おでん。





 イルカの家に向かう途中、ナルトたちはところどころで道草をした。
 それはナルトがどうしても餅巾着入りのおでんが食べたいといったから、もう一件スーパーをハシゴした道草だったり、食後のおやつだと言って、大学芋を求めて和菓子屋へ寄ったりした道草だった。
 三人揃って、ときおり人ごみに一列や二列になりながら歩く。
 家につく頃には、手にした買い物袋はそれぞれ二つずつに増えていた。

「じゃあ俺は下ごしらえするから、これ、お願いしようかな」

 たどり着いて、まず台所に立ったカカシがいったのはそんな台詞。
 一緒にすり鉢と、炒りごま一袋が渡された。
 首をかしげる教師と元生徒。

「おでんは味噌おでんにするからねー。せっせと擂ること!」

 にっこりとカカシが笑う。
 大きな黒塗りのすり鉢は、最近、カカシが買ってきたもので大きな擂粉木もセットだ。
 真空パックの炒り胡麻一袋がぽんと入れられている。
 とっさに受け取ったイルカを、ナルトがきょとんと見上げた。

「イルカ先生んち、こんなのあったか? 鍋も無かったのに」

 久しぶりに訪れるイルカ宅の変化に、目ざとくナルトが突っ込んだ。
 ぎくっとイルカの顔が引き攣ったが、その引き攣った頬のままイルカは繕った。

「何言ってんだ、買ったに決まってんだろ。すり鉢ぐらい!」
「えーッ? イルカ先生、んなの存在も知らなかったって感じだってばよ! うっそでー」
「ほーらほら、二人とも、向こうで仲良く擂ってなさいねー。俺は忙しいから」
「それにさー、カカシ先生が料理するってのも第一、ヘンだってばよー」
「はいはい、どっちでもいいから」

 と態の良い言葉で、カカシは二人の背を押して隣の部屋へと向かわせる。
 基本的に料理オンチの師弟コンビは、台所には不要だ。
 好物がラーメン、という点ですでに切ない。
 タコ足と大根のための湯を鍋に沸かしながら、カカシはその二つの背中に、ふと思いついて、一言付け加えた。

「くれぐれも、擂り過ぎて練り胡麻にしないよーに!」

 それが在り得ない予想でないことが、本当に切ないところだ。



 味噌おでん、というのは基本的に出汁で煮る。
 出汁をいれた大きな鍋に、下ごしらえが必要なものは下ごしらえをして、鍋をするように煮、頃合を見計らって自分で上げて食べる。
 付けるものは味噌で、それは大き目の湯飲みに、練り胡麻と調味料、味噌をあわせた胡麻味噌を入れて、鍋の中央においておく。おでんの具と一緒に暖まり、食べるさいにちょっぴり付けて食べるのがまた美味しいのだ。
 このおでん鍋の一番の利点といったら、下ごしらえの時間が短く、手早く食べられるというところだろう。一般的なおでんといえば、煮込みが要るものだが、この料理法なら、鍋と同じだ。
 カカシは沸いた湯をまず二つの鍋に分けて、二つあるコンロへとそれぞれかけた。そして片方へ角をとった大根の輪切りを。もう片方へは一本ずつ切り離したタコ足をいれて、茹だる間に、味噌と調味料を用意する。
 それを隣の部屋でゴリゴリやっている二人に持っていく。

「…だからな、そこで俺ってばどーん! って出てくるのを期待してたんだけどさー!」
「ははっ、そりゃお前、読みが甘ぇよ」
「ひでー!」
「裏の裏を読め、っていうだろ? とっさにそういう計算が出来るようにならねぇとな」
「う〜、でも期待してたんだけどさ! そうじゃなきゃ面白くねーってばよ!」
「だからな、それがよ―――」

 会話の後ろで、ゴリゴリと音。
 仲良くやっているようだ。

「はーい、これ、入れてくださいね。擂りすぎてませんか、大丈夫?」
「あ、どうも。えぇと、こんなもんですか?」

 顔をひょいと覗かせて、カカシは入れ物を渡した。
 すり鉢の中をみると、粉々な感じ。
 大丈夫、まだペーストにはなっていなかった。
 とりあえずタコが茹で上がるのを待たなくて良かった、とカカシは思った。

「だいたい混ざったなー、と思ったらこっち持ってきてください。もうちょっとしたらメシですよー」
「はーい」
「はーいだってばよー」

 台所へ戻ったカカシの背へ、仲良く声が追いかけてきてカカシは笑った。
 タコを湯きりしようと火を止めて、鍋を持ち上げていると、(大根の鍋はまだぐつぐついっている。大根が透明にならなければ。)イルカの声が漏れ聞こえてきた。

「そうだ、お前、見てるだけなんだから風呂、洗ってこいよ」
「えー!? イルカ先生、客にんなことさせる気かってばよー!」
「ばーか、誰が客だよ。いーから洗ってこいって! メシ食って、ついでだから泊まってけよ」
「え、ホント!? いいの!?」
「ああ、久しぶりだし、いーだろ、―――カカシ先生ー、いーですよねー」

 大きくなった声を背中で聞いて、苦笑する。
 甘やかすのは変わらないなぁ、と思って。
 流しにおいたザルにタコを上げると、あたりにふわっと湯気が広がった。
 白く淡く暖かい。

「はいはい、いーですよー」
「やったー!! ―――……って、なんでカカシ先生に許可求めてんの? イルカせんせー?」
「え、―――あ、はははははははは」
「あははってなんで笑ってんの?」
「あははははー」
「イルカ先生ってば!」

 あはは、とカカシも台所で笑っておいた。





2003.9.25
意外とご好評を頂いてとても嬉しかった思い出があります。