恥ずかしそうに、でも少し、泣きそうに。





 カカシはときどき、イルカと帰り道を辿る。
 陽はたいてい落ちていて、木の葉の大通りは暗闇の中、帰りを急ぐ人々や店じまいのざわめき、それにふんわりと橙色の明かりがあちらこちらに浮かんでいる。
 そのなかをイルカと帰ることが、カカシはとても好きだった。



 イルカはいつも、あせってカカシのもとへ駆けてくる。
 それから

 「お待たせして申し訳ありません!」

 と勢いよく言うのだ。
 言葉使いも表情も硬くて、本当にいつまでも知り合った当時の他人同士のようで、カカシは少し寂しい。
 けれどそれを言うと、イルカはもっと焦って何も言えなくなってしまうようだったので、カカシは言わないようになった。ただ、ニコリと笑う。
 そうすると、イルカも恥ずかしそうに笑う。
 くしゃりと綻ぶ、笑顔。
 まるでカカシのことが好きで好きでしょうがない、と面に表れるように笑う。  

 きっと、オレの見間違いだし、妄想だろうけど。

 イルカがカカシのことを、カカシがイルカを想うほどには好きじゃないことを、自分は知っている、とカカシは思う。
 ゆっくりと歩調を合わせての帰り道、イルカは一歩、カカシより斜め後ろを歩く。
 ほんの少し。
 その距離が、なによりもカカシにとって証拠のように思える。

「来週末は台風らしいですよ、イルカ先生」
「そうなんですか」

 ぽつりぽつりと交わされる会話。
 斜め後ろからの相槌は、少し聞き取りにくい。

「ナルトは台風ってきいて、やたらはしゃいでましたよ」
「ははっ」

 短い笑い声。
 それだけでカカシの心が浮き立つことを、きっと、イルカは知らない。
 この想いが、どんなに満たされるかを、きっと知らない。

「夜が賑やかになるから、わくわくするらしいですよ。…まだまだガキですから」

 ナルトのことになると、嬉しげに話すのでもいい。
 屈託なく話に答えてくれるだけで。

「夜があんまり静かだと怖いっつって、忍びの自覚が無いというか」
「あなたは?」
「え?」
「台風、好きですか?」

 半歩後ろの声が、躊躇った様子。
 それでも二人は同じスピードで歩く。
 ほんのわずかの距離をおいて。

「俺は…昔はそれなりに楽しみだったときもありましたが、今は…もうそんな年でもありませんし」
「夜、怖くなくなりました?」
「まあ…そういうことなんでしょうか」

 ひっそりとした苦笑。
 カカシは「良かったですね」と言った。

 しばらく沈黙が降りる。
 通りは賑やかに、人が足取りも忙しく過ぎていく。
 そんな中、ゆっくりと並んで歩く二人は、取り残されているようだった。
 カカシとイルカは、けして早くはない歩で帰る。
 それはイルカがカカシのあとを付いて歩いているから、とも取れるが、だがイルカは自分で前を歩こうとはしない。むしろカカシの歩に合わせるように、ゆっくりと歩く。


 どんな意味があって。
 考えても、カカシには計りがたい。
 カカシが上忍だからと遠慮しているのだろうとは思うが。
 それともほかにどんな意味が?
 この、カカシが一方的に望んで成る、イルカとの帰り道に、どんな意味が。


   考えに沈んでいたからか、いつも短いと感じる帰り道は、今日はそれよりとても短かった。
 二人の家へ繋がる二つの道。
 イルカの控えめな声が、カカシを物思いから現実へ返した。

「それでは俺はここで失礼します」
「あ、ええ、さようなら」
「さようなら」


 あっさりとした別れ。
 またカカシは寂しくなる。
 イルカから帰ろうと誘われたことは無い。
 それはカカシが任務であったり外勤であるためだろうことはわかるが、一度だってイルカから共に居たいと願われたことは無い。ゆえに、カカシは別れが辛い。

 別れたくないな。

 素直にそう言えればいいのだが。
 カカシの唇が、意識せずに、わずかに動いた。
 背中を見せようとしていたイルカが、ふとカカシを見る。
 黒い眸がカカシを見つめ、思案するように揺れる。
 ひどく綺麗だった。
 胸が、泣く瞬間を思わせるほどに、痛くなった。


「また、明日」


 けれど、言えたのは他愛も無い言葉。
 明日会うことを約束したい、他愛無いカカシの言葉。
 イルカは笑った。
 駆けてきたときのように。
 恥ずかしそうに、でも少し、泣きそうに笑った。


「ええ、また明日、カカシ先生」



2003.8.15