望んだとおりの未来でないけれど。







 日差しはまだまだ暑く、汗がでるほどだが、空はいつのまにか秋を思わせて澄みわたり、青かった。
 カカシは言っていたとおりに、忍犬を勢ぞろいして見せてくれ、それはもう楽しかった。
 二人で空いている演習場に行き、気持ちよく晴れわたった青空のした、思う存分に駆け回った。カカシなどは普段から接しているからか、すぐに休憩を取っていたが、イルカはとても楽しく、途中から忍犬たちに遊ばれている感はあったが、ヘトヘトになるまで遊んでしまった。
 カカシはそんな様子を、近くの木の下で本を読みながら、眺めていたようだった。



 帰り道、カカシが慰霊碑に寄って良いですか、と言った。忍犬も帰したあとで、イルカに異存は無かった。夕刻に近づきつつある昼下がりで、慰霊碑の前には誰も居ない。
 参ると決めていたわけではないので、手向ける花も無い。
 二人並んで、石の前に佇む。
 どれくらいそうしていただろうか。
 ぽつりとカカシが言った。

「俺ねえ、強くなりたいって思ってたんです」

 そうなんですか、とイルカは相槌を打ったが、今のカカシが言う台詞でもないな、と思った。だって、カカシはもう、充分強い。イルカを初め、里の多くの忍びがかなわないほど。
 だが、カカシが言ったのはそういう意味ではなかったらしい。

「上手くいえないけど…力だけじゃなくて、もっと他の、たとえば意思の強さだとか、人とうまくやっていける方法だとか―――生きてくことの強さが欲しかったんです」

 カカシの視線は慰霊碑に向けられている。
 いままでどんな会話を、この物言わぬ石と交わしたのだろうか。

「もっと強くなりたい、もっと上手くやりたいって、思ってました」

 一人語りは、イルカに向けられているようで、過去に向かっているように思えた。

「そんなことを思うのも、自分が弱いことのように思えて、情けなかった。誰とも関わりを持ちたくないって逃げてたこともありました。俺は、とても弱かったんです」

 自嘲が言葉に滲んでいて、思わずカカシを見た。そんなことはない、と言いたくなった。けれど、カカシの言う過去にイルカはきっと居ない。言いたくても言えなかった。
 悔しさが喉を塞いで、カカシを見ていると、その思いが顔に出ていたのか、カカシが苦笑して頬を撫でてくれた。

「でね、今も思ったんです―――俺は、今も弱い」
「…そんな、ことは」
「ううん。聞いて。俺ね、強くなったら生きてくのがもっと楽になると思ってた。もっと簡単で、もっと分かりやすくて、もっと…自分が良い人間になれると思ってました」

 でも、違ったみたいです、とカカシが笑う。

「いつまでたっても俺は弱いままだし、人と付き合うことも、自分の気持ちを我慢することも、生きてくことも難しくて―――たいていのことが上手くいきません。けど、それがこなせるからって、強いっていうわけでもないことが分かったんです」

 イルカから見れば、カカシの周りはとても上手くいっているように思える。力量に見合った地位しかり、仲間しかり。天は二物を与えずというが、カカシは何もかもを手に入れていると思った。
 だから、相槌を打てずにいると、カカシがイルカを覗きこみ、贅沢かな、と言う。言葉に詰まるイルカをみて、カカシが声なく笑った。

「イルカさんがそう思うなら、きっと俺は贅沢なんでしょう。何もかもを望むために、強くなりたいって思ってた。あれもこれも、手に入れたくて、馬鹿なことを思ってた」

 でも、とカカシが言う。

「手に入れたからって強くなるわけでもないし、強くなったから必ず手に入るものばかりでもない、って知った。俺はまだ弱いし、これからもきっと弱いままでしょう」

 それで良い、と呟かれた言葉は、なぜか嬉しそうに聞こえた。

「それで、良いんです、弱いままでも良かったんです。手に入らなくても、上手くいかなくても、大丈夫だった」

 良く分からなくて、何がですか、と訊いた。
 何が大丈夫だったのだろう。

「誰かと―――イルカさんと、生きてくこと」

 少し照れくさそうに、だが誇らしげにカカシは言った。

「上手くいかないことも当たり前で、手にはいらないものがあることも当たり前だった。そんなことも知らない、俺は馬鹿でした。諦めないこと、努力すること、…イルカさんのために何かをするのを止めないこと。弱いままの俺で出来ることが、こんなにたくさんあるんです」

 だから、嬉しいんです、と大事な言葉を言うように、カカシはそっと言った。

「こうして二人で居れることが嬉しい。俺が辿り着いた場所なんだって、誇らしい。俺は馬鹿で弱くて、我侭で。でも頑張るから」

 ずっと見ててねとカカシが笑い、口布を下ろした唇が、イルカの頬と鼻傷と瞼と、唇に触れた。目を閉じてキスをしながら、イルカもカカシの体を抱きしめる。
 はい、と返事が嬉しさで震えていた。



2007.5.27