怪談2





 うららかな五月の日差しを浴びて、里の誇る上忍二人は、待機所ソファにてぼんやりと日向ぼっこをしていた。
 別段、示し合わせて集まったわけでなく、単に任務の開始時間前のカカシと、下忍指導任務終了後のアスマが偶然に顔をあわせただけだ。
 ぷかぷかと煙草の煙が室内に漂う。
 たまに輪っかになっているのは愛嬌だ。
 それを注視するでもなく、少し空ろな目で見ているカカシ。
 ぽつりと呟いた。

「あのさぁ…、トマトのパックって知ってる?」
「―――は?」
「バックだよ。あの小さなビニールの袋に入ってるミニトマトっていう小さなトマトの。あ、もしかしてトマトわかんないって言わないよね」
「言わねえよ。さすがに分からぁ、それぐらい。で、なんだよ、そのパックが」
「うん、この間さぁ、イルカ先生んちで見かけてさあ」

 イルカとカカシは付き合い始めてもうずいぶん経つ。
 二人がそういう関係になったと知ったときは、激しく驚愕したものだが、こうして時間がたつと、あたかも二人は最初から番(つがい)であったような気さえしてくるから不思議なものだ。たんに慣れたともいう。

「そら、お前がガミガミ言ってるだけあって、イルカの奴も気ィつけてんだろうがよ。なんか問題でもあんのか?」
「うーん、買うのは別にいいんだけどさ。健康に気をつけてくれてるっていうの、嬉しいし」
「はっ、結局ノロケかよ」

 カカシのイルカ溺愛はいまに始まったことではない。
 気をつけていないとノロケに嫉妬に八つ当たりは日常茶飯事的に起こりうる。
 今回もソレかと、アスマは警戒した。
 だが、カカシは首をふるふると振る。

「違う違う。そうじゃなくて」
「じゃあなんだよ。トマトをイルカが買ったって何のお得情報だよ」
「ん〜、ていうか、生活不思議発見! みたいな?」
「その語尾上げやめろ。気色悪ぃ」
「でね? トマトの話、なんだけど?」
「聞けよ、人の話をよ」
「冷蔵庫のなかで、未開封パックのまま、トマトスープになってたんだよねえ」
「………」

 しばし、アスマは沈黙し、その様子を想像してみるかどうか、自分に問いかけた。
 沈黙ののち、湧き上がる知的好奇心に負けて、アスマの頭のなかでは、赤い液状のなかに黄色いつぶつぶのタネと緑色のにょろっとしたものが混ざる液体が、ビニールの透明な袋のなかでたゆたっている姿が再現された。
 しかも、その背景は皿の中でもなく、スプーンの上でもない。
 冷蔵庫のなかだ。

「…そうか、まあ、前に聞いた青カビ…なんだったか、…あぁ、天カスよりマシじゃねえか」
「まあ、聞けよ。人の話を」
「聞いてるっつの」
「問題はな、そのトマトスープの発見場所だよ。冷蔵庫の棚の中にあったんだけどさ」
「それのどこが問題なんだよ」



「 三年前が賞味期限の高菜漬けの下にあったんだ 」



「……………」
「な? 問題だろ?」
「いや…なんつーか、………聞かなかったことにしていいか?」


 待機所の窓の外では、五月の雲が、悠々と空を泳いでいた。
 室内では、カカシの憂鬱きわまりないため息が響いた。
 里は今日も平和だ。







2007.5.1
 戦りつの瞬間。