千本でホールケーキを切りましょう。
今年のクリスマスというやつはご丁寧に前日が休日に重なって、平日だったクリスマスが振り替えで休日になった。
そりゃあもう、恋人持ちや家族持ちは大喜びか大忙しだ。
あ〜羨ましい。
一人で夜中の受付にすわって、イルカはふて腐れていた。
もれなく独り身のイルカは、今年にやっと彼女ができた同僚のシフトを、当たり前のように押し付けられて、こうして座っている。
がらんとした受付所は寒さがいっそう、肩にしみこむ。
ストーブを贅沢して独り占めして、傍にもってきてもなんだか寒い。
じんぐるべーじんぐるべー。
空しいからこうなりゃもっと空しくなってやろうと、だーれもいない受付所で、小声で歌う。
手元はちゃんと動いて、年末の警備体制の連絡網をチェックしているから、誰にも文句はいわせないぞ。
だからちょっとぐらい歌ってもいいじゃないか。
いまごろ同僚は小奇麗な居酒屋で、可愛いか分からないがきっと同僚にとっては一番可愛い恋人と、一緒に酒をかっくらっているだろう。
イルカといえば帰っても冷たい部屋しかないから、悔しいけど、まあ幸せの分量は向こうのが多いから、しょうがないかな、という気持ちもある。
ぶっちゃけ、恋人をもつのがめんどい、という人間にとってはクリスマスは寛容になれる日で―――。
「おっと、いかんいかん」
そういう捻くれた考えは恋人を作ってからいえよ、と数日前に同僚にいわれたばかりだった。
まあどうでもいいんだけど。
独りの時間は、仕事も進む代わりに、物思いも進むものだ。
あともうすこし、数分もしないうちに日付が変わりそうだな、とイルカは時計を見上げた。
受付の担当は、夜中の二時まで。
そのあとは、家族サービスを終えた既婚者の同僚が交代してくれる。
「すーずーっがなぁるぅー」
あー夜は寒くて肩がこるー、と伸びをして、ストーブの上でしゅんしゅんいっているヤカンでコーヒーでも入れなおそうと椅子を引いた。
ふと目が入り口に移る。
「あー…、コーヒー、飲みますか。インスタントですけど」
なんとなく、そう提案してしまったのは、少しくたびれた姿なのに、なぜかケーキの箱を下げてカカシが立っていたからだ。
へにゃ、と遠目でもわかるぐらいに、カカシの目がほそめられた。
上司とはいえ、元生徒を間に、それなりに友好関係を築いてきて数年。
名高いのに、気安く話しやすい上忍だ。
いただきます、との返事を聞いてイルカは壁際の棚をあけた。
紙コップをだして、元からの自分の湯のみとに、一杯ずつの粉コーヒー。
丸ストーブの上からヤカンをとり上げて湯を注ぐと、しゅん、と音がして一瞬だけ良い匂いが香った。
「お疲れ様です」
「どうも〜」
紙コップをカカシが受け取って、かわりに差し出された報告書を受け取る。
内容をみると、この上忍が請け負うには易しすぎるような荷運びの依頼の数々だったが、それぞれの家に不法侵入のうえに素早く届けなければいけないもので、イルカは改めてカカシを労いたくなった。
なるほど、その手の箱の理由もさもありなん、という具合だ。
大方、依頼人から厚意で渡されたものだろう。
「大変でしたね」
いうと、カカシは口布を顎までさげ、紙コップに唇をあてて苦笑した。
カウンターに箱がぽすんと置かれる。
「あー、まあ毎年誰かがやってる任務ですからねー」
「でもこの時間に終った方はそういらっしゃいませんよ。依頼人の方も喜ばれたでしょう」
「いやなんか平謝りされちゃって」
「え?」
「こんな仕事に使っちゃって申し訳ない、とかって…ケーキなんかくれちゃって」
「はは…」
あまりの仕事の手際よさに、毎年くる下忍中忍ではなく、上忍だと里人でも気づいたのかもしれない。
確かに、よほどのことでもなければ上忍がする任務ではないが、なんとなく、カカシにはあの衣装が似合っていただろうから、ちょっと見てみたかったなあ、とも思った。
カカシがコーヒーを啜って、あ〜あったかい、なとど呟いている。
