一日おくれの贈りもの
「無事に帰ってきたか」
五代目の執務室に入ったカカシへの第一声。
はぁまあ、と投げやりな返事を返した。
今回の任務は、人使いの荒いと囁かれている女傑の評判をいや増すようなものだった。
おかげで無事に帰ってこれはしたものの、予定帰還時期を二度も延期し、負傷した隊員も入れ替え、最後にはカカシが敵の追尾のために殿になり、最後の帰還者となるほどのものだった。
あちこち疲れがたまって、チャクラも切れかけだ。
一刻も早くイルカの部屋に帰って、イルカの隣で寝こけたい。
「もう帰っていいですか、フラフラですよ」
「なんだい、情けないね。しゃんとおしよ」
「無茶いわないでくださいよ、どれだけ走ってきたか報告書みてください」
先に帰りついた隊員に報告書を託してあったから、形式的に帰還が分かれば里に報告がすんだことになる。
だからカカシも報告所だけに届けてさっさと休暇に入ろうと思っていた。
五代目の式鳥が里の大門をくぐったところで、頭上高く鳴かなければ。
「で、何の御用なんですか。報告書にミスでもありました?」
「いや、そんなことじゃないんだよ」
「じゃあなんですか」
「お前、イルカと一緒に住んでるんだって?」
「は? ええ、もうずっと一緒に住んでますけど。それがなにか?」
「聴いたところによると、ずいぶん長いこと付き合ってるくせに、未だに仲が良いらしいな」
にやりと笑う若作りの里長に、カカシはうんざりとした顔をつくった。
それをいうなら、ずいぶん長いこと付き合っているくせに、未だにイルカとのことをからかって遊んでくる周りにも目を配って欲しいものだ。
どうせ、聴いたというのも、その周りに違いないだろうが。
「それがなにか? 別に火影様に迷惑かけちゃいないでしょうが」
「まあ直接にゃ迷惑かかっちゃいないけどね、お前たちのような働き盛りが二人して子どもを持たないってのは里の損失だな。ま、それはいい。こんなときだが、だからこそ想い合う力ってのは大事にしなきゃね」
なんだ前時代的な説教か? とカカシの顔がさらに嫌そうに歪んでいく。
それを見て、里長は豪快に笑った。
「きかん坊のような顔すんじゃないよ。ああ、話しが逸れた。でな、お前、その長年一緒に住んでる相方の誕生日ぐらい、覚えてなかったのかい?」
「え? ―――…あ」
「あ、じゃないよ。まあイルカは真面目だし、任務じゃ仕方ないって言いそうだが、今回の任務であいつはもう見ていて可哀想なぐらいでな。帰還が伸びているうえに、お前の無事も分からないってんで、そりゃあ落ち着かない。まあ、その様子をみて、お前らの付き合いに私が気づいたってのもあるんだが」
「はあ…」
別に気づいてもらわなくてもいいのだが、イルカが慌てていたという事実を知って、イルカに申し訳なく思う。
帰還日や任務内容は機密事項にあたるから、おいそれと伝えられない。
イルカの職場には受付も含まれているために、ある程度はイルカも知ることができるのだろうが、今回は不慮の事態が多く、身の危険も多かった。
早く帰って抱きしめて、お互いを確かめ合いたいなあ、と目の前の里の重鎮を半ば無視してぼんやりしていると、若々しい額に青筋がぷくっと浮いた。
「気の無い返事だね。ったく、周りの奴らのほうがよほどイルカのことを気にしていたがな。誕生日に可哀想だのなんだのと。―――だから、今回のお前の働きに報いて、イルカとお前と、揃って休暇をやろうかと思ったんだが、なんだ、要らんか」
「えぇ!?」
意識が一気に戻った。
思わず、博打狂いの火影が有り得ないと、
「一山でも当てたんですか!」
と口が滑り、さらに長の額に青筋が増えた。
