金平糖の降る夜に。




『 ツララは氷の国の女のひとでした。
 とても綺麗なひとで、春のころに火の国に引っ越してきたときには、周りの人はみんな、どうにかツララと仲良 くなりたいとおもったのでした。
 でも、ツララは心まで氷のようでした。
 仲良くしたいと声をかけてもツンとしているままで、やがてみんなも声をかけなくなりました。

 でもヒムカという男の人だけは別でした。
 ヒムカはツララの家の近くにすんでいる、学校の先生でした。
 毎朝、毎晩、おはようとこんばんはをヒムカはツララにずっと言いました。
 すると、夏がすぎて秋になるころには、ツララもおはようとこんばんはを言ってくれるようになったのです。

 ところで、秋のころにはツララはもう、まわりから嫌われていました。
 なぜって。
 綺麗だから男の人に好かれて、女の人からは嫉妬されました。
 男の人にはツララはそっけなくて、逆恨みされました。
 そして子どもには、なんにも言わずに冷たいツララは、怖くて嫌われたのです。 』








 舞台で豪火球の術がくりだされ、防御陣と客席の安全確認、大道具への飛び火がないかが念入りに確認される。
 あと本番までに四日もないということで、準備は大詰めを迎えていた。
 出演者はというと、舞台中に使われる術をなんども使うために、もうヘトヘトになっていた。
 とくにツララ役は劇中を通して防御に徹する役で、疲れる役だ。
 しかも台詞も多く、ヒムカとの絡みもあって気合の入る主役だった。

「…大丈夫か、ツララ」

 少しだけ休憩と、座り込んだツララを、ヒムカが心配そうに覗き込んできた。
 舞台の準備をしているあいだは、恥じらいをすててなりきるためにも、可能な限り役の名前で呼び合おうといいだしたのはツララのほうだったが、ヒムカもつきあって徹底してツララと呼んでくれている。
 その生真面目さがすこし可笑しくて、ツララの頬が緩んだ。

「ええ、大丈夫よ…ちょっと考え事してただけ」
「顔色が悪いよ…」
「本当に平気。さ、確認も終ったみたいだし、次の場面を始めましょ」

 アカデミー生徒出演の劇ということで、術をつかうから、いちいち安全確認で時間をとる。それに加えて、演技などしたこともないアカデミー教師が加わっているのだ。
 時間はもういっぱいいっぱいだ。
 ヒムカも慣れないわりに割り切って頑張っているのだ。
 その手前、疲れているなんていっているヒマはもう無く、ましてや物思いでぼんやりしている間もなかった。

「頑張りましょうね、ヒムカ」
「ああ、うん。精一杯やろう」
「ええ」

 微笑んだツララをみて、頬を演技でなく染めたヒムカをみて、ちくりとツララの胸が痛んだ気がした。




2007.12.19