金平糖の降る夜に。
「カカシ先輩」
ハキハキした女の声に止められて、カカシは振り返った。
声の先に、すらりとした肢体の女がいた。
黒髪を短く刈り込んで、首元を晒している姿に見覚えがあって、しばらくして、あぁと思い出した。
「ミツホじゃない、帰ってきてたんだ」
「ええ、またすぐに出ますが」
暗部の後輩だったミツホは、暗部の依頼のなかでも遠出のものを好んで就いていた。他のものが嫌がりそうな、遠くて長いもののほうが良いとさえ言っていたぐらいで、若い娘が珍しいと覚えていた。
「好きだね、外」
「カカシ先輩もじゃないですか?」
少し笑う。
好きというより、都合がよかっただけだ。
しかも里に居つきたくない昔の話で。
あぁ、彼女もそうなのかもしれないな、と己を省みて思い至る。
「まあ、昔はね。で、なに?」
「ちょっとお訊きしたいことがあるんですが、よろしいですか?」
「長くかかるの」
「いえ、すぐ済みますが、ただ…」
少し失礼なことをお訊きしたいのです、と言い淀みながらも、はっきりとミツホは言った。
「失礼なこと?」
「はい」
カカシは辺りを見回し、都合のいいことに人影も気配もないことを確認する。見計らって声をかけてきたのだろう。
「いいよ、なに」
「すいません、二点だけ、お願いします。一つは、カカシ先輩とお付き合いしている方は、同性と異性のどちらも恋愛対象になる方ですか?」
「――――――…は?」
一瞬、耳を疑ったが、女の眼差しはまっすぐにカカシに向けられていて、聞き間違いではないようだった。
お付き合い、お付き合い、ねえ…と呟く。
首を捻る。
たしかに失礼な質問だろうが、あいにくカカシに失礼を怒る権利はないように思われた。
今こそ一人に定めているようなものだが、昔は日ごと任務ごとに抱き合う人間が変わった。
その覚えきれない女の関係者の一人かと思い至る余地が有る。
うーん、と後頭部を掻いて、答えを搾り出した。
「悪いけど、知らない。いちいち確かめてるわけじゃないから」
主に脳裏に浮かんでいたのは、一つ結わいの男の姿だが、彼にしても知らないの答えに変わりはない。
彼が女とも同衾できるだろうとは思うが、それを想像するのは、胸が押し込められるような心地がして嫌な気分だった。
「…そうですか。そう、ですね。いちいち確かめることはしないですしね」
「ナットク? それで、もうイッコって? オツキアイしてる人のこと?」
いえ、とミツホは首を振った。
「あの、カカシ先輩はそのお付き合いしている人に、もし違う人間が近づいたらどうされますか?」
「……」
「危害を加えるという意味でなくて、純粋に、好意的にという意味ですが…」
答えに困ったカカシの沈黙を、ミツホは怒りをかったと思ったらしく、慌てて言い添えたが、カカシは手のひらをかざしてそれを遮った。
「や、分かってる。お前の言う意味は。あー、そうだねえ…」
ミツホは知っているのかもしれない。彼女の言う、『好意的』でない目的で近づいた者たちが、夏の終わりにどうなったかを。
うーん、と首を傾げる。
悪意でもって近づいてくるのなら、カカシの対処は至極簡単なのだが、純粋に好意的にといわれると、思考が止まる部分がある。
カカシの本意は彼を守りたいということだから、それ以外のことは、彼の自由だと思っている。カカシには彼を縛る権利などない。
「…まあ、お前が誰のことをいってるのかは知らないけどさ、―――いいんじゃない、べつに」
「本当ですか」
「俺に口出しする権利はないよ」
なぜなら、『付き合っている』かどうかも怪しいから―――などという情けない台詞は言わずにおいた。
付き合っている、と言い切るには自信がない。
彼の許容と仄かな甘えを、カカシへの愛情と言ってしまうには、自信が無さすぎた。
「―――では、誰が近づこうと、構わないわけですね」
「…まあ、お互いが望めば、いいんじゃないかな」
「わかりました。失礼なことばかり、すいませんでした。それでは」
晴れやかな笑顔に、カカシは内心、冷たい汗が流れたような気がしたが、言ってしまったことは戻せない。
なんとなく、足元がふらつくような気持ちで、その晩は家路を辿ったのだった。
2007.11.30