「引継ぎの方のききましたけど、本当なら行くはずだった中忍がどうしてもいけなくなったっていうところにカカシ先生がいらっしゃって、引き受けて下さったって、すごく感謝していたそうですよ。任務の内容は知りませんでしたけど、この任務だったんですね」
「まだ若い頃にやったことある任務でね、なんか、またしてもいいな、って思って」
「俺も良いなと思いますよ、この任務」
平和なときにしかないような任務で、しかも喜ばれる任務だ。
それに同意をするでもなく、カカシは紙の箱を指で、コツコツと叩いて、
「ね、イルカ先生、これ、食べてくれません?」
「これって…クリスマスケーキでしょう。あ、そういえば甘いもの苦手でしたか」
「うーん、こんなにはちょっと。うちの忍犬にもあげれないし。もらったのに悪いんだけど」
「あ、じゃあ今、少しだけ食べませんか。俺も少しいただいて、あとは引継ぎの人に、ってことで」
言いながらも箱をあければ、たしかにクリスマスケーキがでんと箱に入って、存在をアピールしていた。赤い服の髭面初老男性が可愛らしくデコレートされている生クリームケーキだ。
「あ〜、うん、じゃあそれで」
「じゃあ、切りましょうか。あ、でもナイフがありませんね」
「クナイで切れるかなあ。千本とかのほうがいいかな」
「千本のほうがまだいいでしょうね。難しいけどやってみましょう」
サクサクと話しはすすむ。
女性でもいれば皿やフォークでも用意してくれようとするのだろうが、取り繕う必要も無い同性同士ならこんなものだ。
イルカはカップを置いて、カウンターに出されたホールケーキに、懐から取り出した千本をざっくりと突き立て、ずばっと引いた。柔らかいケーキがまず真っ二つになり、髭面赤服男性マジパン菓子は、その割れ目に巻き込まれて落ちた。
それに構わず、さらに二分割。
「こんなもんですか?」
「うん、いいんじゃないですか。じゃあいただこうかな」
「俺もいただきます」
豪快に手づかみだ。
夜中の受付に男二人で、ホールケーキを手づかみで食べる。
なんともシュールだな〜と、口をもぐもぐさせながらイルカは思って、あ、そうだと思い当たった。
「ありがとうございます」
「へ? なにがです?」
突然、礼を言ったイルカに、カカシがきょとんとする。
「そういえば今日、はじめてクリスマスらしいものを食べました」
「クリスマスらしいものって?」
「ほら、チキンとかケーキとかシャンパンとか、そういう」
「あ〜なるほど?」
語尾にハテナをつけながらもカカシが同意して、ふいに、吹き出す。
「クリスマスらしいものって、イルカ先生、可笑しい人だなあ」
「だって、そうじゃないですか。ほら、もう日付も変わりますよ。あ〜、なんかクリスマス満喫しました」
「やっすいよ、イルカ先生!」
「そんなことないですよ、こんなもんですよ」
あはははは、とカカシが笑っている。
そんなにやすいかなあ、とイルカが最後の一口を食い切って、指を舐めていると、まだケーキを指に掴んだままのカカシが、
「まあ、好きな人と一緒にケーキ食うってのも、クリスマスの醍醐味、ですよね?」
とのたまって、イルカの口に残りのケーキを突っ込んできた。
いきなりで、とっさに口をあけて食ったが、カカシの指がイルカの唇をぬるっと拭って、指先に付いたクリームは、そのままカカシが舐めた。
むぐむぐとのみ込んで、なんとリアクションすべきかと困っていると、
「―――な〜んて、冗談だよ。じゃあね、イルカ先生。おやすみなさい」
「…はあ…お疲れ様でした」
「ごちそうさま〜」
空になった紙コップがカカシの手の中でくしゃりと潰れて、ゴミ箱に放られる。
あ〜指がべとべとだ〜、と言いながら背を向けたカカシが、
「あ、そうだ」
と半身だけ振り返るから、呆気にとられた心地のままで見ていると、口布をもどしつつカカシが、
「メリークリスマス、っていうだっけ。確か」
「あぁ…そうですね。メリー…クリスマス」
「良い夜だったよ。じゃあまたね」
かろうじて、ご馳走様でした、と背中に言って、あとに残されたイルカは、引継ぎまでの残り二時間、ケーキを前に小首を傾げて過すことになったのだった。
2007.12.24