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映画の中ではお墓はどんなふうに扱われてきたのでしょうか。
死やお墓が登場する映画をピックアップ。人の心や時代を検証します。

作 品

1. 禁じられた遊び 25.4.2002 
2. ギルバート・グレイプ 2.5.2002
3. 阿弥陀堂だより 17.10.2002   
4. まぼろし 21.10.2002 



              禁じられた遊び

             原題:
Jeux Interdits
              1952年・仏作品 86分  監督:ルネ・クレマン 
              出演:ブリジット・フォセー、ジョルジュ・プージュリーリュシアン・ユベール
              ジュザンヌ・クールタル、

           


 ものがたり
 1940年6月、パリからナチスドイツ軍の侵攻を逃れてきた人々の列に機銃攻撃が襲った。その銃弾に両親の生命を奪われた少女、ポーレット。牛を追う草むらでポーレットをみかけ、家に連れ帰るドレ家の末っ子、ミシェル。兄のジョルジュが、避難民の荷馬車を引っ張って暴走する馬に蹴られ、瀕死の中、ポーレットはしばし、ドレ家の一員となる。水車小屋の中で動物たちのお墓を作ることに夢中になり、教会横の墓地から本物の十字架を盗んでしまうポーレットとミシェル。犬猿の仲である隣のグアール家とのいさかい。軍隊から脱走してきた隣家の息子フランシスと、ミシェルの姉、ベルトの恋。ジョルジュの死。そしてついに、ポーレットは孤児院へと引き取られていく・・・。
 あまりにも無垢な子どもと、現実に翻弄される滑稽な大人たちの姿を交錯させながら、戦争が引き裂く生と死を描いた名作。ナルシソ・イエペスのギターが奏でるテーマ音楽は、あまりにも有名だ。

 お墓のシーン
@ポーレットの愛犬、ジョックは、両親と共に機銃掃射によって死んでしまった。ミシェルは、川に投げ捨てられたジョックを仲間と一緒に土に埋めてやりたい、というポーレットの願いを叶えてやるため、ジョルジュの霊柩車や、教会の祭壇、はたまた墓地の十字架を根こそぎ盗み取り、水車小屋の中にジョックをはじめ、花や虫、割れたお皿までを埋め、大小さまざまな十字架とともに紙に書いた墓碑名が並ぶ。まさに、丹精こめて作った作品のようで、とても美しい。その十字架たちも、嘘をついてポーレットを孤児院送りにしてしまう親への怒りから、ミシェルは川へ投げ落としてしまうのだ。
A教会横の斜面にある人間たちの墓地は、雑草が生い茂っており、質素な木の十字架が無造作に並んでいるだけ。墓地は、ジョルジュの埋葬シーンと、その後、家族でお墓参りに出かけるシーンで登場する。あらかじめ掘ってある墓穴のl中で、ドレ家とグアール家の主人同士が殴りあうシーンも。

 レビュー
 タイトルの“遊び”とは、お墓づくりのこと。愛犬ジョックを埋めてやりたいというポーレットの思いはやがて、土に埋めて祈りを捧げるという行為そのものに面白さを覚え、どんどんエスカレートしていく。一方では大人たちが戦争によって死者を生み、隣家同士でさえ、諍いが絶えない。両親の死に直面しながら、ミシェルの優しさと好奇心で遊びに夢中になっていたポーレット。冒頭の機銃攻撃シーンはドキュメンタリータッチで衝撃的なのだが、その後はむしろ牧歌的な穏やかさで満たされ、ジョルジュの死さえ、家族はすんなり受け入れているようにも見える。ところが、ポーレットがミシェルと引き離され、孤児院へと送られる赤十字の難民救済所で、思わず「ママ」と叫び、恐ろしい孤独の中でミシェルを探して人ごみに紛れていくラストシーンで、忘れていた悲しみがあふれ出すのだ。そこでより強烈に、見る者に戦争の残酷さをつきつけてくる。してはいけない野蛮な遊び=戦争に夢中になるのは、大人たちなのだと。すでに50年前の映画。時代としては60年前のことなのに、イスラエルとパレスチナ、アフガニスタン、その他、今も戦争は性懲りもなく世界の至るところで続いている。決して過去の話ではない。

 この映画でもうひとつ興味深かったのは、フランス社会と宗教の関係。農村にあるドレ家の人たちにとって神様は生活の中にある。教会や神父とのやりとりを見ても、彼らが深く信仰しているというよりも、日本の寺と檀家のような関係に感じられた。仏教がもはや冠婚葬祭だけに機能しているように、すでに60〜70年前から、カトリックも葬式宗教になっているようなのだ。
 一方、ポーレットはパリに暮らしていた都会っ子。薄汚れた服や身体の匂いさえ、ドレ家の人たちには羨望の対象だった。その彼女が、十字架も神様の存在もお祈りも、両親から教えてもらってはいなかった。ポーレットはカトリック的生活とは無縁だったのだ。あれほどたくさんの教会や寺院に囲まれ、宗教的行事も息づいているように思うフランスでさえ、パリに暮らす人々はいわば知的水準が高くなればなるほど無神論的になる、ということを裏付けているようでもある。フランスの都会と地方のコントラストも、この映画の重要なファクターといえるかもしれない本場フランス映画がそこを敢えて強調しているから、面白いのだ。
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