「ほほぅ、要らんらしいな。そうか、じゃあこの判を押すだけの休暇申請書は受付に返しておくか」
「―――すみません、俺の失言でした。だからその休暇、下さい。あ、ついでに温泉にでも行って来るので、外出許可書も下さい」
「…お前、どさくさに紛れて…―――…まあいい、このごろお前も働きすぎていたからな。せいぜい骨休めをしてくるといい。ただし、忙しいんだ。三日だ」
「充分です。じゃ、そういうことで」
カカシがそう言ったときには、火影の手元にあった申請書にはカカシとイルカのサインが書かれており、カカシの姿は一瞬のうちに室内からかき消えていた。
ったく、と火影が呆れ混じりにため息をついても、誰も聞くものはいなかった。
夜も遅く、イルカは既に寝ているだろかと向かった部屋の明かりは、まだ煌々とついていて、カカシを安堵させた。
扉の前に立ち入ろうとした寸前、扉が開いた。
夜の闇を、室内の光が払い、イルカが居た。
なにか感動してしまって声もないカカシに、お帰りなさい、と呟いた唇がふにゃっと歪んで、目が潤んでいく。
あ、あ、とカカシが焦る間に、目尻に雫が溜まり、イルカが乱暴に腕でそれを拭った。
「擦っちゃダメだよ、腫れるよ」
「お、おかえり、なさい…っ」
「はい、ただいま」
玄関の扉を後ろ手に閉めて、イルカを室内で思う存分、けれど柔らかく抱きしめた。
イルカの腕がカカシの背に回り、カカシはイルカの背をあやすように撫でてやる。肩口が暖かい。
たぶん思わず涙が出してしまって、恥ずかしくてしばらくはこのままだろう、と苦笑した。
キスをしたいが、引き剥がしたりせず、あやしながら話す。
「火影様にお休みもらってきましたよ。三日。イルカさんも一緒に」
もぞ、とイルカが動き、耳朶の間近で、俺もですか、とイルカが言う。
「うん。温泉に行こうか。次はどこの温泉にする? 三日あるから遠くでもいいよね」
「…どうして」
「今回、俺が頑張ったからご褒美だって。ありがたくもらっちゃいました。ダメ?」
しばらく待って、いいえ、と小さく返事があった。
すん、と鼻を啜る音。
泣き止んだろうか。
「だから旅行も、ご褒美。プレゼントだから、イルカさんは思いっきり楽しんでね」
「え? でも」
「いいから。ね、そろそろ顔見せて。キスさせて?」
「……」
そろりと離した体は惜しかったが、赤くなった目尻と鼻筋と唇とを啄ばむ。
埃臭い体で悪いとおもったが、キスだけだからと何度も唇を喰んで、柔らかさを楽しむ。
何年経とうが、イルカとのキスは気持ちがいい。
周囲は飽きないと笑うが、カカシにしてみれば、周囲もからかうのをよくも飽きないと言いたい。
カカシがイルカといることは既に当たり前だろうに。
ただ、周囲にしてみれば、未だにお互いの誕生日さえ知らないことになっている自分たちが、有り得ないということらしいが。
周囲には理解しがたい、他人振りと執着振りなのだそうだ。
イルカの唇を堪能して、ふと目を部屋の壁にやると、今は亡き老爺の文字が見えた。
苦笑して、イルカを抱きしめる。
「? どうか…?」
僅かに息を乱して、頬を染めるイルカに笑った。
相互理解、など、いつになっても到達し得ないのだろう。
人を知ることはとても難しいから。
だとすれば、イルカとはいつまでも一緒に居るのだろうという、精進しろと笑った老爺からの励ましだったのかもしれない、と今になって都合良く思ったりもする。
「ううん、なんでもないよ。旅行、楽しみだね」
「はい」
嬉しげに顔を綻ばせるイルカを促して、風呂は食事はと言葉を交わしながら、カカシは温泉地で渡すイルカへの贈り物を考えていた。
2007.5.31