千本でホールケーキを切りましょう。
受付に戻ってまた仕事を少しこなしたあと、夕方、家に帰るまえにアカデミーの職員室へと寄る。
書類がたまっているはずだし、昨夜のシフト交替の関係で、この忙しい時期に明日いっぱいと明後日の昼まで休みになっている。
どうせ休みだっていっても自宅の大掃除を適当にするぐらいだから、また今日みたいに昼から休日出勤するにきまっているだろうけど、ちょっとでも片付けて帰りたいなあと思ったからだ。
声をかけてくる同僚に適当に挨拶をしつつ机に座って、小テストの採点やプリントの整理、保護者会のお知らせの作成をこなす。
小山になっていた書類の束が薄っぺらくなっていくにつれて、一番下に埋まっていた紙がやっとでてきた。
ぺらりと手にとって、なんだあ? と呟いた。
それは日付が明日の忘年会のお知らせだった。
「こんな時期にやるなよなあ。てか明日って。今知ったって」
いい加減な連絡網にさすがに呆れて、独り言だ。
机ひとつむこうの同僚が応じてくれた。
「イルカ、お前最近アカデミーいなかったしな。それ、書いてねーけど、例の火影様の忘年会だからな。あ、提出と会費は最悪当日オッケーだってよ」
「火影様のって、あの一軒借り切るやつか」
「そーそー。あのゴーセイで格差社会を味わえるやつな」
「あれなー、格差だよなーひでーよなー」
などと言いながら、くるりと出席に丸をつけた。
明日ならちょうど休みだし、まあいいか〜と安易な気持ちだ。
それに、火影主催の忘年会というのは、一軒家の大きな二階建ての料亭を借り切って行われる盛大なもので、対象は成人を迎えた下忍から上忍までの全ての忍びだ。
そこらの呑み屋にいくよりは安い会費で、料亭の飯が食べ放題に飲み放題。
しかも、男女入り乱れての大広間で飲むから、狙ったあの子に近づくチャンスもあったりするらしい。
ただ下忍中忍は一階で、二階は特別上忍からの区切りで用意されている。
きくところによると食い物や飲み物も相当違うらしい。
ゆえに、「格差社会」。
年忘れ会に思い知らされる「格差」だ。
まあ、会費も格差があるらしいから、そのあたり含め本当に酷いと思っているわけじゃないが。
「明日の晩飯、きーまり」
ちょっと豪勢になるはずの明日を思い浮かべて、もうちょっと、イルカは頑張って仕事をすることにした。
同じころの、こちらは上忍待機所。
カラリと扉が引かれて、ひょこりと美人が中を覗いてから嬉しそうに入ってきた。
「カーカシ」
語尾に音符でもついてそうな声だ。
むっつりとカカシはベンチに深く座って、行儀悪くかかとを座っている板に引っ掛けて、体育座りもどき。手は片方はポケットで、もう片方は愛読書を広げていた。
その愛読書を顔に伏せて、くぐもった声。
「…んだよ」
激しく不機嫌な声に、紅はいっそうウキウキと話しかけた。
「あのあとどーなったのよ、結局。食べたの? イルカはなんていってた?」
「……」
「ねえ、誰の食べたのよ。あとイルカになんて言ったのよ」
「……く」
「え?」
聞き取りにくかった声に、紅が耳を近づけると、今度ははっきりと「さ・い・あ・く」といわれた。
ちょっと腰がひけるほど不機嫌な声だ。
「焦げてるし塩辛いし痺れるし力抜けるしおっ勃つし、逃げてきた」
「た、つ」
「ほんとさいあく」
「…分かってて食べたの?」
「ヒト舐めだけね。…ちょっと舞い上がっちゃって」
舞い上がるってなんのことだ? とワケ分からん顔になった紅に、カカシが本をずらして、視線をちらりとよこした。紅でしょ、と言う。
「なにが」
「よーく考えたら、あの人が俺にあんな甘えたこというはずないんだ。てことは、イルカ先生と話ししてて、そんで俺がアタフタすんの面白がってて言いそうなやつって、アンタしか思いつかないんだけど」
「だから、なにがっ」
カカシは本を元の位置に戻して、くぐもった声で答えた。
「―――またケーキ、一緒に食いたい、って言った。イルカ先生が」
うわ〜、と紅はおもわず漏らした。
素直に言っちゃったんだ。
可哀想に。
カカシが。
「あ〜、だから舞い上がっちゃったんだ」
「そ。……ま、願いは叶ってるよね、一応」
「…ま〜ね〜ぇ」
紅もいまさら、わざわざ、アレはデタラメよ、とは言いにくくなった。
『クリスマスに好きな相手とクリスマスケーキを食べることができれば、相手と進展がある』
カカシがうじうじしているから、ヒマついでにデタラメをいっただけなのに。
本当に進展があると座りが悪いじゃないか。
それにケーキを食えるなら進展あって当たり前じゃないか、というツッコミもないから余計に居た堪れないのだ。里の上忍がこんなにチョロくては困る。
「まあ、ね。良かったじゃない、一応、進展あって」
「一応とかいうな」
「あんたが言ったんじゃない」
「そだけど。また一緒にケーキなんか食ったら、俺、もう本格的に手ぇ出しちゃうかも。ダメかも」
なに可愛コぶった口調で生々しいことをいってるんだコイツ、と紅は思った。
思ったので、適当なことを言っておいた。
「手を出したら親展してんじゃない、良かったわね〜ご利益ご利益」
本当に適当だった。
カカシがイチャパラをのけて、ホントだね、などと真に受けているから、さらに適当に口が滑った。
「一緒に一楽のラーメン食べるのもたしか良いってきいたわねえ」
「イチラク? あー、あのラーメン屋。ふぅん…」
「ま、がんばって〜」
つまるところ、イルカの気持ちはぶっちゃけどうでもいいわけで、紅はかなり適当だった。
一楽の名前がでてきたのも、ヒナタ情報から覚えがあったからだけ。
渦中のイルカには申し開きもできないぐらいだが、当のイルカといえば呑気にアスマに「また今度〜」などと言っていたところだったから、イルカにも紅にも、差し迫った危険はないわけで。
要するに、面白かったらそれでいいのだ。
人の恋路は。
「あ、それでさ、明日の夜なんだけど―――」
話しを変えて切り出したときには、紅の頭からイルカのことはさっぱり消えていたのだった。
2008.01.03 年が明けたよ!?汗