想いの野菜炒め





 なかなか治らないんですよね。

 イルカが困った様子で頬を押さえて苦笑するのを、三日ほど前に見た覚えがあった。
 聞くと口内炎だそう。
 それから、会う機会を逃したりすれ違っていたりで、

「そういえば治りました?」

 カカシがそれを思い出して訊いたのが、久しぶりに一緒になった帰り道で、だった。
 口内炎といえば体の不調からくるものだ。
 もし治っているのなら、このまま居酒屋にでも誘おうか。
 そう算段しつつの質問だった。
 だが、イルカは三日前と変わらない様子で笑った。

「いやー、なんか治りが悪くって、よけい酷くなってるんですよね」
「え…イルカ先生、なにかストレス溜めてるんじゃないんですか」
「それは特にありませんけど」

 ここ数年、アカデミー勤務と受付で里を動いていないイルカ。
 大きな変化が職場であったとも聞かないし、ストレスがないというのも嘘ではなさそうだが。
 カカシはもうひとつの、より思い当たる節に質問を変えてみた。

「イルカ先生…メシ、ちゃんと食べてます?」
「え? 食べてますよ?」

 意外なことを訊かれた、とでもいいたげな意表をつかれた顔。
 だがカカシはそんなことではごまかされない。

「ちなみに、俺のいうメシとは、湯をいれて待つだけで出来る塩分と炭水化物の塊でもなく、油であげて塩をまぶしたイモスライスの駄菓子のことでもありませんよ。付け加えるなら、アンコやカスタードクリーム入りのパンも論外だし、一分ででてくるどっかの店のセットメニューでもダメですからね!」

 ノンブレス。
 カカシ先生、凄いです! とイルカが意味なく拍手した。

「で、どうなんですか!」
「えぇと…―――」

 一瞬の思案顔。
 すぐにほろっと綻びて、真実、誤魔化すように笑った。

「そういえば、食べて、ないかなぁ、なんて」

 ぐわっとカカシの眉がつりあがった。
 イルカがともすると不摂生に走りがちなことは知っている。
 カカシのほうがイルカよりも料理の腕が巧いことも、それを裏付けている。
 だから、カカシはことあるごとにイルカに料理を食べさせるし、食生活にも気を配ったりしている。
 油断すると、朝はラーメン、昼はカップラーメンと菓子パン、夜はポテトチップスとお茶で一日を過ごしてしまうような人なのだ。
 しかも、腹がいっぱいになればいいんですよ、などと本当に教壇にたって子供に栄養学などを指導している人間かといいたくなるようなことを、しごく真顔でのたまったりする。
 知識と実践は別物だと、まざまざとカカシにみせつけてやまない、愛すべき人である。
 それはともかく。

「なにをやってるんですか! 野菜でも何でも食べないと、口内炎なんてものは治りませんよ!」
「カ、カカシ先生、なにそんないきなり怒ってるんですか」

 首をすくめて、イルカが抗議したが、カカシはかまっていられなかった。

「何度いってもあなたが、俺が心配しなくちゃならんような食生活を繰り返すからです!」
「でも生きれますよ、麺とイモだけでも」
「あれは麺とイモじゃありません! 塩と炭水化物と油の塊です!」
「うわ、人の好物をそんな言い方…ひどいです、カカシ先生」
「ラーメンばっかり食べてないで、野菜も食べなさい!」

 いつか金髪の教え子にもいったことを、その尊敬すべき教師に言う。
 ああ、人とはかくも似通うものなのか。
 カカシはなるようにしてなった自分の常識人ぶりに、改めて、少し物悲しくなった。

「とにかく、今日は俺んちに来て、野菜いため、食って帰ってください」
「えっ。お、俺、カカシ先生のメシはたいてい好きですけど…あれだけは…もう飽きました」
「俺ももう作り飽きました…作らなくていいようにしてください」

 不毛な会話。
 とりあえずの向かう先は、山ほど使う緑黄色野菜の調達に、八百屋の軒先をくぐることだった。
 その夜、大皿にこれ以上不可能というほど山盛りにされた野菜いために、イルカが泣きそうな顔をして挑んでいたのは、カカシだけが知ること。
 そしてその二日後、喜び勇んで口内炎が治ったとイルカが全開の笑顔で笑うのは、多くの同僚が知ることとなったのだった。





2003.8.12
実際、朝*日○焼きソバ、昼*○星一平ちゃん(とんこつ)、夜*茶漬けと羊羹、でも人間死にゃしません。でも、毎日ラーメン食べてると、栄養どうとかいう前に、麺をすするのに飽きます。みなさん、野菜とか食べましょうね☆(吐血)