千本でホールケーキを切りましょう。






 昨日の勤務は深夜だったから次の日、イルカは昼過ぎに受付に向かっていた。
 通りにあるケーキ屋の前では、臨時サンタが赤い衣装を着てケーキを売っている。
 昨夜はあれから、しばらく考えたが、やっぱりカカシのお寒いジョークだったんだろうということで、イルカのなかで決着がついた。

 男同士でくっついているのはこの里では珍しくなかったが、カカシは女性との噂がたえない男だし、イルカもあえて男に好かれるなよなよしさは持っていない。
 いやまてよ。
 もしカカシ先生がなよっちいのが好みじゃなくて、がたいの良いのに組み敷かれるのが好みだったら、また違うよな話しが、とてくてく歩きながら考えているうちに受付が見えてきた。
 建物の階段をいつものように登る。

 すると、通り過ぎようとした階の廊下の奥から、なにやら楽しそうなざわめきが聴こえてきた。
 気になって、角から顔だけだして覗くと、アスマと紅がいた。
 顔見知りだから、声をかけるついでだと近寄る。

「アスマ先生、紅先生、こんにちは」
「よお」
「あぁ、こんにちは、イルカ先生。これからなの?」
「はい。あの、何かやっているんですか?」

 廊下に佇んでいた二人の向こう側、すこし開けた自販機コーナーが賑やかだ。
 見てみな、と親指でアスマが指して、壁になっていた大きな体を避けてみると、そこには女性が五名とカカシがいた。
 口布をしているいつものカカシがベンチに座り、周りに女性がまるでホステス嬢のようにぴたりと寄り添っている。
 アスマの身体に隠れているようになっているからか、カカシは全くこちらに気づいていないようだ。
 ふ〜ん、まんざらでもない顔してるなあ。

「カカシ先生、モテモテですね」
「ケーキ作ってきたんですって、あの子たち。それで味見してってさっきから大騒ぎ」
「甘ぇもんは苦手だっつって逃げてたんだが、ついに捕まっちまったってわけだ」
「まあ、何が入ってるか分かんないケーキなんて怖くて、私ならとっても味見どろこじゃないわよねえ」

 ニンマリと笑っても美人な紅を横目でみながら、イルカはアスマの身体を電柱にして様子を伺う。

 ね〜、こっち食べてよ〜、ねえ〜ねえ〜。
 あ、ズルいですよ、私のだって一口も食べてもらってないんですから。
 あんたのは失敗したっていってたじゃない、私のは完璧よカカシ、食べてちょうだいな。
 そんなありきたりのケーキなんて放ってこちらをどうぞ、先輩。
 わたくしのケーキは大人向けに洋酒をたっぷりつかってありますわ、はたけさま。

「…うわあ」
「すげえだろ」
「面白いわよね。よくあんなに釣れることって感心しちゃう」

 なにより『感心しちゃう』なのは、それでもカカシが「あ〜うまそうだね〜」とか「匂いで美味いのは充分わかるからね〜」などとのらりくらりと避け続けているところだ。
 気持ちは分からなくも無い。
 昨日、ホールケーキの四分の一も食っておいて、甘い物好きでもない男が、翌日にケーキを食えと迫られたらそりゃあ逃げるだろう。
 勘弁してくれ、といわないだけカカシの優しさが分かる。
 あいにく、この場でその優しさが分かるのはイルカだけだが。
 と思っていたら、

「それにしても鬱陶しいわ。さっさと舐めるだけでも舐めて解散させちゃえばいいのに」
「全くだ。案外、食う女を見定めてんのかもだぜ、なあイルカ」
「え? あ〜その〜」

 ちょっと迷ったが、やっぱり言うことにした。お寒いジョークをいわれたとはいえ、クリスマスのご利益(?)をくれたのだから恩返しをしなくては。

「昨日、サンタ任務されてケーキをいただいてるんですよ、カカシ先生。それでそのケーキを持て余すっていうんで一緒にいただいたんですけど、そこでもう四分の一も食べてらっしゃるんで、胸いっぱいなんじゃないですか? 真夜中でしたし」

 サンタ任務は、名の通り、サンタの変わりに不法に家宅侵入し、モノを盗るかわりに依頼品を枕元に放置してくる極秘任務のことだ。一部対象年齢の人間にたいして、守秘義務の厳しいことで有名な任務だ。
 紅とアスマが、つかのま目を丸くしてから、ケラケラと笑い始めた。

「あれ、どうされたんですか、いきなり」
「いや〜。お前だったのかよ食ったの、カカシと!」
「な〜んだ、イルカだったの。おっかしい!」
「??? なんですか?」
「大したこっちゃねえよ。だがまあ、なんだ、そんとき、カカシのやろう、ケーキを一緒に食おうとか言わなかったか?」

 問われて、首を傾げる。
 そんな話しの流れだったか、昨日のことなのにもうおぼろげだ。

「う〜ん、よく覚えてませんが…なにか意味があるんですか? カカシ先生、甘いもの苦手でしょう? だからありがたくいただいたんですが」
「たしかに苦手だけどね、あ〜、カカシ信じたんだ、アレ。可愛いねえ」
「アレ? ってなんですか?」
「まあなんだ。あれだ、デマカセのジンクスも鰯の頭も信心からっていうからな。せいぜい応援してやるさ」
「は?」

 首を捻っているイルカを置き去りに、アスマと紅はするりとイルカを置き去りに。

「じゃあなイルカ」
「またね」
「え、あの、すいません、さっきの」
「今はいえないわ。でも、そうねえ、またケーキ食べさせてください、とでも言ってみると面白いことが起きるわよ。ふふ、じゃあね」

 まるでトンチのような別れの言葉だ。
 さっぱ分からん、と立ち尽くしていると、当たり前のように、カカシに見つかったようだ。
 イルカ先生? とちょっと慌てたようなカカシの声がきこえた。
 振り返ると、ベンチから立ち上がってイルカのほうへくる姿がみえて、正直、うわっと思った。

 こなくていいのに。

 ベンチに取り残されてる女の人たちの視線がマジ怖い。
 この邪魔なコ蝿叩き潰してやろうかしらと十個の視線がイルカに突き刺さっている。

 よし、逃げよう。

 イルカの決断は早かった。
 さっと笑顔をつくった。

「カカシ先生、こんにちは。どうも昨日はご馳走様でした」

 ここで『それじゃあ失礼します』で終るつもりだったが、つい、先ほどの紅の言葉が浮かんだ。
 言わなくて良いのに、つるりと言ってしまった。
 中忍というのはリップサービスも仕事の一環なのだ。

「とても嬉しかったです、また機会があればご馳走になりたいものです。それじゃあ失礼しました」
「…ぇ」

 我ながら颯爽と言えたな! と内心で自画自賛してくるりと背を向ける寸前。
 目のはしっこにちらりとうつったカカシの顔が、真っ赤だった。

 あれ?
 なんでだ?


 その日も、イルカはやっぱり、小首をかしげつつ、仕事をするはめになった。




2007.12.25     あれ、続く…?