金平糖の降る夜に。




「たま弥を潰すつもりか、お前」


 一枚の請求書をぴらりと掲げて、まず一声がそれだった。
 休憩所でアンコが汁粉缶をすすっていたところへ、カカシが入ってきてのことだ。
 ずず、と返事をせずに啜ると、呆れ果てたと顔に書いて、カカシが尚も言う。

「しかもなんだこの額。俺が一週間でてたあいだ、どんだけ食ったんだ。一日につくる団子を根こそぎやられ続けて、他の客に顔向けできないって泣きつかれたんだぞ俺は。きいてんの、この汁粉女」

 カカシにしては珍しいネチネチとした言い口で、はいはいとアンコは返事をした。
 けっこう怒っているらしい。
 どうやらこの一週間のあいだ、アンコがカカシにと追加でツけていた団子代が、素直にカカシに請求されたらしく、しかも受付所で手渡されたらしい。それをアンコに付き返すわけでなく、わざわざ『たま弥』にいって代金を支払ったあげく、愚痴まできいてから、アンコを探したそうだ。
 ご苦労さん。
 と心でいっておく。
 汁粉をすすりながら。
 そんなわけで、カカシにしては珍しく、ぷりぷりと怒っていた。

「なにそのテキトーな返事。ウチの忍犬は連れまわすし、里の忍びとして、里の一般人に迷惑かけないこと。アンタも習っただろうが、ったく。あとこの団子代、返してもらうからな」
「え〜!? なんで〜!?」

 つい不満がでた。
 グワッとカカシの見えている左眉がつりあがる。

「なんでじゃない! どう考えたってシャレなんない額だろうがコレ。1万両って!」
「あんたなら軽い額でしょ〜」
「軽くても返してもらう」
「軽いんならいいじゃん」
「ダメ。『たま弥』に迷惑かけた分も含めて、それ相応の働きをしたってんなら別だけど」

 ぴらぴらとアンコの目の前すれすれに請求書がひらつく。
 厭味な男だ。
 だがことある人物のこととなると、金に糸目はつけないことは知っている。
 そこにかけるしかない。

「ちゃんと調べたわよ〜。アカデミーじゃ、今月の22日にクリスマス会ってのやるのよ。教員連中と生徒でけっこう大掛かりでね。練習やら準備はぜーんぶ講堂でやっててさ、中はわかんないけど当日は保護者も呼んで盛大にするらしいよ」
「……」
「イルカも関わってて、ここ一週間、ま、アンタのいない間だけど、帰りはだいたい遅いわね。仕事おわったあとに講堂にこもってるわ。あ、もちろん参加教員のなかには、イルカ狙いのヤツも居るよ」

 ピクッとカカシの頬が動いた。
 それを確認して、いったん言葉を区切る。
 請求書のピラピラの動きが止まった。
 しばしの沈黙がおりる。
 静寂の緊張を破り、折れたのはカカシのほうだった。
 首の皮が繋がった。

「…だれ」
「かーわいい、女だよ」
「だから、どんなの」
「サラッサラの長い髪に、くりっとしたアーモンド型の目で、胸は普通よりデカ目。太腿はちょっと太いけど、足首細くて、ケツも良い感じだね」

 わざと要点を外して言ってやると、カカシがイラッとしたのが分かった。
 おっと、これ以上からかうと危なそうだ。

「…そうじゃないだろ」
「名前は、まつきカガリ。アカデミーの最上級生を面倒みてるみたいよ。周りの評判もけっこう良いね。中忍になってからすぐに教員になったみたいでスレてないし、嫁にしたいくの一候補の上位に入るみたい。それと」
「それと?」
「まつきカガリがイルカを好きってのは、知ってるやつは知ってる話だってさ」

 思案するようにカカシの目が伏せられたが、請求書はまだアンコの目の前にぶら下がっている。邪魔でしょうがない。
 さすがに食いすぎ(ばら撒きすぎ)たのは少しばかり自覚していたから、アンコも早々に奥の手を出すことにした。
 カラになった汁粉の缶を、遠くの空き缶入れに投げ入れて、腰のポーチから、ずらりと取り出したのは写真の束。
 カカシの側からは見えないように、裏を向けたからアンコからは、ある男の姿がずらりと勢ぞろいだ。

「…なに、それ」
「秘密の写真」
「秘密…? なにもったいつけてんだ」

 言って、無造作にカカシの指がトランプのように広げられた束から、一枚を引き抜いた。
 引き抜いたそれを裏返して見て、カカシの動きが止まる。
 その反応に、嬉々としてアンコが

