辛味が強い・繊維質で貯蔵性 大根下ろし・酢の物・漬け物、保存性のある凍み大根にも使われる。 岩泉町には、淡い赤色から紫色系の辛味の強い「地大根」も栽培されている |
秋田 | 松館しぼり大根 鹿角市の八幡平ら松館地域 |
しぼり汁だけを使う特徴がある 来歴は明らかでないが古くから栽培されていた *10月下旬〜11月上旬に収穫 |
目が覚めるほどの辛さ(霜が一回降りてから収穫したのが辛味が強い)大根を皮ごとすり下ろし、布などで搾った汁を使う 異品種との交雑が進み新品種の「あきたおにしぼり」は辛みは非常に強く(在来系統の約3.7倍)、そして甘みもあるので薬味に最適(おろし専用) |
福島 | あざき大根 (弘法大根) 大沼郡金山町 |
金山町の在来種で、野生種はソバ畑の雑草として生育 *11月頃収穫 |
栽培品種が野生化 あざき大根とは硬くて食べられないので人を欺く「あざむけ大根」とか、小さいみための割りに辛く人を欺くなどからついた名前などいわれる。辛味が強くそばの薬味 元々は高遠の地大根が移入されたという説も |
福井 | 板垣大根 福井市板垣 |
古くから栽培されてきた細根の中央の部分がやや太いのが特徴 | 甘味と辛味の調和が特徴という 越前おろしそばは大根おろしに「辛味大根」を使っている。これだけでは辛味が強すぎ、舌触りもあまり良くないので近年では青首大根に辛味大根を少し加えてさっぱりとした味を出すのが主流になってきているそうだ |
長野 | 戸隠地大根 長野市・北信濃の戸隠村上野地区 |
以前は在来の地大根「上野地大根」といわれていた あまもっくら(辛さの中に甘味がある) |
地大根で、主として漬け物用品種として長く自家採種が行われてきたので採種系統には違いもある 平成12年「戸隠おろし」の名称で種苗登録の出願。漬け物用品種、また、辛みが強いのでおろし用品種として期待されている |
長野 | ねずみ大根 坂城町ねずみ地区 |
江戸時代に長崎から薬草として導入されたとも *収穫は11月中下旬〜12月中旬 |
戸隠大根よりも硬く、おろしても汁気があまり出てこない 辛味が強く、漬物のほか、おろし汁をうどんやそばのつけ汁にする すごい辛味のあとに芳醇な大根の香りと甘味が広がるので土地では「甘もっくら」と表現する 大根を大きくしすぎると辛味が薄れるので、試し抜きして、小さめで収穫する |
長野 | 親田辛味大根 下伊那郡下條村親田地区 |
来歴は明らかでないが正徳年間(1713〜)尾張家に献上されたという記録 | 蕪のような扁平の球形 甘みの中に辛味があるので「あまからぴん」とか、口に含んだ時はほんのり甘く、次に強烈な辛味 白と赤があり、白い方を「ごくらくがらみ」、赤い方を「とやねがらみ」として品種登録されている |
長野 | 灰原辛味大根 千曲市(更埴市)稲荷山や長野市塩崎地区 |
来歴は明らかでないが、平成になって灰原地区で栽培を始めこの名前を付けた *収穫は10月〜11月 |
古い地大根で、首部はわずかに淡緑色、大柄で多収性がある 漬物にも向く 「おしぼりうどん」のつけ汁用として用いたりおろしやたくあん漬けとして利用される。辛く、甘みは少ない。 |
長野 | たたら大根 長野市西方の鑪(たたら)地区 |
正徳2年(1712)の古文書に、そばの薬味として登場とも | 表面が鮮やかな赤紫色、中は白。形状は短形。薬味やサラダ、甘味と辛味があり、おろしてそばの薬味にする他、薄く切ってサラダや煮物にも使う 漬けると赤紫色が抜ける 辛味は強くなく、肉質は柔らかいので早く煮える |
長野 | 切葉松本地大根 松本市波田・山田・朝日・塩尻市 |
来歴は不明だが、明治時代には栽培されていた | 葉は京菜に似て切れ込み 根形は尻詰まり型でやや下ぶくれ 白を基本とし、首部は淡緑色 肉質は緻密で硬い辛味が強いが、漬け込むと辛味が美味に変わる |
長野 | 山口大根 上田市山口地区 |
400年程前から栽培されているという伝統野菜 | 辛味と甘味があり、水気が少ない 「おろし」や「漬物」が主、熱を加えると甘味が増す |
長野 | 上平大根(わってらだいこん) |
来歴は不明。山口大根と遺伝的に近縁 | 硬さと辛味を活かして、たくあん漬けやおろしとして使われる。根形は先端がふくらんで尻部がほぼ平で、根上部は淡緑色。ねずみ大根に根形が似る。長野・千曲市上平地区で栽培されているが来歴は不明。昭和10年頃に栽培されていた資料が残っている。
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滋賀 | 伊吹大根 伊吹山の麓、坂田郡伊吹町大久保地区 |
来歴は不明だが、古くから存在が知られ、「峠の大根」としてこの地の名産品 | 独特の甘味と辛味 小型で尻づまり型 茎の部分が少し紫色 土中に浅いので蹴って掘り起こすので「けっから大根」とも、石灰質の土質:この地以外では辛味を生成しない 鼠大根とも蝮大根(まむしだいこん)と呼ばれる事も 小規模栽培 |
京都 | 鷹峰の辛味大根 京都市北区鷹峰 |
元禄(1688)の頃から栽培されていたと言われるが、一時、生産農家が一軒になってしまったという | 直径3〜5cmくらいで小カブに似ている、根部に強い辛味があって水分が少なく、おろしてもサラサラしているので、つゆが薄まらず薬味に適している 鷹ヶ峰辛味大根 |
島根 | 出雲おろち大根 島根半島の浜辺や宍道湖畔 |
ヒゲ根の多い形状から八岐大蛇(やまたのおろち)を彷彿させ、「出雲おろち大根」と命名 | 島根大学生物資源科学部の「出雲産の新しい農産物を作りだす」プロジェクトで生み出した新品種。島根半島の浜辺や宍道湖畔に自生するハマダイコン(野生種)を島根大学の圃場で2003年から選抜育種したもの。とても辛いが、甘味も含み、薬味に適しているという |
宮崎 | すえ大根 (平家大根) 椎葉村 |
昔から伝わる短い大根 現在はわずかしか栽培していない | 辛味が強く、肉質が硬い。おろしや煮込みに使う 正月前に掘り起こし、葉を取って埋めて長期保存 |