決意のとき。





「カカシさん、結婚してください」


 唐突な言葉に、哀しげな目をしたカカシが答えた。

「あなたが結婚したいのは俺じゃなくて、俺の部屋についてるクーラーでしょ」
「なにいってるんですか」
「違うんですか?」
「クーラーとは結婚できませんが、カカシさんとなら結婚できます」
「はいはい」

 投げやりな返事で、カカシは指紋がつくほどに冷えたビール缶をひとつ、渡す。
 カカシのほうをみもせず、冷えたそれを手のひらで受けて、イルカはさらに繰り返す。

「カカシさん、一緒に住みましょう」
「はいはい、秋になってもう一度言ってくれたら俺も考えます」
「本気です、俺」
「真夏の本気ですね、あと真冬の本気もありますよね」
「コタツは持ってるので冬はあまり本気じゃありません」
「そ、そうだったんですか……」

 カカシはさらに哀しくなってしまった。
 今日は久しぶりの休日だというのに、イルカはカカシの部屋からでたくないと言う。
 壁の白い電気機器からの涼風のまえから、動いてくれようとしない。
 そのくせ、二人きりだからとくっ付こうとしたら目くじらをたてて、蹴られた。
 カカシとしても、真夏の炎天下に好き好んで出たいとは思わないが、こうして部屋にこもりきりだというのに、目の前のニンジンよろしくイルカに手出しできないというのであれば、よけいに辛い。
 イルカといえば、涼風に目を細めて心地よさ気にしているが、カカシにはそっけないし。

「あー、鍋が食べたいなぁ」
「…暑いんじゃなかったんですか」
「この部屋で食べたいなぁと思い立ちました」

 カカシは哀しいを通り越して、黄昏てしまいそうになった。
 なんて贅沢な、と思いもするが、反面、その望みを叶えてあげたいと思わないことも無い…が、イルカの望みのなかに全くといっていいほどカカシのことが入っていないのが、涙を誘うのだった。

「……じゃあ晩飯はおでんでもしましょうか」
「え、ホントですか!? やった!」
「はは、…ははは」

 力なく笑いがたれ流れる。
 それでもイルカの心底嬉しそうな笑顔に何もかもを許してしまいそうだ。

「じゃあ買い物にでも行ってきます、おでん種なんて買い置きないし…」

 イルカに甘いのはもうしょうがないと思い、カカシは腰をあげた。
 それに、ぴょこんとイルカが顔をカカシに向ける。

「あ、俺も行きます」
「外暑いですよ? いいんですか?」

 これは確認の口調ではなく、はっきり疑わしそうな口調で、カカシは言った。
 普段ならここで眉を逆立てるはずのイルカだが、今日はにっこりと笑った。


「ええ! ちょっとは暑い思いをしたほうが、鍋も美味しいですよね!」
「……………まあ、ね。そうですね、はは、は…」


 いけない。
 とカカシは天井を仰いだ。
 涙がほんのちょっぴり、零れそうになってしまった。





2003.8.22