千本でホールケーキを切りましょう。






 よーく考えてみたら、あんときの台詞って催促したみたいだよなあ、とイルカは受付に座って考えていた。
 クリスマスもすんだからか、一気に掃除の手伝い等の日常任務が増えて、Dランク任務だらけだ。
 完了処理と手続き処理とに手を忙しく動かしながら、さきほどのカカシの顔を思い出した。

 赤かった。
 ちらりとしか見てないし、もともと見えてないというカカシの顔だから、絶対かといわれればうーんと口ごもってしまうが、でもやっぱり赤かったとおもう。

 中忍ごときが催促じみたこといいやがって、って怒ったのかな?
 でもカカシ先生って、んなことで怒る気力なさそうだしなあ。
 たいてい、のらりくらりとしていて、真剣になるときはもっと真面目なときだ。
 甘味の催促で怒るような人柄じゃないと、なんとなく分かる。
 これでも数年の付き合いだし。

 んじゃあなんで?
 むんむんと考えつつも手は動いている。
 はたと気づけば、人並みも書類も大分片付いていた。
 時計の針もだいぶん進んでいた。
 う〜ん、と伸びついでに背後をみれば、上忍への連絡事項書類が棚の上に放置されていた。
 みんな上忍は怖いし遊びにまきこまれりゃ危ないし捕まえるのも一苦労だと、重要でない連絡の書類はそのままになることが多い。

 イルカは立ち上がって、二枚三枚とそれをめくると、なかにアスマ宛てのものがあった。
 これ幸い。

「この書類、ちょっと届けてくるわ。よろしくー」

 ちょうど一息ついていた隣席の同僚に声をかけて、イルカは受付を出た。








 お、いたいたー。

 寒空の下で、今日も元気に子どもたちは墓磨きをしていた。
 平地にずらっと並んだ黒びかりする墓石がきらきらと冬の午後の日差しをてりかえしている。
 アスマは開けた場所でやっている焚き火にあたっていた。

「先ほどはどうも、アスマ先生」
「よぉ。なんだ、手伝いにきたのか」
「まさか。子どもの大切な仕事を横取りなんてしませんよ」

 へっとアスマが鼻で笑う。
 イルカに気づいた子どもたちが、好都合とばかりに焚き火によってこようとするのを、手と笑顔で制して、イルカはアスマへ書類を渡した。

「これ、年明けの書類でしたけど渡しに来ました」
「なんだ、今日の受付で渡しゃいーもんじゃねぇか。んだ、なんか話しか…って、ああ、カカシか?」
「よく分かりますねえ」
「お前の訳わかんねえって顔が面白くてよ、思い出し笑いしてたとこだ」

 思い出し笑いとはムッツリですね、と言うのはやめておいた。
 つるりと言いたかったが、機嫌を曲げられては困る。
 かわりに訊いた。

「結局なんだったんですか? また食えれば嬉しいです、てなことを言ったら、カカシ先生、顔赤くしてたんですけど、なにか関係あるんですか?」
「なんでえ、催促かよ。意外とやるなお前」
「あ、やっぱり催促になっちゃいますよね。う〜ん、何にも考えてなかったんですけど、つい言っちゃったんですよね。図々しかったなあ。カカシ先生、やっぱ怒ってたんですかねえ」
「ぶっは!」

 変な声でアスマが吹き出した。
 タバコがぷいっと飛んで、焚き火のなかに飛び込んだ。
 あ〜あもったいないと見送る。

「アスマ先生、教えてくださいよ。なにか理由でもあるんですか? 気になって俺、仕事も手に付かなくて…ていうのはウソですけど。カカシ先生怒らせたんなら俺、謝らないと」
「あ〜いやカカシはべつに腹たててんじゃねえよ、そりゃ俺が保証してやらあ」
「じゃあ」
「けどあんまりワケも言えねえんだ、これが。一応、男同士の話しってやつでな」
「俺も男ですけど」
「そりゃあそうだ」

 笑って同意したくせに、アスマはその先を話そうとはしてくれなかった。
 ちぇ〜セコいの。
 カカシが怒ってないことをうけおってもらっただけ、まあ話しをしにきてよかったのだけれど、理由が気になるなあ、というところだ。

「ヒントでもくださいよ」
「あぁん? ヒントぉ? んあ〜そうだなあ、面倒くせえなあ、どうでもいいじゃねえかよ」
「どうでもいいんですけど、年越す前なのに小骨みたいに気になるじゃないですか」
「小骨かあ。カカシの野郎も可哀想になあ、どうでもいいうえに小骨かあ」
「は?」

 いやいやこっちの話しだよ、とアスマが手のひらをかざす。

「そうだな、じゃあよ、大ヒントだ。あいつが乙女座なのは知ってるか?」
「いま知りました。へえ、乙女座なんですか。似合わないような似合ってるような」
「まあそれはいいんだけどよ」
「それのどこが大ヒントなんですか? 知っても俺には意味無いんですけど」
「まあ待てよ。でよ、乙女座ってのは女みてえに乙女っぽいらしいな」

 女みてえに乙女っぽい?
 乙女はもともと、男か女かといわれれば女だよな。
 アスマ先生も変なこというなあ、と思いつつイルカはとりあえず頷いておいた。

「で、紅がよ」
「紅先生が」
「うだうだしやがってたカカシに、イルカと一緒にクリスマスにケーキを食べれば幸せになれるって話しをしてよ」
「はあ?」
「それをカカシが信じたってわけだ。これで紅のヤツがけらけら笑ってたワケはわかっただろ」

 いや余計に分からなくなりました、とイルカは顔をしかめた。

「なんで俺なんですか? 自分でいうのもなんですけど、カカシ先生にわけられるほどの幸せはもってないと思うんですけど」
「なんでっていわれても、そりゃあカカシに訊けよ」
「紅先生はご存知なんですか?」
「まあそこはゴゾンジでも言わぬが華、ってのを紅も知ってるだろうさ」

 なんだか上忍ってのはもったいぶってて良く分からん、とイルカは認識を新たにした。
 いい加減に抜けてきている受付も気になるし、帰ることにした。
 まあカカシが怒っていないなら、それでいいのだ。
 次に会ったときに気持ちよく挨拶ができるというものだ。

「分かりました。じゃあ今度カカシ先生に会ったときにでも、覚えてたら訊いてみることにします。それじゃあお邪魔しました」
「おう、覚えてたら、どうなったか聞かせてくれや」
「覚えてましたら」

 失礼します、とイルカが去った後、アスマは新しいタバコをだして、焚き火で半分ぐらいをもったいなく焦がしつつ火をつけて一服、煙を冬空にぷかあ。
 やれやれと笑う。
 脈の無さに、こりゃあサンタのご利益を頼りたくもなるだろうと可哀想な男を哀れんで、美味い一服を楽しんだのだった。




2007.12.26     クリスマス終ったよ!?汗