「あ〜それね。カカシさ〜ん、っつってムニャムニャ言いながら寝てるイルカ」

 正確には、酔っ払ってカウンターに突っ伏したイルカの顔を横に向け、さらにその耳元で「カカシカカシカカシカカシカカシ」と囁いた上の、イルカのほんわりとした酔っ払い笑顔だ。

「……」
「さらにこっちは、一楽のラーメンに大喜びのイルカ」

 ぴらりと束のなかから出した一枚は、やはりイルカの横顔で、一楽ラーメンにむかって至極幸せそうな笑顔をしている。

「ついでにラーメンくってる間に寝そう、っていうか寝たイルカ」

 ぴらっと出した写真には、同じ構図だが、こちらは画面外からの手が、丼に目を瞑ったまま顔を突っ込みそうになっているイルカの額を支えている図が写っていた。手はおそらく一楽の主人だ。

「…なに、これ」
「見りゃあ分かるでしょ〜。あ、こっちは、芋の煮っころがしと真剣に闘ってるイルカ」
「………」

 出された写真をみて、カカシの手が震える。イルカが、握り箸をして、上気した頬ととろんとした目で、『悔しい!』といいたげに眉を寄せている写真だ。カカシの見たことの無い、駄々っ子のような顔。手も震えるというものだ。

「…これ」
「あ〜、この紙切れ、邪魔だな〜。どけてくんない?」
「……」

 ぴくりとカカシの手が動く。
 ち、と内心舌打ちをして、さらに奥の手をだすことにした。

「ちなみにこっちは電柱にぶつかるイルカ。あ、額宛にぶつかったから、怪我はないよ。あいた、とかいってたけど」
「…」
「そんでそのあと尻餅ついてぼんやりしてるイルカ」
「…っ」

 電柱の灯かりにてらされたイルカを、上から撮ったようで、ぽや〜っとした顔のイルカだ。どうして尻餅をついているか分からない、とでも言いたげに、口がうっすらと心もとなく開いている。滅多に見られない、頼りなげなイルカの姿だった。

「まだまだあるよ〜。欲しい?」
「―――欲しいっつーか、お前の手にあるっていうのが問題だ」
「そりゃあるよ。一緒に飲みにいったんだもん」
「飲みっ? …イルカさん、なんてバカなことを…っ」

 心底からの嘆きのようにカカシが言った。

「しかもこれ、他のヤツ写ってないけど、まさか、お前一人か」
「そだよー。あぁ安心して、イルカには手ぇ出してないし」
「出して無くても隠し撮りしてたら同じだろうが!」
「なによ〜。要らないの? じゃあ返して」
「いや。これは全部もらっておく。ネガも渡せ」

 サッと目にも止まらぬスピードで、アンコの手元から全ての写真がなくなった。ついでに請求書も目の前から消えうせて、ニヤリと笑った。

「いいよ。サービスでやるよ」
「一万両の団子代だから当たり前だ」
「ちゃんと働いたんだからいーじゃん」
「…ったく」

 やれやれとため息を吐くカカシに、ポーチから小さな円筒型のネガを取り出して放った。目の前で、カカシがそれを引き出して感光させる。
 あ〜もったいない、と言ったがカカシは聞く耳をもたないようだ。

「ほかに出してない写真はないだろうな」
「ないよ。あ、そうだ、アイツどうなったの」
「アイツ?」
「あんたんとこの忍犬だよ。まっさかクビにしちゃったとかじゃないでしょうね〜。消えてたから呼び戻したんでしょ? おかげで不便だったら」
「俺の忍犬はお前の手下じゃないの。きつく叱っておいたから、あんたもコキ使わないように。素直に育ってるんだから惑わさないように」

 失礼な言い草だが、カカシの忍犬が素直なのは確かだった。懐柔されやすかった、ともいうが。

「へいへい、悪ぅございました」
「分かってんの?」
「分かってるって。あ〜もう説教はいいよ。報告終わり! さっさとイルカんとこいっちまいな」

 またネチネチと始まりそうな気配に、鬱陶しくなってアンコがいうと、そだね、とカカシがあっさりと頷いた。  写真全てをポーチにしまう。

「じゃね、さんきゅ」

 フッと掻き消える前の、カカシが残した一言が思ってもみなかったもので。  おかげで、少しだけ照れてしまったアンコだった。




2007.12.09