お買い得





 卵が安いよ! 安いよ!

 その張り上げる声を聞いたのは、定時どおりにアカデミーから帰る途中だった。里の大通りのスーパーの店先、そこのオヤジが威勢良く声を張り上げていた。
 イルカはちらっとみると、確かに安い。卵が12個入りで48円だった。
 えらく中途半端な値段だなぁと思ったら、オヤジの使い込んだ風のエプロンに「スーパー48時」とプリントしてあった。なるほど、だから「48円」。納得して、次は買うかどうか悩んでみる。悩んでいる間にも、オヤジの掛け声で集まってきた人だかりは、次々と卵を買い求めていたのだが、やっぱり悩む。12個入り、というのがネックだ。

「そんな、いらないしなぁ…」

 かといって、48円の魅力は捨てがたい。
 見逃したら、とても損をした気分になる。
 絶対。
 でもなぁ、と悩む。
 12個あったら、毎日食べても12日。
 保つかな…。一人暮らしはこういうときに少し不便だ。そんなあれこれを考えているうちにも卵は減っていくのだが。

「…うーん……」

 そこへ。
 タイミングの良いときに現れる人というのは居るもので、この人物に関してはよくよく考えてみるとタイミングの良いときにしか現れないような気さえする。
 悩むイルカの横から声をかけたのは、カカシ。
 同じく帰宅途中なのか、報告書も持っていなければ、いつもは居る三人も居ない。身軽だ。

「どうしたんですか、イルカ先生」
「え、いや、その…」

 特売の卵について悩んでました、というには少し見栄が邪魔をした。この上忍とは幾度か飲みにも行っているし、他の上忍、いや同僚と比べても心易い部分があった。ようは「親しい」の一言で片付いてしまう関係なのだろうが、それは主にカカシの努力だ。
 カカシ先生はどうして俺に話し掛けてくれるんだろう、とは幾度か自問自答したテーマだ。
 とはいえ、ここは大通り。
 そして卵の特売。
 喧騒。
 その様子を見つめるイルカ。
 カカシが、むしろ不思議そうに訊いた。

「買わないんですか? 売れ切れますよ」
「あ、あー…その、数が多いもんで悩んでたんです」
「なるほど、えぇっと、12個入りか、確かに多いですねー」

 猫背を束の間のばして、人だかりの中心をのぞいてカカシは納得顔。
 イルカは、自分の食卓事情が知れるようで少し恥ずかしかったが、次のカカシの台詞で、それを飛んでしまった。

「じゃあ半分こしましょうか、イルカ先生」
「え、半分って…あ、カカシ先生っ? ちょっと待…っ」

 止める間もあろうか、という素早さで、いざカカシは人だかりの渦へ。
 その背中を、追いすがる形の手も虚しく、見守ってしまった。
 特売に突っ込む上忍。アリかよ…とはイルカの心の声。
 いやもちろん、上忍なかには引退して里人となったものも多数居る。
 それが今「こっちにも一パック!」と必死になっているオバ様であっても不思議ではない。
 有りだ。
 だがそれが現役上忍、しかも他里へ名を轟かせている、ビンゴブックにも載る上忍で、エリートで…。
 なんか凄い、とはカカシの背中を見送ってから約十秒後に思った感想だった。
 そしてその十二秒後。あわせて二十二秒。カカシが卵を一パック、袋に入れて、悠々と戻ってきた。もみくちゃにされた様子もなく、ちょっと行ってきましたー、という感じだ。呑気に笑っている。判断材料が右目だけだから、少しあやふやだが。

「買えましたよー」

 けれど声も呑気にイルカに笑っていた。

「あ、ありがとうございます…けど、半分こって…」
「六つですね」
「それは分かります」

 24円なんて小銭あったかな…と眉を下げてイルカがポケットを探れば、カカシが慌てた風に言った。

「いいですよ、別に。それぐらい」
「駄目ですよ」
「でも俺も一人暮らしでやっぱ12個はキツイでしょ。俺も都合良かったし、構いませんよ」
「そうはいきません」

 小銭でも金は金。ちゃんとしておきたい相手こそ、こういうことはきちんとしないと。
 持ち前の融通のきかなさを(良くいうと頑固ということになる)発揮して、なおも払おうとしたイルカに、今度はカカシが眉を下げて、それから思いついた。

「あぁ、じゃあご飯食べにきませんか。これ、使う」

 これ、とカカシは手に下げたスーパーの袋を指差した。中には卵は12個ワンパック。
 でも…と戸惑いと躊躇いのイルカに、

「残ったぶんを持って帰るってのでどうでしょう」

 それだったらやっぱり俺が払いますよ、というイルカの提案は、極々自然に、カカシの呑気な笑みで却下された。
 さあ行きましょうかー、というカカシの声に、卵売れきれましたー!とオヤジの声が重なった。



2003.5.16