あいているあなたのばしょ。





 カカシが任務にでて一週間がたった。
 ほんとうは任務かどうかも知らなかったが、来なくなる前日に、ふとカカシが大量の惣菜を作り始めて、笑って「俺の居ない間、暴飲暴食しちゃダメですよ」と言っていたので、おそらく任務のたぐいであろうと思っている。
 イルカは、カカシに釘を刺されたとおり、健康的な食生活を送っていた。
 来なくなった夜は、作り置きしておいてくれた青菜のおひたしと肉団子。
 二日目は白和えと煮物。
 三日目は…えぇと、忘れた。
 なにせ腐りやすそうなものから食べはじめて、鍋につくってあったカレーしか今は残っていない。それだってもう、秋口とはいってもまだ気温の温い時期、そろそろ腐る。
 冷蔵庫のなかも、だんだん空いてきた。
 残っているのは腐らないような食材ばかりだ。
 辛子とワサビのチューブ、それから缶ビールが10本ほど。
 かぼちゃが奥のほうで干からびそうになっていた。


 イルカは簡素な夕食を摂り終えると、台所の電気をつけたまま脱衣所に移動する。
 風呂の水加減を確かめ、追炊きのスイッチをいれた。
 脱衣所の扉は開けたまま、おもむろに服を脱ぎ始める。風呂に入るのだ。
 沸くまで待っているのが面倒臭いし、待っていることを度々忘れることがあった昔は、よくこうして水から入ったものだった。それもカカシと始終共に居るようになってからは忘れていたことだったが。
 扉も開けっ放し。
 電気もつけっぱなし。
 これも昔は癖のようにしていた。
 今では、きっとカカシが消していくし、カカシの目を気にして扉は閉めるだろう。

 俺ってほんとダメ男だよなぁ。

 苦笑してしまう。
 脱ぎ捨てた衣服は、あとでコインランドリーに持っていくから、脱衣所にいつも置いてある青いプラスティックの四角い籠に投げ入れた。だらしなく、脱皮の殻のように、籠に一人分の衣服は納まった。
 そしてイルカは風呂へ入る。
 温ま水は、まだ適温に遠かった。
 ほぼ気温と同じの風呂に浸かりながら、イルカはぼんやりと物思う。
 先ほどの籠のことが、ふと頭に浮かんだ。

 二人分には小さい、んだよなぁ。

 あの籠を買ったのは、まだカカシと出会う前のころで、ワンコインショップでちょうど良いからと買ったなんの思い出も思い入れもない品だった。
 買ったときに思ったとおり、一人分の衣服をいれてコインランドリーへ行き、乾いた服を入れて帰ってくるにはちょうどいい大きさの籠だった。
 それがちょっと小さく思い、不便に感じ始めたのは、はっきりと、カカシがこの家に居着くようになってからだ。
 イルカは次第に表面から温もってくる風呂水をかき回しながら、カカシを思う。
 あと冷蔵庫に飲料物だけでなく、食材が頻繁に入るようになったのもカカシが料理をするようになってから。
 前はあってもせいぜい、生卵とバナナだった。
 主食は卵ご飯と、デザートにバナナ。
 懐かしい食生活だ。
 もちろん、今の食生活のほうが何倍も何十倍も、気に入っている。

 それに食器とか鍋とか、タッパーも増えたなー。

 前はラーメン用手持ち鍋ひとつだったのに。
 いつのまにか、卵焼き用のフライパンと中華鍋が増えて、少し大きめの中型の煮込み用鍋も気づけば増えていた。カカシが知らぬまに揃えているのだろう。
 それらはイルカが欲しいと思ったこともないものばかりで、カカシが勝手に買ってきてはイルカの家に置いていく。そしてそれをイルカの家で嬉しそうに使うのだ。
 美味しいといってもらえれば嬉しいもんですよ、と。

 カカシ先生、早く帰ってこないかなぁ。

 冷蔵庫だって空き空きだし。
 もう食べるものもない。
 そろそろ帰ってきてもいいじゃないか。
 こうやって電気をつけっぱなしで風呂に入ったり、扉を開けっ放しにしたり、また昔の癖が戻ってきそうで寂しいと思う。
 カカシが居ない場所が、ぽっかりと空いている気がする。
 たとえば、いつもなら溢れそうになる洗濯籠とか。
 奥のかぼちゃが見えてしまうガラガラの冷蔵庫とか。
 居ないから、その空間を埋めるために、何をすればいいか考えてしまう。
 風呂が沸くまで何をしていたかさえ、忘れそうで。


 早く、早く。


 思って、適温になり始めた風呂へ、イルカは鼻までちゃぷりと浸かった。



2003.9.3