キスしたい。
あなたの白髪にキスしたい。
なんて酷く真面目な顔をしてイルカがいうものだから、つい笑ってしまった。
まるで祈りを捧げるような言い方で、でもその捧げる対象が白髪かと思ったら、可笑しかったのだ。
けれど風呂からあがり、当然のようにイルカが身体を拭いてくれ、髪を乾かしてくれ、寝る準備のなにもかもが終ってイルカが寝付いてしまったあと、ふと思い返してみた。
傍らには、規則正しい寝息でイルカが寝ている。
黒髪がシーツに広がっている。
明かりを落とした部屋では、その色は闇色にしかみえなかったが、ところどころ、窓からの月灯かりが闇色を白っぽく光らせていた。
起こさないように上半身を立てて、イルカの髪をひとふさを指先で撫でてみた。
滑らかな感触を、幾度か楽しむ。
イルカがどんな意味で、カカシの白髪にキスしたいといったのかは知らない。
怪我をした人間の介助をしている際にいう言葉としては暖かすぎて、誤解しそうになる。
けれど、カカシにはカカシなりの理由でもって、自分もまたイルカの白髪にキスしたいと感じた。
幾夜、月が巡ろうと。
幾日、日が過ぎようと。
代わり映えのしない自分とその心が怖い。
もう己より年下の後輩にも、子どもを持つものが居る。
イルカにしてもそうだろう。
その現実を、イルカはどう受け止めるのだろう。
日ごと夜ごと、見えない時の失われた証拠のように身体が老けていくに比べ、変わらない自分達の関係を、どう思うのだろう。
怖ろしくなって、カカシはベッドの上で膝を抱えた。
どうか、イルカとともに、歳老いることができるように。
どことも知れぬ天に祈る。
イルカの時を奪う自分へ、キスしたいと酷く真剣な眼差しをくれた人を、どうか。
どうか、幸せにできますように。
共に、老い、生きることができますように。
祈りとしかいえない真摯さで、残酷で傲慢だと分かっていても、カカシは願った。
穏やかに眠るイルカを見下ろし、その月光に染まる髪に、触れるかどうかのキスを捧げる。
この髪がほんとうに白く変わるころにまで、己も共に居ることができるよう。
いつ絶えるとも知れない生の限りまで。
あなたが俺と居てくれた証しへ、俺もキスを捧げるよ。
唇だけで囁いて、カカシはイルカの傍らへ寄り添うように、身体を滑り込ませた。
寝入って暖かい身体を抱きこむ。
そしてすぐに、カカシも深い眠りへと落ちていった。
2007.12.17