金平糖の降る夜に。




 酷い頭痛でイルカは目が覚めた。
 昨晩のことが、ガンガンと鳴り響く頭に思い出される。

 今週は毎晩のように夜練習に出ていて、カカシが任務にでていたこともあって、晩飯はコンビニ弁当か一楽のラーメンだった。
 昨日も、寒くてひもじくて、こってりとした暖かいものが食べたかった。
 だから終ったー!という解放感とともに、一楽に向かおうとしたところを、アンコに捕まった。
 捕まった、といえば失礼にあたるかもしれないが、まさしくあれは「捕獲」だ。
 返事をする前に、がしっと首根っこを捕まれた。
 この歳になって誰かに首根っこを捕まれる日がくるとは思わなかった。
 そして、目を白黒させているうちに、夕飯を一緒にとることになったのだ。




 引き摺られるままに、アンコが入ったのは小さな居酒屋。
 カウンターに五人も座ればいっぱいだろうという手狭な店で、惣菜がカウンターの段上に置かれた鉢にこんもりと積まれている。
 いかにも美味そうな店で、腹の減っているイルカにはありがたかったが、アンコにしては珍しいんじゃないだろうかと思っていると、目をネコのように細めたアンコが、ここは作りたての白玉団子の汁粉が食べれるのよ、と教えてくれた。

「それより、なんか食いなよ。アタシも食べよーっと」
「あ、はい。じゃあその芋の煮たやつと、そこの胡麻和えと…あと鳥のおかずがあればそれと。あとメシと味噌汁下さい」
「アタシは塩辛とタコわさと枝豆と酒、燗で頼むわ、猪口はふたつね」

 はいよ、と丸々とした店主が答える。

「アンコさん、それ、酒のアテで飯じゃないんじゃあ…」
「豆、食べてんじゃん」
「いや確かに豆は身体にいいですけど、枝豆って違うような」
「まあいいからいいから」

 素早く用意された酒と猪口、それから塩辛とタコわさと枝豆がとんとんとんと並んだ。
 電光石火の速さで酒が注がれて(イルカには早すぎて、真剣に気づいたら注がれていた)、かんぱーい、と機嫌のよいアンコの声。

「お、お疲れ様です」

 ぐいっと一気に猪口をあけたアンコに、イルカは慌てて注ぐ。
 それを見て、アンコが顔を顰める。

「アンタ呑んでないじゃん、ほら、アンタもぐいっといけよ」
「は、はい」
「そうそう、寒いときは酒が一番よ」

 無類の甘党から聞くのも不思議なものだ。
 煽られて、一息に猪口を空ける。
 ほわっと広がった酒精で、血の巡りが一気に良くなって、こめかみのあたりが熱くなった。
 頼んでいた、芋の煮ころがしとさやいんげんの胡麻和えと鳥の南蛮漬けが目の前に並ぶ。
 飯と味噌汁はまだらしい。

「なかなかいけるね。ほら、もう一杯」
「は、はあ」
「アンタ酒つよそうだもんね。カカシは弱そうだけど」
「いえそんなことは…」
「ほらほら、飲みなよ」

 おかずに手をつける間もなく、酒が注がれる。
 注がれまいと飲まなければアンコの猪口が空で、注ぐために箸をもてない。
 するとアンコが返杯だと注いでくる。
 酷い悪循環に、ろくろく腹になにも入れないまま、三杯四杯と杯を重ねていくに従って、くらくらしてきた。普段からは考えられないほどのハイピッチで、空腹と疲れも手伝って、酔いが早い。
 危機感を感じて、がつがつと鳥の南蛮漬けを食い、胡麻和えと煮ころがしを、ぽろぽろ落としながらも食べた。胡麻和えは緑色の物体に見えて、煮ころがしは逃げる玉に見えたことは何故か覚えていた。




 そのあと、どんどん増えていく銚子が十本になったところまでは覚えているが…。
 果たして自分は、あの店の味噌汁を食べたのだろうか。
 勘定もおそらく出しはしたとおもうが、定かでない。
 全く、覚えていないと言って良い。
 会話もおぼろげで、アカデミーのことを訊かれた気がするが、酔っている自覚があったから反対に用心して、通りいっぺんのことを繰り返して話してしまった気がする。
 記憶の断片で、そのあと一楽のラーメンを食べた映像があるのだが、これも確かではない。
 なぜか、瞼がチカチカしたような気もするが、脈絡がなさすぎて、酔っ払いの記憶違いだろう。

「うぅ…」

 一応、今日が休みでよかった。
 昼からまた練習があるからアカデミーには行かなければいけないのだが、それまでになんとかしたい。
 風呂に入って、水を飲んで、汗をかいて。
 夜にはカカシが帰ってくるかもしれないのに、酷い体たらくだ。
 朝だと呼べるしばらくのあいだ、ベッドに丸まって、イルカは頭痛に呻いていた。




2007.12.08